最新下級審裁判例

名古屋高裁民事第3部判決平成22年03月18日

【事案】

1.平成21年8月30日現在の公職選挙法で定める衆議院議員の定数配分規定が人口分布に比例した定数配分をしておらず,憲法が規定する代議制民主制,選挙権の平等の保障に反する配分となっているから,この規定は憲法に違反し無効であるとして,同規定の下に同日施行された衆議院議員選挙(以下「本件選挙」という。)のうち小選挙区愛知県第1区の選挙人である原告が,同選挙区における選挙の無効を請求した事案。

2.前提事実

(1) 原告は,本件選挙の小選挙区愛知県第1区の選挙人である。

(2) 平成21年8月30日の本件選挙施行当時の選挙制度によれば,衆議院議員の定数は480人で,そのうち300人が小選挙区選出議員,180人が比例代表選出議員とされ(公職選挙法4条1項),投票は,小選挙区選出議員及び比例代表選出議員毎に1人1票とされている(同法36条ただし書)。小選挙区選出議員については,全国に300の選挙区を設け,各選挙区において1人の議員を選挙するものとされている(同法13条1項,別表第一(平成14年法律第95号による改正により現行のものとなっている。))。

(3) 衆議院議員選挙区画定審議会設置法(以下「区画審設置法」という。)によれば,衆議院議員選挙区画定審議会(以下「区画審」という。)は,衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し,調査審議し,必要があると認めるときは,平成19年法律第53号による改正前の統計法4条2項本文の規定に基づく国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に,その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告するものとされており(区画審設置法2条,4条1項),改定案を作成するにあたっては,各選挙区の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上とならないようにすることを基本とし,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならないものとされ(同法3条1項),各都道府県の区域内の選挙区の数は,1に,公職選挙法4条1項に規定する衆議院小選挙区選出議員の定数300に相当する数から都道府県の数47を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とするとされている(区画審設置法3条2項。以下,各都道府県にまず1の定数を割り当てる方法を「1人別枠方式」という。)。

(4) 本件選挙は,公職選挙法13条1項,別表第一の選挙区及び議員定数の定め(以下「本件区割規定」という。)に従って施行された。

(5) 本件区割規定による選挙区間の登録者(有権者)数の較差は,平成20年12月25日付け総務省報道資料「衆議院小選挙区別選挙人名簿及び在外選挙人名簿登録者数(登録者数順)(平成20年9月2日現在)」(以下「平成20年12月総務省報道資料」という。)によると,議員1人当たりの登録者(有権者)数が最少の高知県第3区と最多の千葉県第4区との間では1対2.255である。
 議員1人当たりの人口数が最小の選挙区と原告が選挙人となっている選挙区(愛知県第1区)での1票の価値を比較すると,以下のとおりとなる。

ア.人口基準(平成21年8月11日付け総務省報道資料「住民基本台帳に基づく人口,人口動態及び世帯数(平成21年3月31日現在),平成21年8月12日読売新聞報道)

 人口数最少の高知県第3区(人口25万2840人)の選挙権の価値を1票とすると,原告が選挙人の愛知県第1区(人口43万8583人)の選挙権の価値は0.58票である(議員1人当たりの人口比率では1対1.734となる。)。

イ.有権者数基準(平成20年12月総務省報道資料)

 有権者数最少の高知県第3区(有権者21万4484人)の選挙権の有権者の選挙権の価値を1票とすると,愛知県第1区(有権者36万8275人)の選挙権の価値は0.58票である(同じく有権者数比率では1対1.717となる。)。

