最新下級審裁判例

東京高裁第2民事部判決平成22年02月25日

【判旨】

1.地方公共団体の課税権

(1) 憲法は,92条において,「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は,地方自治の本旨に基づいて,法律でこれを定める。」と,94条において,「地方公共団体は,その財産を管理し,事務を処理し,及び行政を執行する権能を有し,法律の範囲内で条例を制定することができる。」と定めている。これらの規定によって,地方公共団体には,課税権を含む財政自主権が保障されているものと解される。したがって,憲法30条が「国民は,法律の定めるところにより,納税の義務を負う。」と,憲法84条が「あらたに租税を課し,又は現行の租税を変更するには,法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」と定めているのも,地方公共団体の課税権を否定する趣旨ではないと解される。
 しかしながら,憲法は,92条においても94条においても,地方公共団体の権能等を法律をもって具体化するものとしており,法律を条例の上位に置き,条例は法律の範囲内でのみ制定することができるものとしている。これは,地方公共団体に自治を認めるにしても,その基本となる事項については,国家的な観点からの調整が必要であるとの考え方に基づくものと考えられる。とりわけ,租税の賦課については,国税を含む国民の総合的な税負担の在り方,国,都道府県及び市町村間ないし各地方公共団体相互間の財源の配分等の観点から,国家的な調整が不可欠であるから,租税に関する条例も,憲法の規定に直接基づくのではなく,法律の定めるところにより制定されるべきものとされているのであり,条例は法律の定めに反することはできないと解すべきである。即ち,憲法により認められた地方公共団体の課税権は,あくまでも抽象的なものにとどまり,法律の定めを待って初めて具体的に行使し得るものというべきである。地方自治法14条1項,223条も,そのことを重ねて明らかにしている。ただし,地方公共団体の権能等を規律する法律は,憲法の上記各規定を受けて,地方自治の本旨に基づくように制定されなければならないのであるから,実定法の解釈も,できる限り憲法の定める地方自治の本旨にかなうように行うことが求められる。
 なお,地方公共団体の課税権を含む財政自主権は,現行の憲法の規定によって初めて保障されたものであり,大日本帝国憲法には,地方自治の保障規定は存在しなかった。したがって,憲法制定前の地方税の仕組みと憲法制定後のそれとは,根本的な理念において相違しているというべきであり,憲法制定前の沿革は,そのことを念頭に置いて参考とするにとどめるべきものである。

(2) 上記のような憲法の規定を受けて,地方税法は,地方公共団体の課税権を具体化するための準則を定めており,地方公共団体は,その枠の中において条例を定めて,憲法の保障している課税権を行使することができるものとされている。したがって,課税条例が地方税法の規定に違反する場合には,当該条例は違法無効といわなければならない。しかし,課税条例が同法に違反するかどうかの判断は,法律が条例の上位に位置することを理由に,同法の定めを偏重するのではなく,同法の明文の規定に違反している場合を別とすれば,地方公共団体が憲法上の課税権を有していることにかんがみて,慎重に行うべきである。

(3) 地方自治法2条12項前段は,「地方公共団体に関する法令の規定は,地方自治の本旨に基づいて,かつ,国と地方公共団体との適切な役割分担を踏まえて,これを解釈し,及び運用するようにしなければならない。」と定めている。この規定は,その文言上,同法のみならず,地方税法の解釈運用にも適用されることが明らかである。
 もっとも,同項は,平成11年の地方分権改革に基づく地方自治法の改正により設けられたものであるが,地方公共団体に関する法令の規定を「地方自治の本旨に基づいて」解釈運用すべきことは,同項の規定を待つまでもなく,前記憲法92条の規定から当然の要請というべきである。
 また,「国と地方公共団体との適切な役割分担を踏まえて」というのは,同じ改正により新設された地方自治法1条の2の規定を受けていることが明らかであるが,同条の規定も,憲法92条の定めるところを今日的観点から具体的に宣言したものであって,憲法自体が改正されたものではない以上,これにより国と地方公共団体との関係,あるいは法律と条例との関係に基本的な点において変更が生じたものではない。したがって,地方分権改革において同時に改正された地方税法の規定はともかくとして,改正されなかった同法の規定の解釈運用が,地方自治法2条12項等により大きく変更されたとはいえないと解するのが相当である。
 しかしながら,地方税法の解釈適用に当たって,憲法が,地方公共団体に課税権を保障し,地方税法の内容が地方自治の本旨にかなうように要請していることを考慮すべきであることは,前記のとおりであるところ,地方自治法2条12項等の規定も,これと基本的な観点を同じくするものであって,その趣旨を否定すべきものではない。

