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大阪高裁第11民事部判決平成21年12月28日

【事案】

1.平成21年8月30日に行われた衆議院議員選挙(以下では,「本件選挙」というが,このうち小選挙区において行われた選挙のみを指す場合には,「本件選挙(小選挙区)」と表記する。)につき,小選挙区大阪府第9区の選挙人であった原告が,当該選挙区における選挙の無効を請求した事案。

2.当事者の主張

(1) 原告

ア.本件選挙(小選挙区)は,公職選挙法13条1項,別表第一の選挙区及び議員定数の定め(以下「本件区割規定」という。)に従って施行された。
 本件区割規定による選挙区間の最大の人口較差は,平成21年調査結果を基にすると2.337,法務省報道資料によると2.255(平成20年9月20日現在)である(いずれも高知県第3区と千葉県第4区間)。
 高知県第3区の有権者の1票の価値を1とすると,原告の居住する大阪府第9区の有権者の1票の価値は,人口基準で0.44票,有権者数基準で0.49票である。

イ.憲法は,代表民主制を採用し,公務員の選定罷免権を国民固有の権利とし,普通選挙,平等選挙を保障している。
 憲法14条1項,44条は,人種,信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産,収入,住所等による差別を禁止し,1人に1票を保障している。
 このような1人1票の選挙権の平等は,国会が選挙区制に基づく選挙制度を採用する場合には,各選挙区から選出される代表者(議員)の数の配分を人口分布に比例して配分すべく,国会の立法権限を拘束している。
 本件区割規定は,人口分布に基づいて配分しておらず,憲法が規定する代表民主制,その基礎となる公正な代表を選出するために必須の選挙権の平等の規定に反し,違憲である。

ウ.被告は,本件区割規定は,国会の裁量の範囲内と主張するが,国会議員は,公職選挙法の有効性に直接の利害関係を有する当事者であり,民事訴訟法が規定する除斥や会社法等の利害関係者による議決権行使禁止の法理に照らしても,このような国会議員によって構成される国会が選挙権につき,裁量権を有すると解することはできない。
 憲法の選挙権の平等の保障は,それに優越する憲法上の他の条文,又は憲法上の他の条文に根拠をもつ憲法の趣旨によってのみ修正,変更され得るところ,被告が主張する後記(2)のイやウはこれに該当しない。

エ.憲法は,国民主権を定め,憲法改正の国会提案に対する国民の承認,不承認の手続や最高裁判所裁判官国民審査手続において,国民1人1人に等しく1票を与えている。
 主権者たる国民全員が国政に対し,同じ影響力を持つことこそが憲法の定める国民主権の内容であり,@都道府県,A人口密度や地理的状況,B過疎化現象,C1人別枠方式(内容については,後掲する。)といった点により左右されるものではない。
 また,憲法は,徹底した多数決原理を採用しているところ,現行の公職選挙法では,1票の価値の較差が存在するため,少数の国民から構成される各選挙区の合計から選出された国会議員が衆議院議員の中で多数を占め,結果として多数の国民の意見が両院の国政に対する議事に反映され得ない。

(2) 被告

ア.憲法は,両議院の議員の各選挙制度の仕組みの具体的な決定を国会の裁量に委ねており,投票価値の平等は,国会が選挙制度の仕組みを決定する際に正当に考慮することができる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるものである。
 代表民主制における選挙制度は,選挙された代表者を通じて,国民の多様な利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目的とし,他方,政治における安定の要請をも考慮しながら,それぞれの国において,その国の事情に即して多種多様で複雑微妙な政策的及び技術的考慮の下に具体的に決定されるべきものであり,そこに論理的に要請される一定不変の形態が存在するわけではない。
 また,憲法は,各選挙人の投票の価値の平等を要求していると解されるが,各選挙人の投票の価値の平等は,国会が両議院の議員の選挙制度を決定する際の唯一絶対の基準となるものではなく,国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるものである。
 それゆえ,国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を是認し得るものである限り,違憲の問題が生じるものではない。

イ.本件選挙(小選挙区)の選挙区間の較差につき,直近の国勢調査(平成17年)の結果を基準にすると,大阪府第9区と高知県第3区との較差は,1対2.063(選挙当日の有権者を基準にすると1対2.046。以下同じ)であり,最大較差をみても千葉県第4区と高知県第3区の1対2.203(1対2:304)である。
 衆議院議員選挙区画定審議会設置法(以下「区画審設置法」という。)により設置された衆議院議員選挙区画定審議会(以下「区画審」という。)は,選挙区の改定につき必要があると認める時は,改定案を作成して内閣総理大臣に提出する権限を有する。勧告は,10年ごとに行われる大規模国勢調査の結果によって(ただし,10年ごとの勧告を待てないような特別の事情が生じた場合は,そのときに)行うこととし,改定案の作成に際しては,@投票価値の平等を配慮して,各選挙区の人口の均衡を図り,各選挙区の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上とならないようにすることを基本とし,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行うこと,A各都道府県の区域内の選挙区の数は,各都道府県にあらかじめ1を配当した上で,これに,小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数(上記のとおり,各都道府県に必ず1を割り当て,定数の残りを各都道府県の人口に応じて配分する方式を以下では「1人別枠方式」という。)とすることとされている。
 1人別枠方式は,過疎地域に対する配慮などから,人口の多寡にかかわらず各都道府県にあらかじめ定数1を配分することによって,相対的に人口の少ない県に居住する国民の意見をも十分に国政に反映させることができるようにすることを目的としたものであり,国会が選挙制度の仕組みを決定する際に正当に考慮することができる範囲内に含まれるものである。

