平成23年新司法試験論文式
民事系第1問の感想と参考答案

問題は、こちら

 

事務処理型

本問は、書くことが多い。
時間内にうまくまとめるには、相当の技術を要する。
解いていて簡単だとは、思わなかっただろう。
もっとも、何を書くべきかは、比較的明らかだった。
昨年のように、何を書いていいのかさっぱりわからない。
そういった難しさはない。
その意味では、解き易かった。
事前の演習量の差が、出やすい問題だった。

この種の問題は、事前の構成と、コンパクトな論述が勝負を分ける。
紙幅を念頭におきながら、うまくまとめる必要がある。
本問は、5つの問いがある。
単純に考えると、一つの問いに対して大体1頁半くらいとなる。
また、配点(4:3:3)を考えると、設問1が3頁、設問2と3が2頁強という感じになる。
ただ、中身を検討してみると、設問1(1)だけが紙幅を喰うことに気付く。
他の設問は、ある程度コンパクトに収めながら、配点を取る書き方ができそうだ。
しかし、設問1(1)だけは、あてはめで使う事情が多すぎる。
とても1頁ちょっとでは、収まらない。
だとすれば、設問1(1)に3頁程度割き、他を短くまとめる。
そういう構成にする方がよい、ということになる。

また、本問では、いくつかの典型論点がある。
転用物訴権、賃貸人の地位の移転、敷金の承継、特約の承継、将来債権の譲渡、詐害性の判断、代位行使による自己への引渡し、土地の工作物の意義、瑕疵の意義、身体的素因による過失相殺の類推等である。
しかし、とても全部書く余裕はない。
論じる必要のあるものはどれか。
必要のないものは、書かないという選択をすべきである。
また、書くとしても、極端にコンパクトに書かなければならない。
論証集や、模範解答のように、悠長に問題提起などしていられない。
書き出す前の段階で、この辺りを意識する必要がある。

どれだけ事実を拾えるか

設問1(1)は、いわゆる転用物訴権の問題である。
論点自体は、すぐに気付く。
しかし、うまく当てはめるのが難しい。
本問では、以下のような特殊性がある。

1:賃料の発生が一定時期まで留保されている。
2:中途で売却されたため、賃料の減額による賃貸人の現実の負担が低額にとどまっている。
3:増価を一定程度織り込んだ価格で売却されている。
4:請求する業者に下請けがおり、その代金が未払いである。
5:工事による増価のうち当該業者の寄与がどの程度か不明である。

上記をどれだけ取り込めるか。
そこで、差が付くことになる。
どう処理してよいか難しいのは、5である。
多くの人が、Cの仕事による増価額を利得としようとしたはずだ。
そういう視点で問題文を読んでいると、「あれっ」と思ったはずである。
CとDの工事を併せた増価額(1億円)しか、問題文には挙がっていないからだ。
こういうとき、つい勝手な認定をしてしまいがちだ。
すなわち、1億円の増価の寄与割合は、工事代金に比例するはずだ。
または、2500万円より小さいはずがないから、2500万円の利得を認めてしまってもいいだろう。
しかし、それでよいのなら、問題文にそう書いてあるはずである。
そうなっていないのは、わざとぼかしている。
そう判断すべきところである。

では、どうやって利得の額を確定すればよいのか。
解決策としては、3つある。

一つは、額が確定しないとして、Cの請求を否定する方法である。
しかし、これはあまりに硬直的で、現場では採りがたい。

もう一つは、民訴法248条を使う方法である。

(民訴法248条)

 損害が生じたことが認められる場合において、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる。

同条を使って、相当な額として工事代金と比例した額とすることは、あり得る考え方である。
しかし、同条は損害賠償を念頭に置いた規定である。
これを不当利得に適用できるのか。
裁判例でこれを肯定するものもあるが、否定するのが一般である。

名古屋地判平12・7・14より引用、下線は筆者)

