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東京高裁第4民事部判決平成22年03月11日

【事案】

 本件は,平成21年8月30日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員選挙(以下「本件選挙」という。)における東京都第2区の選挙人である原告が,公職選挙法における衆議院小選挙区の区割りに係る規定は憲法に違反し無効であるから,これに基づき施行された本件選挙の同選挙区における選挙も無効とすべきである旨主張して,同選挙の無効を求めた事案である。

1.基本的事実

(1) 原告は,本件選挙における東京都第2区の選挙人である。

(2) 平成6年1月,公職選挙法の一部を改正する法律(平成6年法律第2号)が成立し,その後,第128回国会において,公職選挙法の一部を改正する法律の一部を改正する法律(同年法律第104号。以下「平成6年改正法」という。)によりその一部が改正され,また,衆議院議員選挙区画定審議会設置法(以下「設置法」という。)が成立した。

(3) 設置法によれば,衆議院議員選挙区画定審議会(以下「審議会」という。)は,衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し,調査審議し,必要があると認めるときは,平成19年法律第53号による改正前の統計法(以下「旧統計法」という。)4条2項の規定に基づく国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に,その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告するものとされており(同法2条,4条1項),各選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情があると認めるときは,審議会は,2条の規定による勧告を行うことができる(同法4条2項)とされている。また,審議会は,改定案を作成するに当たっては,投票価値の平等に配慮して,各選挙区の人口の均衡を図り,各選挙区の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が二以上とならないようにすることを基本とし,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行うこととされている(同法3条1項)。そして,各都道府県の区域内の選挙区の数は,各都道府県にあらかじめ一を配当したうえで,これに,小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とするとされている(同条2項。以下,この配当方式を「一人別枠方式」という。)。

(4) 審議会は,平成12年実施の国勢調査結果に基づき,平成13年12月,衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定案を作成して内閣総理大臣に勧告した。これを受けて,平成14年7月31日,同勧告に沿う内容で衆議院(小選挙区選出)議員の選挙区を改定すること及び衆議院(比例代表選出)議員の各選挙区において選挙すべき議員の数を改定することを内容とする公職選挙法の一部を改正する法律(平成14年法律第95号。以下「区割改定法」という。)が成立し,公布された。区割改定法により,人口最少選挙区との較差が2倍以上の選挙区の数は,従前の95から9に減少した。

(5) 審議会は,平成17年12月から平成18年2月にかけて,平成17年実施の国勢調査結果に基づく選挙区別人口等について検討を行った結果,「各選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情がある」とは認められないと判断し,勧告を行わないこととした。

(6) 本件選挙施行日である平成21年8月30日時点の選挙制度によれば,小選挙区選出議員の選挙については,全国に公職選挙法別表第一のとおり300の選挙区を設け,各選挙区において1人の議員を選挙(同法13条1項)するものとされている(以下,同法別表第一及び13条1項を併せて「本件区割規定」という。)。なお,衆議院議員の定数は480人とされ,そのうち300人が小選挙区選出議員,180人が比例代表選出議員とされ(同法4条1項),投票は,小選挙区選出議員及び比例代表選出議員ごとに1人1票とされている(同法36条ただし書)。本件選挙は,このような制度の下に行われた。

(7) 本件選挙の直近である平成17年実施の国勢調査の結果に基づいて,本件区割規定の下における議員1人当たりの人口について,選挙区間の較差をみると,同人口が最少の高知県第3区と東京都第2区との間の較差は1対1.752,同人口が最少の高知県第3区と最多の千葉県第4区との間の較差は1対2.203であり,人口が最も少ない選挙区との人口較差が2倍を超える選挙区の数は48である。また,本件選挙当日における本件区割規定の下での議員1人当たりの選挙人数について,選挙区間の較差をみると,選挙人数が最少の高知県第3区と東京都第2区との間の較差は1対1.914であり,最大較差は,本件選挙当日選挙人数が最少の高知県第3区と最多の千葉県第4区との間の1対2.304である。

