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大阪地裁第12刑事部判決平成22年09月10日

【判旨】

(前回からの続き)

イ.Cの公判供述中,検察官主張に反する部分(Cが2月下旬ころ厚労省を訪問した際に,まず訪れた相手など)について

 Nの公判供述,M,H及びNの検察官調書は,Cが,2月下旬に厚労省を訪問した際に,まず被告人を訪ね,その後,Mから呼ばれ,H,Nは,被告人の席のところに赴き,Cとあいさつをしたというものである。
 これに対し,Cは,公判で,次のとおり供述する。
 「厚労省で,まず,応接テーブルのようなところで,Nと会ってあいさつした。Nと名刺を交換した。その後,Nに認可を受けるための手続を聞いた。その際,もう一人職員がいた。持参した機関誌『b』も見せたが,これは当日返された。Nから,j協会に行き,審査を受けたらどうかと言われた。また,組織とか,会員名簿,活動状況など,いろいろな資料を用意してもらうことになると言われ,持参した紙にメモした。Nから,『課長にごあいさつされるか。』と言われ,被告人の席に行ってあいさつした。『F事務所のCです。障害者支援団体の件で相談に上がりました。』と言った。それに対し,被告人は,『ああそうですか。』という程度のことを言っていた。私は,手持ちの名刺が1枚しかなく,被告人とは,名刺交換はしなかった。」
 そこで,この点について検討する。

(ア) Cの手帳の記載との関係

 前記認定事実及び関係証拠によれば,Cは,Dから,本件公的証明書の担当者が,「N氏」であると告げられており,それをわざわざCの手帳の2月23日から始まる週のメモ欄に記載していること,同メモ欄に,当該記載の下に,青のボールペンで,当該記載から矢印が引かれた上,社会参加係の内線番号や執務室の階数と一致する記載がなされ,16時とも記載されていること,同手帳の2月25日の欄にも「16:00 厚労省援局障保福部企課社会参加推進室N係長」と記載されていることが認められる。
 これらの事実によれば,Cが,少なくとも,当該日時に,Nを訪ねるよう予定を立てていたものと認められる。また,手帳に時刻や社会参加係の階数まで記載されていること,DがK6に対し問い合わせをした際に記載したノートにも社会参加推進室の執務室の階数とみられる記載や時刻の記載はなく,Cの手帳に記載された前記の階数や時刻の記載は,Nと連絡を取った際に記載したものである可能性があること等に照らすと,企画課を訪れる前にNと連絡を取り,同日同時刻にNと会うようアポイントメントを取った可能性が高いとみられる。
 また,C自身,本件公的証明書の担当者が,被告人である旨伝わっていたとは供述しておらず,Cの手帳の記載にも,被告人を窺わせる記載はみられないことからすると,まずNを訪れたとする供述部分には一定の裏付けもあり,合理的である。

(イ) Cが,被告人の名刺を所持していなかったこととの関係

 前記認定事実によれば,平成21年にCの自宅から大量の名刺が発見され,その中にNの名刺はあったが,被告人の名刺はなかった。Cが両名の名刺を取得していれば,Nの名刺のみ保存し,Nより立場が上で本件公的証明書の作成権限者である被告人の名刺を廃棄することは考えがたい(また,被告人の名刺のみを他に譲渡するような必要性も窺われない。)から,Cは,2月25日,Nと名刺交換したが,被告人とは名刺交換していなかったことを推認させる。まず被告人の下を訪ねたのであれば,当日,Nと名刺交換をしたCが,被告人と名刺交換をしないことについて,合理的説明がつかない(この点について,Cは,公判で,「N係長とは名刺交換をした。A課長とあいさつをしたのに名刺交換をしなかったのは,私は当時,F先生の秘書ではなく,選挙のときに使ったF事務所,Cという名刺があったので,それを1枚しか持っておらず,それをNに渡したからである。」旨供述している。)。
 当該事情は,Nの公判供述並びにM,H及びNの検察官調書の内容と整合せず,他方,Cの公判供述の内容とは整合する。

(ウ) Nの検察官調書,公判供述との関係

 Nは検察官調書のみならず,公判においても,Cとのあいさつの状況については,前記のとおり,検察官調書に沿う供述をなす。
 Nは,公判において,「おそらく,被告人は,えん罪ではないかと思う。」と述べており,公判において,被告人に不利な方向で自己の記憶に反する供述をなすべき事情はみられない。
 よって,Nは,自己の記憶に従って供述しているものとみられる。
 しかし,Nの公判供述は,前記Cの手帳やNの名刺の所持状況という客観的事情と相反しており,平成16年2月下旬当時から,検察官調書が作成された平成21年5月当時までは5年以上,公判で証言した平成22年2月までは約6年が経過しており,具体的なやりとり等について,記憶が減退している可能性があること(ちなみに,Nは,公判において,「Cの手帳を見ると,Cが,直接私のところに来たのかなという気もしないではない。」とも供述している。)などに照らすと,この点に関するNの公判供述,検察官調書の記載は,信用性が高いものとはいえない。