3.原告の主張

(1) 憲法の定める国民主権と投票価値の平等

 憲法は,主権者たる国民が,正当な選挙に基づく代議制を介して,多数決により,立法,行政を支配し,かつ,多数派により構成される内閣が,最高裁判所裁判官を任命(最高裁判所長官については指名)するという統治の仕組みを採用するとともに,主権者である国民の国政に対する参政権として,@憲法改正の国会提案に対する承認権(96条1項),A最高裁判所裁判官の国民審査権(79条3項),B普通選挙権(15条3項,44条)の3つを定めている。国民主権の法理(憲法前文1段)は,これら国政に対する3つの参政権により具体的に発現しているものであり,これらの参政権は,いわば「国政に対する影響力」であるというべきところ,上記@,Aについては,国民一人一人が有する1票は,1を全有権者数で除した数値で表される国政に対する影響力として等価であり,都道府県,人口密度,地理的状況,過疎化現象,1人別枠方式などが影響を及ぼす余地のないことは明らかである。上記Bについても,主権者たる国民は,正当な選挙によって国会における代表者を選出し,この選出された代表者を通じ,両院での厳しい多数決ルールに従って国政(議事の可決・否決)に参加するのであって,このルールが存在する以上,国政に対する影響力の等価性が要求されることは,上記@,Aと同様であるべきであり,1票の較差のある選挙を通じて国会における代表者を選出することは,国民主権の法理に違反する結果を招くことになる。

(2) 本件区割規定に基づく議員の配分は憲法に違反する。

ア.憲法は,代表民主制を採用し(前文1段,43条1項),公務員の選定罷免権を国民固有の権利とし(15条1項),普通選挙(同条3項),平等選挙(14条1項,44条)を保障している。憲法14条1項,44条は,国民の人種,信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産,収入,住所等によって差別することなく,1人に1票を保障し,かつ,その選挙権の等価性を保障している。すなわち,上記法条は,全ての有権者一人一人の選挙権が上記要素等によって差別されることなく等価であることを保障している。このような1人1票の選挙権の憲法上の保障は,国会が選挙区制に基づく選挙制度を採用する場合には,各選挙区から選出される代表者(議員)数の配分を人口分布に比例するべく,国会の立法権限を覊束している。

イ.上記2(5)のとおり,本件区割規定は人口分布に基づいて配分しておらず,憲法が規定する代表民主制(前文1段,43条1項),その基礎となる公正な代表を選出するために必須の選挙権の平等の保障(14条1項,44条,15条1項)に反する。本件区割規定は,違憲の評価を免れず,憲法98条に基づき無効とされるべきものである。
 よって,本件区割規定に基づき施行された本件選挙のうち小選挙区愛知県第1区における選挙を無効とすることを求める。

(3) 被告主張への反論

 被告は,選挙制度に関する国会の裁量権を主張するが,1票の不平等をもたらす公職選挙法の下で当選した国会議員は,自己がその地位を有するか否かの争点との関係では当事者であり,合理的な裁量権の行使など期待できない。
 被告は,本件区割規定は国会が正当に考慮し得る諸般の要素を斟酌して定めたものであり憲法に反しないと主張するが,都道府県を選挙区割りの前提に置くべきこと,人口密度や地理的状況,過疎化現象,そして,1人別枠方式等の被告が主張する要素は,何ら憲法に根拠付けられていないものであり,これらをもって憲法上保障された選挙権の等価性を減殺することは憲法上の背理というべきであって許されない。
 なお,投票価値の平等は,選挙区割りを機械的かつ事務的に人口に基づいて定めるだけで実現できるものである。都道府県は,アメリカ合衆国等の連邦制国家における州のような国家的要素を有さず,単なる行政区画にすぎないから,その境界を越えた選挙区を設けることに何の支障もない。

