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大阪地裁第12刑事部決定平成22年05月26日

【判旨】

(前回からの続き)

第6.Hの検察官調書(甲29)について

1.当事者の主張の概要

 検察官は,証人Hの公判証言(第7回公判)と検察官調書(甲29。6月2日付け)には相反性があり,また,検察官調書には特信性があると主張する。
 検察官は,特信性について,Hは,公判において,自己の刑事責任やBへの配慮等から,真実を供述することが困難な情況にあったのに対し,捜査段階においては,外部的に特信性のある情況で検察官調書は作成されていると共に,公判供述の内容は,あいまいで,不自然,不合理であるのに対し,検察官調書の内容は,具体的で,自然かつ合理的であり,自己に不利益な事実も率直に供述しており,他の証拠とも整合することなどから,内容的にも特信性がある旨主張する。
 これに対し,弁護人は,Hには,Bに配慮したり,自己の刑事責任を考慮したりする必要はなく,Hは,検察官の作成した調書に脅迫されて署名したもので,その内容も客観的な証拠に矛盾しており,外部的事情からも,内容面からも,Hの検察官調書に特信性は認められないと主張する。
 以下,Hの検察官調書の特信性の有無について検討する。

2.相反性について

 Hの公判証言と検察官調書とには相反性があることは明白であるが,その中核的な点は,@2月下旬ころ,Bの指示を受け,Cと共にIを訪ね,厚労省への口利きを依頼したか否か,Aその後,eでも,「『a』はI代議士からお墨付きをいただいている。厚労省担当者にも電話で連絡してもらっている。」などと説明したか否かという点である。

3.外部的情況について

(1) 記録上認められる事実

 Hは,5月15,16日,被疑者としてP6の取調べを受け,供述調書が2通作成された。HからI議員への口利きの事実はなかったという内容であった。
 6月2日,P3は,Hを被疑者として取り調べた。P3は,「それ以前,Bの取調べを担当している中で,Bから,eに行ったときに,I先生の力を使って発行願を出してもらおうという働き掛けをしたという供述を得ていたこと等,その時点ではAから,Dからの引継ぎ状況の中での話ではあったが,I議員の口利きのある議員案件だという供述を得ていたので,その点について確認をしようという趣旨であった。」旨供述する。
 Hは,P3に対し,当初,「a」の実態について,障害者を支援するために作った団体であって,特定の政治家の口利きを念頭に置いて作った団体ではないし,低料第三種郵便の制度を悪用しようとして設立した団体ではないなどと言っていた。
 P3は,取調べ中,2回から3回ぐらい,ばんばんばんと連続して机を叩いて大声で怒ったことがあった。
 P3は,同日,Hの供述調書を作成した。これには,相反部分@,Aの記載がある。
 6月3日,Hは,N弁護士を弁護人に選任し,弁護人選任届を検察庁に提出した。
 Hの弁護人から取調べに関する申入書が検察庁に送付された。これには,「Hは6月2日にピーサン(以下,P3の姓と同音の記載をこのように呼称する。)検事の検事の取調べを受け,調書が作成された。調書には,Hが,Cと共に,I代議士にaの活動について厚労省担当者を紹介することと力添えを依頼したとの記載がある。Hには,その記憶がなく否定しているのにピーサン検事は勝手に作文した。ピーサン検事の描いたストーリーに反する供述をすると,テーブルを叩くなどした。Hは,ピーサン検事の言うとおりにしなければ重大な不利益を被る危惧を感じたため,やむなく調書に署名押印した。厳重に抗議する。」という内容の記載があった。
 P3は,主任検事から申入書がファックスで届いていると見せられた。
 同日午後,P3はHを取り調べたが,供述調書を作成していない。
 同日,Hは,検察庁内で弁護人の解任届を作成し,検察庁に提出した。
 6月4日,P3は,P11特捜部副部長から取調べ状況を聴取された。P12特捜部長作成の6月4日付け取調べ関係申入れ等対応票には,「P3は,P11に対して『Hは,検察官の質問に対して真摯に記憶喚起に努める姿勢を示し,記憶のままに素直に供述しており,“申入書”にあるように,記憶にない事実を押し付けたり,机を叩く必要はなく,そのような事実はない。』旨を述べた。」との記載がある。

