平成22年度旧司法試験論文式
憲法第1問の感想と参考答案

【問題】

 理容師法は,「理容師の資格を定めるとともに,理容の業務が適正に行われるように規律し,もつて公衆衛生の向上に資することを目的」(同法第1条)として制定された法律である。同法第12条第4号は,理容所(理髪店)の開設者に「都道府県が条例で定める衛生上必要な措置」を講ずるよう義務付け,同法第14条は,都道府県知事は,理容所の開設者が上記第12条の規定に違反したときには,期間を定めて理容所の閉鎖を命ずることができる旨を規定している。
 A県では,公共交通機関の拠点となる駅の周辺を中心に,簡易な設備(洗髪設備なし)で安価・迅速に散髪を行うことのできる理容所が多く開設され,そこでの利用者が増加した結果,従来から存在していた理容所の利用者が激減していた。そのような事情を背景に,上記の理容師法の目的を達成し,理容師が洗髪を必要と認めた場合や利用者が洗髪を要望した場合等に適切な施術ができるようにすることで理容業務が適正に行われるようにするとともに,理容所における一層の衛生確保により,公衆衛生の向上を図る目的で,A県は,同法第12条第4号に基づき,衛生上必要な措置として,洗髪するための給湯可能な設備を設けることを義務付ける内容の条例を制定した。このA県の条例に含まれる憲法上の問題について論ぜよ。
 なお,法律と条例の関係については論じる必要はない。

【参照条文】理容師法

第1条 この法律は,理容師の資格を定めるとともに,理容の業務が適正に行われるように規律し,もつて公衆衛生の向上に資することを目的とする。

第1条の2  この法律で理容とは,頭髪の刈込,顔そり等の方法により,容姿を整えることをいう。

A この法律で理容師とは,理容を業とする者をいう。

B この法律で,理容所とは,理容の業を行うために設けられた施設をいう。

第12条 理容所の開設者は,理容所につき左に掲げる措置を講じなければならない。

一 常に清潔に保つこと。
二 消毒設備を設けること。
三 採光,照明及び換気を充分にすること。
四 その他都道府県が条例で定める衛生上必要な措置

安直にまとめるか、踏み込んで書くか

本問は、最近実際に生じた問題を素材にしている。

2010/03/16 10:30 共同通信配信記事より引用、下線は筆者)

低料金理容店にも洗髪台義務加速 条例化すでに21道県

 短時間、低料金で髪のカットだけをする専門の理容店にも、条例で洗髪台の設置を義務付ける動きが全国で加速している。従来型の理容店店主が「髪を洗わないのは不衛生」として、各都道府県に理容師法施行条例の改正を求めているためで、客離れを警戒する理容店側には、不況の中で成長するカット専門店をけん制する狙いがありそうだ

 約7万5千人の理容店店主が組織する「全国理容生活衛生同業組合連合会」(全理連)などによると、全国で理容店への洗髪台の設置義務を条例化しているのは、新潟、埼玉、広島、熊本など21道県。2007年ごろから全理連の地域組織が各都道府県に条例化をしているといい、千葉、群馬、大分の各県議会でも条例案を審議中だ。

 カット専門店では、切った髪の毛を洗髪の代わりに掃除機のような吸引機で取り除くのが一般的だが、全理連は「飲食店から『散髪後に訪れる客の毛が、食べ物に落ちて不衛生』といった苦情が寄せられており、衛生水準を維持するために洗髪設備は必要」と訴える。

(引用終わり)

ただ、裁判例等はまだ出ていないようである。
これを知らなかったからといって、解答に直接影響はない。
もっとも、「簡易な設備(洗髪設備なし)で安価・迅速に散髪を行うことのできる理容所」と言われてもピンと来ない。
そういう人は、あてはめの具体的イメージが掴みにくかったはずである。
その意味では、間接的に解答に影響する部分はあった。

