最新下級審裁判例

知財高裁判決平成22年02月25日

【判旨】

 取締役と会社間の利益相反取引に取締役会の承認を必要とする趣旨は,会社の利益保護を図ることにあるから,会社が同取引の無効を主張しない場合は,取締役会の承認を経ていないことを理由として第三者がその無効を主張することはできないというべきである。

 

函館地裁民事部判決平成22年04月28日

【事案】

 函館市長であった原告が,現在函館市長であり,同市助役だった被告の,助役辞任後函館市長選挙までの間の発言により名誉を毀損されたと主張して,被告に対し,民法709条及び710条に基づき1100万円の損害賠償及び内金1000万円に対する継続的不法行為の終了した日である平成21年4月21日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,同法723条に基づき新聞紙上への謝罪広告の掲載を求めた事案。

【判旨】

 事実を摘示しての名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的がもっぱら公益を図ることにあった場合に,摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには,上記行為には違法性がなく,仮に上記証明がないときにも,行為者において上記事実の重要な部分を真実と信じるについて相当の理由があれば,その故意又は過失は否定される(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁最高裁昭和56年(オ)第25号同58年10月20日第一小法廷判決・裁判集民事140号177頁参照)。
 また,ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的がもっぱら公益を図ることにあった場合に,上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り,上記行為は違法性を欠くものというべきであり,仮に上記証明がないときにも,行為者において上記事実の重要な部分を真実と信じるについて相当の理由があれば,その故意又は過失は否定される(最高裁昭和60年(オ)第1274号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2252頁最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁参照)。
 そして,当該表現が事実を摘示するものか,意見ないし論評を表明するものかの区別は,当該表現が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を明示的又は黙示的に主張しているものと理解されるか,証拠等による証明になじまない物事の価値,善悪,優劣についての批評や論議と理解されるかによって区別される(最高裁平成15年(受)第1793号,第1794号同16年7月15日第一小法廷判決・民集58巻5号1615頁参照)。

 

宇都宮地裁刑事部判決平成22年03月26日(足利事件再審)

【事案】

1.本件確定審が認定した事実は概要以下のとおりである。

 被告人Aは,

(1) 平成2年5月12日午後7時ころ,栃木県足利市a町b番地c所在のパチンコ店「B」の南側駐車場において,C(当時4歳)が一人で遊んでいるのを認め,同児にわいせつな行為をする目的で同児を誘拐しようと企て,同児に対し,「自転車に乗るかい。」などと声をかけて自己が運転する自転車の後部荷台に乗車させ,自転車を運転して同所南側にある渡良瀬運動公園に入り,同公園内の道路を走行して,同公園内サッカー場西側角付近の三叉路に自転車を停めて同児を降ろし,同所から30メートル余り南西にあり同公園からは見えにくい位置にある,同市d町e付近の渡良瀬川河川敷内低水路護岸上まで,約600メートルにわたり同児を連行し,もって同児をわいせつの目的で誘拐した。

(2) 前記日時ころ,同児にわいせつ行為をすると騒がれて人に気付かれるおそれがあるからわいせつ行為をする前に同児を殺害しようと考え,同所において,同児の前面にしゃがみこむようにした上,殺意をもって,やにわにその頸部を両手で強く絞めつけ,その場で同児を窒息死させて殺害した。

(3) 同児の死体を付近の草むらまで運んで全裸にし,同日午後7時30分ころ,その死体を,前記殺害場所から直線距離にして南西約94メートル離れた渡良瀬川河川敷内の草むらに運んで捨て,もって死体を遺棄した。

2.確定審判決に至る経緯

(1) 確定審記録によると,本件の概要は以下のとおりである

ア.半袖下着の発見とDNA型鑑定の実施

 平成2年5月12日土曜日,本件被害者であるC(以下「被害者」という。)が,栃木県足利市a町b番地c所在のパチンコ店「B」付近で行方不明となり,翌13日午前10時20分ころ,Bから約400メートル南方の渡良瀬川河川敷の草むらの中で,全裸の遺体となって発見された。付近の川底から,被害者が着用していた半袖下着(以下「本件半袖下着」という。)やパンツが発見された。
 警察庁科学警察研究所は,平成3年8月27日から同年11月25日まで,本件半袖下着に付着していた精液と,Aがごみ集積所に遺棄したビニール袋内にあったティッシュペーパーに付着していた精液について血液型鑑定及びいわゆるMCT118法によるDNA型の鑑定(以下「本件DNA型鑑定」という。)を行った。

