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最高裁判所第三小法廷判決平成22年10月19日

【事案】

1.Aの債権者である被上告人が,上告人に対し,詐害行為取消権に基づき,Aと上告人との間の不動産持分の売買契約の取消し及び上告人への上記持分の移転登記の抹消登記手続を求める事案。

2.事実関係の概要等

(1) 被上告人は,平成9年2月24日,B信用組合から事業の全部を譲り受け,同信用組合がAに対して有していた,C株式会社を主債務者とする連帯保証債務履行請求権(以下「甲債権」という。)及び有限会社Dを主債務者とする連帯保証債務履行請求権(以下「乙債権」という。)を取得した。

(2) Aは,平成15年1月10日,債務超過の状態にあるのに,上告人との間で,第1審判決別紙物件目録記載1〜7の各不動産についてのAの持分につき売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し,同年7月15日,上告人に対し,本件売買契約に基づき,上記各持分の移転登記(以下「本件各登記」という。)の手続をした。

(3) 被上告人は,平成16年9月14日,Aに対し,甲債権に係る連帯保証債務の履行を求める訴訟(以下「別件訴訟」という。)を提起し,次いで平成18年9月6日,上告人に対し,甲債権を被保全債権として,詐害行為取消権に基づき,本件売買契約の取消し及び本件各登記の抹消登記手続を求める本件訴訟を提起した。

(4) その後,別件訴訟における裁判上の和解に基づき甲債権が消滅したことから,被上告人は,平成19年5月16日,本件訴訟の第1審第1回弁論準備手続期日において,被保全債権に係る主張を甲債権から乙債権に変更した。

(5) 上告人は,被上告人が遅くとも別件訴訟を提起した日には取消しの原因を知っていたから,上記(4)の主張の変更より前に,乙債権を被保全債権とする詐害行為取消権については,民法426条前段所定の2年の消滅時効が完成した旨主張し,これを援用した。

3.原審は,上記事実関係等の下で,本件訴訟の提起により,被上告人の上告人に対する詐害行為取消権の消滅時効が中断したと判断して,被上告人の請求を認容すべきものとした。

【判旨】

1.所論は,被上告人が本件訴訟において被保全債権に係る主張を変更したことは,訴えの交換的変更に当たるから,乙債権を被保全債権とする詐害行為取消権には本件訴訟の提起による消滅時効の中断の効力は及ばないというのである。

2.そこで検討すると,詐害行為取消権の制度は,債務者の一般財産を保全するため,取消債権者において,債務者受益者間の詐害行為を取り消した上,債務者の一般財産から逸出した財産を,総債権者のために,受益者又は転得者から取り戻すことができるとした制度であり,取り戻された財産又はこれに代わる価格賠償は,債務者の一般財産に回復されたものとして,総債権者において平等の割合で弁済を受け得るものとなるのであり,取消債権者の個々の債権の満足を直接予定しているものではない。上記制度の趣旨にかんがみると,詐害行為取消訴訟の訴訟物である詐害行為取消権は,取消債権者が有する個々の被保全債権に対応して複数発生するものではないと解するのが相当である。
 したがって,本件訴訟において,取消債権者の被保全債権に係る主張が前記事実関係等のとおり交換的に変更されたとしても,攻撃防御方法が変更されたにすぎず,訴えの交換的変更には当たらないから,本件訴訟の提起によって生じた詐害行為取消権の消滅時効の中断の効力に影響がないというべきである。
 これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

【田原睦夫補足意見】

 本件における論点は,従前ほとんど論議されていなかった点であることにかんがみ,若干の補足的意見を述べる。
 本件は,詐害行為取消訴訟の提起後に,原告が当初主張していた被保全債権が消滅したところから,主張に係る被保全債権を交換的に変更した事案であるが,以下に例示するように,債権者が債務者に対して複数の債権を有していて,その一部を被保全債権として詐害行為取消訴訟を提起した後に,その被保全債権が第三者に移転した場合を考えれば,法廷意見の述べるところの妥当性がより検証されると考える。
 事例として,甲は乙に対して,A(債権額120万円),B(債権額150万円),C(債権額170万円)の3口の債権を有しているところ,乙は,その債権発生後に丙に現金200万円を贈与し,乙にはその他にさしたる財産がないとする。
 その場合,甲は,任意の2口の債権を被保全債権として丙に対して詐害行為取消訴訟を提起し,200万円の給付を求めることができるが,それは1個の請求と解することに異論はないと思われる。そして,甲が,A,B両債権を被保全債権として訴えを提起した後に,甲が丁に対してB債権を譲渡し,あるいは,B債権につき丁を差押債権者とする差押転付命令を受けた場合,甲が従前の訴訟を維持するためにはC債権を被保全債権として追加主張する必要があるところ,その主張は,攻撃防御方法の追加としか評価し得ないのである。
 なお,B債権を取得した丁が,甲の提起した詐害行為取消訴訟に独立当事者参加(民訴法47条)をすることができるか否かについては,その訴訟の目的である権利を譲り受けたといえるか否かとも関連して問題となり得るが,その点については立ち入らない。

 

最高裁判所第一小法廷決定平成22年10月26日

【事案】

1.本件の事実関係

(1) 被告人両名の地位,職責

ア.被告人両名は,本件当時,国土交通省東京航空交通管制部所属の航空管制官であり,被告人Aは,同管制部において,被告人Bの指導監督を受けながら,南関東空域においてレーダーを用いる航空路管制業務を行うために必要とされる技能証明を取得するための実地訓練として,自ら管制卓に着き,担当空域である上記空域の航空交通の安全確保のため,航行中の航空機に対し飛行の方法について必要な指示を与えるなどの航空路管制業務に従事し,被告人Bは,被告人Aが上記実地訓練を行うに当たり,その訓練監督者として同被告人の指導監督を行い,担当空域である上記空域の航空交通の安全確保のため,航行中の航空機に対し飛行の方法について必要な指示を与えるなどの航空路管制業務に従事していた。