 本件工事は無効であるから、本件工事代金全額を受領している鹿島建設JV、すなわち、被告鹿島建設、被告奥村組、被告石田組、被告加賀田組、訴外日本国土開発は、受領した代金を返還する義務がある
 しかしながら、名古屋市は、鹿島建設JVから、完成した目的物の引渡しを受けているから、鹿島建設JVは、工事の完成に対する正当な対価について、損益相殺することができるところ、正当な対価は、談合がなく適正な競争がなされた場合の価格と同一であるというべきであるから、結局、不当利得として返還を求めることができる金額も、右想定落札価格との差額ということになる。
 ところで、談合がなく適正な競争がなされた場合の想定落札価格の額を、立証することは、損害の性質上極めて困難であると認められるから、民訴法二四八条により、裁判所において、相当な損害額を算定することとする。

(引用終わり)

 

大阪地判平16・1・20より引用、下線は筆者)

 原告主張のような、民訴法248条の規定の類推適用や特許法102条の規定の利用といったことは、これらの規定が対象とするところと性質の異なる不当利得返還請求においては考慮の余地がなく、原告の主張は失当である。

(引用終わり)

 

名古屋地判平21・8・7より引用、下線は筆者)

 原告は,本件談合により,本件入札は,指名競争入札の形式はとっているものの,指名競争入札の実質を全く有しない点で地方自治法234条に違反するものであり,本件入札に基づき締結された本件請負契約は無効であると主張して,不当利得に基づく請求を選択的に主張しているので,上記不法行為に基づく損害賠償請求により認められる損害額を超える部分について検討するに,不当利得返還請求権の場合には利得及び損失について民訴法248条の適用ができず,また,利得及び損失の範囲が上記損害額を超えることを認めるに足りる証拠もないから,上記損害額を超える部分について,その余の点について判断するまでもなく,原告の不当利得の主張は理由がない。

(引用終わり)

仮に不当利得に類推できるとしても、本問の場合が、「性質上その額を立証することが極めて困難であるとき」といえるか難しい。
内装工事の結果を金銭評価することが、性質上極めて困難とは、いい難いからである。
結論的には、無理がありそうである。
ただ、答案上は、これで押し切っても、それなりに評価されるだろう。

3つ目は、立証責任を転換する方法である。
不当利得において、通常利得は損失と対応する。
従って、損失が立証された場合、それと異なる利得を主張する側に立証責任を転換するのである。
本問では、Cに2500万円の損失があることは確定できる。
従って、Bの側において、利得がこれを下回ることを立証すべきとするのである。
本問では、その点が明らかでないから、2500万円の利得を認める。
これが、最も穏当な構成なように思われる。

本問では、明らかに転用物訴権の当てはめが問われている。
従って、そもそも不当利得構成を否定するとか、長々と一般論を論証するのは避けたい。
判例をコンパクトに書き、すぐに当てはめに入るべきである。

詐害性がメインか

設問1(2)は、Aの無資力から債権者代位と債権者取消しだろうとわかる。
ただ、そこで何を問題にすればよいのかが、漠然としている。
前提として、賃貸人の地位の移転や、敷金の承継の問題がある。
しかし、この点はBF間の合意自体から肯定できる。
改めて論じるまでもない、という感じがする。
また、特約の承継や敷金の当然充当についても、そこまで議論するほどのものではない。
償還の排除は、AB間の属人的合意とはいえない(これを織り込んだ賃料となっている。)。
また、敷金の充当も、議論が分かれるようなところではない。
そうすると、残るのは敷金返還請求権の放棄の詐害性だろう。
これは、見落とし易いが、考えてみると難しい。
合意解約と放棄の関係を、よく検討する必要がある。
賃貸契約上Aの中途解約権が認められていないから、Aの方からは解約できない。
つまり、本来は、3年の期間満了まで賃料負担を免れないはずである。
そうすると、Aとしては合意解除に応じてもらえるだけでも、ありがたい。
敷金返還請求権の放棄は、これの見返りの一部としての側面を有している。
このような関係を考慮して、なお詐害性があるといえるか。
この点の検討が必要である。
結論的には、どちらでもよいだろう。
ただ、個人的には、詐害性は認めにくいという感じはする。

