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最高裁判所第一小法廷判決平成22年04月08日

【事案】

1.上告人が,医療法人である被上告人に対し,被上告人に出資したB及びCが死亡したことにより発生した出資金返還請求権を相続等により取得したなどとして,出資金の返還等を請求する事案。

2.事実関係の概要

(1) 被上告人は,昭和32年,Bが442万5600円を,その妻であるCが20万円をそれぞれ出資して設立された社団たる医療法人であり,B及びCは,被上告人の社員であった者である。上記出資以外に被上告人への出資はない。

(2) 被上告人の定款(以下「本件定款」という。)には,次のような規定があった。

ア.被上告人の社員は,総会の決議等によるほか,その死亡によって社員の資格を失う(6条)。

イ.退社した社員はその出資額に応じて返還を請求することができる(8条)。

ウ.被上告人の目録に記載された一定の財産を基本財産とし,特別の理由がある場合にされる総会の決議によらなければ,基本財産を処分してはならない(9条)。また,被上告人において剰余金を生じた場合は,総会の決議を経てその全部又は一部を基本財産に繰り入れ又は医療機器等の購入に充てる(15条)。

エ.被上告人が解散した時の残余財産は,総会の決議を経て,かつ,群馬県知事の認可を得て払込出資額に応じて分配する(33条)。

(3) Bは昭和57年10月3日に,Cは平成13年6月14日に,それぞれ死亡し,被上告人の社員の資格を失った。

(4) 上告人,D及びEは,BとCの子である。
 D及びEは,平成15年12月25日,上告人に対し,Bの死亡に伴って取得した被上告人に対する出資金返還請求権を贈与した。また,同日,上告人,D及びEの間において,Cの遺産全部を上告人が相続する旨の遺産分割協議が成立した。

(5) 上告人は,平成16年1月20日,B及びCの各出資に係る出資金の返還等を求めて本件訴えを提起した(以下,B及びCの各出資に係る出資金返還請求をそれぞれ「B分の出資金返還請求」,「C分の出資金返還請求」という。)。

(6) 被上告人は,同年4月16日の口頭弁論期日において,B分の出資金返還請求権につき,消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

3.原審は,上記事実関係の下において,上告人の上記各出資金返還請求について,次のとおり判断した。

(1) 本件定款は,被上告人が存続して病院を経営している間は,定款で定める基本財産を維持し,医療法54条が剰余金の配当を禁止している趣旨を踏まえ,剰余金が生じても,被上告人がこれをそのまま保有することとし,被上告人に出資した社員(以下「出資社員」という。)が退社した場合には,「返還」という文言を使用して,出資を払い戻すことを認めるにとどめたものである。本件定款8条は,出資社員が退社した場合,当該出資社員が,自己が出資した額の限度でその返還を請求することができることを定めたものと解するのが相当である。
 Cは,被上告人の設立時に20万円を出資したので,上告人の請求のうち,C分の出資金返還請求は,20万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(2) B分の出資金返還請求権は,Bが死亡した昭和57年10月3日から10年の経過により時効により消滅した。したがって,上告人の請求のうち,B分の出資金返還請求は,理由がない。

【判旨】

1.原審の上記(1)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 医療法(平成18年法律第84号による改正前のもの)44条,56条等に照らせば,同法は,社団たる医療法人の財産の出資社員への分配については,収益又は評価益を剰余金として社員に分配することを禁止する医療法54条に反しない限り,基本的に当該医療法人が自律的に定めるところにゆだねていたと解されるところ,本件定款は,8条において「退社した社員はその出資額に応じて返還を請求することができる。」と規定するとともに,33条において被上告人の解散時における出資者に対する残余財産の分配額の算定について「払込出資額に応じて分配する」と規定する。本件定款33条が,被上告人の解散時においては,被上告人の残余財産の評価額に,解散時における総出資額中の各出資者の出資額が占める割合を乗じて算定される額を各出資者に分配することを定めていることは明らかであり,本件定款33条の「払込出資額に応じて」の用語と対照するなどすれば,本件定款8条は,出資社員は,退社時に,同時点における被上告人の財産の評価額に,同時点における総出資額中の当該出資社員の出資額が占める割合を乗じて算定される額の返還を請求することができることを規定したものと解するのが相当である。
 本件定款における基本財産の規定(9条,15条)は,出資金返還請求権の額の算定の基礎となる財産の範囲や返還額の限度について定めたものとは解されないから,上記各規定は,上記判断に影響を及ぼすものではない。