内容的には、二重の基準・二分論を書いて、ただあてはめる。
それだけで、よさそうにみえる。
例えば、以下のような答案である。

【参考答案その1】

第1.本問条例は、営業の継続に洗髪設備が義務付けられるから、理容所開設者の営業の自由を制約する。

第2.営業の自由は、職業遂行の自由であり、職業選択の自由を実効ならしめるのに必要であるから、憲法22条1項で保障される。

第3.もっとも、営業の自由も絶対無制約ではない。公共の福祉(13条後段、22条1項)による制約に服する。

第4.では、どの程度の制約まで許されるか。違憲審査基準が問題となる。
 思うに、経済的自由権に対する規制は、精神的自由に対するものと比較して、民主制の過程で瑕疵の回復が可能であり、裁判所の判断能力にも限界があるから、緩やかな審査基準を用いるべきである(二重の基準の理論)。
 もっとも、経済的自由にも様々なものがあるから、規制目的によって区別すべきである。
 社会公共の害悪を防止する消極的・警察的規制については、警察比例の原則から、目的が重要で、手段が目的達成に必要最小限度でなければ違憲となる(厳格な合理性の基準)。
 他方、福祉主義を実現する積極的・政策的規制については、立法府の裁量を尊重すべきであるから、規制が不合理であることが明白な場合に限り違憲となる(明白性の基準)。
 また、消極・積極の両目的が混在している場合には、規制態様を加味して決するのが相当である。

第5.本問条例の目的は公衆衛生の向上とされる。公衆衛生の悪化は社会公共の害悪といえるから、消極目的である。他方、従来から存在していた理容所の利用者が激減していたという背景を考慮すると、かかる理容所の経営の安定を確保することも目的に含まれると考えられる。経営の苦しい従来からの理容所を保護することは、積極目的といえる。従って、本問条例は消極・積極の両目的が混在している。
 そこで、規制態様をみると、洗髪設備のない理容所の営業をおよそ許さないもので、非常に強度の規制態様である。従って、厳格な合理性の基準を用いて判断する。

第6.本問条例を厳格な合理性の基準に当てはめる。
 目的は、公衆衛生の向上及び従来からの理容所の保護であり、公衆衛生が悪化すれば伝染病の流行を招きかねず、従来からの理容所の経営が悪化して閉所に至れば多様な理容所の形態が確保できなくなるから、目的は重要である。
 しかし、公衆衛生の向上を達成するには、用具の洗浄や適切な衛生管理がされているか行政による立入検査等を適宜行うことで対処すれば足りる。また、従来からの理容所を保護するためには、補助金や免税等の政策があり得る。一律に洗髪設備を義務付けることは、最小限度を超えている。
 よって、本問条例は、憲法22条1項に違反し、違憲である。

以上

答練慣れした受験生であれば、目をつぶっても書けるような答案である。
この程度でも、真ん中よりちょっと上くらいにはなりそうである。
憲法では勝負しない、という人は、これで構わなかった。

ただ、おそらく上記の答案は、上位にはなりにくいだろう。
その理由は、本問の出題意図にあまり答えていないからである。

本問の主要な論点は、いわゆる見せかけの消極目的である。
この論点は、二分論の根拠につき、特定の見解を採った場合にクローズアップされる。
すなわち、特定の利益集団の保護立法は、消極目的を装うことが多い。
「これは国民を守るためのやむを得ない規制なのだ」といいつつ、自分達の利益を図ろうとする。
二分論が採用されると、消極目的を装うことは損になる。
かえって厳格に審査されてしまうからである。
だから、利益集団も素直に積極目的(自分達の保護)を表に出すようになるだろう。
これは、競争・交渉の公正性・透明性の確保に資する。
そのために、二分論を採用するのだ。
そういう発想である。
これは、長谷部恭男教授の見解である(長谷部恭男「憲法」第3版250頁から253頁)。
本問は、まさに上記の論理があてはまる事案である。
なお、長谷部教授は、今年度の旧司法試験考査委員である(第60回司法試験委員会議「平成22年度旧司法試験第二次試験考査委員推薦者名簿」)。