2.徳島市公安条例事件判決との関係

 法律は,明文の規定に示していなくても,あるいは,明文の規定に示したほかにも,解釈上,ある事項を命じていたり禁じていたりすることがあることは,いうまでもないところである。したがって,条例が法律に違反するかどうかは,両者の対象事項と規定文言とを対比するのみでなく,それぞれの趣旨,目的,内容及び効果を比較し,両者(法律と条例)の間に矛盾抵触があるかどうかによってこれを決しなければならない(最高裁昭和50年9月10日大法廷判決・刑集29巻8号489頁,徳島市公安条例事件判決)。
 ここで「矛盾抵触」というのは,複雑な現代社会を規律する多様な法制度の下においては,複数の制度の趣旨や効果に違いがあるため,互いに他方の趣旨や効果を一定程度減殺する結果を生ずる場合があることは,避けられないものであることや,地方議会の制定した条例を法律に違反するがゆえに無効であるとするものであることを踏まえると,単に両者の規定の間に大きな差異があるとか,一方の目的や達成しようとする効果を他方が部分的に減殺する結果となることをいうのではなく,一方の目的や効果が他方によりその重要な部分において否定されてしまうことをいうものと理解される。また,地方税について定める法律と条例の間に矛盾抵触があるかどうかの判断においては,憲法の前記規定を踏まえて,その趣旨にかなう解釈をすることが求められる。
 このように考えると,例えば,地方税法が明文で禁じていなくても,条例による規制を禁止している趣旨である場合には,条例は同法に違反することになる一方で,条例が同法とは別の目的に基づく規律を意図するものであり,その適用によって同法の規定の意図する目的と効果を何ら阻害することがない場合や,同法が必ずしも全国一律同内容の規制をする趣旨ではなく,各地方の実情に応じて別段の規制を付加することを容認する趣旨である場合等には,条例は同法に違反しないことになる(上記最高裁判決参照)。

 

大阪地裁第2民事部判決平成22年02月17日

【事案】

第1.請求

1(1) 主位的請求

 被告株式会社Aが平成19年3月7日付けで訴訟参加人に対してした別紙物件目録記載2の建物に係る建築確認処分を取り消す。

(2) 予備的請求

 被告株式会社Aが平成19年3月7日付けで訴訟参加人に対してした別紙物件目録記載2の建物に係る建築確認処分が無効であることを確認する。

2.大阪市長は,訴訟参加人及び被告ら補助参加人に対し,建築基準法9条1項に基づき,別紙物件目録記載1の各土地上に建築予定の同目録記載2の建物について,建物の底部(基礎ぐいを使用する場合にあっては,当該基礎ぐいの先端)を良好な地盤に達することとしなければならない,との是正命令処分をせよ。

3.大阪市長が平成19年2月2日付けで訴訟参加人に対してした別紙物件目録記載1の各土地に係る開発許可処分が無効であることを確認する。

4.大阪市長は,訴訟参加人及び被告ら補助参加人に対し,都市計画法81条1項に基づき,前項の開発許可処分に係る開発計画により既存のガス管で不要になる引き込み管について道路内から完全に撤去するまでは工事を停止せよ,との是正命令処分をせよ。

5.大阪市長は,訴訟参加人及び被告ら補助参加人に対し,大阪市風致地区内における建築等の規制に関する条例10条1項に基づき,別紙物件目録記載1の各土地内の樹木のうち高さ10メートル以上の樹木を伐採してはならない,との是正命令処分をせよ。

第2.事案の概要

1.本件は,訴訟参加人が,別紙物件目録記載1の各土地(以下,併せて「本件土地」という。)上に同目録記載2の建物(以下「本件建物」という。)を建築することを計画し,大阪市長から同計画につき本件土地を開発区域とする開発許可(以下「本件開発許可」という。)を受けた上,被告株式会社A(以下「被告会社」という。)から本件建物の建築につき建築確認(以下「本件建築確認」という。)を受けたことから,本件土地に隣接する土地を所有し居住する原告らが,本件開発許可及び本件建築確認はいずれも違法であると主張して,本件開発許可については,被告大阪市に対してその無効確認(第1の3)を,本件建築確認については,被告会社に対し,主位的にその取消し(第1の1(1))を,予備的にその無効確認(第1の1(2))を求めるとともに,本件建物の建築及び本件土地の開発行為により重大な損害を被るおそれがあるとして,被告大阪市に対し,大阪市長において,訴訟参加人及び本件建物の建築を請け負った被告ら補助参加人に対する建築基準法9条1項に基づく是正命令及び都市計画法81条に基づく是正命令をそれぞれ発令することの義務付けを求め(第1の2,4),併せて,大阪市風致地区内における建築等の規制に関する条例(昭和45年大阪市条例第10号。以下「本件風致条例」という。)10条1項に基づく是正命令を発令することの義務付けを求めた(第1の5)事案である。

2.法令等の定め

(1) 都市計画法

ア.都市計画法29条1項柱書本文は,都市計画区域又は準都市計画区域内において開発行為をしようとする者は,あらかじめ,国土交通省令で定めるところにより,都道府県知事(地方自治法252条の19第1項の指定都市等の区域内にあっては,当該指定都市等の長。以下同じ。)の許可を受けなければならない旨規定し,都市計画法33条1項は,柱書において,都道府県知事は,開発許可の申請があった場合において,当該申請に係る開発行為が,同条各号に掲げる基準に適合しており,かつ,その申請の手続が同法又は同法に基づく命令の規定に違反していないと認めるときは,開発許可をしなければならない旨規定し,同項各号において,開発許可の基準を掲げている。
 都市計画法38条は,開発許可を受けた者は,開発行為に関する工事を廃止したときは,遅滞なく,国土交通省令で定めるところにより,その旨を都道府県知事に届け出なければならない旨規定している。

イ.都市計画法81条1項柱書は,都道府県知事等は,同項各号のいずれかに該当する者に対して,都市計画上必要な限度において,同法の規定によってした許可,認可若しくは承認を取り消し,変更し,その効力を停止し,その条件を変更し,若しくは新たに条件を付し,又は工事その他の行為の停止を命じ,若しくは相当の期限を定めて,建築物等の改築,移転若しくは除却その他違反を是正するため必要な措置をとることを命じることができる旨規定し,同項1号は,同法若しくは同法に基づく命令の規定若しくはこれらの規定に基づく処分に違反した者等を,同項2号は,同法若しくは同法に基づく命令の規定若しくはこれらの規定に基づく処分に違反した工事の注文主若しくは請負人等をそれぞれ掲げている。