ウ.本件選挙(小選挙区)の選挙区の区割りは,平成12年実施の国勢調査の結果に基づいて区画審が作成した改定案に基づき,改正された公職選挙法によるものである。
 上記の改定によっても,人口較差2倍以上の選挙区は9つ残り,区画審は,その解消を検討したが困難であり,かつ選挙区9という結果は区画審設置法の許容するところとしてこれ以上の見直しは行われなかった。
 上記改定後に行われた平成17年9月11日施行の衆議院議員選挙についても,最高裁判所は,区画審設置法が定めた上記イの@及びA基準は憲法14条1項に違反しないとしたうえで,改正後の公職選挙法の区割規定は上記基準に違反するものではなく,国会の立法も投票価値の平等との関係において,国会の裁量の範囲を逸脱するものということはできず,投票当日の選挙区間の最大較差も1対2.171であり,憲法の投票価値の平等の要求に反する程度には至っていないと判断した。
 以上のとおり,公職選挙法の成立過程及び投票の価値の平等に関する過去の最高裁判例等を総合すれば,上記区割規定に基づいて実施された本件選挙が国会において正当に考慮し得る諸般の要素を考慮してもなお,一般に合理性を有するものとは認められない程度に達し,憲法の投票価値の平等の要求に反する程度に至っていたということはできないから,憲法の各規定に反するものではない。

3.認定事実

(1) 原告は,本件選挙における小選挙区大阪府第9区の選挙人である。

(2) 本件選挙は,平成21年8月18日に公示され,同月30日に投票が行われた。

(3) 本件選挙の投票日に至るまでの衆議院議員選挙及び選挙区画の改定に関する経緯,法令の概要等は以下のとおりである。

ア.現行衆議院議員選挙制度(平成6年法律第2号による改正後の公職選挙法で採用されたいわゆる小選挙区比例代表並立制を指す。)の枠組み等

(ア) 第8次選挙制度審議会は,平成2年4月,衆議院議員の選挙制度について,従来のいわゆる中選挙区制にはいくつかの問題があったので,これを根本的に改めて,政策本位,政党本位の新たな選挙制度を採用する必要があるとして,いわゆる小選挙区比例代表並立制を導入することなどを内容とする答申をし,その後の追加答申等をも踏まえて内閣が作成,提出した公職選挙法の改正案が国会において審議された結果,平成6年1月に至り,公職選挙法の一部を改正する法律(平成6年法律第2号)が成立し,その後,同法律が改正され,これらにより,衆議院議員の選挙制度が従来の中選挙区単記投票制から小選挙区比例代表並立制に改められた。

(イ) 昭和40年代以降上記平成6年の公職選挙法改正前までの時期に中選挙区制の下で施行された衆議院議員選挙に関する最高裁判所判決に現れた議員1人当たりの選挙人数の最大の較差(概数)は,昭和47年12月10日施行の選挙では4.99倍,昭和55年6月22日施行の選挙では3.94倍,昭和58年12月18日施行の選挙では4.40倍,昭和61年7月6日施行の選挙では2.92倍,平成2年2月18日施行の選挙では3.18倍,平成5年7月18日施行の選挙では2.82倍であった。

(ウ) 現行制度においては,衆議院議員の定数は480名であり,そのうちの300名は小選挙区選出議員とし,残りの180名を比例選挙区選出議員とする(公職選挙法4条1項。なお,平成12年法律第1号による改正前の公職選挙法では,それぞれ,500名,300名,200名。)。

(エ) 小選挙区選出議員の選挙区は,公職選挙法の別表において定め,各選挙区において選挙すべき議員の数は1人とする(同法13条1項,別表第1)。

イ.区画審設置法に基づく衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定の枠組み

(ア) 衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し,調査審議し,必要があると認めるときは,その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告する機関として,内閣府に区画審を設置する(区画審設置法1条,2条)。

(イ) 区画審は,国会議員以外の者で識見が高く衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し公正な判断をすることができるもののうちから,両議院の同意を得て内閣総理大臣が任命した委員7名で組織する(同法6条1項,2項)。

(ウ) 区画審は,@国勢調査(統計法5条2項本文(平成19年法律第53号による改正前は4条2項本文)の規定により10年ごとに行われる国勢調査に限る。)の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内,A各選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情があると認めるときに,(ア)の勧告を行う(区画審設置法4条1項,2項)。

(エ)a 改定案の作成は,各選挙区の人口の均衡を図り,各選挙区の人口(官報で公示された最近の国勢調査又はこれに準ずる全国的な人口調査の結果による人口をいう。以下同じ。)のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上とならないようにすることを基本とし,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならない(同法3条1項)。

b 前項の改定案の作成に当たっては,各都道府県の区域内の衆議院小選挙区選出議員の選挙区の数は,1に,衆議院小選挙区選出議員の定数に相当する数(300)から都道府県の数を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とする(1人別枠方式)(同法3条2項)。

(4) 現行衆議院議員選挙制度が取り入れられた後の衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定等

ア.区画審は,平成13年12月,平成19年法律第53号による改正前の統計法4条1項,2項に基づく平成12年実施の国勢調査の結果に基づき,衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定案を作成して内閣総理大臣に提出した。
 これを受けて,平成14年7月31日,同勧告に沿う形で衆議院(小選挙区選出)議員の選挙区を改定すること及び衆議院(比例代表選出)議員の各選挙区において選挙すべき議員の数を改定することを内容とする公職選挙法の一部を改正する法律(平成14年法律第95号)が成立し,公布された。