イ.航空管制官が管制業務を遂行するに当たり準拠すべきものとされている航空保安業務処理規程によれば,管制間隔とは,「航空交通の安全かつ秩序ある流れを促進するため航空管制官が確保すべき最小の航空機間の空間をいう。」と定義された上で,「業務の優先順位は,管制間隔の設定を第一順位とし,その他の業務は次順位とする。」と定められ,本件当時,2万9000フィートを超える高度の空域において,管制官が確保すべき管制間隔は,2000フィート(約610m)の垂直間隔又は5海里(約9260m)の水平間隔とされていた。

(2) 航空機衝突防止装置の機能及び被告人両名の知識

ア.航空機衝突防止装置(以下「TCAS」という。)は,相手機との電波の送受信による情報を基に,航空機双方の方位,相対速度,高度及び距離を自動的に算出して衝突の可能性の有無を計算し,衝突するおそれがある双方の航空機の機長ら乗組員に対して,上下に相反する回避措置を採るようそれぞれ音声により指示する機能などを有する装置である(以下,TCASが発する回避措置の指示を「RA」という。)。

イ.被告人両名は,本件当時,TCASの機能の概要や,ボーイング747−400D型旅客機及びダグラスDC10−40型旅客機を含む一定以上の規格の航空機にTCASが装備されていることについての知識を有していた。

(3) RAと管制官の指示との関係

 本件当時,航空機の運航のため必要な情報を航空機乗組員に対し提供するものとして航空法に基づき国土交通省航空局が発行していた航空情報サーキュラーは,「RAにより管制指示高度からの逸脱を行う場合,パイロットは航空法96条1項の違反には問われない。」と規定するのみで,RAと管制指示が相反した場合の優先順位について規定していなかった。また,日本航空株式会社の運航規定であるオペレーションズ・マニュアル・サプルメントでは,「RAが発生した場合は,機長がRAに従って操作を行うことが危険と判断した場合を除き,RAに直ちに従うこと」と規定されていた。

(4) 本件の発生状況

ア.平成13年1月31日午後3時54分15秒ころ,静岡県焼津市付近上空において,東方から西方に向かい高度約3万6800フィート(管制卓レーダー画面上は3万6700フィートと表示)を高度約3万9000フィートに向け上昇していた日本航空株式会社所属のボーイング747−400D型旅客機日本航空907便(以下「907便」という。)が,その飛行計画経路に従って左旋回を開始したことにより,折から飛行計画経路に従ってその南方を西方から東方に向かい巡航高度約3万7000フィートで航行していた同社所属のダグラスDC10−40型旅客機日本航空958便(以下「958便」という。)に急接近したため,管制卓レーダー画面上に両機間の管制間隔が欠如するに至ることを警告する異常接近警報が作動し,両機がそのまま飛行を継続すれば,両機間の管制間隔が欠如してほぼ同高度で交差して接触,衝突するなどのおそれが生じた。

イ.このような場面においては,上昇中の907便よりも早く降下に移ることができる巡航中の958便に対して降下指示を直ちに行うことが最も適切な管制指示であったところ,被告人Aは,上記異常接近警報を認知し,958便を高度約3万5000フィートまで降下させる指示を出すことを意図したが,便名を907便と言い間違えて,同日午後3時54分27秒ころから32秒ころにかけて,約3万7000フィートを巡航している958便とほぼ同高度を上昇中の907便に対し高度3万5000フィートまで降下するよう指示した(以下「本件降下指示」ということがある。)。なお,907便の副操縦士が,英語で「日本航空907便,3万5000フィートに降下します。関連機を視認しています。」という意味の応答をして,被告人Aの指示を復唱したものの,被告人Aは,便名の言い間違いに気付かなかった。被告人Bも,これらのやり取りを聞いていたが,被告人Aが958便に対し降下指示をしたものと軽信し,便名の言い間違いに気付かなかった。

ウ.907便の機長であったC(以下「C機長」という。)は,上記復唱のころに,907便を降下させるための操作を開始したところ,同日午後3時54分35秒ころ,907便に装備されていたTCASが,上方向への回避措置の指示(以下「上昇RA」という。)を発した。

エ.C機長は,上昇RAが発せられていることを認識したが,@958便を視認しており,目視による回避操作が可能と考えたこと,A907便は既に降下の体勢に入っていたこと,B958便の上を十分高い高度で回避することが必要であるところ,上昇のためには,エンジンを加速し,その加速を待って機首を上げる操作をしなければならないが,降下の操作によりエンジンをアイドルに絞っていたため,エンジンの加速に時間が掛かると思ったこと,C空気が薄い高々度において,不十分な推力のまま不用意に機首上げ操作を行うと,速度がどんどん減ってしまい,場合によっては失速に至ってしまうという事態が考えられたこと,D被告人Aによる降下指示があり,管制官は907便を下に行かせて間隔設定をしようとしていると考えたこと,E958便がTCASを搭載しているか否か,それが作動しているか否か分からず,958便が必ずしも降下するとは考えなかったことを根拠に降下の操作を継続した。
 なお,C機長が,上記の上昇RAに従った操作をしても,客観的には907便の航空性能からすると失速のおそれはなかったが,本件当時,航空性能に関する技術情報は,機長ら乗組員に対して十分に周知する措置が採られていなかったため,C機長は失速のおそれがないとの考えには至らなかった。

