平成23年新司法試験論文式
民事系第3問の感想と参考答案

問題は、こちら

 

旧試験化の傾向が顕著

今年の民訴は、論理が問われた。
特殊なケースを正面から問い、原則論から説明させる。
これは、旧司法試験時代の典型的な出題手法である。
また、今年は設問1、2と設問3が、全く別個の事例となっている。
旧試験では、2時間2問の形式だった。
それに近い出題形式になっている。
また、論理重視のため、事案の詳細があまり意味をなしていない。
旧試験の民訴は、平成後期にも、一行問題が出題されていた。
その意味でも、旧試験に近い。
民訴に関しては、特に旧試験の過去問検討が有用といえる。

設問1について

権利自白の撤回を問う問題である。
ここでは、原則論は事実の自白である。
弁論主義から説明することになる。
では、これが権利自白に当てはまるのか。
ストレートには当てはまらない、ということになるだろう。
権利の存否は法適用の結果である。
そして、法の解釈適用は、裁判所の専権。
すなわち、弁論主義の範囲外だからである。

ただ、ここでそのまま権利自白を否定するのは避けたい。
少なくとも所有権については、一般に権利自白が認められているからだ。
過去(原始取得時)から現在までの全ての権利移転を立証するのは、困難である。
その立証困難を救済するために、やや便宜的に権利自白が認められている。
このことは、民訴よりも、むしろ要件事実の方で勉強しているはずである。
本問は、上記のような理論と実際の乖離を説明させるものといえる。
すなわち、権利自白は、弁論主義を基礎にすると認め難い。
しかし、実際には認められている。
これを説明せよ、ということである。

本問を見た人の多くは、書きにくいと感じたはずである。
問題文は、撤回を否定する方向で書けと言っている。
しかし、本問は、普通にみて撤回を認めるのが妥当と思える事案である。
権利自白がされたのは、訴訟代理人が付いていない時点である。
また、原告の側にそれほど不測の損害が生じるとも思われない。
理論的にみても、権利自白を肯定する見解でも、事実の自白よりは拘束力を弱く解するのが一般である。
しかし本問は、事実の自白と同様の拘束力を認めても、撤回が認められそうである。
すなわち、真実に反しかつ錯誤がある場合に当たる。
(反真実の立証には全ての所有権取得原因の否定を要し、困難であると言われることがある。
しかし、本問はC自身の所有(Aの所有権と両立しない)を主張する事案であり、上記は当てはまらない。)
そうすると、仮に権利自白全面肯定説に立っても、撤回を阻止できない。
どう書けばいいんだ、と困ってしまう。

ただ、本問のポイントは、原則論から説明する点にある。
それは、過去問等を検討していれば確信できるはずである。
特に本問の場合は、それが明示されている。

(問題文より引用、下線は筆者)

P:確かに難しそうな問題ですね。事実の自白の撤回制限効の根拠にまで遡った検討が必要かもしれません。「理論的基礎付けは難しい。」という結論になってもやむを得ませんが,ギリギリのところまで「被告側の権利自白の撤回は許されない。」という方向で検討してみてください。では,頑張ってください。

(引用終わり)

だから、とりあえず事実の自白を正確に書く。
あとは、そこから適当に説明する。
一番無難なのは、所有権は常識的法律概念だから例外的に事実の自白と同様に扱ってよい。
だから、所有権に限っては権利自白が認められるのだ、とする立場である。
あとは、コンパクトに撤回要件を検討する。
結論的には、撤回を認めて構わないだろう。
問題文も、それを認めている。

(問題文より引用、下線は筆者)

P:確かに難しそうな問題ですね。事実の自白の撤回制限効の根拠にまで遡った検討が必要かもしれません。「理論的基礎付けは難しい。」という結論になってもやむを得ませんが,ギリギリのところまで「被告側の権利自白の撤回は許されない。」という方向で検討してみてください。では,頑張ってください。

(引用終わり)

