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最高裁判所第一小法廷判決平成22年09月09日

【事案】

1.第1審判決別紙物件目録記載1及び2の各土地(以下「本件各土地」という。)の転借人が本件各土地上に所有する同目録記載3の建物(以下「本件建物」という。)につき,根抵当権の設定を受けていた被上告人が,本件各土地の所有者兼賃貸人又は賃借人兼転貸人である上告人らは,被上告人に差し入れた念書をもって,上記転借人の地代不払などその借地権の消滅を来すおそれのある事実が生じた場合には被上告人に通知をし,借地権の保全に努める義務を負う旨を約したにもかかわらず,上記義務を怠ったため,本件各土地の転貸借契約が上記転借人の地代不払を理由に解除され,本件建物が収去されて上記根抵当権が消滅し,被上告人が損害を被ったと主張して,上告人ら各自に対し,債務不履行等による損害賠償請求権に基づき,1500万円及び遅延損害金の支払を求める事案。

2.事実関係の概要

(1) 上告人Y1は第1審判決別紙物件目録記載2の土地の所有者であり,その子である上告人Y2は同目録記載1の土地の所有者である。
 上告人Y3(以下「上告会社」という。)は,不動産の賃貸借等を目的とする会社であり,その代表者は上告人Y1である。

(2) 上告会社は,平成8年9月1日,上告人Y1及び上告人Y2から,本件各土地を賃借し,同年12月2日,Aに対し,スーパーマーケット事業の用に供する建物の所有を目的として本件各土地を転貸した(以下,この契約を「本件転貸借契約」という。)。Aは,同月3日,本件各土地上に本件建物を新築した。

(3) Aは,平成14年7月31日,被上告人のAに対する銀行取引等に係る債権を担保するため,本件建物に極度額を5000万円とする第1順位の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を設定した。

(4) 被上告人は,本件根抵当権の設定に先立つ平成14年6月25日,Aに対し,「借地に関する念書」と題する書面を交付し,これに上告人らの署名押印又は記名押印を得るよう求めた。上告人らは,同日,Aから上記書面を受領し,上告人Y1において,上記書面に記載された条項の一部につき修正を求めた。
 上告人らは,同年7月5日,Aから,上告人Y1の求めに応じて修正がされた書面(以下「本件念書」という。)を受領し,これに署名押印又は記名押印をした上,同月8日,これをAを介して被上告人に交付した。

(5) 本件念書は,あて先を被上告人とし,上告人Y2を甲,上告人Y1を乙,上告会社を丙,Aを丁として,被上告人が本件建物に根抵当権の設定を受けることを上告人らが承諾する旨の条項のほか,「丁の地代不払い,無断転貸など借地権の消滅もしくは変更を来たすようなおそれのある事実の生じた場合またはこのような事実が生じるおそれのある場合は,甲,乙,丙および丁は貴行に通知するとともに,借地権の保全に努めます。」と記載された条項(以下「本件事前通知条項」という。)を含む数個の条項で構成されている。

(6) 被上告人は,本件念書を受領するに当たり,上告人らに対して直接本件念書の内容,効力等について説明をしたり,上告人らの意思確認をしたりしたことはなく,本件念書は,原本1通が作成されただけで,写しが上告人らに交付されることはなかった。また,本件念書を差し入れることにつき,上告人らが被上告人から対価の支払を受けたことはない。

(7) Aが,平成17年12月27日,再生手続開始の決定を受け,平成18年1月分以降の地代を支払わなかったため,上告会社は,同年6月16日,Aに対し,地代不払等を理由に本件転貸借契約を解除する旨の意思表示をし(以下,この解除を「本件解除」という。),同月22日,本件建物を収去して本件各土地を明け渡すことをAに求める訴訟(以下「別件訴訟」という。)を提起した。

(8) 上告人らが,Aの地代の不払が生じていることを知りながら,これを本件解除に先立って被上告人に通知しなかったため,被上告人は,別件訴訟係属中である平成18年9月5日に上告会社から訴訟告知を受けて初めて地代不払の事実を知った。

(9) 被上告人は,別件訴訟に補助参加することなく,別件訴訟については,平成18年12月8日,上告会社のAに対する請求を全部認容する旨の第1審判決(以下「別件判決」という。)が言い渡され,同月29日,別件判決が確定した。
 別件判決に基づいて平成19年4月下旬に本件建物が収去され,本件根抵当権が消滅した。

3.原審は,上記事実関係の下において,上告人らは,被上告人に差し入れた本件念書をもって,Aの地代不払が生じていることを遅くとも本件解除までの間に被上告人に通知する義務を負い,これを怠ったことにより被上告人の被った損害を賠償する責任があると判断し,被上告人の被った損害の額を980万円と認定した上,8割の過失相殺をして,被上告人の上告人ら各自に対する債務不履行による損害賠償請求を196万円及び遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきものとした。