(2) 以上によれば,C分の出資金返還請求権の額は,Cが死亡した平成13年6月14日の時点において既にBの死亡によりB分の出資金返還請求権が発生している以上,これを負債として控除して算定される被上告人の財産の評価額に,Bの出資額を除いて計算される総出資額中のCの出資額が占める割合である20万分の20万を乗じて算定されることとなり,同時点より後に,B分の出資金返還請求権につき消滅時効が援用されて,同請求権が消滅したとしても,C分の出資金返還請求権の額が増加することはないと解すべきである。

2.以上と異なる原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はその趣旨をいうものとして理由があり,原判決中,上告人敗訴部分のうち,C分の出資金返還請求に関する部分は破棄を免れない。
 そして,C分の出資金返還請求権の額,被上告人が過去に和議開始の申立てをしてその後再建されたなどの被上告人の財産の変動経緯とその過程においてCらの果たした役割,被上告人の公益性・公共性の観点等に照らすと,上告人の請求は権利の濫用に当たり許されないことがあり得るというべきである。したがって,C分の出資金返還請求権の額や上告人の請求が権利の濫用に当たるかどうか等について,更に審理を尽くさせるため,同部分につき,本件を原審に差し戻すこととする。

【宮川光治補足意見】

1.法廷意見のとおり,平成18年改正前(以下「改正前」という。)の医療法は,社団たる医療法人の財産の出資社員への分配に関し,54条に反しない限り,私的自治(自律)にゆだねていると解される。したがって,定款において,出資した社員は当該社団たる医療法人の資産に対し出資額に応じた持分を有するものとし,当該社団たる医療法人が解散した場合は,出資した社員は出資持分に相当する残余資産の分配を受けることとするとともに,社員資格を喪失した場合においても,同様に,当該社員は出資持分に相当する資産の払戻しを請求することができることと定めることができる。行政解釈及び税務解釈はこれを是認しており,裁判例もこの解釈を支持している(東京高判平成7年6月14日高民集48巻2号165頁等)。昭和25年8月9日医発第521号厚生省医務局長発各都道府県知事あて通知「医療法の一部を改正する法律の施行について」に添付された定款例(以下「モデル定款」という。)は,第9条において「退社した社員は,その出資額に応じて払戻しを請求することができる。」,第36条において「本社団が解散した場合の残余財産は,払込済出資額に応じて分配するものとする。」と規定しているが,これは,上記趣旨の定款例を示したものであり,このモデル定款に従い,改正前医療法の下では,多数の持分の定めのある社団たる医療法人が設立されてきたのである。医療法人の数は,平成21年3月31日現在4万5396であるが,持分の定めのある社団は4万3234であり,約95パーセントを占めている。なお,いわゆる一人医師医療法人の数は3万7878に達している。本件定款は,記録によればモデル定款に依拠して作成されたものと認められるところ,その第8条の「退社した社員はその出資額に応じて返還を請求することができる。」とは,モデル定款第9条と同義であると解される。
 医療事業を法人化する場合において,非営利性の貫徹を志向するとともに経営の継続性・将来性を確立しようとする場合は,財団,持分の定めのない社団という法人形態を選択することができる。また,いったん持分の定めのある社団として設立した場合であっても,後に,定款を変更することにより持分の定めのない社団に移行することができる。近年,厚生労働省は,社員の退社時における持分払戻請求権及び解散時における残余財産分配請求権について払込額を限度とすることを定款において明らかにするという出資額限度法人を,定款案を示して勧奨しており(平成16年8月13日医政発第0813001号各都道府県知事あて厚生労働省医政局長通知),出資額限度法人としての設立例及びこれへの移行例もみられる。平成18年改正医療法の下では,施行日の平成19年4月1日以降新たに医療法人を設立認可する場合,その形態は,財団法人か持分の定めのない社団法人のみとなったが,従前の定款の規定は有効とされており,持分の定めのある社団法人は存続している(同法附則10条2項)。
 原判決は,改正前の医療法は,医療法人が存続する場合と解散する場合を峻別しているという解釈を示し,医療法人が存続してその開設する病院を経営する限り,剰余金及びその積立金の利益処分の実質を有する行為を禁止していると解するのが相当であり,したがって,社員が退社した場合にも剰余金及びその積立金の全部又はその一部を払い戻す行為も禁止していると解するのが相当であるとしている。この判断は,医療法の解釈を誤っており,昭和25年以来の医療法人制度の法的安定性を動揺させるおそれがあり,是認できない。