2.争点

 本件区割規定は憲法に違反するか否か。

3.争点に関する原告の主張

(1) 憲法は,代表民主制を採用し(憲法前文1段,43条1項),公務員の選定罷免権を国民固有の権利とし(憲法15条1項),普通選挙(同条3項)及び平等選挙(憲法14条1項,44条)を保障している。
 そして,憲法14条1項及び同44条は,国民の人種,信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産,収入,住所等によって差別することなく,1人に1票を保障し,かつ,その選挙権の等価性を保障している。このような1人1票の選挙権についての憲法上の保障は,国会が選挙区制に基づく選挙制度を採用する場合には,各選挙区から選出される代表者すなわち議員の数の配分を人口分布に比例して配分すべく,国会の立法権限を覊束しているというべきである。
 また,憲法前文,56条,67条,6条及び79条は,正当に選挙された国会における代表者を通じて国家権力を行使するという代議制を定めている。ここにいう「正当な選挙」とは,選挙により,国会議員の多数が国民の多数から選出されることであるが,そのためには,人口に基づいて選挙区割りがされること,すなわち,選挙権の価値の平等が伴った「1人1票」が保障されることが必須である。
 このような人口比例原理は,参議院とは異なり,とりわけ衆議院において貫徹されるべきである。
 しかるに,前記1(7)のとおり,本件区割規定は,人口分布に基づいて選挙区割りをしていない。このため,現在の我が国では,全選挙人の過半数未満が全国会議員の過半数を選出しており,具体的には,本件選挙時点で,300の小選挙区の中の151の小選挙区に住む選挙人数は,全選挙人数の42パーセントでしかないため,現行の区割りの下では,全選挙人の42パーセントが,全小選挙区選出衆議院議員300人の中の151人を選出していることとなる。なお,平成21年3月31日現在の本件区割規定による選挙区間の人口較差は,議員1人当たりの人口が最少の高知県第3区(人口25万2840人)と最多の千葉県第4区(人口59万0943人)との間で2.337であり,また,平成20年9月2日現在では,議員1人当たりの選挙人数が最少の高知県第3区と最多の千葉県第4区との間の選挙人数の較差は1対2.255である。そして,高知県第3区の人口(平成21年3月31日現在)は上記のとおり25万2840人,選挙人数(平成20年9月2日現在)は21万4484人であり,東京都第2区の人口(平成21年3月31日現在)は46万5722人,選挙人数(平成20年9月2日現在)は40万1587人であるから,議員1人当たりの人口が最少の高知県第3区の1票の価値を1とすると,原告が選挙人となっている東京都第2区での1票の価値は,人口基準では0.54,選挙人数基準では0.53となる。
 すなわち,本件区割規定の下では,選挙人の少数が立法,行政府の長の選任及び最高裁判所の長たる裁判官を指名し,最高裁判所の裁判官を任命し得ることになっており,このことは,憲法が規定する「正当な選挙」ないし代議制民主制(憲法前文1段,43条1項,44条),その基礎となる公正な代表を選出するために必須の選挙権の平等の保障(憲法14条1項,44条,15条1項)及び両議院の多数決(憲法56条2項)に違反する。

(2) 投票価値の平等の保障のある「正当な選挙」のルールは,憲法の諸規範の位置づけの中で,基本的人権の保障と並んで最高位に位置する。そして,憲法によって保障された権利は,憲法に根拠付けられていない他の利益によって減殺されることはない。したがって,「選挙権の価値は平等であり,住所によって差別されない。」という憲法上の保障は,憲法14条1項,44条,前文1段,43条1項及び15条1項(以下「憲法14条1項等」という。)に基づく1人1票の保障に優越する憲法上の他の条文又は他の条文に根拠を持つ憲法の趣旨によってのみ,修正,変更され得る。
 被告は,「本件区割規定は,審議会において,@ 市区等は基礎的自治体であることからできるだけ分割を避けるべきであること,A 仮に分割するとしてもこれらの選挙区についてのみ異なる新たな基準を設けることは適当でなく,かつ困難であると考えられること,B 市区を分割しようとすれば近接する多数の選挙区を含めた大幅な見直しが必要となること,C 当時の最大較差や較差2倍以上の選挙区の数は設置法の許容するものであり,あえてそれ以上の見直しは必要ないと判断されたこと,によって定められたものであり,このことにかんがみれば,本件区割規定による各選挙区間の人口較差が,国会において正当に考慮し得る諸般の要素を斟酌してもなお,一般に合理性を有するものと考えられない程度に達しているとまでいうことができないことは明らかであり,本件区割規定は憲法に違反するとまではいえない。」旨主張するもののようである。しかし,憲法が国民主権の核として位置づけている多数決ルールは,数学的正確性をその本質とするきわめて厳格なルールであるところ,被告の主張する上記@からCは,憲法のいずれの条文によっても,保護されるべき権利又は利益として根拠づけることはできない。したがって,上記@からCによって,憲法14条1項等に定める「選挙権の価値は住所によって差別されない。」との日本国民の憲法上の権利を修正したり,変更することはできないというべきである。

(3) 投票価値の平等を実現することによって得られる利益とは,多数の国民が,投票価値の平等を前提とする正当な選挙に基づく代議制を介して,間接的に,立法及び行政の二権の内容とその仕組みを決定してこれを行使し,かつ,国会議員の多数決で指名された内閣総理大臣によって組閣された内閣が,最高裁判所裁判官を指名・任命するということである。他方,そうした投票価値の平等というものを以下の4要素,すなわち,(ア) 都道府県,(イ)人口密度や地理的状況,(ウ) 過疎化現象,(エ) 一人別枠方式,を理由として減殺することによって得られる利益とは,上記4要素を理由として投票価値の増加を享受する各選挙区の選挙人が,当該増加した投票価値に見合うだけの数の国会議員を追加的に選出できることにほかならない。しかし,後者の利益の実現は,少数の国民で構成される各選挙区の合計から選ばれた多数の国会議員が,各院のすべての議事を多数決によって決定してしまうという,憲法の想定していない反民主主義的事態を生じさせ,憲法が定める国の仕組みの基本的な骨格を破壊するものである。こうしたことは憲法により保護されている利益とはいえない以上,前者の利益は,後者の利益に圧倒的に優越するというべきである。このように,利益衡量の観点からみても,投票価値の平等を前提とする1人1票を選挙人すべてに保障するということを,上記(ア)から(エ)の4要素の全部又は一部によって減殺してはならないというべきである。