【判旨】

 本件念書は,数個の条項で構成され,そのうちの本件事前通知条項には,本件各土地に係るAの借地権の消滅を来すおそれのある事実が生じた場合は,上告人らは,被上告人にこれを通知し,借地権の保全に努める旨が明記されている上,上告人らは,事前に本件念書の内容を十分に検討する機会を与えられてこれに署名押印又は記名押印をしたというのであるから,上告人らは,本件念書を差し入れるに当たり,本件事前通知条項が,上告会社においてAの地代不払を理由に本件転貸借契約を解除する場合には,上記の地代不払が生じている事実を遅くとも解除の前までに被上告人に通知する義務を負うとの趣旨の条項であることを理解していたものといわざるを得ない。
 そうすると,上告人らは,本件念書を差し入れることによって,上記の義務を負う旨を合意したものであり,その不履行により被上告人に損害が生じたときは,損害賠償を請求することが信義則に反すると認められる場合は別として,これを賠償する責任を負うというべきである。このことは,上告人らが,本件念書の内容,効力等につき被上告人から直接説明を受けておらず,本件念書を差し入れるに当たり被上告人から対価の支払を受けていなかったなどの事情があっても,異ならない。
 そして,上告人らが不動産の賃貸借を目的とする会社等であること,上告人らが本件念書を差し入れるに至った経緯,上告会社が本件転貸借契約を解除するに至った経緯等諸般の事情にかんがみると,被上告人が上告人らに対して上記の義務違反を理由として損害賠償を請求することが信義則に反し,許されないとまでいうことはできず,被上告人の過失をしん酌し,上告人らが上記の義務を履行しなかったことにより被上告人に生じた損害の額から,8割を減額するにとどめた原審の判断は相当というべきである。

【宮川光治補足意見】

 本件事前通知条項に基づく通知義務を法的義務であると解することは,借地権付き建物の担保取引の実情に即し,相当であると思われる。しかし,他方,賃貸人である土地所有者を長期にわたり対価もなく法的に拘束することとなり,実質的にみて公平ではなく,不合理ではないかという疑問があり得るであろう。この点に関し,補足しておきたい。
 土地賃貸人にとっては,いったん借地契約が締結されれば約定賃料が滞ることなく支払われるということが最重要の関心事であると思われる。賃借人に賃料の支払遅滞が生じた場合,そのことを抵当権者である金融機関に通知すれば,金融機関から滞納分はもとより向後の賃料についても弁済(代払い)を受けられる可能性が高い。本件のように通知をしないで賃貸借契約を解除し建物の収去を求めて争訟すると,賃貸人は相当期間にわたって賃料収入を失い,更には建物の取壊し費用を負担しなければならないことともなる。経済的合理性に反するのに,あえて,賃貸借契約を終了させようとしている事例には,賃借人と通謀していることが疑われる場合もあろうが,新規賃借希望者がいてこれと新たに賃貸借契約を締結するという意図を有している場合が少なくない。
 ところで,本件は,本件転貸借契約を締結して5年余を経過した時点において,被上告人の求めに応じて抵当権が設定されたという事案であるが,一般に多くみられるのは,借地人が地上建物を建築する資金を金融機関から借り入れる場合である。こうした事例では,賃貸借契約締結の際に,借地人が金融機関から資金を借り入れるために必要な協力をすることが約定され,通常はその対価も権利金額等の設定において考慮される。こうした協力をして,土地賃貸借契約の締結が円滑に実現することは,賃貸人にとっても大いに有益なことであろう。
 以上のように考えると,本件事前通知条項に基づく通知義務を法的義務であると解したとしても,賃貸人にとって均衡を失して不利な事態となることはまれであり,通常は賃貸人にとっても土地賃貸借から収益を順調に上げていくという点では不都合はないように思われる。それでも残る問題は,信義則,過失相殺の法理により,適切に対応できると考えられる。
 なお,今後は,金融機関においては,本件事案のように過失相殺があり得ることにも配慮し,債務者及び担保物について適切に管理するとともに,賃貸人に対し承諾文書に関し説明し,その写しを交付することなど賃貸人の理解に欠けるところがないよう実務を改めることが必要となろう。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成22年09月10日

【事案】

1.茨木市長(以下「市長」という。)が平成7年度から同16年度にかけて各年度の6月及び12月に同市の臨時的任用職員に対し一時金(期末手当)を支給したことにつき,当該一時金は,非常勤の職員に対する手当であり,その額及び支給方法が条例で定められてもいないから,これを支給することは,常勤の職員に対してのみ手当の支給を許容し,手当の額及び支給方法は条例で定めなければならないとした地方自治法(平成20年法律第69号による改正前のもの。以下同じ。)に違反する違法な公金の支出に当たり,同市が当該支出相当額の損害を受けたとして,同市の住民である被上告人らが,上告人に対し,同法242条の2第1項4号に基づき,その支給当時に市長の職にあった者に対する損害賠償の請求をすることを求める事案。

2.事実関係等の概要

(1) 茨木市は,平成7年度から同16年度にかけて,各年度の6月及び12月の2回にわたり,地方公務員法22条5項の規定による臨時的任用職員として採用された者のうち,1週間当たり3日以上勤務する者で,6月15日及び12月1日の各基準日にそれぞれ2か月以上在職し,かつ,支給日現在において在職するものに対し,1人当たり一律に上半期増給分(基準日が6月15日であるもの)として4万円及び下半期増給分(基準日が12月1日であるもの)として4万5000円をそれぞれ支給してきた(以下,上記各増給分を「本件一時金」という。)。
 本件一時金の支給は,毎年度,茨木市の人事課において各年度の支給金額及び支給対象者を起案して市長の決裁を受けて,その支出負担行為は年度当初又は任用時に同市の企画財政部長の専決により行われ,その支出命令は支給時にそれぞれの金額に応じた専決権者の専決により行われていた。