イ.本件DNA型鑑定の経過及び結果

 DNA型鑑定は,細胞の核の中にある染色体内にある二重らせん構造をした遺伝子(DNA)の, アデニン(A),シトシン(C), グアニン(G),チミン(T)という4つの塩基の配列が個人によって異なり,終生変わらないことを利用し,その塩基配列によって異同識別を行うものであり,MCT118法は,ヒトの第1染色体に位置し,ACGTの4つの塩基が16個を一単位として繰り返しているMCT118という部位を対象としてDNA型鑑定を行うものである。
 具体的には,本件半袖下着の後部(背中側)表面の2か所及びAが遺留したティッシュペーパー2枚について,精子を確認し,蛋白除去等の処理を行った後,MCT118プライマーでPCR増幅を行い,それをDNAラダーマーカー(123bpマーカー)とともにポリアクリルアミドゲルで電気泳動をかけて分離を行い染色処理をする方法で鑑定を行った。判定は,DNA解析装置を使って泳動写真のネガフィルムをコンピューターで画像解析し,それぞれの泳動距離から塩基配列の反復回数を算出するという方法で行った。
 その結果,各精液のDNA型はいずれも,MCT118型が16−26型で同型であった。また, 血液型検査については,いずれもB型のLe(a−b+)型:分泌型となった。そして,このような血液型及びDNA型を持つ者の出現頻度は,鑑定時までに明らかになっていた出現頻度を基に計算すると,16型の出現頻度が4.7%,26型の出現頻度が8.9%で,16−26型の出現頻度は,0.83%と算出され,血液型の出現頻度も併せると,結局,日本人の中で0.1244%,つまり1000人中1.2人程度であると算出された。

ウ.Aの供述経過

 平成3年12月1日,警察官がAを任意同行して取調べを行ったところ,Aは当初本件犯行を否認したものの,同日夜に至って,本件犯行を認めたため,翌2日未明,被害者に対する殺人,死体遺棄の被疑事実で通常逮捕された。その後も,Aは,本件各犯行をいずれも認め続け,同月21日,被害者に対するわいせつ誘拐,殺人,死体遺棄の各公訴事実について宇都宮地方裁判所に起訴された。
 Aは,平成4年2月13日第1回公判期日において,本件各公訴事実を全て認めたが,同年12月22日に行われた第6回公判期日の被告人質問中,本件各公訴事実について否認するに至った。しかし,平成5年1月28日に行われた第7回公判期日において,再び本件各公訴事実を認める旨が記載された上申書等が取り調べられた上,同期日における被告人質問において再び本件各公訴事実を認めるに至り,その後本件を認めたまま一度は結審した。しかし,その後Aは,同年5月31日付けの弁護人あての手紙で本件各公訴事実を否認するに至り,同年6月24日に行われた弁論再開後の第10回公判期日において,Aは再び本件各公訴事実を全面的に否認する供述をし,最終陳述においても本件各公訴事実を否認して結審した。

(2) 平成5年7月7日に宣告された第一審判決は,T本件DNA型鑑定,UAの自白,の2つを主な証拠とし,その他,遺留されていたパンツに付着していた陰毛とAの陰毛の形態が類似していたこと,Aの性向,土地勘等の諸事情から,Aが犯人であると認定した。そのうち,本件DNA型鑑定及びAの自白について判決が述べるところは概要以下のとおりである。

ア.本件DNA型鑑定について

 まず本件DNA型鑑定の証拠能力及び信用性について,MCT118型による鑑定方法は歴史が浅く,その信頼性が社会一般により完全に承認されているとまでは未だ評価できないが,その鑑定方法は科学的な根拠に基づいており,警察庁科学警察研究所の専門的な知識と技術及び経験を持った技官が適切な方法により行ったと認められ,その証拠能力は認められる。
 また,鑑定結果の信用性に疑問を差し挟むべき事情もうかがわれず,本件DNA型鑑定の結果は信用することができる。出現頻度に関する数値については,今後より多くのサンプルを分析することで多少の変動が生じる可能性はあるとしても,おおむね信用できる。

