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大阪高裁第13民事部判決平成21年11月27日

【事案】

 神戸市の住民等の被控訴人らが,神戸市長である控訴人に対し,神戸市が神戸市から職員の派遣を受けている各団体に当該派遣職員らのために補助金を交付し,委託料名目で上記職員らの人件費を支出したことは,公益法人等への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律(平成14年4月1日施行。ただし,10条については,同年3月31日施行。以下「派遣法」という。)6条2項の手続によらない給与の支給として脱法行為に当たり,違法無効であると主張して,地方自治法(以下「地自法」という。)242条の2第1項4号に基づき,神戸市長個人に対しては損害賠償請求を,上記それぞれの団体に対しては不当利得返還請求をすべきことを求めた事案。

【判旨】

1.控訴人は,普通地方公共団体に対するその長の損害賠償責任についても,地自法243条の2が適用されると解すべきであり,長は,故意又は重過失がある場合でなければ普通地方公共団体に対する損害賠償責任を負わないと主張する。
 地自法243条の2の規定は,同条1項所定の職員の行為に関する限りその損害賠償については民法の規定の適用を排除し,その責任の有無または範囲は専ら同条1,2項の規定によるものとし,また,右職員の行為により当該地方公共団体が損害を被つた場合に,賠償命令という地方公共団体内部における簡便な責任追及の方法を設けることによつて損害の補てんを容易にしようとした点にその特殊性を有するものであるところ,普通地方公共団体の長は,当該地方公共団体の条例,予算その他の議会の議決に基づく事務その他公共団体の事務を自らの判断と責任において誠実に管理し及び執行する義務を負い(同138条の2),予算についてその調製権,議会提出権,付再議権,原案執行権及び執行状況調査権等広範な権限を有するものであって(同176条,177条,211条,218条,221条),その職責は極めて広範なものであり,一般の職員の職責とは異質なものがあるといわざるを得ない。このことからすると,普通地方公共団体の長の行為による賠償責任は,他の職員と異なる取扱をされることもやむを得ないというべきであり,したがって,職員の賠償責任を故意又は重過失がある場合に限るとする地自法243条の2の規定は,普通地方公共団体の長の損害賠償責任については適用されないというべきである。控訴人の主張は,一般の職員の職責と長の職責を同質のものとする点において相当でなく,採用することができない。

2(1) 地方公共団体の議会は議事機関(憲法93条1項)であり,合議による地方公共団体の意思決定機関である。他方,普通地方公共団体の長は,当該普通地方公共団体を統轄し,これを代表し(地自法147条),又この事務を管理し及び執行するとされている(同法148条)。我が国の地方自治制度は基本的組織原理として執行機関の多元主義を採用しているが,執行機関は長の下に系統的に構成される(同法138条の3)。議会は,独立の立場においてその権限を行使するとともに,執行機関と相互に牽制し,均衡と調和の関係を保持して地方公共団体の政治・行政を円滑に遂行するものとされている。

(2) 地自法96条1項10号は,一定の場合の権利の放棄を議会の議決事項と定める一方,同法149条1項6号は,財産を管理し,処分することを普通地方公共団体の長が担任する事務と定めている。上記は,財産の処分のうちでも権利の放棄は地方公共団体の財産を対価なく消滅させるものであるから,特に議会の議決を経た上で,これを長に担任させるのが相当との考慮に基づくものと解される。
 そうすると,議会が権利の放棄を決議したとしても,また,それが条例の形式でされた場合であっても,執行機関による放棄の行為を待たずに,当該決議によって直ちにその対象となった権利について,放棄の効果が生じ,同権利が消滅するということはできない。

(3) 公布は,成立した成文の法規を公表して,一般人が知ることのできる状態に置くことをいい,条例は,公布によって条例としての効力を生ずると解される。しかし,そうであるからといって,改正条例が定める権利の放棄が,執行機関による特段の意思表示なく当然その効果を生ずると認めることはできない。