イ.区画審は,平成17年実施の国勢調査速報値の公表に伴い衆議院(小選挙区選出)議員の選挙区の改定の要否について審議したが,選挙区間の最大較差が平成12年国勢調査に基づく選挙区改定時の2.064倍から2.203倍に拡大したものの,各選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情が生じているとまでは認められないとして,選挙区の改定に関する内閣総理大臣への勧告を行わないとの結論に達した。
 なお,平成17年実施の国勢調査の確定値によれば,人口が最少の選挙区は高知県第3区(25万8681人)であり,大阪府第9区(53万3537人)との較差は,2.063倍であった。また,上記の2.203倍の最大較差は,高知県第3区と千葉県第4区(人口56万9835人)との間で生じていた。

ウ.本件選挙は,上記アの経緯により改正された公職選挙法に基づき行われたものであり,平成20年9月2日現在における衆議院小選挙区別選挙人名簿及び在外選挙人名簿登録者数並びに最少選挙区との最大較差は2.255倍,投票当日における有権者数及び最少選挙区との最大較差は2.304倍であった。

(5) 現行衆議院議員選挙制度の下で行われた衆議院議員選挙は過去4回あり,本件選挙は5回目である。
 これらの過去の選挙では,いずれも小選挙区における投票価値の不平等を理由として選挙の無効を求める訴訟が提起された。このうち,訴えの利益がないとして上告審で訴えが却下された事件(審理中に衆議院が解散されたため)を除く3件に関する最高裁判所の判決の骨子(ただし,下記のとおり,小選挙区における投票価値の不平等に関する部分に限る。)は以下のとおりである。

ア.平成8年10月20日施行の選挙(最高裁平成11年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1441頁

 小選挙区における投票価値の不平等に関するの要旨は,当時の公職選挙法の規定は憲法14条1項,43条1項に違反しないというものである。
 ただし,1人別枠方式は,憲法に違反するとの5裁判官の反対意見がある。

イ.平成12年6月25日施行の選挙(最高裁平成13年12月18日第3小法廷判決・民集55巻7号1647頁

 小選挙区における投票価値の不平等に関する判決の要旨は,当時の公職選挙法の規定は憲法14条1項,43条1項に違反しないというものである(全員一致)。

ウ.平成17年9月11日施行の選挙(最高裁判所平成19年6月13日大法廷判決・民集61巻4号1617頁

 小選挙区における投票価値の不平等に関する判決の要旨は,当時の公職選挙法の規定は憲法14条1項,43条1項に違反しないというものである。
 ただし,1人別枠方式は合理性が乏しく,投票価値の平等を損なうが,従前の最高裁判所の判決が同方式を合憲としたこと等を踏まえ,区割規定を違憲とし当該選挙を違憲選挙と断定するには躊躇を覚えるとして,是正を要することを求めることを内容とする4裁判官の見解,本件区割規定は憲法に違反するとする2裁判官の反対意見がある。

エ.なお,上記アないしウの各最高裁判所判決に現れた衆議院議員選挙における,議員1人当たりの選挙人数の最大の較差(概数)は,平成8年10月20日施行の選挙では2.309倍,平成12年6月25日施行の選挙では2.471倍,平成17年9月11日施行の選挙では2.171倍であり,また,平成15年11月9日施行の選挙におけるそれは,2.06倍であった。