イ.Aの自白について

 Aが,本件で取調べを受けた当日に自白し,それ以降捜査段階において一貫して自白を維持していたこと,公判廷において,被害者を誘い出した目的等について,捜査段階と一部異なる内容の供述をすることもありながら公判の最終段階に至るまで自白自体は維持していたこと,捜査官の強制や誘導等が行われたことをうかがわせる事情はないこと,弁護人に対してもほぼ一貫して事実を認めていたこと,自白内容自体についても自然で信用性に疑問を差し挟む事情が認められないことなどの事情から,Aの自白は信用できる。

(3) Aは,第一審判決を不服として,平成5年7月8日,東京高等裁判所に控訴の申立てをしたが,平成8年5月9日に宣告された控訴審判決においても,第一審判決とほぼ同様の認定がなされた。すなわち,まず,本件DNA型鑑定の証拠能力については,本件DNA型鑑定は,科学理論的,経験的な根拠を持っており,より優れたものが今後開発される余地はあるにしても,その手段,方法は,確立された,一定の信頼性のある,妥当なものと認められ,専門的知識と経験のある練達の技官によって行われたものであるから,証拠能力は認められる,また,本件DNA型鑑定の信用性については,123マーカーの型判定用指標としての適格性に問題が生じているとの主張に対し,後にMCT118法でDNA型鑑定を行う際,123マーカーではなくアレリック・マーカーが使用されることになったが,両者は相互対応が可能であり,123マーカーで判定された型番号自体がそのままMCT118部位の塩基配列の反復回数を示すものではないとしても,型判定作業が同一条件下で行われる限りなお異同識別に十分有効であるなどとして,その信用性は認められるとした。
 また,Aの自白については,取調べの当初,Aが主張するような,Aを小突くなどの言動が警察官にあったとしても,Aの自白前後の様子や自白内容などに照らして任意性に影響する事情ではないとした上で,A自身,第一審及び控訴審の各公判廷において,捜査官の取調べの際に誘導されたり,供述を押し付けられたりしたことはない旨述べていることなどを総合的に考慮し,取調べに際し,捜査官がAに対して殊更誘導,強制を加えた事実は認められず,Aの自白に任意性は認められるとした。また,信用性の点についても,内容の合理性や客観的事実との整合性,自白内容の変遷等に詳細な検討を加えた上で,Aの自白は信用できるとした。

(4) Aは,平成8年5月9日,控訴審判決を不服として上告申立てをしたが,最高裁判所は,平成12年7月17日,弁護人らの上告趣意はいずれも上告理由に当たらないとした上で,職権で,Aが犯人であるとした原判決に,事実誤認,法令違反があるとは認められないとし,なお書において,要旨次のとおりの判断を示して,上告を棄却する決定をした。

 「本件で証拠の一つとして採用されたいわゆるMCT118DNA型鑑定は,その科学的原理が理論的正確性を有し,具体的な実施の方法も,その技術を習得した者により,科学的に信頼される方法で行われたと認められる。したがって,右鑑定の証拠価値については,その後の科学技術の発展により新たに解明された事項等も加味して慎重に検討されるべきであるが,なお,これを証拠として用いることが許されるとした原判断は相当である。」

 その後同決定に対する異議申立ても棄却され,Aを無期懲役とした第一審判決が確定した。

3.再審開始決定の経緯

(1) Aは,平成14年12月25日,新たに行ったAの毛髪のDNA型鑑定の結果と本件DNA型鑑定の結果とが異なる旨の検査報告書や,Aの自白内容が客観的な被害者の死体所見と矛盾する旨の鑑定書等,Aに対して無罪を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見したとして,宇都宮地方裁判所に対して再審請求を行った。しかし,同裁判所は,平成20年2月13日,これらの証拠はいずれもAに対して無罪を言い渡すべきことが明らかな証拠には該当しないとして,前記再審請求を棄却する旨の決定をした。

