平成23年新司法試験論文式
刑事系第1問の感想と参考答案

論点の抽出・選別がポイント

あてはめ重視の多論点問題である(問題は、こちら。)。
殺意の認定、正当防衛要件(防衛の意思、侵害の継続性、自招侵害)、現場における意思の連絡、防衛行為の1個性(追撃が量的過剰となるか)、正当防衛と共犯の過剰あたりが主要な論点である。
各論ではよく出題される形式であるが、総論ではやや珍しい。
総論の場合は、一つの論点の結論が他の論点に影響しやすい。
出題する側も、多様な筋を事前に想定しなければならない。
そのため、多論点問題よりは、比較的単純な事例を素材に論理を問う問題の方が出しやすい。
その点では、本問は総論の多論点型として、うまく作られている。
各論点の結論によって、大きく筋が変わるという部分は少ない。
乙丙の正当防衛と共犯関係のところで、多少影響する程度である。
その割には、事案は複雑で、論点抽出が容易でない。
重要な論点を、どの程度抽出できたか。
まずは、そこで差が付く問題である。

また、本問では論点にしようと思えばできるものが、いくつかある。
乙の正当防衛のところで、「お前、俺を誰だと思っているんだ」等の乙の挑発があるとして自招侵害を検討する。
丙が甲の胸を押す行為を暴行としつつ、正当防衛を検討する。
(胸付近を強く押す行為は、当然暴行罪を構成しうる(最判平21・7・16参照)。)
車内に乙がナイフを突っ込んだ行為について、傷害や殺人未遂になるとしつつ、量的過剰との関係を検討する。
しかし、これらを書く実益は小さい。
正当防衛や自招侵害、量的過剰との関係は、他に本格的に論述する機会がある。
そこで、きちんと論述するのだから、同じことを何度も書く必要はない。
こういうところは、思い切って省略すべきである。
そうでないと、重要な論点を書く紙幅、時間を確保できなくなる。
本問は、詳細な事実が挙がっている。
丁寧な当てはめが要求されていることは、明らかである。
論証をコンパクト化しても、当てはめは、なかなかそうもいかない。
だとすれば、書くべき論点自体をうまく絞らないと、収まらない。
重複する論証、当てはめは、避けなければならない。
その辺りの論点の選別も、差が付くポイントである。

甲の罪責について

まず、問題文1の部分では、乙と丙に対する傷害。
これは、行為と結果を特定して簡単に認定すればよい。
丙に対する傷害については、丙が胸付近を押したことに対する正当防衛が問題にならなくはない。
そこで、丙が甲の胸付近を押した行為が正当防衛になるか。
そうであれば、「不正」の侵害がないから、甲に正当防衛は成立しない。
そうでなくても、甲にその他の要件が備わっているとは、いいにくい。
丙の側から攻撃をしかけようという状況にないからである。
結論的には、正当防衛は否定となるだろう。
また、喧嘩と正当防衛の論点を書くことも考えられる。
しかし、これらを書こうとすると、それなりに紙幅を使う。
その割りには、何かどうでもいい議論という感じだ。
そう感じさせるのは、一見して正当防衛になりそうにない状況だからである。
それを理論的に説明することも、一応の意味はある。
しかし、本問では他に重要な論点がたくさんある。
ここは、敢えて無視する方が適切だろう。

問題文2の部分では、甲は逃げているだけである。
犯罪になりそうな行為はない。

問題文3の部分が、甲の罪責としてはメインである。
すなわち、乙を意識不明にさせた行為に係る罪の検討である。
傷害と殺人未遂が候補となる。
重い殺人未遂から検討するというのが、書きやすいだろう。
先に殺意の有無を検討して、どちらか区別する、という方法もある。
すなわち、「傷害と殺人未遂が考えられるが、両者の違いは殺意の有無である」と問題提起して書いていく方法である。
ただ、その書き方だと、実行行為性の認定で記述が重複しやすい。
殺意の認定のところで、行為の危険性の認識を検討せざるを得ないからだ。
故意を先取りで検討することになるので、やや書きにくい。
重複を避ける工夫が必要だろう。

また、どの行為が実行行為であるか。
それを特定する必要がある。
実行行為の候補としては、下記の下線部の3つがある。

(問題文より引用、下線及び@ABの番号は筆者)