ただ、現場で他の構成も思いついたなら、書いておきたい。
本問の場合、単純に権利自白と撤回を書くだけなら、紙幅と時間に余裕があるはずだ。
ある程度、思いつきを書いても許される場面である。
ギリギリまで頑張る、という題意にも、答えることになる。
例えば、錯誤に重過失ある場合は撤回が許されない。
撤回により新たな証拠調べが必要になるから時機に後れた防御方法である。
権利自白は弁論主義で基礎付けるのではなく、処分権主義から説明すべきだ。
そういったものが考えられる。
もっとも、本問は重過失を肯定するのが難しい。
また、処分権主義から説明する場合も、錯誤の余地は否定できないだろう。
結果的に、撤回を確実に阻止できそうな手段はない、ということになりそうである。

なお、権利自白につき、基礎となる事実に自白を認める説がある。
その説からは、本問の第1回口頭弁論の段階で、いかなる事実に自白が成立するのか。

(問題文より引用、下線は筆者)

平成23年1月25日に開かれた第1回口頭弁論期日において,Pは,次のような主張をした。

@ Bは,平成17年6月12日に,Aに対して,平成22年6月12日に元本1200万
円に利息200万円を付して返済を受ける約束で,1200万円を貸し渡した。
A 平成22年6月12日は経過した。
B Aは,甲土地を現に所有している。
C 甲土地の所有権登記名義はDにある。
D Aは,無資力である。
E CはDの子であるところ,Dは,平成18年5月28日に死亡した。

これに対して,Cは,同期日において,「ABCEは認めるが,@Dは知らない。」旨の陳述をした。

(引用終わり)

説明に、困りそうである。
また、第2回口頭弁論をも考慮すれば、FとGに自白が成立しそうだ。

(問題文より引用、下線は筆者)

平成23年3月8日に開かれた第2回口頭弁論期日において,Qは,次のような陳述をした。

F 甲土地は,Eがもと所有していた。
G 平成14年2月26日,Aは,Eとの間で,甲土地を2200万円で購入する旨の契約を締結した。

H Aは,Gの契約を締結するに際して,Dのためにすることを示した。
I 同年2月18日,Dは,Aに対して,甲土地の購入について代理権を授与した。

(引用終わり)

しかしこれでは、そもそもHとIには自白が成立しない。
これでは、自白を認める意味がない。
従って、普段この説を自説とする人は、書きにくかっただろう。
民訴では、この種の論理を問う問題が多い。
自説だけだと、不便な場合もある。
ある程度、他説も理解しておきたい。

設問2について

難問である。
しかし、ポイントは限られている。
権利主張参加は、権利主張が実体上両立しないことを要するとされる。
それは、なぜなのか。
共同訴訟参加は、判決効の拡張がある場合とされる。
それは、なぜなのか。
あとは、その理解を前提に、本問の場合を検討すればよい。
合格レベルとしては、その程度でよいのだろう。
逆に、難しいことを考えすぎて、上記の要件論を落とすと、評価を下げやすい。
現場の感覚としては、むしろ難問だから肩の力を抜く、という感じでよい。

ただ、真面目に検討すると、相当に複雑である。
まず、債権者代位権の競合の処理をどうするか。
Bが先に行使したから、Fはもはや代位権を行使できないとするか。
または、BとFで同時に行使できるとするか。
早い者勝ちにするのは、債権者間の平等を損なう。
そう考えて、競合を肯定する考え方もあるだろう。
他方、代位行使の通知又は了知があると、債務者は権利行使できなくなる。
そのことから、債務者本人もできない以上、もはや代位もできない。
そう考えれば、競合を否定することになる。
債権執行の場面では、類似の制度として取立訴訟(民執157条)がある。
その配当要求の終期は、訴状の送達時である(民執165条2号)。
それ以降に他の債権者が訴訟に参加(共同訴訟参加)することはできない(民執157条1項)。
これとの均衡を考えれば、否定する説が妥当なように思われる。