(4) 最高裁平成19年6月13日大法廷判決・民集61巻4号1617頁は,「憲法は,選挙権の内容の平等,換言すれば,議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等,すなわち投票価値の平等を要求していると解される。しかしながら,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する唯一,絶対の基準となるものではなく,国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものである。それゆえ,国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を是認し得るものである限り,それによって投票価値の平等が損なわれることになっても,やむを得ないものと解すべきである。」,「選挙区割りで議員定数配分を定める規定の合憲性は,結局は,国会が具体的に定めたところがその裁量権の合理的行使として是認されるかどうかによって決するほかはない。」と判示する。しかし,1票の不平等を定める公職選挙法のおかげで当選している国会議員は,1票の不平等を定める公職選挙法が違憲,無効であるとの最高裁判決が下ると,自らが国会議員の地位を失うという関係に立っており,上記の判示は,国会議員が,上記のように議員定数配分規定の立法に関して当事者又は利害関係者であるという重大な事実を考慮していない議論であって,合理性や説得力を欠く。また,そのような最高裁判決の多数意見は,民事訴訟法23条1項1号の裁判官の除斥の法理や,同法24条1項の忌避の法理,利害関係者による議決権行使禁止の法理を定める会社法369条2項,一般社団法人及び一般財団法人に関する法律95条2項,同189条3項の法理と矛盾する。
 国会議員は,憲法の最高規範性を定める憲法98条及び国会議員等の憲法尊重擁護義務を定める憲法99条により,裁量権を持つことなく,誠実に,憲法前文1段1文,44条,56条2項,14条の各規定が定めるところに従って,各衆議院議員小選挙区の人口が可能な限り等しくなるように,議員定数配分規定を立法しなければならない。すなわち,当該立法行為は,国会が裁量権を持たない覊束行為である。
 憲法前文1段2文は,「そもそも国政は,国民の厳粛な信託によるものであって,その権威は国民に由来し,その権力は国民の代表者がこれを行使し,その福利は国民がこれを享受する。」と定める。すなわち,主権者たる国民は信託における寄託者であり,国会議員は,その受託者でしかない。そのような国会議員が,寄託者である国民の国政に対する影響力すなわち1票の価値を裁量によって増減させることは,憲法前文の定める「信託」の法理から逸脱する。

(5) 憲法上,国民1人の国政に対する影響力は,@ 憲法改正の国会提案に対する承認権(憲法96条1項),A 最高裁判所裁判官の国民審査権(憲法79条2項,3項),B 普通選挙の投票権(憲法43条1項)の3つにつき,いずれも均一である。@Aについては,投票できる者につき1人1票が完全に保障されているのであるから,Bについても,同様に完全な1人1票が保障されるべきである。

(6) 憲法14条1項等の定める1人1票の保障の下で,住所による差別を理由とする選挙権の価値の不平等が許容される最大値は,実務上採用可能な技術上の要請から生まれる制限によって,決定されるべきである。選挙権の価値の平等は,選挙区割りを機械的かつ事務的に,人口に基づいて定めるだけで実現できるのである。
 また,都道府県は,単なる行政区画でしかない。憲法14条1項等は,1人1票を保障し,そのために,人口に基づく選挙区割りを要求しているが,人口に基づく選挙区割りをするためには,ある都道府県と他の都道府県の一部から成る1つの選挙区を認めざるを得ない。都道府県の境界を越えて選挙区割りをすることを禁ずる憲法の前文,条文は存在しない。したがって,憲法は,衆議院選挙の小選挙区は,都道府県の境を越えてでも,人口に基づいて選挙区割りをすることを要求しているといわざるを得ない。

(7) 原告は,均一な人口の選挙区にしようとする誠実な努力によって,本件選挙区間の人口較差につき縮小又は排除可能であったことの立証責任を負う。もし,原告がこの立証責任を果たせば,被告は,本件選挙区間の人口較差は,憲法上許容される一定の目的を達成するために必要であったことの立証責任を負う。そして,原告は,本件において,選挙区間の投票価値の最大較差が前記(1)のとおり1対2.255に及ぶことを立証し,かつ,均一な人口の選挙区にしようと誠実に努力すれば,この1対2.255という投票価値の最大較差を縮小又は排除可能であることも立証した。仮に,被告が,実務上の実行可能性の視点から,個別具体的な事情の下で,各小選挙区の人口を可能な限り均一化するよう最大限誠実に努力しても,「実務上の実行可能性の基準」により,各小選挙区の人口が小選挙区の基準人口(平成17年実施の国勢調査による我が国の人口1億2776万7994人を小選挙区数300で除して得た数)42万5893人より特定の数だけ減少又は増加せざるを得ないことを主張,立証した場合には,上記基準人口からのその限度での乖離は合憲となる。しかし,上記基準人口からの乖離可能な上限の数値は,特定して証明できるものではない。

