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大阪地裁第12刑事部判決平成22年09月10日

【判旨】

(前回からの続き)

4.場面Bについて(5月中の「aの会」側の行動)

(1) 争点

 検察官は,公判前整理手続段階及び冒頭陳述で, 1)Cは,5月中旬ころ,被告人に対し,日本郵政公社に「b」を低料第三種郵便物として承認しても大丈夫である旨を電話で伝えることを要請し,それに応じて,被告人は,日本郵政公社の「ユー」に対し,電話でその旨を伝えた(争点7), 2)6月上旬ころ,Cは,被告人に対し,日付を遡らせて「aの会」に対する公的証明書を発行するよう要請し,被告人は,これを了承した(争点8),との事実を主張していた。
 この点については,被告人は,平成16年当時の郵政公社のl支社長Uは知らないし,5月中旬,6月上旬にCと会った記憶はないと述べた上,嘘の団体であると知って部下に指示することはないとして,実質的にそれらの事実を否定する供述をし,弁護人も,それらの事実の存在を争っている。
 したがって,これらの事実の存否も争点となる。
 この点,現段階においては,争点7,8いずれの点についても,それらを直接証明する証拠はない。
 そこで,その他の情況証拠や事実から,これらの争点を認定することができるのかについて検討する。

(2) 前提となる事実認定

ア.関係する供述等

 争点7,8に関連する「aの会」関係者の動きに関する供述としては,以下のものがある。

(ア) Dの検察官調書及び公判供述

 Dの検察官調書には要旨下記の記載があり,Dは,公判で,検察官調書の内容が正しい旨供述している。

1)争点7に関連する供述

 「私は,5月中旬ころに,Bから決裁書類の一部等をFAXしてもらい,それをc郵便局担当者に見せ,公的証明書が近日中には発行されるようだと伝えていた。しかし,その後もBからは何ら連絡がない状態だったので,c郵便局の担当者に,『aの会』に実体がないことを見抜かれてしまうのではないかと不安だった。そこで,私は,5月中旬ころ,Cに電話し,『なかなか厚労省から公的証明書がもらえない。このままでは郵政公社に怪しく思われるかもしれない。企画課長に頼んで,早く公的証明書を発行してもらうようお願いして欲しい。できれば,企画課長にお願いして,近々厚労省から公的証明書が発行されることを郵政公社に伝えて欲しい。』などと言った。Cは,『それなら,企画課長にでもお願いしてみる。』などと言って引き受けてくれた。その数日後ころの5月中旬ころ,私は,Cから電話で,『一応,企画課長から,郵政公社の方に,一本電話を入れてもらった。』などと言われた。」

2)争点8に関連する供述

 「私は,6月4日に第三種郵便物の承認書の交付を受けてから,Oに頼んで,その数日後,c郵便局で,低料第三種郵便物を使えるという証明書の交付を請求してもらったが,確かその翌日ころに,私は,Oから,『c郵便局の担当者から,もし低料第三種郵便を使えるという証明書の交付を受けたいのであれば,厚労省発行の公的証明書の原本を提出して欲しいと言われた。』などと伝えられた。そこで,私は,公的証明書の発行をBに催促するとともに,Bだけに催促したのではまた先延ばしにされる可能性があったことから上司である被告人にもお願いした方がよいと考え,私は,6月上旬ころ,Cに電話して,『もう1度厚労省に行って,企画課長に,早く証明書を発行してもらえるようにお願いしてもらえないか。三種の承認書が5月31日付けで出ているのだが,それよりも早い日付で出してもらいたいから,そのように伝えておいてもらうと助かる。
 もう広告主もついているし,早く低料三種の承認をもらわないといけないからよろしく頼む。Bにはこちらからお願いしておくから。』などと言った。すると,Cは,『もう一度,厚労省に行って,早くして欲しいと,企画課長にお願いしてみる。』などと言い,引き受けてくれた。その後,私は,Bに電話し,作成日付を5月中にして,至急証明書を発行するようお願いした。」

(イ) Cの公判供述

 これらの点に関して,Cは,公判廷において,要旨以下のように供述する。

1)争点7に関連する供述

 「5月11日,Dから,『厚労省は認可を認めるような方向になりつつあるので,厚労省から,郵政公社に,そういう厚労省の意向を伝えてもらえないだろうか。』と依頼を受けた。私は,厚かましいお願いであるし,Bに一度も会っていないので,一度Bと会い,BからDの意向や事情が好転した状況等を聞いた上でないと動けないと考えて,依頼を受けた二,三日後から一週間後くらいして,アポイントメントを取らずにBを訪ねた。Bは外出していたので会えなかったが,被告人にもあいさつをしておこうと思い,課長席に行ったところ,被告人は電話中であったので,3分程度待ったが,長い電話になりそうだったので,付近にいた人に出直しますということを言って,退出した。
 その後,出直して厚労省を訪ねてはいない。私は,Dに,行ってお願いしてきたという嘘の報告をした。」

