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最高裁判所第一小法廷判決平成22年10月14日

【事案】

1.本件の主位的請求は,被上告人から浄水場内の監視設備機器(以下「本件機器」という。)の製造等を請け負った上告人が,被上告人に対し,請負代金3億1500万円(以下「本件代金」という。)等の支払を求めるものである。

2.事実関係等の概要

(1) Aは,平成16年7月,指名競争入札により,一部事務組合である東部地域広域水道企業団から浄水場内の監視設備工事を請け負った。

(2) 上記工事のうち本件機器の製造等につき,AはBに対し,BはCに対し,CはDに対し,Dは被上告人に対し,被上告人は上告人に対し,順次これを発注し,それぞれ請負契約が締結された。

(3) 被上告人と上告人との間で本件機器の製造等につき請負契約(以下「本件請負契約」という。)が締結されるに至った経緯は,次のとおりである。

ア.Aは,上告人からの働き掛けに応じ,本件機器の製造等を上告人に行わせることにした。もっとも,上告人もAと共に上記(1)の入札に参加した関係にあったことから,Aが直接上告人に対して発注するのではなく,その子会社又は関係会社を介在させて発注することとなり,Cが,Aから介在させる会社の選択等を任された。

イ.Cは,平成16年9月以降,被上告人に対し,受注先からの入金がなければ発注先に請負代金の支払はしない旨の入金リンクという特約を付するから被上告人にリスクはないとの説明をして,本件機器の製造等を受注して他社に発注することを打診した。被上告人は,帳簿上の売上高を伸ばし,山梨県の行う経営事項審査の点数を増加させて,公共団体等から大規模な工事を受注する可能性を増大させることなどを目的として,本件機器の製造等を受注することにした。

ウ.Aは,同年11月,上告人に対する発注者を被上告人とすることを上告人に打診した。上告人は,被上告人の与信調査を行った上で,同年12月,Aに対し,これを応諾する旨回答し,平成17年3月,上告人と被上告人との間で,本件請負契約が締結されるに至った。なお,本件代金額とDと被上告人との間で締結された請負契約における請負代金額は,同額であった。

(4) 上告人と被上告人とは,本件請負契約の締結に際し,「支払条件」欄中の「支払基準」欄に「毎月20日締切翌月15日支払」との記載に続けて「入金リンクとする」との記載(以下「本件入金リンク条項」という。)がある注文書と請書とを取り交わして,被上告人が本件機器の製造等に係る請負代金の支払を受けた後に上告人に対して本件代金を支払うことを合意した。

(5) 上告人は,本件機器を完成させ,平成17年4月,本件請負契約において合意されたところに従い,本件機器をAに引き渡した。Aは同年5月にBに本件機器の製造等に係る請負代金を支払い,Bは同年12月までにCに上記請負代金を支払った。

(6) Cは,平成18年4月,破産手続開始の決定を受け,平成19年1月,破産手続廃止の決定を受けた。

(7) 被上告人は,本件機器の製造等に係る請負代金の支払を受けていない。

3.原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,上告人の主位的請求を棄却すべきものとした。
 被上告人は,Cからの説明により,本件入金リンク条項につき,本件機器の製造等に係る請負代金の支払を受けなければ,上告人に対して本件代金の支払をしなくてもよいという趣旨のものととらえていた。また,上告人も,被上告人を相手方として本件請負契約を締結してはいるものの,本件機器の製造等に係る打合せ,引渡しの状況等に照らせば,実質的には,Aから支払われる本件機器の製造等に係る請負代金を通過させる役割を期待していたにすぎなかったというべきである。したがって,本件入金リンク条項は,本件代金の支払につき,被上告人が本件機器の製造等に係る請負代金の支払を受けることを停止条件とする旨を定めたものと解するのが相当であって,上記条件は成就していないから,上告人の主位的請求は理由がない。