(8) よって,本件区割規定は憲法に違反して無効であり,これに基づいて施行された本件選挙のうち東京都第2区における選挙も無効とすべきである。

4.争点に関する被告の主張

(1) 選挙制度に関する国会の裁量権

 憲法は,代表民主制を採用する(憲法前文1段,43条1項)とともに,両議院の議員の定数,選挙区,投票の方法その他両議院の議院の選挙に関する事項は法律で定めるべきものと規定し(憲法43条2項,47条),両議院の議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を国会の裁量にゆだねている。これは,代表民主制の下における選挙制度は,選挙された代表者を通じて,国民の多様な利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし,他方,政治における安定の要請をも考慮しながら,それぞれの国において,その国の実情に即して多種多様で複雑微妙な政策的及び技術的考慮の下に具体的に決定されるべきものであり,そこに合理的に要請される一定不変の形態が存在するわけのものではないからである。
 また,憲法は,各選挙人の投票の価値の平等を要求していると解される。しかしながら,この平等は,国会が両議院の議員の選挙制度を決定する際の唯一,絶対の基準となるものではなく,国会が正当に考慮することのできる政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものである。それゆえ,国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を是認し得るものである限り,違憲の問題が生じるものではない。
 すなわち,国会は,衆議院議員選挙について全国を多数の選挙区に分けて実施する制度を採用する場合には,選挙制度の仕組みのうち選挙区割りや議員定数配分を決定するに当たり,議員1 人当たりの選挙人数又は人口ができる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準として考慮するとともに,それ以外の諸般の要素である,都道府県,市町村その他の行政区画,従来の選挙の実績,選挙区としてのまとまり具合い,面積の大小,人口密度,住民構成,交通事情,地理的状況をも同時に考慮すべきである。さらに,人口流動等の社会情勢の変化を選挙区割りや議員定数にどのように反映させるかという点も,国会が政策的観点から考慮できる要素の一つである。
 このように,選挙区割りや議員定数の配分の具体的決定に当たっては,国会は,投票価値の平等の要請以外にも正当に斟酌することが許される政策的,技術的な諸要素に関係する事項を考慮して,公正かつ効果的な代表という目標を実現するために適切な選挙制度を具体的に決定することができる。
 したがって,選挙制度に関する問題は,代表民主制の下における選挙制度の在り方を前提とした国会の裁量権の範囲の問題としてとらえられるべきものであり,国会の定めた選挙制度に関する規定が合憲であるか否かは,国会が選挙に関する事項について有する裁量権の範囲を逸脱しているか否かという観点から判断されるべきである。そうすると,国会が定めた選挙に関する制度が,国会において正当に考慮し得る諸般の要素を斟酌してもなお,一般的合理性を有するものとは到底考えられない程度に達しているときに初めて,国会の裁量権の合理性の限界を超えていると推定され,これを正当化すべき特段の理由が示されない限り,憲法違反と判断されることになる。

(2) 本件区割規定の合憲性について

ア.区割改定法の成立過程

(ア) 平成5年7月18日に実施された衆議院選挙当時における定数較差は,選挙人比で最大1対2.82であったが,これについては,最高裁平成7年6月8日第一小法廷判決・民集49巻6号1443頁において,憲法の選挙権の平等の要求に反するものではないと判断された。
 しかし,国会は,最高裁昭和51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁最高裁昭和60年7月17日大法廷判決・民集39巻5号1100頁最高裁平成5年1月20日大法廷判決・民集47巻1号67頁の一連の判決において,公職選挙法における衆議院議員定数配分規定が憲法の要求する選挙権の平等の要求に反するものである旨の判断が示されていることにかんがみ,さらに抜本的な改正を図るべく,第128回国会において,平成6年改正法及び設置法を成立させた。
 この設置法によって設置された審議会は,10年ごとの国勢調査の結果によって勧告を行うことを原則としている(設置法4条1項)が,その下においても,同法が,各選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情がある場合には勧告を行うことができる旨規定している(同条2項)のは,選挙区の変更に伴う選挙人の投票行動や候補者・政党の政治活動等に与える影響を考慮して,選挙制度の安定性の要請に配慮しつつ,例外として,10年ごとの勧告を待てないような特段の事情が生じた場合には勧告を可能とすることで,選挙制度の安定性の要請と投票価値の平等をはじめとする他の要請との調和を図ったものである。
 また,設置法は,審議会が改定案を作成するに当たっては,投票価値の平等に配慮して,各選挙区の人口の均衡を図り,各選挙区の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が二以上とならないようにすることを基本とし,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行うこととした(同法3条1項)ほか,過疎地域に対する配慮などから,人口の多寡にかかわらず各都道府県にあらかじめ定数1を配分することによって,相対的に人口の少ない県に居住する国民の意見をも十分に国政に反映させることができるようにすることを目的として,同条2項により,一人別枠方式を採用した。この点については,選挙区割りを決定するに当たっては,国会は,投票価値の平等のみならず,それ以外の諸般の要素をも考慮することができるのであって,都道府県は,選挙区割りをするに際して無視することができない基礎的な要素の一つであり,人口密度や地理的状況等のほか,人口の都市集中化及びこれに伴う人口流出地域の過疎化の現象等にどのような配慮をし,選挙区割りや議員定数配分にこれらをどのように反映させるかという点も,国会において考慮することができる要素というべきである。
 したがって,一人別枠方式を含む設置法3条所定の選挙区割りの基準は,国会が以上のような要素を総合的に考慮して定めたものと評価することができるのであって,これをもって投票価値の関係において国会の裁量範囲を逸脱するものということはできないから,憲法14条1項等に違反するということはできない。