上記の見解は、少数説である。
従って、上記の見解で書かないと評価されない、ということはない。
かえって、普段使わない少数説で書こうとすると、失敗することが多い。
ただ、主要な論点がそこにある以上、そこに重点を置くべきである。
すなわち、二分論の論拠、規制目的の認定をしっかり書く。
本問をみて、これは規制目的の認定を訊いているな。
そのくらいは、察しがついたはずである。
そうであれば、二分論の論拠をいつもより深めてみよう。
また、目的の認定は、慎重にしなければマズいだろう。
そういった意識をもって、構成すべきだった。
そのような観点に立つと、前記答案のように、いつもの論証を貼り付ける。
あっさり消極・積極の併存を認めてしまう。
それだけでは、不十分ということになる。
とはいえ、慣れないことをやると、酷い結果になるのが憲法でもある。
おそらく、上記に気付く者は、少ないだろう。
それならば、不十分でも無難な答案でまとめてしまえ。
そう判断して前記答案でまとめてしまうことも、一つの戦略である。

それから、もう一つ注意すべきは、参照条文である。
理容師法12条4号の条例で定める措置は、「衛生上必要な措置」である。
そうすると、同号で旧来の理容所を保護するだけのための措置を定めることは、できないことになる。
確かに、「法律と条例の関係」は書くなとある。
しかし、これはいわゆる横出し上乗せの可否を書くな、ということである。
条例の目的を法律の趣旨目的から認定することまで、禁じているわけではない。
もし、それすら禁じているとしたら、参照条文を挙げる意味がない。

以上のことからすれば、本問条例を積極目的一本に絞るのは、危険である。
あっさり消極目的を否定し、積極目的と認定してしまう構成が、一番危ない。
これをやると、同じように二分論でまとめたつもりでも、厳しい評価になる可能性が高い。
出題意図を把握できず、条文も読めない。
そう評価されても、やむを得ないからである。

最近は、二重の基準・二分論では書きにくい問題が多かった。
二重の基準・二分論で機械的に処理すると、評価を下げているようにみえた。
その傾向を重視して、本問も二重の基準・二分論では書かなかった、という人もいたはずである。
それはそれで、上記視点等必要な要素が検討されていれば、評価されただろう。
ただ、考慮要素の一つとして規制態様を考える場合、注意すべき点がある。
本問は、問題文上、許可制か届出制かわからない。
問題文上明らかなことは、洗髪設備がないと事後的に期間を定めた閉鎖命令を受ける、ということだけである。
実際には、理容所の開設は届出制である。
(理容師資格は免許制であるが、本問条例は理容師資格に係るものではない。)

理容師法11条 理容所を開設しようとする者は、厚生労働省令の定めるところにより、理容所の位置、構造設備、第十一条の四第一項に規定する管理理容師その他の従業者の氏名その他必要な事項をあらかじめ都道府県知事に届け出なければならない
2  理容所の開設者は、前項の規定による届出事項に変更を生じたとき、又はその理容所を廃止したときは、すみやかに都道府県知事に届け出なければならない。

従って、本問を許可制と決め打ちして書くと、評価を下げるだろう。
書くとすれば、許可制に匹敵する(態様・内容の規制を超えた)規制である、という書き方になる。
また、営業の自由を22条1項だけでなく、29条1項によっても保障されるとする有力説がある。
しかし、本問は営業の継続(職業遂行)の側面が制約される場合である。
財産権行使の側面が制約される場面(価格統制や処分制限)ではない。
従って、有力説でも22条1項の問題であって、29条1項の問題にはならないと思われる。

なお、判例の二分論は、(通説の立場からすると)特殊である。
すなわち、規制態様から目的審査を。
規制目的等司法と立法との役割分担から、手段審査を導くという構造になっている。
そのため、目的に重要な公共の利益(正当な利益では足りない)を要求しつつ、手段審査は緩やか(裁量論)ということがある。

薬事法判例(最高裁昭和43年(行ツ)第120号同50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁)より引用、下線は筆者)

 一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業の選択の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定しうるためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要し、また、それが社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のための措置ではなく、自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的、警察的措置である場合には、許可制に比べて職業の自由に対するよりゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によつては右の目的を十分に達成することができないと認められることを要する