代位権の競合を肯定する場合、BとFは共に代位権者の地位に立つ。
Fとしては、訴訟1に参加するに際し、Bに対する請求を提起する必要がない。
従って、検討すべきは共同訴訟参加ということになる。
共同訴訟参加は、一般に既判力の拡張を受ける者がなしうるとされる。
しかし、訴訟1の既判力は、Aに及ぶが、Fにまで拡張されるわけではない(115条1項2号)。
そこで、反射効がFに及ぶことを根拠に、これを説明しようとする見解がある。
しかし、これは不適切だろう。
まず、反射効という概念自体、否定する見解が有力である。
また、反射効を肯定する説も、これを実体法上の効果であるとする。
すなわち、既判力のような訴訟法上の効果とは区別している。
反射効が及ぶから共同訴訟参加できる(類似必要的共同訴訟となる)とは、説明されていない。
反射効の典型例は、主債務者と保証人の関係である。
主債務者に対する訴訟は、附従性によって保証人に反射効が及ぶから類似必要的共同訴訟になる。
そんな話は、聞いたことがないはずである。
債権者代位の場面においてのみ、なぜ反射効を根拠とするのか。
説明として、一貫していないように思われる。

そもそも、既判力の拡張が要件になっているのは、合一確定を要する典型例だからである。
52条には、「既判力の拡張」とは書いていない。
「合一にのみ確定すべき場合」とあるだけである。
ここでいう合一確定とは、既判力の矛盾抵触を避けるという意味である。
既判力の拡張を受ける者が、別個の判決を受ければ、既判力が矛盾抵触する。
例えば、Aの訴訟の既判力がBに及ぶ場合。
その場合に、BがAの訴訟の結果と異なる判決を得たとする。
その場合、Bには、Aの訴訟の既判力と、それとは異なるB自身の得た判決の既判力が及ぶ。
これは、矛盾である。
だから、既判力が拡張される場合に、合一確定が必要となるのである。
そして、債権者代位の場合には、被代位者において既判力の矛盾抵触が生じうる。
本問に即して言えば、Bが勝訴し、Fが敗訴したとする。
その場合、Bの勝訴判決の既判力は、Aに及ぶ(115条1項2号)。
同時に、Fの敗訴判決の既判力も、Aに及ぶ(同上)。
これでは、Aに及ぶ既判力の内容に矛盾抵触が生じてしまう。
だから、この場合も、合一確定が必要となる。
従って、反射効という概念を持ち出すまでもなく、共同訴訟参加が認められる。

もっとも、共同訴訟参加で違和感がないのは、本問が移転登記請求の事案だからである。
例えば、これが動産引渡請求や、金銭支払請求だったらどうか。
この場合、債権者は、自己への直接引渡しを第三債務者に請求できる。
そうすると、各債権者の請求内容が異なることになる。
本問が動産引渡請求の事案だとすると、Bの請求は、「Bに○○を引き渡せ」となる。
Fの請求は、「Fに○○を引き渡せ」となる。
これでは、共通の請求とはいえない。
共同訴訟参加は、できないということになるだろう。
では、これを独立当事者参加で処理できるかというと、これも無理そうである。
なぜなら、上記請求は、いずれも認容しうる。
すなわち、後述の非両立性を満たさないからである。
そもそも、このような事態になるのは、代位権の競合を認めたためである。
翻って、やはり代位権の競合は認めないほうがいいのではないか。
そういう感じがする。

代位権の競合を否定する立場からは、Fに争う余地がなさそうにみえる。
既に、Bが代位訴訟を提起しているからである。
(Aが少なくともこれを了知していることは、明らかである。)
しかし、既に代位訴訟が提起されていても、被代位者は代位権を争って当事者参加できる(最判昭48・4・24)。
従って、Fも同様に、Bの代位権を争って権利主張参加をする。
これは、できそうである。
他方、Bの代位権を争うことなく、共同訴訟参加をする余地はない、ということになるだろう。

権利主張参加については、請求の非両立性が必要と解されている。
それは、両立しうる請求であれば、既判力の矛盾抵触が生じないから、別訴でよい。
すなわち、わざわざ合一確定の要求される権利主張参加を認める必要がないからである。
FがBの被保全債権の不存在を主張する場合、これはBの代位権と両立しない。
従って、非両立性を満たすと考えてよい。
もっとも、Bの被保全債権の不存在とは、Aの債務の不存在を指す。
これは、A自身が争う場合と、別個の考慮を要する。
すなわち、Fに、他人(A)の債務不存在を主張する利益があるかである。
Fが参加しない場合の訴訟1の帰結としては、以下の3通りが考えられる。