付随的義務違反に基づく解除

設問2は、まず履行不能の問題ではないという点を示す必要がある。
本来的債務は、既履行だということである。
すなわち、権利移転と対抗要件具備の履行は、既にされている。
Gは、債権が発生すれば、これを取得して行使し得る地位にある。
債権が現実に発生することは、売買の目的ではない。
債務者から現に弁済を受けられることが、債権譲渡の内容とならないのと同じである。
もっとも、この場合でも、譲渡人が積極的に債務者の弁済を妨げてはならない。
これは、信義則上の付随義務である。
同様に、将来債権の売主は、積極的に債権の発生を妨げてはならない。
これも、信義則上の付随義務である。
この点を示した上で、このような義務に違反した場合の解除の要件を書くことになる。
付随義務違反に基づく解除の要件は、普段あまり考えたことがないはずである。
問題文の事情をヒントにして、現場で考えるしかない。
催告不要と、目的不達を要することについて、何とか現場で思いつきたい。

請負人の不法行為責任に注意

設問3(1)のうち、AとFについては、工作物責任である。
これについては、淡々と当てはめていけばよいだろう。
見落としがちな論点として、エレベーターが土地に接着しているか、という点がある。
古い大審院判例が、工場内の機械につき、これを否定している。
しかし、これは既に先例的価値がないとするのが、基本的知識である。
もっとも、ではどのような理由で肯定するのか。
接着性要件を不要とするのか、何らかの理由で接着していると考えるのか。
この点は、意外とはっきりしていない。
「土地の」とある以上、接着性要件を全く無視するのは難しい。
本問の場合には、エレベーターは土地と接着する甲建物の一部を構成する。
だから、接着性要件を充たす、とすればよいのではないか。
もう一つ、見落としがちなのは、Fは間接占有者であるという点である。
Aが占有者としての責任を負うから、所有者Fは責任を負わないとするのは、誤りである。
なお、Hが負傷したのは平成22年10月12日である。
これは、AがFに甲建物を引き渡す平成22年10月31日以前のことになる。
従って、Aも占有者としての責任を免れない。
時系列が前後していて見落とし易いが、「Aの同意を得た上で」の部分で気付きたい。

応用的内容を含むのは、Dの責任である。
新判例をフォローしていた人は、ここで最判平19・7・6を思い出したかもしれない。
これは、司法試験平成19年度最新判例肢別問題集でも出題していた。

司法試験平成19年度最新判例肢別問題集より引用)

【問題】

9:建築請負契約関係にない居住者を含む建物利用者、隣人、通行人等に対する関係においては、建築された建物に瑕疵があるからといって、その請負人や設計・工事監理をした者について当然に不法行為の成立が問題になるわけではなく、その違法性が強度である場合、例えば、請負人が注文者等の権利を積極的に侵害する意図で瑕疵ある目的物を製作した場合や、瑕疵の内容が反社会性あるいは反倫理性を帯びる場合、瑕疵の程度・内容が重大で、目的物の存在自体が社会的に危険な状態である場合等に限って、民法709条の不法行為責任が成立する余地がある。

【解答】

9:誤り(最判平19・7・6)。
 「建物は、そこに居住する者、そこで働く者、そこを訪問する者等の様々な者によって利用されるとともに、当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから、建物は、これらの建物利用者や隣人、通行人等(以下、併せて「居住者等」という。)の生命、身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず、このような安全性は、建物としての基本的な安全性というべきである。そうすると、建物の建築に携わる設計者、施工者及び工事監理者(以下、併せて「設計・施工者等」という。)は、建物の建築に当たり、契約関係にない居住者等に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当である。そして、設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計・施工者等は、不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである」と判示した。
 本肢は、原審の見解である。

(引用終わり)

これを知っていれば、反論として原審、自説として判例の立場という書き方を思いつく。
ただ、上記だけでは、その根拠がよくわからない。
理由を示さない判例の理由を書かせるのは、論文では頻出である。
本問で書くべきは、上記規範よりも、むしろその根拠、本質論だろう。
現場で、ここを何とか思いつけるかどうか。

請負人が瑕疵のない建物を建てるのは、契約上の義務である。
このような給付利益は、不法行為法上保護される利益ではない。
そう考えると、瑕疵の存在が、直ちに第三者との関係で不法行為となるわけでない。
公序良俗違反のような強度の違法がある場合にのみ、不法行為となる。
これが、原審の見解を支える基本的な発想である。