(引用終わり)

 

最判平14・6・4より引用、下線は筆者)

 所論は,酒類販売業について免許制を定めた酒税法9条1項が憲法22条1項に違反するというのである。
 職業の許可制は,職業の自由に対する規制措置のうち,職業選択の自由そのものに制約を課する強力な制限であるから,その憲法22条1項適合性を肯定するためには,原則として,重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要するものというべきである(最高裁昭和43年(行ツ)第120号同50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁参照)。他方,租税法の定立については,国家財政,社会経済,国民所得,国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的,技術的な判断にゆだねられるべき性質のものであり,裁判所は,基本的にその裁量的判断を尊重すべきである(最高裁昭和55年(行ツ)第15号同60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁参照)。そうすると,酒税法による酒類販売業の免許制規制についても,その必要性と合理性についての立法府の判断が,著しく不合理であって,上記の政策的,技術的な裁量の範囲を逸脱するものでない限り,憲法22条1項に違反しないと解される。
 酒類販売業免許制は,昭和13年に採用された当時,酒税の国税収入全体に占める割合が高く,酒類の販売代金に占める酒税の比率も高率であったこと等に照らして,酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという重要な公共の利益のために,税負担の消費者への円滑な転嫁を実現する目的で実施されたものであって,その必要性と合理性があったということができる。その後の社会経済の状況や税制度の変化に伴い,酒税の国税収入全体に占める割合が相対的に低下するに至ったことから,免許制を存続させることの必要性及び合理性については,議論があるところであり,また,近時,酒類販売業に関するいわゆる規制緩和論が高まり,これを受けて,免許制の運用が大幅に緩和されるに至っていることも,明らかである。しかしながら,本件当時(平成2年6月1日から平成5年5月18日まで)における酒税の国税収入全体に占める割合,その収入総額,販売代金中の酒税比率等の諸状況に加え,景気の動向の影響を比較的受けにくく,安定した税収をもたらすという酒税の性質等に照らすと,酒税の重要性が低下したとはいえ,酒類販売業免許制自体を維持することの合理性が失われるには至っていなかったと考えられる。したがって,本件当時において,酒類販売業免許制自体を存続させていたことが,著しく不合理であって,前記のような立法府の政策的,技術的な裁量の範囲を逸脱するものとまでは断定し難いところであり,酒類販売業免許制を定めた酒税法9条1項の規定が憲法22条1項に違反するものということはできない

(引用終わり)

学説上、目的に重要な利益を要求するなら、それは中間基準(厳格な合理性の基準)である。
だとしたら、手段審査が緩やかにはなりえない。
また、薬事法判例は、消極目的につき厳格な合理性の基準を採用した判例とされる。
だとすると、酒税法の判断で薬事法判例が引用されるはずがない。
しかし、上記のように、薬事法判例が引用されている。
「最高裁昭和43年(行ツ)第120号同50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁」とは、薬事法判例のことである。
この辺りの学説による判例の整理は、どうもうまくいっていない。
敢えて言えば、間違っている。
従って、判例を引用等する際には、注意を要する。

若干余談となるが、森林法事件判例は薬事法判例を引用している。
そのことから、森林法判例は厳格な合理性の基準を採用したとか、消極規制の事例だとか言われることがある。
しかし、森林法判例が薬事法を引用して述べるのは以下の部分である。

(森林法判例より引用、下線は筆者)