(2) 取調べに関するP3とHの公判供述

ア.P3供述

 取調べの当初,Hが足を組みながら体を斜めにするようにしていた上,自分が作成した文書(a設立準備委員会御参集のお願い)の記載について,何故「g議院議員I代議士の元公設秘書,現相談役であるC」などの記載があるのか尋ねたのに「分からない。」と述べ,真摯に供述しているとは感じられなかったことから,2回から3回ぐらいばんばんばんと連続して机をたたいて大きい声で怒った。すると,Hは姿勢を正して,態度が変わった。その後,時系列にしたがっていきさつを聞いていった。
 その際,Aが逮捕される事態になってしまって,親も心配しているであろう,その責任の一端は我々にもある,謝りたいなどと言って,Hが涙を流したことがあった。私が,そういう気持ちがあるならば,事実を隠すのではなく,きちんと話してほしいと言うと,その後,Iのところに行った事実を話すようになった。Hは,すらすらと供述したのではなく,IにかかわるHの供述が一通り出るまでに要した時間は,二,三時間ぐらいであった。
 Hの供述したことを調書に記載した。Hは,署名を拒否したことはない。
 6月3日,私は,Hの弁護人からの申入書を確認した。私は,Hに「昨日の供述調書に何か不満がおありですか,訂正する箇所がありますか。」と聞いたところ,Hは「ありません。」と答えた。
 Hは, 私に「今弁護人を解任しても, 弁護士費用は発生するんですか。」と聞いた。私が「解任されるんですか。」と尋ねたところ,「特に必要ないので解任したい。どういうふうにしたら解任できるんですか。」と尋ねられた。私は,「検察庁に解任届を書いてもらえば,それで終わりですよ。」と教えた。執務室にあった紙を1枚渡して,「一番上に解任届と書いてもらって,大阪地方検察庁御中,罪名を書いてください。中の文章は御自身の好きなように書いて,日付と名前と指印若しくは印鑑さえ押していただければ,それだけで足りる。」と言った。取調室の中で,Hは解任届を書いた。

イ.H供述

 6月2日にP3の取調べで,Iのところに行ったという話は,検事にしたことはない。Cの手帳,Oが持っていた私の名刺を見せられ,それらを基に追及された。
 eのOに,Iの名前を出したと,検事に話したことはない。
 私が話したことについて,検事は,立ち上がったり,机をたたいたりし,「いや,そうじゃないんだ。うそをつくな。これが事実なんだ。」と言って,押さえ付けられた。
 P3は,供述調書を作った。私がCとIに会ったということが,既成の事実として書かれていた。その内容は違う。
 私は,供述調書に署名捺印する前に,検事に,「それは検事さんの作文でしょう,私,そんなこと,申し上げてませんよ。」と言ったが,それは認められなかった。検事は,「いいんだ,いいんだよ,ともかくサインすれば。」ということで,記名押印した。
 6月3日,Bの弁護人のQ弁護士と会った。前日供述調書に書かれた内容が自分の意思とは反するものであったことから,Q弁護士にそれを話すと,N弁護士を紹介してくれた。
 私はN弁護士に,6月3日午前中に取調べの状況について話しをした。
 N弁護士は,申入書を作成し検察庁に送った。

(3) 取調べの状況についての検討

 6月2日の取調べに関するP3とHの各公判供述の信用性について検討する。

ア.Hの公判供述は,6月3日の弁護人による申入書の記載に符合する。また,同日,P3は,申入書の検察庁への交付を認識し,Hの取調べを行ったのに,申入書の内容を否定するような供述調書を作成していないことにも符合する。
 P3は,6月2日の取調べ以前に,Cの手帳の記載,Oが所持していたHの名刺の記載などを認識しており,P3は,HがCと共にIを訪ね厚労省への口利きを依頼し,eに対しても,Iから厚労省担当者に電話で連絡してもらっていると説明したとの疑いを持っており,この供述を得ようと考えていたとみられることにも整合する。

イ.他方,Aが逮捕される事態になった責任の一端がHらにあり,Aに謝罪したいとHが言ったことを契機に,そういう気持ちがあるならば,きちんと話してほしいとP3が言ったことなどから,HはIのところに行った事実などを話すようになったというP3の公判供述は,それ自体をみると,Hの公判供述におけるAらへの気持ちに符合する面があり,不自然とはいえない。
 しかし,そういう気持ちになって事実を話したはずのHが,なぜ,本件調書が作成された翌日に,わざわざ弁護人を選任して,申入書を検察庁に送付せしめたのか疑問が残る。

ウ.なお,検察官は,申入書は,Bの弁護人のQ弁護士が提出したBの取調べに関する申入書の内容に酷似している上,Hが取調べを受けたのはピーサン検事と記載されているものの,「決裁官は速やかに所用の調査を行い,ピーサン検事及びピーヨン(以下,P4と同音の記載をこのように呼称する。)検事ら取調べ担当検察官に事情を確認して指揮指導等の必要な措置を講ずることを求める」との記載があり,Hの取調べと直接関係のないピーヨン検事の記載があり,申入書が当時のHの説明を正確に記載したものとはいい難い旨主張する。
 この点について,Hは,「申入書がP4検事の名前になってるのは,N弁護士の勘違いと思う。Bの弁護士が同じような形で申入書をBの代理として出している。その文書が,下敷きになっていたのではないか。」と供述する。
 しかし,Hが取調べをうけ,机を叩かれたり,供述調書を作成されたのは,すべてピーサン検事と記載されており,この点については齟齬はない。

