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最高裁判所第三小法廷判決平成22年04月20日

【事案】

1.被上告人との間で締結した基本契約に基づき,継続的に金銭の借入れと弁済を繰り返した上告人が,各弁済金のうち利息制限法1条1項所定の制限を超えて利息として支払われた部分(以下,この部分を「制限超過部分」という。)を元本に充当すると過払金が発生するとして,被上告人に対し,不当利得返還請求権に基づき,過払金71万1523円の返還等を求める事案。
 本件では,取引が当初20万円の借入れから始まり,その後新たな借入れと弁済が繰り返されることにより借入残高に増減が生じたことから,このように借入残高が増減する取引における過払金の計算上,何をもって利息制限法1条1項にいう「元本」の額と解すべきかが争われている。

(参照条文)利息制限法1条

 金銭を目的とする消費貸借における利息の契約は、その利息が次の各号に掲げる場合に応じ当該各号に定める利率により計算した金額を超えるときは、その超過部分について、無効とする。

一  元本の額が十万円未満の場合 年二割
二  元本の額が十万円以上百万円未満の場合 年一割八分
三  元本の額が百万円以上の場合 年一割五分

2.事実関係等の概要

(1) 上告人は,被上告人との間で,継続的に金銭の借入れとその弁済が繰り返される金銭消費貸借に係る基本契約(以下「本件基本契約」という。)を締結し,これに基づき,平成9年12月18日から平成19年12月3日までの間,原判決別紙計算書の「年月日」欄記載の各年月日に,「借入金額」欄記載の各金員を借り入れ,「弁済額」欄記載の各金員を支払った(以下「本件取引」という。)。

(2) 本件基本契約において定められた利息の利率は,利息制限法1条1項所定の制限利率を超えるものであった。

(3) 本件取引における弁済は,各貸付けごとに個別的な対応関係をもって行われることが予定されているものではなく,本件基本契約に基づく借入金の全体に対して行われるものであった。

(4) 本件取引開始当初の借入金額は20万円であり,その後も,各弁済金のうち利率を年1割8分として計算した金額を超えて利息として支払われた部分を本件基本契約に基づく借入金債務の元本に充当して計算すると,各借入れの時点における残元本額(従前の借入金残元本と新たな借入金との合計額)は,100万円未満の金額で推移し,平成17年12月6日の借入れの時点では,残元本額が10万円未満となった。

3.原審は,上記の事実関係の下で,次のとおり判断し,本件取引に適用される制限利率を平成17年12月5日までは年1割8分,同月6日以降は年2割であるとして,上告人の請求を過払金67万9654円の返還等を求める限度で認容した。

(1) 基本契約に基づき継続的に借入れと弁済が繰り返される金銭消費貸借取引において,基本契約に定められた借入極度額は,当事者間で貸付金合計額の上限として合意された数値にすぎず,これをもって,利息制限法1条1項所定の「元本」の額と解する根拠はない。そして,上記の取引の過程で新たな借入れがされた場合,制限利率を決定する基準となる「元本」の額は,従前の借入金残元本と新たな借入金との合計額をいい,従前の借入金残元本の額は,約定利率ではなく制限利率により弁済金の充当計算をした結果得られた額と解するのが相当である。

(2) 本件取引においては,取引の開始から平成17年12月6日の借入れが行われる前までは,各借入れの時点における上記意味での元本の額は終始10万円以上100万円未満の金額で推移しており,その間の取引については,年1割8分の制限利率を適用すべきである。

(3) しかし,平成17年12月6日の借入れの時点では,上記意味での元本の額は10万円未満となるに至ったのであるから,同日以降の取引については,年2割の制限利率を適用するのが相当である。