 財産権は、それ自体に内在する制約があるほか、右のとおり立法府が社会全体の利益を図るために加える規制により制約を受けるものであるが、この規制は、財産権の種類、性質等が多種多様であり、また、財産権に対し規制を要求する社会的理由ないし目的も、社会公共の便宜の促進、経済的弱者の保護等の社会政策及び経済政策上の積極的なものから、社会生活における安全の保障や秩序の維持等の消極的なものに至るまで多岐にわたるため、種々様々でありうるのである。したがつて、財産権に対して加えられる規制が憲法二九条二項にいう公共の福祉に適合するものとして是認されるべきものであるかどうかは、規制の目的、必要性、内容、その規制によつて制限される財産権の種類、性質及び制限の程度等を比較考量して決すべきものであるが、裁判所としては、立法府がした右比較考量に基づく判断を尊重すべきものであるから、立法の規制目的が前示のような社会的理由ないし目的に出たとはいえないものとして公共の福祉に合致しないことが明らかであるか、又は規制目的が公共の福祉に合致するものであつても規制手段が右目的を達成するための手段として必要性若しくは合理性に欠けていることが明らかであつて、そのため立法府の判断が合理的裁量の範囲を超えるものとなる場合に限り、当該規制立法が憲法二九条二項に違背するものとして、その効力を否定することができるものと解するのが相当である(最高裁昭和四三年(行ツ)第一二〇号同五〇年四月三〇日大法廷判決・民集二九巻四号五七二頁参照)。

(引用終わり)

 

(薬事法判例より引用、下線は筆者)

 職業は、それ自身のうちになんらかの制約の必要性が内在する社会的活動であるが、その種類、性質、内容、社会的意義及び影響がきわめて多種多様であるため、その規制を要求する社会的理由ないし目的も、国民経済の円満な発展や社会公共の便宜の促進、経済的弱者の保護等の社会政策及び経済政策上の積極的なものから、社会生活における安全の保障や秩序の維持等の消極的なものに至るまで千差万別で、その重要性も区々にわたるのである。そしてこれに対応して、現実に職業の自由に対して加えられる制限も、あるいは特定の職業につき私人による遂行を一切禁止してこれを国家又は公共団体の専業とし、あるいは一定の条件をみたした者にのみこれを認め、更に、場合によつては、進んでそれらの者に職業の継続、遂行の義務を課し、あるいは職業の開始、継続、廃止の自由を認めながらその遂行の方法又は態様について規制する等、それぞれの事情に応じて各種各様の形をとることとなるのである。それ故、これらの規制措置が憲法二二条一項にいう公共の福祉のために要求されるものとして是認されるかどうかは、これを一律に論ずることができず、具体的な規制措置について、規制の目的、必要性、内容、これによつて制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量したうえで慎重に決定されなければならない。この場合、右のような検討と考量をするのは、第一次的には立法府の権限と責務であり、裁判所としては、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容及びその必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまるかぎり、立法政策上の問題としてその判断を尊重すべきものである。

(引用終わり)

下線部分が引用といえる共通部分である。
森林法判例は、上記引用部分を述べてそのまま当てはめに入っている。
他方、薬事法判例は、直後に「しかし、右の合理的裁量の範囲については、事の性質上おのずから広狭がありうるのであつて、裁判所は、具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らして、これを決すべきものといわなければならない。」とした上で、許可制から重要な公共の利益を要求し、消極目的から必要最小限度の基準を導いている。
森林法判例が引用したのは、規制態様や規制目的を考慮する前段階の部分に過ぎない。
従って、薬事法判例は裁量論の原則を述べ、さらにその例外を述べた。
森林法判例は、そのうちの裁量論の原則部分のみを引用し、そのまま当てはめた。
(その理由は、許可制でないし、消極目的でもないからと推測できる。)
すなわち、厳格な合理性の基準を採用したとはいえないし、消極規制の事例ともいえない。
そういう理解が素直である。
学説は、なぜかそういう部分を無視している。
学習の際には、このような学説と判例の理解の乖離を意識しておくべきである。

この点に関する近時の裁判例としては、医薬品のネット販売規制に関する東京地判平22・3・30がある。
本裁判例は、行政立法(省令)の合憲性につき薬事法判例を引用する。
そして、規制が強度であることと、消極規制であることを根拠に必要最小限度の基準を採用しつつ合憲としている。
規制態様については、許可制に準じる強度のものかにつき曖昧なまま棚上げし、目的が公共の福祉に合致すれば足りる(重要な公共の利益を要求しない)として、この部分で薬事法判例を引用していないことにも注意を要する。

(東京地判平22・3・30より引用、下線は筆者)

