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大阪地裁第12刑事部判決平成22年09月10日

【判旨】

(前回からの続き)

6.供述の総合的検討

 以上の検討を前提に,場面@ないしCを総合して,改めて,各供述全体の信用性について検討する。

(1) 各供述の信用性についての場面全体からの検討

ア.Lの検察官調書

 Lの検察官調書は,被告人の本件への関与を基礎づける重要な証拠である。
 そして,前記認定のとおり,場面@のLの検察官調書の供述のうち,Fから電話で,Cが公的証明書の関係で厚労省を訪問するので,その際の対応,協力を要請され,それを被告人に伝え,対応を指示したとの供述部分については,それ単体では,それなりに高い信用性を肯定できるともみられる。
 もっとも,当該供述部分には客観的裏付けがあるわけではないのに対し,場面Cに関する供述部分には,公的証明書のデータとCの手帳の記載という客観的証拠と整合するBの公判供述と反する点があることからすると,場面@に関する供述部分が,場面Cに関する供述部分も含めた検察官調書全体の信用性を高めるものとはならない。
 むしろ,場面Cに関する供述部分が,客観的証拠による裏付けのあるBの公判供述に反していることから,Lの検察官調書全体の信用性に疑問を生じさせる点が付加されるものである。

イ.Cの公判供述

 Cの公判供述は,本件の出発点ともいうべきFへの口利き依頼,そして,到達点ともいうべき被告人からの公的証明書の受領という重要な事実について供述しており,しかも,公判での供述ということで,この信用性評価は重要なものである。
 しかし,Cの公判供述のうち,場面@に関する供述部分には,Fの手帳とゴルフ場からの回答書,場面Cに関する供述部分には,公的証明書のデータとCの手帳という客観的証拠と整合しない点があり,互いに信用性を高め合うものとはいえない。
 また,場面Bに関する供述部分は,被告人に直接要請したことを認める内容ではないことからすると,他の場面に関する供述の信用性を高めるものとはならない。
 したがって,Cの公判供述全体を総合的にみても,各場面ごとの個別の検討以上の信用性を認めることはできない。

ウ.Dの検察官調書,公判供述

 Dは,Cに,厚労省からの公的証明書の取得やFへの口利き依頼を要請した者として本件のきっかけともいえる人物であり,また,Bが,公判で,公的証明書を交付した相手として供述している人物でもあり,これらの点で,その信用性判断は重要な意味を有するとみることもできる。
 前記認定のとおり,Dの検察官調書及びその内容が正しいとする公判供述のうち,場面@に関する供述部分(Cに対するFへの口利き依頼要請)には一定の信用性が認められる。しかし,場面@に関するDの検察官調書の供述部分から,必ずしも,必然的に,Cが厚労省から直接に公的証明書の交付を受けることが導かれるものではなく,場面Cも含めた供述全体の信用性を特段高めるものとはならない。
 むしろ,Dの検察官調書,公判供述のうち,場面Cに関する部分は,客観的証拠による裏付けのあるBの公判供述に反しており,Dの検察官調書全体の信用性に疑問を生じさせる点が付加されるものである。

エ.Nの検察官調書,公判供述

 Nは,Bの前任者で,公的証明書の発行手続担当者であった者として重要な意味を持つ人物であり,特に,その公判供述の信用性評価は,相当な意味を有するとみることもできる。
 前記認定のとおり,Nは,Bに対する社会参加係長の業務引き継ぎの際,口頭で,「aの会」が公的証明書の発行を依頼してきている旨を話したことは認められる。この点は,場面@及びAを通じたNの公判供述,検察官調書全体の信用性を高めるものともみられる。
 しかし,引き継ぎの具体的内容についてみると,Fという国会議員がらみの案件である旨,「aの会」の実態がよく分からないので慎重に対応する必要がある旨告げたとの点には一定の信用性を肯定できるものの,これらの点は,Cが厚労省訪問の際に,NにFと一定の関係のあることを告げたことや,「aの会」についてのCの説明があいまいであったことからも,Nがそのような引継をなすことも想定できるものであり,それ以外の内容についての供述の信用性を高めるものとはならない。また,引き継ぎ内容のうち,「aの会」に対する公的証明書の発行がまず手を付ける業務であるとBに告げたとの点は認定することができない。
 N供述のうち,Cが厚労省を訪問する前に,Nは,Mから,F事務所のCが,障害者団体の証明書の発行をお願いにくるので事務手続等を説明するようになど言われていたとの点については,信用性を肯定する方向に働く事情が認められる一方で,Cの手帳の記載,Cの名刺の所持状況などの客観的証拠との関係から合理的とはいえない面があり,単体で,完全に信をおくとまではいえないことからすると,当該供述部分が,他の場面に関する供述の信用性に与える影響も大きいとはいえない。
 以上によれば,N供述の信用性は各場面における個別の検討を超えるものではない。