(2) 建築基準法

ア.建築基準法6条1項前段は,建築主は,同項各号に掲げる建築物を建築しようとする場合等においては,当該工事に着手する前に,その計画が建築基準関係規定(同法並びにこれに基づく命令及び条例の規定その他建築物の敷地,構造又は建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定で政令で定めるものをいう。以下同じ。)に適合するものであることについて,確認の申請書を提出して建築主事の確認を受け,確認済証の交付を受けなければならない旨規定し,同条14項は,同条1項の確認済証の交付を受けた後でなければ,同項の建築物の建築等の工事は,することができない旨規定し,同法6条の2第1項は,同法6条1項各号に掲げる建築物の計画が建築基準関係規定に適合するものであることについて,同法77条の18から77条の21までの規定の定めるところにより国土交通大臣等が指定した者の確認を受け,国土交通省令で定めるところにより確認済証の交付を受けたときは,当該確認は同法6条1項の規定による確認と,当該確認済証は同項の確認済証とみなす旨規定する。

イ.建築基準法9条1項は,特定行政庁は,建築基準法令の規定又は同法の規定に基づく許可に付した条件に違反した建築物又は建築物の敷地については,当該建築物の建築主,当該建築物に関する工事の請負人等に対して,当該工事の施工の停止を命じ,又は,相当の猶予期限を付けて,当該建築物の除却,移転,改築,増築,修繕,模様替,使用禁止,使用制限その他これらの規定又は条件に対する違反を是正するために必要な措置をとることを命ずることができる旨規定する。

(3) 本件風致条例

ア.本件風致条例2条1項柱書は,風致地区内において,同項各号に掲げる行為をしようとする者は,あらかじめ,市長の許可を受けなければならない旨規定し,同項1号は建築物等の新築等を,同項2号は宅地の造成等を,同項4号は木竹の伐採をそれぞれ掲げており,同条3項は,市長は,同条1項の許可に,都市の風致を維持するために必要な条件を付することができる旨規定する。

イ.本件風致条例10条1項柱書は,市長は,同項各号の1に該当する者に対して,風致を維持するため必要な限度において,同条例2条1項の規定によってした許可を取り消し,変更し,その効力を停止し,その条件を変更し,若しくは新たに条件を付し,又は工事その他の行為の停止を命じ,若しくは相当の期限を定めて建築物等の改築,移転若しくは除却その他違反を是正するため必要な措置をとることを命ずることができる旨規定し,本件風致条例10条1項1号は本件風致条例又は本件風致条例の規定に基づく処分に違反した者を,同項2号は本件風致条例又は本件風致条例の規定に基づく処分に違反した工事その他の行為の注文主若しくは請負人等を,同項3号は同条例2条1項の許可に付した条件に違反している者をそれぞれ掲げている。

3.前提事実

(1) 当事者等

ア.原告らは,いずれも本件土地に隣接する土地をそれぞれ所有し,同各所有土地上にそれぞれ家屋を所有して居住している者である。

イ.大阪市長は,都市計画法29条1項に規定する指定都市等の長として同項に基づく開発許可及び同法81条1項に基づく監督処分を行う権限を有し,建築基準法2条35号に規定する特定行政庁として同法9条1項に基づく是正命令を行う権限を有する行政庁である。

ウ.被告会社は,建築基準法6条の2第1項に規定する指定を受けた指定確認検査機関である。

エ.訴訟参加人は,本件土地を所有する者であり,本件建物の建築主(建築基準法2条16号)である。

オ.被告ら補助参加人は,本件建物の工事施工者(建築基準法2条18号)である。

(2) 本件開発許可

 大阪市長は,平成19年2月2日,訴訟参加人に対し,本件土地を開発区域とする本件建物の建築等を内容とする開発行為(以下「本件開発行為」という。)について,開発許可(本件開発許可)をした。

(3) 本件風致条例上の許可

 本件土地は,風致地区に指定された区域内に所在するところ,大阪市長は,平成19年2月2日,訴訟参加人に対し,本件土地における本件建物の新築,宅地の造成及び木竹の伐採につき,「敷地内に必ず植樹し風致の維持をはかること」という条件を付して本件風致条例2条1項に基づく許可をした。

(4) 本件建築確認

 訴訟参加人は,平成19年2月13日,被告会社に対し,本件建物の建築につき建築確認申請をしたところ,同被告は,同年3月7日,訴訟参加人に対し,上記申請に基づく確認済証(以下「本件確認済証」という。)を交付した(本件建築確認)。

(5) 本件訴え

 原告らは,平成19年9月5日,当庁に対し,本件訴えを提起した。

(6) 本件廃止届出

 訴訟参加人は,大阪市長に対し,平成21年7月21日付けで,都市計画法38条の規定に基づき,本件開発行為に関する工事を廃止した旨届け出た(以下「本件廃止届出」という。)。

(7) 本件工事取止届の提出

 訴訟参加人は,被告会社に対し,平成21年7月21日付けで,本件建築確認に係る工事を取り止めたので届け出る旨記載された「工事取止め届(全部)」と題する書面(以下「本件工事取止届」という。)を提出し,同被告は,同日,これを受理した。