1.Bの代位権が肯定され、移転登記請求が認容される。
2.Bの代位権が肯定されたが、移転登記請求は棄却される。
3.Bの代位権が否定されて訴えが却下される。

1の場合、Fは目的を達しており、何らの不利益もない。
2の場合、Aに既判力が及ぶ(115条1項2号)。
第3債務者は、代位訴訟において債務者に主張しうる事由を代位債権者に主張できる。
これに対し、代位債権者は自らに既判力が及ばないと主張することはできない(最判昭54・3・16参照)。
そのため、Fが再度代位訴訟を提起しても、CからAに対する既判力を援用されて負ける。
この場合、Fは困る。
3の場合、Bの代位権が否定された以上、Aへの既判力の拡張は生じない。
従って、訴訟1の既判力(代位原因の不存在に及ぶ)は、BC間にしか及ばない。
そうすると、Fは再度代位訴訟を提起することができる。

以上をみると、FがBの訴訟追行の結果により不利益を受けるのは、2の場合だけである。
しかし、この場合は、代位権を争う方法ではなく、本案(移転登記請求)の方を争うべきである。
すなわち、Bの訴訟追行が不十分と考えれば補助参加。
Bがわざと負けようとしているようであれば、詐害防止参加。
そういう手段の方が、適切だということになる。
以上を考慮すると、Bの代位権を争ってわざわざAの債務不存在を主張する利益は、ないといえる。
結局、Bへの独立の請求は訴えの利益がなく、権利主張参加はできない。
すなわち、Fは共同訴訟参加も権利主張参加もできないということになりそうだ。
仮に、本問が動産引渡請求や金銭支払請求の事案であれば、異なる結論となる。
Fには、自らへの引渡しを受ける利益があるからである。
この場合は、権利主張参加を肯定できることになるだろう。

なお、いずれの参加形態でも、合一確定が図られるから、二重起訴の問題は生じない。
二重起訴に抵触する場合でも、併合審理が許される以上、これは当たり前である。
とはいえ、被代位者が当事者参加する際には、触れるべき典型論点とされている。
一応答案では触れておきたい。

設問3について

本試験らしい問題である。
原則→不都合性→例外の型で処理していけばよい。

主たる論点は、明白である。
本訴請求及び中間確認請求は、固有必要的共同訴訟か、通常共同訴訟か。
固有必要的共同訴訟であれば、認諾放棄は無効。
通常共同訴訟であれば、Mにのみ効力が及ぶということになる。
判例の立場からすれば、本訴請求は通常共同訴訟(最判昭43・3・15)。
中間確認請求は、固有必要的共同訴訟である(最判昭46・10・7)。
そうすると、本訴請求認諾はMにつき有効。
中間確認請求は、無効ということになる。
これが、本問の原則論である。
しかし、これでよいのだろうか。
ここまで検討した上で、何らかの問題点を指摘する。
そして、自分なりの解決を示せれば、合格レベルだろう。
おそらく、実際には上記判例の見解を説明できるだけで、上位に行くはずである。
その際には、固有必要的共同訴訟の判断基準と当てはめについて、丁寧に説明する必要がある。
ここが雑だと、評価を落とすだろう。

固有必要的共同訴訟の判断基準については、基本は実体法上の管理処分権である。
これは、当事者適格が、実体的利益帰属主体と主張し、又は主張される者に認められることによる。
すなわち、共同帰属する場合には、当事者適格も共同でしか認められないのである。
ただ、これを形式的に貫くと不都合な場面もある。
訴訟法的要素を加味して考える説は、判断基準の段階でこれを織り込んで修正する考え方である。

建物収去土地明渡につき、判例は不可分債務であることを根拠とする。

最判昭43・3・15より引用、下線は筆者)