オ.他方,同日午後3時54分34秒ころ,958便に装備されていたTCASが下方向への回避措置の指示(以下「降下RA」という。)を発し,同便の機長は,同指示に従って降下の操作を行った。

カ.本件降下指示に従った907便と降下RAに従った958便は共に降下をしながら水平間隔を縮めて著しく接近し,同日午後3時55分6秒ころ,C機長は,両機の衝突を避けるために,急降下の操作を余儀なくされ,そのため,907便に搭乗中の乗客らが跳ね上げられて落下し,57名が負傷した(以下,乗客らの負傷の事実も含めて「本件ニアミス」という。)。

キ.同日午後3時55分11秒ころ,907便は,958便の下側約10mを通過してすれ違った。

【判旨】

1.所論は,言い間違いによる本件降下指示は危険なものではなく過失行為に当たらず,本件ニアミスは,上昇RAに反した907便の降下という本件降下指示後に生じた異常な事態によって引き起こされたものであるから,本件降下指示と本件ニアミスとの間には因果関係がない上に,被告人両名において,907便と958便が共に降下して接近する事態が生じることを予見できなかったのであるから,被告人両名に対して業務上過失傷害罪が成立しない旨主張する。

2.そこで検討すると,事案1(1)のとおり,被告人Aが航空管制官として担当空域の航空交通の安全を確保する職責を有していたことに加え,本件時,異常接近警報が発せられ上昇中の907便と巡航中の958便の管制間隔が欠如し接触,衝突するなどのおそれが生じたこと,このような場面においては,巡航中の958便に対して降下指示を直ちに行うことが最も適切な管制指示であったことを考え合わせると,被告人Aは本来意図した958便に対する降下指示を的確に出すことが特に要請されていたというべきであり,同人において958便を907便と便名を言い間違えた降下指示を出したことが航空管制官としての職務上の義務に違反する不適切な行為であったことは明らかである。そして,この時点において,事案1(2)アのとおりのTCASの機能,同(4)アのとおりの本件降下指示が出されたころの両機の航行方向及び位置関係に照らせば,958便に対し降下RAが発出される可能性が高い状況にあったということができる。このような状況の下で,被告人Aが言い間違いによって907便に降下指示を出したことは,ほぼ同じ高度から,907便が同指示に従って降下すると同時に,958便も降下RAに従って降下し,その結果両機が接触,衝突するなどの事態を引き起こす高度の危険性を有していたというべきであって,業務上過失傷害罪の観点からも結果発生の危険性を有する行為として過失行為に当たると解される。被告人Aの実地訓練の指導監督者という立場にあった被告人Bが言い間違いによる本件降下指示に気付かず是正しなかったことも,同様に結果発生の危険性を有する過失行為に当たるというべきである。
 また,因果関係の点についてみると,907便のC機長が上昇RAに従うことなく降下操作を継続したという事情が介在したことは認められるものの,事案1(3)のとおりの管制指示とRAが相反した場合に関する規定内容や同(4)エのとおりの降下操作継続の理由にかんがみると,同機長が上昇RAに従わなかったことが異常な操作などとはいえず,むしろ同機長が降下操作を継続したのは,被告人Aから本件降下指示を受けたことに大きく影響されたものであったといえるから,同機長が上昇RAに従うことなく907便の降下を継続したことが本件降下指示と本件ニアミスとの間の因果関係を否定する事情になるとは解されない。そうすると,本件ニアミスは,言い間違いによる本件降下指示の危険性が現実化したものであり,同指示と本件ニアミスとの間には因果関係があるというべきである。
 さらに,被告人両名は,異常接近警報により907便と958便が異常接近しつつある状況にあったことを認識していたのであるから,言い間違いによる本件降下指示の危険性も認識できたというべきである。また,事案1(2)イのとおりのTCASに関する被告人両名の知識を前提にすれば,958便に対して降下RAが発出されることは被告人両名において十分予見可能であり,ひいては907便と958便が共に降下を続けて異常接近し,両機の機長が接触,衝突を回避するため急降下を含む何らかの措置を採ることを余儀なくされ,その結果,乗客らに負傷の結果が生じることも予見できたと認められる。
 以上によれば,被告人Aの言い間違いによる本件降下指示は,便名を言い間違えることなく958便に対して降下指示を与えて,原判決罪となるべき事実にいう907便と958便の接触,衝突等の事故の発生を未然に防止するという航空管制官としての業務上の注意義務に違反したものであり,被告人Bが,被告人Aが958便に対し降下指示をしたものと軽信して,その不適切な管制指示に気付かず是正しなかったことも,被告人Aによる不適切な管制指示を直ちに是正して上記事故の発生を未然に防止するという,被告人Aの実地訓練の指導監督者としての業務上の注意義務に違反したものというべきである。そして,これら過失の競合により,本件ニアミスを発生させたのであって,被告人両名につき業務上過失傷害罪が成立する。これと同旨の原判断は相当である。
 なお,本件ニアミスが発生した要因として,管制官の指示とRAが相反した場合の優先順位が明確に規定されていなかったこと,航空機の性能についてC機長に周知されていなかったという事情があったことも認められる。しかし,それらの事情は,本件ニアミス発生の責任のすべてを被告人両名に負わせるのが相当ではないことを意味するにすぎず,被告人両名に対する業務上過失傷害罪の成否を左右するものではない。