【判旨】

1.検討

(1) 本件選挙(小選挙区)において,各選挙区間の人口又は有権者数に2倍を超える較差があることは,争いもなく明らかであり(なお,較差の計算に際しては,人口と有権者数のいずれを基準とすべきかという問題があり,原被告ともにどちらとするのが相当かについて明確な主張があるとまでは言い難い。ただ,人口と有権者数は全く無関係ではなく,相当程度において相関関係があると考えられるし,どちらを採用するかによって結論を異にするほどの大きな違いは生じないと考えられるから,本件ではこの点には立ち入らず,基本的に有権者数を基準として検討する。),本件の争点は,これらの較差に関する憲法解釈である。
 憲法上,国政は,国民の厳粛な信託に基づき,国民の代表者が行うものであり(前文1項),国権の最高機関である国会は,全国民を代表する選挙された議員で組織する衆議院及び参議院で構成するとされ(41条,42条,43条1項),国会の両議院の議員を選挙する権利は,国民固有の権利として成年である国民のすべてに保障され(15条1項,3項),選挙人資格については,人種,信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産又は収入によって差別してはならないとされている(44条ただし書)。
 この選挙権は,多年にわたる人類の努力とそれに基づく民主政治の歴史的発展の成果の現れであり,国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利として,議会制民主主義の根幹であり,現代では一定の年齢に達した国民にあまねく平等に与えられている。そして,歴史的発展を通じて一貫して追求されてきたのは,選挙における投票という国民の国政参加の最も基本的な場面においては,国民は原則として完全に平等視されるべきで,身体的,精神的又は社会的条件に基づく属性の相違はすべて捨象されるべきであるとする理念である。したがって,このような平等原理が徹底して適用されるべき選挙権の平等は,単に選挙人資格制限の撤廃による選挙権の拡大を要求するにとどまらず,更に進んで,選挙権の内容の平等,換言すれば,各選挙人の投票の価値,すなわち各投票が選挙の結果に及ぼす影響力においても平等であることを要求せざるを得ない。このような選挙権の平等の性質を考えると,例えば,特定の範疇の選挙人に複数の投票権を与えたり,選挙人の間に納税額等による種別を設けその種別ごとに選挙人数と不均衡な割合の数の議員を選出させたりするような,殊更に投票の実質的価値を不平等にする選挙制度がこれに違反し,憲法の趣旨に反することは明らかであるが,そのような顕著な場合ばかりでなく,具体的な選挙制度において各選挙人の投票価値に実質的な差異が生ずる場合には,常に右の選挙権の平等の原則との関係で問題が生ずる。本件で問題とされているような,各選挙区における選挙人の数が異なる結果,各選挙人が自己の選ぶ候補者に投じた1票がその者を議員として当選させるために寄与する効果に大小が生ずる場合もまた,その一場合である。
 憲法は,14条1項において,すべて国民は法の下に平等であると定め,一般的に平等の原理を宣明するとともに,政治の領域におけるその適用として,前記のように,選挙権について15条1項,3項,44条ただし書の規定を設けている。これらの規定を一体として検討し,かつ,15条1項等の規定が上記の選挙権の平等の原則の歴史的発展の成果の反映であることを考慮するときは,憲法14条1項に定める法の下の平等は,選挙権に関しては,国民はすべて政治的価値において平等であるべきであるとする徹底した平等化を志向するものであり,15条1項等の各規定の文言上は単に選挙人資格における差別の禁止が定められているにすぎないけれども,単にそれだけにとどまらず,選挙権の内容,すなわち各選挙人の投票の価値の平等もまた,憲法の要求するところであると解するのが,相当である。
 もっとも,上記の投票価値の平等は,各投票が選挙の結果に及ぼす影響力が数字的に完全に同一であることまでも要求するものと直ちに考えることはできない。なぜならば,投票価値は選挙制度の仕組みと密接に関連し,その仕組みの内容により,結果的に右のような投票の影響力に若干の差異を生ずることがあるのを避けることは困難であるからである。
 代表民主制の下における選挙制度は,選挙された代表者を通じて,国民の利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし,他方,政治における安定の要請をも考慮しながら,それぞれの国において,その国の事情に即して具体的に決定されるべきものであり,そこに論理的,必然的に要請される一定不変の形態が存在するわけではない。憲法もまた,その理由から,国会両議院の議員の選挙については,議員の定数,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(43条2項,47条),両議院の議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の合理的な裁量に委ねている。したがって,憲法は,前記投票価値の平等についても,これをそれらの選挙制度の決定について国会が考慮すべき唯一絶対の基準としているわけではなく,国会は,衆議院及び参議院それぞれについて斟酌することのできる選挙制度自体に関する他の事項をも考慮して,公正かつ効果的な代表という目標を実現するために適切な選挙制度を具体的に決定することができるのであり,投票価値の平等は,さきに例示した選挙制度のように明らかにこれに反するもの,その他憲法上選挙制度を考えるうえで正当な理由となり得ないことが明らかな事由を除いては,原則として,国会が正当に考慮することのできる選挙制度自体に関する政策的目的ないしは理由との関連においては,調和的に実現されるべきものと解さなければならない。
 しかし,そうはいっても,このことは,平等選挙権の一要素としての投票価値の平等が,単に国会の裁量権の行使の際における考慮事項の一つであるにとどまり,憲法上の要求としての意義と価値を有しないことを意味すると解されてはならない。投票価値の平等は,常にその絶対的な形における実現を可能とするものではないけれども,国会は絶えずその方向を目指して努力すべきであると解され,国会がそれぞれの時点においてその裁量によつて決定した具体的な選挙制度において現実に投票価値に不平等の結果が生じている場合には,それは,国会が各時点で正当に考慮することのできる選挙制度自体に関する重要な政策的目的ないしは理由に基づく結果として合理的に是認することができるものでなければならないと解されるのであり,その限りにおいて大きな意義と効果を有するのである。そうすると,国会が衆議院について決定した具体的選挙制度は,それが憲法上の選挙権の平等の要求に反するものでないかどうかにつき,常に各別に上記の観点からする吟味と検討を免れることができないというべきである。
 そして,国会議員の選挙における選挙区割りと議員定数の配分を決定すべき要素には,極めて多種多様で複雑微妙な選挙制度自体に関する政策的及び技術的考慮要素が含まれており,それらの諸要素のそれぞれをどの程度考慮し,これを具体的決定にどこまで反映させることができるかについては,もとより厳密に一定された客観的基準が存在するわけではない。
 以上のようにみてくると,衆議院議員選挙の選挙区割りと議員定数の配分は,結局は,国会の具体的に決定したところがその裁量権の合理的な行使として是認されるかどうかによって,慎重に決するほかはない。しかしながら,このような見地に立って考えても,具体的に決定された選挙区割りと議員定数の配分の下における選挙人の投票価値の不平等が,国会において,立法作業がされるそれぞれの時点の特性をも含めて通常考慮し得る選挙制度自体に関する諸般の要素を斟酌してもなお,一般的に合理性を有するものとはとうてい考えられない程度に達しているときは,もはや国会の合理的裁量の限界を超えているものと推定されるべきものであり,このような不平等を正当化すべき特段の理由が示されない限り,憲法違反と判断するほかはないというべきである。
 (なお,以上につき,最高裁昭和51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁をも参照)

(2)ア.ところで,選挙制度には,特定の候補者に投票する方法や特定の政党への投票を経て当選者を決定する方法があると考えられるが,どのような選挙制度を採っても全国を1つの選挙区としない限り,選挙区の分割という問題が生じ,更に選挙区をどのように画定するかという問題が生じることは不可避である。
 この点につき,原告は,市町村や都道府県といった行政単位は,選挙区を確定するうえでの要素とならず,各選挙区の人口が等しくなることが必要であると主張するのに対し,被告は,投票価値の平等は選挙制度を決定する際の唯一絶対の基準ではなく,国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるものであると主張する。
 そこで,以下において検討をすることとなるが,まず,その前提として,選挙区の画定に際して考慮され得る事情を想定してみると,@適正な選挙運営の実現や選挙区の区割りをするうえでの技術的問題から生じる選挙制度自体に内在する要因と,Aそれ以外の政策その他の事由とを,区別することが可能である。
 原告は,Aの較差は当然許されないとし,@についても極力それが生じないようにすべきである,すなわち,都道府県や市町村の行政区画を理由として,各選挙区の人口又は有権者数に違いが生じることは正当化できないという趣旨の主張をするのに対し,被告は,@については,行政区画を分割の基準とすることにより生ずる較差は是認すべきであるし,Aについても,投票価値の平等が唯一絶対の基準ではなく,他に正当に考慮できる政策的目的又は理由があり得るとの趣旨の主張をしていると解される。
 本件の争点を考える場合には,あくまでも選挙制度自体に内在するものとそうでないものとで問題状況を異にすると思われるので,両者を別々に検討することが有益と考えられる。そこで,先に,Aについて選挙制度自体に内在する要因以外の事由を考慮できるかどうかを検討したうえで,それを踏まえ,@に関して選挙制度に内在する要因に基づいて較差が是認し得るかどうかを検討することとする。

イ(ア) 憲法47条は,選挙区,投票の方式その他両議院の議員の選挙に関する事項は,法律でこれを定めると規定しているが,同条には,国会が具体的にどのような事情を考慮してこれらの点を定めるかに関しては全く定められていない。したがって,前記(1)で述べたように,国会には合理的な裁量が認められるということができる。しかし,その裁量権が付与されている根拠について考えてみると,選挙区,投票の方式等選挙に関する事項を決定するには,かなり高度な技術的要素を考慮する必要があり,また,時代,社会情勢等に応じて細かく変更を加えるべき可能性もあり得るから,憲法がそのような細部にわたる規定を置くことが非現実的であることにこそあると考えられる(これらのことは,後記ウ(イ)において詳しく触れる。)。同条の規定を根拠にして直ちに国会に広く選挙制度自体に内在する要因以外の他の政策までも持ち込むような全面的,広範な裁量権を付与したと解することができないことは,前記(1)で前述したところからも導かれる。
 そして,憲法14条1項及び44条ただし書きは,選挙人の資格に関する差別を禁止している。また,憲法は,政治の仕組みとして多数決原理を採用しているが,参政権は,国民が政治に関与する基本的かつ最も重要な権利であって,その権利の実現にあたり,有権者間で差異をもうけることは,憲法の考え方と相容れず,明らかに不相当である。仮にそのようなことが認められると,政策的目的や理由によっては多数の民意が反映されなくなる可能性もあるが,それ自体が憲法の定める民主主義の要請に応えたものとは言い難い(例えば,およそあり得ないことであるが,仮に納税の確保という政策を実現するためには納税額の多い有権者の方が政策に的確な見解を述べやすいとして一定額以上の多額納税者に複数票を与える立法の動きがされた場合を想定してみると,その不当なことは歴然とする。)。これらを併せて考えると,特に憲法自体が定めていると解し得る場合でない限り,憲法47条が選挙制度に内在する要因以外の政策的目的や理由により投票価値の平等を害することを認めていると解するのは困難というべきである。

(イ) この点について,被告は,選挙制度自体以外に国会が正当に考慮できる政策的目的ないしは理由があると主張しており,前記の最高裁昭和51年4月14日大法廷判決にも,判決の文言上は,一見するとそれに沿うような部分が存在する。
 しかし,選挙制度自体以外に関する政策(以下では,選挙制度自体に内在する政策と区別する意味で便宜「選挙外政策」ということとする。)は,国会が選挙制度以外に関する立法活動等を通じて実現すべき対象であり,選挙制度によって実現すべきものとは解されない。そもそも,どのような政策を選択するかは,選挙によって選出された国会議員によって構成される国会での審議を経て決せられるべきことは,自明である。
 特定の政策に限って,国会審議よりも前の段階である選挙に関する制度により所与の前提として反映させようとするのは,背理ないしは矛盾があるといわれてもやむを得ない。たまたま選挙制度によって左右されるような選挙外政策が,社会的,国家的に他の政策と比べて最優先視されるべき必然性は全くないし,そのような必要性を見出すことも困難である。
 したがって,選挙制度は,憲法上の明らかな要請等がある場合を除き,選挙外政策については価値中立的なものであることが求められているというべきである。二院制を採用する憲法下では,第2院である参議院の場合には,固有の配慮が働くべき余地が認められるが,第1院である衆議院においては,この要請が強く働くと解すべきである。
 そうすると,前記最高裁昭和51年4月14日大法廷判決のいう正当に考慮できる政策的目的ないし理由には,選挙外政策に関するものは含まれないと解することができ,被告の主張は採用することができない。