オ.H,Mの検察官調書

 H,Mの検察官調書は,Lの検察官調書,Nの検察官調書,公判供述を補強する意味を持つ。
 場面@のうち,被告人からCが来庁した場合の対応を指示されたこと,Mが,Nに対し,「aの会」の関係者が来ると告げたことに関する供述部分については,信用性を肯定する方向に働く事情が認められる一方で,Cの名刺の所持状況などの客観的証拠と必ずしも符合しない点があり,単体で事実を認定できるほどの信用性を認めることはできず,他の供述部分の信用性に与える影響は大きいとはいえない。
 また,場面AないしCについては,客観的事実から疑問が生ずる点がある。
 結局,H,Mの検察官調書は,全体として高度の信用性を有するとみることはできない。

(2) 各供述全体からの検討

 検察官の主張する事実経過は,次のとおりである。
 「『aの会』に対する公的証明書発行の案件は,D,C,F,L,被告人,M,N,Bと,順次話が流れた。その後,被告人からBに対する直接の発行指示によって,Bが本件公的証明書を作成し,作成された本件公的証明書が,B,被告人,Cと順次交付された。そして,公的証明書を『aの会』に発行することになった旨が,被告人,L,Fと順次報告がなされた。以上の事実経過の間に,H,Mもそれぞれ関与していた。」
 そして,Cは,公判でも,「aの会」の案件に関する自己が関与する基本的な話の流れと公的証明書の交付の事実を認め,Nも,公判で,前記の話の流れと自己が関与する検察官主張事実を大筋においては認め,D,L,M,H,Nというそれぞれ立場の異なる者が,検察官調書では検察官主張に符合する事実を認めている。
 そのような,C,Nの公判供述,D,L,M,H,Nの検察官調書が,「aの会」の案件の話が流れた経緯,公的証明書が交付されていった順序,報告がなされた経緯といった様々な場面で,検察官主張を裏付けていること自体が,相互に信用性を補完し合うとみることができないかが,各供述相互の関係も踏まえた総合的検討においては問題となる。
 それぞれ立場が異なる者が,それぞれ異なった場面に関して,相互に符合する供述をすることは,それ自体,信用性を高め合うものであるといえる。
 そして,それが,それぞれの者にとって有利とはいえない事実であり,かつ,それぞれの供述内容が具体的で迫真性がある場合は,信用性を高め合う度合いはより大きいものであるといい得る。
 C,D,L,M,H,Nの公判供述あるいは検察官調書は,その意味で,相互に補完し合い,信用性を高め合うものといえる。
 しかし,当初論じたとおり,人間の供述というものが,認識,記憶,表現の3段階で誤りが混入する可能性があり,また,供述内容の具体性,迫真性というものは,後で作り出すことも可能である以上,客観的な証拠による裏付けのない供述については,供述自体の信用性判断は慎重になされるべきであり,各々の供述に,いろいろな評価や見方を踏まえても,客観的証拠,あるいは証拠上明らかに認められる事実に照らして不合理な点がある場合には,いかに供述内容に具体性,迫真性があるようにみえ,各々の供述が符合していても,その信用性は大きく低下するといわざるを得ない。
 この観点からみると,検察官主張を裏付けるC,D,L,M,H,Nの公判供述あるいは検察官調書には,これまでに検討してきたように,フロッピーに保存されたデータや手帳,名刺その他の客観的証拠や証拠上明らかに認められる事実にそれぞれ符合しない点があり,それらの供述がいかに相互に符合しているとしても,信用性を高め合うものとはいえず,全体としてみても,十分な信用性があると認定することはできない。
 他方,検察官主張を否定する被告人の捜査,公判供述,B,L,M,Hらの公判供述は,客観的証拠や証拠上明らかに認められる事実に反する点はない。