【宮川光治補足意見】

 被告人Aは,間もなく成田に着陸予定で高度約3万7000フィートを巡航中であった958便に対し降下指示を出すべきところ,便名を907便と言い間違え,ほぼ同高度を約3万9000フィートに向け上昇中の那覇行き907便に降下指示を出した。同人の指導監督者であった被告人Bも言い間違いに気付かず,是正しなかった。正しく管制指示がされていれば,958便の機長はこれに従い降下操作を開始し,他方,907便は上昇中であったのであるから,両機はやがて安全な管制間隔を回復することができ,衝突の危険は生じなかった。被告人Aの降下指示の数秒後に作動した両機のTCASは,958便に対し降下RA,907便に対し上昇RAを発しているが,これらとも一致し,円滑に管制間隔の回復は進んだとみることができる。しかしながら,被告人Aが管制指示を誤ったこと及び被告人Bが訓練監督者としてこれを是正しなかった結果,907便は降下RAに従って降下する958便と異常に接近し,衝突の危険が生じたのであるから,被告人両名の行為は実質的に危険性のある行為であったというべきであると思われる。
 所論は,被告人Aの管制指示に従って907便が降下し,958便が巡航していれば,両機の水平間隔がゼロの地点で,垂直間隔は約1000フィート確保されていたのであるから,被告人Aの管制指示には過失行為と評価すべき実質的危険性はないとしている。しかしながら,被告人両名は,本件両旅客機を含む一定以上の規格の航空機にTCASが装備されていることについての知識を有し,RAに関する知見もあったと認められるところ,TCASは衝突を回避するための合理的操作を指示するのであるから,被告人Aが管制指示を出した前後には,両機にRAが発出されること,及び958便には降下RAが,907便には上昇RAが発出されることは容易に予見できたというべきである。958便の機長が降下RAに従い降下操作をすることは当然予見でき,漫然と巡航操作を維持し続けるということは,現実的には考え難い事態である。所論は,失当である。
 907便には上昇RAが発出されたが,同便のC機長はこれに従わず,降下操作を続けた。この当時,RA優先主義は徹底しておらず,明確なルールはなかったとみることができる。そうした状況で,C機長が,被告人Aから降下指示を受け既に降下操作を行って降下の体勢に入っていたこと等を考慮し,自らの判断で合理的と考えた結果として,RAとは異なる管制指示に従った操作を選択したことを,因果関係を遮断するほどの異常な介在事情であると評価することは相当でないと思われる。
 本件は,そもそも,被告人両名が航空管制官として緊張感をもって,意識を集中して仕事をしていれば,起こり得なかった事態である。被告人両名は異常接近警報が作動してそれまで失念していた958便の存在に気付き動揺したこともあって言い間違いをし,かつ言い間違いをしたことに気付かなかったものと認められるが,そうした切迫した状況下では,管制官には,平時にもまして冷静沈着に,誤りなき指示を出すということが求められているというべきである。被告人Aは,訓練生であったが,過ちが許容されるわけではない。とくに,被告人Bは,訓練監督者として,被告人Aの管制指示に誤りがないかを常に注意していなければならないのに,見逃している。さらに,被告人両名は,907便からの復唱があったときにも誤りに気付かなかったというのであり,本件では,不注意が重なっている。幸いにも,両機が接触・衝突して大惨事となる事態を間一髪回避できたが,多数の乗客が負傷しており,その結果は重大であり,被告人両名の行為を看過することは相当でない。
 本件では,所論が指摘しているとおり,管制官のヒューマンエラーを事故に結び付けないようにするためのシステムの工夫が十分でなかったことは確かである。しかし,管制官としては,行為時における所与の条件の下で,求められている注意義務を尽くすべきであり,怠った場合は刑法上の過失責任を問われることがあり得るものであろう。上記のようなシステム上の問題は,本件事案においては,被告人両名について過失の成立を妨げるようなものではなく,情状として考慮することがあり得るにとどまるものである。また,事故の原因を調査する専門的機関と捜査機関の協力関係に関しては検討すべき課題があるが,本件のような行為について,刑事責任を問わないことが,事故調査を有効に機能させ,システムの安全性の向上に資する旨の所論は,政策論・立法論としても,現代社会における国民の常識に適うものであるとは考え難く,相当とは思われない。

