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松山地裁刑事部判決平成22年07月23日

【事案】

1.公訴事実及び争点

 覚せい剤取締法違反被告事件に係る公訴事実は,「被告人は,法定の除外事由がないのに,平成21年4月下旬ころから同年5月12日までの間,愛媛県内又はその周辺において,フェニルメチルアミノプロパン又はその塩類若干量を自己の身体に摂取し,もって,覚せい剤を使用した。」というものである。
 弁護人は,被告人が,公訴事実記載の期間内に覚せい剤を意図的に摂取したことを争うとともに,警察官らが被告人をI警察署(以下「I署」という。)に留め置いた行為及び被告人の注射痕の有無を確認した行為には,令状主義を没却するような重大な違法があり,被告人の尿につき作成された科学捜査研究所主任研究員作成の鑑定書(甲3。以下「本件鑑定書」という。)は,そのような違法行為に密接に関連するもので,将来の違法捜査抑制の見地からもその証拠能力を否定すべきであるから,結局覚せい剤自己使用の事実の証明がなく,被告人は無罪であると主張する(なお,本件鑑定書については,弁護人が,公判前整理手続において,作成の真正については争わず,作成者への反対尋問権は行使しない,ただし,違法収集証拠であり,採用することに異議は述べないが,違法収集証拠であると判断された場合は,遅くとも判決宣告時までに証拠排除されるべきであると述べた。裁判所は,弁護人の意見を踏まえ,公判前整理手続において本件鑑定書を証拠採用し,公判廷において取り調べている。)。
 したがって,本件の争点は,本件鑑定書が違法収集証拠に当たるかである。

※ 以下,月日のみで示す日付は平成21年のものである。

2.認定事実

(1)捜査の端緒及び被告人が任意同行されるまでの経過

ア.5月11日午後6時43分ころ,パチンコ店店長から,同店駐車場にある車両の運転席と助手席の窓ガラスが割られている旨の110番通報があった。通報を受けて現場に臨場したI署警察官らは,窓ガラスが割れたクラウンを発見した。警察官らは,複数の目撃者から,3人の男女が車を取り囲み,男の1人がバットで車の窓ガラスをたたいていた,車に乗っていた男性が,割れた窓から無理矢理引っ張り出されていた,その後,銀色のステーションワゴンが駐車場から走り去ったとの供述を得るとともに,防犯ビデオで走り去る銀色のステーションワゴンを確認した。

イ.上記事件(以下「別件」という。)の捜査は,当初は,強行犯凶悪事件として,I署の刑事第一課と愛媛県警察本部の捜査第一課が担当することとなった。しかし,事件関係者として浮上した被告人やDらが,暴力団と親交があり,薬物取引にも関係している人物として把握されていたことから,5月11日午後11時ころまでに,I署の刑事第二課が捜査を引き継ぎ,刑事第二課長のJ警部が,捜査の指揮を執った。なお,刑事第二課は,暴力団犯罪を担当する組織犯係と知能犯係に分かれ,組織犯係は更に暴力団係と薬物銃器係に分かれていた。

ウ.J警部は,K巡査部長らに対し,被告人を任意同行させるよう指示した。K巡査部長らは,5月12日(以下「当日」という。)午前0時30分ころ,被告人方マンションに赴き,同マンション駐車場において,被告人,A,F(以下,この3名を併せて「被告人ら」という。),D,右膝付近を怪我しているCを発見し,同人らに対し,I署への任意同行を求めた。被告人ら及びCはこれに応じ,当日午前1時5分ころI署に到着した(なお,Dはその場から立ち去った。)。そして,被告人を刑事第二課第6取調室(以下「取調室」という。)に案内したところ,被告人は,特に異議を述べることなくこれに応じ,事情聴取が開始された。

(2)別件での逮捕に至るまでの取調べの状況等

ア.J警部は,被告人らを任意同行後の当日午前1時30分ないし午前2時ころ,L警部補に対し,別件に関し,強制捜査(逮捕・捜索差押)の必要性についての捜査報告書の作成を指示し,L警部補は,これを受けて報告書の作成を開始した。