4.被告の主張

(1) 選挙制度に関する国会の裁量権について

 憲法は,代表民主制を採用するとともに(前文1段,43条1項),両議院の議員の選挙に関する事項は法律で定めるべきものと規定し(43条2項,47条),各選挙制度の仕組みの具体的決定を国会の裁量に委ねている。
 これは,代表民主制の下における選挙制度は,それぞれの国の事情に即して多種多様で複雑微妙な政策的及び技術的考慮の下に具体的に決定されるべきものであり,そこに論理的に要請される一定不変の形態が存在するわけではないからである。
 憲法は,各選挙人の投票の価値の平等を要求しているものとは解されるが,投票価値の平等は,国会が両議院の議員の選挙制度を決定する際の唯一,絶対の基準となるものではなく,国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものである。それ故,国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を是認し得るものである限り,違憲の問題が生ずるものではない。
 国会は,選挙区割りや議員定数の配分を決定するに当たり,議員1人当たりの有権者数又は人口ができる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準として考慮するとともに,それ以外の要素である,都道府県,市町村その他の行政区画,従来の選挙の実績,選挙区としてのまとまり具合,面積の大小,人口密度,住民構成,交通事情,地理的状況なども同時に考慮すべきである。さらに,人口流動等の社会情勢の変化を選挙区割りや議員定数の配分にどのように反映させるかという点も,国会が政策的観点から考慮できる要素の1つである。
 そして,国会の定めた選挙制度に関する規定が合憲であるか否かは,国会が選挙に関する事項について有する裁量権の範囲を逸脱しているかどうかという観点から判断されるべきである。
 そうすると,国会が定めた選挙に関する制度が,国会において正当に考慮し得る諸般の要素を斟酌してもなお,一般的に合理性を有するものとは到底認められない程度に達して初めて上記裁量権の合理性の限界を超えていると推定されることになる。このような考え方は,累次の最高裁判決で示されており,判例として確立している。
 特に問題となる1人別枠方式は,過疎地域に対する配慮などから,人口の多寡にかかわらず各都道府県にあらかじめ定数1を配分すること(区画審設置法3条2項)によって,相対的に人口の少ない県に居住する国民の意見をも十分に国政に反映させることができるようにすることを目的とするものである。都道府県が選挙区割りをするに際して無視することのできない基礎的な要素の1つであり,人口密度や地理的状況等のほか,人口の都市集中化及びこれに伴う人口流出地域の過疎化の現象等にどのような配慮をし,それを選挙区割りや議員定数の配分にどのように反映させるかという点も,国会の考慮することのできる要素であり,1人別枠方式は,国会の正当な政策的考慮に基づいている。

(2) 本件区割規定の合憲性について

 本件選挙における小選挙区間の較差を平成17年実施の国勢調査結果(5年毎の簡易な方法によるもの)からみると,本件区割規定の下における議員1人当たりの人口数の最大較差は,1(高知県第3区)対2.203(千葉県第4区)であり(高知県第3区と愛知県第1区との間の較差は1対1.735),同選挙当日有権者数の最大較差は,同選挙区間の1対2.304である(高知県第3区と愛知県第1区との間の較差は1対1.745)。
 この結果は,選挙区が行政区画を前提にしていること,次項の選挙区割り改定内容,投票価値の平等に関する累次の最高裁判決等に照らすと,国会において正当に考慮し得る諸般の要素を斟酌してもなお,一般的に合理性を有するものとは到底認められない程度に達し,憲法の投票価値の平等の要請に反する程度に至っていたということはできない。