【櫻井龍子反対意見】

 私は,被告人Aの便名の言い間違いによる本件降下指示が,航空管制官としての職務上の義務に違反する不適切な行為であり,多数の乗客,乗員が負傷するという本件ニアミスのきっかけになっていることを否定するものではない。しかし,本件ニアミスについて,被告人両名に結果発生の予見可能性があったことを認め,さらに,本件降下指示と本件ニアミスとの間に法的な意味での因果関係があるものと認めた原判断は,事実の認定に重大な誤りがあり,被告人Aによる本件降下指示及びそれを是正しなかった被告人Bの不作為について過失責任を問うことはできないと考える。その理由は,次のとおりである。
 まず,予見可能性について見ると,本件ニアミスは,TCASが作動しRAが発出された後,907便と958便がほぼ同時に降下を始めたため急接近し,衝突を避けるべく907便が急降下を行ったことから発生したものであることは証拠上明らかであるところ,多数意見は,本件降下指示の時点で両機が異常接近しつつある状況にあったことや,TCASの機能の概要やその装備状況に関する被告人両名の知識を前提にすれば,予見可能性が認められるとしている。しかし,本件当時,TCASが作動しRAが発出されたか否かについて,管制卓レーダー画面などを通じて管制官が即座に確実に把握できるシステムは構築されておらず(本件後,管制卓レーダー画面にRA作動の情報を表示することが,航空・鉄道事故調査委員会により勧告されている。),実際に,被告人両名が両機におけるRAの発出に関する連絡を受けたのは本件ニアミス発生後である。このようにTCASがいつ,いかなるRAを発するかについて具体的な情報が航空管制官に提供されるシステムにはなっていなかったことに照らすと,TCASの機能の概要等を知っていたにすぎない被告人両名において,両機へのRAの発出時期及びその内容を具体的に予見することができたと認めることはできない。また,TCASに関する被告人両名の知識を前提に,RAが両機に発せられること自体はある程度予見できたとしても,そもそもTCASは,航空機が異常接近しつつある状況の中で,一方の機に上昇の,他方に降下の指示を出すことによって衝突を防止する装置なのであるから,その指示に反することは極めて危険な行為であって,907便が上昇RAに反して降下を続けたということは,被告人両名にとって予想外の異常な事態であったといってよいと思われる。したがって,958便が降下RAに従って降下し,907便も上昇RAに従わずに降下することによって,両機が異常接近することについて,過失犯としての処罰を基礎付けるほどの予見可能性を被告人両名に認めることはできないというべきである。
 次に,因果関係について見ると,907便の機長が上昇RAに従わずに降下継続という判断をした根拠は多数意見において述べられているとおりであり,本件降下指示がその判断に影響していることは否定できないとしても,同機長は本件降下指示以外の諸事情も考慮した上で降下継続を独自に決断したものであること(同機長自身も,降下継続は自らの判断であった旨供述している。)に加え,次のような安全確保のために本来採られているべきであった措置が講じられていなかったという事情が存在する。すなわち,@ 降下継続の根拠の一つとして,失速に至るおそれがあると同機長において考えたことがあるが,それは客観的には誤っており,その背景には,周知されているべきであった907便の航空性能が十分周知されていなかったという問題があった。A 前記のとおりの上下反対方向の指示を発出して衝突等を防止するというTCASの機能にかんがみれば,当然の事理として,管制官の指示とRAが相反した場合にはRAが優先し,RAに反する操作は非常に危険なものであることを航空行政当局や航空会社において明らかにし(本件後,RAが原則として優先することとされている。),その教育・訓練がされているべきであったのに,それらは不十分なものにとどまっていた。これらのことを考え合わせると,上記機長の判断は本来提供されるべき情報が提供されていなかった結果生じた客観的には誤った判断であって,上昇RAに反した907便の降下継続は,法的な意味での因果関係の有無を検討する上では,異常な介在事情と評価するのが相当であり,本件降下指示と本件ニアミスとの因果関係は認められないというべきである。
 以上のとおり,予見可能性及び因果関係が認められないから,本件降下指示及びこれを是正しなかったことについて過失責任を問うことはできないものと考える。最後に,本件の特性にかんがみ,以下の点を付言しておきたい。
 そもそも本件ニアミスの発生原因を総合的に判断すると,航空管制では間に合わないような接近事例における衝突等回避のためのいわば最後の砦として,TCASを一定規模以上の航空機に搭載することが義務付けられたにもかかわらず,管制指示とRAが相反した場合の優先関係という最も重要かつ基本的な運用事項が明確に定められていなかったことが,本件ニアミスに関連することは明らかである(TCAS開発を主導した米国の航空マニュアル等にはRAが管制指示に優先することが明記されていた。)。航空機の運航のように複雑な機械とそれを操作する人間の共同作業が不可欠な現代の高度システムにおいては,誰でも起こしがちな小さなミスが重大な事故につながる可能性は常にある。それだからこそ,二重,三重の安全装置を備えることが肝要であり,その安全装置が十全の機能を果たせるよう日々の努力が求められるというべきである。また,所論は,本件のようなミスについて刑事責任を問うことになると,将来の刑事責任の追及をおそれてミスやその原因を隠ぺいするという萎縮効果が生じ,システム全体の安全性の向上に支障を来す旨主張するが,これは今後検討すべき重要な問題提起であると考える。

 

最高裁判所第一小法廷決定平成22年11月25日

【判旨】

 検察審査会法41条の6第1項所定の検察審査会による起訴をすべき旨の議決は,刑事訴訟手続における公訴提起(同法41条の10第1項)の前提となる手続であって,その適否は,刑事訴訟手続において判断されるべきものであり,行政事件訴訟を提起して争うことはできず,これを本案とする行政事件訴訟法25条2項の執行停止の申立てをすることもできない。したがって,上記議決の効力の停止を求める本件申立ては,不適法として却下を免れない。

 

最高裁判所第一小法廷決定平成22年12月02日

【事案】

1.構成部分の変動する集合動産を目的とする集合物譲渡担保権者である相手方が,譲渡担保権に基づく物上代位権の行使として,担保の目的である養殖魚の滅失により譲渡担保権設定者である抗告人が取得した共済金請求権の差押えの申立てをした事案。

2.本件の経緯等

(1) 抗告人は,魚の養殖業を営んでいたものであり,平成20年12月9日及び平成21年2月25日,相手方との間で,原々決定別紙1ないし8記載の各養殖施設(以下「本件養殖施設」という。)及び本件養殖施設内の養殖魚について,相手方を譲渡担保権者,抗告人を譲渡担保権設定者とし,相手方が抗告人に対して有する貸金債権を被担保債権とする譲渡担保権設定契約を締結した(以下,同契約により設定された譲渡担保権を「本件譲渡担保権」という。)。その設定契約においては,抗告人が本件養殖施設内の養殖魚を通常の営業方法に従って販売できること,その場合,抗告人は,これと同価値以上の養殖魚を補充することなどが定められていた。

(2) 平成21年8月上旬ころ,本件養殖施設内の養殖魚2510匹が赤潮により死滅し,抗告人は,Z共済組合との間で締結していた漁業共済契約に基づき,Z共済組合に対し,同養殖魚の滅失による損害をてん補するために支払われる共済金に係る漁業共済金請求権(以下「本件共済金請求権」という。)を取得した。