(2) Aは,平成20年2月18日,この決定を不服として東京高等裁判所に即時抗告の申立てをした。同裁判所は,同年12月24日,前記検査報告書等の新証拠の内容,本件の証拠構造における本件DNA型鑑定の重要性及びDNA型鑑定に関する著しい理論と技術の進展の状況等にかんがみ,A及び本件半袖下着についてDNA型の再鑑定を行う旨の決定をした。具体的には,D大学教授E及びF大学教授Gを鑑定人に命じ,本件半袖下着に付着していた精液とAから採取した血液等の各DNA型を明らかにして,それらが同一人に由来するか否かを判定させた。その結果,AのDNAの型と,本件半袖下着から検出された男性のDNAの型が一致しないことが判明した。そして,東京高等裁判所は,確定審の第一審判決及び控訴審判決がAを本件の犯人であると認定した根拠は,T前記各DNA型が一致したことと,UAの第一審公判廷及び捜査段階における自白供述が信用できることに集約でき,確定審判決が挙げるそれ以外の根拠は,Aが本件の犯人であることと矛盾しないという証明力を持つにすぎないとした上,鑑定により新たに判明した,DNA型が一致しないという前記事実からして,Aが本件犯人ではない可能性が高いばかりか,Aが有罪とされた根拠の一つであるAの自白の信用性にも疑問を抱かせるに十分であり,結局,Aが犯人であると認めるには合理的な疑いが生じているとして,平成21年6月23日,原決定を取り消した上,本件について再審を開始する旨の決定をした。

【判旨】

第1.本件では,TDNA型鑑定,UAの自白の2つの証拠を重要な証拠として,Aが犯人であると認定されたものであるから,以下,これらの証拠との関係で新証拠を踏まえて順に検討する。

第2.DNA型鑑定について

1.E鑑定

(1) 鑑定の経過及び結果

 再審請求抗告審において,東京高等裁判所から鑑定人に命じられたE教授は,平成21年1月23日から同年5月6日まで,本件半袖下着のうち,当時のDNA型鑑定の際に切り取られている数か所の中心点をつないで左右に切り分けた形でこれを二分したものの一片について,これに付着する精液とAから採取した血液等の各DNA型の鑑定を行った。
 E教授は,T多型性の程度,U検査の精度,V検査するDNA型の数,W総合的識別精度,X検査技術の水準,Y検査時間,Z検査コストなどを総合的に考えて作られた検査試薬と解析装置が,「商品」として世界中でほぼ独占的に販売され,「標準化」されていることを理由に,本件における鑑定の目的を達するのに現時点で最適な検査方法として,DNA型のうち,4個の塩基が単位となって反復しており,MCT118部位に比べ,その反復単位である塩基個数が短い,STRの検査を行った。具体的には,鑑定試料から抽出したDNAを市販の検査キット(Identifiler ,MiniFiler ,Yfiler ,PowerPlex SE33)を使用してPCR増幅し,これをキャピラリー電気泳動法を用い,複数のSTRを自動化された解析装置で検査して型解析を行う方法で進められた。
 その結果,常染色体上の16個のSTRで14個の型が異なり,Y染色体上の16個のSTRで12個の型が異なっており,両試料はともに男性のものであるが,同一の男性には由来しないと判定された。

(2) 信用性

 E鑑定は,科学技術の進歩と普及により,世界中どこでも,同じ装置と同じ試薬キットを必要な知識と経験に基づいてマニュアルの記載どおりに使えば同じ結果を得ることができるという意味の標準化が達成された検査方法に基づいて実施されており,鑑定人及び鑑定補助人は,3名ともH学会設立時から20年近い会員歴をもち,DNA多型の研究と実務検査に従事してきており,本鑑定に用いられた鑑定方法に習熟している。検査技術の精度は,DNA配列それ自体を決定する解析装置の精度によって保証されている。さらに,E鑑定においては,鑑定の検査データが鑑定書に添付されており,第三者による鑑定の正確性の事後的な検証可能性も確保されており,その鑑定の経過及び結果について,検察官及び弁護人いずれからも特段の疑義は提起されていない。これらの事情に照らすと,E鑑定は十分信用することができる。

(3) 小括

 以上のとおり信用できるE鑑定の結果によると,本件半袖下着から抽出された男性由来のDNA型とAのDNA型が異なるところ,その抽出部位等に照らせば,前記男性由来DNAは本件犯人の精液から抽出されたものと認めるのが相当である。したがって,この事実自体,Aが本件の犯人でないことを如実に示すものである。