2)争点8に関連する供述

 「5月20日ころという記憶だが6月に入ってからかもしれない時期に,Dから,希望する日付で証明書を発行するようお願いできないだろうかという連絡があった。私は,分かりましたと答えたが,厚かましいお願いだと思い,実際には動かなかった。希望する日付とは,おぼろげだが,実際の発行日よりも前の日付ということだったと思う。その依頼以外にも,早く証明書を発行するよう催促して欲しいという要請も何度かあったが,催促したことはなかった。」

イ.検討

(ア) 総論

 以上のとおり,上記のCの公判供述,同Dの検察官調書及びその内容が正しいとするDの公判供述には,争点7に関して,その前提となるDからCに対する要請,それに対するCの了承,CからDに対する事後の報告,争点8に関して,前提となるDからCに対する要請,それに対するCの了承の事実が述べられている。これらの事実は,それが認定できるとするならば,争点7,8を推認しうる事情となりうる。
 そこで,@Dが,Cに対し,被告人に,日本郵政公社に,公的証明書が近々発行予定であることを伝えるよう依頼するように要請したのか,その後,Cが,Dに対し,被告人に当該要請をした旨報告したのか(以下,「要請等@」などという。),ADが,Cに対し,被告人に,5月中の日付で公的証明書を発行するよう依頼するよう要請し,Cがそれを了承したのか(以下,「要請等A」などという。)について検討する。

(イ) 要請等@について

 前述したとおり,Dは,2月中旬(または,中旬から下旬ころ),厚労省から公的証明書取得の関係で,Cに対し,Fに厚労省への口添えを依頼するよう述べ,担当部署が企画課である旨伝えた。Cは,これを了承した。その後,CはF事務所にアポイントメントをとった。その後,Cは厚労省を訪れたことが認められる(場面@)。そして,それらの事実が認定できる以上,厚労省を訪れた後,Cが,Fに対し口添えを依頼したとか,その上でCが厚労省を訪れたと,Dに報告したことを内容とするDの検察官調書は,少なくともその限度では信用でき,Cから,Dに,事実であったかどうかは別として,Fから厚労省に対し,口添えがなされた可能性があることは伝わっていたと認められる。
 このような状況からすると,Dが,Fから厚労省への口利きの電話がなされたと認識しており,それが,一定の効果を有すると期待していたということ,厚労省側から紹介されたj協会の加盟も既に認められており,その情報も厚労省側に伝わっていたとDは考えていたとみられることなどに照らすと,要請@があったとする供述内容は不自然なものではない。また,要請がなされた以上は,その後の報告もなされるのも自然であるといえる。
 なお,Dの検察官調書では,稟議書等がファクシミリ送信されてきた後に,争点7に関する要請をなしたと供述しているところ,前記認定事実のBの「通知案」と題するデータの作成日時が,5月18日12時43分23秒(24時間表示)となっており,争点7に関する要請の裏付けになりうるCの手帳の5月11日の欄の記載との先後関係が矛盾するようにもみられる。もっとも,上記Dの供述調書は,本件当時から供述調書作成まで約5年が経過していることに鑑みると,先後関係等があいまいになることも不自然とはいえないし,Dら「aの会」は,早期に公的証明書を発行することを求めていたとみられることからしても,稟議書等のファクシミリ送信以前に,Dが争点7に関する要請をしていたとしても,特段不合理とはいえない。したがって,これらの点は,要請等@に関する供述の信用性を特段否定する事情ともならない。以上からすると,要請等@の事実は認定できる。

(ウ) 要請等Aについて

 要請等@についての検討で指摘した事情,状況に照らすと,要請等Aに関するCらの供述についても,その内容は不自然とはいえない。加えて,その存在を否定する他の供述等も存在しないことにも鑑みると,CとDの間で,それらの要請,了承がなされたことは認定できる。
 ただし,その時期については,Cは,公判で,「5月20日ころの記憶」と述べており,Dも,公判で,「2月20日に申請した第三種郵便物の承認について,5月20日には,駄目であるとか,承認するかの結論が出るだろうというルールがあることは知っていた。5月の中旬から下旬ころ,Cに対し,障害者の申請もしているということを郵政の方にも伝えているので,それが大幅に遅れたりするということは,体裁上もみっともないし,疑いを持たれかねるということもあるので,きちんと期日も考え合わせてやってくださいということは言ったと思う。」と供述しており,争点8に関する要請の時期について5月中であった可能性があるという内容で一致している。その内容は,当時の郵便法23条4項,同法施行規則8条によれば,郵政公社は,第三種郵便物承認申請から,刊行物が毎月発行するものである場合は3か月,毎月3回以上発行するものである場合は2か月以内に承認するか不承認するかの通知をしなければならないことになっていたことや,前記の「通知案」と題するデータ(作成日時が5月18日12時43分23秒。24時間表示。)内に,日付の欄が「平成16年5月日」とされ,発番号欄が空欄となっている以外は,本件公的証明書と同内容のデータが保存されていたこととも合致しており,合理的である。
 したがって,要請等Aの存在自体は認められるものの,その時期は,5月中であった可能性が高い。