(2) 茨木市は,その大半の部署に臨時的任用職員を配置しており,その中にはパートタイムの職員も相当数存在していた。本件一時金の支給を受けた臨時的任用職員は,平成16年度の上半期で761人,下半期で810人であり,同年度に支給された本件一時金の総額は6689万円である。
 また,茨木市においては,正式任用の常勤の職員(以下「正規職員」という。)のうち通常の勤務形態のものの勤務時間について,1週間当たり38時間45分(1日当たり7時間45分)とされていたところ,臨時的任用職員の勤務時間は上記の勤務時間よりも1日当たり15分短く設定されていたから,臨時的任用職員が週3日間勤務した場合の合計勤務時間は通常の勤務形態の正規職員の1週間当たりの勤務時間の6割弱となり,また,パートタイムの臨時的任用職員が週3日間勤務した場合の合計勤務時間は更に短いものとなるものであった。

(3) 茨木市における一般職の職員の給与の額及び支給基準等については,一般職の職員の給与に関する条例(昭和32年茨木市条例第49号)で定められていたが,本件一時金の支給当時,同条例には,臨時的任用職員の給与についての定めは置かれていなかった。
 なお,同条例36条は,「この条例に定めるものの外,必要な事項は規則で定める。」と規定していたが,本件一時金の支給当時,臨時的任用職員について,同条に基づく規則は制定されておらず,臨時的任用職員の取扱いに関する内規(昭和39年茨木市内規第1号)が定められていた。同内規は,その7条において,臨時的任用職員の日給額等は別に定めるなどとしていたが,本件一時金についての定めは置かれていなかった。

(4) 茨木市は,本訴提起後の平成17年11月,平成17年茨木市条例第26号により,臨時的任用職員の給与に関する規定の新設を内容とする前記一般職の職員の給与に関する条例の改正を行い(以下,この改正前の同条例を「旧条例」,この改正後の同条例を「新条例」という。),新条例は同年12月1日から施行された。
 新条例においては,@臨時的任用職員の賃金は,日給又は時間給とし,日額1万3000円又は時間額1730円の範囲内において,規則で定める基準に従い任命権者が別に定める(36条1項本文),A臨時的任用職員のうち規則で定める者については,規則で定める通勤手当相当分及び期末手当相当分の賃金を支給することができる(同条2項),B新条例の施行日の前日までに臨時的任用職員に支給された賃金(通勤手当相当分及び期末手当相当分を含む。)は,新条例及びこれに基づく規則の相当規定に基づき支給された賃金とみなす(附則4項)等の規定が設けられた。
 また,新条例を受けて制定された臨時的任用職員に関する規則(平成17年茨木市規則第40号)においては,新条例に定められた期末手当相当分の賃金の支給額及び支給要件につき,前記(1)の本件一時金の支給に係る従前の運用におけるものと同じ内容の規定が置かれた。

(5) 昭和36年5月5日自治丁公発第47号高知県総務部長あて公務員課長回答「臨時職員の給与の取り扱いについて」(以下「昭和36年回答」という。)は,一般職の職員の給与に関する条例中に「臨時職員の給与については,この条例の規定にかかわらず予算の範囲内で任命権者が別に定める」と規定するのは,地方公務員法24条6項の規定に違反するか否かという照会に対し,「地方公務員法第22条の規定に基づく臨時的任用職員の給与については,他の職員と同様に給与に関する条例を適用すべきものであるが,同条例中に特別の定をして差支えないものと解する。」と回答している。
 また,平成19年4月25日の時点において,大阪府及び同府内の33市には,臨時的任用職員の給与について条例にその具体的な金額を定めているものはなく,具体的な金額の決定を規則に委任しているものが3市,具体的な金額の決定を任命権者に委任しているものが7市,条例に何ら規定を置いていないものが同府及び23市であった。

3.原審は,上記事実関係等の下において,被上告人らの訴えのうち,平成7年度から同15年度までの本件一時金の支給に係る部分の訴えについては,適法な監査請求を経ていないから不適法であるとしてこれを却下すべきものとしたが,同16年度の本件一時金(以下,本件一時金というときは同年度のものをいう。)の支給に係る部分については,要旨次のとおり述べて,当時の市長であるAに対する損害賠償の請求をすることを求める被上告人らの請求を一部認容すべきものとした。

(1) 本件一時金は,期末手当に該当し,地方自治法上,常勤の職員に対してしか支給は許されないところ,週3日以上の勤務をするというだけでは常勤の職員に当たるといえず,そのような勤務態様の臨時的任用職員に本件一時金が支給されたものであるから,当該支給は違法である。また,旧条例において手当の支給額等を定めないまま本件一時金の支給をしたことは同法に違反するし,新条例において臨時的任用職員に対する期末手当の支給額等の定めを規則にゆだねたことも同法に違反するから,新条例を遡及適用することによっても本件一時金の支給が適法になるものではない。

(2) 本件一時金の支給は,旧条例の下で,条例の根拠を欠くままされたものであり,当時の市長であるAはその違法を容易に知り得たというべきであるから,支給に係る前記決裁をしたことにつき市長として尽くすべき注意義務を怠った過失がある。なお,本件一時金の支給当時,大阪府及び同府内の各市において,臨時的任用職員等の給与を条例で定めていないものが大半であったが,任命権者の裁量により臨時的任用職員の給与を決定する旧条例下の取扱いを法が許容していると解するのは困難であるし,昭和36年回答も上記のような取扱いを是認するものであったとまでは解されないから,Aの過失についての上記判断は左右されない。