【判旨】

1.原審の上記3の判断のうち,(1)及び(2)は是認することができるが,(3)は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 継続的な金銭消費貸借取引に関する基本契約に基づいて金銭の借入れと弁済が繰り返され,同契約に基づく債務の弁済がその借入金全体に対して行われる場合には,各借入れの時点における従前の借入金残元本と新たな借入金との合計額が利息制限法1条1項にいう「元本」の額に当たると解するのが相当であり,同契約における利息の約定は,その利息が上記の「元本」の額に応じて定まる同項所定の制限を超えるときは,その超過部分が無効となる。この場合,従前の借入金残元本の額は,有効に存在する利息の約定を前提に算定すべきことは明らかであって,弁済金のうち制限超過部分があるときは,これを上記基本契約に基づく借入金債務の元本に充当して計算することになる。
 そして,上記取引の過程で,ある借入れがされたことによって従前の借入金残元本と新たな借入金との合計額が利息制限法1条1項所定の各区分における上限額を超えることになったとき,すなわち,上記の合計額が10万円未満から10万円以上に,あるいは100万円未満から100万円以上に増加したときは,上記取引に適用される制限利率が変更され,新たな制限を超える利息の約定が無効となるが,ある借入れの時点で上記の合計額が同項所定の各区分における下限額を下回るに至ったとしても,いったん無効となった利息の約定が有効になることはなく,上記取引に適用される制限利率が変更されることはない。

(2) これを本件についてみると,前記事実関係によれば,本件取引開始当初の借入金額は20万円であったというのであるから,この時点で本件取引に適用される制限利率は年1割8分となる。そして,各弁済金のうち制限超過部分を本件基本契約に基づく借入金債務の元本に充当して計算すると,その後,各借入れの時点における従前の借入金残元本と新たな借入金との合計額は100万円未満の金額で推移し,平成17年12月6日の借入れの時点に,上記の合計額が10万円未満となったというのであるが,これが10万円未満に減少したからといって,適用される制限利率が年2割に変更されることはない。
 そうすると,同日以降の取引に年2割の制限利率を適用するのが相当であるとした原審の判断には,利息制限法1条1項の解釈適用の誤りがあり,この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨のうち,この趣旨をいう部分は理由がある。

2.以上によれば,原判決のうち上告人の敗訴部分は破棄を免れず,上記の見地に立って過払金額を確定させるため,同部分につき,本件を原審に差し戻すこととする。

 

最高裁判所第三小法廷判決平成22年05月25日

【判旨】

 民訴法23条1項6号にいう「前審の裁判」とは,当該事件の直接又は間接の下級審の裁判を指すと解すべきであるから(最高裁昭和28年(オ)第801号同30年3月29日第三小法廷判決・民集9巻3号395頁最高裁昭和34年(オ)第59号同36年4月7日第二小法廷判決・民集15巻4号706頁参照),労働審判に対し適法な異議の申立てがあったため訴えの提起があったものとみなされて訴訟に移行した場合(労働審判法22条参照)において,当該労働審判が「前審の裁判」に当たるということはできない(なお,当該労働審判が同号にいう「仲裁判断」に当たらないことは明らかである。)。

 

最高裁判所第三小法廷判決平成22年05月25日

【事案】

1.上告人の従業員であった被上告人が,上告人による普通解雇が客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上是認し得ないもので違法であるとして,上告人に対し,不法行為に基づく損害賠償を求める事案。

2.事実関係の概要

(1)ア.被上告人は,平成12年8月16日,建設機械器具の賃貸等を業とする会社である上告人に雇用された。被上告人は,同日から同17年3月まで営業部次長を,同年4月からは営業部長を務め,同19年5月1日には統括事業部長を兼務する取締役に就任した。

イ.上告人の就業規則35条1項2号(以下「本件規定」という。)は,普通解雇事由として「技能,能率又は勤務状態が著しく不良で,就業に適さないとき」を掲げている。

(2) 被上告人は,酒に酔った状態で出勤したり,勤務時間中に居眠りをしたり,社外での打合せ等と称し嫌がる部下を連れて温泉施設で昼間から飲酒をしたり,取引先の担当者も同席する展示会の会場でろれつが回らなくなるほど酔ってしまったりすることがあった。
 このため,被上告人の勤務態度や飲酒癖について,従業員や取引先から上告人に対し苦情が寄せられていた。上告人の代表取締役社長(以下「社長」という。)は,被上告人に対し,飲酒を控えるよう注意し,居眠りをしていたときには社長室で寝るよう言ったことはあるが,それ以上に勤務態度や飲酒癖を改めるよう注意や指導をしたことはなく,被上告人も飲酒を控えることはなかった。