(エ) 小括

 以上のとおり,要請等@,Aはいずれも認定できる。(3) 前提事実からの推認の可否と結論事前の要請及びその要請どおりに依頼してきた旨の事後の報告等がなされていたとすれば,実際にCが,被告人にそれらの依頼をなした可能性も想定できる。
 この点について,Cは,公判で,要請等@,Aの存在については認めながらも,実際に,被告人に要請した事実はないと供述している(なお,争点7に関しては,Dの要請に応じて,厚労省に赴いたが,被告人が電話中であったため,被告人に要請せずに帰った旨供述している。)。
 Cは,3月29日ころ,j協会での審査が難航している状況を伝えられていたとみられることからすると,Cにおいては,Fの事務所の者であるとして厚労省側と接触していることについて,それほど高い効果を期待していたともみられない。また,本件の証拠によると,Cの供述を前提にしても,Cは,2月下旬に,被告人と簡単なあいさつを交わして以降は,Cが厚労省関係者と接触したなど本件に積極的に関与していたとの事情は窺われないのであり,Cが,それらの要請を受けたもののその実行をためらうことは不自然ではない。それらの事情に加えて,本件当時のCのeでの勤務状況,Cの「aの会」の活動に対する関与の状況から,Cは,「aの会」の活動に対してそれほど高い関心を有していなかったとみられることも併せ鑑みると,それらの要請を厚かましいものと思い,了承はしたものの,被告人にはお願いすることはなかったとのCの公判供述は,不自然とはいえない。
 また,争点7に関して,Dには虚偽の報告をしたという点についても,要請@は,厚労省や郵政公社が何らかの対応をすることが当然に想定されるような内容ではないことからすると,虚偽の報告をしたとしても,それがDに発覚するおそれは高いものではなかったといえる。したがって,虚偽の報告をしたとの点についても,特段不自然とまではいえない。
 よって,要請等@,Aの存在から当然に,争点7,8の認定に結びつくものではなく,実行をしなかったとするCの前記公判供述,争点7,8の事実を否定する被告人の捜査,公判供述は排斥できない。
 争点7,8は,いずれも認定できない。
 なお,場面Bのうち,争点7に関して,罪体関係の書証としては証拠請求を却下したが,非供述証拠として取り調べたCの検察官調書には,次のような記載がある。
 「私は,企画課に行き,被告人に対し,『“aの会”の公的証明書に関して,課長から直接郵政公社に電話をしていただいて,“厚労省での審査は通過したので,‘b’を低料第三種郵便物として認可しても大丈夫だ。”と伝えていただけませんかなどと言って,お願いした。被告人は,『一応郵政公社の方には連絡してみますが,相手が応じてくれるかは分かりませんよ。』と言って,私の依頼に応じ,郵政公社のしかるべき立場の人に電話をかけて頼んでくれることになった。このとき,被告人は,私の目の前で,『ユー』という人に電話をし,私からの依頼事項を伝えて頼んでくれた。私は,被告人の電話の会話内容に聞き耳を立てるのも失礼だと思い,数歩離れたところに立っていたので,私からの依頼事項を伝えて頼んだことまでは分かるが,被告人と『ユー』との具体的な言葉のやり取りまでは分からなかった。被告人は,電話後,『一応,頼んでおきましたが,郵政公社が応じてくれるかどうかは保証できませんよ。』などと言った。」
 検察官は,同検察官調書の証拠請求書において,供述内容自体,信用できる旨の主張をしていたことから,念のため,前同様に,この点についても検討する(なお,争点8に関する記載もあるが,この点は,実質的には,Cの被告人に対する最終的な公的証明書の作成依頼に当たり,場面Cとも密接に関係することから,場面Cとの関連で検討する。)。
 仮に,被告人において,厚労省の外部団体という訳でもない郵政公社のしかるべき立場の「ユー」に電話を掛け,厚労省での審査を通り,近々公的証明書が発行される旨を伝えたのであるとすれば,その時点で,公的証明書を発行することになるであろうことは,被告人自身,十分に認識,覚悟していたはずである。そうであるなら,本件公的証明書の最終決裁権者であった被告人としては,資料等の提出の有無にかかわらず,この時点で,決裁手続なしで本件公的証明書を発行すればよいのであって,被告人が,Cからの依頼に応じて,郵政公社の「ユー」に電話をしたという点は,不自然であるとみられる。また,「ユー」に被告人からの依頼事項を伝えて頼んでくれたことは認識できたというのに,Cは,最も関心があるはずの,郵政側との具体的な折衝状況等が全く分からなかったというのも不自然ともみられる。加えて,電話による要請の反応,効果といった,上記の電話があったことを裏付けるような痕跡もみられない。
 よって,Cのこの点に関する供述内容自体,信用性が高いものとはみられない。