3.住民訴訟の制度は,執行機関又は職員の財務会計上の行為又は怠る事実の適否ないしその是正の要否について,地方公共団体の判断と住民の判断が相反して対立し,当該地方公共団体がその回復の措置を講じない場合(即ち,執行機関,議会がその与えられた職責を十分果たさない場合に生ずるものである。)に,住民がこれに代わって提訴して,自らの手により違法の防止又は回復を図ることを目的とするものであり,違法な財務会計上の行為又は怠る事実について,最終的には裁判所の判断に委ねて判断の客観性と措置の実効性を確保しようとするものである。
 このような住民訴訟の制度が設けられた趣旨,一審で控訴人が敗訴し,これに対する控訴審の判決が予定されていた直前に本件権利の放棄がなされたこと,本件権利の内容・認容額,同種の事件を含めて不当利得返還請求権及び損害賠償請求権を放棄する旨の決議の神戸市の財政に対する影響の大きさ,議会が本件権利を放棄する旨の決議をする合理的な理由はなく,放棄の相手方の個別的・具体的な事情の検討もなされていないこと等の事情に照らせば,本件権利を放棄する議会の決議は,地方公共団体の執行機関(市長)が行った違法な財務会計上の行為を放置し,損害の回復を含め,その是正の機会を放棄するに等しく,また,本件住民訴訟を無に帰せしめるものであって,地自法に定める住民訴訟の制度を根底から否定するものといわざるを得ず,上記議会の本件権利を放棄する旨の決議は,議決権の濫用に当たり,その効力を有しないものというべきである。
 不当利得返還請求権等の放棄の可否は,住民の代表である議会の良識ある判断に委ねられているとする考えもあるけれども,住民訴訟の制度が設けられた趣旨は,上記のとおり地方公共団体が十分に機能しない場合に住民がこれらに代わって提訴するものであることに照らし,直ちに採用することはできない。

 

名古屋地裁民事第7部判決平成22年03月26日

【事案】

 原告らが,被告がアレンジャーとなって組成したA株式会社(以下「A」という。)に対するシンジケートローン(以下「本件シンジケートローン」という。)にそれぞれ参加して貸付けを行ったところ,貸付けの実行後,Aが,商品の主要仕入先であったB株式会社(以下「B」という。)から取引を解除され,また,粉飾決算を理由として取引銀行から融資の継続を打ち切られるなどしてその経営が破綻し,Aに対する民事再生手続開始決定がなされるに至ったことについて,被告が,アレンジャーとしての地位に基づき,あるいは信義則上,参加金融機関に対して参加の是非を判断するために適正に情報を提供すべき義務を負っていたにもかかわらず,その履行を怠ったために,原告らにおいて,貸付金の使途に係るAの説明が虚偽のものであったこと,貸付けの当時Aに粉飾決算の疑惑があったことなどを知らないまま本件シンジケートローンへの参加を決定し,Aの経営破綻により回収不能となった貸付金相当額の損害を被ったと主張して,被告に対し,債務不履行又は不法行為に基づき,損害賠償を求めた事案。

【判旨】

1.シンジケートローンは,複数の金融機関(貸付人)が協調して同一の借入人に対して融資を行う手法の一つであり,一般に,各貸付人間で融資条件の統一が図られ,融資の実行から回収に至るまで貸付人側の協調的な行動が予定されているが,各貸付人が直接の契約当事者となって借入人との間で金銭消費貸借契約を締結し,融資に係る権利義務も借入人と各貸付人との間で個別に発生するものとして構成される。
 アレンジャーは,シンジケートローンの組成段階において,借入人との間で主要な融資条件を協議した上,借入人からその融資条件に従ってシンジケートローンに参加する金融機関を勧誘することの授権を得て,金融機関に対する招聘を行う主体であるが,借入人との間で委任契約ないし準委任契約を締結しているものと解され(なお,アレンジャーは,シンジケートローン組成の対価として借入人からアレンジャーフィーの支払を受けることとなる。),招聘の相手方となる各金融機関との間に契約関係は存しない。そして,アレンジャーは,借入人から提供を受けた情報に基づき,融資条件,借入人についての基本的な情報,財務状況等を記載した書面(いわゆるインフォメーション・メモランダム)を作成し,これを招聘先の金融機関に対して配布することがあるが,同書面には,@アレンジャーは単に借入人から提供された情報を借入人の依頼によりそのまま紹介しているにすぎないこと,Aアレンジャーが同書面中の情報の真正さを検証しているわけではなく,参加金融機関が独自に情報の真正さを検証する義務を負っていること,B同書面作成後の事情の変化等についてアレンジャーが追加の情報提供義務を負わないことなどを内容とする免責条項が置かれるのが通常である。
 このような借入人,アレンジャー及び貸付人間の関係に照らせば,アレンジャーは,そもそもシンジケートローンに参加する金融機関の利益の確保に努める主体ではない上,招聘を受けた金融機関は,自己の権限と責任において融資の可否を判断すべきものであり,融資の可否の判断に関しアレンジャーに一方的に依存する関係にはないから,一般的・抽象的な信認義務をアレンジャーに課すべき法的根拠はない。