イ.刑事第二課における薬物担当の責任者であるM警部補は,被告人について,覚せい剤取締法違反の前科を有する者と把握していたことから,被告人を同行させた時点で,被告人から尿を提出させる必要性があると考えていた。ただし,被告人に対し,別件での取調べが開始されたことなどから,当初はこれを優先させることとした。

ウ.被告人の取調べは,N巡査部長により行われた。被告人は,取調べにおいて,クラウンの窓ガラスをたたき割るなどしたことを認めた上で,その理由につき,自殺しようとしていたCを助けるためであった旨供述した。なお,A,Fも取調べにおいて,これに沿う供述をした。

エ.J警部は,当日午前3時前後ころ,それまで供述を拒否していたCが,自殺しようとして,バットでガラスを割られて助けられたなどという供述を始めたとの報告を受け,被告人らを通常逮捕する方針を固め,取調べを担当していた各警察官に対し,供述調書の作成を指示した。しかし,被告人らは,供述調書への署名押印を拒否した。

オ.被告人は,当日午前3時35分ころ,N巡査部長に対し,取調官を替えるよう要求し,これを拒まれると,持っていた携帯電話で通話を始めた。N巡査部長は,再三にわたり,通話をやめるように言ったが,被告人は通話を続けた。結局,被告人は,当日午前3時35分ころから午後0時51分ころまでの間,95回にわたり,DやA,母親であるOらと,発信通話を繰り返した。被告人は,当日午前3時38分ころ,母親に電話をかけ,不法にI署に連れてこられているので,迎えに来て欲しい旨述べ,当日午前3時46分ころ,知人のPに電話をかけ,I署にいるが,何もしていないのに帰してくれない,迎えに来てくれと言い,その二,三十分後に,再び同人に電話をかけ,警察官に腹を殴られたと言った。

カ.被告人は,当日午前4時8分ころ,取調室において,帰らせろと言って立ち上がり,退出しようとした。N巡査部長が右手を差し出してこれを制したところ,被告人は,取調室内の長机を蹴った。物音や声を聞いて,Q巡査,R警部補,S巡査ら4名の警察官が駆けつけ,取調室の出入口付近に立ち塞がった。被告人は,Q巡査らの様子を携帯電話の動画機能で撮影し,その際に「警察官に囲まれて帰してくれません。」などと言い,警察官らに対し1人ずつ名前を言うよう要求した。これに対し,警察官らは,1人ずつ名前を名乗るとともに,「読んで終わって,全部終わってから。」,「話ちゃんとやってくれるんやったら帰すって。」などと被告人に言った。

キ.被告人は,当日午前4時20分から午前4時28分ころにかけて,松山市消防局に合計3回電話をかけ,捜査員から殴られた,救急車を呼んで欲しい旨述べた。同消防局職員がI署に連絡して電話の件について確認したところ,I署警察官から,署内にT(被告人名)なる人物はいない,救急車は不要であるなどと言われ,これを被告人に電話で伝えた。

ク.Pは,当日午前4時過ぎころ,I署に到着し,警察官らに対し,被告人を迎えに来たから会わせてくれるよう求めたが,警察官らは,今は会わせられない旨答え,面会を認めなかった。

ケ.被告人の両親は,当日午前5時過ぎころ,I署に到着し,受付の担当者に対し,被告人から連絡があったので会わせて欲しい旨伝えたが,30分間ほどそのまま待たされた。その間,被告人から,早く来て欲しい旨の電話が何度もあったことから,母親が,受付の担当者に対し,このような電話がかかってきているがどうなっているのか尋ねたが,待つようになどと言われた。そこで,被告人の母親が,警察署の階段を上がろうとしたところ,警察官が上から降りてきて,まもなく被告人に対し逮捕状が出るので面会はできないと告げた。

コ.取調べ開始後,上司への報告等で取調室を離れる際や,被告人の用便時を除き,N巡査部長が1人で被告人の応対をしていたが,午前4時30分ころから後記別件の逮捕状執行までの間,S巡査又はU巡査部長が取調室内の出入口横に座り,取調べ補助官として,被告人の取調べに立ち会った。

サ.被告人は,上記動画撮影後,逮捕状執行までの間に三,四回ほど,「帰らせろ。」などと怒鳴り,取調室出入口に向かって歩き出すことがあったが,N巡査部長が,まだ取調べが終わっていない旨述べ,更に数名の警察官が出入口付近に立ち塞がるなどして,被告人の退去を阻止した。