(3) 以上によれば,供述を総合的に検討しても,各供述の信用性については,個別の検討による結論と基本的には変わらない。

7.検察官の主張事実の認定とこれを踏まえた共謀の認定

(1) 検察官主張事実の中核の認定

 検察官主張事実の中核は,次のとおりである。
 被告人は,「aの会」は心身障害者団体としての実体がなく,定期刊行物「b」は心身障害者の福祉の増進を図ることを目的としないことを認識しながら,正規の手続をとらず,Bに指示して日付を遡らせた虚偽の公的証明書を作成させ,Bからこれを受け取った。そして,被告人は,Cに公的証明書を交付した。
 被告人がそのようなことをしたのは,本件がFからLに要請された議員案件で,「aの会」の実態がいかなるものであれ,公的証明書を発行することが企画課内で決まっていた「議員案件」であったところ,「aの会」から日付を遡らせた公的証明書の交付を要請されたからである。
 検察官主張の中核となる重要な事実は,1)本件がFからLに要請され,公的証明書を発行することが企画課内で決まっている「議員案件」であったという点,2)被告人がCに公的証明書を交付したという点,の2点である。
 前者は,犯行動機の中核,後者は,その動機に基づく最終的な行動となるものであり,両者は密接に関連する。
 前記認定のとおり,2)被告人がCに公的証明書を交付したという点は,合理的疑いを入れることなく認定することはできない。
 1)本件がFからLに要請され,公的証明書を発行することが企画課内で決まっている「議員案件」であったという点については,以下のとおりである。
 Dは,2月下旬ころ,厚労省から公的証明書を得るため,Cに対し,Fに厚労省への口添えを依頼するよう指示したこと,Cは,2月下旬ころ,企画課を訪問したこと,その際,Nは,Cに対し,手続の流れなどの説明をしたことは認められる。
 しかし,FからLへの電話での口利きについては,Fの手帳の記載とゴルフ場からの回答書という客観的証拠に整合しない面がある上,その認定根拠たるLの検察官調書全体の信用性に疑問を生ぜしめる事情があり,同事実を認定することはできない。
 また,被告人において,公的証明書を発行することが決まっている「議員案件」との認識を持つきっかけとされている,Lが,被告人に対して,議員案件処理の重要性を告げた上で,公的証明書を発行する方向で処理するよう告げた旨のLの検察官調書の供述自体も,不自然である(場面@)。
 Cが,Fの秘書の経歴を有し,「aの会」側から,「aの会」が,Fから応援してもらっている団体であると厚労省側に伝えられていた事実は認められるが,被告人の大変な案件発言,j協会紹介の状況,HからNへの書類提出指示,3月下旬のやりとり,Hの4月上旬ころのBに対する指示,5月中旬ころのH,B,被告人の「aの会」の件についてのやりとりについては,Cの手帳,名刺の保管状況,NがCにj協会に行くよう指示したこと,Bが独断で稟議書等を作成したことといった客観的状況と整合せず,同事実を認定することはできない。
 NからBへの引継ぎの存在については認定できる(ただし,Bの記憶には残らなかった疑いは否定できない。)が,その内容のうち,「議員案件」であったことの認定につながり得る「aの会」の公的証明書の発行がまず手を付ける業務であるとBに告げたとの内容は,認定することができない。Fという国会議員がらみの案件である旨,「aの会」の実態がよく分からないので慎重に対応する必要がある旨を告げたとの点は,Cが,厚労省訪問の際にNにFの名前を告げたことなどからもNがそのような引継をなすことも想定できるものであり,企画課内での公的証明書を発行することが決まっている「議員案件」であったとの認定根拠とはなるとはみられない(場面A)。
 また,5月中旬ころ,Cの依頼に応じて,被告人が,日本郵政公社の「ユー」に対し,電話をしたとの事実や,6月上旬ころ,Cは,被告人に対し,日付を遡らせて「aの会」に対する公的証明書を発行するよう要請し,被告人は,これを了承したとの事実も証拠上認めることはできない(場面B)。
 以上からすると,「aの会」の案件が,公的証明書を発行することが企画課内で決まっている「議員案件」であったことにつながり得る事実はいずれも認定できず,「aの会」の案件が,企画課内においてそのような「議員案件」であったとは認められない。

(2) 共謀の認定について

 以上によれば,検察官主張事実のうち,Lの被告人に対する指示,被告人のM,H,N,Bに対する指示などの被告人と関係者とのやりとりに関する事実はいずれも認定することができない上,本件がFからLに要請され,公的証明書を発行することが企画課内で決まっている「議員案件」であったとの事実も認定できず,被告人において,本件犯行を行う動機があったとの点についても認定できない。
 そのような事情に加えて,虚偽の稟議書等をBが独断で作成していることなど,被告人が本件犯行を行うことが不自然であるとみることもできる事実や,被告人の指示なく,Bが独断で本件公的証明書を作成しても不自然ではないことを示す事情もみられることからすると,Bが,被告人の指示により本件公的証明書を作成した事実は認められない。その他,本件証拠及び証拠上認められる事実を総合しても,被告人が,BあるいはC,Dと,虚偽の公的証明書を作成し,「aの会」側に交付するとの共謀があったと認定することはできない。

第2.結論

 よって,本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。

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