 甲は,信号が変わり前方の車が無くなったことから,しつこく車についてくる乙を何とかして振り切ろうと思い,@アクセルを踏んで車の速度を上げた。乙は,車の速度が上がるにつれて全速力で走り出したが,次第に走っても車に追い付かないようになったため,運転席側ドアの窓ガラスの上端部分と同ドアのドアミラーの部分を両手でつかみ,運転席側ドアの下にあるステップに両足を乗せて車に飛び乗った。その際,乙は,右手で持っていたナイフを車内の運転席シートとドアの間に落としてしまった。なお,甲の車は,四輪駆動の車高が高いタイプのものであった。
 甲は,乙がそのような状態にあり,ナイフを車内に落としたことに気付いたものの,乙から逃れるため,「乙が路面に頭などを強く打ち付けられてしまうだろうが,乙を振り落としてしまおう。」と思い,Aアクセルを更に踏み込んで加速するとともに,ハンドルを左右に急激に切って車を左右に蛇行させ始めた
 乙は,それでも,開いていた運転席側ドア窓ガラスの上端部分を左手でつかみ,右手の拳で窓ガラスをたたきながら,「てめえ,降りてこい。車を止めろ。」などと言っていた。しかし,甲が最初に車を発進させた場所から約250メートル車が進行した地点(甲が車を加速させるとともに蛇行運転を開始した地点から約200メートル進行した地点)で,B甲が何回目かにハンドルを急激に左に切って左方向に車を進行させた際,乙は,手で自分の体を支えることができなくなり,車から落下して路上に転倒し,頭部を路面に強打した。その際の車の速度は,時速約50キロメートルに達していた。甲は,乙を車から振り落とした後,そのまま逃走した。

(引用終わり)

@は、特に危険な行為ではない。
従って、実行行為にはならない。
Bは、乙の転落の直接の原因となる行為である。
しかし、これだけを取り出して実行行為とするのは、不自然だろう。
何回目に落ちるかは、偶然だからである。
転落しなかった部分についても、危険性は同じだから、まとめて評価する。
すなわち、AからBまでの一連の行為を実行行為とみるのが自然である。
この一連の加速&蛇行運転が殺人の実行行為たりうること。
すなわち、乙の死の危険性があることを示す。
そうすると、Aの開始時点の甲の主観。
すなわち、「乙が路面に頭などを強く打ち付けられてしまうだろうが,乙を振り落としてしまおう。」という部分。
これを、故意の認定にそのまま使えばよさそうだ、ということがわかる。
実行行為性、故意の認定に当たっては、具体的な事実を挙げて書きたい。
ただ、あまりに丁寧に書きすぎると、紙幅・時間が足りなくなる。
挙げるべき事実はきちんと挙げるが、個々の記述は短く簡潔にまとめる。
評価についても、一言で済むよう短い言葉を考えて書きたい。

次に検討すべきは、正当防衛の成否である。
AからBまでが実行行為とすると、その直前で、乙はナイフを落としている。
この状態でもなお、侵害が継続しているといえるか。
ここで想起されるのは、最判平9・6・16である。

(最判平9・6・16より引用、下線は筆者)

 被告人は、肩書住居の文化住宅A二階の一室に居住していたものであり、同荘二階の別室に居住するB(当時五六歳)と日ごろから折り合いが悪かったところ、平成八年五月三〇日午後二時一三分ころ、同荘二階の北側奥にある共同便所で小用を足していた際、突然背後から末広に長さ約八一センチメートル、重さ約二キログラムの鉄パイプ(以下「鉄パイプ」という)で頭部を一回殴打された。続けて鉄パイプを振りかぶったBに対し、被告人は、それを取り上げようとしてつかみ掛かり、同人ともみ合いになったまま、同荘二階の通路に移動し、その間二回にわたり大声で助けを求めたが、だれも現れなかった。その直後に、被告人は、Bから鉄パィプを取り上げたが、同人が両手を前に出して向かってきたため、その頭部を鉄パイプで一回殴打した。そして、再度もみ合いになって、Bが、被告人から鉄パイプを取り戻し、それを振り上げて被告人を殴打しようとしたため、被告人は、同通路の南側にある一階に通じる階段の方へ向かって逃げ出した。被告人は、階段上の踊り場まで至った際、背後で風を切る気配がしたので振り返ったところ、Bは、通路南端に設置されていた転落防止用の手すりの外側に勢い余って上半身を前のめりに乗り出した姿勢になっていた。しかし、Bがなおも鉄パイプを手に握っているのを見て、被告人は、同人に近づいてその左足を持ち上げ、同人を手すりの外側に追い落とし、その結果、同人は、一階のひさしに当たった後、手すり上端から約四メートル下のコンクリート道路上に転落した。Bは、被告人の右一連の暴行により、入院加療約三箇月間を要する前頭、頭頂部打撲挫創、第二及び第四腰椎圧迫骨折等の傷害を負った。