5.場面Cについて(争点9ないし11を中心。本件公的証明書の作成・交付状況など)

(1) 当事者の主張等

ア.検察官の主張等

 検察官は,本件公的証明書は,Bが,被告人の指示に基づいて作成し,それを被告人に手渡し,被告人が,Cに対して交付したものであると主張する。
 そして,これを裏付けるものとして,以下の点を挙げる。

(ア) 証拠上認められる以下の事実

@ Bは,5月中旬ころ,虚偽の稟議書等を作成し,それを「aの会」にファクシミリ送信した。

A 本件公的証明書は,「aの会」から,団体規約や名簿,過去の定期刊行物といった資料の提出もなされずに,Bが,6月上旬ころ,作成したものである。

B 本件公的証明書に記載された作成日付が,平成16年5月28日であり,Aの作成日時から考えて,日付を遡らせて作成されたものである。

(イ) Cの公判供述

 「6月上旬の朝,当時勤務していたeの会社に,私が出社する前に電話が入っており,同社のY社長が受けた。その後,再度,『aの会』の関係者からかかってきた電話に私が出て,その電話で,『証明書ができたので,厚労省に至急取りに行って欲しい。』旨言われた。その際に,誰のところに取りに行って欲しいという話は出ていない。私は,その日の午前中に,厚労省に出向いた。私は,厚労省で,Bに会ったことはなかったので,Bと会ってから被告人のところに行くべきかと思い,社会参加推進室で,『Bさんはいらっしゃいますか。』と聞いたが,Bは席を外していた。そこで,私は,その足で,課長席のところに行った。課長席に被告人がおり,私は,『“aの会”ですが,ご連絡をいただきましたので,認可の証明をいただきに参りました。』と言った。そうしたところ,被告人は,『ご苦労様です。』と言って,企画課長のデスク越しに厚労省の封筒の上に,公的証明書を乗せる形で私に手渡した。私は,『大変ありがとうございました。』などとお礼を言って帰った。私は厚労省を出た後,『aの会』の事務所に本件公的証明書を持って行き,Dではない者(OかJ)に渡したと記憶しているが,あるいは地下鉄の駅等で渡したような気もする。渡した後,Dに対し,もらってきたことを報告する電話をしたと思う。」

(ウ) 以下のDの検察官調書の記載及びBから本件公的証明書を取得したことはないとするDの公判供述

1)検察官調書の記載

 「6月4日に第三種郵便物の承認書を受領した数日後,c郵便局から,公的証明書の原本を出してほしいと言われ,私は,Bに5月中の日付で公的証明書を発行してもらうように要請した。その翌日か翌々日ころの6月上旬ころ,厚労省から,▲マンション2階の事務所に電話が入り,私は,確かOから,『厚労省から,証明書を渡すので,企画課長を訪ねて欲しいという連絡があった。』と伝えられた。私は,Cに電話し,厚労省を訪ねて,企画課長から公的証明書を受領してきてもらうように伝えた。その翌日ころ,私は,Oから,公的証明書の原本を見せてもらい,Cが,企画課長から,それを受け取ってきてくれたのだと報告を受けた。」

2)公判供述

 「本件公的証明書を入手した経緯は定かではないが,おそらく厚労省から,kの事務所に電話が入り,そこにいるOか事務の者が知らせを受けたということだと思う。私は,当日又は翌日に,kの事務所に行って,現物を手にした。それは,郵政の第三種郵便承認書が手に入って,三,四日から1週間してからと思う。私は,直ちにカラーコピーをとり,Jのところを訪ねて,認可が下りたことを知らせながら,カラーコピーを渡した。現物は事務所に戻した。本件公的証明書は,郵送されてきたか,Oか,事務員か,Cが取りに行ってきたかのどちらかだと思う。私は,Cに,公的証明書は出たという連絡はしたと思うが,取りに行って欲しいという連絡をした記憶はない。私が,厚労省に行って,Bから,本件公的証明書を受け取ってきたということはない。」

(エ) Lの検察官調書の記載

 「6月上旬ころ,部長室で,被告人から,『F代議士から話のあった公的証明書のことなのですが,担当者の方でいろいろ苦労してくれて,“aの会”に対して公的証明書を出すことになりました。秘書のCさんには,私から連絡しておきますので,F代議士の方は,部長からご連絡を宜しくお願いします。』などと伝えられた。私は,被告人に対し,『そうか,よかったね。これがバツだったら大変なことだよねぇ。F代議士には,僕からお伝えしておくから。』などと言った。私は,その直後ころの6月上旬ころ,Fに電話を入れて,F本人に対して,『先生からお話しを受けていた“aの会”のことですが,うちから公的証明書を発行させていただくことになりました。Cさんには,A課長から連絡させますので,宜しくお伝えください。』などと言った。Fは,『そうか,ありがとう。Cも喜ぶと思うわ。またなんかあったら,よろしく。』などと言った。」