【判旨】

1.原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 本件請負契約が有償双務契約であることは明らかであるところ,一般に,下請負人が,自らは現実に仕事を完成させ,引渡しを完了したにもかかわらず,自らに対する注文者である請負人が注文者から請負代金の支払を受けられない場合には,自らも請負代金の支払が受けられないなどという合意をすることは,通常は想定し難いものというほかはない。特に,本件請負契約は,代金額が3億1500万円と高額であるところ,一部事務組合である東部地域広域水道企業団を発注者とする公共事業に係るものであって,浄水場内の監視設備工事の発注者である同企業団からの請負代金の支払は確実であったことからすれば,上告人と被上告人との間においては,同工事の請負人であるAから同工事の一部をなす本件機器の製造等を順次請け負った各下請負人に対する請負代金の支払も順次確実に行われることを予定して,本件請負契約が締結されたものとみるのが相当であって,上告人が,自らの契約上の債務を履行したにもかかわらず,被上告人において上記請負代金の支払を受けられない場合には,自らもまた本件代金を受領できなくなることを承諾していたとは到底解し難い。
 したがって,上告人と被上告人とが,本件請負契約の締結に際して,本件入金リンク条項のある注文書と請書とを取り交わし,被上告人が本件機器の製造等に係る請負代金の支払を受けた後に上告人に対して本件代金を支払う旨を合意したとしても,有償双務契約である本件請負契約の性質に即して,当事者の意思を合理的に解釈すれば,本件代金の支払につき,被上告人が上記支払を受けることを停止条件とする旨を定めたものとはいえず,本件請負契約においては,被上告人が上記請負代金の支払を受けたときは,その時点で本件代金の支払期限が到来すること,また,被上告人が上記支払を受ける見込みがなくなったときは,その時点で本件代金の支払期限が到来することが合意されたものと解するのが相当である。被上告人が,本件入金リンク条項につき,本件機器の製造等に係る請負代金の支払を受けなければ,上告人に対して本件代金の支払をしなくてもよいという趣旨のものととらえていたことは,上記判断を左右するものではない。

2.以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中被上告人に関する部分は破棄を免れない。
 そして,上記期限の到来等につき更に審理を尽くさせるため,上記の部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

 

最高裁判所第一小法廷判決平成22年10月14日

【事案】

1.事実関係の概要

(1) 上告人は,愛知学泉大学(以下「本件大学」という。)等を設置し,学校教育を行っている学校法人である。

(2) 被上告人は,昭和16年12月生まれであり,同62年4月,上告人に本件大学の助教授として雇用され,後に教授となった。

(3) 上告人には,教育職員の定年を満65歳とし,職員は定年に達した日の属する学年末に退職する旨を定めた定年規程があったが,現実には70歳を超えて勤務する教育職員も相当数存在していた。このような実態を踏まえ,上告人の理事の1人は,昭和61年5月,被上告人に対し,定年規程はあるが,定年は実質はなきに等しく,80歳くらいまで勤務することは可能であるとの趣旨の話をした。そのため,被上告人は,80歳くらいまで本件大学に勤務することが可能であると認識していた。

(4) 被上告人は,平成18年9月,本件大学の学長から,定年規程により満65歳で定年退職となる旨伝えられ,同19年3月31日,上告人から,定年により職を解く旨の辞令を受けた。

2.本件訴訟において,被上告人は,上告人との間で被上告人の定年を80歳とする旨の合意(以下「本件合意」という。)があったと主張して,上告人に対し,雇用契約上の地位を有することの確認並びに未払賃金及び将来の賃金等の支払を求めている。

3.原審は,本件合意があったとは認められないとして地位確認請求を棄却したが,賃金請求については,要旨次のとおり判断して,その一部を認容した。

(1) 上告人は,それまで事実上70歳定年制の運用をし,被上告人を含む教育職員は,長年,その運用を前提として人生設計を立て,生活してきたのであるから,上告人がその運用を改め,本来の定年規程に沿った運用をするのであれば,相当の期間を置いてその旨を教育職員に周知させる必要があった。特に,上告人は,被上告人を雇用するに際して,被上告人に対し,定年は実質はなきに等しく,80歳くらいまで勤務することが可能であるとの認識を抱かせていたのであるから,上告人には,少なくとも,定年退職の1年前までに,被上告人に対し,定年規程を厳格に適用し,かつ,再雇用をしない旨を告知すべき信義則上の義務があったというべきである。

(2) 以上の事情にかんがみると,上告人は,被上告人に対し,定年規程による満65歳の退職時期の到来後も,具体的な告知の時から1年を経過するまでは,賃金支払義務との関係では,信義則上,定年退職の効果を主張することができないというべきである。そうすると,被上告人の賃金請求のうち,被上告人が満65歳の定年退職を告知された平成18年9月中(同月中のいつであるか不明であるので末日とするのが相当である。)から1年後である同19年9月末日までの賃金請求を認容すべきである。