 原判決及びその是認する第一審判決は、被告人がBに対しその片足を持ち上げて地上に転落させる行為に及んだ当時、同人が手すりの外側に上半身を乗り出した状態になり、容易には元に戻りにくい姿勢となっていたのであって、被告人は自由にその場から逃げ出すことができる状況にあったというべきであるから、その時点でBの急迫不正の侵害は終了するとともに、被告人の防衛の意思も消失したとして、被告人の行為が正当防衛にも過剰防衛にも当たらないとの判断を示している。
 しかしながら、・・Bは、被告人に対し執ような攻撃に及び、その挙げ句に勢い余って手すりの外側に上半身を乗り出してしまったものであり、しかも、その姿勢でなおも鉄パイプを握り続けていたことに照らすと、同人の被告人に対する加害の意欲は、おう盛かつ強固であり、被告人がその片足を持ち上げて同人を地上に転落させる行為に及んだ当時も存続していたと認めるのが相当である。また、Bは、右の姿勢のため、直ちに手すりの内側に上半身を戻すことは困難であつたものの、被告人の右行為がなければ、間もなく態勢を立て直した上、被告人に追い付き、再度の攻撃に及ぶことが可能であったものと認められる。そうすると、Bの被告人に対する急迫不正の侵害は、被告人が右行為に及んだ当時もなお継続していたといわなければならない。さらに、それまでの一連の経緯に照らすと、被告人の右行為が防衛の意思をもってされたことも明らかというべきである。したがって、被告人が右行為に及んだ当時、Bの急迫不正の侵害は終了し、被告人の防衛の意思も消失していたとする原判決及びその是認する第一審判決の判断は、是認することができない。
 以上によれば、被告人がBに対しその片足を持ち上げて地上に転落させる行為に及んだ当時、同人の急迫不正の侵害及び被告人の防衛の意思はいずれも存していたと認めるのが相当である。また、被告人がもみ合いの最中にBの頭部を鉄パイプで一回殴打した行為についても、急迫不正の侵害及び防衛の意思の存在が認められることは明らかである。しかしながら、Bの被告人に対する不正の侵害は、鉄パイプでその頭部を一回殴打した上、引き続きそれで殴り掛かろうとしたというものであり、同人が手すりに上半身を乗り出した時点では、その攻撃力はかなり減弱していたといわなければならず、他方、被告人の同人に対する暴行のうち、その片足を持ち上げて約四メートル下のコンクリート道路上に転落させた行為は、一歩間違えば同人の死亡の結果すら発生しかねない危険なものであったことに照らすと、鉄パイプで同人の頭部を一回殴打した行為を含む被告人の一連の暴行は、全体として防衛のためにやむを得ない程度を超えたものであったといわざるを得ない。
 そうすると、被告人の暴行は、Bによる急迫不正の侵害に対し自己の生命、身体を防衛するためその防衛の程度を超えてされた過剰防衛に当たるというべきである。

(引用終わり)

上記判例の事案と異なるのは、甲がその場から逃走できない点である。
まず、安全に停車するのが難しい。
また、停車すれば乙が窓ガラスを割ったり、こじ開けたりして侵入してくるかもしれない。
一方で、振り落とすことの危険性は大きい。
この辺りを、いかに考えるか。

また、自招侵害との関係もある。
自招侵害については、学説は明快な要件を提示できていない。
一方、判例としては、近時最決平20・5・20がある。

(最決平20・5・20より引用、下線は筆者)

 本件の被害者であるA(当時51歳)は,本件当日午後7時30分ころ,自転車にまたがったまま,歩道上に設置されたごみ集積所にごみを捨てていたところ,帰宅途中に徒歩で通り掛かった被告人(当時41歳)が,その姿を不審と感じて声を掛けるなどしたことから,両名は言い争いとなった。
 被告人は,いきなりAの左ほおを手けんで1回殴打し,直後に走って立ち去った。
 Aは,「待て。」などと言いながら,自転車で被告人を追い掛け,上記殴打現場から約26.5m先を左折して約60m進んだ歩道上で被告人に追い付き,自転車に乗ったまま,水平に伸ばした右腕で,後方から被告人の背中の上部又は首付近を強く殴打した。
 被告人は,上記Aの攻撃によって前方に倒れたが,起き上がり,護身用に携帯していた特殊警棒を衣服から取り出し,Aに対し,その顔面や防御しようとした左手を数回殴打する暴行を加え,よって,同人に加療約3週間を要する顔面挫創,左手小指中節骨骨折の傷害を負わせた。