シ.当日午前9時ころ,I署は,松山簡易裁判所に対し,被告人に対する別件についての逮捕状請求を行った。令状発付の連絡がなかなかなかったことから,J警部は,W警部補に指示して,当日午前11時ころ,午後0時前ころ,午後1時過ぎころの3回にわたり,裁判所に連絡して令状審査の進捗状況を問い合わせるなどした。

ス.N巡査部長は,当日午前11時ころ,被告人が用便を申し立てた際,被告人に対し,尿の任意提出を求めたが,被告人はこれを拒否した。N巡査部長がM警部補に対し,被告人が尿の提出を拒否したことを伝え,M警部補は,これを受けて,尿の捜索差押許可状(強制採尿令状)を得て,被告人の尿を差し押さえる必要性があると考えた。ただし,その時点で,既に別件で逮捕状請求の手続が執られていたことから,逮捕後に尿の差押えを行うこととし,そのころ,部下であるV巡査部長に対し,強制採尿の必要性に関する捜査報告書の作成を指示した。

セ.V巡査部長は,別件の逮捕状執行に先立ち,取調室において,被告人に対し,注射痕を確認するため腕を見せるよう求めたが,被告人は,これを拒否した。

ソ.松山簡易裁判所X裁判官は,当日午後2時過ぎころ,被告人に対する別件での逮捕状を発付し,K巡査部長は,当日午後2時33分,被告人に対し,同逮捕状を執行した。なお,同逮捕状執行の際には,被告人に対する身体捜検は実施されなかった。

(3)尿の捜索差押えに至るまでの状況等

ア.被告人は,当日午後2時55分から午後3時44分までの間,Y弁護士と接見した。V巡査部長は,上記接見終了後,薬物担当のR警部補とZ巡査部長(Z巡査部長は,注射痕の有無を写真撮影するため,カメラを持参していた。)と共に,取調室内に入り,被告人に対し,再度注射痕を確認させてくれるよう求めたが,被告人はこれを拒否した。V巡査部長は,取調室から退出し,M警部補に,被告人が注射痕の確認を拒否した旨報告し,M警部補は,J警部に対し,その旨を報告した。

イ.すると,J警部は,V巡査部長に対し,逮捕時に身体捜検を行ったか尋ね,これを行っていないことを聞くと,身体捜検を行うことを決め,当日午後4時前ころ,自ら取調室に入り,M警部補,V巡査部長,R警部補,Z巡査部長が,これに続いて取調室に入った。そして,J警部が,被告人に対し,これから身体捜検を行う旨告げたところ,被告人は,取調室内の机の下に入り込んでその脚を両腕で抱え込み,腹ばいのような体勢になって抵抗の姿勢を示した。J警部は,自ら被告人を起き上がらせようとしたが,被告人が強く抵抗したので,後は他の者に任せ,取調室を退出した。

ウ.N巡査部長は,被告人の背後から両手を被告人の両脇の下に通して,被告人を抱えるようにしてその身体を抱き起こした。その際,R警部補が被告人の左腕を,後から室内に入ってきたK巡査部長が被告人の右腕をそれぞれつかんだ。そうしたところ,被告人は,「見てみいや。」などと言って,両腕の内側を示した。V巡査部長らは,両腕の内側に残る注射痕の有無を確認し,Z巡査部長は,持っていたカメラで被告人の両腕の内側等を撮影した。その間,N巡査部長は,被告人の背後から被告人を抱えるようにした体勢のままであった。そして,被告人の両腕内側に注射痕は認められなかった。

エ.当日午後7時ころ,I署は,松山地方裁判所に対し,被告人の尿の捜索差押許可状請求を行った。同請求書には,V巡査部長が作成した被告人に対する強制採尿の必要性に関する捜査報告書,別件の逮捕手続書,弁解録取書,強制捜査の必要性に関する報告書などの疎明資料が添付されていた。

オ.松山地方裁判所α裁判官は,当日午後8時ころ,被告人の尿の強制採尿令状を発付した。

カ.R警部補らは,当日午後8時16分ころ,被告人に対し,上記強制採尿令状を呈示し,被告人を医療法人β病院に連行した。被告人は,当日午後8時27分ころ,同病院において排尿を行い,R警部補は,当日午後8時28分,これを差し押さえた。