(オ) Hの検察官調書の記載

 「私は,6月上旬ころ,Bから,『“aの会”の件は調整がついて,終わりましたので。』などといった報告を受けた。私は,この報告をMに伝えるなどした程度で,以後,この件に関わることはなかった。その後,被告人やLら上司から,『aの会』に対して必要書類の提出を求めるようにという指示を受けたことはなかった。」

(カ) Mの検察官調書の記載

 「確か6月上旬ころのことだったと思うが,私は,Hから,『F代議士から頼まれていた“aの会”の案件ですが,B係長がA課長なんかと相談して,うまく処理してくれたようで,公的証明書を発行することになりました。』などと報告を受けた。」

イ.弁護人の主張等

 これに対し,弁護人は,Bは,被告人の指示を受けることなく単独で本件公的証明書を作成,交付したもので,被告人は,公的証明書を,Bから受け取り,Cに交付した事実はないと主張する。
 そして,これを裏付けるものとして次のものがある。

@ Bの公判供述

1)「他の厚労省関係者に『aの会』の案件について相談をしたことはないし,誰かから聞かれたことはなく,自分とN以外誰も知らないと思っていた。Nにこの件以外で連絡を取ったことはあったが,『aの会』の案件について聞いたか覚えていない。」

2)「当時,初めて担当した予算の仕事で頭がいっぱいになり,『aの会』の案件処理は,雑事として,先延ばしにしてしまった。一刻も早くこの雑事を片付けて,予算関係の仕事に入りたかったので,証明書は,稟議とか関係なく,自分が勝手に出してしまえば,話は済むだろうと考えた。相手の追及をかわすための方便として,先送りするために稟議書等を作成しファックスした。『aの会』から,早期に公的証明書を発行するよう要請があったと思う。稟議書等を作る際,私は,『aの会』に,書類の提出を求めたことはない。求めなかったことに特に理由はない。その時点では,公的証明書を独断で発行するという決断まではしておらず迷っていたが,正式な決裁を取ろうという気持ちはほぼ無くなっていたかもしれない。稟議書よりは,企画課長の公印が押された公的証明書を勝手に作成することにはためらいが強かった。」

3)「稟議書等を送信してから,おそらく5月中旬ころに,『aの会』から,公的証明書がどうなっているのか督促があったと思う。公的証明書を作成する最終的な決断をしたのは,作成を実行に移した6月1日ころであった。その前に,『aの会』から督促があったかもしれない。私は,決裁を経ることもなく,誰にも相談することなく,公的証明書を作成した。公的証明書のデータを作成する作業は,6月1日午前零時から1時ころに,社会参加推進室の自席で作成した。6月1日に最終的な決断をしたというのは,フロッピーのデータが前提であり,記憶としては決断時期は定かではない。データを見ると日付を遡らせているようだが,遡らせて作成した記憶も,『aの会』から日付を遡らせるように言われた記憶もない。日付や発番号はその場で決めたと思う。6月1日の朝8時くらいに出勤し,すぐに公的証明書のデータを印刷し,企画課本課のシールボックスのところで,企画課長の公印を押して,本件公的証明書を作成した。翌朝に実際に作成したのは,データを作成した午前1時ころは,シールボックスがある企画課本課に,国会対応とかで2時とか3時とかまで残っている人がいたからではないかと思う。作成した公的証明書は,クリアファイルに入れて,社会参加推進室の自分の机の引き出しに入れた。」

4)「作成した公的証明書は,手元に置いておくのが不安だったので,作成したその日に連絡して,Dと待ち合わせ,Dに渡した。場所は,厚労省の隣にある弁護士会館のyという喫茶店である。後ろめたいことをしているので,厚労省の職員もいないということを考え,yがいいと判断した。別の場所で待ち合わせてyに行ったと思う。厚労省の地下1階のs銀行のATMのところで待ち合わせたかどうかは定かではないが,そうかもしれない。私が,公的証明書を渡すと,Dは,自分の名刺と,Cの名刺を出してきた。Cの名刺には,手書きで『衆議院議員F事務所』と書かれていた。このとき初めてFも絡んでいるのかと思った。国会議員の名前を見て,『あっそうだったんだ。』という程度の気持ちだった。Fの名前を見ても,自分の上司に話が通っている,Fから連絡が入るかもしれないなどとは考えなかった。証明書を渡した際,Dから,障害者が参加するイベントのパンフレットを見せられたと思う。」