2.持分の定めがある社団たる医療法人において,出資社員の退社による返還請求額が多額となり医療法人の存続が脅かされるという場合があり得るとしても,当該医療法人の公益性を適切に評価し,出資者が受ける利益と当該医療法人及び地域社会が受ける損害を客観的に比較衡量するという,権利濫用法理の適用により妥当な解決に至ることが可能である。とりわけ,当該医療法人が過去において債務超過かそれに近い状態に陥り,後に関係者の努力により再建されて現在の資産状態が形成され,その資産形成には当該社員が貢献していないというような事案では,当該社員の出資持分に相当する資産の返還請求は権利の濫用となり得るものと考えられる。

【金築誠志補足意見】

1.本件定款のような規定を持つ医療法人における退社した社員の財産上の請求権については,租税上の取扱いを含めた長年にわたる行政実務及び多くの裁判例を通じて,退社時の法人財産評価額に対する出資割合に応じた金額の請求権を意味するものと解されてきた。医療法人の存続を優先的に考える見地からの原判決のような解釈は,その意図は理解できなくはないものの,今卒然とこうした解釈を採用することは,本件定款と同様の規定を有する極めて多くの医療法人の出資者等に対し,予期せざる重大な不利益を及ぼすおそれがあり,著しく法的安定性を害するものといわざるを得ない。私が,原判決を支持できないと考える最大の実質的な理由は,ここにある。
 本件において本判決の判示する方法によって算出される金額の出資金返還請求を認容することが,従来の経緯,被上告人存続の見地等から不当であると判断される場合には,権利濫用等の法理の適用を検討するのが採るべき道であると考える。

2.ところで,第1審判決は,被上告人における退社社員の出資金返還請求権につき,本判決と同様,被上告人の財産評価額に出資割合を乗じた額の請求権であると解した上で,B分の出資金返還請求権が時効により消滅したことにより,同請求権は,Bの死亡時点に遡って存在しないものと扱われるから,C分の出資金返還請求権の範囲は,B分の出資金返還請求権を負債として考慮しない被上告人の純資産全部に及ぶとしている。しかしながら,C分の出資金返還請求権は,Cの死亡退社により当然に,具体的な金銭請求権として,すなわち具体的な金額の確定した請求権として成立するのであり,その計算の基礎となる純資産の額は,その当時に負債として存在したB分の出資金返還請求権を控除したものでなければならず,その後弁済までの間に,同請求権の消滅時効が完成し,援用されたからといって,C分の出資金返還請求権の金額を再計算すべき理由はないといわなければならない。第1審判決は,Bの死亡により被上告人の社員はC一人となり,Cが被上告人の純資産全部に対し出資持分を有することになったことをもって,B分の出資金返還請求権の時効消滅による純資産の増加分もC分の出資金返還請求権の対象になる根拠としているが,Cの死亡後は,上記のようにCの持分は具体的な出資金返還請求権に変換しており,被上告人の資産に対する割合的な権利というものが残存しているわけではないのであるから,同請求権の金額は,Cの死亡後に生じた事由による資産の増減に伴って変動するものではないと解すべきである。

 

最高裁判所第二小法廷決定平成22年04月12日

【事案】

1.本件の経緯等

(1) 名古屋市(以下「市」という。)の住民である相手方らは,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,市長に対し,市の議会の会派である自由民主党名古屋市会議員団(以下「本件会派」という。)が平成16年度に受領した政務調査費のうち所属議員らに支出したとする金額に相当する額について,本件会派に不当利得の返還請求をすることを求める訴えを本案事件(名古屋地方裁判所平成18年(行ウ)第80号)として提起している。
 本件は,相手方らが,本件会派の所持に係る平成16年度分の政務調査費報告書とこれに添付された領収書(以下,これらを併せて「本件各文書」という。なお,原々決定の後,本件会派は解散し,抗告人がその地位を承継して本件各文書を所持している。)について,文書提出命令を申し立てているものであり,抗告人は,本件各文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると主張している。