 憲法22条1項は,狭義における職業選択の自由のみならず,職業活動の自由としての営業の自由を保障する趣旨を包含していると解すべきところ,本件改正規定の適用の結果として第一類・第二類医薬品について郵便等販売の方法による販売はこれを行うことができなくなることからすれば,改正省令中の本件改正規定は,これらによって憲法22条1項において保障される営業の自由に係る事業者の権利が制限されるものであるということができる。

 ・・・職業活動としての営業は,本質的に社会的かつ経済的な活動であって,その性質上,社会的相互関連性が大きいものであるから,憲法22条1項において保障される営業の自由は,それ以外の憲法の保障する自由,殊にいわゆる精神的自由に比較して,公権力による規制の要請が強く,同項の規定においても,特に「公共の福祉に反しない限り」という留保が明記されている。
 このように,営業は,それ自身のうちに何らかの制約の必要性が内在する社会的かつ経済的な活動であるところ,その種類,性質,内容,社会的意義や影響が極めて多種多様であるため,その規制を要求する社会的理由ないし目的も千差万別で,その重要性も区々にわたり,これに対応して,現実に営業の自由に加えられる制限としての規制措置も,それぞれの事情に応じて各種各様の形をとることとなるので,当該規制措置が憲法22条1項にいう公共の福祉のために要求されるものとして是認されるかどうかは,これを一律に論ずることができず,具体的な規制措置について,規制の目的,必要性,内容,これによって制限される営業の自由の性質,内容及び制限の程度を検討し,これらを比較考量した上で慎重に決定されなければならない。そして,上記のような検討と考量をするのは,第一次的には立法機関(立法府の制定した法律により行政立法の権能の委任を受けた行政機関を含む。)の権限と責務であり,その憲法適合性の司法審査に当たっては,規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上,そのための規制措置の具体的内容及び必要性と合理性については,上記立法機関の判断がその合理的裁量の範囲にとどまる限り,立法政策上の問題としてこれを尊重すべきであるが,その合理的裁量の範囲については,事の性質上おのずから広狭があり得るのであって,裁判所は,具体的な規制の目的,対象,方法等の性質と内容に照らして,これを決すべきものといわなければならない(最高裁昭和43年(行ツ)第120号同50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁参照)。

 ・・・本件規制の目的は,一般用医薬品の適切な選択及び適正な使用を確保し,一般用医薬品の副作用による健康被害を防止することであると認められる。そして,一般用医薬品の副作用被害の事例が死亡等の重大な結果をもたらした事例を含めて多数発生していること,一般用医薬品を起因物質とする中毒の相談が多数あることに加え,改正法案の国会審議並びに同法案及び改正省令の立案の過程において,薬害被害者の団体や消費者団体等から薬害・副作用被害の防止のための販売方法及び情報提供に係る規制の強化を求める強い要望が寄せられていたこと・・・を併せ考慮すれば,この規制の目的は公共の福祉に合致するものであるということができる。