(3)ア.被上告人は,平成19年6月4日(月曜日),取引先の担当者と打合せをする予定があるのに出勤せず,常務から電話で出勤するよう指示されたのに対し,日曜日だと思っていたと弁解した。被上告人は,その後連絡を取った部下の従業員からも出勤するよう求められたが,これにも応じず,結局,全日にわたり欠勤した(以下,この欠勤を「本件欠勤」という。)。
 社長は,被上告人に代わって上記取引先の担当者と打合せをしたが,この打合せの後,同取引先の紹介元であり,上告人の大口取引先でもある会社の代表者から,被上告人を解雇するよう求められた。

イ.被上告人は,同日の夜,社長と電話で話をした際,酒に酔った状態で「(自分を)辞めさせたらどうですか。」と述べた。この言葉を聞いた社長は,苦情を寄せている従業員や取引先から被上告人をかばいきれないと考えた。

(4) 社長は,被上告人の上記発言を退職の申出ととらえ,翌日の取締役会で被上告人の退職の承認を提案したところ,被上告人を弁護したり慰留すべきであるとしたりする取締役がいなかったため,退職が承認された。
 上告人は,被上告人が自主的に退職願を提出しなかったことから,同月15日付けで被上告人を解雇した(以下,これによる解雇を「本件解雇」という。)。その後上告人が被上告人に送付した書面によれば,本件解雇は本件規定に定める解雇事由に基づくものとされている。

3.原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告人の請求を一部認容すべきものとした。

(1) 本件解雇の時点において,被上告人の勤務態度の問題点は,本件規定に定める解雇事由に該当する。

(2) しかし,社長は,本件欠勤まで,被上告人に対し,勤務態度や飲酒癖を改めるようはっきりと注意や指導をしておらず,かえって被上告人を昇進させたために,被上告人に自分の問題点を自覚させることができなかった。また,上告人は,本件欠勤の後も,取締役の解任,統括事業部長職の解職,懲戒処分など,解雇以外の方法を講じて被上告人が自らの勤務態度の改善を図る機会を与えていない。
 このような事情からすると,上記の他の手段を講じることなくされた本件解雇は,社会通念上相当として是認することができず,被上告人に対する不法行為になる。

【判旨】

1.原審の上記3(1)の判断は是認することができるが,同(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 前記事実関係によれば,被上告人は,入社直後から営業部の次長ないし部長という幹部従業員であり,平成19年5月以降は統括事業部長を兼務する取締役という地位にあったにもかかわらず,その勤務態度は,従業員からだけでなく,取引先からも苦情が寄せられるほどであり,これは被上告人の飲酒癖に起因するものであったと認められるところ,被上告人は,社長から注意されても飲酒を控えることがなかったというのである。
 上記事実関係の下では,本件解雇の時点において,幹部従業員である被上告人にみられた本件欠勤を含むこれらの勤務態度の問題点は,上告人の正常な職場機能,秩序を乱す程度のものであり,被上告人が自ら勤務態度を改める見込みも乏しかったとみるのが相当であるから,被上告人に本件規定に定める解雇事由に該当する事情があることは明らかであった。そうすると,上告人が被上告人に対し,本件欠勤を契機として本件解雇をしたことはやむを得なかったものというべきであり,懲戒処分などの解雇以外の方法を採ることなくされたとしても,本件解雇が著しく相当性を欠き,被上告人に対する不法行為を構成するものということはできない。

2.以上と異なる見解の下に被上告人の請求を一部認容すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。
 以上説示したところによれば,原判決は破棄を免れない。そして,被上告人の請求は理由がないから,第1審判決中上告人敗訴部分を取り消し,同部分につき被上告人の請求を棄却すべきである。

 