(ウ) 被告は,1人別枠方式について,人口の少ない県に居住する国民の意見をも国政に反映させることができるようにすることを目的としたもので,国会が正当に考慮することができる範囲内にあると主張する。
 しかし,そもそも人口の多寡に関する選挙外政策を選挙制度において考慮し得るとする上記の考え方は,国会議員を地域代表と理解するものであり,国会議員が全国民の代表者とされている(憲法43条1項)趣旨に背馳するといわなければならない。また,憲法が地方自治を保障し,条例制定権等を認めていることに照らせば,特定の地域に居住する国民の意見を反映した政治の実現は,まずは地方自治を通して実現されていくべきであるし,国政においても,全国民を均等に代表する議員によって,他のあらゆる政策とともに俎上に乗せられてあくまでも全国民の立場から総合的な検討を加えて実現されるべきであって,それ以上に投票の価値の不平等という手段をもってしてまでも考慮しなければならない必然性は見当たらない。
 そして,平成6年の公職選挙法の改正で採用された小選挙区比例代表並立制を提言した前記第8次選挙制度審議会の平成2年4月26日付け答申では,定数を人口比例により都道府県に割り振るものとし,ただ割り振られた定数が1である都道府県については,その定数を2とすることにより最大較差が縮小することとなるときはその都道府県に割り振る定数を2とすることとして,人口比例原則を採用し,その例外は極めて限られていたこと,ところが,その後の政府の諮問により,1人別枠方式が答申され,これに基づいて平成6年改正が行われたことは,当裁判所に顕著である。
 この改正により,一方では,人口の最大較差が従来の3倍程度の状態から2倍強に減少するという改善が図られたが,他方では,人口比例原則からは相当程度の逸脱をしたと評されており,この方式の下では,上記の人口比例原則によった場合と比較しても較差が拡大することとなる(前記最高裁平成19年6月13日大法廷判決における4裁判官の見解参照)。
 以上によれば,1人別枠方式には,投票価値の平等を損なうことを許容する例外としての合理性は認められないことが導かれるから,結局,1人別枠方式は,必要性も合理性も認められず,憲法の趣旨に合致しない方式というべきである。そして,後記ウ(ウ)a及びcで検討する点をも考慮すれば,このことは,遅くとも本件選挙時までには明らかになっていたと認められる。

(エ) 以上を総合すると,選挙外政策すなわち代表民主制の実現を図る選挙制度自体以外の政策的目的又は理由により,投票価値の平等を害することを認めることは相当ではなく,1人別枠方式も憲法の趣旨に合致しない方式というべきである。

ウ(ア) 次に,選挙制度自体に内在する要因について検討すると,原告は,都道府県や行政区画を理由として投票価値の平等を害することは許されないとするのに対し,被告は,都道府県を基準とすることや市町村の分割が困難であることを理由に較差がある程度拡大することはやむを得ないと主張する趣旨と解される。

(イ) この点について当裁判所は,前記(1)において述べたとおり,選挙制度自体に内在する要因を理由とする国会の裁量権はかなり広い範囲内で認められると判断する。そして,選挙制度自体に内在する要因には,選挙区の画定に関する技術的問題だけでなく,代表民主制の健全な運営という観点からの要因も含まれ,これを加味して検討すべきものと考える。その理由は以下のとおりである。

a まず,選挙区の画定に際しては,行政区画を基準とし,住所により画定する方法が最も明確性に優れていることは否定できない。
 その基準を都道府県とするか市町村や特別区とするか,又は,市町村や特別区をさらに細分化したものとするかという点はさておき,住所を基準とする以外の有用な区割基準を見出すことは困難である。

b 次に具体的な区割りについて検討すると,投票価値の平等が区割りの基準として重要であることは当然である。
 しかし,憲法が採用する代表民主制の前提としては,民意を的確に反映させるという視点が不可欠であるほかに,憲法は,当然,被選挙権をも保障していると解され,有権者にとっても立候補者にとっても,予測可能な安定した選挙環境を提供することもまた,軽視し得ない重大な要請というべきである。
 そして,投票価値の平等を追い求めるあまり,選挙の都度選挙区の範囲が異なるような事態が生じれば,境界域に居住する有権者の地位を不安定にするうえ,境界域の居住者が立候補をしようとする場合には,選挙直前まで選挙区が確定しないようなことも想定し得る。
 また,選挙区があまりに広大になったり,地理的に特殊な形状となった場合,立候補者の選挙活動が困難になる可能性も生じ得るが,そのような事態は,立候補者が選挙区内の有権者全員に自らの政治信条を的確に伝えようとすることを妨げる要因になることは否定できず,代表民主制の健全な運用という観点に照らせば,相当とは言い難い点を含むこととなる。

c さらに,投票価値の平等に関する技術的問題については,司法審査の限界も検討する必要がある。
 我が国には,起伏に富んだ地形に加え,北海道,本州,四国,九州の4島に加えて多数の離島から構成されるという地理的特性があり,首都圏等の人口密集地から人口流出の激しい過疎地域まであるから,このような国土や人口分布の状況に照らせば,全国を300の選挙区に区分けし,かつ,各地域の投票価値の平等を図る作業が相当に困難であることは否定し難い。
 投票価値の較差を問題として選挙の無効が請求される裁判においても,個々の区割り(特にどの市町村とどの市町村を同一の選挙区とするかなど)につき,その区割りが合理的とされる具体的な根拠やその区割りよりも好ましい具体的な区割りがあるかどうかといった点について具体的な主張立証が常に尽くされているとは言い難く,投票価値の較差が数字上どの程度のものになっているかという議論に終始している一面があることは否定できない(なお,原告は,区割りの試案ともいうべき衆議院議員選挙仮想選挙区割を証拠として提出するが,上記の区割りは,市町村を基準としつつ,たとえば帯広市のうち12万0516人が居住する地域といった調整をすることによって,各選挙区の有権者数を同一にしようというものであるところ,このような市町村のうち一定の人数が居住する地域とは具体的にどこを指すのか,また,このような区割りの方法が現実的かという点はなお検討を要するといえ,現行の区割り規定の代替案として採用し得るとまでいえるかについては,直ちに結論を導くことは難しい。)。

d 憲法は,上記のような現実を踏まえ,選挙制度に関する立法を国会に委ねたと解され,憲法47条の趣旨は,選挙制度の技術的問題や健全な代表民主制の確保のための選挙制度の構築を国会の健全な裁量権に委ねており,この観点からの国会の裁量権はかなり広い範囲内で認められると解するのが相当である。