【判旨】

1.原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 本件訴訟において,被上告人は,事案1(3)の事実を,本件合意の存在を推認させる間接事実としては主張していたが,当事者双方とも,上告人が定年規程による定年退職の効果を主張することが信義則に反するか否かという点については主張していない。
 かえって,記録によれば,本件訴訟の経過として,@ 本件は,第1審の第2回口頭弁論期日において弁論準備手続に付され,弁論準備手続期日において本件の争点は本件合意の存否である旨が確認され,第3回口頭弁論期日において,弁論準備手続の結果が陳述されるとともに,被上告人本人及び2名の証人の尋問が行われ,第4回口頭弁論期日において口頭弁論が終結されたこと,A 第1審判決は,本件合意があったとは認められないとして被上告人の請求を棄却するものであったところ,これに対し,被上告人から控訴が提起されたこと,B 原審の第1回口頭弁論期日において,控訴状,被上告人の準備書面(控訴理由が記載されたもの)及び上告人の答弁書が陳述されて口頭弁論が終結されたところ,控訴理由もそれに対する答弁も,専ら本件合意の存否に関するものであったこと,以上の事実が認められる。

(2) 上記(1)のような訴訟の経過の下において,事案3のように信義則違反の点についての判断をするのであれば,原審としては,適切に釈明権を行使して,被上告人に信義則違反の点について主張するか否かを明らかにするよう促すとともに,上告人に十分な反論及び反証の機会を与えた上で判断をすべきものである。とりわけ,原審の採った法律構成は,@ 上告人には,被上告人に対し,定年退職の1年前までに,定年規程を厳格に適用し,かつ,再雇用をしない旨を告知すべき信義則上の義務があったとした上,さらに,A 具体的な告知の時から1年を経過するまでは,賃金支払義務との関係では,信義則上,定年退職の効果を主張することができないとする法律効果を導き出すというもので,従前の訴訟の経過等からは予測が困難であり,このような法律構成を採るのであれば,なおさら,その法律構成の適否を含め,上告人に十分な反論及び反証の機会を与えた上で判断をすべきものといわなければならない。

(3) 原審が,上記(1)のような訴訟の経過の下において,上記(2)のような措置をとることなく事案3のような判断をしたことには,釈明権の行使を怠った違法があるといわざるを得ず,原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

2.以上によれば,論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そこで,更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成22年10月15日

【事案】

1.交通事故によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った上告人が,加害車両の運転者である被上告人Y1(以下「被上告人Y1」という。)に対しては民法709条に基づき,加害車両の運行供用者である被上告人Y2(以下「被上告会社」という。)に対しては自動車損害賠償保障法3条に基づき,損害賠償を求める事案。

2.事実関係の概要

(1) 上告人は,平成16年2月8日,通勤途上,普通自動二輪車を運転して交差点を直進しようとしたところ,同交差点に反対側から進入して右折しようとした被上告人Y1が運転する加害車両に衝突される交通事故(以下「本件事故」という。)に遭った。被上告会社は,加害車両の運行供用者である。

(2) 上告人は,本件事故により,頭部外傷T型,頚椎・左肩関節・腰椎打撲,右脛骨・腓骨骨折,右橈骨骨折(粉砕),右足関節切創等の傷害を負い,その後に,右手関節,右足関節及び右足指の各機能障害の後遺障害が残った。

(3) 本件事故により上告人に生じた損害は,治療関係費等486万0464円(治療費,入院雑費及び装具代420万8843円,その他65万1621円),逸失利益3961万5668円,慰謝料1050万円,弁護士費用400万円の合計5897万6132円である。

(4)ア.上告人は,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)の療養給付(装具代を含む。)として合計391万1278円の支給を受け,また,被上告会社が締結していた自動車保険契約に基づく保険金(以下「任意保険金」という。)10万8150円の支払を受けた。なお,上告人は,上記各金員については,これにより,上記治療費,入院雑費及び装具代相当額の損害の元本がてん補されたものとして,上記元本の額から,これを控除することを認めている。

イ.上告人は,労災保険法に基づく休業給付として,平成16年5月27日に30万8700円,同年6月10日に18万5220円,同月25日に19万1394円,同年9月2日に37万6614円の合計106万1928円,同法に基づく障害一時金として,平成19年11月6日に22万6373円の各支給を受けた。