(3) 選挙区割り改定の経過等

 区画審設置法によって設置された区画審は,平成12年実施の国勢調査結果に基づき,平成13年12月,衆議院小選挙区選出議員の選挙区改定案についての勧告を提出し,これに沿った公職選挙法の一部を改正する法律(平成14年法律第95号(以下「平成14年改正選挙法」という。))が成立,公布された。同改正法によっても,人口最少選挙区との較差が2倍以上の選挙区が完全に解消されることはなかったものの,改正前には95あった該当選挙区が9に大幅減少した。区画審は,人口較差2倍以上の較差が残った選挙区につき,個々に検討したが,市区等は基礎的自治体であるからできるだけ分割を避けるべきであること,分割するにしても,新たな基準を設けることは適当でなく困難でもあることなどを考慮し,最大較差1対2.064,較差が2倍を超える選挙区9という結果は,区画審設置法の許容するものと判断したのである。これによれば,国会が上記勧告のとおりに選挙区割りを改定したことが投票価値の平等との関係において国会の裁量権を逸脱したものであったということはできない。
 また,区画審は,平成17年実施の国勢調査結果に基づき各選挙区の人口状況等について検討を行った。その結果,選挙区間の最大較差は1対2.203,較差が2倍を超える選挙区が48となったが,これらは,これまでの最高裁判決に照らしても,投票価値の不平等が一般に合理性を失っているとは考えられないこと,市町村において多くの合併が行われ,今後も行われることが予定されていて,現在,新たな基礎自治体として地域の一体化が進められている途上であるというべき状況などを斟酌し,区画審設置法4条2項に基づく選挙区改定案の勧告を見送ったのである(平成18年2月2日審議結果)。
 本件選挙は,このような経過を経て行われたものであって,何ら違法ではない。

【判旨】

第1.争点に対する判断

1.投票価値の平等と選挙規定制定における国会の裁量

(1) 憲法は,主権の存する国民が正当に選挙した国会の代表者によって国政を行うものであることを宣言して,代表民主制を採用し(前文1段,43条1項),その代表者たる公務員の選定罷免権が国民固有の権利であり(15条1項),その選挙については成年者による普通選挙が保障されることを規定するとともに(同条3項),すべて国民は個人として尊重されるとの思想の下(13条),国民平等の原則を謳いつつ,国民の平等権を保障し(14条1項),選挙の場面において,上記普通選挙の保障に加え,選挙人の資格の平等につき特別の規定を置いて(44条),選挙における平等原則の徹底を図っている。このような憲法の理念と規範構造からすれば,憲法は,国民主権下における国民一人一人の選挙権を基本的かつ極めて重要なものとして捉え,国会議員の選挙につき,単に1人1票の選挙権資格の平等を保障するに留まらず,選挙権の内容,すなわち投票価値の平等をも基本理念として,議員の選出における各選挙人の投票が有する政治への影響力の平等を要求しているものと解される。
 とりわけ,憲法は,二院制(42条)を採用し,第1院である衆議院について,その優越を認める(59条2項,60条,61条,67条2項)一方で,解散の制度を設けている(7条3号,54条,69条)から,衆議院については,民意がより正確に反映することが要請され,投票価値の平等の要請もより強いものと解さざるを得ず,後記のとおり,国会の合理的裁量に基づく一定の選挙制度の下において,都道府県や市区町村の行政区画を念頭に置いた区分選挙区制が採用されること等により,数字的に完全な投票価値の平等を実現することは不可能であるとしても,なお,憲法は,投票価値の不均衡が極力最小となることを求めているものと解すべきである。したがって,国会としては,選挙区割りや議員定数の配分を決定するに当たって,議員1人当たりの選挙人数又は人口をできる限り平等に保つことが特に求められる。