エ.取調べ中に,P3が机をたたいたことはP3自身公判で認めるところであるが,特捜部長作成の取調べ関係申入れ等対応票には,「P3は,『Hは,検察官の質問に対して真摯に記憶喚起に努める姿勢を示し,記憶のままに素直に供述しており,“申入書”にあるように,記憶にない事実を押し付けたり,机を叩く必要はなく,そのような事実はない。』旨を述べた。」との記載があり,P3は,「私は,P11副部長に対し,どう喝したり,脅迫したりするために,机をたたいた事実はないと述べた。私は机を叩いたので,それに関しては,私の説明不足だった。」旨証言するが,文言を素直に読めば,事実と異なる聴取内容が記載されているといわざるを得ず,P3が事実と異なる供述をP11にしていたことは否定できず,P3供述の信用性には慎重な考慮が必要となる。
 また,P3は,「取調べ中に,Hが,弁護人の解任届を書いたことがあった。その際,私は,Hに,解任届の書き方を教えた。」旨証言する。何故,Hがこの時点で,弁護人を解任しなければならないのか疑問がある上,仮に,Hからの問い合わせがあったとしても,検察官が取調べ中の被疑者に対して,解任届の書き方を教えてその場で書かせ提出させるのか,疑問が残る。
 P3も,机を叩き怒ったことがHが供述を始めた契機となっていることを供述していることにも照らすと,このような事情は,検察官調書の信用性に一定の疑問を抱かせる事情といわざるを得ない。
 このように,P3によるHに対する取調べの状況には疑問を抱かせる状況があることからすると,検察官調書の特信性の有無の判断については慎重な考慮が必要である。

オ.検察官は,H自身,公判で「示威行為として向こうはなさったんでしょうけれども, それで別に私が恐れるわけがないんで, そのこと自体はね。」と供述しているから,Hの公判供述を前提としても,P3の取調べはHの供述の任意性,信用性を左右するものではない旨主張する。
 しかし,Hは,上記供述に続いて,「ただ,こちらが言ってることを全面否定されて,供述書にああいう形で書かれたもんですから,正式に僕は弁護士さんを通じて申入書に書いてもらった。」と供述しており,あくまで,供述調書には自己が供述したことではないことが記載されている旨供述しているのであり,Hの検察官指摘の供述から,特信性を肯定せしめることにはならない(なお,Hは,検察官の態度が「相当な圧力は感じた。」とも供述する。)。

カ.以上によれば,取調べに関するHの公判供述を排斥することはできない。
 取調べの外部的情況のみからでは,Hの検察官調書に特信性があるとはいえない。

(4) 公判供述の状況について

 公判廷においては,Hが,真実を供述できないような状況があったのか否かについて検討する。
 検察官は,このような事情として,@Hは,Bに対して配慮せざるを得ない情況にあったこと,A自身も刑責を追求される可能性があることを主張する。
 関係証拠によれば,HとBは,古い友人であり,Hは,Bの不利益になることは一般には,供述しづらいことが想定される。
 しかし,Hの証人尋問(第7回公判)前に,Bの証人尋問(第2回,第3回公判)が行われており,その中で,Bは自らの公判で公訴事実を争わない旨述べており,HがBにこの観点から配慮する必要性は高くない上,Hは,Bの証言と異なる証言もしており(Bは,「Cの手帳の中に,ミスター人形町とは,私のことではなく,Hのことを指す。」と供述していたのに,Hは,「Bのことである。」と供述する。),必ずしも,Bの供述にあわせるような供述をしているわけではない。
 したがって,少なくとも,証言した時点において,HがBに配慮する必要性は大きいとはいえず,@の点は,公判供述の信用性に大きな疑問を抱かせる情況とはいえない。
 また,H自身についても,捜査段階で,本件に関し一定の関与を認める内容の検察官調書が作成されているにもかかわらず,H自身は,CやBと異なり,本件で起訴されていないことからすると,公判供述時点において,Hが,自己の刑事責任を免れるために公判において虚偽の供述をなす必要性は高いとはいえない。したがって,Aの点も,公判供述の信用性に疑問を抱かせる情況とはいいがたい。

(5) 外部的情況からの検討

 以上のとおり,取調べ状況には,捜査供述の信用性に一定の疑問を抱かせる事情が認められるのに対し,公判供述には,特にその信用性に疑いを生ぜしめる事情があるとはいえない。
 したがって,外部的情況から特信性があるということはできない。