他方、瑕疵のある建物が建てば、第三者の生命、身体、財産等の一般法益をも危険にする。
例えば、車を運転する者は、他者を轢いたりしないよう注意する義務を負う。
これを怠って人を轢けば、当然不法行為責任を負うだろう。
同様に、請負人は、上記一般法益を害しない程度の安全性(基本的安全性)が欠けないよう注意する義務を負う。
これを怠って建物が倒壊等し、上記法益を侵害すれば、不法行為を構成する。
これが、判例の見解を支える基本的発想である。

上記の基本的な方向性、考え方を答案上示すことができるか。
それが、ここでのポイントとなる。

(なお、上記生命、身体、財産等の一般法益を指して、「完全性利益」という語が用いられることがある。
この語を見た読者は、「何が完全なのか」と疑問を持つだろう。
その疑問は、正しい。
これは、"integrity interest"の訳語と思われるが、誤訳といってよい。
確かに、integrityには、「完全」という意味がある。
これは、欠損がないという意味合いである。
パソコンの部品が取れてどこかにいってしまった。
このパソコンは、不完全である。
取れた部品を買ってきて、取り付けた。
パソコンは、完全になった。
このような語感である。
そこから、区分しがたいもの、統合的なもの、総体性、全体性という意味が派生する。
契約上の給付利益と対置させて不法行為法上の保護法益を論じる場合、この意味が適切である。
すなわち、当事者の合意によって特に切り出された給付利益と異なり、不法行為法上保護される利益は、区分されておらず、統合的、総体的、全体的な利益である。
そのような利益を、契約上の給付利益と区別して"integrity interest"と表現するのである。
従って、敢えて訳語をつけるならば、総体的利益、全体的利益、非区分的利益などとすべきである。
ただ、文脈上給付利益との対比を明確にしていれば、単に「一般法益」とでも表現すれば意味は通じる。
筆者には、特別な語を用いて説明しなければならない必然性は、見出せない。)

身体的素因を大展開したくなるが

設問3(2)は、過失相殺規定の適用又は類推適用に関するものである。
一見して、身体的素因の論点を書きたくなる。
しかし、問題文をよく読んでみるべきである。
問題文の13は、以下のようになっている。

(問題文より引用、下線は筆者)

13.Hは,この事故に遭う1年ほど前から,時々,歩いていてバランスを崩したり,つまずいたりするなどの身体機能の低下があり,平成22年4月に総合病院で検査を受けていた。その検査の結果は,Hの身体機能の低下は加齢によるものであって,無理をしなければ日常生活を送る上での支障はないが,定期的に病院で検査を受けるよう勧める,というものであった。

(引用終わり)

無理をしなければ、支障はない。
これは、裏を返せば、無理をすると支障が生じるおそれがあるということである。
このことを理解した上で、問題文14を読んでみる。

(問題文より引用、下線は筆者)

14.Hは,この勧めに従って,上記総合病院で,平成22年5月から毎月1回の検査を受けていたが,特段の疾患はないと診断されていた。一方,この間,Hの妻が病気で入院したため,Hは,毎日のように病院と自宅とを往復し,時として徹夜で妻に付き添っていた。そのため,Hは,同年7月下旬頃から,かなりの疲労の蓄積を感じていた。Hが同年10月12日に甲建物のエレベーターの揺れによって転倒し,右足を骨折するほどの重傷を負ったのは,Hのここ1年ほどの身体機能の低下と妻の看病による疲労の蓄積も原因となっていた。

(引用終わり)

無理をしている。
無理をすれば支障が生じるかもしれないのに、無理をした。
その結果、怪我をしてしまった。
これは、過失そのものである。
すなわち、本問は素因云々を問題にするまでもなく、過失相殺規定を直接適用できる事案である。
その点を指摘することが、重要である。
もっとも、身体的素因も一応問題にはなりうるし、多くの人が書くだろう。
従って、コンパクトに軽く触れておくのが、無難である。

【参考答案】

第1.設問1(1)

1(1)CにはAに対する残代金回収不能の損失が生じる一方で、BはCの仕事による甲建物の増価の利得を得たから、両者には社会観念上の連結があり、因果関係が認められる。

(2)問題は、法律上の原因の有無である。実質的公平という不当利得制度の趣旨から、賃借人の無資力により法律上の原因なく仕事の結果を賃貸人が利得したといえるのは、賃貸人に二重の負担とならない場合、すなわち、賃貸契約全体からみて賃貸人が相当な対価なく上記利得を得たと認められる場合に限られる。予想されるBの反論は、上記対価が存在するとの主張である。