(8) 本件開発行為及び本件建物の建築は,現在,いずれも完了していない。

4.争点

 本件においては,前記第1の各請求ごとに,当該請求に係る訴えの適法性と当該請求の理由の有無がそれぞれ争点となっており,これを具体的に摘示すれば次のとおりである。

(1) 本件開発許可の無効確認請求につき,

ア.同請求に係る訴えの適法性
イ.本件開発許可に無効とされるべき瑕疵があるか

(2) 都市計画法81条1項に基づく是正命令の義務付け請求につき,

ア.同請求に係る訴えの適法性
イ.上記是正命令の義務付けの可否

(3) 本件建築確認の取消請求及び無効確認請求につき,

ア.これらの請求に係る訴えの適法性
イ.本件建築確認にこれを取り消し又は無効とすべき瑕疵があるか

(4) 建築基準法9条1項に基づく是正命令の義務付け請求につき,

ア.同請求に係る訴えの適法性
イ.上記是正命令の義務付けの可否

(5) 本件風致条例10条1項に基づく是正命令の義務付け請求につき,

ア.同請求に係る訴えの適法性
イ.上記是正命令の義務付けの可否

【判旨】

1.判断の大要

 当裁判所は,本件訴えは,いずれの請求に係る部分についても不適法であって,却下すべきものと判断する。以下,本件訴えの適法性につき,@本件開発許可の無効確認請求に係る部分,A都市計画法81条1項に基づく是正命令の義務付け請求に係る部分,B本件建築確認の取消請求及び無効確認請求に係る部分,C建築基準法9条1項に基づく是正命令の義務付け請求に係る部分,D本件風致条例10条1項に基づく是正命令の義務付け請求に係る部分の順に説明する。

2.本件訴えのうち,本件開発許可の無効確認請求に係る部分の適法性について(@,争点(1)ア)

(1) 訴訟参加人は,平成19年2月2日に本件土地を開発区域とする本件開発行為について本件開発許可を受けたものの,同開発許可に係る開発行為に関する工事を廃止し,平成21年7月21日付けで,大阪市長に対し,都市計画法38条に基づきその旨届け出た(本件廃止届出)ことが認められるところ,被告大阪市及び訴訟参加人は,これにより本件開発許可は失効し,同開発許可の無効確認請求に係る訴えの利益はもはや存しない旨主張するので,この点につき検討する。

(2) 都市計画法は,無秩序な市街化を防止して都市の健全で計画的な発展を図ることを趣旨として,市街化区域と市街化調整区域の区分を設けるとともに,良好な市街地を実現するため,宅地造成に一定の水準を確保すること等を目的として,開発行為に対する規制を行っている。すなわち,同法は,29条1項において,都市計画区域又は準都市計画区域において開発行為をしようとする者は,あらかじめ,都道府県知事等から開発許可を受けなければならない旨規定して,これらの区域においては開発許可を受けなければ適法に開発行為を行うことができないものとし,併せて,同法37条,41条,42条において,開発許可を受けた開発区域内における建築行為等を制限することにより,開発行為に伴う建築行為等を規制し,これらによって,宅地造成について一定の水準を確保することとしているのである。
 このように,都市計画法における開発許可は,これを受けなければ適法に開発行為を行うことができないという法的効果を有するものであるが,開発許可の上記目的を実現するため,これに併せて当該開発許可を受けた開発区域内における建築行為等も制限することとしているのであって,当該開発区域内の土地を取得した者等の第三者にもその利害が及ぶものである。そこで,都市計画法は,46条において,都道府県知事は,開発登録簿(以下「登録簿」という。)を調製し,保管しなければならないとした上,47条1項において,都道府県知事は,開発許可をしたときは,当該開発許可に係る土地について,同項各号に掲げる事項を登録簿に登録しなければならないとし,同条5項において,登録簿を公衆の閲覧に供することとしており,この登録簿によって第三者においても開発許可の存在と内容を知り得るものとすることにより,開発許可の存在により不測の損害を被ることがないようその保護を図っているのである。