4.内容面について

 供述の内容についてみても,外部的事情を推認させる資料としての範囲で考慮するという観点から,捜査供述の内容自体に特信性を肯定させるような事情までは認められない。

5.結論

 以上によれば,Hの検察官調書に特信性があるということはできない。

第7.Aの検察官調書(甲38ないし47,102ないし106)について

1.当事者の主張の概要

 検察官は,証人Aの公判証言(第8ないし第10回公判)と検察官調書(甲38ないし47,102ないし106。6月5日付け,6日付け2通,7日付け,9日付け,21日付け,24日付け,25日付け,30日付け,7月3日付け,6月26日付け,29日付け,30日付け,7月3日付け2通。)には相反性があり,また,検察官調書には特信性があると主張する。検察官は,特信性について,Aは,公判において,被告人,厚労省関係者,Iへの配慮等から,真実を供述することが困難な情況にあったのに対し,捜査段階においては真摯に真実を供述することができる情況にあり,外部的事情から特信性があると共に,公判供述の内容は,あいまいで,不自然,不合理であるのに対し,検察官調書の内容は,具体的で,自然かつ合理的であり,被告人が逮捕されたことを知った後もほぼ一貫して同一の内容を供述しており,他の証拠とも整合することなどから,内容的にも特信性がある旨主張する。
 これに対し,弁護人は,Aの捜査供述は,検察官の誘導等によって検察官のストーリーを押しつけたものであり,公判供述についても,Aに被告人をかばい,厚労省の組織,職員に対して配慮する動機がなく,外部的事情から捜査供述に特信性はない上,内容面からも,Aの検察官調書は不自然,不合理な内容であり,特信性はないと主張する。

2.相反性について

 まず,Aの公判証言と検察官調書の相反性について検討すると,相反部分の中核は,@6月上旬ころのBからの日付を遡らせての公的証明書の発行要請があったか否か,A6月上旬の被告人から公的証明書を作成するようにとの指示があったか否か,B被告人へ公的証明書を交付したことがあったか否かである。
 以下,これらの相反部分を前提として,特信性について検討する。

3.外部的情況について

 弁護人は,Aの捜査供述は,検察官による黙示的な利益誘導,威迫,暗示などによるもので,外部的事情から特信性がない旨主張する。
 そこで,この点について,検討する。

(1) 取調べについて

ア.証拠上認められる5月26日から30日までの捜査状況

 P3は,5月26日にAを取り調べた。その際,Aは,「本件禀議書,公的証明書は私が独断で作成した。私は公的証明書を『a』に手渡した。Dからの引継ぎはなかった。」旨供述し,関係者の関与を否定し,更に,「本件以後に,厚労大臣印を使って,独断で書面を出したことがある。」などと供述した。P3はその旨記載した供述調書(弁34)を作成した。
 同日,Aは別件禀議書に関する虚偽有印公文書作成,行使の事実で逮捕された。また,Aの自宅の捜索が行われ,Aが所持していたフロッピーディスク,本件公的証明書のコピーが発見され,差し押さえられた。
 5月27日から30日まで,P3は,連日Aを取り調べたが,事実関係についての供述調書を作成しなかった。その間,P3は,Aに対し,A方から押収したフロッピーの公的証明書のデータの最終更新日が6月1日になっていることを示して,バックデートしているのではないかと追求した。
 また,P3は,Aの前に紙を置いて,それに「I→E→被告人→D→A→被告人→E→I」というような図を書き,関係者の供述の概要を話した。

イ.5月31日付け検察官調書について

 本件相反部分の中核的な点である被告人から決裁等を経ることなく公的証明書を作成するように指示を受け,本件公的証明書を作成し,被告人が『a』の関係者にそれを渡したこと(以下,「被告人の本件指示,交付」ともいう。)は,5月31日付けの検察官調書に初めて記載されている。
 そこで,この作成に至る取調べについて検討する。
 この点について,P3は,「5月30日の取調べで,Dの供述調書のAに対する引継ぎの部分を朗読したところ,Aは,『ちくしょう。』と叫んで泣き出したので,Aに『今回の事件で恐らく懲戒免職処分になるでしょう。組織というものを守っても仕方のないことだし,これからの自分の人生を考えましょう。ですから話してくれませんか。』などと言ったところ,Aは,被告人の指示で公的証明書を発行したことなどを話すに至り,5月31日も前日の供述は間違いないと言うので検察官調書を作成した。」旨供述する。
 これに対し,Aは,「5月28日から30日にかけて,『証明書を渡した日付は,公的証明書の作成日付である5月28日当日だと思っていたが,P3から,6月1日の書換えデータがあるので5月28日ではないという証拠を見せられ,記憶にないがバックデートを認めた。』,P3から『公的証明書が被告人からCに渡されたことについて,Aさんの記憶があやふやであるなら,関係者の意見を総合するのが一番合理的じゃないか。言わば,多数決のようなものだから,私に任せてくれ。』などと言われたこと,P3が『I→tel16.2.25E→被告人→D→A→被告人→E→telI』というような図を書き,関係者の供述を述べたことなどから,記憶になかったが,誘導され,そういうことがあったかもしれないと述べた。また,5月31日には,P3から公文書の日付をバックデートしてたりしたのを忘れていたこと等を突き付けられ,『人間の記憶なんてあいまいなもんだね。』などと言われ,返す言葉がなかった。しかし,P3が作成した調書は,P3の作文で,私は,被告人から証明書を作成するように指示があったこと,被告人に証明書を渡したことについて,P3に調書の訂正を求めたが,訂正されなかった。」旨供述する。
 そこで,この点について検討する。