2.本件DNA型鑑定の証拠能力

 弁護人は,本件DNA型鑑定は証拠能力がなく排除されるべきである旨主張するので検討する。

(1) 本件DNA型鑑定については,前記最高裁判所決定(平成12年7月17日第2小法廷決定,刑集54巻550頁)において,「(本件DNA型鑑定は)その科学的原理が理論的正確性を有し,具体的な実施の方法も,その技術を習得した者により,科学的に信頼される方法で行われたと認められる。(中略)これを証拠として用いることが許されるとした原判断は相当である。」として,その証拠能力が認められている。

(2) しかし,当審で取り調べた前記E鑑定によると,検査した部位が異なるとはいえ,本件半袖下着から検出されたDNA型とAのDNA型とは一致しなかったというのであるから,これにより,本件DNA型鑑定は,その証拠価値がなくなったことはもとより,証拠能力に関わる具体的な実施方法についても疑問を抱かざるを得ない状況になったというべきである。
 そして,当審における各証人らは,本件半袖下着から検出されたDNA型とAのDNA型との一致を立証するために確定審に提出された,本件DNA型鑑定の鑑定書(第一審甲72号証)添付の電気泳動写真(写真16,17)に関し,次のとおり,その不鮮明さを指摘し,異同識別の判定について疑問を投げかけている。すなわち,前記E教授は「はっきりとせず,なかなか判定できない」旨,G教授は「電気泳動自体が完全に失敗している」,「PCR増幅方法の失敗がうかがわれる」などと指摘した上で,「これらの電気泳動像でバンドが一致していると判定することは絶対にできない」旨,それぞれ前記写真を見ながら当公判廷で明確に証言しているところ,これらの証言は,いずれもDNA型鑑定に携わる専門的知識を有する者としての証言であり,その証言内容は十分首肯できるものである。のみならず,検察官請求の証人として当公判廷に出廷した警察庁科学警察研究所所長のI も,本件DNA型鑑定を擁護する観点からの証言を維持しつつも,前記写真を見て,これらの電気泳動像が不鮮明であることを認めた上,「普通であればやり直す」,「ベストではない,よくないバンドである」旨証言している。これらの証言は,本件DNA型鑑定の中核をなす異同識別の判定の過程に相当程度の疑問を抱かせるに十分なものであるというべきである。

(3) 確かに,この点,本件DNA型鑑定を実施した技官らは,確定審において,「本件における異同識別の判定は,前記写真自体から直接行ったわけではなく,そのネガフィルムを解析装置で読み取り,補正,計算等の過程を経て行った」旨証言しており,前記I 証人も,当審で同様の証言をしている。
 しかし,確定審においても,当審においても,これらの証言に係るネガフィルムは証拠として提出されておらず,結局のところ,前記ネガフィルムが,解析装置で読み取る等の操作を経ることにより適正な異同識別判定ができるほどの鮮明さがあったか否か,全く不明というほかないところ,当審において,前記計算等の過程に係るデータ等として,検察官ではなく弁護人から計算データが証拠として提出されたが,これらのデータは一部にすぎず,到底前記疑問を払拭するに足りるようなものではない。

(4) 以上のとおり,当審で新たに取り調べられた関係各証拠を踏まえると,本件DNA型鑑定が,前記最高裁判所決定にいう「具体的な実施の方法も,その技術を習得した者により,科学的に信頼される方法で行われた」と認めるにはなお疑いが残るといわざるを得ない。したがって,本件DNA型鑑定の結果を記載した鑑定書(第一審甲72号証)は,現段階においては証拠能力を認めることができないから,これを証拠から排除することとする。

第3.Aの自白について

1.自白の信用性について

 まず,そもそも,前記のとおり,E鑑定の結果によると,本件半袖下着に付着していた男性のDNA型とAのDNA型は一致していないところ,この事実は,Aの確定審における捜査段階及び公判廷における自白を前提とすると到底説明がつかないものであるから,このようなAの自白は全く信用できないものである。

2.自白の証拠能力について

(1) 弁護人は,Aの自白に証拠能力が認められないことについてるる主張しているが,当審での当事者の訴訟活動や証拠調べの状況を踏まえ,まず,平成4年(以下,特に記載のない限り月日の表記は「平成4年」のことをいう。)12月8日に行われた当時の宇都宮地方検察庁検事J(以下「J検事」という。)のAに対する本件についての取調べ(以下「本件取調べ」という。)について検討する。