(2) 市では,地方自治法(平成20年法律第69号による改正前のもの。以下同じ。)100条13項及び14項の規定を受けて,名古屋市会政務調査費の交付に関する条例(平成13年名古屋市条例第1号。平成20年名古屋市条例第1号による改正前のもの。以下「本件条例」という。)を制定し,市の議会における会派に対して政務調査費を交付することとしている。
 本件条例は,政務調査費につき,議長が定める使途基準に従って使用するものとし,市政に関する調査研究に資するため必要な経費以外のものに充ててはならない旨(4条)を規定し,これを受けて議長が定めた名古屋市会政務調査費の使途基準及び収支報告書の閲覧に関する規程(平成13年名古屋市会達第1号)は,その2条及び別表において,調査費,研修費等の経費の項目ごとに,調査委託費,交通費等の費目を例示するなどして上記の使途基準を規定している(以下,この使途基準を「本件使途基準」という。)。
 また,本件条例は,政務調査費の交付を受けた会派の代表者は,政務調査費に係る収入及び支出の報告書(以下「収支報告書」という。)を,各年度ごとに,所定の様式により,議長に提出しなければならない旨(5条),議長は,政務調査費の適正な運用を期すため,収支報告書が提出されたときは必要に応じ調査を行うことができる旨(6条),議長は,提出された収支報告書を提出期限の日から起算して5年を経過する日まで保存しなければならず,何人も,議長に対し,収支報告書の閲覧を請求することができる旨(8条)を規定し,本件条例の委任を受けた名古屋市会政務調査費の交付に関する規則(平成13年名古屋市規則第11号。以下「本件規則」という。)は,議長は提出された収支報告書の写しを市長に送付するものとする旨(5条),会派は,政務調査費に関する経理責任者を置かなければならず,政務調査費の交付を受けた会派の経理責任者は,政務調査費の支出について会計帳簿を調製するとともに領収書等の証拠書類を整理し,これらの書類を当該政務調査費に係る収支報告書の提出期限の日から起算して5年を経過する日まで保管しなければならない旨(6条)を規定している。本件条例所定の収支報告書の様式を見ると,本件使途基準に従って支出した項目ごとにその支出額の合計と主たる支出の内訳を概括的に記載すべきものとされているにとどまり,個々の支出の金額や支出先,当該支出に係る調査研究活動を行った議員の氏名,当該活動の目的や内容等を具体的に記載すべきものとはされていない。また,議長が収支報告書について具体的に採ることのできる調査の方法も,本件条例及び本件規則において定められていない。

(3) 本件会派では,市から交付を受けた政務調査費を所属議員に支出する際に,各議員から「政務調査費報告書」と題する用紙に必要事項を記入した書面(以下「本件報告書」という。)の提出を受けていた。本件報告書は,本件会派が独自に使用しているもので,その用紙には,「項目」欄に本件使途基準中の経費の項目が列記され,「細目」欄に各項目に対応する細目として本件使途基準に例示された費目等がそれぞれ列記された上で,各細目に対応する領収書の枚数及び金額の記載欄,各項目に対応する「主な調査内容(行先・会場等)」の記載欄,当該議員の氏名の記載欄等が設けられている。各議員は,当該用紙の上記各記載欄等に記入して,これに対応する領収書と共に本件報告書を本件会派の経理責任者に提出し,これを基に経理責任者において本件使途基準に適合すると判断したものについて,政務調査費の支出を受けていた。

(4) 本件各文書は,平成16年度分の本件報告書とこれに対応する領収書のすべてである。同年度の本件会派の経理責任者は,本件報告書の細目ごとの金額を集計して記録していたが,本件規則で義務付けられている会計帳簿の調製をしていなかった。また,同年度分の領収書は,経費の項目ごとにまとめて保管されており,現時点では,各領収書がどの議員から提出されたものであるかをそれ自体から特定することはできない。

2.原審は,次のとおり説示し,本件各文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらないと判断して,抗告人にその提出を命ずべきものとした。