2.もっとも,シンジケートローンへの参加を検討する金融機関は,適正な情報に基づき参加の可否の意思決定をする法的利益を有するというべきであり,具体的事情の下でアレンジャーが故意・過失によりかかる法的利益を侵害したといえる場合には不法行為責任を負うことがあると考えられる。
 本件は,アレンジャーが特定の情報を提供しなかった不作為が問題とされている事案であって,そのような不作為が違法と評価されるためには,アレンジャーが信義則上参加金融機関に対して当該情報を提供すべき義務を負い,これに違反したことが必要であるというべきところ,信義則の適用に当たっては,当該情報の内容,性質,アレンジャーが当該情報を入手した経緯等の諸般の事情に照らし,当該情報を提供しないことが取引通念上容認し得ないといえるか否かという観点から判断するのが相当である。
 そして,特定の情報(とりわけ借入人の信用力を否定する情報(いわゆるネガティブ情報))を提供しないことが取引通念上容認し得ないというためには,少なくとも,@当該情報が,招聘を受けた金融機関の参加の可否の意思決定に影響を及ぼす重大な情報であり,かつ正確性・真実性のある情報であること,Aアレンジャーにおいて,そのような性質の情報であることについて,特段の調査を要することなく容易に判断し得ることを要するというべきである。けだし,金融機関は,顧客との取引内容に関する情報や顧客との取引に関して得た顧客の信用に関わる情報等の顧客情報につき,商慣習上又は契約上,当該顧客との関係において守秘義務を負い,その顧客情報をみだりに外部に漏らすことは許されないと解されるが(最高裁平成19年12月11日第三小法廷決定・民集61巻9号3364頁参照),アレンジャーは,上記のような取引関係上の一般的な守秘義務に加え,シンジケートローンの組成に係る借入人との間の契約(委任契約ないし準委任契約)上も,借入人に対する関係において守秘義務を負い,借入人が開示に同意しない情報を正当な理由なく第三者に開示することは許されないと解され,借入人の信用に関わる重大なネガティブ情報であっても,それが正確性・真実性のある情報であることをアレンジャーにおいて確認できない段階で外部に漏らせば,正当な理由のない開示行為として守秘義務違反となるおそれがあり,加えて,前示の借入人,アレンジャー及び貸付人間の関係に照らせば,アレンジャーが借入人に関して入手した情報が,招聘を受けた金融機関の参加の可否の意思決定に影響を及ぼす重大な情報であり,かつ正確性・真実性のある情報であることについて,アレンジャーにおいて独自に調査して明らかにする負担を課すのは相当でないからである。
 なお,原告らは信義則上の情報提供義務違反を債務不履行責任と位置づけるべき旨主張するが,原告らと被告との間に契約関係がないことは前示のとおりであって,契約上の義務ないしその付随義務を観念する余地がないことからして,債務不履行責任が生ずる旨の主張は採用できない。

 

東京簡裁民事第9室判決平成22年01月25日

【事案】

1.請求の趣旨

(1) 被告は,原告に対し,10万5000円及びこれに対する平成21年4月20日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。

(2) 被告は,原告に対し,7万5670円及びこれに対する平成21年5月10日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

(3) 訴訟費用は,被告の負担とする。

(4) 仮執行宣言

2.請求の原因の要旨

(1) 原告は,下記のとおり被告から下記記載の物件を借り受けた(以下「本件賃貸借契約」という。)。

    記

契約日    平成20年5月22日
賃借物件の所在地    東京都中央区a 町b 番c 号
建物名称    X
住戸番号    d 号室(以下「本件住居」という。)
家賃    月額30万2600円
敷金    90万7800円
期間    平成20年5月29日から平成21年5月28日まで

(2) 原告と被告は,家賃の支払方法について,平成20年5月22日,1年分(373万4000円)を前払いする旨合意し,同日,原告は,被告に対し,同額を支払った。

(3) エアコンの設置

 本件建物は,地上22階のいわゆるタワーマンションで,築年数5年程度と新築に近いものであったが,本件建物の各住居の標準装備として,エアコンが設置されていなかった。
 そこで,原告は,本件住居に入居すると同時に,3つのエアコン(以下「本件エアコン」という。)を持ち込み,本件住居に取り付けた。

(4) 原告の退去等

ア.原告は,被告に対し,平成21年4月2日,本件賃貸借契約を同月19日付けで解約する旨の意思表示をした。

イ.同月14日,被告は,本件住居を訪れ,敷金から控除すべき損害がないか査定したが,そのような損害はないとの結論になった。

ウ.同日ころ,被告との賃貸借契約書を確認した原告は,造作買取請求権について特約で排除されていないことに気づき,被告のDに電話し,同請求権を行使する意思表示をした。