(ア) P3の多数決発言等について

 AがP3から「公的証明書が被告人からCに渡されたことについて,Aさんの記憶があやふやであるなら,関係者の意見を総合するのが一番合理的じゃないか。言わば,多数決のようなものだから。私に任せてくれ。」と言われたか否かについて検討する。

a)Aは,取調べの当初,本件について自己の単独犯行であると供述し,本件に関する被告人からの指示や被告人に公的証明書を渡したことは否定していた。その時点からP3は,厚労省の組織や被告人を含めた当時の上司をかばっているのだろうと考えていたと供述しており,この点から見ても,P3が,その時点で既に収集されていた証拠や既に作成されていた他の関係者の供述内容から,本件が被告人の関与したものであるとのストーリーを描いて取調べに臨んでいたことが認められる。

b)P3自身,Aが本件指示,交付を否定しているのに対し,Bの供述や,その時点で供述調書が作成されていた多数の関係者の供述を当ててAを取り調べたことは認めており,その中で,Aの供述のように多数決という会話がなされることは,その経緯等に照らして不自然不合理ではない。

c)Aの被疑者ノートの5月29日欄には「不明なら,関係者の意見を総合するのが合理的ではないか。いわば,多数決のようなもの」,「私に任せてもらえないか。」との記載があり,その次に「私としてはその多数決に乗っても良いと思っている。しかし,裁判で被告人本人が出てきて否認された場合,最終的に偽証罪に問われるのか心配だ」との記載があり,これは,Aの公判供述に符合する。
 なお,検察官は,Aの被疑者ノートについて,Aは,@後に行われる被告人の裁判や今後の自分の人生設計を考えて,検察官側からチェックされることのない被疑者ノートに,後日に備え,厚労省に対する弁明の趣旨で,検察官の作成した供述調書は自己の本意でなかった旨等を書き綴ることも十分あり得るし,Aその記載については,文章の記載状況からして,後から書き加えたり訂正したりしたと認められる不自然な記載が複数存在することなどから,信用できない旨主張する。
 しかし,Aについては,被疑者ノートの記載に照らすと,上記部分が,Aが保釈になった後に新たに書き加えたものとはみられない。また,@についても,初めて身柄拘束されたAがそのようなことまで考えて,記載をするか疑問がある上,記載当時,Aは懲戒免職を覚悟していたのであるから,厚労省に対する弁明の趣旨で,検察官の作成した供述調書は自己の本意でなかった旨等を身柄拘束中から書き綴るというのも容易に首肯できるものではない。

d)P3は,この点について,「多数決で決めるという話をしたことはない。」と供述する一方,「一般論として,Aから,事実認定の問題として,裁判官が3人いてどうやって決めるんですかというような話はあり,私は,裁判官だって3人いれば,意見が割れるときがある,多数決ということもあるんじゃないのというような話をしたことはあったので,多数決という文言は出た。」とも供述し,結局,取調べの中で「多数決」という言葉をP3が発したこと自体は認める。この話題は,P3の供述では裁判官の事実認定に関するものとはいうものの,Aが何故裁判官の事実認定方法についてP3に聞いたのか経緯が不明であり,Aが供述するような場面であった可能性を否定できない。

e)以上の諸点に照らすと,Aの「P3が取調べで,Aさんの記憶があやふやであるなら,関係者の意見を総合するのが一番合理的じゃないか。言わば,多数決のようなものだから。」と述べたとのAの公判供述は否定できない。そして,それを前提にするとP3が「私に任せてくれ。」と言ったことも否定できず,そのような方法が,P3が基本的に想定していた内容の検察官調書を作成した疑いは排斥できない。

f)さらに,Aは,「私が,被告人から証明書を作成するように指示があったということと,被告人に証明書を渡したということは,P3に訂正を求めたが,訂正されなかった。」と供述し,被疑者ノートの5月31日欄にも,上記2点について訂正を申し入れたのに訂正に応じてくれなかったとの記載があることなどに照らすと,この点に関するAの供述は否定できない。