(1) 市において会派の経理責任者に対し会計帳簿の調製,領収書等の証拠書類の整理及びこれらの書類の保管を義務付けているのは,議長が,本件条例6条所定の調査権限に基づき,収支報告書の内容が適正か否かを調査するに当たり,会派の経理責任者から会計帳簿及び領収書等の提出を受け,これらを基に収支報告書の内容の適正性を判断することが予定されているためであると解される。また,抗告人が平成16年度の収支報告書の内容の適正性を裏付ける書類として保管しているのは本件各文書のみであり,その保管状況等からすれば領収書のみでは収支報告書の内容の適正性を判断することが著しく困難であるから,同年度分の本件報告書は,上記の会計帳簿に代わるものとして,議長に対して提出することが予定されているものと解するのが相当である。

(2) 本件各文書が外部に開示された場合に,抗告人及びその所属議員の調査研究活動が執行機関等からの干渉によって阻害され,又は第三者のプライバシーが侵害されるおそれがあるとは認められない。

【判旨】

1.原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) ある文書が,その作成目的,記載内容,これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯,その他の事情から判断して,専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書であって,開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど,開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には,特段の事情がない限り,当該文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解するのが相当である(最高裁平成11年(許)第2号同年11月12日第二小法廷決定・民集53巻8号1787頁最高裁平成17年(行フ)第2号同年11月10日第一小法廷決定・民集59巻9号2503頁等参照)。

(2) これを本件各文書についてみると,次のとおりである。

ア.地方自治法100条13項は,「普通地方公共団体は,条例の定めるところにより,その議会の議員の調査研究に資するため必要な経費の一部として,その議会における会派又は議員に対し,政務調査費を交付することができる。」と規定し,同条14項は,「政務調査費の交付を受けた会派又は議員は,条例の定めるところにより,当該政務調査費に係る収入及び支出の報告書を議長に提出するものとする。」と規定している。
 これらの規定による政務調査費の制度は,議会の審議能力を強化し,議員の調査研究活動の基盤の充実を図るため,議会における会派又は議員に対する調査研究の費用等の助成を制度化し,併せて政務調査費の使途の透明性を確保しようとしたものである。もっとも,これらの規定は,政務調査費の使途の透明性を確保するための手段として,条例の定めるところにより政務調査費に係る収入及び支出の報告書を議長に提出することのみを定めており,地方自治法は,その具体的な報告の程度,内容等については,各地方公共団体がその実情に応じて制定する条例の定めにゆだねることとしている。

イ.本件条例によれば,政務調査費の交付を受けた会派の代表者は所定の様式による収支報告書を議長に提出しなければならず,提出された収支報告書は5年間保存されて何人もその閲覧を請求することができるとされているが,その収支報告書の様式は,概括的な記載が予定されており,個々の支出の金額や支出先,当該支出に係る調査研究活動を行った議員の氏名,当該活動の目的や内容等を具体的に記載すべきものとはされていない。また,本件条例によれば,議長は,政務調査費の適正な運用を期すため,収支報告書が提出されたときは,必要に応じ調査を行うことができるとされているが,その具体的に採ることのできる調査の方法は,本件条例及び本件規則において定められていない。これらの趣旨は,政務調査費は議会による市の執行機関に対する監視等の機能を果たすための調査研究活動に充てられることも多いと考えられるところ,会派による個々の政務調査費の支出について,その具体的な金額,支出先等を逐一公にしなければならないとなると,当該支出に係る調査研究活動の目的,内容等を推知され,その会派及び所属議員の活動に対する執行機関や他の会派等からの干渉を受けるおそれを生ずるなど,調査研究活動の自由が妨げられ,議員の調査研究活動の基盤の充実という制度の趣旨,目的を損なうことにもなりかねないことから,政務調査費の収支に関する議長への報告の内容等を上記の程度にとどめることにより,会派及び議員の調査研究活動に対する執行機関や他の会派等からの干渉を防止しようとするところにあるものと解される。
 このような本件条例及び本件規則の規定並びにそれらの趣旨に照らすと,本件規則が会派の経理責任者に会計帳簿の調製,領収書等の証拠書類の整理及びこれらの書類の保管を義務付けているのは,政務調査費の適正な使用についての各会派の自律を促すとともに,各会派の代表者らが議長等による事情聴取に対し確実な証拠に基づいてその説明責任を果たすことができるようにその基礎資料を整えておくことを求めたものであり,議長等の会派外部の者による調査等の際にこれらの書類を提出させることを予定したものではないと解するのが相当である。そうすると,これらの規定上,上記の会計帳簿や領収書等の証拠書類は,専ら各会派の内部にとどめて利用すべき文書であることが予定されているものというべきである。
 なお,本件条例は,平成20年名古屋市条例第1号により改正され,政務調査費の交付を受けた会派の代表者は,収支報告書を議長に提出する際,1件につき1万円以上の支出に係る領収書その他の証明書類の写しを添付しなければならず,当該領収書等の写しは,収支報告書と共に保存及び閲覧の対象になるものとされている。しかし,この改正は,改正前の本件条例の下での取扱いを改め,政務調査費によって費用を支弁して行う調査研究活動の自由をある程度犠牲にしても,政務調査費の使途の透明性の確保を優先させるという政策判断がされた結果と見るべきものであり,上記改正前の本件条例の下における領収書等の性質を左右するものではない。