(イ) 審議会の平成12年実施の国勢調査結果に基づく勧告を受けて,平成14年7月31日,区割改定法が成立した。同法によっても,人口最少選挙区との較差が2倍以上の選挙区は完全に解消されるということはなかったものの,その数は,改正前には95であったものが改定により9と大幅に減少した。人口較差2倍以上の選挙区が上記のように残ったのは,審議会において,個々にその縮減を図るべく検討が行われたものの,市区等は基礎的自治体であることからできるだけその分割を避けるべきであること,仮に分割するとしてもこれらの選挙区についてのみ異なる新たな基準を設けることは適当でなく,かつ困難であると考えられること,市区を分割しようとすれば近接する多数の選挙区を含めた大幅な見直しが必要となること,最大較差が1対2.064であり,2倍以上の選挙区の数は9という結果は設置法の許容するものであり,あえてそれ以上の見直しは必要ないと判断されたことによるものである。

(ウ) 区割改定法施行後に行われた平成17年9月11日施行の衆議院議員総選挙に関する前記最高裁平成19年6月13日大法廷判決は,最高裁平成11年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1441頁(以下「最高裁平成11年(行ツ)第7号大法廷判決」という。)及び最高裁同年月日大法廷判決・民集53巻8号1704頁(以下「最高裁平成11年(行ツ)第35号大法廷判決」という。)を踏襲し,設置法に規定される基準は憲法14条1項等に違反するものではないとした上,同基準に基づいて行われた選挙区の改定の結果,前記(イ)のとおり,平成12年国勢調査による人口を基にした区割規定の下での選挙区間の人口の最大較差が1対2.064と,1対2をきわめてわずかに超えるものにすぎず,最も人口の少ない選挙区との人口較差が2倍以上となった選挙区の数は9にとどまるものであったことからすれば,審議会が作成した改定案が設置法が規定する基準に反するものということはできないし,国会が上記改定案のとおり選挙区割りを改定したことが投票価値の平等との関係において国会の裁量の範囲を逸脱するものであるということはできない,選挙当日における選挙区間の選挙人数の最大較差は1対2.171であったというのであるから,選挙施行時における選挙区間の投票価値の不平等が,一般に合理性を有するものと考えられない程度に達し,憲法の投票価値の平等の要求に反する程度に至っていたということはできない旨判示した。

(エ) 審議会は,平成17年12月から平成18年2月にかけて,平成17年実施の国勢調査結果に基づいて,設置法4条2項にいう「各選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情がある」と認められるかどうか検討を行った。その結果,選挙区間における最大較差は1対2.203,較差2倍を超える選挙区が48認められたものの,都道府県や市町村という行政区画を前提に区割りを行う以上,最大較差1対2.203というのは,これまでの最高裁判決に照らしても一般に合理性を有すると考えられない程度に達しているということはできず,また,最少選挙区との較差が2倍を超える選挙区が48あることも,過去の状況に照らし必ずしも異常とはいえないこと,市区町村において多くの合併が行われ,今後も行われることが予定されて,現在新たな基礎自治体として地域の一体化が進められている途上であるというべき状況などを斟酌し,審議会は,「各選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情がある」とは認められないと判断し,勧告は行わないこととした。

(オ) 本件選挙は,このような経過を経て行われた。

イ.以上のとおり,区割改定法の成立過程及び投票の価値の平等に関する過去の最高裁判決(最高裁昭和58年11月7日大法廷判決・民集37巻9号1243頁,前記最高裁昭和60年7月17日大法廷判決,最高裁昭和63年10月21日第二小法廷判決・民集42巻8号644頁,前記最高裁平成7年6月8日第一小法廷判決,最高裁平成11年(行ツ)第7号大法廷判決,最高裁平成11年(行ツ)第35号大法廷判決,最高裁平成13年12月18日第三小法廷判決・民集55巻7号1647頁,前記最高裁平成19年6月13日大法廷判決)等を総合すれば,本件区割規定に基づいて実施された本件選挙における前記の較差が,国会において正当に考慮し得る諸般の要素を考慮してもなお,一般に合理性を有するものとは認められない程度に達し,憲法の投票価値の平等の要求に反する程度に至っていたということはできない。

ウ.したがって,本件区割規定は,憲法の各規定に違反するものではない。

(3) 原告の主張に対する反論

ア.原告は,「選挙権の価値は平等であり,住所によって差別されない」という憲法上の保障は,憲法14条1項等に基づく1人1票の保障に優越する憲法上の他の条文又は他の条文に根拠を持つ憲法の趣旨によってのみ修正,変更され得る旨主張し,本件区割規定が是認される要素に,憲法上保護されるべき権利又は利益として根拠づけることができるものはないから,本件区割規定は違憲である旨主張する。
 しかし,そもそも,国会議員の選挙に関しては,投票の有する影響力の平等という点で,原告が主張するところの1人1票の原則は憲法上保障されていない以上,原告の主張はその前提を欠いており,失当である。

イ.原告は,「憲法は,選挙権の内容の平等,換言すれば,議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等,すなわち投票価値の平等を要求していると解される。しかしながら,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する唯一,絶対の基準となるものではなく,国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものである。それゆえ,国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を是認し得るものである限り,それによって投票価値の平等が損なわれることになっても,やむを得ないものと解すべきである。」,「選挙区割りで議員定数配分を定める規定の合憲性は,結局は,国会が具体的に定めたところがその裁量権の合理的行使として是認されるかどうかによって決するほかはない。」旨判示する最高裁判決の多数意見は,国会議員が,上記のように議員定数配分規定の立法に関して当事者又は利害関係者であるという重大な事実を考慮していない議論であって,合理性や説得力を欠く旨主張する。しかし,憲法47条においては,「選挙区,投票の方法その他両議員の議員の選挙に関する事項は,法律でこれを定める。」と明記され,選挙区や選挙制度の決定は国会にゆだねられており,その判断に裁量が認められている。原告が援用する民事訴訟法上の除斥や忌避の制度,会社法の利害関係者による議決権行使の制限等の法理は,いずれも異なる制度における原則であって,選挙制度に関する憲法解釈の当否に影響するものではあり得ない。原告の主張は,独自の見解であって理由がない。