(ウ)a 以上のとおり,国会が選挙区の画定につきかなり広い裁量権を有することは認められるが,前記(1)で述べたとおり,その裁量権は無限定でないし,投票価値の平等が選挙区の画定における重要な要素であることも当然である。
 上記のような技術的問題や代表民主制の健全な運営という観点は国会にかなり広い裁量権があることを導くものの,民主主義の絶対的本質が多数者の意見の尊重であることに照らせば,これらの要素は補正要素にすぎず,それをもって投票価値の著しい較差まで是認できるものではない。
 もっとも,他方において,国会の裁量権が適正に尽くされたかどうかは,突き詰めていけば各選挙区の区割りが適正にされたかどうかの司法審査に至らざるを得ないが,上記の点につき,司法審査の限界を考慮せざるを得ないことは,前記検討のとおりである。
 当裁判所は,これらの点を総合的に考慮したうえで,投票価値の平等を問題として選挙の効力が争われる事案における,平成21年後半の現時点での司法審査のあり方については,以下のように考えるのが相当であると考える。
 まず,投票価値の較差については,前記(1)で検討したところからすれば,歴史的発展の過程で選挙における平等価値が一貫して追求されてきた以上は,今もなお可能な限り徹底してこれをなくすような努力が払われなければならないと考える。
 この較差の点については,いつの時代にあっても,多少なりとも較差があること自体を不快に感ずる有権者の感覚は,あって当然であり,不当視されるべきではないと思われる。そして,近時小選挙区比例代表並立制下での選挙結果に基づいて様々な政治情勢の変化を経てきたことは公知の事実であり,有権者も,投票行動により,政治情勢が大きく変化し得ることをたびたび目の当たりに経験してきたということができる。差し当たって平成21年後半の現状では,特にその較差が2倍に達するような事態は,多数有権者数の選挙区の有権者の視点から見れば,結果として他選挙区である少数有権者数の選挙区の有権者が自分の2票以上を投ずることができてしまっていると見えるのが自然であり,前者の多くの有権者の視点からはもちろん後者の有権者を含む大多数の国民の視点からも,これを耐え難い国民の間の不平等と感じるのが通常となっていると思われ,客観的にも著しい不平等と評価すべき状況に至っていると認めることができる。さらに,現状においては,区割りの技術的要請や代表民主制の円滑な運営のための選挙制度という観点を考慮して,投票価値の較差が基本的に決して2倍に達しないような選挙制度を構築することは,全く実現不可能ではないと考えられる。そうすると,少なくとも現時点では,投票価値の較差が2倍に達するに至った場合は,当該状態は原則として違憲と推定され,このような較差が生じることを回避することができない特段の事情に関する主張,立証がない限り,違憲との評価を受けるというべきである。
 これに対し,将来はともかく平成21年後半の現状において,投票価値の一定の較差が残ってもそれが2倍に達しない場合は,上述のとおりそれを不快に感ずる有権者があっても不当視はされないけれども,本件全証拠を精査しても有権者にそれが耐え難いものとして受け取られるのが通常であるとまで断定できる資料は見当たらない。この場合,多数有権者数の選挙区の有権者からも少数有権者数の選挙区の有権者が2票を投じ得るとは当然には見えない。したがって,この場合は,著しい不平等とまでは直ちにいうことができない。また,現時点で想定してみると,近い将来に国会が認容される裁量権の範囲内で選挙制度自体に関する諸般の事情を考慮して立法上の対策を講じてもなおこのような較差を全面的には排除することができず,その結果を当面とりあえずは容認せざるを得ない事態が起きる可能性を完全に否定し去ることはできない。そうすると,このような較差が2倍に達しない状態は,現時点では,基本的には国会に委ねられた裁量権の範囲内であって,前段の場合とは逆に,国会の裁量の逸脱があったといえるような具体的な事情を主張,立証しない限り,合憲との評価を受けるというべきである。
 そうすると,投票価値の較差が2倍に達するかそうでないかでは,截然とした違いがあると解される(もっとも,ある程度時間が経過した将来においてもなお,上記のようなことがいえるかは,現時点では予測の限りでない。)。

b 以上の点について,原告は,@国会議員は公職選挙法の有効性に直接の利害関係があるから,選挙制度につき,裁量権を有すると解することはできない,A憲法は,選挙区制に基づく選挙制度を採用する場合は,各選挙区から選出される代表者の配分を人口分布に比例して配分すべく国会の立法権限を拘束しているなどの主張をする。
 しかし,@については,憲法47条の規定の文理からも国会に全く裁量権がないと認めるのは困難であるし,選挙制度に直接の利害を有する国会議員によって構成される国会がかなり広い裁量権を有することについても,憲法は裁判所に違憲立法審査権を与えることによって,立法府の裁量権を超えた違憲の立法がされることを防止しようとしていることに照らせば,それ自体が憲法の枠組みに照らし不当ということはできない。
 また,Aについても,前記(イ)及び前記(1)において検討したとおり,上記の要請の実現が現実的に困難な点を含んでいることは否めないし,またその実現に拘泥するあまり,適正な選挙運営が害されるようであれば,かえって代表民主制の健全な運営を維持することが難しくなることに照らせば,憲法がこのような要請を唯一絶対のものとして国会の裁量権を拘束していると認めることはできず,採用できない。