 そこで,上記規制目的のために採られた規制手段としての本件規制の性質についてみるに,本件規制は,薬局又は店舗販売業といった一般用医薬品の販売を行う業態が許可制になっていることを前提として,薬局又は店舗販売業の許可を得た者による第一類・第二類医薬品の販売において有資格者による対面での販売及び情報提供を義務付け,これに伴い,その販売方法から郵便等販売を除外するもので,それ自体としては,狭義における職業の選択の自由そのものに制約を課するものではなく,営業活動の態様に対する規制の範疇に属するものであると解される。
 ・・・原告らは,本件規制は,前掲最高裁昭和50年4月30日大法廷判決が職業選択の自由そのものに対する規制であるとした適正配置規制以上の規制であり,職業選択の自由そのものに対する規制と解すべきであると主張するが,上記最高裁判決の事例は,許可を得られないことにより薬局としての営業が全くできない場合であるのに対し,本件規制の場合は,薬局又は店舗において全区分の一般用医薬品を販売することが可能であり,薬事法令上,インターネット販売は郵便等販売という販売方法の一態様であってそれ自体が独立した職業と位置付けられているものではないことからすれば,本件規制は上記最高裁判決の場合とは事例を異にし,同判決の適正配置規制以上の規制であるということもできない。
 もっとも,各種商品のインターネット販売を主要な事業内容とする業者が,医薬品のインターネット販売を目的として店舗販売業の許可を受け,医薬品の販売方法として,実際には通常の店舗における販売を行わず,専ら郵便等販売の一態様としてのインターネット販売を行っている場合に,当該業者としては,事実上,医薬品の販売に係る営業活動そのものを制限される結果となることを考慮すると,上記のとおり本件規制はその法的性質としては営業活動の態様に対する規制ではあるものの,上記の業態の業者に関する限り,当該規制の事実上の効果としては,規制の強度において比較的強いものということができる。
 そして,本件規制の目的は,上記のとおり,一般用医薬品の適切な選択及び適正な使用を確保することにより,一般用医薬品の副作用による健康被害を防止することであるところ,本件規制は,この目的のために,副作用の危険性が相対的に高い第一類・第二類医薬品について,薬局又は店舗販売業の許可を得た者によるこれらの医薬品の販売において有資格者の対面による販売及び情報提供を義務付け,これに伴い,その販売方法から郵便等販売を除外するものであって,規制の目的との関係においては,これと直接の関連性を有する規制の方法であるというべきである。
 他方,本件規制は,自由な営業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的・警察的な目的による規制措置であり,また,その規制の方法は,第三類医薬品の販売についてはその販売方法から郵便等販売を除外していないものの,第一類・第二類医薬品の販売に関する限り,例外を許さない一律の制限を内容とするものであることなどによれば,規制の強度において比較的強いものということができる。
 そこで,本件規制の憲法適合性の判断においては,前記の観点から,本件規制の上記のような性質を前提として,本件規制を規制手段とした立法機関の判断がその合理的裁量の範囲を超えるものであるか否かを検討する必要があるところ,その検討に際して代替的な規制手段との対比を考慮するに当たっては,本件規制の規制内容が前示のとおり一般用医薬品の副作用による健康被害(薬害)の防止という国民の生命・身体の安全に直結する事柄であり,一般用医薬品の適切な選択及び適正な使用が確保されない結果としてひとたび副作用による健康被害(薬害)が発生すればその被害者に償うことのできない重大な損害が発生する危険性が高いことを踏まえて検討すべきものと解するのが相当であり,以下,このような見地から,本件規制の憲法適合性について検討する。

 (※当てはめ部分省略)

 ・・・以上の諸事情を総合的に考慮すると,本件規制は,規制目的(一般用医薬品の適切な選択及び適正な使用を確保し,一般用医薬品の副作用による健康被害を防止すること)を達成するための規制手段としての必要性と合理性を認めることができ,医薬品の副作用(副作用に関する消費者一般の意識・認識等を含む。)及び情報通信技術等をめぐる本邦の現状の下において,営業活動の態様に対するより緩やかな制限を内容とする規制手段によっては上記の規制目的を十分に達成することができないと認められる以上,立法機関(立法府の制定した法律により行政立法の権能の委任を受けた行政機関を含む。)の合理的裁量の範囲について,職業活動の内容及び態様に関する規制として,あるいは狭義における職業の選択の自由そのものに制約を課する規制に準じて,広狭のいずれに解するかにかかわらず,その合理的裁量の範囲を超えるものではないというべきであり,本件規制及びこれを定める本件各規定を薬事法施行規則に加える改正省令中の本件改正規定は,憲法22条1項に違反するものということはできない

 

【参考答案その2】

第1.被侵害利益

 本問条例によれば、理容所開設者は洗髪するための給湯可能な設備(以下「洗髪設備」という。)を設置しなければ理容師法(以下「法」という。)14条により閉鎖を命じられて営業を継続できなくなる。従って、理容所開設者の営業の自由を制約する。
 職業は、単に選択できても遂行できなければ意味がないから、職業遂行としての営業の自由は憲法22条1項で保障される。他方で、同項は公共の福祉による制約を明示する。これは内在的制約に加えて、政策的制約も許容する趣旨である。問題は、どの限度まで許されるかである。