(3) 抗告人は,上記の赤潮被害発生後,相手方から新たな貸付けを受けられなかったため,同年9月4日,養殖業を廃止した。

(4) 相手方は,同年10月23日,本件譲渡担保権の実行として,本件養殖施設及び本件養殖施設内に残存していた養殖魚を売却し,その売却代金を抗告人に対する貸金債権に充当した。

(5) 相手方は,平成22年1月29日,熊本地方裁判所に対し,上記の充当後の貸金残債権を被担保債権とし,本件譲渡担保権に基づく物上代位権の行使として,本件共済金請求権の差押えの申立てをした。同年2月3日,熊本地方裁判所は,同申立てに基づき債権差押命令を発付した。
 抗告人は,本件共済金請求権に本件譲渡担保権の効力は及ばないなどとして,上記命令の取消しを求める執行抗告をした。

3.原審は,抗告人が本件共済金請求権を取得したことは通常の営業の範囲を超えるもので,本件譲渡担保権の効力は本件共済金請求権に及び,相手方は,養殖魚が滅失した時点以降,本件共済金請求権に対して物上代位権を行使することができるとして,抗告人の執行抗告を棄却した。

【判旨】

 構成部分の変動する集合動産を目的とする集合物譲渡担保権は,譲渡担保権者において譲渡担保の目的である集合動産を構成するに至った動産(以下「目的動産」という。)の価値を担保として把握するものであるから,その効力は,目的動産が滅失した場合にその損害をてん補するために譲渡担保権設定者に対して支払われる損害保険金に係る請求権に及ぶと解するのが相当である。もっとも,構成部分の変動する集合動産を目的とする集合物譲渡担保契約は,譲渡担保権設定者が目的動産を販売して営業を継続することを前提とするものであるから,譲渡担保権設定者が通常の営業を継続している場合には,目的動産の滅失により上記請求権が発生したとしても,これに対して直ちに物上代位権を行使することができる旨が合意されているなどの特段の事情がない限り,譲渡担保権者が当該請求権に対して物上代位権を行使することは許されないというべきである。
 相手方が本件共済金請求権の差押えを申し立てた時点においては,抗告人は目的動産である本件養殖施設及び本件養殖施設内の養殖魚を用いた営業を廃止し,これらに対する譲渡担保権が実行されていたというのであって,抗告人において本件譲渡担保権の目的動産を用いた営業を継続する余地はなかったというべきであるから,相手方が,本件共済金請求権に対して物上代位権を行使することができることは明らかである。
 そうすると,抗告人の執行抗告を棄却した原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。

 

最高裁判所第三小法廷決定平成22年12月07日

【事案】

1.抗告人の発行に係る「社債,株式等の振替に関する法律」(以下「社債等振替法」という。)128条1項所定の振替株式を有する相手方が,会社法172条1項1号に基づき,抗告人による全部取得条項付種類株式の取得の価格の決定を求める事案。
 振替株式についての会社法172条1項に基づく価格の決定の申立てを受けた会社が,裁判所における株式価格決定申立て事件の審理において,申立人が株主であることを争った場合における,社債等振替法154条3項所定の通知(以下「個別株主通知」という。)の要否等が争われている。

(参照条文)

社債等振替法

2条  この法律において「社債等」とは、次に掲げるものをいう。
一  社債(・・略・・)
2号から11号まで略。
十二  株式
13号から21号まで略。
2  この法律において「振替機関」とは、・・略・・主務大臣の指定を受けた株式会社をいう。
3  この法律において「加入者」とは、振替機関等が・・略・・社債等の振替を行うための口座を開設した者をいう。
4項以下略。

128条1項 株券を発行する旨の定款の定めがない会社の株式(譲渡制限株式を除く。)で振替機関が取り扱うもの(以下「振替株式」という。)についての権利の帰属は、この章の規定による振替口座簿の記載又は記録により定まるものとする。

140条  振替株式の譲渡は、振替の申請により、譲受人がその口座における保有欄(・・略・・)に当該譲渡に係る数の増加の記載又は記録を受けなければ、その効力を生じない。

147条4項 略・・株主の権利(会社法第百二十四条第一項に規定する権利を除く。次条第四項及び第百五十四条において「少数株主権等」という。)・・略。

151条1項 振替機関は、次の各号に掲げる場合のいずれかに該当するときは、発行者に対し、当該各号に定める株主につき、氏名又は名称及び住所並びに当該株主の有する当該発行者が発行する振替株式の銘柄及び数その他・・略・・事項(以下この条及び次条において「通知事項」という。)を速やかに通知しなければならない。
一  発行者が基準日を定めたとき。  その日の株主
二  略
三  略
四  事業年度を一年とする発行者について、事業年度ごとに、当該事業年度の開始の日から起算して六月を経過したとき(・・略・・。)。  当該事業年度の開始の日から起算して六月を経過した日の株主
5号以下略。

152条1項 発行者は、前条第一項(・・略・・。)の通知を受けた場合には、株主名簿に通知事項・・略・・を記載し、又は記録しなければならない。この場合において、同条第一項各号に定める日に会社法第百三十条第一項の規定による記載又は記録がされたものとみなす。

154条  振替株式についての少数株主権等の行使については、会社法第百三十条第一項の規定は、適用しない。
2  前項の振替株式についての少数株主権等は、次項の通知がされた後政令で定める期間が経過する日までの間でなければ、行使することができない。
3  振替機関は、特定の銘柄の振替株式について・・略・・加入者からの申出があった場合には、遅滞なく、当該振替株式の発行者に対し、当該加入者の氏名又は名称及び住所並びに次に掲げる事項その他・・略・・事項の通知をしなければならない。
一  当該加入者の口座の保有欄に記載又は記録がされた当該振替株式(・・略・・)の数及びその数に係る第百二十九条第三項第六号に掲げる事項
以下略。