(4)被告人の負傷状況及びそれに関する被告人の言動等

ア.被告人は,当日午後9時24分から午後10時ころまでの間,γ警察署(以下「γ署」という。)において身体検査を受け,その際,左首筋,左肩,右手首,右小指,右環指,左手首に新しい擦過傷が認められた。被告人は,上記身体検査の際,同日,I署の取調室で警察官に押さえ込まれた旨申し立てた。

イ.被告人は,5月29日,検察官による取調べの中で,検察官から促され,警察官から受けた暴行の内容について紙に書き,署名押印した。同書面には,被告人が119番通報をした後,警察官から大外刈りをかけられ,上から殴る蹴るの暴行をされ,服を破られ,首にも怪我を負った,暴行の回数は軽く50発を超える回数であった旨が記載されているが,警察官らに無理矢理注射痕の確認をされ,その際殴る蹴るの暴行を受けた旨の記載はない。

ウ.被告人は,5月30日,β病院を受診し,約1週間の経過観察・加療見込みの両手打撲,左手関節・右手・頸部挫創,背部打撲と診断された。その際,被告人は,医師に対し,取調べのときに暴行されてあちこち痛い,痛い場所と創があるところをしっかり記録しておいて欲しいので来院した旨述べた。被告人のカルテの同日の欄には,「痛み右中指MP痛,背部PVMの後屈痛」,「創左手中指MP,左手関節背側,左頸部」との記載がある。

【判旨】

1.警察官らによる被告人に対する暴行の有無について

 被告人は,当公判廷において,@当日午前3時から午前3時30分ころ,取調室から出ようとしたところ,警察官8名に出入口をふさがれた上,そのうちの1人に腹を殴られ,大外刈りのような技で倒され,複数の警察官に,亀の甲羅状態でうずくまっている被告人の背中,両大腿部,頭を抱えている両手を50回ぐらい踏んだり蹴ったりされ,首根っこをつかまれて椅子に引き戻された,A同日午後3時55分ころ,強制的に腕を見てかまわないという令状が出たと言われた上,N巡査部長に足払いのような技で引き倒され,複数の警察官に,20回ぐらい踏んだり蹴ったりされたと供述することから,この点について検討する。
 まず,被告人が述べる暴行が事実であるとすれば,その暴行は相当執拗で激しいものであり,被告人の負傷が,同日行われたγ署での身体検査で認められた擦過傷や,約18日後にβ病院で認められた打撲,挫創の程度にとどまるとは考えにくい。そして,被告人は,前記認定のとおり,当日午前4時8分ころ,取調室の出入口付近に立つ警察官らの様子を携帯電話の動画機能で撮影し,退出させてもらえないことへの抗議をしているところ,その際には@の暴行を受けたことに何ら触れていない。退出を拒むよりも,より重大な人権侵害である暴行がその直前に行われていたとすれば,動画の撮影に際して,そのことを訴えるのが自然であるが,そのような被告人の言動はなかったのである。また,被告人は,別件で逮捕された後に弁護士と1時間にわたり面会しているが,その際に激しい暴行を受けたことを訴えたのであれば,弁護士からI署に対し,何らかの抗議や申し入れがあるはずであるのに,そのような抗議等がなされた形跡はない。更には,被告人は,別件での検察官による弁解録取や裁判官による勾留質問においても,警察官から@Aの暴行を受けたことについて訴えてはいない。加えて,被告人の取調べを担当していたN巡査部長らも,@の段階で被告人に対する有形力の行使があったことを明確に否定し,Aの段階でも,被告人を抱き起こす以上に殊更に暴力を振るったことはない旨述べている。
 弁護人は,身体検査やβ病院での診察の際に被告人の身体に擦過傷等があることが認められたこと,当日に被告人の着ていた長袖トレーナーの左肩の首付近が破れていること,被告人が,母親や知人に対し,警察官から暴行された事実を伝えていることなどを根拠に,警察官による暴行があったと主張する。しかしながら,上記擦過傷等の被告人の負傷や着衣の破れについては,午後4時前ころ,取調室内の机の脚を両腕で抱え込み腹ばいのような体勢になった被告人の腕を机の脚から引きはがし,抱き起こした際に生じた(その経過を見ても,被告人が相当激しく抵抗していたことがうかがえる。)ものと考えても矛盾しないし,母親や知人に訴えていた点については,実際に殴られていないのに顔を殴られたと言い(対母親),最初の電話の際には暴行を受けたことを伝えていない(対知人)ことなどからすると,その訴えは,警察署から何としても退去したいと考え,その協力を求めるために述べたものであると理解できる。
 また,被告人は,5月29日の検察官取調べの際に,警察官から暴行を受けたことを訴え,その内容を書面化しているが,公判廷において自らも認めるように,同書面には公判廷での供述とは,暴行の時期等の重要部分について矛盾した内容が含まれており,信用できない。
 以上の事実によれば,被告人が述べるように,警察官から殴る蹴るの激しい暴行を受けたとは認められない。