(エ) M,Hの検察官調書との関係

 Nの検察官調書のみならず,H,Mの検察官調書にも,同旨の記載がある。
 しかし,これらの検察官調書は,前記同様,Cの手帳,Nの名刺の所持状況に照らして,信用性が高いものとはいえない。

(オ) 小括

 以上のとおり,Cが,2月下旬に厚労省を訪れた際に面談した順序,相手等に関するNの公判供述並びにM,H及びNの検察官調書の供述は,客観的事実に整合せず,信用性が高いものとはいえない。Cは,まず,Nを訪れたものと認定できる。

ウ.Lの検察官調書の信用性について

(ア) 客観的証拠との関係

 C方から,Nの名刺は発見されたのに,Lと被告人の名刺は発見されなかった。また,Cの手帳には,Nに関する記載はあるのに,被告人に関する記載は存在しない。

a. Lの検察官調書には,Fとの電話でのやりとりについて,「私は,Fに対し,『うちで企画課長を務めているAという者が担当になります。私から,彼女に指示して,担当部署に対応させますので,Cさんには,ひとまず,A課長を訪ねるようお伝えください。』などと答えた。Fは,私に対し,『Cには,そう伝えておくから。』などと言った。」旨の記載がある。
 Fからの電話においてそのような会話があったとすれば,F自身又はその秘書等から,Cに対し,担当者が被告人である旨伝えられ,Cはまず被告人を訪れ,あいさつ,名刺交換をするのが自然である。しかし,前記認定のとおり,Cの自宅から,被告人の名刺は発見されなかった。
 さらに,Lの検察官調書の記載のような会話があれば,F事務所から,Cに連絡があり,同人が,被告人の名も手帳に記載するのが自然であるのに,前記のとおり,これがないということは,Lの検察官調書に疑いを生ぜしめるものである。
 以上によれば,Lの検察官調書におけるFとのやりとりについては,客観的証拠と符合しない点がある。

b. Lの検察官調書には,Fからの電話があり,それに基づいて被告人に指示をした後,被告人に連れられたCと部長室であいさつをした旨の記載がある。
 他方,Cの自宅等から多量に発見された名刺の中からもLの名刺は発見されていない。Cは,Nの名刺は保管していたのであるから,それよりはるかに上位のLとあいさつし,名刺を取得していれば,名刺を保管しているのが自然である。Cが,Lの名刺を保管していなかったことは,CがLと面談していないことを推認せしめる(ちなみに,Cは,公判で,Lとはあいさつをしたことはないと供述している。)。
 Lの検察官調書の前記記載は,客観的証拠の状況とも整合しない面がある。
 これらの点からすると,Lは,Cと面談していない疑いが残り,Lの検察官調書のうち,当該記載部分は,事実と反する疑いがある。

(イ) 供述内容の合理性

a. FとLの関係について

 FがLに電話をしたことに合理性があるか否かを検討する前提として,まず,FとLの関係について検討する。
 Lは,Fとの関係について,公判で次のとおり供述する。
 「私は,様々な行政分野を経験したが,Fとかかわることが何度かあった。最大のものは阪神淡路大震災の対策の際である。私は,当時,厚生省生活衛生局指導課長で,x屋,ふろ屋,理容店などの産業の振興を図る担当課長であった。神戸の震災では,x屋の被害も大きく,たまたま兵庫県のx業の会長がFの後援者だったので,その方からF先生の話もよく聞いていて,神戸の復興対策のところでFと何度か会って,力添えをいただいた。
 私は,■の出身で,おじもおばも神戸市●区とか▲区に住んでおり,夏休みに神戸に来ては神戸の街を散策するなど,神戸に愛着を持っていた。Fには愛着があって,個人的にも,Fは非常に好きなタイプの政治家で,親しい先生と考えていた。
 震災の関係以外に,Fに直接会って,時間を掛けて話したのは,1度か2度ぐらいだと思う。Fの事務所には,多分何度も顔を出していると思う。私は,国会議員は,与野党問わず,頻繁に訪問し,名刺を置いて帰ることがたくさんあった。しかし,障害保健福祉部長時代には,直接仕事上のかかわりがなかったから,多分顔を出してないと思う。」
 なお,Fは,公判で次のとおり供述する。
 「Lには覚えがない。阪神淡路大震災後,私の出ていた兵庫○区は,最も震災被害の大きかったところだったから,あちこちで救済の手を差し伸べる必要があり,いろいろな役人と,いろいろな会合で会った。
 私は,x業界とは,その顧問もしており,大変近い関係にあった。
 Xという人間が,長い間,兵庫県x協会の理事長をしていた。
 私は,業界を立て直すために,会議に何回か出て,助言をしたり,協力をした。そのときに,役人が5人か10人か後ろへ座っていることがあった。県や神戸市の役人もいれば,中央の役人もいた。Lは,その中の1人ではなかったのかと思う。私は,そのときに,その人物をその他大勢の1人として認識してるだけだが,向こうは私がFという認識があると思う。
 大震災直後ころに,x業者の救済のために貸出金利の利率を引き下げるという話があった。それぐらいのことはしてやれよというような話はあったと思う。それはある程度,国も受け入れたと思う。」
 以上によれば,Lの公判供述とFの公判供述との間には,両者の関係について齟齬があるといえる。
 しかし,F供述は,阪神淡路大震災後,x業界を立て直すために,会議が何回か開かれ,それにFが何回か出たこと,Fの知人が兵庫県x協会の理事長をしていたこと,Fがx業者救済のために貸出金利の利率を引き下げるぐらいのことはしてやれよというような話をし,国もある程度受け入れたことなど,Lの公判供述と符合する点も多い。
 Lは,公判で,Fとの関係が実際より親しいという方向で虚偽供述をなすことは考えられず,Lのこの点の供述は信用できる。
 そして,Cの依頼を受けたFが,厚労省の担当部署の幹部であるLに電話をすること自体は不自然なことではない。
 他方,有力国会議員であるFが,当時,課長レベルであったLについて,LがFに対して思うほど印象深くなかったということは必ずしも不自然ではない。