【判旨】

1.原審の上記3の判断のうち,(1)は是認することができるが,(2)は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1)ア.地方自治法は,常勤の職員については,給料及び旅費を支給する(204条1項)ほか,法定の各種手当を支給することができるが(同条2項),非常勤の職員については,報酬及び費用弁償を支給するものとし(203条1項,3項),これらに加えて期末手当を支給することができるものとして議会の議員のみを規定しており(同条4項),また,いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基づく条例に基づかずにはこれらの職員に支給することができないとしている(204条の2)。
 これらの規定によれば,臨時的任用職員に対する手当の支給が地方自治法204条2項に基づく手当の支給として適法であるというためには,当該臨時的任用職員の勤務に要する時間に照らして,その勤務が通常の勤務形態の正規職員に準ずるものとして常勤と評価できる程度のものであることが必要であり,かつ,支給される当該手当の性質からみて,当該臨時的任用職員の職務の内容及びその勤務を継続する期間等の諸事情にかんがみ,その支給の決定が合理的な裁量の範囲内であるといえることを要するものと解するのが相当である。
 これを本件についてみると,本件一時金は,週3日以上の勤務をした臨時的任用職員に支給されるというのであるが,前記のとおり,茨木市においては,週3日の勤務では通常の勤務形態の正規職員の勤務時間の6割に満たず,しかも,パートタイムの臨時的任用職員が週3日勤務した場合の勤務時間は更にそれより短いものとなるのであって,人事院規則15−15が,国家公務員について,非常勤の職員の勤務時間は常勤の職員の4分の3を超えない範囲において各省各庁の長が定めるとしていることなどをも参酌すると,勤務日数が週3日という程度では,その勤務に要する時間に照らして,その勤務が上記正規職員に準ずるものとして常勤と評価できる程度のものとはいい難い。そうすると,勤務日数が上記程度の臨時的任用職員に対する本件一時金の支給は,本件一時金の性質及び当該臨時的任用職員に係るその他の事情について検討するまでもなく,地方自治法204条2項の要件を満たさず,違法というべきである。

イ.また,地方自治法は,常勤の職員であると非常勤の職員であるとを問わず,その給与の額及び支給方法を条例で定めなければならないと規定している(同法203条5項,204条3項)。これは,職員の給与の額及び支給方法を議会が制定する条例によって定めることにより,地方公務員の給与に対する民主的統制を図るとともに,地方公務員の給与を条例によって保障する趣旨に出たものと解される。
 同法の上記規定の趣旨,特に議会による民主的統制の要請に照らすと,職員の給与の額及び支給方法を条例で定めないことは許されないし,また,条例において,一定の細則的事項を規則等に委任することは許され得るとしても,職員の給与の額及び支給方法に係る基本的事項を規則等に委任することは許されないというべきである。
 ところで,臨時的任用職員は,緊急の場合又は臨時の職に関する場合などに任用される(地方公務員法22条2項,5項)が,当該職員が従事する職が当該普通地方公共団体の常設的な事務に係るものである場合には,その職に応じた給与の額等又はその上限等の基本的事項が条例において定められるべきである。他方で,当該職員が従事する職が臨時に生じた事務に係るものである場合には,その職に応じた給与の額等についてあらかじめ条例で定め難いことも考えられるが,上記の地方自治法の趣旨によれば,少なくとも,その職に従事すべく任用される職員の給与の額等を定めるに当たって依拠すべき一般的基準等の基本的事項は,可能な限り条例において定められるべきものと解される。
 これを本件についてみると,茨木市においては,本件一時金の支給を受けた者だけでも約800名に及ぶという多数の臨時的任用職員が同市の大半の部署に配置されており,その多くが常設的な事務に係る職に従事していたことがうかがわれるにもかかわらず,旧条例では,臨時的任用職員に対する給与の額及び支給方法又はそれらに係る基本的事項について定めがなく,また,新条例でも,規則で定める者に規則で定める期末手当等を支給する旨規定したのみで,条例自体には手当の額及び支給方法又はそれらに係る基本的事項について定めがない。このように手当の額及び支給方法又はそれらに係る基本的事項について条例に定めのないまま行われた本件一時金の支給は,職員の給与の額及び支給方法を条例で定めなければならないとした地方自治法の上記規定に反するものであり,違法というべきである。

(2) そこで,本件一時金の支給についての当該支給当時の市長であるAの過失につき,以下検討する。

ア.まず,地方自治法204条2項に規定する同条1項の常勤の職員に該当しない臨時的任用職員に対し期末手当に該当する本件一時金を支給した点についてみると,前記のとおり,国家公務員については,人事院規則15−15が非常勤の職員の勤務時間について定めているものの,地方公務員については,地方自治法及び地方公務員法その他の法令は,常勤の職員と非常勤の職員とを区別する一般的基準について具体的な定めを置いていない。そして,普通地方公共団体の議員の兼職禁止を定めた地方自治法92条2項に規定する「常勤の職員」の解釈については,隔日勤務の職員でも,その職務内容の性質から他の常勤の職員の勤務と同一のものとして取り扱われるものは常勤の職員に当たるとされている(昭和26年8月15日地自行発第216号鳥取県総務部長あて行政課長回答)が,本件のように手当の支給が問題となる場面における上記区別の基準について,これを直接に読み取ることができる法令の具体的な定めは存しない上,本件一時金の支給当時,これを明らかにした行政実例又は裁判例があったとはうかがわれず,前記(1)アの説示に係る解釈を採るべきであるとの認識が一般に実務において共有されていたともうかがわれない。このような事情に照らすと,当時の市長であるAにおいて,地方自治法204条2項の要件との関係で,勤務日数が週3日程度の臨時的任用職員に対し本件一時金を支給することの適法性について疑義があるとして調査をしなかったことがその注意義務に違反するものとまではいえず,これを支給することが同項の要件を満たすものでないことを容易に知り得たとはいい難い。