2.捜査の違法性

(1)被告人に対する留め置きについて

 被告人は,当日午前1時5分ころI署に任意同行されているのであるが,午前4時8分ころ,帰宅させるよう要求して立ち上がり,取調室から出て行こうとして取調官ともめており,遅くともこの時点において,退出の意思を明確に表明したと認められる。しかるに,警察官の留め置きの態様は,集まった4名もの警察官が,取調室の出入口付近に立ち塞がるというものである。取調室の構造や着席位置(出入口が1か所で開閉式の扉があり,被告人は,取調室の奥に座らされていて,同所を通過しないと外に出ることができない。)と集まった警察官の人数に照らすと,上記警察官らの行為は,直接の有形力こそ行使していないものの,被告人が取調室から退出することを事実上不可能ならしめるものであったといえる。更に,その後も三,四回ほど,退出を要求したが,取調官はこれを拒否し,数名の警察官が出入口付近に立ち塞がって,被告人の退出を阻止していた。
 そして,留め置いた時間は,任意同行から午後2時33分の逮捕まで約13時間30分,被告人が帰宅を訴えた当日午前4時8分ころ以降に限っても10時間余りという長時間に及んでいる。なお,逮捕状請求(午前9時ころ)からその発付(午後2時ころ)まで約5時間かかっており,通常の令状実務からは考え難いほど令状審査に時間がかかっていることは否定し難く,この点については捜査機関のみに責任があるわけではない。また,本件は,事件関係者が複数おり,被告人を始め事情聴取に必ずしも協力的ではなく,ある程度時間がかかることもやむを得ない面がある。それでも任意同行から逮捕状を請求するまでに約8時間,逮捕状請求の方針を固めた午前3時以降請求までに約6時間を要しており,いかにも長過ぎるといわざるを得ない(なお,被告人らやCの供述状況にかんがみ,午前3時ないし4時ころの時点において,緊急逮捕の要件が備わっていたと認めるのは困難であり,通常逮捕状請求によったことは妥当な措置であったといえる。)。
 そして,被告人は,取調室で留め置かれている間,携帯電話で多数回にわたり,外部との通話を行っている。しかしながら,警察官らは,被告人に対し,再三にわたり通話をやめるよう要請しており,全く自由に通話を認めていたというわけではなく,被告人の知人や母親が被告人との面会を希望したにもかかわらず,結局面会させることなくこれを拒否し,被告人から救急車出動の要請を受けた松山市消防局の問い合わせに対しても,被告人はI署内にいないなどと虚偽の説明をしている。これらの事実からすれば,警察官らが,被告人と外部との交通を遮断しようとしていたことは明白である。
 以上のとおり,被告人が,数回にわたり明白に退去の意思を表明し,実際に退出しようとしたにもかかわらず,数名の警察官が出入口付近に立ち塞がって退出を阻止し,被告人をその意思に反して留め置くなどしたこと,その間,被告人の知人や母親との面会も拒むなど,外部との交通も制限していたことを併せ考慮すれば,遅くとも被告人が明確に退出の意思を表明した午前4時8分ころ以降,被告人を取調室内に留め置いた行為は,既に別件での逮捕状請求の準備段階に入っていたことを考慮しても,任意捜査として許容される限度を超えた違法な身体拘束であったと認められる。
 そして,先に認定したとおり,警察官らは,任意同行の時点から,被告人に対し,覚せい剤使用の嫌疑をかけ,その尿を提出させる必要があると考えており,実際に,午前11時ころには,被告人に対し,尿の任意提出を求め,被告人が尿の任意提出を拒否した後は,強制採尿を実施することも視野に,被告人に対し,注射痕の有無を確認させるよう求めるなどし,結局別件での逮捕後に強制採尿を実施していることに照らせば,被告人の留め置き状態及びその後の逮捕手続を利用して覚せい剤事件の捜査を行った面があることは否定できない。