b. LがFから電話を受け,被告人にこれを話したことは不自然,不合理ではないこと

 Lは,公判で,「Fが絡んだ案件であるということが報道されていたところ,私は,当時,国会対策を一手に引き受けており,Fは非常に親しみを感じ,よく知っている先生だったので,当然自分が電話を受けたのだろうと思い,P1検察官に対して,Fから電話を受けたように思うと言った。Fからの電話の内容については,Fから,ある方が障害者団体を作って,郵便割引を受けたいので相談に行くからというような内容を言われたと,P1に言ったと思う。Fからの依頼だということも被告人に伝えたという程度の話はした。」と述べ,捜査段階においても,一応自ら供述したことを認めており,また,現時点での認識についても,Fからの電話での要請との事実については,明確な記憶はないとしつつも,「Fからの入口の電話については記憶にはないというだけで,100パーセント否定する自信はない。」と述べており,その可能性は否定していない。このように,Lの検察官調書のうち,前記の,Fから電話で,Cが公的証明書の関係で厚労省を訪問するので,その際の対応・協力を要請され,それを被告人に伝え対応を指示したとの限度では,被告人,L両名ともその可能性自体は否定していないのであり,過去にLとFに接点があったことについては,Fも否定していないことに鑑みると,その限度では特に不自然,不合理ではないといえる。

c. 国会答弁との関係

 弁護人は,Lの検察官調書に,@Fが,Lに対する電話で,「L部長,お久しぶりですねぇ。部長としての初答弁だそうで大変やねぇ。」と切り出したとの記載があるが,誰が政府参考人として答弁に立つかは,答弁の直前に決まるものであり,それを質問者以外の議員が知ることは無いのであるから,事前にFが,初答弁の事実を知ることはできなかったこと,AFは当日の午前中はゴルフ場にいたし,仮に国会中継を見たとしてもFがLの「初答弁」であることは知るよしもないことなどから,当該供述には合理性が無いと主張する。
 Fの手帳には,2月25日欄に「予算集中/年金構造改革」の記載があり,Fは,当日,衆議院予算委員会が開かれることを認識していたものとみられる。そして,2月25日の予算委員会での質疑は,平成13年9月の厚労省の障害保健福祉部長の通知で,そしゃく機能障害の認定に関し,元は医師の診断書と歯科医師の意見書を出すこととされていたのを,歯科医師の意見書と診断書を求めるように変更された件で,当時の障害保健福祉部長の発言,t党の国会議員とnとの関係などについて問題にされたもので,Lは,事前に質問通告を受け,平成13年当時の同部長に聞き取り調査の上で答弁をしたものであったこと,質問者がd党の議員であり,Fは当時d党の重職にあったことからすれば,FにおいてLが答弁することを予め知っていた可能性がないとはいえない。
 しかし,一般的には,質問者でもないFが,事前にLが初答弁であるかどうかまで知る可能性は低く,当該供述には合理性があるとはいえない面がある。また,Lの検察官調書でも,久しぶりに連絡を取ったはずのFがLの国会での答弁経験の有無までを知っていたというのも十分納得できるものとはいえない。「初答弁」との供述部分は信用性が高いものとはみられない。

d. 被告人に対する指示内容について

 Lの検察官調書には,被告人に対し,議員案件処理の重要性を告げた上で,公的証明書を発行する方向で処理するよう告げた旨の記載がある。
 前記認定事実及び関係証拠上も,当時,障害保健福祉部において,個別の法案を成立させるための動きがなされていたとの事情は窺われない。また,Fから電話を受けたとされる時点で,2月25日の国会答弁が控えていた可能性はあるものの,同日以後も,Lが継続して同様の問題について答弁に立っていた等の事情はみられない。これらの事情に鑑みると,Lにおいて,Fの機嫌をとるため,公的証明書を発行する方向で処理をしなければならないと考える必然性があったとまではいえないことからすると,前記の記載内容は必ずしも合理性のあるものとはいえない。
 以上のとおり,被告人に対し,議員案件処理の重要性を告げた上で,公的証明書を発行する方向で処理するよう告げた旨の供述部分は,その内容に,合理性があるとはいえない面があることからすると,その点に関するLの検察官調書の供述には信用性に疑問が残る。