A Lは,その公判供述において,場面Cに関連する検察官調書の記載内容は明確に否定している。

B M,Hも,公判で,「aの会」の案件に関する当時の記憶はない旨供述している。

C 被告人は,捜査段階から一貫して,Bに対する発行指示や,Bから本件公的証明書を受け取り,Cに対し,それを交付したとの検察官の主張は明確に否定している。

(2) 検討

 被告人が,公的証明書をBから受け取り,Cに渡したのであれば,Bが公的証明書を作成したのは,被告人の指示によるものであると強く推認されるものである。そこで,場面Cの認定においては,本件公的証明書を,被告人が,Cに直接交付したのか否かが重要となる。
 この点について,公的証明書は,被告人から直接受け取ったとするCの公判供述と,自身がDに手渡したとするBの公判供述が対立している。
 したがって,本件公的証明書の交付に関するC及びBの公判供述の信用性が,検討の中心となる。
 そこで,以下では,両者を対比しつつ検討する。

ア.C,B各供述の信用性について

(ア) 客観的証拠である公的証明書のデータとの関係

 前記認定事実のとおり,B方から発見されたフロッピーディスクの中に,本件公的証明書と全く同一の内容の文書データ(「コピー〜通知案」と題するファイル内)が保存されており,そのデータの作成日時は,平成16年6月1日1時14分32秒(24時間表示)で,データ更新日時は同日1時20分6秒であった。
 なお,これとは別の文書データである通知案と題するファイル内には,前記のとおり,本件公的証明書の内容のうち,日付欄に「平成16年5月_日」と記載され,発番号はないデータとB名義の,「aの会」にファクシミリ送信した文書のデータがあり,このデータの作成日は5月18日であった。
 そして,1)6月1日のデータはBが作成したものと認められること,2)関係証拠上,本件公的証明書と同内容のデータは他にみられないこと,3)当該データの文書内容と,本件公的証明書とは全く同一の内容であること,4)Bが,同じ日付と発番号の別のデータを作成して,本件公的証明書を作成する理由は想定できないことからすると,当該データが本件公的証明書の基となったデータであると認められる。
 Bは,本件公的証明書の作成状況に関して,前述したとおり,6月1日午前零時から1時ころに,データを社会参加推進室の自席で作成し,翌朝8時ころ,当該データを印刷し,公印を押すなどして,本件公的証明書を作成したと供述している。
 Bの作成時刻に関する供述は,上記データという客観的証拠と符合している。
 この点,検察官は,冒頭陳述においては,「6月上旬ころ,社会参加推進室の職員が帰宅した後の深夜の社会参加推進室で,公的証明書の文言の記載のある書面を作成し,翌早朝ころ,同書面に企画課長名の公印を押印し,公的証明書を作成した。」と主張し,文面の作成の翌朝に公印を押して,公的証明書を作成したと主張していたが,論告においては,本件公的証明書は,当該データをそのまま出力して,その当日に作成したものとは断言できないと主張し,6月1日の朝8時に出力したとのBの供述の信用性を争っている。
 しかし,Bが6月1日午前1時20分6秒にデータを作成し終えたのに,当日の午前8時ころ,本件公的証明書を作成できなかったとか,6月2日以降に作成しなければならないような事情は窺われないし,Bがそのような行動をする合理的な理由もみいだせない。Bは,日時は記憶していないとするものの,上記フロッピーのデータを作成したその日の早朝に本件公的証明書を作成したと明確に述べており,この供述には動揺がない。5月18日作成の文書ファイルに,5月の日付の入った公的証明書とほぼ同内容のデータが作成されており,同データ作成時点から5月中の日付で作成することを想定していたとみられ,5月31日の深夜(6月1日午前1時ころは,5月31日の深夜と評価しうる時間帯であるといえる。)はその最終日であり,6月1日に交付すれば,5月中に作成されたとの説明がつくことなどを考えると,本件公的証明書の作成時点に関するBの供述は信用できる。
 したがって,前記のとおり,本件公的証明書の基となったデータの作成日時が,6月1日午前1時14分32秒で,データ更新日時は同日午前1時20分6秒であり,厚労省のパソコンの設定日時が,実際の日時と大幅にずれていたとの事情も窺われないことからすると,Bは,6月1日午前1時ころから本件公的証明書のデータを作成し,同日の午前8時ころに本件公的証明書を完成させたと認定できる。
 そして,本件公的証明書の作成時期が6月1日午前8時ころであり,Dから早期の発行を要求された末,5月31日の深夜から翌6月1日の早朝を使って作成した本件公的証明書について,厚労省側が作成当日に「aの会」に連絡するのが自然で合理的であること,本件では6月1日に連絡できない理由や同月2日以降に連絡をしなければならないような事情はうかがわれず,6月2日以降になって交付する可能性は低いとみるのが合理的であること,「aの会」が,Cと連絡がつくまで待っているとは考えがたいことなどに照らすと,厚労省側から,「aの会」側に,公的証明書が交付されたのは,6月1日であると強く推認されるものである。
 そして,検察官主張のように,Bが被告人から指示され,公的証明書を作成し,被告人に交付し,被告人から,「aの会」側に渡されるとした場合でも,事情は異ならないものである。
 6月1日当日に,Dに,公的証明書を交付したとのB供述は,上記事実に符合するものである。
 そこで,被告人から,公的証明書の交付を受けたとのC供述について検討する。
 Cの手帳によれば,Cは,6月1日は,午前6時50分東京発の「のぞみ」で,大阪へ行き,当日は,関西に滞在していたと認められ,当日,Cが厚労省へ赴き,公的証明書の交付を受けることは不可能であった。
 しかも,被告人の手帳によれば,同日の午前10時前には予定が入っておらず,Bから,被告人が,公的証明書の交付を受けることは可能ではあったとみられるが,他方,午前10時から12時,午後1時15分,午後2時から5時に厚労省以外の場所も含めて予定が入っており,被告人が公的証明書を「aの会」側に交付することが可能な時間帯は,相当に狭いものであり,同日,「aの会」の者を呼んで,被告人自身が公的証明書を交付するということ自体,合理性があるかも疑問である。
 関係証拠及び前記認定事実を総合すれば,公的証明書の交付に関して,厚労省からは,6月1日の比較的早い時間帯に「aの会」の事務所に電話が入った可能性が高いとみられる。
 早期発行を要請していた「aの会」側が,厚労省から,公的証明書の発行の連絡を受けた場合,特に,Cでなければ交付を受けられないわけではないから,「aの会」の関係者の誰かが,公的証明書の交付を受けに赴くものとみられる。
 以上によれば,C供述は,6月1日に,Cが公的証明書の交付を受けに厚労省に赴くことが不可能という意味で,不合理なものとなる。