イ.また,本件一時金の額及び支給方法又はこれらに係る基本的事項について条例に定めのないまま本件一時金を支給した点についてみるに,前記のとおり地方自治法は職員の給与の額及び支給方法を条例で定めなければならないと規定しているところであり(同法203条5項,204条3項),既に説示したとおり,臨時的任用職員についても,給与の額及び支給方法又はこれらに係る基本的事項は条例に定めるべきものと解される。
 もっとも,他方において,臨時的任用職員の制度は,一般職に属する正規職員を中核とする人的体制を補完し,その時々の行政需要に柔軟に対処するためのものであって,この点において臨時的任用職員は正規職員と性格が異なること,国家公務員に関しては,正規職員との対比において上記と同様の側面も有する非常勤の職員(委員等以外のもの)の給与について,各庁の長が,常勤の職員の給与との権衡を考慮し,予算の範囲内で給与を支給するものと定められていること(一般職の職員の給与に関する法律22条2項),昭和36年回答は,各地方公共団体における一般職の職員の給与に関する条例中に臨時的任用職員の給与は任命権者が別に定める旨を規定することの許否に関する照会に対し,そのような取扱いが許されない旨を明示的に回答しておらず,差し支えないものとされた上記条例中の「特別の定」の解釈によっては,これを許容する趣旨の回答であると解する余地もないとはいえないことに加え,平成19年4月25日の時点においても,大阪府及び同府内の各市において臨時的任用職員に係る給与の額及び支給方法又はこれらに係る基本的事項につき条例で具体的に定めていたものはなく,同府及び多数の市では茨木市の旧条例と同様に条例において臨時的任用職員の給与について何らの規定も置いていなかったこと等の事情が認められる。これらの事情に照らすと,当時の市長であるAにおいて,地方自治法の上記規定との関係で,臨時的任用職員に係る本件一時金に関する旧条例の定めの適法性について疑義があるとして調査をしなかったことがその注意義務に違反するものとまではいえず,これを支給することが同法の上記規定に反するものであることを容易に知り得たとはいい難い。

ウ.本件のように,普通地方公共団体の長の権限に属する財務会計上の行為を,補助職員が専決により処理した場合には,長は,補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し,故意又は過失によりこれを阻止しなかったときに限り,自らも財務会計上の違法行為を行ったものとして,普通地方公共団体が被った損害を賠償する義務を負うものである。上記ア及びイに説示したところによれば,本件一時金の支給当時の市長であるAにおいて,補助職員が専決により財務会計上の違法行為である上記支給をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し,故意又は過失によりこれを阻止しなかったとまではいえないから,Aに市長として尽くすべき注意義務を怠った過失があるとして同人の茨木市に対する損害賠償義務を肯定し,被上告人らの請求を認容した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,この点に関する論旨は理由がある。

2.以上によれば,原判決中,上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,上記部分に関する被上告人らの請求は理由がないから,同部分につき第1審判決を取り消し,同部分に関する請求を棄却すべきである。

【千葉勝美補足意見】

 私は,法廷意見に加え,次の点を補足しておきたい。
 地方公共団体における臨時的任用職員の制度は,法廷意見が述べるとおり,本来,一般職に属する正規職員を中核とする人的体制を補完し,その時々の行政需要に柔軟に対処するためのものであるが,茨木市においては,本件一時金の支給を受けた者だけでも約800名に及ぶ多数の臨時的任用職員が同市の大半の部署に配置され,その多くが常設的な事務に係る職に従事していたようである。近年,茨木市に限らず,各地の地方公共団体において,各種の行政需要が増大し,それに対応する正規職員の数は,定員の枠に縛られているため,現実の必要性に迫られて,定員制限のない(地方自治法172条3項)臨時的任用職員を採用し,恒常的に,常設的な事務に従事させ,その結果,その数が無視できない規模にまで拡大する傾向が指摘されているところである。そこでは,正規職員とかなり近い形での勤務内容や勤務時間となっている場合も多いため,その処遇に当たっては,法的な可否を十分吟味することなしに,正規職員と同様の手当を支給するという傾向になりがちであり,また,臨時的任用であるということから,給与の額及び支給方法又はこれらに係る基本事項については,条例で具体的に定めることをせず,あるいは具体的な金額の決定を条例により規則や任命権者に丸ごと委任している例も見られるところである。
 臨時的任用職員の中には,常勤とまでは評価できないものの,勤務時間や勤務期間が長い者もいるであろうが,これらの職員に対し,生活給的な手当の性格を有する一時金を支給する現実的な必要性があることは理解できないではない。しかしながら,地方自治法204条は,議会の議員以外は常勤職員についてのみ法定の各種手当の支給を認めているのであるから,上記の性格を有する一時金を適法に支給するためには,当該職員の勤務実態を常勤と評価されるようなものに改め,これを恒常的に任用する必要があるときには,正規職員として任命替えを行う方向での法的,行政的手当を執るべきであろう。また,臨時的任用職員であっても,これらの職員に対する給与の額及び支給方法又はそれに係る基本的事項については,条例で定めるべきことが同法204条の2等で要請されているところであるから,その職が文字どおり臨時に生じた事務に係るものであっても,少なくとも給与の額等を定める際の一般的基準等の基本事項は条例に盛り込む必要があろう。そして,これらの対応のためには,当該地方公共団体の人的体制・定員管理の在り方や人件費の額等についての全体的な検討を余儀なくされる場面も生じよう。
 本件における茨木市はもとより,以上のような要請を満たしていない地方公共団体においては,本判決の言渡し後は,臨時的任用職員に対する手当等の支給については,地方自治法204条2項及び同法204条の2の要件との関係で,その適法性の有無を早急に調査すべきである。その結果,本件と同様な実態が存する場合には,上記要件を欠く支給であることは容易に知り得るのであるから,そのような違法状態を解消するため条例改正が速やかに行われるべきであって,漫然と条例を改正しないまま手当等の支給を続けるときには,当該地方公共団体の長は,違法な手当等の支給について過失があるとして損害賠償責任が追及されることにもなろう。
 もっとも,条例改正には,手続と時間を要するものであるが,当該公共団体において,条例改正のために要する合理的な期間を徒過してもなお条例の改正がされず,違法な支給を継続する場合には,もはや過失がないとはいい難く,今後の司法判断において,厳しい見解が示される可能性があることを留意すべきである。