(ウ) 他の供述証拠との符合性

 Lの検察官調書の供述(Fから「aの会」の件について連絡があり,これを被告人に伝えたとの点)は,C,Nの公判供述,M,H,Nの検察官調書に符合するものである。
 なお,ここでは,Cの公判供述の関係で問題となる点について検討する。
 Lの検察官調書に記載されているFの発言内容は,Cが公的証明書の関係で厚労省を訪問するので,その際の対応,協力を要請するにとどまるものであり,また,被告人に対し,Cが訪問した際の対応をするように言い,それを被告人が了承したとの部分も,その限度では,「厚労省を訪問するので,その了解とサポートをお願いした。」というCの公判供述の依頼内容とも整合している。
 また,Lの検察官調書では,Fから電話のあった時期についても,「2月25日の当日か,せいぜい1日か2日前後ころ」と幅のある供述をしており,前述したとおり,25日の後に,CがFに依頼をしたとは考えられないが,25日以前という部分に関しては,CとFの面談の予定変更があれば,これに符合するともみられる。

(エ) 供述の自主性について

a. 供述内容が他の関係者の供述が得られていない事実を内容とすることについて

 関係証拠によれば,Lの供述中,Fからの電話,被告人への指示については,Lが当初供述する時点において,これを直接肯定するF,被告人の供述はなく,Lが初めて認めたものとみられる。
 そこで,当時収集されていた他の関係証拠からLの供述を誘導するなどしたことがなかったかが問題となる。

b. 検察官における誘導の可能性について

 弁護人は,Lの検察官調書について,検察官における誘導による作文の可能性を指摘する。
 確かに,Lに対する初めての取調べが行われた5月29日の時点において,前記のCの手帳,Jの名刺等の証拠が収集されていた上,「aの会」の案件がFの関係する案件であることや,その案件が被告人のところに降りてきたものであることなどを内容とするNの検察官調書,それにほぼ沿った内容のM,Hの検察官調書が作成され,Cの手帳の記載及びこれに関する供述,5月28日には,Lの勤務先,自宅に捜索が入っていたこと(これは,5月26日に,別件の虚偽公文書作成,同行使でBらが逮捕され,同人方に捜索が入り,5月27日に厚労省に捜索に入っていることとの関係からしても,同事実に関する捜索と窺われる。)に照らすと,Lを取り調べる以前の段階で,検察側は,Lがある程度本件に関係しているとの情報を持っていたとみられる。そうすると,日時につき2月25日を中心にして,検察官が,Lが関与したものと考えて取調べをすることは想定できる。
 しかし,前述のとおり,Lは,公判廷において,Fから電話があったこと等については,自ら述べたものであることを認める旨の供述をしている。
 したがって,検察官において,決めつけるような形での誘導がなされ,検察官が,調書を作文したとまでは認められない。

c. 利害関係,検察官への迎合の可能性について

 Lの検察官調書の供述は,L自身が,本件公的証明書の発行に関して一定の関与があったこと,また,有力国会議員であるF,そして,当時Lの部下であった被告人の関与があったことを認める供述であり,L自身が安易に記憶に反する供述をなすような内容のものではないとみることができる。
 また,Lに対する取調べの初日である5月29日の時点で,供述がなされ,供述調書が作成されている。そのような状況下で,L自身が不正発行に関与したことまで認めるような内容とまではいえないとはいえ,全く記憶にないにもかかわらず,一定の関与を肯定する供述をなすとは一般には考えにくい。
 このような事情は,Lの検察官調書の信用性を高める事情となりうる。
 しかし,Lが,公判廷において,「取調べの初日である5月29日に,自分も逮捕されるかもしれないという危険性を感じた。」旨述べていることや,同日に,公務員であった当時に業者等から商品券などを受け取っていたことを内容とする調書が作成されており,「それが精神的な負担になっていたことは否定できない。」旨述べており,それ自体は不自然,不合理とはいえないことなどに照らすと,Lは,検察官に迎合して供述する可能性は想定できる。
 ただし,事業者から,商品券などを受け取っていたことについても,L自身,公判廷において,そのようなことを尋ねられたことが「精神的な負担になったことは否定できませんが,それと,さっき言った記憶をよみがえさせる作業とは論理的に別の話ですから,そちらはそちらで,論理的に,自分が,という話なんで。」と述べている。
 この供述によれば,商品券受取りなどに関する点は,Lの前記供述に対して大きな影響を与えたとまではみられない。