(2) 他方,憲法は,両議院の議員の選挙について,「選挙区,投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は,法律でこれを定める。」(47条)と規定するのみで,選挙制度についての具体的な規定を置いていないが,これは前記憲法が求める投票の価値の平等を前提として,両議院の議員の選挙制度の具体的な仕組みの決定については,選挙区割りや議員定数等を含め国会の裁量に委ねているものと解される。
 したがって,国会が選挙区割りや議員定数等について具体的に定めたところが裁量の範囲内である場合にはそれは尊重されるべきではあるが,それが投票価値の平等などの憲法上の要請に著しく反することによって,その裁量権の限界を超え,これを是認することができない場合には,憲法に違反するとの評価を免れないことになる(最高裁平成11年(行ツ)第7号同年11月10日大法廷判決民集53巻8号1441頁最高裁同年(行ツ)第35号同日大法廷判決民集同号1704頁最高裁平成13年(行ツ)第223号同年12月18日第三小法廷判決民集55巻7号1647頁最高裁平成18年(行ツ)第176号平成19年6月13日大法廷判決民集61巻4号1617頁参照)。
 この点について,原告は,投票価値の平等は選挙区割りを機械的かつ事務的に行えば可能であるとし,都道府県を選挙区割りの前提に置いたり,人口密度や地理的状況,過疎化現象等の要素は憲法に根拠づけられてはいないものであるから,これらを考慮して憲法上保障された選挙権の等価性を減殺することは許されない旨主張する。
 しかしながら,国民の政治意識や国政への関心等は,生活している地域によって影響を受けているものであることや,選挙権の適正な行使は被選挙人の選挙活動なくしては不可能であり,効果的な選挙活動には一定の広さと地理的条件を備えた選挙区が必要となるところ,都道府県は,明治時代に,廃藩置県により藩や天領などを引き継いで誕生した県を整理合併し,現在の47都道府県の原型が成立して以来,我が国の地方における政治及び行政の実際において相当の役割を果たしてきており,とりわけ,現行憲法施行後は,憲法が制度的に保障する地方自治の主体としてその重要な役割を果たしてきたという歴史的経緯や,そのような状況下における地域的一体性からすると,選挙区割りや議員定数の配分を決定するに当たり,これを考慮することには合理的な理由があるといえる。

2.本件区割規定の内容及び制定経緯

 原告は,本件区割規定は憲法に違反するものであるから無効である旨主張するので,まず,本件区割規定の内容及び本件区割規定制定の経緯等について検討するに,以下の事実を認めることができる。

(1) 平成2年4月,政治改革論議の高まりの中で,第8次選挙制度審議会は,衆議院議員の選挙制度について,従来の中選挙区単記投票制には幾多の問題があったとして,小選挙区比例代表並立制の導入等を答申したが,小選挙区の設定につき,まず,定数を人口比例により都道府県に割り振るものとし,割り振られた数が1である都道府県についてその数を2とすることにより都道府県間の議員1人当たり人口の最大較差が縮小することになるときは,当該都道府県に割り振る数は2とするものとしていた。

(2) その後,平成6年1月に至り,公職選挙法の一部を改正する法律が同年法律第2号として成立し,その後の改正(同年法律第104号)を経て現行の選挙区割りの基本が定まった(平成6年当時の選挙区及び議員定数の定めを,以下「平成6年区割規定」という。)。
 そして,現行選挙制度の衆議院小選挙区選出議員の選挙区を定める区割規定の骨子は,前記前提事実のとおり,@各都道府県毎に選挙区の数を定めること(都道府県別定数配分制),A各都道府県の区域内の選挙区の数は,1に,300(衆議院小選挙区選出議員の定数)から47(都道府県数)を控除した253を,その人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とすること(1人別枠方式)にある。
 平成2年実施の国勢調査による人口数をもとにすると,平成6年区割規定の下での選挙区間の人口の最大較差は,1対2.137であり,人口の全国最少選挙区と比較して較差が2倍以上となっている選挙区は38選挙区であった。

(3) 平成12年6月25日,平成6年区割規定の下,衆議院議員総選挙が施行されたが,同選挙当時の選挙区間の有権者数の最大較差は,1対2.471であった。

(4) 区画審は,平成12年実施の国勢調査の結果に基づき,平成13年12月,衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定案を作成して内閣総理大臣に勧告し,これを受けて,平成14年7月,その勧告どおり選挙区割りの改定を行うことなどを内容とする公職選挙法の一部を改正する法律(平成14年改正選挙法)が成立した。平成12年実施の国勢調査による人口数をもとにすると,改正時点における本件区割規定の下での選挙区間の人口の最大較差は,議員1人当たりの人口数が最少の高知県第1区と最多の兵庫県第6区との間で1対2.064であり,高知県第1区と比較して較差が2倍以上となっている選挙区は9選挙区であった。