 

最高裁判所第一小法廷判決平成22年09月13日

【事案】

1.交通事故によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った平成20年(受)第494号上告人・同第495号被上告人(以下「第1審原告」という。)が,加害車両の運転者であり,保有者である平成20年(受)第494号被上告人・同第495号上告人(以下「第1審被告」という。)に対し,民法709条又は自動車損害賠償保障法3条に基づき,損害賠償を求める事案。
 第1審原告が支給を受けた労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく各種保険給付,国民年金法に基づく障害基礎年金及び厚生年金保険法に基づく障害厚生年金との間で行う損益相殺的な調整につき,第1審原告は,これらが損害金の元本及びこれに対する遅延損害金の全部を消滅させるのに足りないときは,これらをまず各てん補の日までに生じている遅延損害金に充当し,次いで元本に充当すべきであるなどと主張しており,これに対し,第1審被告は,上記の各給付は損害金の元本との間で損益相殺的な調整をすべきであり,これによって消滅した損害金の元本に対する遅延損害金は発生しないと解すべきであると主張して,第1審原告の請求を争っている。

2.事実関係の概要

(1) 第1審原告は,平成14年3月6日,通勤途上,その運転する自動車が脱輪したため同車から降りて路側帯に立っていたところ,第1審被告が運転し,保有する普通乗用自動車に衝突される交通事故(以下「本件事故」という。)により,右大腿骨開放性骨折等の傷害を受け,その後に右大腿切断後及び左膝複合靱帯損傷の後遺障害が残った。本件事故により第1審原告に生じた損害は,別紙のとおりである。

(別紙)

1.治療関係費  2132万6578円
2.付添看護関係費  74万2900円
3.装具等購入費  196万6363円
4.家屋改造費  325万0800円
5.火葬場使用料  5000円
6.休業損害  862万6819円
7.入通院慰謝料  350万円
8.逸失利益  3581万3146円
9.後遺障害慰謝料  2000万円
10.弁護士費用  350万円

(合計9873万1606円)

(2) 第1審原告は,自動車損害賠償責任保険契約に基づく損害賠償額と第1審被告が締結していた自家用自動車保険契約に基づく保険金(以下「任意保険金」という。)の各支払を受け,また,労災保険法に基づく療養給付及び休業給付(以下「本件各保険給付」という。)の各支給を受けた。なお,第1審原告と第1審被告とは,任意保険金の各支払に当たり,支払を受けた保険金を本件事故による損害金の元本に充当し,これによって消滅する損害金の元本に対する遅延損害金の支払債務を免除する旨の黙示の合意をした。

(3) さらに,第1審原告は,原審口頭弁論終結の日である平成19年9月20日までに,労災保険法に基づく障害年金の各支給を受けるとともに,国民年金法に基づく障害基礎年金及び厚生年金保険法に基づく障害厚生年金の各支給を受け,又はその支給を受けることが確定していた(以下,原審口頭弁論終結の日までに支給がされ,又は支給を受けることが確定していた上記の障害年金,障害基礎年金及び障害厚生年金を,併せて「本件各年金給付」という。)。

3.原審は,上記事実関係の下において,本件各保険給付及び本件各年金給付についての損益相殺的な調整につき,次のとおり判断して,第1審原告の請求を,4601万5288円及びうち2337万3760円に対する平成17年4月1日から,うち2264万1528円に対する平成19年9月21日から各支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で認容した。

(1) 本件各保険給付は,支払原因が生ずる都度,治療費を病院に支払い,休業期間に対応する給付金を第1審原告に支払うなどしてされたものであり,上記各支払により治療費等の療養に要する費用又は休業損害金の元本がてん補されたことは明らかであって,遅滞による損害が実質的には生じていなかったことからすると,上記てん補に係る損害に対する本件事故の発生の日から各てん補の日までの遅延損害金が生ずると解することは,損害の公平な分担という観点からして相当でない。

(2) 本件各年金給付は,いずれも第1審原告の後遺障害による逸失利益をてん補するものであり,既に支給を受けた年金等及び口頭弁論終結日までに支給を受けることが確定した年金等の額の限度で,上記逸失利益との間で損益相殺的な調整を行うことができるところ,本件各年金給付が支給される時点における逸失利益の元本及びこれに対する遅延損害金の全部を消滅させるのに足りないときは,これをまず各てん補の日(ただし,支給を受けることが確定した年金等については口頭弁論終結日)までに生じている遅延損害金に,次いで元本に充当すべきである。