(イ) 証拠上認められる本件公的証明書が6月10日に郵政公社に提出されていることとの関係

a. 前記認定事実のとおり,本件公的証明書は,6月10日に「aの会」から,c郵便局に提出されている。
 検察官は,Dら「aの会」は,公的証明書を取得できた場合は,速やかに郵便局に提出するのが自然であるが,Bの公判供述のように,本件公的証明書が6月1日に作成され,同日中にBからDに交付されたとすれば,本件公的証明書の提出日が約9日後となり,厚労省からの公的証明書の交付日とc郵便局の提出日がかけ離れてしまい,不自然であると主張する。
 前記認定事実及び関係証拠によれば,Dら「aの会」側では,低料第三種郵便物の料金適用を受けようとする場合,郵政公社の支店に対し,第三種郵便物の承認請求をすると共に,「aの会」が心身障害者団体であり,「b」が心身障害者の福祉を図る目的で発行されるものであることを証明するため,厚労省等の公共機関からの公的証明書を提出する必要があることを認識していた。そうであるにもかかわらず,Oは,6月5日以降,前記の差出請求をしている。
 そこで,検察官主張のように,「aの会」側としては,上記差出請求までの間に,本件公的証明書の交付を受けていたのであれば,これをc郵便局に提出するのが自然であり,これを提出しないで,心身障害者用低料第三種郵便物として,刊行物を差し出したい旨の請求をするということは一般的には想定しがたい。
 このような請求をしたこと,この請求に対し,同月8日ころにEから本件公的証明書の提出が必要であると明言された後に,本件公的証明書を提出していること自体からみると,差出請求をした時点では本件公的証明書の交付を受けておらず,Eから言われて早急に厚労省から交付を受け提出したと考えるのが自然といえる。
 したがって,既に公的証明書の交付を受けていたにもかかわらず,公的証明書の添付が不要と「aの会」が考える事情がないとすると,少なくとも,当該差出請求をした同月5日又は7日ころの時点では,厚労省から,「aの会」に,本件公的証明書の交付がなされていないとみるべきことになる。他方,公的証明書の添付が不要と考える事情があるとすれば,交付された時期について,6月5日又は7日以降に限られないことになる。

b. そこで,「aの会」において,公的証明書の交付を受けていながら,これの添付が不要と考える事情の有無が問題となる。
 場面Bの検討で認定したとおり,Dは,Cから,「近々厚労省から公的証明書が発行される。」旨の電話を,被告人から郵政公社に入れてもらった,との報告を受けていた。その報告によって,Cを除く「aの会」関係者においては,被告人から,郵政公社に,そのような電話を入れてもらっていたと思っていた可能性はある。そして,実際に本件公的証明書が厚労省から「aの会」に交付され,厚労省の「認可」を得られたことから,その事実が厚労省から郵政公社に伝わるなどして,公的証明書の原本を添付しなくとも,郵政への申請は足りると考えていた可能性はある(Dの検察官調書にも,「私は,既に,5月中旬ころ,Cに頼み,企画課長から,日本郵政公社の幹部に,近々,厚労省から「aの会」に,公的証明書を発行する予定である旨伝えてもらっていたので,低料第三種郵便の承認の申請のため,わざわざ公的証明書の原本の提出まで求められるとは考えていなかった。」旨の記載がある。)。