ウ.本件各文書のうち,領収書は,本件規則所定の領収書に該当する。本件報告書も,政務調査費の個々の出納の状況を記録したものではないから,これをもって会計帳簿に代わるものと見ることはできず,また,市において整理,保管等を義務付けている書類であったとしても,せいぜい本件規則所定の証拠書類に該当し得るにとどまるものというべきである。そうすると,本件各文書はいずれも,専ら会派内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書であると認められる。
 また,本件各文書は,個々の政務調査費の支出について,当該支出に係る調査研究活動をした議員の氏名,当該議員が用いた金額やその使途,主な調査内容等が具体的に記載されるものであり,これが開示された場合には,所持者である会派及びそれに所属する議員の調査研究活動の目的,内容等を推知され,その調査研究活動が執行機関や他の会派等からの干渉によって阻害されるおそれがあるものというべきである。加えて,本件各文書には,調査研究活動に協力するなどした第三者の氏名等が記載されているがい然性が高く,これが開示されると,以後の調査研究活動への協力が得られにくくなって支障が生ずるばかりか,その第三者のプライバシーが侵害されるなどのおそれもあるものというべきである。そうすると,本件各文書の開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる。

(3) 以上によれば,前記(1)の特段の事情のうかがわれない本件各文書は,民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるというべきである。

2.これと異なる原審の前記判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,その余の抗告理由について判断するまでもなく,原決定は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,本件各文書の提出を命じた原々決定は不当であるから,これを取り消し,相手方らの文書提出命令の申立てを却下すべきである。

【須藤正彦反対意見】

1.私は,多数意見と異なり,本件各文書は,民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」(以下「自己利用文書」という。)には当たらないと考える。その理由は,次のとおりである。