【判旨】

1.原審の上記3(1)の判断は正当として是認することができるが,同(2)の判断は是認することができない。その理由は,以下のとおりである。

(1) 被害者が不法行為によって損害を被ると同時に,同一の原因によって利益を受ける場合には,損害と利益との間に同質性がある限り,公平の見地から,その利益の額を被害者が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図る必要がある(最高裁昭和63年(オ)第1749号平成5年3月24日大法廷判決・民集47巻4号3039頁)。そして,被害者が,不法行為によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った場合において,労災保険法に基づく各種保険給付や公的年金制度に基づく各種年金給付を受けたときは,これらの社会保険給付は,それぞれの制度の趣旨目的に従い,特定の損害について必要額をてん補するために支給されるものであるから,同給付については,てん補の対象となる特定の損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する損害の元本との間で,損益相殺的な調整を行うべきものと解するのが相当である。
 これを本件各保険給付についてみると,労働者が通勤(労災保険法7条1項2号の通勤をいう。)により負傷し,疾病にかかった場合において,療養給付は,治療費等の療養に要する費用をてん補するために,休業給付は,負傷又は疾病により労働することができないために受けることができない賃金をてん補するために,それぞれ支給されるものである。このような本件各保険給付の趣旨目的に照らせば,本件各保険給付については,これによるてん補の対象となる損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する関係にある治療費等の療養に要する費用又は休業損害の元本との間で損益相殺的な調整を行うべきであり,これらに対する遅延損害金が発生しているとしてそれとの間で上記の調整を行うことは相当でない。
 また,本件各年金給付は,労働者ないし被保険者が,負傷し,又は疾病にかかり,なおったときに障害が残った場合に,労働能力を喪失し,又はこれが制限されることによる逸失利益をてん補するために支給されるものである。このような本件各年金給付の趣旨目的に照らせば,本件各年金給付については,これによるてん補の対象となる損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する関係にある後遺障害による逸失利益の元本との間で損益相殺的な調整を行うべきであり,これに対する遅延損害金が発生しているとしてそれとの間で上記の調整を行うことは相当でない。

(2) そして,不法行為による損害賠償債務は,不法行為の時に発生し,かつ,何らの催告を要することなく遅滞に陥るものと解されるが(最高裁昭和34年(オ)第117号同37年9月4日第三小法廷判決・民集16巻9号1834頁参照),被害者が不法行為によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った場合においては,不法行為の時から相当な時間が経過した後に現実化する損害につき,不確実,不確定な要素に関する蓋然性に基づく将来予測や擬制の下に,不法行為の時におけるその額を算定せざるを得ない。その額の算定に当たっては,一般に,不法行為の時から損害が現実化する時までの間の中間利息が必ずしも厳密に控除されるわけではないこと,上記の場合に支給される労災保険法に基づく各種保険給付や公的年金制度に基づく各種年金給付は,それぞれの制度の趣旨目的に従い,特定の損害について必要額をてん補するために,てん補の対象となる損害が現実化する都度ないし現実化するのに対応して定期的に支給されることが予定されていることなどを考慮すると,制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り,これらが支給され,又は支給されることが確定することにより,そのてん補の対象となる損害は不法行為の時にてん補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが,公平の見地からみて相当というべきである。
 本件各保険給付及び本件各年金給付は,その制度の予定するところに従って,てん補の対象となる損害が現実化する都度ないし現実化するのに対応して定期的に支給され,又は支給されることが確定したものということができるから,そのてん補の対象となる損害は本件事故の日にてん補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をするのが相当である。

(3) 以上によれば,原審の上記3(1)の判断は正当として是認することができ,第1審原告の論旨は採用することができない。他方,原審の上記3(2)の判断には,法令の解釈を誤った違法があり,この違法は,判決に影響を及ぼすことが明らかであるから,第1審被告の論旨は理由がある。最高裁平成16年(受)第525号同年12月20日第二小法廷判決・裁判集民事215号987頁は,事案を異にし,本件に適切でない。

2.以上のとおりであるから,第1審原告の上告を棄却することとし,また,第1審原告の請求は,4226万9811円及びこれに対する自動車損害賠償責任保険契約に基づく損害賠償額の支払の日の翌日である平成17年4月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容すべきであり,その余は理由がないから棄却すべきであって,原判決中,第1審被告敗訴部分のうち上記金額を超える部分は破棄を免れず,第1審被告の上告に基づき,これを主文第2項のとおり変更する。

(主文)

1.平成20年(受)第494号上告人の上告を棄却する。

2.平成20年(受)第495号上告人の上告に基づき,原判決中,主文第1項を次のとおり変更する。

 平成20年(受)第495号被上告人の控訴に基づき,第1審判決を次のとおり変更する。

(1) 平成20年(受)第495号上告人は,同号被上告人に対し,4226万9811円及びこれに対する平成17年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2) 平成20年(受)第495号被上告人のその余の請求を棄却する。

3.訴訟の総費用は,これを3分し,その2を平成20年(受)第494号上告人・同第495号被上告人の負担とし,その余を同第494号被上告人・同第495号上告人の負担とする。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成22年10月08日

【事案】

1.被上告人らが,上告人らに対し,第1審判決別紙財産目録記載2のI及びJの定額郵便貯金に係る貯金債権(以下「本件債権」という。)等がAの遺産に属することの確認を求める訴えを提起した事案。