ア.関係各証拠によれば,T本件取調べは,第一審第5回公判期日(6月9日)と第6回公判期日(12月22日)の間に行われたが,それまでに第1回公判期日(2月13日)と第5回公判期日において被告人質問が行われており,Aは,第5回公判期日までは,本件各公訴事実について否認したことはなかったこと,UJ検事は,第1回公判期日後も,別件についての任意捜査として宇都宮拘置支所に赴いてAの取調べを行っていたが,本件取調べの前日である12月7日,任意捜査として別件について取調べを行っていたところ,Aが,突如,自分は本件の犯人ではない旨の供述を始めたこと,VJ検事は,12月7日の取調べにおいては,Aの否認供述を追及するなどの取調べはせず,もっぱらAの言い分を聴取するという態度に終始していたが,翌8日,当初予定していなかった取調べを行うために宇都宮拘置支所へ赴き,Aに対して本件取調べを行ったこと,WJ検事は,本件取調べにおいて,最初にAと少し雑談した後,本件について,本件DNA型鑑定の結果を持ち出すなどした上で,本件の犯人はAに間違いないのではないのかなどと追及する取調べを行い,Aが本件について否認から自白に転じた後になって初めて別件についての取調べを開始したこと,X本件取調べにおいて,J検事がAに対し,黙秘権を告知したり,本件については公判中なので取調べに応ずる必要がない旨や,本件取調べに応ずるか否かについて本件の弁護人と相談することができる旨を説明した事実は一切なく,また,弁護人にも本件取調べを行うことについて通知したり,承諾を求めるなどは一切しなかったこと,YAは,12月11日に兄と面会して無実を訴え,兄は,これを受けてAがそれまでに家族あてに送っていた無実を訴える手紙を弁護人に届けたこと,ZAは,本件取調べの約2週間後に行われた第6回公判期日における被告人質問で,裁判長及びJ検事からの質問に対しては本件を認める供述を維持していたが,その後,主任弁護人から,家族あてに自分が無実である旨を書いていた前記手紙の趣旨について尋ねられると,本件について無実である旨の供述をするに至ったこと,[しかし,Aは,12月25日付けでその供述を撤回する旨の裁判長あての上申書を作成し,第7回公判期日(平成5年1月28日)において,再び本件を認める供述に転じ,第9回公判期日(同年3月25日)の最終陳述でも本件を認める旨の供述をしていたこと,の各事実を認めることができる。

イ.そこで検討するに,確かに,捜査官は,起訴後であっても,被告人に対し,当該起訴に係る事実について,その公判維持に必要な取調べを行うことはできる。しかし,このような取調べは,刑事訴訟法の大原則である当事者主義や公判中心主義の趣旨を没却するおそれが類型的に高いというべきであるから,このような取調べを行うに当たっては,捜査官には,前記のおそれを踏まえた慎重な配慮や対応が求められるというべきである。とりわけ,第1回公判期日後に当該起訴に係る事実について被告人を取り調べる場合には,公判維持のための被告人からの聴取は,まさに当該公判において被告人質問をすることで足りるのが通常であって,あえて公判外で被告人の取調べを行う必要性は低いといえる一方,当事者主義や公判中心主義の趣旨を没却するおそれはより強度なものになるといわねばならないから,捜査官による第1回公判期日後の当該起訴に係る事実に関する被告人の取調べが許されるのは,公判維持のためには被告人質問ではなく公判外での被告人への取調べをするよりほかにないというような高度の必要性が認められる場合であって,かつ,捜査官が,被告人や弁護人に対して,当事者主義や公判中心主義の潜脱とならないような慎重な配慮や対応(例えば,被告人及び弁護人の承諾を得た上で取調べを行うなど)を十分に行ったと評価できる場合に限ると解するのが相当である。
 このような観点から本件取調べについてみると,前記アの認定事実によれば,J検事は,既に2度被告人質問が行われた後である第5回公判期日と第6回公判期日の間である12月7日に,Aに対する別件の取調べでAが本件について突如否認を始めたことから,その翌日に,本件についてAを取り調べる目的で宇都宮拘置支所に赴き,Aが本件の犯人なのではないかと追及する取調べを行ったものであるところ,本件において,被告人質問ではなく公判外での取調べによらなければ公判維持ができないという事情は一切認められないし,J検事は,本件取調べに際し,弁護人への事前連絡等を一切しておらず,また,黙秘権告知や弁護人の援助を受ける権利についてAに説明するなども一切しなかったというのであるから,本件取調べは,当事者主義や公判中心主義の趣旨を没却する違法な取調べであったといわねばならない。
 しかしながら,そもそも,第6回,第7回及び第9回の各公判期日でなされたAの自白は,公開の法廷においてなされたものであるところ,法廷には,訴追する側の検察官のみならず,公正中立な立場の裁判官に加え,被告人の権利を防御する弁護人が列席しているのであり,被告人としては,いつでも弁護人の援助を受けられる状態にある。そして,法廷においては,被告人に対し,黙秘権が十分に保障されていることはもとより,黙秘権を行使せず供述する場合であっても,強制や威迫,不当な誘導等を受けない保障が刑事訴訟法等により制度的に確保されている。そうすると,このような特性を有する公判廷における自白については,捜査官において,殊更被告人の公判廷における任意の供述を妨げるような言辞を述べたり,公判外で拷問や脅迫が加えられるなどしてそのような状態が作出されたといった特段の事情がない限り,公判外の事情を理由として証拠能力が否定されることはないというべきである。そして,本件においては,弁護人が主張するところを踏まえてもそのような事情までは存在しないから,本件取調べの違法は,その後の各公判期日におけるAの自白の証拠能力には影響を及ぼさない。