第2.違憲審査基準

1(1)営業には人格的要素もあるが、主として経済活動である。経済活動は社会的相互関連性が大きく、規制の要請が強い。また、民主制の下において、その適否の判断は第一次的には立法府(地方議会を含む。以下同じ。)の権限と責務である。司法が積極的に介入すべき要請は強くない。

(2)もっとも、本問条例によれば、洗髪設備のない理容所は、およそ営業が継続できない。確かに、洗髪設備を設けるか否かは営業態様の問題に過ぎないともみえる。しかし、広範な営業態様のうち一部を規制するのではない。特定の営業態様以外はおよそ許さないとする。これは、もはや単なる営業態様の制限を越えた強力な制限と評価すべきである。従って、その合憲性を肯定しうるためには、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要する(薬事法判例参照)。

2(1)そして、社会経済の調和的発展や福祉主義の実現等社会経済政策上の積極的な目的のための規制(以下「積極規制」という。)は、当該規制をすべきかどうかも含め、多様な選択肢が想定される。その適否の判断には価値的選択を伴う。従って、多数決原理を基礎とする立法府の使命である。他方、社会公共に対する無視し得ない害悪防止のための消極的、警察的規制(以下「消極規制」という。)には、害悪を放置する選択肢はない。仮に公権力において不本意であっても、なさざるを得ない。消極規制の消極性とは、まさにこの点にある。また、その適否は、害悪防止のために有効適切かどうかに尽きる。すなわち、客観的に判断可能である。従って、多数決原理による立法府の判断を尊重すべき理由は乏しい。よって、積極規制では必要性・合理性の判断につき立法府の裁量を尊重せざるを得ないが、消極規制ではその判断は裁判所が目的達成のため必要最小限度の手段を用いているか、客観的に判断して決すべきである。

(2)本問条例については、その根拠法である法の趣旨目的は理容業務の適正による公衆衛生の向上であり(1条)、本問条例の制定目的も同旨とされる。理容業務の適正が害され、または公衆衛生が悪化する場合、無視できない社会公共の害悪が生じる。これを防止するものは、消極規制である。
 他方、本問条例は、従来から存在していた理容所(以下「従来型理容所」という。)の利用者が激減していたという事情を背景とする。この点に着目すれば、洗髪設備設置の義務づけによってこれを欠く簡易な設備の理容所の営業を困難にし、相対的に従来型理容所を保護するという黙示の政策的・積極的目的があると解する余地がある。しかしながら、上記目的は、法12条4号の趣旨目的におよそ含まれ得ない。また、本問条例が前記1(2)で述べた強力な制限であることに照らすと、上記目的は規制を正当化するほどの重要な公共の利益とはいい難い。よって、本問条例を積極規制と解することはできない。

第3.本問条例の合憲性

(1)不衛生な理容行為によって感染症や寄生虫等が蔓延すれば社会公共の利益を大きく損なうから、理容業務の適正による公衆衛生の向上は、重要な公共の利益である。

(2)では、上記目的のために洗髪設備の設置を義務付けることの必要性・合理性はあるか。
 理容(法1条の2)の内容には、洗髪は含まない。しかも、洗髪設備のある理容所でも、一般に洗髪は理容行為の終了後に行われている。理容の際に不衛生な頭髪に触れることによる感染症や寄生虫等の蔓延の防止は、理容後の洗髪では防げない。他方で、理容に伴う感染症や寄生虫等の蔓延は、理容後に理容師の手洗いや用具の洗浄、殺菌を励行することで防止しうる。また、今日の自家風呂の普及を考慮すると、理容に伴う洗髪が一般的な公衆衛生の向上に重要とはいえない。他に洗髪設備がなければ防止しえない衛生確保の必要性をうかがわせる客観的事実はない。
 以上から、理容業務の適正による公衆衛生の向上の目的を達するために洗髪設備を義務付けることは必要最小限度を超えており、必要性・合理性を肯定できない。

(3)よって、本問条例は憲法22条1項に違反する。

以上

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