(1) 政務調査費は,地方公共団体から交付されるものである以上,その使途については一定の透明性が要求され,審査や監視の対象となるべきものである。そこで,本件条例及び本件規則は,政務調査費の交付を受けた会派に対し,議長への収支報告書の提出,会計帳簿,領収書等の保管等を義務付けるとともに,議長に対し,自らが定める使途基準によって政務調査費が市政に関する調査研究に必要な経費のために使われているか否かを調査する権限を与えている(以下,この権限に基づく議長の調査を「使途調査」という。)。使途調査の方法については明示的に定められていないが,議長は,会派に対して,まず領収書等の証拠書類の提示を求め,更に必要に応じて,これを補足する口頭又は文書での説明を求めるのが通常であろう。一方,会派の方でも,政務調査費が公的資金としての税金が投入されたものであることから,住民(納税者)への説明責任を果たさなければならないという自らの立場を自覚し,使途調査における議長の行動を予期して,収支報告書の作成や領収書等の保管に加え,議長に提示して説明するために体裁形式を整えた説明文書等を用意するのが通常であると思われる。もっとも,このような説明のための使途記述文書には,当該会派及びその所属議員が執行機関や他の会派等から干渉を受けたり,調査研究に協力した第三者のプライバシーが侵害されたりするなどのことがないように,一般的に,調査研究の目的,内容,第三者の氏名などの直接的具体的記述(以下「直接記述」という。)や,間接的にせよこれらのことを推知させるような記述(以下「間接記述」という。)を避け,概括的,抽象的な記載をするのが普通であると考えられる。議長の使途調査の権限も,調査研究の目的や内容等会派の政治活動の根幹に関わる事項にまでは及ばないと解されるから,会派としても上記の程度の説明文書を用意しておけば足りるであろう。そうすると,このような議長の使途調査に対する説明資料として作成される文書は,一般的に,会派の外部の者への開示を予定し,かつ,その記載内容からして,開示しても所持者の側に看過し難い不利益を生ずるおそれがないものであるから,自己利用文書に当たらないといえる。
 なお,会派は,議長への説明とは別に,その所属議員に調査研究の内容を報告させ,併せてその場合の経費をも報告させるための文書を作成させることもある。このような文書やその添付書類には,当然のことながら,会派の政治活動の根幹に関わる事項についての直接記述や間接記述がされるがい然性が高い。このような記述がされた文書は,一般的に,会派の外部の者に開示することを予定せず,かつ,開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるものと認められるであろうから,自己利用文書に当たるといえる。多数意見が引用する最高裁平成17年(行フ)第2号同年11月10日第一小法廷決定・民集59巻9号2503頁は,このような性質を有する調査研究報告書及びその添付書類に関するものであって,前記のような説明のための使途記述文書に関するものではない。

(2) そこで,以上の視点から,本件各文書についてみるに,本件報告書の様式は,議長の定める本件使途基準に基づいており,議長の使途調査を受けるのに適した定型のものとなっている。また,その記載内容をみても,本件報告書中の「主な調査内容(行先・会場等)」の記載欄は手書きでの概括的,抽象的な記述にとどめさせるようなスペースしか設けていないともいえるし,記載すべき調査内容の例示も「行先・会場等」とあるのみで「氏名」,「会社名」,「団体名」といった文言は注意深く避けられているともいえるのであって,直接記述や間接記述を避け,開示に支障のない程度の記載をすることが予定されているものと推認される。本件会派において,直接記述や間接記述をわざわざ本件報告書に記載する利益や必要性があるとも思えない。これらのことに照らせば,本件報告書は,議長の使途調査に組織的に対応し提示して説明するための資料とすることをも目的として作成された文書であると見ることができる。そうすると,本件報告書及びこれに添付されていた領収書(本件各文書)は,一般的に,会派の外部の者に開示することを予定したものであると認められ,また,開示しても抗告人の側に看過し難い不利益を生ずるおそれがあるとは認められないから,自己利用文書に当たらないというべきである。
 もっとも,本件各文書が一般的に自己利用文書に当たらないとしても,本件会派の所属議員が,例外的であるにせよ,不用意に直接記述又は間接記述をすることはあり得る。そのような場合にまで文書提出命令を発することは妥当ではない。民訴法223条6項のいわゆるインカメラ手続は,そのような不当な事態を避けるのに有効適切な方法と思われる。裁判所がインカメラ手続において文書の提示を求め,裁判所限りで開示がされたときに,直接記述又は間接記述がされているならば,裁判所は,その全部又は一部を自己利用文書として,文書提出命令の申立てを却下すると見られるからである。ところが,記録によれば,本件では,原々審でこの手続が採られ,本件会派に提示を求めたのに対し,本件会派はこれを拒否し,しかもこれについて何ら合理的な説明をしておらず,原審において抗告人も同様の態度を維持していることがうかがわれる。インカメラ手続では,提示された文書は裁判所以外の何人にも開示されず,しかもその提示によって直接記述又は間接記述がされていることが明らかとなれば文書提出命令の申立ての全部又は一部が却下されるであろうという状況を十分に承知していると思われるのに,提示を拒否することには不自然さを覚えざるを得ない。このような事情は,本件各文書は開示に支障のない記載に終始する文書であるとの推認を強めるものであり,この観点からしても,本件各文書を自己利用文書に当たるものということはできない。

2.以上と同旨の原審の判断は正当であり,また,相手方らの文書提出命令の申立てにおける「証明すべき事実」が特定されているとした原審の判断も正当として是認することができるから,本件抗告は棄却されるべきである。

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