(2) 次に,弁護人の主張のうち,捜査官が,本件DNA型鑑定の結果をAに告げて取調べを行った点について,偽計による自白であるとする点について検討する。
 確かに,前記のとおり,当審での証拠調べの結果,本件DNA型鑑定は現段階では証拠能力を認めることができないものであることが判明した。しかし,関係各証拠によれば,捜査官は,これがAが犯人であることを示す重要な一つの客観的証拠であると評価した上で,そのようなものとして本件DNA型鑑定をAに示して取調べを行ったと認められ,決して,証拠能力が認められない証拠であると認識した上でAに示したものでないことは明らかである。このような取調べによって得られた自白が,偽計による自白として任意性が否定される違法な自白になることはないというべきである。
 もっとも,前記のとおり,結果的には本件半袖下着に残された精液のDNA型はAのDNA型と一致しなかったところ,関係各証拠によれば,取調べにおいて捜査官からこれらが一致するとした本件DNA型鑑定の結果を告げられたことが,Aが本件を自白するに至った最大の要因となっているということができる。したがって,この事情は,Aの捜査段階における自白の任意性には影響しないものの,その信用性には大きく影響する事情であると認められる。

(3) また,弁護人が自白の証拠能力について主張する点のうち,J検事による本件取調べ以外の起訴後の取調べを問題とする点については,関係各証拠によれば,これらの取調べは,いずれも,本件ではなく別件についてなされた取調べであって,別件の取調べとの関連で本件に話が及んだというものにすぎず,何ら違法なものとはいえないし,その他の点については,いずれも確定審において自白の証拠能力に影響しない旨判断されたものであるところ,当審においてその判断を覆すに足りる証拠は提出されていないのであるから,結局,いずれも採用できない。

3.まとめ

 以上のとおり,Aの自白には証拠能力自体に影響する事情は見当たらないものの,E鑑定という客観的な証拠と矛盾するという点に加え,Aが本件自白をした最大の要因が捜査官から本件DNA型鑑定の結果を告げられたことにあると認められ,結果的にこれがAと犯人を結びつけるものではなかったこと,再審公判において明らかとなった,当時の取調べの状況や,強く言われるとなかなか反論できないAの性格等からすると,むしろ,本件自白の内容は,当時の新聞記事の記憶などから想像をまじえて捜査官などの気に入るように供述したという確定控訴審におけるAの供述に信用性が認められることなどの各事情に照らすと,Aの自白は,それ自体として信用性が皆無であり,虚偽であることが明らかであるというべきである。

第4.結論

 以上によれば,E鑑定により,本件半袖下着に付着していた本件犯人のものと考えられるDNA型がAのDNA型と一致しないことが判明した上に,本件確定審で主な証拠とされた2つの証拠について,本件DNA型鑑定には証拠能力が認められず,自白についても信用性が認められず虚偽のものであることが明らかになったのであるから,Aが本件の犯人ではないことは誰の目にも明らかになったというべきである。
 よって,刑事訴訟法336条により無罪の言渡しをする。

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