 土地の所有者がその所有権に基づいて地上の建物の所有者である共同相続人を相手方とし、建物収去土地明渡を請求する訴訟は、いわゆる固有必要的共同訴訟ではないと解すべきである。けだし、右の場合、共同相続人らの義務はいわゆる不可分債務であるから、その請求において理由があるときは、同人らは土地所有者に対する関係では、各自係争物件の全部についてその侵害行為の全部を除去すべき義務を負うのであつて、土地所有者は共同相続人ら各自に対し、順次その義務の履行を訴求することができ、必ずしも全員に対して同時に訴を提起し、同時に判決を得ることを要しないからである。

(引用終わり)

しかし、なぜ不可分債務となるのか。
すなわち、なぜ、自己の持分を超える部分も含めて義務を負うのか。
その肝心な部分の理由は、付されていない。
例えば、共有者の一人が、第三者と共有物全部を明け渡す契約を結ぶことはできるか。
これは、可能である。
各自の持分を超える部分は、いわば他人物である。
他人物の権利に係る契約も、有効である(民法560条参照)。
従って、上記のような契約も可能ということになる。
そうである以上、同様の内容の義務を負担する判決の名宛人となることも、単独で可能である。
これが、判例を支持できる理論的な理由である。
なお、判例は、訴訟上の考慮も示している。

最判昭43・3・15より引用、下線は筆者)

 もし論旨のいうごとくこれを固有必要的共同訴訟であると解するならば、共同相続人の全部を共同の被告としなければ被告たる当事者適格を有しないことになるのであるが、そうだとすると、原告は、建物収去土地明渡の義務あることについて争う意思を全く有しない共同相続人をも被告としなければならないわけであり、また被告たる共同相続人のうちで訴訟進行中に原告の主張を認めるにいたつた者がある場合でも、当該被告がこれを認諾し、または原告がこれに対する訴を取り下げる等の手段に出ることができず、いたずらに無用の手続を重ねなければならないことになるのである。のみならず、相続登記のない家屋を数人の共同相続人が所有してその敷地を不法に占拠しているような場合には、その所有者が果して何びとであるかを明らかにしえないことが稀ではない。そのような場合は、その一部の者を手続に加えなかつたために、既になされた訴訟手続ないし判決が無効に帰するおそれもあるのである。以上のように、これを必要的共同訴訟と解するならば、手続上の不経済と不安定を招来するおそれなしとしないのであつて、これらの障碍を避けるためにも、これを必要的共同訴訟と解しないのが相当である。

(引用終わり)

訴訟法的要素を重視する立場に立つ場合は、こちらの方を強調することになる。
ただ、当事者適格の意義から論理的に説明しようとする場合は、やや書きにくい。
紙幅を考慮して、書くか考えるべきところである。

他方、共有権確認について、判例は以下の理由を示している。

最判昭46・10・7より引用、下線は筆者)

 一個の物を共有する数名の者全員が、共同原告となり、いわゆる共有権(数人が共同して有する一個の所有権)に基づき、その共有権を争う第三者を相手方として、共有権の確認を求めているときは、その訴訟の形態はいわゆる固有必要的共同訴訟と解するのが相当である(大審院大正一一年(オ)第八二一号同一三年五月一九日判決、民集三巻二一一頁参照)。けだし、この場合には、共有者全員の有する一個の所有権そのものが紛争の対象となつているのであつて、共有者全員が共同して訴訟追行権を有し、その紛争の解決いかんについては共有者全員が法律上利害関係を有するから、その判決による解決は全員に矛盾なくなされることが要請され、かつ、紛争の合理的解決をはかるべき訴訟制度のたてまえからするも、共有者全員につき合一に確定する必要があるというべきだからである。

(引用終わり)

所有権そのものが対象→全員が利害関係→合一確定必要、という論理である。
物権自体の設定・変更は、処分権者でしかなしえない。
これが、単なる義務負担と異なる点である。
そして、共有権の処分は他の共有者の同意なくしてなしえない(民法251条)。
だから、共有権自体の存否を争う訴訟は、固有必要的共同訴訟となる。

さて、そうだとして、不都合性はあるか。
一つ思いつくのは、本訴でも中間確認でもL側が勝訴した場合である。
その場合、Mは共有者であるのに、収去・明渡しの義務だけ負うことになる。
これは、おかしいのではないか、ということである。
この点につき、判例は、どうせ執行できないから、おかしくないという。