(2)身体捜検について

 J警部は,身体捜検を行った理由について,当公判廷において,Cの負傷状況等に照らし,被告人がナイフ等の凶器を隠匿している可能性があるところ,逮捕の際に身体捜検を行うよう指示していたにもかかわらず,行われていなかったことから,その時点で行ったと説明する。
 確かに,警察官職務執行法上,逮捕されている者に対しては,その身体について凶器を所持しているかどうか調べることができるとされ(同法2条4項),犯罪捜査規範においては,逮捕後直ちに行うよう義務付けられている(同規範126条4項)。しかしながら,本件においては,前記認定のとおり,既に任意同行後長時間が経過していて,その間,被告人が凶器を所持していることをうかがわせるような事情はなく,取調官を始め,捜査に関わった警察官らがこれを疑っていた様子もない。そして,身体捜検の直前に,V巡査部長が,R警部補及びZ巡査部長と共に取調室内に入り,被告人に対して注射痕があるかどうか確認させるよう求めて拒否され,J警部にその旨の報告がなされた直後に身体捜検が実施されていること,身体捜検が,主として被告人に対する覚せい剤事件の捜査を担当している者らによって実施されていること,身体捜検においては,被告人の両腕の注射痕の有無を確認することに主眼が置かれ,写真撮影は両腕の注射痕の有無に関するもののみが行われていることに照らせば,本件は,逮捕に伴う安全確保のため警職法上認められた身体捜検ではなく,これに名を借りた,注射痕の有無を確認するための捜査目的の身体検査であったとみざるを得ない。
 そして,警察官らは,机の脚を両腕で抱え込んで腹ばいの状態になって身体捜検への拒否の姿勢を示す被告人に対し,両腕を引きはがして抱き起こし,被告人を背後から羽交い締めにした状態で,被告人の両腕を検査しているところ,これらの一連の行為は,明らかに被告人の意思を制圧し,その身体に制約を加えるものである(なお,被告人は,両腕の内側を検査される直前に,「見てみいや。」などと言って,自ら腕を差し出しているが,それ以前に,頑なに注射痕の確認を拒否していた被告人が,自ら進んで両腕の内側を示すとは考え難く,羽交い締めにされ,両腕をつかまれて,警察官らによる注射痕の確認を避けることができなくなったことから,やむなく両腕を差し出したものと認めるのが相当である。)。
 かかる強制処分を身体検査令状なくして行うことが違法であることは疑いない。当時,被告人は既に別件で逮捕されており,身体検査について令状審査を経ることに何の支障もなかったのであり,警察官らもそのことは当然分かっていたにもかかわらず,上記行為に及んでいるのであって,その違法の程度は重大である。