最高裁判所第一小法廷決定平成22年05月31日

【事案】

1.花火大会が実施された公園と最寄り駅とを結ぶ歩道橋で多数の参集者が折り重なって転倒して死傷者が発生した業務上過失致死傷事件。

2.事実関係

(1) 平成13年7月20日及び同月21日の2日間にわたって兵庫県明石市において開催された第32回明石市民夏まつりの2日目に,午後7時45分ころから午後8時30分ころまでの間大蔵海岸公園で花火大会等が実施されたが,そこに参集した多数の観客が最寄りの西日本旅客鉄道株式会社朝霧駅と大蔵海岸公園とを結ぶ通称朝霧歩道橋に集中して過密な滞留状態となり,また,花火大会終了後朝霧駅から大蔵海岸公園へ向かう参集者と同公園から朝霧駅方面へ向かう参集者とが押し合うことなどにより,強度の群衆圧力が生じ,同日午後8時48分ないし49分ころ,歩道橋上において,多数の参集者が折り重なって転倒するいわゆる群衆なだれが発生し,その結果,11名が全身圧迫による呼吸窮迫症候群(圧死)等により死亡し,183名が傷害を負うという事故が発生した。

(2) 被告人Aは,兵庫県明石警察署地域官として,本件夏まつりの雑踏警備計画の企画・立案を掌理するほか,本件夏まつりにおける現地警備本部指揮官として,現場において雑踏警戒班指揮官ら配下警察官を指揮して,参集者の安全を確保すべき業務に従事していたものである。本件当日,大蔵海岸公園及びその周辺には,管区機動隊員72人を含め総勢150人以上の警察官が配置され,被告人Aは,雑踏警戒班を指揮するのみならず,機動隊についても,明石警察署長らを介し又は直接要請することにより,自己の判断でその出動を実現できる立場にあった。
 被告人Bは,警備業を営む株式会社Cの大阪支社長であり,本件夏まつりの実質的主催者である明石市と株式会社Cとの契約に基づき,明石市の行う本件夏まつりの自主警備の実施についての委託を受けて,本件夏まつりの会場警備に従事する警備員の統括責任者として,明石市の担当者らとともに参集者の安全を確保する警備体制を構築するほか,これに基づく警備を実施すべき業務に従事していたものである。本件当日,被告人Bは,総勢130人以上の警備員を統括していた。

(3) 本件夏まつりに関しては,その当日に至るまでにも,以下のような雑踏事故の原因となり得る事情等があった。

ア.本件夏まつりの会場となった大蔵海岸公園は,朝霧駅の南方に位置し,同駅とは,本件歩道橋によって接続されており,朝霧駅を利用して集まってきた参集者を始め,多くの観客が歩道橋を通って大蔵海岸公園に参集することが予想されるものであった。

イ.本件歩道橋は,全長約103.65m,歩行者有効幅員約6mであって,歩道橋南側は展望に適したテラス兼エレベーターホール(合計約69.9u)となっており,歩道橋南端部には,約80度に西向きに折れた幅約3.2m,長さ約18m,48段の階段(途中2か所に踊り場がある。)があり,これによって約7.2m下の大蔵海岸公園を東西に走る市道大蔵町48号線の南側歩道に接しているが,歩道橋のこのような構造や,歩道橋南端部や南側階段は大蔵海岸東側の堤防から打ち上げられる花火の絶好の観覧場所となることから,その南端部付近や南側階段において参集者が滞留し,大混雑を生じることが容易に予想されるものであった。

ウ.本件夏まつりにおいては,180余の夜店が本件歩道橋南側階段下の市道大蔵町48号線の南北歩道上に出店することとなっていたことから,夜店周辺に参集者が密集して人の流れが滞り,また,歩道橋南側階段南西側の芝生広場(海峡広場)は花火を観覧するのに絶好の場所であることから,そこに参集者が集まって場所取りなどをすることにより,歩道橋南側階段からの参集者の流出が妨げられ,それらによっても,歩道橋南端部付近や南側階段において参集者が滞留することなどが予想されるものであった。

エ.本件夏まつりの花火大会は,平成13年7月21日午後7時45分に開始され,午後8時30分に終了することが予定されていたため,花火大会の開始時刻に合わせて朝霧駅側から多数の参集者が本件歩道橋を通って大蔵海岸公園に集まってくること,また,花火大会終了前後からは,いち早く帰路につこうとする参集者が朝霧駅方面に向かうために歩道橋に殺到すること,それによって,歩道橋内において双方向に向かう参集者の流れがぶつかり,滞留が一層激しくなることが予想されるものであった。