最判昭43・3・15より引用、下線は筆者)

 通常の共同訴訟であると解したとしても、一般に、土地所有者は、共同相続人各自に対して債務名義を取得するか、あるいはその同意をえたうえでなければ、その強制執行をすることが許されないのであるから、かく解することが、直ちに、被告の権利保護に欠けるものとはいえないのである。

(引用終わり)

具体的には、占有者の特定(民執168条2項)の際に発覚する。
または、他の共有者による第三者異議の訴え(民執38条)によって執行が阻止される。
そういうことになるのだろう。
訴訟に関与しなかった共有者については、それでよいかもしれない。
しかし、本問のように訴訟で認諾をしてしまった共有者については、それでは困る。
前記のように、Lが勝訴した場合、Mの収去・明渡義務だけが残る。
これは、上記判例のようにLの同意がなければ執行できない。
そうなると、MはNから、執行に代わる填補賠償を請求されるおそれがある。
(Mが当初から訴訟に関与していなければ、収去・明渡義務を負わないから、そういうおそれはない。)
従って、本問において、判例の上記部分を引用して不都合なしとするのは、不適切だろう。

また、そもそも、Mは自分に関係ないから早く訴訟を離脱したいはずである。
本問の事実関係を読めば、ほとんどの人がこのことを読み取れただろう。
だとすれば、中間確認請求の放棄を無効とすることにも、問題がある。

上記の問題をすっきり解決するには、一番はMが持分を放棄することである。
これによって、Lの単独所有となる(民法255条)。
そうなれば、Mは当事者適格を失うから、訴訟から離脱できる。
ただ、一応民訴の問題なので、訴訟法上の手段を提示した方がよいかもしれない。
また、問題の設定からも、今の段階で裁判所が持分放棄を勧めるのはどうか、という感じもする。
そこで考えられるのは、選定当事者である。
MがLを選定して脱退(30条2項)すれば、概ねMの意図に沿った解決となる。
(Lが敗訴した場合に共同して収去・明渡義務を負うことにはなるが。)
従って、裁判所としては釈明の上、選定・脱退を促すということになるだろう。

【参考答案】

第1.設問1

1.権利自白を事実の自白と同様の根拠で基礎付ける場合、被告の権利自白の撤回を許さないと考えることはできない。理由は次のとおりである。

(1)事実の自白が成立すると、対象事実は証明不要となる(179条)。のみならず、裁判所は異なる事実を認定できない(裁判所拘束力)。訴訟資料の収集提出は当事者の権能と責任とされるからである(弁論主義)。制限撤回効は、上記効果に対する相手方の信頼保護のため、信義則上認められる効力である。従って、相手方の信頼保護を考慮しても撤回を認めるのが妥当な場合、例えば、自白が真実に反し、かつ錯誤に基づく場合には、撤回が許される。

(2)仮に本問でこれをみると、第2回口頭弁論におけるQの陳述は、Pの主張Eと併せるとCの現在の所有権を基礎付けるから、Pの主張Bとの関係で反真実の主張となる(一物一権主義)。また、Cの自白がAの言を鵜呑みにしたことによるとする点は、錯誤をいうものである。従って、上記の立証がされれば、前記場合に当たり、撤回できることになる。

(3)そうである以上、権利自白を事実の自白と同様の根拠で基礎付けたとしても、結局、制限撤回効の例外要件を充たすことになる。よって、撤回を許さないと考える以上は、このような理論構成を採ることはできない。

(4)なお、自白者に重過失ある場合、錯誤の主張は許されないとか、撤回により新たな証拠調べが必要となって訴訟の完結を遅延させるから時機に後れた防御方法(157条1項)となると考える余地もあるが、第1回口頭弁論時点では本人訴訟であり、その後第2回口頭弁論前にQが選任されたという本問の事実関係からすればCに重過失を認めがたく、やはり撤回を阻止できない。