(3)強制採尿令状の発付について

 被告人に対する強制採尿令状は,先に認定したとおり,当日午後7時ころ請求されているところ,同請求の際に添付された疎明資料のうち,強制採尿の必要性に関するものは,V巡査部長作成の捜査報告書(甲58)の内容のうちの,@被告人が覚せい剤取締法違反の前科1犯を有すること,A被告人が任意採尿の説得に全く応じないこと,B被告人の両腕の注射痕の確認を実施しようとするも,被告人が「帰らせろ。」と怒鳴り散らすなどして,「両腕の確認に至っていない状況である」こと,C被告人が別件の取調べにおいて執拗に「帰らせろ。」と申し立てる言動は,自身の覚せい剤使用事実発覚を恐れて逃れるための言動であり,取調官に対し,怒鳴り散らす興奮状態は,覚せい剤の薬理作用である疑いが高いこと,D被告人及びFは,当局が覚せい剤密売人として把握し視察内偵中の者であり,別件は被告人,Fそれぞれを中心とする覚せい剤密売グループの対立を背景として発生した事案である疑いが高いことの5点であると認められる。
 注射痕の存在は,強制採尿令状を発付する上で,一つの有力な資料であって,実務上,被疑者の同意を得て,あるいは同意が得られない場合は身体検査令状の発付を得た上で,注射痕の存在を確認し,その写真撮影を行うなどして,強制採尿令状請求の疎明資料とすることが広く行われている。本件においても,強制採尿令状請求に先立って実施された身体捜検の際に注射痕が確認された場合,これを疎明資料に盛り込んでいたものと容易に想像される(本件の経緯等に照らし,本件身体捜検の違法性を認識して資料化を差し控えたとは到底考えられない。)。しかるに,本件においては,注射痕がないことが確認されているのであるから,撮影した写真を添付するなどして捜査報告書を作成し,その事情を情報提供すべきであった。それにもかかわらず,「両腕の確認に至っていない」との,客観的に判明した事実に反する記載がなされているのである。その意図を勘案するに,それが強制採尿令状の発付を得る上で不利な事情であるので,これを殊更に隠したと考えざるを得ない。令状審査,とりわけ密行性が要請され,被疑者側の陳述を聴くことなく審査を行う必要がある逮捕状その他の一般令状の審査においては,捜査官が捜査の過程で把握している事情については,消極方向の事情についてもこれをきちんと疎明資料に盛り込み,審査に供することが強く求められるのであって,本件において,注射痕が認められなかったという重要な事実を知らせず,単に被告人が注射痕の確認を拒否し,あたかも注射痕が存在している可能性が高いかのような内容を記載した点は,令状主義の精神に反するもので,厳しい批判を免れない。
 そして,上記Bを除く他の事情を勘案しても,@の覚せい剤前科については明らかに認められるものの,その他の事情は,違法な留め置きがあったことに対する拒否の態度であるなどと,(少なくとも被告人側からみれば)反論可能なものであったり,確たる裏付けがないものであって,令状審査を担当した裁判官が,Bの記載が真実に反しており,被告人の両腕に注射痕が認められなかったことを知った場合には,令状を発付しないか,少なくとも捜査官に詳しく事情を聴いたり,追加の疎明資料を求めるなど,より慎重に審査を行う必要が生じていたと考えられる。
 そうすると,警察官らが強制採尿令状の発付を求める際に提出した捜査報告書の記載には,重要な点で虚偽の記載があり,担当裁判官の令状審査を誤らせる危険性の高いものであったというべきである。

(4)採尿手続について

 被告人は,自ら尿を採取して警察官に提出している。しかし,先に認定した経過に照らせば,警察官から強制採尿令状を呈示され,これを執行すべく医師の下に連行されるに至り,もはや強制的に採尿されることを逃れ得ないと考えてあきらめたからにほかならず,強制採尿令状の執行に基づく採尿であったと評価すべきものである。

3.本件鑑定書の証拠能力

 以上のとおり,本件においては,@任意同行後,被告人が退去の意思を強く示したにもかかわらず,取調室出入口付近を大勢の警察官で立ち塞がって事実上退去を不可能にするなど,長時間にわたり違法に留め置き,A逮捕後,身体捜検に名を借り,被告人が拒否しているにもかかわらず,無令状での身体検査を行い,Bこれにより注射痕が存在しないことが確認されたにもかかわらず,それが捜査側に有利な事情でなかったことから,強制採尿令状請求の際にこれを殊更に隠し,その発付を得たのであって,このような強制採尿に至る一連の捜査過程には,令状主義の精神を没却する重大な違法があったと評価せざるを得ず,このような捜査を許容することは,将来における違法捜査の抑制の見地からも相当ではない。
 そして,本件鑑定書は,強制採尿の結果得られたもので,正に違法な手続によって得られた証拠であるから,違法収集証拠として証拠能力を認めることができず,刑事訴訟規則207条により職権で証拠から排除することとする。

4.結論

 本件のその余の全証拠によっても,被告人が覚せい剤を自己の身体に摂取したとの事実を認めることはできない。そうすると,結局覚せい剤取締法違反に係る上記公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,同法違反の点について,刑事訴訟法336条により,被告人に対し無罪の言渡しをする。

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