(オ) 小括

 Lの検察官調書のうち,Fとの具体的な会話内容(担当が被告人であること,Cに,ひとまず被告人を訪ねるように伝えるなどしたこと)や,被告人に対して公的証明書を発行する方向で処理するよう指示したとの点に関しては,内容は具体的で,Fあるいは被告人との1対1のやりとりで他の関係者の供述が得られていない事実を内容とするものであることなどを考慮しても,前記のとおり,客観的証拠に照らして符合しない点があり,その信用性については疑問が残る。
 他方,Lの検察官調書の供述のうち,Fから電話で,Cが公的証明書の関係で厚労省を訪問するので,その際の対応,協力を要請され,それを被告人に伝え対応を指示したとの部分は,内容自体特に不自然な点はみられない上,前記のCの公判供述とも整合しており,検察官の強い誘導等があったともみられず供述したことが認められる。
 もっとも,前記のLとFとの関係に関するL自身の認識,Lは,本件当時,障害保健福祉部長として多数の国会議員と会う機会があったとみられること,Fから電話があったとされる時期から,供述調書作成時点までは5年以上経過しており,記憶が減退していた可能性があること,取調べ時点において,Lは,CというFの元秘書が関与した案件であるとの認識はあったとみられることなどからすると,Lが,取調べ時点において,Fの電話に関して,思い込みをなす素地がなかったとはいえない。加えて,前記のとおり,電話に関する供述に,客観的証拠に照らして符合しないとみられる点があることも踏まえると,Lが,自身がFから電話を受けたと思い込んだ可能性もないとはいえない。
 なお,この点,検察官は,仮に最初の取調べ(5月29日)の時点で,国会議員が関わっている案件であるとして大きく報道されていたのであれば,「思い込み」や「作った記憶」に基づいて,加熱するマスコミ報道に油を注ぐような軽率な態度に出るはずがないと主張する。
 検察官主張のように考えることもできる。
 しかし,意図的な虚偽供述でなく,L自身も意識していない「思い込み」であったとするなら,マスコミに対する影響について配慮することなく供述をなすことも想定できるものであり,検察官主張のように断じることはできない。
 以上からすると,Lの検察官調書のうち,Fからの電話の有無に関する部分は,それなりに高い信用性を肯定できるものの,直ちに確定的に事実を認定できるほどの信用性を認めることはできない。

エ.Dの検察官調書の信用性について

(ア) 客観的状況との整合性等

a. 「aの会」の実態

 前記認定事実のとおり,「aの会」に心身障害者団体としての実体がなかったことは明白であり,また,実質的に「aの会」を主導していたDはそれを認識していたと認められる。
 このような状況から,公的証明書を取得する際に,Dら「aの会」において,公的証明書の取得の可能性が高まるように,「aの会」の会長に就任させていたCに依頼して,Fの一定の協力を得ようとすることも,自然な行動といえる。Dの検察官調書の供述のうち,少なくとも,Dが,Cに対し,Fからの口添えを依頼するよう要請したとの部分や事後の報告を受けたこと自体に関するDの検察官調書の供述は,当時の「aの会」の状況と整合するものといえる。

b. Jの名刺の記載

 前述したとおり,Sが所持していたJの名刺の手書きの記載は,J,DとSが面談した際に,J又はDに告げられた内容を基にSが記載したものであると認められる。よって,DやJにおいて,Fから厚労省に何らかの働きかけがなされたとの認識があったと考えられる。
 そして,本件で,Dにおいて,そのような認識を有する根拠となりうる事情は,Cへの依頼やその後の報告以外には窺われない。
 したがって,Sが所持していたJの名刺の手書きの記載は,Cに対する依頼とCからの報告があったこと自体に関するDの検察官調書の供述の裏付けとなる。

c. 小括

 以上のとおり,Dの検察官調書の供述のうち,Cに対する依頼とCからの報告があったこと自体については,信用性があるといえる。

(イ) 弁護人の主張について

 弁護人は,Dの検察官調書は,検察官の威迫や利益誘導によるものであるから信用性がない旨主張する。
 当裁判所の平成21年5月26日付け証拠決定で述べたとおり,Dに対する取調べにおいて,威迫や利益誘導があった疑いは残るものであるが,他方,D自身,公判で,検察官調書の記載の方が正しいと述べていることにも鑑みると,少なくとも,客観的裏付けも認められる,前記供述部分に関する信用性判断には大きな影響はないものとみられる。

(ウ) 小括

 以上より,Dの供述は,Cに対する依頼とCからの報告があったこと以外の事実やそれらの具体的な時期,先後関係については,慎重な考慮を要するものの,その事実の有無自体に関する供述については,信用性を肯定できる事情があるといえる。