(5) 平成17年実施の国勢調査の結果(5年毎の簡易な方法によるもの)によれば,その時点における本件区割規定の下での選挙区間の人口の最大較差は,議員1人当たりの人口数が最少の高知県第3区と最多の千葉県第4区との間の1対2.203が最大であり,較差が2倍以上となっている選挙区が49選挙区存した。また,本件選挙当日有権者数の最大較差は,上記選挙区間で,1対2.304であり,較差が2倍以上となっている選挙区が45選挙区存した。
 そして,平成17年実施の国勢調査の結果に基づいて,1人別枠方式を前提とした各都道府県間の議員1人当たりの人口の最少県と最大県との較差は,1対1.895に達しているのに対し,1人別枠方式を用いることなく,各都道府県に,総人口を300で除した数(基準人員数)をもって各都道府県の人口を除して得られた商の整数値の議員数を配分し,次いで,残りの議員数を,各都道府県の人口から基準人口数の上記整数倍を控除した数の順で1議席ずつ割り当てていく人口比例方式(最大剰余法)による配分では,同較差は1対1.638(1.638の1県を除けば,その他の県は,すべて1.4以下に止まっている。)であった。そうすると,1人別枠方式が,各都道府県間での議員1人当たりの人口が平等になるような配分の実現を困難とする大きな理由となっていることは,明らかである。

(6) 区画審は,平成18年2月2日,平成17年実施の国勢調査の結果等を総合審議した結果「各選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情」が生じているとは認められないとして,区画審設置法4条2項に基づく勧告(小選挙区の改定)をしないとした。

(7) 平成20年12月総務省報道資料によれば,平成20年9月2日現在における小選挙区選出議員1人当たりの選挙人名簿登録者数の較差は,高知県第3区と千葉県第4区との間の1対2.255が最大であり,較差が2倍以上となっている選挙区は38選挙区存した。また,選挙当日の有権者数からみると,上記同選挙区間の1対2.304の較差が最大であり,較差が2倍以上となっている選挙区は45選挙区存した。

3.本件区割規定の合憲性

(1) 前記認定事実によれば,平成14年改正選挙法による本件区割規定の下では,改正当時も,議員1人当たりの人口数の最大較差は,(高知県第1区)対2 064(兵庫県第6. 区)であり,高知県第1区と比較して較差が2倍以上となっている選挙区も,9選挙区存した上,平成17年実施の国勢調査による人口数をもとにした,本件選挙における議員1人当たりの人口数の最大較差は,1(高知県第3区)対2.203(千葉県第4区),本件選挙当日有権者数の最大較差は,1(高知県第3区)対2.304(千葉県第4区)であり,較差が2倍以上となっている選挙区も,前者の基準によると49選挙区(全体の約16%),後者の基準によると45選挙区(全体の約15%)存し,全選挙区の6分の1近くにまで達している。

(2) 国会は,選挙区割りや議員定数を定めるについて,裁量権を有するが,前記(1)のような較差が,投票価値の平等などの憲法上の要請から,裁量権の範囲内として許容されるものか否かが問題となる。
 この点,前記のとおり,国民の選挙権が基本的かつ極めて重要な権利であり,衆議院における投票価値の平等は特に強く要請されることに鑑みれば,たとえ,国会において考慮することのできる政策的及び技術的要素を最大限尊重して,本件区割規定におけるような都道府県や市区町村の行政区画を念頭に置いた区分選挙区制自体は是認されるとしても,少なくとも,較差(較差の計算において人口と有権者数のいずれを基準とするかという問題はあるが,両者は無関係ではなく一定の相関関係があると考えられ,いずれを基準としても質的に大きな違いはないから,ここでは特に断りのない限り人口を基準として検討することとする。)が2倍に達した場合には,一方の投票権の価値が他方の投票権の価値の2倍になるわけであり,これは言い換えれば1票の投票権を持つ者と2票の投票権を持つ者とが生じるのと同じことになるわけであって,実質的に1人1票制にも明確に反するといえるものであるから,この場合の投票価値の平等が損なわれる程度は,それに達しない場合とは質的に異なるものであって,その不合理性はもはや是認し難いものというべきである。区画審設置法3条1項が,改定案を作成するに当たっては各選挙区の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上とならないことを基本とするとしているのも,このような趣旨を含んだものと解される。したがって,前記のとおり,国会は選挙区割りや議員定数を決定するに当たっては,議員1人当たりの選挙人数又は人口をできる限り平等に保つことが求められているのであって,較差が2倍未満であれば全て裁量の範囲内となるものでないことはもちろんのことであるが,少なくとも衆議院においてその最大較差が2倍以上となるような投票価値の不平等が生じている場合には,国会において正当に考慮し得る諸般の要素を斟酌してもなお,一般的に合理性を有するものとは認められず,国会の合理的裁量を超えているものであり,憲法違反と判断せざるを得ない。