ウ.原告は,都道府県は単なる行政区画にすぎず,憲法はあくまでも衆議院選挙の小選挙区について,都道府県の境を越えてでも,人口に基づいて選挙区割りされることを要求している旨主張する。
 しかし,都道府県は,これまで我が国の政治及び行政の実際において相当の役割を果たしてきたことや,国民生活及び国民感情においてかなりの比重を占めていることなどにかんがみれば,選挙区割りをするに際して無視することのできない基礎的な要素の一つというべきであり,このこと等の諸般の事情を考慮して,都道府県の境を越える選挙区割りをしないことも国会の裁量に属することであるから,原告の上記主張も失当である。

【判旨】

1.代表民主制の下における選挙制度は,選挙された代表者を通じて,国民の利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし,他方,政治における安定の要請をも考慮しながら,それぞれの国において,その国の実情に即して具体的に決定されるべきものであり,そこに論理的に要請される一定不変の形態が存在するわけではない。憲法もまた,上記の理由から,国会の両議院の議員の選挙について,およそ議員は全国民を代表するものでなければならないという制約の下で,議員の定数,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(憲法43条,47条),両議院の議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねている。このように,国会は,その裁量により,衆議院議員及び参議院議員それぞれについて公正かつ効果的な代表を選出するという目標を実現するために適切な選挙制度の仕組みを決定することができるのであるから,その具体的に定めたところが,上記の制約や法の下の平等などの憲法上の要請に反することにより,国会の上記のような裁量権を考慮してもなおその限界を超えており,これを是認することができない場合に,初めてこれが憲法に違反することになるものと解すべきである(最高裁昭和49年(行ツ)第75号同51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁最高裁昭和56年(行ツ)第57号同58年11月7日大法廷判決・民集37巻9号1243頁最高裁昭和59年(行ツ)第339号同60年7月17日大法廷判決・民集39巻5号1100頁最高裁平成3年(行ツ)第111号同5年1月20日大法廷判決・民集47巻1号67頁最高裁平成11年(行ツ)第7号同年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1441頁最高裁平成11年(行ツ)第35号同年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1704頁最高裁平成18年(行ツ)第176号同19年6月13日大法廷判決・民集61巻4号1617頁。なお,参議院議員選挙に関する判例として,最高裁平成20年(行ツ)第209号同21年9月30日大法廷判決・民集63巻7号1521頁参照)。

2.国民が選挙を通じて国政に参加する権利は,憲法の規定する人権の中でもきわめて重要な位置づけを有するものであり,国民主権の原理及び憲法14条1項からすると,憲法は,議員の定数,選挙区等を定める立法について,選挙権の内容の平等,すなわち投票価値の平等を最重要の理念として要求していると解される。しかしながら,かかる理念は,選挙制度の仕組みを決定する唯一,絶対の基準となるものではなく,国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものであって,他の政策的目的ないし理由と合理的に調和するものである限り,各選挙人の投票の有する影響力,すなわち投票価値が,その投票する選挙区により完全に平等でないとしても,それが国会の裁量権の行使として合理性を是認し得るものである範囲内においては,憲法14条1項その他の憲法の規定に反するものではないと解すべきである。
 憲法は,国会が衆議院議員の選挙につき全国を多数の選挙区に分けて実施する制度を採用する場合には,議員1人当たりの選挙人数又は人口ができる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準とすることを求めているというべきである。しかし,国民は,全国一律の平準化された存在ではなく,国の施策も,決して全国一律の平板なものではないのであって,国民の国政に対する利害関係には,しばしば,都道府県等の行政区画をまとまりとして濃淡が生じることがあり,かような利害関係の濃淡は,地勢や交通事情等の諸要素によっても影響を受けることがある。また,住民の選挙によって首長や議員が選出される都道府県等の地方公共団体の意思決定は,単にその区域内の住民に対する施策のみならず,国政全般に影響を及ぼすこともあり得る。とりわけ,都道府県は,歴史的にも政治的,経済的,社会的にも独自の意義と実体を有し,一つの政治的まとまりを有する単位として機能しているのであって,選挙区割りをするに当たって,無視することのできない基礎的な要素の一つというべきである。また,上記に判示したところにかんがみれば,都道府県の内部において選挙区割りをするに当たっても,市町村その他の行政区画,地勢,交通等(設置法3条2項参照)のほか,従来の選挙の実績,選挙区としてのまとまり具合い,面積の大小,人口密度,住民構成等諸般の事情がある程度考慮されるべきであるといわざるを得ない(このように解しても,国会議員が全国民を代表する旨を定める憲法43条1項と矛盾するものではない。)。このように,選挙区割りや議員定数配分の具体的決定に当たっては,複雑かつ高度な政策的な考慮要素並びに人口等の国勢調査結果に応じた改定処理その他に要する技術的及び時間的な考慮要素があり,これら諸要素をどのように総合判断して具体的決定に反映させるか,又はさせないかについて一定の客観的基準が存するものではないから,選挙区割りで議員定数配分を定める規定の憲法適合性の有無に係る判断に当たっては,選挙人の投票価値の平等の実現を最重要の憲法上の要請であるとする立場によりつつも,国会が具体的に定めたところがなお国会の裁量権の合理的行使として是認されるかどうかによって決するほかはない。そして,国会が社会的,経済的条件の変容に応じて不断に生じる人口の変動などを反映させたものとみるべき,具体的に決定された選挙区割りや議員定数配分の下において選挙人の有する投票価値に著しい不平等状態が生じ,かつ,それが相当期間継続しているにもかかわらずこれを是正する措置を講じないことが国会の裁量権を超えると判断される場合には,上記規定が,憲法に違反するに至るものと解するのが相当である。
 設置法3条は,1項において,選挙区の改定案の作成につき,選挙区間の人口の最大較差が2倍未満になるように区割りをすることを基本とすべきことを基準として定めており,投票価値の平等に配慮していると認められる。また,同条2項が採用する一人別枠方式は,たしかに,人口流出地域,とりわけ過疎地域に対する配慮などから,相対的に人口の少ない県に定数を多めに配分し,人口の少ない県に居住する国民の意見をも十分に国政に反映させることができるようにするために,投票価値の平等の他に考慮すべき政策的要素として,一定の合理性を有するというべきではあるものの,事案1(7)のような不平等状態をもたらした原因となっていると認められる点にかんがみると,一人別枠方式の合理性につき何らの問題もないとはいえない。