オ.M及びNの検察官調書並びにNの公判供述の信用性について

 被告人からCが来庁した場合の対応を指示されたとのMの検察官調書,Mから,「aの会」の関係者が来ると告げられたとするNの公判供述及び同人の検察官調書の内容は,前述したとおり,被告人自身,記憶にはないもののその可能性自体は否定しておらず,Mも,検察官調書の内容について,「話としてはそういうこともあり得る。」と述べていることにも鑑みると,その範囲では,その内容自体に,特段不自然な点はないといえる。
 また,Nは,前記のとおり,公判において,被告人に不利な虚偽供述をなすべき事情はみられない。そして,Nは,公判で,国会議員関係からの電話の場合は,Mに直接話がくることはないと述べており,Mから降りてきた案件であることを認めること自体,被告人にとって不利な内容であるといえ,その限度では,意図的な虚偽供述の可能性はないといえる。
 また,当該内容は,前述した限度で,Lの検察官調書の内容の前段部分とも整合しており,相互に信用性を補完し合う関係にあるといえる。
 以上からすると,前記の限度では,信用性を肯定できるようにもみられる。
 しかし,他方,Nの検察官調書,公判供述,Mの検察官調書の内容のうち,Cの訪問順序に関する供述については,前述したとおり,Cの手帳の記載,Cの名刺の保管状況といった客観的事実と齟齬する面があり,Nの記憶が正確であるか疑いが残る。
 それらの客観的証拠から,CとNがアポイントメントを取った可能性も高いとみられ,Nが「aの会」の案件を知った経緯についても関連する点であることからすると,その経緯に関するNの記憶の正確性に,疑問を差し挟む余地がある。同様に,Nに「aの会」の案件の話を降ろしたとのMの検察官調書に関しても,疑問が残る。
 したがって,前記の限度でも,Nの検察官調書,公判供述,Mの検察官調書から,完全に信をおくことができるとまではいえない。
 なお,Mの検察官調書(6月17日付け。)では,被告人がMに述べたことは,次のような内容となっている。

1)「d党のF先生の事務所から問い合わせがあって,」

2)「今度F先生の秘書のCさんという人が障害者団体の新聞を郵便料金が安くなる低料第三種郵便を使って発送したいみたいなの。」

3)「今度うちにCさんという秘書が来るらしいから担当者を紹介してあげてください。」

 1)によれば,連絡があったのは,F事務所からとなっており,F本人からとは明言されていない。また,連絡があったのは「問い合わせ」となっており,具体的な要請という表現とはなっていない。
 3)によれば,被告人がMに指示したのは,Cに担当者を紹介することとなっており,公的証明書発行に向けて積極的に対応するようなものとはなっていない。
 この意味で,Lの検察官調書中,Lが被告人に対し,「公的証明書を発行してあげる方向で,うまく処理してくれ。難しい案件だと思うけど,宜しく頼むわ。」などと言ったという部分(Lの検察官調書の後半部分)と必ずしも符合するものではない。
 また,Nの検察官調書,公判供述の内容についてみても,前者が,「Mから,『Cさんという秘書が,うちの役所に来るらしいから,公的証明書の発行に関しての詳しい事務手続きなんかを説明してくれないか。』などと言われた。」,後者が,「Mから,Cが,障害者団体の証明書の発行をお願いにくるというようなことを言われていた。」というものであり,いずれも,公的証明書発行に向けて積極的に対応するものとはなっておらず,積極的対応を示唆するLの検察官調書の後半部分の記載と必ずしも符合するものではない。

カ.Fの公判供述の信用性について

(ア) 客観的証拠との関係

 Fの供述のうち,2月25日の午後1時ころにはゴルフをしており,その日時にCと面談した事実はないとの部分については,証拠によって裏付けられているといえる。
 そして,前述したとおり,予定変更によりそれ以外の日時にCと面談した可能性については,客観的証拠によって,当然に否定されるとまではいえないが,Cの手帳には,予定変更の事実の記載はなく,疑いを入れる余地があると解される。

(イ) 記憶減退の可能性

 検察官は,日常的に,多数の陳情案件を扱っていたFが,「aの会」の案件についても通常の陳情案件として処理し,記憶が希薄化している可能性があると主張する。
 有力な国会議員であったFは,当時,多数の陳情案件を扱っていたものと認められる。そして,Cの公判供述及びLの検察官調書の内容を前提にしても,FがLに電話で告げた内容は,不正発行を要求するものではなく,Fが,特に通常の陳情案件と異なる取り扱いをしたものとはみられず,Fにとって,本件が特に印象に残るような出来事であったとは認められない。
 したがって,証言時点において,Cとの面談やLに対し電話をしたとされる時期から,約6年も経過していたことに鑑みると,Fが,実体験したにもかかわらず,そのような事実の有無に関して,記憶がないということも考えられる。