129条  振替口座簿は、各加入者の口座ごとに区分する。
2  略。
3  振替口座簿中の各口座(・・略・・。)には、次に掲げる事項を記載し、又は記録する。
一  加入者の氏名又は名称及び住所
二  発行者の商号及び発行者が種類株式発行会社であるときは、振替株式の種類(以下この章において「銘柄」という。)
三  銘柄ごとの数(・・略・・)
四  略
五  略
六  第三号・・略・・の数の増加又は減少の記載又は記録がされたときは、増加又は減少の別、その数及び当該記載又は記録がされた日
七 略
4項以下略。

 

社債,株式等の振替に関する法律施行令40条 法第百五十四条第二項に規定する政令で定める期間は、四週間とする。

2.本件の経緯

(1) 抗告人は,平成16年9月に東京証券取引所マザーズに株式を上場した会社である。その発行に係る株式は,普通株式のみであり,平成21年1月5日以降,社債等振替法128条1項所定の振替株式となった。

(2) 抗告人は,平成21年2月,A株式会社との間において,資本業務提携により抗告人が同社の完全子会社となることを合意した。A株式会社は,上記合意に基づき,抗告人の株式について公開買付けを実施し,同年3月までに,抗告人の発行済株式の総数9万4965株のうち7万9057株を取得した。

(3) 抗告人は,残る1万5908株の株式を取得するために,平成21年6月29日開催の定時株主総会において次のア〜ウの決議を,同日開催の普通株主を構成員とする種類株主総会において次のイの決議を,それぞれした(以下,上記各株主総会を「本件総会」と総称する。)。

ア.抗告人がその残余財産を分配するときは,普通株式を有する株主よりも1株につき1円を優先的に支払う優先株式(以下「A種種類株式」という。)を発行することができ,その発行可能種類株式総数を100株とする旨定款を変更する。

イ.抗告人の普通株式を全部取得条項付種類株式とし,抗告人がこれを取得する場合,その対価として全部取得条項付種類株式1株につきA種種類株式を1万6000分の1株の割合をもって交付する旨定款を変更する。

ウ.抗告人は,取得日を同年8月5日と定めて,その全部取得条項付種類株式の全部を取得する。

(4) 相手方は,本件総会に先立ち,抗告人による全部取得条項付種類株式の取得に反対する旨抗告人に通知し,かつ,本件総会において,上記取得に反対する旨の議決権を行使した。

(5) 相手方は,平成21年7月10日,その当時保有する抗告人の株式400株について,会社法172条1項1号に基づく価格の決定の申立てをした。上記400株には,相手方が本件総会の後の日である同月1日に買い増した抗告人の株式17株が含まれていた。

(6) 相手方は,平成21年7月29日,所定の証券会社に対し,個別株主通知の申出書を郵送したが,抗告人の株式が同月30日付けで上場廃止と扱われ,同株式についての個別株主通知ができなくなったため,相手方の申出に係る個別株主通知がされることはなかった。

(7) 抗告人が本件総会の基準日(この基準日は平成21年3月31日である。)を定めたことにより同年4月3日に受けた総株主通知(社債等振替法151条1項1号)には,相手方は抗告人の株式383株を有する株主であると記載されていた。

 また,抗告人が全部取得条項付種類株式を取得する日の株主を確定するための基準日(この基準日は同年8月4日である。)を定めたことにより同月7日に受けた総株主通知には,相手方は抗告人の株式420株を有する株主であると記載されていた。

(8) 抗告人は,本件において,個別株主通知の欠けつを主張して相手方の価格の決定の申立ての適法性を争っている。

3.原審は,次のとおり判断して,相手方の価格の決定の申立てを却下した原々決定を取り消し,本件を原々審に差し戻した。

(1) 会社は,本件における上記2(7)のような2回にわたる総株主通知を受けることにより,株主総会の基準日の株主のみならず,会社による全部取得条項付種類株式の取得及び株主への取得対価の交付の基準日(以下「取得の基準日」という。)の株主を確認することができるのに対し,個別株主通知を受けたとしても,取得の基準日の株主を確認することはできないから,会社が上記2(7)のような2回にわたる総株主通知とは別に個別株主通知を受けるメリットはない。かえって,会社法172条1項所定の価格決定申立権の行使に個別株主通知がされることを要すると解すると,振替株式を発行する会社である株券電子化会社の株主に対し,通常の会社の場合よりも著しい負担を課すことになって妥当ではない。4週間(社債,株式等の振替に関する法律施行令40条)の権利行使期間が認められている個別株主通知の制度を20日間の申立期間しか認められていない上記価格決定申立権に適用することには,制度設計上の無理もある。したがって,上記価格決定申立権は,会社法124条1項に規定する権利又は少なくとも同項に規定する権利に関する規定を類推適用すべき権利であって,社債等振替法154条1項,147条4項にいう「少数株主権等」に該当しないというべきであるから,その行使に際しては個別株主通知がされることを要しない。

(2) 仮にそうでないとしても,抗告人は,平成21年4月3日に受けた総株主通知,本件総会に先立つ相手方による反対の通知,本件総会における相手方による反対の議決権行使及び同年8月7日に受けた総株主通知により,相手方が抗告人の株式を保有し続けており,その価格決定申立権の行使を否定すべき実質的な理由がないことを知りながら,自らが株券電子化会社であることを奇貨として,個別株主通知の欠けつのみを理由に相手方の権利行使を否定しようとするものであって,背信的悪意者に準ずるものというべきであるから,そのような抗告人が,相手方に対し,会社法172条1項所定の価格決定申立権の行使に個別株主通知がされることを要すると主張することは,信義則に反し,権利の濫用に当たるものとして許されない。