(3) ところで,都市計画法38条は,開発許可を受けた者は,開発行為に関する工事を廃止したときは,遅滞なく,国土交通省令で定めるところにより,その旨を都道府県知事に届け出なければならないと規定し,開発行為に関する工事を廃止した場合における届出義務を定めているが(なお,同義務違反については,同法96条において罰則が定められている。),これは,前記のような開発許可を受けながら,当該開発許可に係る開発行為に関する工事が廃止されたまま放置されたのでは,健全な市街地の形成を確保しようとする同法の目的に反することになることから,開発行為に関する工事を廃止した者に届出義務を課すことによって,都道府県知事において,どの開発行為についていつ廃止されたかを確知することができるようにし,もって,開発行為に関する工事の廃止に伴う事後処理に万全を期すこととしたものと解される。そうすると,このような都市計画法38条に基づく届出がされた場合には,もはや,当該届出に係る開発許可の,これを受けなければ適法に開発行為を行うことができないという前記の法的効果を維持する必要は乏しいということができるのみならず,このような場合にまで,都市計画法37条等に規定する当該開発許可に係る開発区域における建築行為等の制限が引き続き及ぶのでは,良好な市街地を実現し健全で計画的な都市の発展を図るという都市計画法の趣旨に反することにもなりかねない。
 そうであるところ,都市計画法施行規則37条は,都道府県知事は,都市計画法38条の規定による開発行為の廃止の届出があった場合は,遅滞なく,登録簿を閉鎖しなければならないと規定し,上記届出により登録簿が閉鎖されることを明らかにしているところ,上記(2)において説示したとおり,都市計画法は,開発許可が,開発区域内の土地を取得した者等の第三者にもその利害が及ぶことになるため,それらの者が不測の損害を被ることがないよう登録簿により開発許可を公示する仕組みを採用していることからすれば,上記都市計画法施行規則37条の規定は,都市計画法38条に規定する工事の廃止の届出により,当該開発許可に係る開発区域については同法37条等による建築行為等の制限を受けなくなることを前提としているものと解される。
 以上説示したところによれば,同法38条に規定する届出がされれば,原則として,当該届出に係る開発行為の法的効果は消滅し,もはや当該開発許可に係る開発行為を適法に行うことができないことになる一方,当該開発許可に係る開発区域内においても建築行為等につき規制を受けないこととなり,当該開発許可の取消し又は無効確認を求めることについての法律上の利益(行訴法9条1項,36条)も失われるというべきであって,本件においても,本件廃止届出により,原告らの本件開発許可の無効確認を求めることについての法律上の利益は消滅したと解すべきである。なお,開発許可に,当該開発行為に関する工事を廃止した場合の事後処理などについての条件(都市計画法79条)が付されているような場合にあっては,同法38条に基づく届出がされても,当該条件に関する限りにおいて当該開発許可の法的効果が残存すると解する余地もあるが,本件開発許可にはそうした条件は付されていない。

(4) 以上のとおりであるから,本件訴えのうち,本件開発許可の無効確認請求に係る部分は,その余の点について判断するまでもなく不適法であって,却下を免れない。

3.本件訴えのうち,都市計画法81条1項に基づく是正命令の義務付け請求に係る部分の適法性について(A,争点(2)ア)

(1) 原告らは,都市計画法81条1項に基づく是正命令の義務付けを求めているところ,開発区域の周辺住民に上記是正命令についての申請権を認める規定は存しないから,上記義務付けの訴えは,行訴法3条6項1号に規定するいわゆる非申請型義務付けの訴えであると解される。
 そして,非申請型の義務付けの訴えについては,「一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれ」があることがその訴訟要件とされているところ(行訴法37条の2第1項),原告らは,この点につき,本件水道管等が道路内から完全に撤去されなければ,本件建物建築によってこれらの引き込み管から上下水やガスが噴出することにより,原告らの生命財産に対して重大な損害を発生させる可能性があると主張する。

(2) しかしながら,本件土地の周辺道路内に,本件開発行為により不要となる水道管,下水管の引き込み管が存するとしても,そのことのみから直ちにこれらから上下水やガスが噴出するとは認め難い上,そもそも,本件土地の周辺道路内に,本件開発行為により不要となる水道管,下水管及びガス管等の引き込み管が存在することを裏付ける証拠すら存しない。
 のみならず,行訴法37条の2第1項にいう「重大な損害」とは,義務付けを求める「一定の処分」によって避けることのできる性質のものであることを要することはその文理に照らして明らかであるところ,前記2において説示したとおり,本件開発許可は本件廃止届出により既に失効しており,工事の停止命令をその内容とする是正命令を発令するまでもなく,もはや,訴訟参加人において適法に本件開発行為に関する工事を行うことができないのであるから,原告が主張する上記損害は,原告が義務付けを求める「一定の処分」によって避けることのできる性質のものであるということはできない(付言するに,原告は,既存のガス管で不要になる引き込み管が撤去されるまで工事の中止を命じることを求めており,そもそも,その請求においても上下水管について触れていないのである。)。

(3) 以上によれば,本件訴えのうち,都市計画法81条1項に基づく是正命令の義務付け請求に係る部分については,上記是正命令がされないことにより「重大な損害を生ずるおそれ」があるとは認められないから不適法であって,却下を免れない。

4.本件訴えのうち,本件建築確認の取消請求及び無効確認請求に係る部分の適法性について(B,争点(3)ア)

(1) 訴訟参加人は,平成19年3月7日,被告会社から本件建物の建築につき本件確認済証の交付を受けて本件建築確認を受けたが,平成21年7月21日付けで,同被告に対し,本件建築確認に係る工事を取り止めたので届け出る旨記載された本件工事取止届を提出し,同被告は,同日これを受理しているところ,同被告及び訴訟参加人は,これにより本件建築確認は失効し,もはや原告らには本件建築確認の取消請求及び無効確認請求に係る訴えの利益はいずれも存しない旨主張するので,この点につき検討する。