オ.大蔵海岸公園においては,平成12年12月31日から翌平成13年1月1日にかけて,約5万5000人が参集したいわゆるカウントダウン花火大会が行われたが,その際,大蔵海岸公園に向かう参集者が本件歩道橋に集中して相当の混雑状態となり,特に午前0時10分の花火終了直後からは,歩道橋内を朝霧駅から大蔵海岸公園に向かう参集者と同公園から朝霧駅方面に向かう参集者とが歩道橋南端部付近や南側階段で押し合うなどして110番通報が多数されるほどの混雑密集状態となったため,花火大会終了後,歩道橋北側出入口付近において,警備員が流入規制をするとともに,歩道橋南側階段下において,警備員約10人と警察官数人が横に並んで人垣を作るなどして参集者の流入を規制し,歩道橋をう回させるために歩道橋南側階段から西側通路への誘導広報を徹底し,さらに,歩道橋南側階段下において,上に登ろうとする参集者を整列させて整理して,歩道橋上及び歩道橋南側階段上にいた参集者の混雑をいったん完全に解消させてから,同階段下から退場する参集者について歩道橋を北側に通行させる方法をとるなどして,辛うじて雑踏事故の発生を防止することができた状況であった。

カ.本件夏まつりは,従来からの会場を変更して,大蔵海岸公園において初めて行われたものであって,夏まつりについては同会場での雑踏警備の実績はなく,前記カウントダウン花火大会が参考になるものであったが,本件夏まつりには,カウントダウン花火大会をはるかに上回る10万人を超える参集者が見込まれた上,その行事の性質上,幼児を含む年少者や高齢者なども多数参集してくることが予想されるものであった。

キ.本件夏まつりに向けて,明石市,株式会社C及び明石警察署の三者により,雑踏警備計画策定に向けた検討が重ねられてきたが,そこでは,本件歩道橋における参集者の滞留による混雑防止のための有効な方策は講じられず,また,歩道橋の混雑状況をどのようにして監視するのか,そして,混雑してきた場合にどのような規制方法をとるのか,どのような事態になった場合に,警察による規制を要請するのか,その場合の主催者側と明石警察署との間の連携体制をどのようにするのかなどといった詳細について,具体的な計画は策定されていなかった。

(4) 本件当日においては,事前に予想されたとおり,午後6時ころから,朝霧駅側から多数の参集者が本件歩道橋に流入し始め,午後7時ころには,歩道橋に参集者が滞留し始め,次第に歩道橋の通行が困難になりつつあった上,午後7時45分の花火大会開始に向けて,更に多くの参集者が歩道橋に流入して滞留し,混雑が進行する状況になっていた。

(5) 被告人Aは,花火大会開始前において,前記(3)アないしエ,カ及びキ並びに(4)のうち少なくとも客観的事実については認識しており,また,(3)オのカウントダウン花火大会の際に混雑が生じたことも担当者から説明を受けて知っていたものであるところ,さらに,本件当日午後8時ころまでには,被告人Bから,本件歩道橋内の混雑を理由に歩道橋内への流入規制の打診を受け,また,雑踏警戒班の指揮官を務めていた配下警察官から,歩道橋内の非常な混雑状態及び今後更に混雑の度を増す不安を理由に,歩道橋内への流入規制のため会場周辺に配置されている管区機動隊の導入の検討を求める旨の報告を受けたことなどにより,遅くともその時点では,歩道橋内が流入規制等を必要とする過密な滞留状態に達していることを認識した。しかし,被告人Aは,午後8時ころの時点において,直ちに,流入規制等を行うよう配下警察官を指揮するとともに機動隊の出動を明石警察署長らを介し又は直接要請する措置を講じなかった。

(6) 被告人Bは,花火大会開始前において,前記(3)アないしエ,カ及びキ並びに(4)のうち少なくとも客観的事実については認識しており,また,(3)オのカウントダウン花火大会の際には,被告人Bは,会場である大蔵海岸に設置された大蔵警備本部の管制責任者として警備業務に従事し,本件歩道橋の混雑状況やこれに対していかなる措置をとって転倒事故等の発生を防止したかなどについて認識していたものであるところ,さらに,本件当日午後8時ころまでには,本部直轄遊撃隊の警備員から,歩道橋内の非常な混雑状態を理由に警察官による歩道橋北側での流入規制の依頼を要請されたことなどにより,遅くともその時点では,歩道橋内が警察官による流入規制等を必要とする過密な滞留状態に達していることを認識した。しかし,被告人Bは,午後8時直前ころの時点において,被告人Aに対し,一度は「前が詰まってどうにもなりません。ストップしましょうか。」などの言い方で,歩道橋内の警察官による流入規制について打診をしたものの,被告人Aの消極的な反応を受けてすぐに引き下がり,結局,被告人Bは,明石市の担当者らに警察官の出動要請を進言し,又は自ら自主警備側を代表して警察官の出動を要請する措置を講じなかった。