3.本件区割規定は,審議会が平成12年実施の国勢調査結果に基づき作成した改定案のとおりの内容の区割改定法により,小選挙区選挙の選挙区割りが改定されたものであるところ,平成17年実施の国勢調査による人口を基にすると,事案1(7)に記載のとおり,本件区割規定の下における選挙区間の人口の最大較差は1対2.203であり,人口が最も少ない選挙区と比較して人口較差が2倍以上となっていた選挙区が48あった。この数値は,投票価値の平等実現という最重要の憲法上の要請からみれば,平成12年実施の国勢調査結果による上記最大較差が1対2.064であり,人口較差が2倍以上となる選挙区の数は9にとどまっていた状況よりも大きく悪化しており,憲法上好ましいものではない。しかし,設置法3条1項の規定は,選挙区間の人口の最大較差が2倍以上とならないようにすることを基本とし,同条2項の定める一人別枠方式による各都道府県への定数の配分を前提とした上で,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して合理的に区割りを行い,選挙区間の人口の最大較差ができるだけ2倍未満に収まるように区割りが行われるべきことを定めたものと解されるところ,上記改定案は,市町村の分割をできるだけ回避しつつ,前示のような諸要素を考慮して定められたものである。そして,上記の人口較差は,人口の変動の予測可能性に係る合理的根拠の有無についての検討はしばらく措くとして,最大で2倍を約10パーセント超過しているものの,人口較差が2倍以上となった選挙区の数は全選挙区の約6分の1にとどまっていることに照らすと,本件区割規定による区割りは,強固な合理性があるとまではいえない一人別枠方式を主たる原因とする選挙人の投票価値の不平等状態をもたらしているものと認められるが,進んで選挙制度の全体において投票価値の著しい不平等状態に立ち至らせているものとまでは認められないから,その限度ではなお合理性を残していると認めることができる。
 また,こうした不平等をもたらした審議会の上記勧告見送りについてみるに,措置法4条2項は,10年ごとの勧告の例外として「各選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情があると認めるとき」には国勢調査の結果を待たずに勧告を行うことができるとしているが,本件においては,人口の変動の予測可能性に係る合理的根拠の有無を含めて「特別の事情」を認めるに足りる的確な証拠は見出されないのであるから,勧告すべき特別の事情が存したと認めることもできない。したがって,審議会の上記勧告見送りの結果として国会による本件区割規定の改正作業の未着手という事態のまま現在に至ったこと自体につき,国会の裁量権の行使として合理性を欠いていたともいえない。
 以上によれば,本件区割規定は,本件選挙施行時において,憲法に違反するものであるとはいえない。

4(1) 原告は,1人1票の選挙権についての憲法上の保障は,とりわけ衆議院議員選挙については,各選挙区から選出される代表者すなわち議員の数の配分を人口分布に比例して配分すべく,国会の立法権限を覊束している旨主張する。
 たしかに,選挙制度についての立法において,投票価値の平等は最重要の憲法上の原則であるという点は首肯し得るとしても,前示のとおり,それが選挙制度の仕組みを決定する唯一,絶対の基準となるものではなく,国会が正当に考慮することができる他の政策的な諸要素なども合理的な範囲内において併せ勘案し得るものであって,そのために1票の価値の平等が完全に守られる結果とならなくとも,憲法に違反するとはいえないと解すべきである。
 したがって,原告の上記の主張は,採用することができない。