(2) 建築基準法6条1項前段は,建築主(同法2条16号)は,同項各号に掲げる建築物を建築しようとする場合等においては,当該工事に着手する前に,その計画が建築基準関係規定に適合するものであることについて,確認の申請書を提出して建築主事の確認を受け,確認済証の交付を受けなければならない旨規定し,同法6条14項は,同条1項の確認済証の交付を受けた後でなければ,同項の建築物の建築等の工事は,することができない旨規定しており,これらによると,建築確認は,建築基準法6条1項の建築物の建築等の工事が着手される前に,当該建築物の計画が建築関係規定に適合していることを公権的に判断する行為であって,それを受けなければ上記工事をすることができないという法的効果が付与されたものであり,建築基準関係規定に違反する建築物の出現を未然に防止することを目的としたものであるということができる。
 上記のとおり,建築確認は,建築主からの申請に基づいてされるものであるから,建築主は,確認済証の交付を受けるまでの間,原則としていつでもその申請を取り下げる(撤回する)ことができるものというべきであり,この場合には,建築主事において上記申請に応答する必要がなくなるのみならず,建築確認申請を欠くことになる以上,もはや,建築確認をすることは許されないことになる。そして,建築主の建築確認申請に基づき確認済証が交付された場合には,もはや建築主において建築確認の申請を取り下げる(撤回する)余地はないけれども,上記のとおり,建築確認が建築主の申請に基づいてされるものであり,建築主が当該建築確認に係る建築物の建築等の工事をすることができるという法的効果が付与されるものであることからすれば,建築主が当該工事を取り止めた場合にまでその効力を維持する必要は乏しく,このような場合において,上記のような法的効果を消滅させる意味で,建築主事が当該建築確認を撤回することができるものとしても,格別の不都合は生じない。してみると,建築基準法は,建築主事によって建築確認がされた場合であっても,建築主が当該建築確認に係る建築物の建築等の工事を取り止め,その旨建築主事に届け出たような場合にあっては,建築主事において,先にした建築確認を撤回することを許容しているものと解して差し支えなく,これは,指定確認検査機関が建築確認をする場合についても同様である。

(3) ところで,建築基準法に基づく建築確認は,確認済証を交付してすることとされているところ(6条1項,4項),同法6条の2第11項は,指定確認検査機関が建築確認をした場合において,確認審査報告書の提出を受けた特定行政庁が上記確認済証の交付を受けた建築物の計画が建築基準関係規定に適合しないと認める旨上記指定確認検査機関に通知したときは,当該確認済証は,その効力を失う旨規定しており,これらによれば,建築基準法は,建築確認の方法として確認済証の交付を定めるにとどまらず,建築確認の効力自体を確認済証に結び付け,有効な確認済証の交付を受けていることを,適法に同法6条1項の建築物の建築等を行う要件とする仕組みを採用しているものと解される(確認済証の様式を定める建築基準法施行規則別記第5号様式,第15号様式においても,確認済証には,これを大切に保存するよう,注意書を記載することとされている。)。
 そうであるところ,大阪市においては,建築基準法等を施行するため,大阪市建築基準法施行細則(昭和35年大阪市規則第42号。以下「施行細則」という。)が定められており,施行細則9条は,建築主等は,確認(建築基準法6条の規定によるものに限る。)を受けた建築物,建築設備又は工作物の全部又は一部の工事を取りやめたときは,所定の届出書に確認済証及び確認申請書の副本を添付して,建築主事に届け出なければならない旨規定している。このように,施行細則においては,建築確認に係る建築物の工事を取り止めたときは,確認済証を添付してその旨届け出なければならないとされているところ,先にみたような建築基準法における確認済証の位置付けからすると,少なくとも,建築確認に係る建築物等の工事の全部を取り止め,その旨を確認済証を添付して届け出た場合において,建築主事において同届出を受理したときは,これにより,建築主事は,同届出に係る確認済証を交付してした建築確認を撤回したものと解するのが相当である。

(4) もっとも,本件において,本件建築確認をしたのは建築主事ではなく指定確認検査機関である被告会社であるところ,上記のとおり,施行細則9条において工事取止めの届出の対象としているのは,建築基準法6条に規定する建築確認,すなわち,建築主事による建築確認に限られ,施行細則9条は,指定確認検査機関がする建築確認について適用されるものではない。これは,建築主事において,指定確認検査機関がした建築確認について,撤回するなどその効力を左右することはできないし,指定確認検査機関においてはそれぞれ確認検査の業務に関する規程を定めるものとされ(建築基準法77条の27),また,指定確認検査機関が建築確認をするに当たっては,建築主等との間でそれぞれ確認検査業務委託契約が締結されることになることから,指定確認検査機関がした建築確認に係る建築物等の工事を取り止めた場合等の取扱いについては,建築主等と当該指定確認検査機関との間における調整にゆだねる趣旨に出たものと解される。
 そうであるところ,被告会社においては,上記建築基準法77条の27に基づく確認検査業務に関する規程として,株式会社A確認検査業務規程(以下「本件業務規程」という。)を定めている。そして,本件業務規程は,29条4項において,建築主等は,直前の建築確認を被告会社から受けた建築物等の工事を取り止めたときは,所定の様式の工事取止め届(以下「工事取止届」という。)を速やかに被告会社に提出するものとする旨規定し,同条5項において,同条2項から4項までの規定については,特定行政庁が規則等で定めている場合にはこれによらないことができる旨規定し,30条において,被告会社は,29条1項から4項までの届を受理した場合は,速やかに特定行政庁に当該届書の写しを所定の様式の「各種届出等の報告について」に添えて報告するものとする旨規定する。
 以上のとおり,本件業務規程29条4項は,被告会社が建築確認をした建築物等の工事を建築主等が取り止めた場合の工事取止届の提出を規定しているところ,本件業務規程30条が,上記工事取止届の提出があった場合にこれを特定行政庁に報告するものとしていることからすると,本件業務規程は,工事取止届が提出され受理された場合においては,当該建築確認はその効力を失ったものとし,その旨を特定行政庁に報告することにより,特定行政庁において,当該建築確認を受けた建築物の計画の内容にかかわらずもはや建築基準関係規定に適合するかどうか判断すること(建築基準法6条の2第11項)を要しないものとし,建築基準法93条の2,建築基準法施行規則11条の4に基づき閲覧に供されている当該建築確認に係る書類について,その閲覧を中止する等の措置をとる機会を与えるものとしたことがうかがえる。また,前記のとおり,施行細則9条の規定は,指定確認検査機関である被告会社がする建築確認には適用されないものの,上記のとおり,本件業務規程29条5項が,同条2項から4項までの規定については,特定行政庁が規則等で定めている場合にはこれによらないことができる旨規定し,当該確認をする地域における建築主事が建築確認等をする場合と平仄を合わせようとしていることからすれば,上記本件業務規程29条4項の工事取止届の提出ないしその受理の効力を検討するに当たっても,大阪市における取扱いを定める前記施行細則の規定内容を参酌することも許されるというべきである。
 これらを総合すれば,本件業務規程29条4項に基づく工事取止届が被告会社に提出され,被告会社がこれを受理した場合には,当該受理をもって当該建築確認は撤回されたものというべきであり,これによって,当該建築確認の法的効果は失われると解するのが相当である。