(3)ア.AB間の賃貸借契約によれば、内装費用の負担は全てAにある。契約終了後の費用償還も生じない。一見、対価がないとみえる。しかし、平成22年2月1日まで賃料が発生せず、それ以降の賃料も相場の半額である。賃料発生の留保は、工事完成期日である同年1月31日まで実際の使用収益ができないことによると考えられる。他方、それ以降の賃料が相場の半額であるのは、Bの消極的姿勢(問題文1)によるともみえる。しかし、A及びBは、本来の相場を知りながら、敢えて上記賃料とした。これは、Aの工事費用の負担に対応する趣旨とみるのが自然である。

イ.もっとも、BがFに甲建物及び乙土地を売却するまでの上記減額負担は1200万円に過ぎず、工事代金総額である7000万円と比較して低額にとどまる。他方で、Fへの売却価額には、甲建物の増価が織り込まれている。よって、Bには相当な対価の負担がない。

(4)以上から、Bの利得には法律上の原因がないから、BはCに対し、利得の返還義務を負う。

2(1)Bが返還すべき額は、Cの仕事の結果による甲建物の増価額と請負代金5000万円のいずれか少ない額から、回収済みの代金及びBの負担する賃料減額分を差し引いた額である。なお、CがEに対して負う残代金債務はAに対する残代金回収の有無にかかわらず支払うべきものであるから、その未払いは上記金額に影響しない。

(2)本問では、C及びDの工事によって甲建物に生じた1億円の増価のうちCの工事によるものの金額が不明である。予想されるBの反論は、上記を理由とする金額の確定不能の主張である。

(3)確かに、利得の額は請求の原因事実であるから、Cに立証責任があり、額につき何らの立証もないならば請求棄却となる。また、民訴法248条は損害賠償に係る規定であるから、不当利得につき適用及び類推をすることはできない。
 しかし、Cにおいて、残代金相当額の損失があることは明らかである。一般に利得は損失に対応する。そうすると、利得が上記損失より低額であることについては、Bにおいて主張立証すべきである。本問ではCの工事による増価額が不明である以上、これが請負代金より低額であると認めることはできない。
 よって、Bの返還すべき金額は、残代金2500万円からBが負担する賃料減額分1200万円を差し引いた額である1300万円である。

第2.設問1(2)

1(1)Aが無資力であることから、AのFに対する敷金返還請求権をCが代位行使(423条)することが考えられる。金銭債権の代位行使については債務者の受領拒否を考慮して直接代位行使者への支払いを請求できるから、Cは事実上残代金相当額の一部を回収できる。
 もっとも、Aは無資力となった後に敷金返還請求権を放棄したから、代位行使の前提としてこれを詐害行為として取り消す(424条)必要がある。予想されるFの反論は、Aの放棄には詐害性がないとする主張である。
 詐害性の有無は客観と主観を相関的にみて判断すべきところ、本問の賃貸借契約にはAの中途解約を認める特約(618条)がなく、事実上期間満了までの賃料の免除となる合意解除に応じることとの均衡を考慮して上記放棄がされたと解されるから、客観的な詐害性を認め難く、AF間において他の債権者を害する意図をうかがわせる事実もない。従って、Aの放棄に詐害性はない。
 よって、Aの放棄を詐害行為として取り消すことができないから、CはAの敷金返還請求権を代位行使することができない。

(2)なお、AB間の特約は賃貸人の地位の一部を構成するから、これを承継したFとの関係でも効力を有する以上、AがCに支払った2500万円に係る費用償還請求権(608条1項)は発生しない。よって、これをCが代位行使する余地はない。

2.仮にAの放棄の詐害性を認めたとしても、敷金返還請求権発生時にAの未払賃料600万円(8、9、10月分)が当然に充当されるから、Cが代位行使により回収できる金額は、700万円にとどまる。

第3.設問2

1.債権売買における売主の主たる債務は、権利の移転であり(555条)、これには対抗要件具備も含まれる。本問のFは、上記債務を履行している(問題文10)。なお、目的債権の履行及び将来債権譲渡における目的債権の発生は、売買の内容に含まれない。上記に係るリスクは買主が負担するものとして代金が額面より割り引かれるのが通常だからである。
 もっとも、契約当事者は互いに相手方の契約目的の実現を妨げてはならない。これは、契約に基づく信義則上の付随義務である。将来債権の売買にあっては、売主が故意に債権の発生を妨げることは、上記付随義務違反として債務不履行となる。Gの解除は、Fの合意解除が上記付随義務に違反することを理由とするものである。