エ.同月19日の明渡し期限を迎えた原告は,本件エアコンとそのリモコンのみを残して本件住居を明け渡した。

オ.原告は,同月27日,内容証明郵便にて造作買取代金の支払を催告し,同書面は同月30日に被告に到達した。

(5) 請求額

ア.造作買取代金    各下取り額に取り外し費用2万5000円を加えた合計10万5000円
 この債権は,本件契約が終了した平成21年4月19日が弁済期となり,その翌日である20日から被告は遅滞に陥っている。

イ.不当利得

 本件エアコンは,原告の造作買取請求権の行使により,被告所有になったものであるが,被告は,これを自らの意思で撤去したにもかかわらず,これにかかった費用を原告の負担に帰せしめ,原告に返還すべき敷金から7万5670円を控除した。この控除は,法律上の原因がないものであり,同額について,原告の損失によって被告が利得を得ていることは明らかであり,不当利得となる。この不当利得返還請求権は,少なくとも敷金が返還されるべき契約解除日たる平成21年4月19日から3週間後の5月10日から被告は遅滞に陥っている。

(6) よって,原告は,被告に対し,造作買取代金として10万5000円及びこれに対する平成21年4月20日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求め,不当利得返還請求権として7万5670円及びこれに対する同年5月10日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2.被告の主張の要旨

(1) 被告がエアコンを設置していない事実は認めるが,原告が入居と同時に3台のエアコンを取り付けたことは知らない。

(2) 原告が,エアコンについて造作買取請求権を行使する旨の意思表示を行ったことは認める。これに対し,被告担当者は,エアコン3台が設置された箇所にはエアコン設置のためのスリープ,コンセント,補強板が既に取り付けられており,そこに設置したエアコンについては容易に取り外しができるものであるから造作買取請求権の対象ではない旨説明している。被告は,本件エアコンの設置について許可しているが,造作買取請求までも認めてはいない。

(3) 被告は,本件住宅についてはエアコン設置のためのスリープ,コンセント,補強板が既に取り付けてあり,このような住宅にあっては,設置は勿論のこと,取り外しについてもエアコンを毀損せず容易にできるものであるから,これは借地借家法33条の造作にあたるとはいえない。
 原告の造作買取請求は理由がなく,原告は原状回復としてエアコン3台を取り外さなければならないにもかかわらず,それをせず放置したのであるから,被告がそれらの撤去に要した費用を敷金から控除するのは適法なことであり,何ら不当利得となるものではない。

3.争点

 エアコンは造作買取請求権の対象となる造作か否か

【判旨】

1.証拠及び弁論の全趣旨から次の事実が認められる。

(1) 本件エアコンは,一般家庭用ルームエアコンであり(乙2),本件建物には,エアコン取り付け箇所が用意されており,そこにはコンセント及びスリープが設置されていること(乙3)。

(2) 本件賃貸借契約には,造作買取請求に関しての定めはされていないこと(甲2)。

(3) 証人Eの証言によれば,乙3号証の写真に示される部屋は,原告が使用していた部屋と同型のものであるが,室内の壁面にコンセント,その隣に丸い取り外し可能なスリープが設置されており,エアコンを取り付けるときには室内機の裏側を補強板に取り付けるが,ビスで取り付けるだけであるから,何ら建物を毀損するということはないこと,また,これまでエアコンの件で買取請求されたケースは記録上もないこと等の事実

2.ところで,建物賃貸借において,賃貸人の同意を得て建物に附加した造作については,賃貸借終了時に賃貸人に対し,これを時価で買い取ることを請求できる(借地借家法33条)。ここにいう造作とは,建物に附加された物件で賃借人の所有に属しかつ建物の使用に客観的便益を与えるものをいい,賃借人がその建物を特殊の目的に使用するため,特に附加した設備の如きを含まない(最高裁判所昭和29年3月11日判決民集8巻3号672頁最高裁判所昭和33年10月14日判決民集12巻14号3078頁)。附加とは,建物の構成部分となったものでもなく,家具のように簡単に撤去できるものでもなく,その中間概念であり,賃借人の所有に属し,賃借人が収去することによって,そのものの利用価値が著しく減ずるものであると解される。

3.そうすると,本件エアコンは,上記認定事実によれば通常の家庭用エアコンであって,本件建物専用のものとして設えたものではなく汎用性のあるものであり,これを収去することによって,本件建物の利用価値が著しく減ずるものでもなく,また,取り外しについても比較的容易であるものと認められることから,本件建物に附加した造作と認めることは難しく,造作買取請求の対象とならないものとみるのが相当である。

4.よって,原告の請求は,その余を判断するまでもなく理由がない。

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