2.事実関係の概要等

(1) 上記定額郵便貯金の名義人であるAは,平成15年3月31日に死亡した。

(2) 被上告人ら及び上告人らは,Aの子である。

(3) 上告人らは,本件債権がAの遺産であることを争っている。

【判旨】

1.所論は,定額郵便貯金債権は,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されて各共同相続人の分割単独債権となり,遺産分割の対象とならない以上,定額郵便貯金債権が現に被相続人の遺産に属することの確認を求める訴えについては,その確認の利益は認められないはずであるのに,これを認めた原審の判断には,法令解釈の誤りがあるというのである。

2(1) 郵便貯金法は,定額郵便貯金につき,一定の据置期間を定め,分割払戻しをしないとの条件で一定の金額を一時に預入するものと定め(7条1項3号),預入金額も一定の金額に限定している(同条2項,郵便貯金規則83条の11)。
 同法が定額郵便貯金を上記のような制限の下に預け入れられる貯金として定める趣旨は,多数の預金者を対象とした大量の事務処理を迅速かつ画一的に処理する必要上,預入金額を一定額に限定し,貯金の管理を容易にして,定額郵便貯金に係る事務の定型化,簡素化を図ることにある。ところが,定額郵便貯金債権が相続により分割されると解すると,それに応じた利子を含めた債権額の計算が必要になる事態を生じかねず,定額郵便貯金に係る事務の定型化,簡素化を図るという趣旨に反する。他方,同債権が相続により分割されると解したとしても,同債権には上記条件が付されている以上,共同相続人は共同して全額の払戻しを求めざるを得ず,単独でこれを行使する余地はないのであるから,そのように解する意義は乏しい。これらの点にかんがみれば,同法は同債権の分割を許容するものではなく,同債権は,その預金者が死亡したからといって,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないものというべきである。そうであれば,同債権の最終的な帰属は,遺産分割の手続において決せられるべきことになるのであるから,遺産分割の前提問題として,民事訴訟の手続において,同債権が遺産に属するか否かを決する必要性も認められるというべきである。
 そうすると,共同相続人間において,定額郵便貯金債権が現に被相続人の遺産に属することの確認を求める訴えについては,その帰属に争いがある限り,確認の利益があるというべきである。

(2) 本件訴えのうち,本件債権がAの遺産に属することの確認を求める部分については確認の利益があるというべきである。同部分につき確認の利益を認めた原審の判断は,結論において是認することができる。所論引用の判例(最高裁昭和27年(オ)第1119号同29年4月8日第一小法廷判決・民集8巻4号819頁)は,本件に適切でない。論旨は採用することができない。

【古田佑紀補足意見】

 私は,定額郵便貯金債権について,以下のように考えるので,補足的に意見を述べておきたい。
 定額郵便貯金は,分割払戻しをしないことが法律上条件とされている貯金であり,分割払戻しをしないことは,定額郵便貯金契約の内容,あるいはその前提をなすものであるから,定額郵便貯金債権は,貯金契約において,分割行使をすることができず,各預入金額ごとに全体として1個のものとして扱われることとされている債権であるというべきである。相続は,その対象となる権利につき,その性質,内容をそのまま承継するものであるのが原則であり,上記貯金債権について,相続が生じたことによって,全体が1個のものとして扱われるという性質が失われると解すべき理由はないと考える。

【千葉勝美補足意見】

 私は,法廷意見が,郵便貯金法は定額郵便貯金債権の分割を許容するものではなく,同債権は,その預金者が死亡したからといって,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないとしている点について,次のとおり意見を補足しておきたい。
 一般に,債権が複数の者に帰属する場合の法律関係は,準共有(民法264条)ということになるが,債権の共有的帰属については,民法の債権総則中の「第三節 多数当事者の債権及び債務 第一款 総則」では,分割債権関係を原則として規定している(民法427条)。したがって,仮に,定額郵便貯金債権が原則どおり分割債権であるとすると,相続により各相続人に分割承継されることになり,もはや遺産分割の対象にはならないことになる。
 ところで,分割債権の属性としては,各債権者は,自己に分割された部分について,独立して履行請求ができるという点が基本的なものであり,そうすると,分割された債権ごとに,相殺,免除,更改等の対象となり,消滅時効の完成の有無も個々的に判断されるということになろう。そこで,定額郵便貯金債権にこのような属性を認めることができるかが問題となる。
 この点について,法廷意見は,定額郵便貯金には,法令上,分割払戻しをしないという条件が付されているので,共同相続人が共同して全額の払戻しを求めるしかなく,各相続人が分割承継した部分があると解したとしてもそれを単独で行使する余地はないとしている。また,この趣旨からすると,各相続人は,分割承継した部分を自働債権として相殺をすることもできず,さらに,その消滅時効についても,据置期間経過後,預入の日から起算して10年が経過するまでは,各預金者がその部分についての権利行使が可能であったか否かという観点から考えることはできないことになろう。このように,定額郵便貯金債権は,法令上,預入の日から起算して10年が経過するまでは分割払戻しができないという条件が付された結果,分割債権としての基本的な属性を欠くに至ったというべきである。
 以上によれば,定額郵便貯金債権は,分割債権として扱うことはできず,民法427条を適用する余地はない。そうすると,預金者が死亡した場合,共同相続人は定額郵便貯金債権を準共有する(それぞれ相続分に応じた持分を有する)ということになり,同債権は,共同相続人の全員の合意がなくとも,未だ分割されていないものとして遺産分割の対象となると考えるべきである。
 なお,定額郵便貯金債権が遺産の重要な部分となっている事案は少なくないものと思われるが,遺産分割をするに当たって,これを対象とすることにより遺産分割の円滑な進行が図られることにもなろう。

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