(5) 以上説示したところによれば,工事取止届が被告会社に提出され,同被告がこれを受理した場合には,これによって,当該建築確認は撤回されたものとしてその法的効果は消滅すると解されるところ,前記のとおり,訴訟参加人は,平成21年7月21日付けで,被告会社に対し,本件工事取止届を提出し,同被告は,同日これを受理しているから,これにより本件建築確認の法的効果は消滅したというべきである。
 したがって,原告らには,もはや,本件建築確認の取消し及び無効確認を求める法律上の利益はないというべきであるから,本件訴えのうち,本件建築確認の取消請求及び無効確認請求に係る部分はいずれも不適法であって,却下を免れない。

5.本件訴えのうち,建築基準法9条1項に基づく是正命令の義務付け請求に係る部分の適法性について(C,争点(4)ア)

 原告らは,建築基準法9条1項に基づく是正命令の義務付けを求めているところ,建築確認に係る建築物の周辺住民に上記是正命令についての申請権を認める規定は存しないから,上記義務付けの訴えは,行訴法3条6項1号に規定するいわゆる非申請型義務付けの訴えであると解されるが,非申請型の義務付けの訴えについては,「一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれ」があることがその訴訟要件とされていることは,既に説示したところである。
 そして,原告らは,上記是正命令が発令されなければ,軟弱地盤対策が不十分なために本件建物が倒壊し,原告らの生命身体財産に対して重大な損害が発生すると主張するが,前記4において説示したとおり,訴訟参加人が,被告会社に本件工事取止届を提出し,同被告がこれを受理したことにより,本件建築確認の効力は失われ,もはや,訴訟参加人において別途建築確認を受ける等することなく本件建物を建築することは許されないのであるから,上記是正命令を発令しなくとも,原告らに上記のような損害が生じるとは認められない。
 以上によれば,建築基準法9条1項に基づく是正命令が発令されないことにより「重大な損害を生ずるおそれ」があるとは認められないから,本件訴えのうち,上記義務付け請求に係る部分は不適法であって,却下を免れない。

6.本件訴えのうち,本件風致条例10条1項に基づく是正命令の義務付け請求に係る部分の適法性について(D,争点(5)ア)

(1) 原告らは,本件風致条例10条1項に基づく是正命令の義務付けを求めているところ,原告らに同是正命令の申請権を認める規定は存しないから,上記義務付けの訴えは,行訴法3条6項1号に規定するいわゆる非申請型義務付けの訴えであると解される。
 そして,上記非申請型義務付けの訴えは,行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り,提起することができるところ(同法37条の2第3項),ここにいう「法律上の利益を有する者」とは,当該一定の処分がされないことにより,自己の権利又は法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解され,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分の義務付け訴訟における原告適格を有するものというべきである。
 そして,処分の相手方以外の者について上記法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては,当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容性質を考慮し,この場合において,当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠となる法令に違反してなされない場合に害されることになる利益の内容及び性質並びにこれが害される程度をも勘案すべきものである(同条4項,同法9条2項,最判平成17年12月7日・民集59巻10号2645頁参照)。
 以上の見地から,上記義務付けの訴えについて原告らに原告適格が認められるか以下検討する。