(3) ところで,前記のとおり,投票価値に2倍以上の較差を生じているのは本件区割規定が1人別枠方式を採用していることに大きな原因があると考えられるので,念のためにこの1人別枠方式の合理性について検討するに,この方式を導入するに至った目的として,@過疎地域を含め各都道府県に居住する国民の意見や利害をできるだけ均等に国政に反映させようとすること,付随的に,A新選挙制度の下では,人口の少ない県において選出される議員が従来の中選挙区制に比べ相当少なくなる現象が生ずることから,新制度への移行を円滑にするため,いわば激変を緩和すること等が挙げられていた(前記最高裁平成19年6月13日大法廷判決の少数意見参照。)。
 しかし,上記@の目的についてみると,人口の都市集中化とこれに伴う人口流出地域の過疎化の現象等に対する配慮は国政上必要なことであるとしても,他方で人口密集地域における過密状態に対する政策的配慮はどうなるのかという問題もあるのであり,それらは,正当に選挙された国民全体の代表者によって構成された国会において,全国的な視野に立って考慮すべき事柄であって,それより前の段階の選挙区割りや定数配分において,いわば人口の少ない県に居住する選挙人の投票の有する価値を,人口の多い県に居住する選挙人のそれより大きく設定する形で考慮することは,投票価値の平等に優越する憲法上の要請であるとは到底考え難いところであり,特に,第1院として投票価値の平等の実現が強く要請される衆議院の議員の定数配分については,尚更である。
 また,その目的達成の手段としての合理性を見ても,都道府県の人口が多いか少ないかということと,その都道府県が過疎地域か否かとは,直ちに結びつくものではない。平成17年実施の国勢調査の結果によれば,北海道は,人口比例方式で配分される場合よりも少ない定数を配分されている上,人口が少ない都道府県に常に定数が多く配分されているということもできない。
 すなわち,全国で2番目に人口が少ない島根県は1人別枠方式による恩恵を受けず,全国で10番目から15番目までに人口が少ない6県も恩恵を受けていないが,これらよりも人口の多い11県に,人口比例配分によった場合よりも多くの定数が配分されている。したがって,目的達成の手段としての合理性においても乏しいというほかない。
 さらに,上記Aの目的は,選挙制度の改変により選出議員の減少を受ける県の有権者,立候補予定者らへの影響を当面緩和すべく配慮するものとされており,政治の継続性の見地から,国会が政策的観点から考慮することができる要素に含まれるといえなくはないものの,あくまで激変を緩和しようとする過渡的なものであって,従来の中選挙区制の下で最後に行われた平成5年7月の総選挙以後,本件区割規定を定めた平成14年改正選挙法の成立までの間に相応の年数が経過し,この間に2回の総選挙(平成8年10月,平成12年6月)が実施されていることなどからすれば,平成14年改正法成立の時点までには,このような過渡的な配慮をすべき必要性は失われていたものと認めるのが相当である。
 したがって,本件区割規定において採用されている1人別枠方式には何ら合理性はない。そして,このように合理性のない1人別枠方式を採用した結果,投票価値に大きな較差をもたらすような本件区割規定を定めることは,国会の合理的裁量を超えていると判断されてもやむを得ない。