ウ.上告人は,このほかに,合計121万7490円の任意保険金と,合計819万円の自動車損害賠償責任保険契約に基づく損害賠償額(以下「自賠責保険金」という。)の各支払を受けた。

3.原審は,労災保険法に基づく休業給付及び障害一時金(以下「休業給付等」という。)は,第三者の被害者に対する損害賠償債務のうちの逸失利益に相当する部分のみを補償の対象とするものであり,これを超えて,同部分に対する遅延損害金をも補償の対象とするものと解することができず,労災保険法の休業給付等と同一の事由の関係にあるとみられるのは上記損害賠償債務のうち,逸失利益に係る部分の元本のみに限定されると解するのが相当であるとして,上告人が支給を受けた上記2(4)イの休業給付等(以下「本件休業給付等」という。)につき,本件事故により上告人に生じた損害のうち逸失利益の元本との間で損益相殺的な調整をし,他方,上告人が支払を受けた上記2(4)ウの任意保険金及び自賠責保険金については,まず各支払日までに生じた遅延損害金に充当し,その残額を損害金元本に充当して,上告人の請求を,被上告人ら各自に対し5175万2698円及びうち400万円に対する本件事故の日である平成16年2月8日から,うち4775万2698円に対する自賠責保険金の最後の支払日の翌日である平成19年2月14日から,各支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で認容した。

【判旨】

1.所論は,本件休業給付等との間で行う損益相殺的な調整につき,これらが損害金の元本及びこれに対する遅延損害金の全部を消滅させるのに足りないときは,これらをまず各てん補の日までに生じている遅延損害金に充当し,次いで元本に充当すべきであるというのである。

2.そこで検討するに,被害者が不法行為によって損害を被ると同時に,同一の原因によって利益を受ける場合には,損害と利益との間に同質性がある限り,公平の見地から,その利益の額を被害者が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図る必要がある(最高裁昭和63年(オ)第1749号平成5年3月24日大法廷判決・民集47巻4号3039頁)。そして,被害者が,不法行為によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った場合において,労災保険法に基づく各種保険給付を受けたときは,これらの社会保険給付は,それぞれの制度の趣旨目的に従い,特定の損害について必要額をてん補するために支給されるものであるから,同給付については,てん補の対象となる特定の損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する損害の元本との間で,損益相殺的な調整を行うべきものと解するのが相当である(最高裁平成20年(受)第494号・第495号同22年9月13日第一小法廷判決・裁判所時報1515号6頁参照)。
 これを本件休業給付等についてみると,休業給付は,労働者が通勤(労災保険法7条1項2号の通勤をいう。)により負傷し,疾病にかかった場合において,負傷又は疾病により労働することができないために受けることができない賃金をてん補するために,障害一時金は,労働者が,負傷し,又は疾病にかかり,治ったときに障害が残った場合に,労働能力を喪失し,又はこれが制限されることによる逸失利益をてん補するために,それぞれ支給されるものである。このような本件休業給付等の趣旨目的に照らせば,本件休業給付等については,これによるてん補の対象となる損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する関係にある休業損害及び後遺障害による逸失利益の元本との間で損益相殺的な調整を行うべきであり,これらに対する遅延損害金が発生しているとしてそれとの間で上記の調整を行うことは相当でない。
 そして,被害者が不法行為によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った場合に支給される労災保険法に基づく各種保険給付は,それぞれの制度の趣旨目的に従い,特定の損害について必要額をてん補するために,てん補の対象となる損害が現実化する都度ないし現実化するのに対応して定期的に支給されることが予定されていることなどを考慮すると,制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り,これらが支給され,又は支給されることが確定することにより,そのてん補の対象となる損害は不法行為の時にてん補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが,公平の見地からみて相当である(上記第一小法廷判決参照)。
 本件休業給付等は,その制度の予定するところに従って,てん補の対象となる損害が現実化する都度,これに対応して支給されたものということができるから,そのてん補の対象となる損害は本件事故の日にてん補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をするのが相当である。

3.以上と同旨の原審の判断は正当として是認することができる。最高裁平成16年(受)第525号同年12月20日第二小法廷判決・裁判集民事215号987頁は,事案を異にし,本件に適切でない。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用することができない。