【判旨】

1.原審の上記判断はいずれも是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 会社法172条1項所定の価格決定申立権は,その申立期間内である限り,各株主ごとの個別的な権利行使が予定されているものであって,専ら一定の日(基準日)に株主名簿に記載又は記録されている株主をその権利を行使することができる者と定め,これらの者による一斉の権利行使を予定する同法124条1項に規定する権利とは著しく異なるものであるから,上記価格決定申立権が社債等振替法154条1項,147条4項所定の「少数株主権等」に該当することは明らかである。
 社債等振替法154条が,振替株式についての少数株主権等の行使については,株主名簿の記載又は記録を株式の譲渡の対抗要件と定める会社法130条1項の規定を適用せず,個別株主通知がされることを要するとした趣旨は,株主名簿の名義書換は総株主通知を受けた場合に行われるものの,総株主通知は原則として年2回しか行われないため(社債等振替法151条,152条),総株主通知がされる間に振替株式を取得した者が,株主名簿の記載又は記録にかかわらず,個別株主通知により少数株主権等を行使することを可能にすることにある。そして,総株主通知と異なり,個別株主通知において,振替口座簿に増加又は減少の記載又は記録がされた日等が通知事項とされているのは(社債等振替法154条3項1号,129条3項6号),少数株主権等の行使を受けた会社が,振替株式の譲渡の効力発生要件(同法140条)とされている振替口座簿の上記記載又は記録によって,当該株主が少数株主権等行使の要件を充たすものであるか否かを判断することができるようにするためであるから,上記会社にとって,総株主通知とは別に個別株主通知を受ける必要があることは明らかである。同じ会社の振替株式であっても,株価の騰落等に伴ってその売買が短期間のうちに頻繁に繰り返されることは決してまれではないことにかんがみると,複数の総株主通知においてある者が各基準日の株主であると記載されていたということから,その者が上記各基準日の間も当該振替株式を継続的に保有していたことまで当然に推認されるものではないから,ある総株主通知と次の総株主通知との間に少数株主権等が行使されたからといって,これらの総株主通知をもって個別株主通知に代替させることは,社債等振替法のおよそ予定しないところというべきである。まして,これらの総株主通知をもって個別株主通知に代替させ得ることを理由として,上記価格決定申立権が会社法124条1項に規定する権利又は同項に規定する権利に関する規定を類推適用すべき権利であると解する余地はない。
 また,社債等振替法154条2項が,個別株主通知がされた後の少数株主権等を行使することのできる期間の定めを政令に委ねることとしたのは,個別株主通知がされた後に当該株主がその振替株式を他に譲渡する可能性があるために,振替株式についての少数株主権等の行使を個別株主通知から一定の期間に限定する必要がある一方,当該株主が少数株主権等を実際に行使するには相応の時間を要し,その権利行使を困難なものとしないためには,個別株主通知から少数株主権等を行使するまでに一定の期間を確保する必要もあることから,これらの必要性を調和させるために相当な期間を設定しようとすることにあるのであって,少数株主権等それ自体の権利行使期間が,社債,株式等の振替に関する法律施行令40条の定める期間より短いからといって,個別株主通知を不要と解することはできない。
 そして,個別株主通知は,社債等振替法上,少数株主権等の行使の場面において株主名簿に代わるものとして位置付けられており(社債等振替法154条1項),少数株主権等を行使する際に自己が株主であることを会社に対抗するための要件であると解される。そうすると,会社が裁判所における株式価格決定申立て事件の審理において申立人が株主であることを争った場合,その審理終結までの間に個別株主通知がされることを要し,かつ,これをもって足りるというべきであるから,振替株式を有する株主による上記価格決定申立権の行使に個別株主通知がされることを要すると解しても,上記株主に著しい負担を課すことにはならない。
 以上によれば,振替株式についての会社法172条1項に基づく価格の決定の申立てを受けた会社が,裁判所における株式価格決定申立て事件の審理において,申立人が株主であることを争った場合には,その審理終結までの間に個別株主通知がされることを要するものと解するのが相当である。
 本件において,抗告人が裁判所における株式価格決定申立て事件の審理において相手方が株主であることを争っているにもかかわらず,その審理終結までの間に個別株主通知がされることはなかったから,相手方は自己が株主であることを抗告人に対抗するための要件を欠くことになる。

(2) 次に,抗告人が相手方に対し会社法172条1項所定の価格決定申立権の行使に個別株主通知がされることを要すると主張することが,信義則に反し,権利の濫用に当たるか否かについて検討すると,上記(1)で説示したところによれば,抗告人が,相手方が株主総会の基準日及び取得の基準日の株主であると記載された総株主通知を2回にわたって受けるなどしていたことをもって,相手方が,その間抗告人の株式を保有し続けており,その価格決定申立権の行使を否定すべき実質的な理由がないことを抗告人が知っていたと断ずることは困難である。原審の指摘する事情をもって,抗告人が,自らが株券電子化会社であることを奇貨とするものであるとも,背信的悪意者に準ずるものであるともいうことはできず,他にその主張が信義則に反し,権利の濫用に当たると評価し得るような事情もうかがわれない。
 したがって,抗告人が上記のとおり主張することが,信義則に反し,権利の濫用に当たるということはできない。

2.以上と異なる原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。上記の趣旨をいう論旨は理由があり,その余の抗告理由につき判断するまでもなく,原決定は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,相手方の価格の決定の申立てを却下した原々決定は,結論において是認することができるから,原々決定に対する相手方の抗告を棄却することとする。

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