(4) もっとも,国会が選挙区割りや議員定数の配分を決定した後の人口の変動等によって議員定数不均衡の違憲状態を生じたものであれば,その是正のための期間を考慮することも必要であり,このような状態を放置することが国会の裁量権を逸脱したものといえるかどうかは,是正のための合理的期間が徒過したかどうかという面からも検討が必要となる。
 しかし,前記判示のように,平成14年改正選挙法において本件区割規定が定められた時点において既に較差が2倍に達しており,違憲状態であったものであるから,国会としては,その時点で,このような較差を解消すべく行動する必要があったのであり,是正のための合理的期間が経過したか否かを検討する余地はない。
 仮に,本件区割規定の下における前回の総選挙(平成17年9月施行)については,投票価値の較差が2.064倍とほぼ2倍であることなどから,辛うじて違憲ではなかったと評価したとしても,前記認定によれば,平成17年実施の国勢調査による人口をもとにした最大較差は1対2.203(有権者数をもとにした場合1対2.304)にまで拡大し,較差が2倍以上となっている選挙区が全体の6分の1近くにまで達していたものであって,その大きな原因である1人別枠方式の不合理性は,更なる時の経過により一層顕著なものとなっていたところである。それにもかかわらず,前記認定のとおり,区画審は,平成18年2月の時点において,是正勧告を見送り,国会も,これを是認したまま,前回の総選挙以後に拡大した較差の是正に積極的に取り組むことなく,また,1人別枠方式の合理性についても特段の検討を加えた形跡も認められないところであって,前回の総選挙から本件選挙時まで4年近く,2倍を超える投票価値の較差と相当数の該当選挙区の存在を放置してきているところであるから,違憲状態の是正のための合理的期間を徒過していることは明らかである。

(5) 以上からすると,本件選挙(小選挙区)は違憲,違法というほかない。

4.愛知県第1区について

 原告が選挙人の愛知県第1区は,人口基準では,人口数最少の高知県第3区(人口25万2840人)との間の投票価値の較差は,1対1.734であり,有権者数基準では,有権者数最少の高知県第3区(有権者21万4484人)との間の投票価値の較差は,1対1.717であり,2倍を下回っているから,現段階では,この較差それ自体をもって,直ちに憲法に違反しているものとは断定し難い。しかしながら,本件選挙は,議員定数を定めてこれを全国の選挙区に配分する選挙制度に基づくものとして一体であり,可分とはみられないところ,そのうち相当数の選挙区の間に2倍を超える較差があって違憲,違法とみなされるのであるから,愛知県第1区にかかる投票価値の較差が上記にとどまるとしても,本件選挙(小選挙区)が違憲,違法という結論は,左右されない。
 そうすると,原告の請求は,本件選挙(小選挙区)における愛知県第1区の選挙の違法をいう点においては理由がある。

5.事情判決

 以上のとおり,愛知県第1区の選挙は違法というべきであるが,これを無効とした場合の公の利益の著しい障害等を考慮すれば,行政事件訴訟法31条1項前段の趣旨に準じて,原告の請求を棄却するのが相当である。

第2.結論

 よって,原告の請求は,選挙の違法については理由があるものの,これを無効とした場合の公の利益の著しい障害等を考慮すれば,棄却するのが相当であるから,主文でその旨を宣言し,訴訟費用を被告の負担とする(行政事件訴訟法7条,民事訴訟法64条ただし書)こととして,主文のとおり判決する。

第3.主文

1.原告の請求を棄却する。ただし,平成21年8月30日に行われた衆議院議員選挙の小選挙区愛知県第1区における選挙は違法である。

2.訴訟費用は被告の負担とする。

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