【千葉勝美補足意見】

 私は,法廷意見に賛成するものであるが,これと最高裁平成16年(受)第525号同年12月20日第二小法廷判決・裁判集民事215号987頁(以下「平成16年第二小法廷判決」という。)との関係について,意見を補足しておきたい。
 平成16年第二小法廷判決は,被害者が不法行為の当日に死亡した事案において,被害者の逸失利益と労災保険法に基づく遺族補償年金及び厚生年金保険法に基づく遺族厚生年金との損益相殺的な調整につき,上記各年金給付(以下,両者を併せて「遺族年金給付」という。)が支払時における損害金の元本及び遅延損害金の全部を消滅させるに足りないときは,遅延損害金の支払債務にまず充当されるべきものであると判断している。本件は,被害者が不法行為により傷害を受け,その後に後遺障害が残った事案であり,この点で平成16年第二小法廷判決とは前提となる事実関係に違いがある。また,本件休業給付等と本件事故により上告人に生じた損害のうち逸失利益に係る遅延損害金との間で損益相殺的な調整をすることは,法廷意見が述べるとおり本件休業給付等の趣旨目的に沿わないものであることが明らかであるが,平成16年第二小法廷判決の事案において被害者に生じた損害との間で損益相殺的な調整をすべきものとされた遺族年金給付は,被害者の死亡の当時その者が直接扶養する者のその後における適当な生活の維持を図ることを目的として給付されるものであり(最高裁昭和63年(オ)第1749号平成5年3月24日大法廷判決・民集47巻4号3039頁),被害者の逸失利益そのもののてん補を目的とするのではなく,それに生活保障的な政策目的が加味されたものとなっており,損益相殺的な調整の可否についての前提が本件と異なっているとみる余地がある。すなわち,本件休業給付等は,労働することができなかったために受けることができない賃金のてん補や,労働能力が喪失ないし制限されることによる逸失利益のてん補を目的とするものであるが,遺族年金給付は,そこまでの費目拘束があるとはいえない。これらの点にかんがみると,本件判決は,平成16年第二小法廷判決に反するものではなく,これを変更する必要があるとはいえない。
 もっとも,遺族年金給付によるてん補の対象となる損害は,被害者が被った損害すべてではなく,基本的には給与収入等を含めた逸失利益全般であるというべきであるから,損益相殺的な調整の対象となる損害も遺族年金給付の趣旨目的に照らし,これと同性質で,かつ,相互補完性を有する損害の範囲に限られるものというべきであり,その点では,本件の場合と同じ考え方を採る余地があるのではなかろうか。すなわち,上記の調整の対象となる損害に被害者の逸失利益に係る元本のほか遅延損害金をも含むとする平成16年第二小法廷判決の判断を改め,被害者が不法行為により長期の療養を経ることなく死亡した場合にあっても,労災保険法に基づく保険給付や公的年金制度に基づく年金給付については,それぞれの制度の趣旨目的に照らし,逸失利益の元本との間で損益相殺的な調整をすべきであり,また,上記の各給付が制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り,これらが支給され,又は支給されることが確定することにより,そのてん補の対象となる損害が不法行為の時にてん補されたものと法的に評価するのが相当であるとも考えられる。
 これらの点については,今後,更なる検討を要するといえよう。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成22年10月15日

【事案】

 上告人が,その母の死亡により相続した財産に係る相続税の申告をしたところ,同人が生前に提起して上告人が承継していた所得税更正処分等の取消訴訟において同処分等の取消判決が確定したことから,上記母が同処分等に基づき納付していた所得税等に係る過納金が上告人に還付され,所轄税務署長から上記過納金の還付請求権は相続財産を構成するとして上記相続税の更正処分を受けたため,上告人において,同還付請求権は相続開始後に発生した権利であるから相続財産を構成しないと主張して,同処分の一部の取消しを求めている事案。

【判旨】

 所得税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分の取消判決が確定した場合には,上記各処分は,処分時にさかのぼってその効力を失うから,上記各処分に基づいて納付された所得税,過少申告加算税及び延滞税は,納付の時点から法律上の原因を欠いていたこととなり,上記所得税等に係る過納金の還付請求権は,納付の時点において既に発生していたこととなる。このことからすると,被相続人が所得税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分に基づき所得税,過少申告加算税及び延滞税を納付するとともに上記各処分の取消訴訟を提起していたところ,その係属中に被相続人が死亡したため相続人が同訴訟を承継し,上記各処分の取消判決が確定するに至ったときは,上記所得税等に係る過納金の還付請求権は,被相続人の相続財産を構成し,相続税の課税財産となると解するのが相当である。
 以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用することができない。

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