(イ) バックデート供述について

 Aは,当初,本件公的証明書の作成日については,本件公的証明書に記載された5月28日であったと供述しており,日付を遡らせて作成したという点は否定していたが,P3から,Aが自宅に所持していたフロッピーに保存されていた本件公的証明書と同内容の文書データを示されたことにより,Aは,それまでの供述を覆し,日付を遡らせて作成したことを認める内容を供述するようになったことは明らかである。
 この点に関連して,P3は,検察官による主尋問においては,「5月27日に,Aが自宅に所持していたフロッピーのデータを確認したところ,本件公的証明書と同内容の文書データの最終更新日が6月1日になっていたことから,既に供述を得ていたBの,『バックデートの要請をした。』旨の供述が客観的に裏付けられたと思った。」旨供述している。
 これに対し,弁護人による反対尋問に対しては,「そのデータが本件公的証明書の基になっていると考えていたわけではなく,その可能性があるデータという程度だった。」旨供述している。
 P3の供述するBの供述とは,Bの5月15日付けの供述調書の「6月4日以降,郵便局から,公的証明書の原本の提出を求められたことから,私は,Cに対して,厚労省を訪ねて,直接,企画課長に,第三種郵便の承認書が5月末付けで出ているので,作成日付を5月中に遡らせて至急発行するようにお願いするよう指示した。」旨の供述であるとみられるところ,少なくとも,当該データが本件公的証明書の基になったデータということでなければ,B供述の裏付け等にはならない。また,当該データの存在がAに示されたことが契機となって,この点に関するAの供述が覆ったことからすると,当該データが,本件公的証明書の基となったデータとして示されたものと考えるのが相当である。P3の公判供述によっても,Aは,本件バックデートについて,5月28日時点で認めるようになったというものの,5月31日付け検察官調書にもその点の記載はなされず,6月7日付け検察官調書(甲41)になってようやく記載されたものの,フロッピーデータに関する記載はなく,同データに関しては,その後作成された検察官調書にも記載がない。
 P3は,「本件公的証明書を作成した日について,当該データとも関連して詰めようと思ったが,結局詰めることができず,フロッピーのデータとの関係については供述調書には記載しなかった。」とも供述しており,当該データを前提にして供述が変遷したにもかかわらず,当該データの存在は,実際に公的証明書を作成した日を確定する決め手にはならないことを前提にしたかのような供述もしている。これは,データの最終更新日が6月1日午前1時20分であることから,後述する郵便局担当者Rの検察官調書(5月12日付け,甲7)などによれば,「a」側が厚労省側にバックデートした日付での公的証明書交付を要請するのは6月8日以降になるはずであることと矛盾することになると捜査官側が考えたことによるものであると推認される(ちなみに,Aのフロッピーデータは,客観的で重要な証拠であるにもかかわらず,検察官からは請求されず,弁護人請求で取り調べられている。)。
 前記のとおり,P3が裏付けられたものと想定していたBの供述は,郵便局員Rの検察官調書(甲7。6月8日以降に「a」側に公的証明書の提出を求めた旨供述する。)をもふまえると,6月8日以降に郵政公社から,公的証明書の原本の提出を求められたことから,A,Cに対し,5月中の日付で公的証明書の発行を要請したということになる。このBの要請を前提に本件公的証明書が作成されたとすると,本件公的証明書が作成される基となったデータの作成日,最終更新日は6月8日以降になる可能性が高い(少なくとも,最終更新日だけでも6月8日以降になるはずである。)。
 したがって,最終更新日についても6月1日になっている当該データは,Bの前記供述に整合しない事情となる可能性の高い証拠であり,そのような証拠が提示されたことを契機として日付を遡らせた点について供述が転換したにもかかわらず,そのBの供述と合致する内容のAの供述調書が作成されていることは,あいまい又は一面的な証拠評価に基づいて誘導がなされた可能性を示すものである。
 なお,検察官は,元々Bから早期の発行を依頼されていたことから,5月中の日付でデータを作成しており,その後,Bの指示を受けたCの依頼により被告人から背中を押されて当該データを利用して本件公的証明書を作成したと考えれば,捜査供述と当該データとは反せず,むしろ整合するものであると主張するが,仮にそのような主張を前提にしたとしても,当該データは,Bの依頼を受けて作成したという部分に関する裏付けにはならないことになり,このような検察官の主張も,前記の評価に影響を与えるものではない。
 Aの供述経過をみると,本件指示交付という被告人の関与を認める供述がなされる前に,まず,日付を遡らせた公的証明書の作成の点に関する供述の転換がなされている。この点に関連して,Aは,公判廷において,「証明書の日付をバックデートしていたことを忘れていたこと等を突きつけられて,P3に,『人間の記憶なんてあいまいなものだね。』と言われたことなどから,弱気になっていた。」などと述べ,当該データを示されたことが,他の供述に影響している旨を供述している。
 また,日付を遡らせて作成したとの事柄は,検察官の主張のうち,被告人からの最終的な指示につながる事柄であって,被告人の最終的な関与につながる重要な事実である。以上のような,供述経過や事柄の性質にも鑑みると,日付を遡らせて作成したか否かという点の供述の変遷は,その後の供述にも少なからず影響を与えている可能性がある。