2.では、解除の要件を充たすか。付随義務違反を理由とする解除の場合には、主たる債務の履行があることから、催告が不要である反面、義務違反により契約目的を達し得ないこと及び義務違反が故意又はこれと同視しうべき重過失によることを要する。
 本問で、目的債権不発生によりGの契約目的が達し得ないことは明らかであり、Fには故意がある(問題文11)。なお、Fにおいて、いずれにせよ回収不能であるからGを害さないと考えたとしても、回収可能性の判断は譲受人たるGがなすべきものであり、Fは譲渡後は当該債権の処分権を失っている以上、自らの判断で当該債権発生を妨げることは許されないから、故意を否定する理由とはなり得ない。
 よって、解除の要件を充足する。

第4.設問3(1)

1.A及びFに対する請求

(1)A及びFにおいてボルト締付不良を知り、又は知りうべきであったと認めるに足りる事実はないから、一般不法行為(709条)における故意過失は認められない。

(2)そこで、故意過失を要件としない工作物責任(717条1項)を検討する。エレベーターは土地に接着する建物と一体をなす人工的作業物であるから、土地の工作物に当たる。ボルトの締付不良は通常有すべき安全性を欠くものとして設置の瑕疵に当たり、これに起因した不具合によってHが負傷したから、瑕疵による損害発生がある。

(3)同項ただし書の必要な注意を果たしたとするAの反論が予想されるが、本問でAが積極的にエレベーターを点検した等の事実はないから、これを認めるに足りない。

(4)また、占有者たるAが一次的責任を負うから所有者たる自分は責任を負わないとするFの反論が予想されるが、賃貸人たるFは間接占有者であり、占有者としての責任を負うから、上記反論は失当である。なお、Fは所有者でもあるから、同項ただし書による免責の余地はない。

(5)以上から、A及びFは、Hに対して損害賠償責任を負う。

2.Dに対する請求

(1)ボルト締付不良はDの行為である。これが709条の不法行為を構成するか。Dは設置工程に必要であるのにこれを怠った以上、他に反対の事実のない本問では少なくとも過失を肯定できる。

(2)問題は、違法性の有無である。工程どおりの仕事の結果を受ける利益は契約上の利益であって、不法行為法上は保護されないから、違法性を欠くとのDの反論が予想される。しかし、基本的な安全性を欠く土地の工作物は、契約関係にない第三者の生命、身体、財産等の一般法益をも害する危険を有している。上記危険からの保護が不法行為法の対象に含まれることは、717条の存在から明らかである。従って、上記工作物の作成に関わる者は、一般に上記安全性を欠くことのないよう配慮する注意義務を負い、これを怠れば不法行為法上も違法となる。

(3)ボルトの締付けは設置工程の中でも基本的安全性に係るものといえ、他に反対の事実もない本問では、これを怠ったDの行為は上記注意義務を怠ったものとして違法である。

(4)そして、上記注意義務違反に起因する不具合によりHが負傷したから、Dは、Hに対して損害賠償責任を負う。

3.以上のA、F、及びDの責任は不真正連帯の関係に立つ(719条1項前段)。

第5.設問3(2)

1.Hの身体的機能の低下それ自体が、いわゆる身体的素因として過失相殺の規定(722条2項)の類推適用を受けることはない。なぜなら、身体的機能の低下は特段の疾患ではなく、加齢によるものであって、個体差の範囲を超えないからである。

2.もっとも、Hは無理をすれば日常生活に支障を生じるおそれのある状況にあったのであるから、時に徹夜も伴うような妻の看病による疲労の蓄積を自覚していた以上、外出を控えるか、やむを得ない場合でも付添人を同伴させる等、転倒防止のための措置を採るべきであった。上記措置を採ることなく甲建物の内覧に赴いたことには軽率な面もあったといえる。

3.よって、上記の点において、Hに過失があるから、過失相殺の規定の適用によって賠償額の減額がされるべきである。

以上

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