2.そもそも、権利は観念的概念であり、法適用の結果としてのみ認識される。法の解釈適用は裁判所の専権に属する以上、権利自白を弁論主義により根拠付けることに無理がある。むしろ、訴訟においていかなる権利・法律関係につき争うかの問題である。従って、審判対象の設定に準ずるものとして、処分権主義によって基礎付けるべきである。
 すなわち、権利自白は、中間確認の訴え(145条)における請求の放棄・認諾類似のものと考える。請求の放棄・認諾は調書記載により確定判決と同一の効力を生じる(267条)。もっとも、権利自白の場合、訴訟を終了させる場面ではないから、特別の調書記載を要しない反面、その効力は当該訴訟手続内における通用力を有するにとどまる。このように考えれば、権利自白における制限撤回効は、既判力類似の効力に基づくものとなる。このことから、再審事由(338条1項各号)に該当しない限り権利自白の撤回は許されないとの結論を導きうる。

3.本問では、再審事由に該当する事実は見当たらないから、被告側の権利自白の撤回は、許されないことになる。

4.以上のとおり、権利自白を処分権主義に基づくものと構成することにより、被告側の権利自白の撤回は許されないとすることを一応理論的に基礎付けることができる。もっとも、錯誤による裁判上の和解に既判力を認めない判例の立場からすれば、上記構成においてもなお、錯誤による撤回が認められる余地のあることを否定できない。

第2.設問2

1(1)Fが当事者として訴訟1に参加する場合、Cに対する請求は、Bのものと同じである。問題は、Bに対する独立の請求があるかである。

(2)訴訟1でB及びFが当事者たりうるのは、代位権に基づく(法定訴訟担当)。
 代位権の行使につき債務者への通知がされ、又は債務者がこれを知った場合には、債務者は管理処分権を失い、自ら権利行使できなくなる(判例)。上記場合には、他の債権者による代位行使も許されない。なぜなら、既に債務者が行使できない以上、債務者に代わって行使することもできないからである。
 他方で、代位債権者の代位権が否定されれば、債務者は管理処分権を失わないから、債務者が被保全債権の不存在を主張して代位訴訟に当事者参加することは許される(判例)。同様に、他の債権者が債務者に代わって被保全債権の不存在を主張するときは、自らの代位権に基づいて当事者参加をする余地がある。

(3)そうすると、既にBが代位訴訟を提起した本問では、Fは、Bの代位権を否定しない限り自ら当事者となることができない。従って、FはBとの関係でPの主張@に係る貸金債権の不存在確認の請求をなす必要がある。

(4)以上から、Fは、Bに対する独立の請求を要するから、共同訴訟参加をすることはできない。

(5)なお、代位権の競合を肯定する見解に立てば、BとFは共に代位債権者として共同原告の地位にあり、B・Fの訴訟結果が区々となればAに対する既判力(115条1項2号)に抵触が生じるため合一確定を要するとして、共同訴訟参加を認める余地がある。しかし、上記見解では金銭請求等代位債権者への直接引渡しを求める場合を説明できない。上記場合には共同原告の請求内容(引渡しの相手方)が異なるからである。また、これを独立当事者参加(権利主張参加)と解するとしても、競合する代位請求はいずれも認容されうる関係にあるから、後記2(1)の非両立関係にない。そうである以上、代位権の競合を肯定する見解は採用できない。

2.そこで、本問における独立当事者参加(権利主張参加)の可否につき、さらに検討する。

(1)独立当事者参加訴訟は合一確定が要求される場合である(47条4項、40条1項)。合一確定とは既判力の抵触回避を指す。そして、既判力は訴訟物自体のみならずその先決関係との間でも作用する。従って、参加人の権利主張は、訴訟物又はその先決関係に対し実体上非両立の関係にあることを要する。
 本問では、前記1(3)のとおり、Fの不存在確認請求は、Bの代位権の存在と相容れない。従って、訴訟1の訴訟物の先決関係において非両立の関係にある。