(7) ところで,本件歩道橋の周辺には,朝霧駅北側及び夏まつり会場の西側に当たる大蔵海岸中交差点において,それぞれ相当数の機動隊員が配置されていたのであり,機動隊に対して遅くとも午後8時10分ころまでに出動指令があったならば,機動隊は,花火大会終了が予定される午後8時30分ころよりも前に歩道橋に到着し,歩道橋階段下から歩道橋内に流入する参集者の流れを阻止し,歩道橋南端部付近にいる参集者の北進を禁止する広報をし,階段上の参集者を階段下に誘導し,さらに,歩道橋北側からの参集者の流入を規制して北側への誘導を行うことなどにより,滞留自体の激化を防止し,これによって,群衆なだれによって多数の死傷者を生じさせた本件事故は,回避することができたと認められる。

【判旨】

 被告人Aは,明石警察署地域官かつ本件夏まつりの現地警備本部指揮官として,現場の警察官による雑踏警備を指揮する立場にあったもの,被告人Bは,明石市との契約に基づく警備員の統括責任者として,現場の警備員による雑踏警備を統括する立場にあったものであり,本件当日,被告人両名ともに,これらの立場に基づき,本件歩道橋における雑踏事故の発生を未然に防止し,参集者の安全を確保すべき業務に従事していたものである。しかるに,原判決の判示するように,遅くとも午後8時ころまでには,歩道橋上の混雑状態は,明石市職員及び警備員による自主警備によっては対処し得ない段階に達していたのであり,そのころまでには,前記各事情に照らしても,被告人両名ともに,直ちに機動隊の歩道橋への出動が要請され,これによって歩道橋内への流入規制等が実現することにならなければ,午後8時30分ころに予定される花火大会終了の前後から,歩道橋内において双方向に向かう参集者の流れがぶつかり,雑踏事故が発生することを容易に予見し得たものと認められる。そうすると,被告人Aは,午後8時ころの時点において,直ちに,配下警察官を指揮するとともに,機動隊の出動を明石警察署長らを介し又は直接要請することにより,歩道橋内への流入規制等を実現して雑踏事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があったというべきであり,また,被告人Bは,午後8時ころの時点において,直ちに,明石市の担当者らに警察官の出動要請を進言し,又は自ら自主警備側を代表して警察官の出動を要請することにより,歩道橋内への流入規制等を実現して雑踏事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があったというべきである。そして,前記のとおり,歩道橋周辺における機動隊員の配置状況等からは,午後8時10分ころまでにその出動指令があったなら ば,本件雑踏事故は回避できたと認められるところ,被告人Aについては,前記のとおり,自己の判断により明石警察署長らを介し又は直接要請することにより機動隊の出動を実現できたものである。また,被告人Bについては,原判決及び第1審判決が判示するように,明石市の担当者らに警察官の出動要請を進言でき,さらに,自らが自主警備側を代表して警察官の出動を要請することもできたのであって,明石市の担当者や被告人Bら自主警備側において,警察側に対して,単なる打診にとどまらず,自主警備によっては対処し得ない状態であることを理由として警察官の出動を要請した場合,警察側がこれに応じないことはなかったものと認められる。したがって,被告人両名ともに,午後8時ころの時点において,上記各義務を履行していれば,歩道橋内に機動隊による流入規制等を実現して本件事故を回避することは可能であったということができる。
 そうすると,雑踏事故はないものと軽信し,上記各注意義務を怠って結果を回避する措置を講じることなく漫然放置し,本件事故を発生させて多数の参集者に死傷の結果を生じさせた被告人両名には,いずれも業務上過失致死傷罪が成立する。これと同旨の原判断は相当である。

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