c. また,前記認定事実によれば,Oは,6月10日に,l支社あての証明書発行願をc郵便局に提出した際,添付資料として,本件公的証明書の他,j協会発行の交付願が付けられていた。この際,添付資料としてj協会発行の交付願が何故提出されたのか必ずしも明らかではないが,同書面は,本来郵政公社等に提出する必要のない書面であるにもかかわらず,前記のとおり6月10日に提出したほか,同書面が交付されたことを郵政公社に報告する前記4月19日付けの書面に資料として写しを添付するなどしていること,上記6月5日又は7日の差出請求において,郵政側から不要と指摘された書類を提出していることなどに照らすと,Dら「aの会」の人間は,何が必要な書類か十分検討せずに郵政側に申請等をなしていた可能性がある。
 また,6月10日に,結局交付願を提出していることからすると,当時,「aの会」側では,それも申請に必要なものとして添付したものとみられるが,6月5日又は7日ころに,c郵便局に,心身障害者用低料第三種郵便物として,「b」を差し出したい旨の請求をなした際には同書面が付けられていることを窺わせる資料はないことなどに照らすと,「aの会」は,自己が保管している文書についても郵政側に提出せず,後になって提出することがあったとみられる。
 以上によれば,「aの会」が,6月1日に,公的証明書の交付を受けていたとしても,その添付をしないで,6月5日又は7日に,低料第三種郵便物として,「b」を差し出したい旨の請求をなし,6月8日ころに,郵便局側からの指示を受け,6月10日に,公的証明書を添付して申請をすることも不合理とはいえない。
 なお,検察官は,冒頭陳述では,「Dは,被告人から,5月中旬ころに,直接日本郵政公社l支社に連絡をしてもらっていたことから,公的証明書の原本を提出しなくても,低料第三種郵便物として取り扱われるものと考え,6月上旬ころ,c郵便局に対し,差出承認請求をしたところ,同請求に公的証明書が添付されていなかったため,c郵便局の担当者から,公的証明書の原本を提出するように要請された。
 そこで,Dが,直接又は間接に厚労省に働きかけ,それを受けて,被告人がBに対して作成指示をし,Bが,本件公的証明書を作成し,被告人が,本件公的証明書をCに交付するに至った。」との事実経過を主張していた。
 前記認定事実によれば,6月5日又は7日ころ,「aの会」からc郵便局に対し,心身障害者用低料第三種郵便物として,「b」を差し出したい旨の請求があったこと,これが正規の手続でない請求であったことから,c郵便局から,日本郵政公社l支社に問い合わせたところ,6月8日ころ,l支社は,「b」については,第三種郵便物としての請求があっただけで,心身障害者団体が発行する第三種郵便物としての請求としては把握されていないことから,c郵便局にその旨連絡したこと,そこで,c郵便局担当者は,「aの会」に対し,公的証明書の提出が必要であると伝えたことが認められる。したがって,検察官の上記主張を前提にすると,Dが,厚労省に交付するように依頼したのは,早くても6月8日ということになり,実際に交付されるのは同月9日朝以降になるものとみられる。そして,6月10日に本件公的証明書が,「aの会」から,c郵便局に提出されていることからすると,交付された可能性のある日は9日,10日に限定される。
 ところが,Cの手帳の同月9日の欄には,「○休」のしるしが赤字で記載されており,この日Cの勤務する会社は休みであったとみられる(Cは,同日,会社は休みであったと供述している。)。「同社に出勤し,電話を受けたことから,厚労省へ公的証明書を取りに行った。」とするCの供述を踏まえると,この日にCが厚労省から交付を受けた可能性は低いものとみられる。また,同月10日についても,被告人の手帳の同日欄には,「8:30【省略】」,「10:00【省略】〜11:30」との記載(被告人は,これらの記載について,国会の中か議員会館の中で行われたt党とu党の会議に出席していた記載である旨供述する。),「14:00〜【省略】」,「16:20〜【省略】」との記載(被告人は,これらの記載について,自治体の会合の記載である旨供述する。),「(15:20〜【省略】)」との記載(被告人は,当該記載について,政務官のところに行ったことの記載である旨供述する。)があり,これらに照らすと,任意の時間に受け取りに来られては被告人が不在の可能性が高く,「aの会」の関係者にはアポイントメントを取って受け取りに来させる必要があるとみられる。しかし,そのような行為もせずに,同日に,Cが厚労省に赴き,被告人が直接交付するということは,不合理とみられる。
 以上からすると,上記検察官の主張も,C,被告人の手帳という客観的証拠と符合しないという意味で不合理とみられる。

(次回へ続く)

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