(2)また、FのCに対する請求は、Bのものと同一であるが、合一確定により既判力抵触のおそれはないから、二重起訴(142条)の問題は生じない。

(3)しかし、FのBに対する不存在確認請求は、第三者であるAの債務に係るものであることから、紛争解決の必要性・適切性を慎重に検討すべきところ、訴訟1は代位権者が自らに目的物の直接引渡しを求める類型の代位訴訟ではないから、F自身が当事者として訴訟追行をする必要性に乏しいこと、仮にBがPの主張@又はDの事実の立証に失敗して訴えが却下される場合、前提となる代位権が否定されることからAに既判力(115条1項2号)は生じず、後訴としてFが代位訴訟を提起することは妨げられないこと、本案におけるBの不十分な訴訟追行を補充又は是正する方途としては、補助参加や詐害防止参加が可能であることを考慮すると、Fの上記不存在確認請求は紛争解決に必要かつ適切なものとはいえず、独自の訴えの利益を認めることができない。

(4)以上から、FのBに対する独立の請求に訴えの利益が認められないから、独立当事者参加(権利主張参加)をすることはできない。

3.よって、Fは、独立当事者参加(権利主張参加)及び共同訴訟参加のいずれもすることができない。

第3.設問3

1.判例は、建物の共同相続人に対する建物収去土地明渡訴訟は通常共同訴訟であるとする一方で、共有権確認訴訟は固有必要的共同訴訟であるとする。これを本問にそのまま当てはめると、本訴請求の認諾はMとの関係でのみ効力を有し(39条)、中間確認請求の放棄は無効となる(40条1項)。

2(1)一般論として、上記判例の結論は妥当である。当事者適格は訴訟物たる権利義務の帰属主体とされる者にある。固有必要的共同訴訟とは、共同でなければ帰属主体たりえない、すなわち、訴訟物たる権利の管理処分又は義務の負担につき共同でなければなし得ない場合である。

(2)これを建物の共同相続人に対する建物収去土地明渡訴訟についてみると、収去義務及び明渡義務の負担自体は、共同相続人の一部の者においてもなし得る。なぜなら、自己の相続分を越える部分については他人物と同様に考えうるところ、他人物に係る義務負担もそれ自体としては有効だからである(民法560条参照)。従って、通常共同訴訟となる。

(3)他方、単なる義務負担と異なり、物権の帰属自体を変更することは処分権なくしてできない。そして、共有者の一部の者が、他の共有者の同意なく共有権の帰属自体を変更することはできない(民法251条)。そうである以上、共有権確認訴訟は、固有必要的共同訴訟となる。

3.もっとも、本問におけるMの各陳述は、Mが丙建物に居住せず、生前のKと対立し、Lともほとんど没交渉であったことから、訴訟2の結果はM自身の利害に無関係であり、訴訟から離脱したいとの意思によると思われる。そうだとすると、前記1の結論は、以下のとおり、Mにとって意外なものとなる。

(1)本訴請求の認諾は、Mにのみ効力を有するから、訴訟2でLが勝訴した場合であっても、Mは丙建物収去乙土地明渡の義務を負うことになる。しかし、勝訴したLは上記義務を負わず、収去にも明渡しにも同意しないと考えられるから、Nはこれを執行できない。Mとしても、Lから持分を買い受ける等しない限り上記義務を履行できない。そのため、Mは、Nから執行に代わる填補賠償を請求されるおそれがある。

(2)中間確認請求の放棄は無効であるから、Mは当該請求との関係では依然として訴訟2の当事者の地位に留まることになる。

4.本問において、Mの意思に合致すると思われるのは、Lを選定当事者として自らは脱退(30条2項)する方法である。この場合、NL間の訴訟の判決効がMにも及ぶ(115条1項2号)ところ、Lが勝訴したときは何らMの負担は発生しないし、Lが敗訴したときはLも丙建物収去及び乙土地明渡の義務を負うことから、執行不能となることは考えにくいからである。

5.以上から、裁判所としては、Mに前記3の結果となることを告げて、前記4の方法が真意に沿うか否か釈明を求めるべきである。その上で、Mにおいて、前記3の結果を了とするならば、そのようにMの陳述を扱うべきである。他方、前記4の方法が真意に沿うとするならば、Mの各陳述をLを被選定者とする選定行為として扱い、授権に係る書面(規則15条)の提出を促すべきである。

以上

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