(ウ) 小括

 以上によれば,5月31日付け検察官調書は,Aの公判供述のような経緯で作成されたものと認定できる。
 他の者の供述や証拠を前提に矛盾等を指摘すること自体は,取調べにおいて禁止されるものでも,不当とされるものでもない。しかし,前記のように,「記憶があやふやであるなら,関係者の意見を総合するのが一番合理的じゃないか。言わば,多数決のようなものだから,私に任せてくれ。」などと言って取り調べ,捜査官が想定する内容の供述調書を作成し,署名を求めることは,相当なものとはみられない。
 なお,Aは,P3が言うようなこと(本件指示等)があったかもしれないと発言したことがあったのは認める旨供述する。しかし,前記のとおり,Aは,最終的に,本件指示などが記載された供述調書に対して,その訂正を求めたにもかかわらず,P3はそれに応じなかった疑いが残るものである。結局,調書にはAの意思に反する内容が記載されたことになる。

ウ.その後の取調べ状況等について

(ア) 争点

 その後の取調べについて,P3は,「その後もAは,供述をしぶったり,記憶があいまいな部分はあったが,いろいろな可能性を私のほうから指摘して尋ね,最終的にAが言ったことを調書にした。」,「Aから,2,3回,『私1人でやったということにできないんですか。』とか,『単独犯ということにできないんですか。』と言われたことがあったが,私が,真実はどちらなのかを確認したところ,Aは,『やっぱり,いいです。』と引っ込めた。」旨供述する。
 これに対し,Aは,「検察官調書に書かれていることは自分の記憶と違う。記憶と違う内容の供述調書ができているのは,下手なこと言って,怒らせると,自分にとって不利だから,早く拘置所から出るには,おとなしくしてるしかないと,あきらめてしまったからである。」,「取調べで,P3から,『被告人の机のところで,私が証明書を渡した場面を見ていたという人がいる。』旨告げられた。」などと供述する。
 そこで,この点について検討する。

(イ) 判断

a)被疑者ノートの6月1日欄には「近くの人が私の姿を見ている→被告人のデスクに呼ばれたところ」という記載が,6月5日の欄には「かなり作文された」という記載が,6月6日欄には「調書の修正は完全にあきらめた。」という記載があり,同日以降,しばらくの間,調書の訂正を申し入れたとの欄にはチェックがなされていない。そして,6月9日欄には「検事の作文にのるという決断をした以上しかたない。」という記載があり,6月15日欄には調書訂正の申入れをしたが全く応じてくれないの欄にチェックがなされている。6月22日欄には「『被告人から指示されたこと。』,『証明書を被告人に渡したこと』やっぱり今でも単独でやったと思っているか?と検事に聞かれて『私の記憶では私が決断してBに渡した』と答えると,『否認するわけね。じゃあ,課長補佐だったGさんとか関係者全員証人尋問だね。』」との記載があり,さらに「『否認するわけね。関係者全員証人尋問だね』という発言にはプレッシャーを感じた。」との記載がある。なお,6月15日の勾留質問時に,Aは,裁判官に対して,被告人からの指示については記憶があいまいで自信がない旨供述している。
 これらは,Aの公判供述に符合する。Aが,本件指示,交付などを否定しようとしていたことがうかがわれる。

b)P3供述によれば,Aは,概括的に被告人の関与を認める供述をなした後も,詳細についての供述をできなかったのか,何度か「単独犯ということにできないですか。」などと供述していたというのである。しかし,概括的にでも本件指示と被告人から「a」への公的証明書交付を認めたのであれば,その後,基本的には組織的な犯行であることや被告人の関与を隠す必要はなくなったとみられ,そうであれば,その後,気持ちのゆれ動きがあったとしても,詳細について,同様の動機から供述をためらったというのは十分納得がいくものではない。他方,Aの公判供述を前提にすれば,この点については,特段不合理なものとはいえない。

(ウ) 小括

 以上によれば,6月1日以降の取調べにおいても,A供述のような取調べがなされた疑いは否定できない。
 なお,検察官は,6月25日以降には,P2による取調べが行われ,@取調官が交代したにもかかわらず,Aは同様の供述を維持していること,A当時の気持ちをとりまとめたような供述調書を作成しており,自筆の反省文にも被告人の関与を認める内容の文言が記載されていることから,取調べ状況には特信性が認められる旨主張する。
 しかし,@については,P2は,特段それまでの取調べの効果を遮断するような工夫をしたとまではみられず,その効果には疑問があるし,Aについても,Aは,「反省文は,改めて,課長の指示によりという文言が入ったものを作らされた。」旨供述し,P2も1回Aが作成した後,もう一度清書させたこと自体は認めていることなどに照らすと,Aの公判供述は否定できず,当該反省文は,取調べの最終段階において,取調官から求められて作成されたものであり,反省文中の被告人の指示により行った部分については,自主的に記載したものか疑問が残る。