(ウ) 記憶に基づいて率直に供述することが困難であるとの主張について

 また,検察官は,単なる陳情案件として口添えを行ったに過ぎないものであったとしても,問題視されたり批判を浴びたりすることは明らかであり,仮に何らかの心当たりがあったとしても,Fは,自己の記憶についてあるがままに率直に供述することは困難であったと主張する。
 「aの会」から資料等の提出が無く,正式な決裁がなされないまま公的証明書が作成されたことが客観的事実として存在していることからすると,検察官の主張するとおり,単なる陳情案件としての対応がなされたに過ぎないとしても,そのこと自体が問題視される可能性はあり,仮に何らかの心当たりがあった場合においても,記憶に基づいて率直に供述することや,その事実の有無の可能性について肯定する供述をすることが困難であるとの状況がないとはいえない。
 そのような状況は,Fは,公判廷では,Cと一定の交流があることや,平成18年に「aの会」の話をCとしたことがあることを認めているにも関わらず,以前に,マスコミからの取材に対しては,それらの事実を否定する内容の供述をしていたと窺われることにも現れているとみることもできるが,他方,Fは,検察官の取調べにおいてCとの交流を否定する供述をしたとはみられず,また,マスコミ報道に対し激昂していたことが窺われるのであり,上記の点を過大視することはできない。

(エ) 平成18年11月のCとのやりとりに関する供述との関係

 Fは,「Cから『aの会』のことを初めて聞いたのは,平成18年11月6日のことである。同日,私の仮選挙事務所にCが新聞を持ってきて,特別の郵便制度で非常に安く送れるので,選挙運動に利用したらどうかという旨のことを言われたが断った。その際,団体名は『aの会』と言っていた。その当時,『a’の会』,『b'』という名前は聞いたことがない。」旨供述している。この供述は,Fが,それ以前である平成16年2月下旬ころには,Cから「aの会」のことを聞いていなかったことを裏付けることになる。
 この点について検察官は,平成18年11月6日時点においては,団体名は「aの会」から「a’の会」に,刊行物名を「b」から「b'」に変更する手続が取られていたのであって,それぞれ変更後の名称について聞き覚えがないというのは不自然であると主張する。
 しかし,前記認定事実のとおり,平成18年11月2日,「b」の定期刊行物提出局をc郵便局からv郵便局に変更する旨の,「aの会」会長C名義の変更届が,c郵便局に提出されており,その届けが提出された後,少なくとも一定期間は,団体名を「aの会」として,刊行物「b」を送付することを団体として予定していたと考えられることからすると,平成18年11月6日にCから「aの会」の名称を聞き,特に変更後の名称について聞いたことがないというFの供述は不自然とはいえない。
 他方,弁護人は,この点に関連して,Fの証人尋問において,検察官が,名称変更の手続後も,「aの会」において変更前の名称を使用していたとの前提事実についての認識を誤った尋問がなされたにもかかわらず,Fは,それにも動揺することがなく,供述を維持していることから,Fの公判供述の信用性は高いと主張する。
 弁護人主張のとおり,平成18年11月に,Cが,「b」を持参し,選挙への利用を提案したとの供述部分は,信用性が高いとみられる。

(オ) 小括

 以上からすると,Fの公判供述は,2月25日にCと面談していないという部分は,客観的裏付けがあり,信用性は高いものである。また,他の日時における可能性については,記憶減退の可能性等も想定はできるものの,客観証拠上は,Fの公判供述が虚偽と断じうるような事情はみられない。

キ.Jの公判供述について

 Jは,公判廷において,CとともにFと面談し,口添えを依頼したとの事実を否定する旨の供述をなしている。
 もっとも,前記のとおり,Fとの面談時期について,当初の予定が急きょ変更された可能性があることからすると,Jとともに面談がなされなかった可能性もあるのであり,Jが否定する供述をしていることが,CとFが面談し,口添えを依頼したとの事実を否定する意味は必ずしも大きいとはいえない。