(2) 原告は,投票価値の平等の保障のある「正当な選挙」のルールは,憲法に根拠づけられていない他の利益によって減殺されることはないというべきところ,@ 市区等は基礎的自治体であることからできるだけ分割を避けるべきであること,A 仮に分割するとしてもこれらの選挙区についてのみ異なる新たな基準を設けることは適当でなく,かつ困難であると考えられること,B 市区を分割しようとすれば近接する多数の選挙区を含めた大幅な見直しが必要となること,C 当時の最大較差や較差2倍以上の選挙区の数は設置法の許容するものであり,あえてそれ以上の見直しは必要ないということは,憲法のいずれの条文によっても,保護されるべき権利又は利益として根拠づけることはできない旨主張する。
 しかし,合理的な理由がある場合には,形式的な平等が守られなくとも,必ずしも憲法14条1項の定める法の下の平等に反するものではない。なぜなら,選挙権の内容,つまり投票価値の内容を決定するに当たっては,法の下の平等の原則は,最も重要な位置を占めるものではあるが,他の政策的目的ないし理由との調和も図らなければならない以上,これらを考慮しないことは相当でないといわざるを得ない。そうであるならば,本件区割規定による1票の価値の較差は,前記した問題を指摘し得るものの,なお合理的な理由に起因して生じたものであるといわざるを得ず,さらに,投票価値の不平等な状態も著しいとまではいえないのであるから,本件区割規定は憲法14条1項に違反するものではない。
 したがって,原告の上記の主張は,採用することができない。

(3) 原告は,選挙人の投票価値の平等を以下の4要素,すなわち,(ア) 都道府県,(イ) 人口密度や地理的状況,(ウ) 過疎化現象,(エ) 一人別枠方式,を理由として減殺することによって得られる利益は,憲法により保護されている利益とはいえず,この利益に比して,投票価値の平等の実現によって得られる利益の方が圧倒的に優越する旨主張する。
 原告のこうした憲法上の利益考量の仕方が相当であるかという点はしばらく措き,原告主張のように,後者の利益が憲法の条文に直接根拠を置くものでないと解釈して,前者の憲法上の利益が後者の非憲法上の利益を圧倒的に優越するものとして存在するとまでは,必ずしも明確に断定することはできない。まず,原告の上記の主張は,(ア)(イ)(ウ)に係る主張については具体性を欠いたものであるといわなければならない。原告がそうした憲法上の利益の優越性が存することをもって本件区割規定の違憲無効を主張しようとするのであれば,訴訟手続上の原則に従って,上記(エ)については一応別として,(ア)(イ)(ウ)については,関連する法律を定めた際の立法事実と比較考量することにより法律の意義の優劣などを明らかにし,又は国会が考慮した他の政策的目的ないし理由との合理的な調和を著しく欠くことを立法事実をもって具体的に基礎づけて主張することを要し,かつ,証拠をもって各事実を明らかにした上で上記のような利益考量の有無など憲法適合性に係る法律上の主張をすべきものであると解するのが相当である。しかるところ,原告は,これらの事実に係る主張を殆どすることなく,また,的確な証拠も見出すことができない。
 したがって,原告の上記の主張は,その前提を欠き,採用することができない。

(4) 原告は,前記最高裁平成19年6月13日大法廷判決が判示するところは,国会議員が,議員定数配分規定の立法に関しては当事者又は利害関係者であるという重大な事実を考慮していない議論であって,合理性や説得力を欠く旨主張するが,国会議員が,議員定数配分規定の立法に関して利害関係を有しているにせよ,同規定の憲法適合性を裁判所が判断するに当たって,1票の価値の平等以外の要素を勘案することは必ずしも否定されるべきではないことは,前示のとおりである。
 したがって,原告の上記の主張は,採用することができない。
 なお,民事訴訟法23条1項1号の裁判官の除斥,同法24条1項の忌避,利害関係者による議決権行使禁止の法理を定める会社法369条2項,一般社団法人及び一般財団法人に関する法律95条2項,同189条3項は,本件とは全く異なる問題に関する規定であって,本件区割規定の憲法適合性を争う本件においてこれらを援用する原告の主張は,その前提を異にし,失当である。

(5) 原告は,憲法上,国民1人の国政に対する影響力は,@ 憲法改正の国会提案に対する承認権,A 最高裁判所裁判官の国民審査権,B 普通選挙の投票権の3つにつき,いずれも均一であるから,@Aと同じく,Bについても,同様に完全な1人1票が保障されるべきである旨主張する。しかし,@AとBとは,異なる問題についての投票に係る参政権であって,@Aについて完全な1人1票が保障されていることをもって,直ちにBも同一であるべきであるとはいえないことは,前示のところに照らして,明らかである。
 したがって,原告の上記の主張は,採用することができない。

(6) 原告は,選挙権の価値の平等は,選挙区割りを機械的かつ事務的に,人口に基づいて定めるだけで実現でき,また,都道府県は単なる行政区画でしかなく,憲法は,衆議院選挙の小選挙区は都道府県の境を越えてでも人口に基づいて選挙区割りをすることを要求している旨主張する。しかし,選挙区割りを定める際,行政区画の分割をできるだけ回避しようとすることは,地方公共団体の一体化の維持や,恣意的な区割りの防止という観点からも合理性を有するというべきであるし,都道府県が,選挙区割りをするに際して無視することのできない基礎的な要素の一つというべきであることは,前示のとおりである。
 したがって,原告の上記の主張は,採用することができない。

(7) その他,原告がるる主張するところは,いずれも当裁判所の前記判断を動かすものではない。

5.結論

 以上によれば,原告の請求は理由がないから,これを棄却する。

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