c ところで,選挙区を規定した法律の合憲性については,しばしば合理的な是正期間があったかどうかとの議論がされ,被告の主張の中にも,現行公職選挙法制定の経緯やその後の最高裁判所の判決に照らせば,違憲と評価されるような立法不作為はないとする趣旨の主張も含まれていると解される。
 確かに,前記のとおり国会は選挙区を適正なものに改定する義務を負うといえるけれども,選挙区の改定の前提としての人口調査や有権者数の調査にはそれなりの時間を要するうえ,急激な人口変動が生じた場合にはそれに対応する時間的余裕がない状況もあり得る。また,選挙区がめまぐるしく変わる状態が選挙制度の適正な運営という観点に照らした場合,相当とは言い難いことも,前記のとおりである。
 このような事情により是正できなかった投票価値の不平等は,選挙制度に内在する回避困難なことといえるから,それをもって当該規定を違憲ということはできず,裁判所は投票価値の不平等を是正する時間的猶予があったかどうかを検討すべきであると解される。
 そこで,検討してみると,前記(1)において触れたとおり,民主政治の歴史的発展の過程では選挙における平等価値が一貫して追求されてきており,我が国の憲法秩序においては,投票の実質的価値の平等は,今もなお,可能な限り徹底して求め続けられなければならない事柄であり,国会においても常にその姿勢を維持してより平等に向けた努力を払うことが要求されているというべきである。そして,前記イ(ウ)及び認定事実によれば,かつて採用されていた中選挙区単記投票制の下で施行された衆議院議員選挙では,議員1人当たりの選挙人数の最大の較差は,常に2倍を大幅に超えており,そのことをも含めた同制度の問題点を根本的に改めるために平成6年にされた公職選挙法の改正により,小選挙区比例代表並立制が採用され,選挙区の画定については1人別枠方式が実施されるに至り,その結果,上記の較差は,縮小傾向を示して2倍を大幅に超えるにまでは至っていないこと,それでもなお,その較差は常時2倍を超過する範囲に留まっていること,区画審設置法は,あくまでも1人別枠方式を採用し,その下で区画審により検討がされて現に衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定がされたこともあるが,平成17年実施の国勢調査速報値の下では改定の勧告が見送られるに至ったことが明らかにされている(なお,あくまでも区画審設置法を大前提として見る限りは,区画審が上記改定勧告をしなかったこと自体は,それほど不当ということもできない。)。
 このような経過を見ると,1人別枠方式は,従来の著しい較差を改善させる方式としていわば過渡期の改善策としては,それなりの合理性と実効性があったことを否定することはできない。その意味で,従来の最高裁判所判決により合憲の評価を受けたことも,頷くことができないではない。
 しかしながら,前記(1)において触れ,更に繰り返して述べたとおり,選挙権の歴史的発展を通じて一貫して追求されてきたのは,選挙権の内容の平等であり,各選挙人の投票の価値が平等であることは,常に求められ続けてきたということができる。このような観点からみると,平成6年に改正された公職選挙法と区画審設置法の枠組下で従来の状態と比較した限度で較差が改善されたことに甘んじ,いつまでも上記の較差が2倍を超える状態に固定するのを放置することは,立法府の在り方としては憲法上許される範囲のことではないと考えられる。ところが,本件選挙までにこのような観点から区画審設置法,公職選挙法等を改定する努力が払われた跡のあることを示す証拠は全くない。
 そうすると,本件選挙時までには立法不作為は違憲の評価を免れない状態に立ち至っていたというべきである。

(3) 本件における検討

ア.本件についてみると,平成20年9月2日時点での衆議院小選挙区別選挙人名簿及び在外選挙人名簿登録者数を基準とすると,原告が所属する大阪府第9区の有権者数は,43万3428人と大阪府の中では最も多い一方,比較対象となった高知県第3区の有権者数は21万4484人であり,高知県の中で最低であるほか,全国でも最低であり,前者の有権者数は,後者の有権者数の2.021倍である。なお,全国で最多の千葉県第4区の有権者数は48万3702人で,高知県第3区の有権者数の2.255倍である。
 また,本件選挙当日の平成21年8月30日時点での衆議院小選挙区別選挙当日有権者数を基準とすると,大阪府第9区の有権者数は,43万3290人で,高知県第3区の有権者数は21万1750人であり,前者の有権者数は,後者の有権者数の2.046倍となる。なお,上記千葉県第4区の有権者数は,48万7837人で,高知県第3区の有権者数の2.304倍である。
 上記の較差が生じることを回避することができない特段の事情の主張,立証はなく,かえって,この較差は,1人別枠方式という,少なくとも本件選挙時までには許容されなくなった政策的目的ないしは理由を根拠として定められた選挙方式,すなわち憲法の趣旨に反するに至った選挙区割りの方式により生じたと認められるから,本件選挙(小選挙区)は,違法との評価を免れない。

イ.なお,上記のとおり,本件選挙(小選挙区)は違法であるが,これを無効とした場合,公の利益に著しい障害が生じることは明らかであり,原告の受ける損害等を考慮してもなお,公共の福祉に適合しないと認められる。
 そして,行政事件訴訟法31条1項前段は,行政処分の違法は認められるけれど,それを取り消すことによる公の不利益が著しく大きいことなどの要件を満たす場合には,処分の違法を宣言したうえで,原告の請求を棄却することを認めているが,本件でも選挙の無効を認めた場合の公の利益の障害等を考慮すると,原告の請求を認容することは相当とはいえないので,上記規定の趣旨に準じた判決をすべきである。

2.結論

 よって,原告の請求は,選挙の違法については理由があるものの,公の利益の著しい障害等を考慮すれば,それを無効とするのは相当ではないから,行政事件訴訟法31条1項前段の趣旨に準じて,原告の請求を棄却し,訴訟費用については,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法64条ただし書(選挙の違法が認められる以上,原告の全部敗訴ということはできない。)を適用して被告の負担とすることとし,主文のとおり判決する。

3.判決主文

(1) 原告の請求を棄却する。ただし,平成21年8月30日に行われた衆議院議員選挙の小選挙区大阪府第9区における選挙は,違法である。

(2) 訴訟費用は,被告の負担とする。

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