ク.総合的検討

 以上の検討を前提に,場面@に関する供述の信用性について,総合的に検討する。

 Cの公判供述中,Dの要請を受けて,Fに口利きを依頼するためにF事務所に2月25日のアポイントメントを取ったことは,信用性が高いものとみられるが,実際に2月25日にFと面談した事実は,客観的証拠に反し,信用できない。他方,客観証拠からも,2月25日以前に,Cが,Fと面談した可能性は完全には否定されないものの,これに疑いを生じさせる点もあり,結局,単体で,2月25日以前に面談したとの事実は認定できるものではない。
 他方,Cの公判供述のFへの口利き依頼は,Fからの電話があったとのLの検察官調書と符合しており,両供述の信用性の増大につながるといえる。
 Lの検察官調書中,Fとの関係に関する供述部分は信用性が認められる。Fから電話で,Cが公的証明書の関係で厚労省を訪問するので,その際の対応,協力を要請され,それを被告人に伝え,対応を指示したとの供述部分についても,信用性はそれなりに高いものといえるが,それと関連してなされた供述に客観的事実と反する点があることなどからすると,L供述単体で直ちに確定的に事実を認定できるほどのものとまではいえない。なお,Fとの具体的な会話内容(担当が被告人であること,ひとまず被告人を訪ねるように伝えるなどしたこと)や,被告人に対して,公的証明書を発行する方向で処理するよう指示したとの点に関しては,信用性が高いものとはいえない。
 M,Nの検察官調書,Nの公判供述のうち,被告人からCが来庁した場合の対応を指示されたこと,Mから,「aの会」の関係者が来ると告げられたことに関する供述部分は,信用性を肯定する方向に働く事情もあり,その限度では,Lの検察官調書と信用性を補完し合うものであるともみられるが,他方で,信用性に疑いを入れる事情もあり,その限度でも完全に信をおけるものではない。
 それ以上の内容については,必ずしもLの検察官調書と符合するものではなく,M,Nの検察官調書,Nの公判供述がLの検察官調書の信用性を補完する度合いにも限界がある。
 ところで,本件公的証明書に関して,申請事実,発番号もなく,不正に作成,使用されていたと,捜査機関が認識していれば,Cの手帳の2月25日の欄の「13:00 F─(又は「一」)kJ氏」,「16:00厚労省援局障保福部企課社会参加推進室N係長」という同じ日にちに並んだ記載に捜査機関が注目することは自然であるといえる。
 そして,前記認定事実によれば,本件の中心的な人物の中で最初に逮捕(4月16日。別件の郵便法違反の被疑事実。)され,取調べを受けたのはCであるところ,C逮捕の時点で,Cの手帳の押収,厚労省への問い合わせがなされており,捜査機関において,前記記載と本件公的証明書が不正に作成,使用されていたことを認識していたことが認められる。
 Fの名前を出したりして厚労省へ働きかけた旨や,Fへ口利き依頼をした旨が録取されたCの検察官調書,DからCに対しFへの口利き依頼を要請した旨が録取されたDの検察官調書,FからLへの電話の事実等が録取されたLの検察官調書,「aの会」の案件がLから,被告人,M,Nへと下ろされたことなどが録取されたM,Nの検察官調書といった場面@の検察官主張を根拠づける検察官調書は,全て,捜査機関が前記認識を有した後に供述,作成されたものである。
 その意味で,Cの手帳の2月25日の欄の「13:00 F─(又は「一」)kJ氏」の記載は,本件捜査の出発点の一つとなっているとみられる。
 しかし,前述したとおり,当該記載の日時にCとFが面談した可能性はゴルフ場からの回答書等により否定されており,Cの手帳の記載は,Cが,Fと面談した事実を認定せしめる証拠とはならないものである。
 このような事情は,場面@の検察官主張を根拠づける検察官調書全体の信用性に直接的あるいは間接的に影響を生ぜしめる事情となる。
 他方,Fの供述については,2月25日にCとの面談がないという部分については,信用性が肯定でき,それ以外の日時にもCからの依頼がなかったとの供述部分については,直ちに信用性が排斥されるような事情もみられない。
 以上を総合すると,CのFに対する口利き依頼,FのLに対する電話による要請,それに応じたLの被告人に対する指示,それを受けた被告人のMに対する指示については,可能性は認められるものの,他方,前二者を否定するFの供述を排斥するまでには至らず,場面@に関する供述の検討だけで,それらの事実が認定できるとはいえないと解される。

(3) 結論

 以上の場面@に限定した証拠の検討の範囲では,次のとおり,認定できる。

ア.証拠上認められる事実

 Dは,2月中旬(または,中旬から下旬ころ),公的証明書発行の関係で,Cに対し,Fに厚労省への口添えを依頼するよう述べ,担当部署が企画課である旨等を伝えた。Cは,これを了承した。
 Cは,2月19日にJと打ち合わせをした。また,Cは,同日ころ,2月25日午後1時にJとともに議員会館のFの事務所を訪ねFに面談するというアポイントメントをF事務所と取った。その段階では,Fは,同日午後3時以前は特段の日程は入ってなかった。
 Fは,その後,千葉のゴルフ場にゴルフに行く予定が入り,Fは,Cと2月25日午後1時に会うことは困難となった。
 2月25日午後4時ころ,Cは,厚労省を訪れた。
 Cは,厚労省で,はじめに,Nの下を訪ね,その後,被告人に会った(Cとあいさつしたことが,被告人の記憶に残らないことは不自然ではない。)。
 Lは,阪神淡路大震災の対策の際,Fを知り,何度かFと会ったことがあり,Fの事務所を訪れたこともあった。

イ.単体では,証拠上認定するに至らない事実

 2月25日午後1時に,CがFを訪れる予定は,別期日に変更され,Cは,Fに会い,厚労省への口添えを依頼した。Fは,これに応じた。
 Fは,2月26日より前の2月下旬,Lに電話した。Lは,被告人に,Fからの電話と伝え,Cが厚労省へ来ること,その対応をするように言った。その際,Lが被告人に対し,「Fのご機嫌を損ねない形で,公的証明書を発行してあげる方向で,うまく処理してくれ。難しい案件だと思うけど,宜しく頼む。」などと言い,それに対し,被告人は,「心得ています。うまく処理するよう努めます。」と答えた。
 被告人は,Mにこれを伝え,Cが来たら担当者を紹介するように述べた。
 Cが厚労省を訪問する前に,Nは,Mから,F事務所のCが,障害者団体の証明書の発行をお願いにくるので事務手続等を説明するようになどと言われていた。

(次回へ続く)

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