(2) 公判供述の状況について

ア.検察官の主張

 検察官は,@被告人の面前であったこと,A厚労省関係者(とりわけ,自身と同じノンキャリア)に配慮せざるを得ない状況にあったこと,B捜査段階から被告人や関係者に対する配慮を語っていたこと,CIにも配慮せざるを得ない状況にあったことから,Aは,公判廷においては真実を供述することができない状況にあったと主張する。
 以下,この点について検討する。

イ.検討

 被告人はAの上司であったもので,公判で事実を否認しているのであるから,その面前で被告人の不利益になることが言いづらいというのは,一般に想定することはできる。しかし,Aは,公判廷において,本件公的証明書,虚偽の決裁文書等の作成及び大臣印の無断使用についていずれも認める内容の供述をしており,Aはこれらの事実により,将来において,懲戒処分を受けることを十分認識している(この点で,同じ厚労省関係者であるD,E,F,Gとはその立場が相当に異なる。)。また,被告人は,本件当時,Aの上司であったが,現在Aと特段の関係はなく,Aの人生に直接影響を与えるような立場や状況があると認めるに足りる証拠はない。
 以上によれば,被告人及び厚労省関係者に配慮しなければならない理由は必ずしも高いものとはいえない。
 また,厚労省関係者(とりわけノンキャリア)に対する影響という点についてみても,Aの公判供述を前提にしても,厚労省内部における不祥事という点では変わらないのであり,これに対する世間の非難等にそれほど大きな違いがあるということには疑問があり,この点から,真実を供述することができなかった情況にあったとは考えにくい。
 主張Bについてみても,検察官の指摘するAの捜査段階の供述部分は,いずれも一般的な理由に基づいて,供述がしづらいと述べている部分に過ぎず,主張@,Aから独立して真実を供述することができない情況にあったとまではいえない。
 また,証拠上,IとAと特段の関係を示すものはなく,Aが,Iに対する配慮から自己の記憶に従った供述をすることができなかったとはいえない。
 更に,捜査供述が上司に指示され,上司が作成名義人の虚偽有印公文書を作成,行使したというものであるのに比し,公判供述は,自ら単独で,上司名義の公文書を偽造,行使するというもので,公判供述の方が一般に犯情は悪いとみられるものであり,自己の刑責軽減という観点から,そのような供述をすることも考え難い。

ウ.小括

 以上によれば,公判供述に関しては,真実を供述することができない特段の事情があるとまでは認められない。

(3) 外部的情況からの検討

 以上のとおり,取調べ状況には一定の問題があるのに対し,公判供述には,特にその信用性に疑いを生じさせる事情があるとまではいえない。
 したがって,外部的情況からは,特信性を肯定できる事情はないといえる。

4.内容面について

 検察官は,Aの捜査供述は,具体的で迫真性に富み,自然で合理的であること,他の客観証拠にも反しないこと,B,Eらの捜査段階の供述とも符合することなどから,内容面からも特信性があるのに対し,公判供述は,不自然,不合理な点が多く,A自身の被疑者ノートの記載に照らしても,特信性はない旨主張する。これに対し,弁護人は,Aの捜査供述の内容自体に不自然,不合理な点があることなどに照らすと,特信性はない旨主張する。
 そこで,この点について検討する。
 検察官が主張するようにAの検察官調書の記載は,具体的でそれなりに迫真性があり,B,E,Dらの捜査段階の供述とも符合しており,検察官主張事実に照らすと自然で合理的であるとみることもできる。
 しかし,前記のデータ等,必ずしも捜査供述と整合しない客観的な証拠も存するとみられることからすると,直ちにその内容が客観的証拠に反せず,自然で合理的であると考えるには慎重な姿勢が必要である。
 他方,Aの公判供述には,単独犯行であるにもかかわらず,直ちに本件公的証明書を作成せずに,虚偽の決裁文書等を作成した理由など,必ずしも合理的な説明がなされているとはいえない部分や,供述があいまいな部分があり,その内容の信用性については慎重な検討を要する面があることは否定できないが,少なくとも明らかに矛盾する客観的な証拠がないことなどに照らすと,Aの供述する経緯も全く不合理なものとまではみられない。
 以上によれば,供述内容は外部的事情を推認させる資料としての範囲でこれを考慮するという観点からは,供述内容自体から特信性を肯定させるまでには至らないものである。

5.結論

 以上によれば,Aの検察官調書に特信性があるとみることはできない。

(次回に続く)

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