(2) 本件風致条例は,都市計画法58条1項の規定に基づき,風致地区内における建築物の建築,宅地の造成,木竹の伐採その他の行為の規制に関し必要な事項を定めるものであり(1条),2条において,風致地区内において建築物その他の工作物の新築等,宅地の造成等又は木竹の伐採等の行為をしようとする者は,あらかじめ,市長の許可を受けなければならない旨規定し,5条以下において上記許可の基準を定めているところ,同条例8条3号は,木竹の伐採については,同条例2条1項1号(建築物等の新築等)及び2号(宅地の造成等)をするために必要な最小限度の木竹の伐採で,当該伐採の行われる土地及びその周辺の土地の区域における風致の維持に支障を及ぼすおそれがないことを,その許可の条件としている。そして,本件風致条例10条1項は,市長は,同条例又は同条例の規定に基づく処分に違反した者等に対し,風致を維持するため必要な限度において,同条例2条1項の規定によってした許可を取り消すなどし,又は違反を是正するため必要な措置をとることを命ずることができると規定している。
 以上のとおり,本件風致条例は,風致地区内における風致を維持するため,建築物等の建築等や木竹の伐採について市長の許可を要するものとし,こうした規制を実効あらしめるために,10条1項において監督処分としての是正命令を規定しているのであり,このような本件風致条例10条1項に規定する是正命令が適切に行われない場合に周辺住民が被る可能性のある被害は,そのような一定の区域における良好な自然風景としての景観の恵沢を享受することができなくなるという不利益にとどまり,これによって直ちに周辺住民等の生命,身体の安全が脅かされたり,その財産に著しい被害が生じたりすることは想定し難いところである。そして,上記のような良好な自然風景としての景観を享受する利益(以下「景観利益」という。)は,良好な生活環境に係る利益の一つとして,これに包摂されるものであるということができる。
 このように,景観利益は,一定の地域的範囲において認められるもので,一定の広がりをもった生活環境に係る利益であって,周辺住民等の個別の生命,身体の安全や健康,財産的利益に直接結びつくものではなく,しかも,その内容は,景観の性質,態様等によって異なり得るものであり,私法上の権利としての明確な実体も存しないものである。このような景観利益の内容及び性質に照らせば,当該利益は,正に公益一般に位置付けた上で保護するにふさわしいものであるということができ,これを,個々の行政法規において,一般的公益の中に吸収解消させることなく個々人の個別的利益として保護する場合があり得るとしても,そのためには,その趣旨を処分の根拠法規から明確に読み取ることができることを要するというべきである。
 なお,原告らは,訴状において,景観利益と併せて平穏生活権が侵害されるといった主張をしているが,原告らが指摘する上記平穏生活権も,良好な生活環境を享受する利益に包摂されるところの上記景観利益を出るものではないというべきである。

(3) そうであるところ,本件風致条例は,都市計画法58条1項の規定に基づき,風致地区内における建築物の建築,宅地の造成,木竹の伐採その他の行為の規制に関し必要な事項を定めるものである。そこで,都市計画法の規定をみると,同法8条1項7号は,都市計画において定めるべき地域地区の一つとして,風致地区を掲げ,同法9条21項は,風致地区は,都市の風致を維持するため定める地区とする旨規定し,同法58条1項は,風致地区内における建築物の建築,宅地の造成,木竹の伐採その他の行為については,政令で定める基準に従い,地方公共団体の条例で,都市の風致を維持するため必要な規制をすることができる旨規定する。このように,都市計画法は,風致地区における規制については,その目的として「風致を維持する」ことのみ規定し,その内容も政令及び条例にゆだね,具体的な規定は置いていないのであって,こうした都市計画法の規定内容から,景観利益を個々の周辺住民の個別的利益として保護する趣旨を読み取ることはできない。
 そこで,都市計画法58条1項に基づき定められた風致地区内における建築等の規制に係る条例の制定に関する基準を定める政令(昭和44年政令第317号)をみると,同政令においては,3条1項において,風致地区内において,建築物の建築,宅地の造成又は木竹の伐採等の行為は,あらかじめ,所定の地方公共団体の長の許可を受けなければならないものとし,4条において,上記許可の基準として,同条各号に掲げる基準及びその他都市の風致を維持するため必要なものとして条例で定める基準に適合することを定めているが,これらの規定に定める基準は建築等の行為について一般的に規制するもので,周辺住民の個別的利益に配慮したことがうかがわれる規定は何ら存しないのであって,同政令の規定内容から,景観利益を個々の周辺住民の個別的利益として保護する趣旨を読み取ることは困難といわざるを得ない。
 さらに,都市計画法58条及び上記政令に基づき定められた本件風致条例をみても,前記のとおり,5条以下において建築物の新築,宅地の造成及び木竹の伐採等の許可の基準を定めているものの,そこにおいては,上記政令における基準以上に周辺住民の利益に着目している趣旨はうかがわれない。同条例10条1項に規定する監督処分についても,同項各号に掲げられた上記監督処分の要件からは周辺住民の利益に着目している趣旨をうかがうことはできず,他に本件風致条例に個々の周辺住民の個別的利益を保護する趣旨をうかがわせる規定は存在せず,同条例においても,景観利益を個々の周辺住民の個別的利益として保護する趣旨を読み取ることはできない。
 以上によれば,原告らは,本件条例10条1項に規定する是正命令がされないことにより,自己の権利又は法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者であるということはできない。

(4) これに対し,原告らは,大阪府環境基本条例(平成6年大阪府条例第5号。以下「環境基本条例」という。)は,他人地であってもその通常の使用を不当に制限しない限りにおいて,自然環境を享有し得る権利を認めたものであると主張する。
 しかしながら,同条例を通覧しても,原告らが指摘する上記利益を個々人の個別的利益として保護する趣旨を読み取ることはできない上,本件風致条例において,同条例における許可ないし監督処分をするに当たって,環境基本条例の規定内容を考慮し,あるいは環境基本条例が保護しようとする利益に配慮しなければならないことをうかがわせる規定もないから,環境基本条例を根拠に本件風致条例10条1項に基づく是正命令に係る義務付けの訴えの原告適格を基礎付けようとする原告らの上記主張は失当である。

(5) 以上によると,原告らは,本件風致条例10条1項に基づく是正命令の義務付けを求めるにつき,法律上の利益を有するとは認められない。
 また,以上認定説示したところによれば,上記是正命令がされないことにより「重大な損害を生ずるおそれ」を認めることができないことも明らかである。
 したがって,本件訴えのうち,上記義務付け請求に係る部分は,不適法であって,却下を免れない。

7.結論

 以上によれば,本件訴えは,いずれの請求に係る部分も不適法であるから,却下すべきである。

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