 ・・被告人は,Aから攻撃されるに先立ち,Aに対して暴行を加えているのであって,Aの攻撃は,被告人の暴行に触発された,その直後における近接した場所での一連,一体の事態ということができ,被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものといえるから,Aの攻撃が被告人の前記暴行の程度を大きく超えるものでないなどの本件の事実関係の下においては,被告人の本件傷害行為は,被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえないというべきである。そうすると,正当防衛の成立を否定した原判断は,結論において正当である。

(引用終わり)

上記は当サイト作成の、司法試験平成20年最新判例ノート司法試験平成20年最新判例肢別問題集に収録している。
短答用に知っていた人は、それなりにいただろう。
上記判例は、以下の3要件があれば正当防衛を否定するようにも読める。

@暴行(不正の行為)から侵害が触発されたこと
A直後における近接した場所での一連、一体の事態であること
B侵害が暴行(不正の行為)の程度を大きく超えるものでないこと

ただ、上記3つを充たせば常に正当防衛が否定されるのか。
逆に、上記を充たさない場合は常に正当防衛が否定されないのか。
その辺りは、はっきりしない。
上記は、考慮要素の一例という程度に考えておくべきではないかと思う。
要は、全体的にみて正当防衛を否定すべき実質的違法があるかである。
答案では、違法阻却の根拠についての自説から書くべきである。
判例は理由付けを明示していないから、上記判例をベースにする場合も同様である。
上記判例をそのまま当てはめれば、本問でも正当防衛は否定になりそうである。
ただ、乙の反撃が常軌を逸している。
通常は、車が発進すれば、あきらめるものである。
車に飛び乗って途中で手を滑らせれば、自分が死にかねないからだ。
甲が蛇行運転しなくても、危険であることに変わりはない。
それにも構わず飛び乗った乙の行為は、暴挙である。
(この点をさらに推し進めると、乙の傷害結果は車に飛び乗るという自傷行為の危険が現実化したに過ぎず、甲の加速・蛇行運転は行為後の事情に過ぎないのではないかという問題意識も出てくるが、誰も書かないであろうし、考査委員も想定していないと考えられるから、書いてもほとんど加点されないだろう。思いついても書くべきではない。)
この点が、上記判例の事案と異なる。
上記事情は、Bで取り込むという方法もありそうにはみえる。
しかし、「侵害の程度」の中に、上記事情を取り込むのは難しそうだ。
普通に考えると、乙が車にしがみついて窓を叩く行為は、顔面への膝蹴りよりも強度とはいえない。
乙にとって危険だから侵害の程度が著しい、という当てはめは、無理だろう。
(なお、Aとの関係で60m(判例)と300m超(本問)という距離の違いもあるが、これは量的な差に過ぎない。)
これを無視して、機械的に上記判例を当てはめて評価されるか。
これは、微妙なところである。
近時は、最新判例を挙げられると、それだけで好評価になるという傾向もある。
おそらくは、機械的に当てはめても、好評価になるだろう。
では、判例ではなく、学説の立場から、上記事情を拾って当てはめた場合と比較してどちらがよいか。
これは、再現答案等を見てみないと、何ともいえない。
ただ、故意の自招に限り正当防衛を否定する説に立ち、機械的に当てはめるのは、評価を落としそうだ。
当てはめの事情が、限定されすぎるからである。
また、原因において違法な行為の理論で処理する説は、具体的にどう当てはめるのか。
甲が乙に暴行を加える時点で、どの程度の認識を要するか。
乙の傷害結果との因果関係を、どのように認定すればよいか。
相当書きにくそうである。
この辺りは、学説選択での有利不利が出る場面といえる。
論文用の自説としては、手広く当てはめの事情を拾える説を用意しておきたい。

乙丙の罪責について

メインは共同正犯の成否と正当防衛、量的過剰の関係である。
これら以外の論点は、落としても問題ないだろう。

共同正犯については、甲に対する暴行の共同がある。
従って、問題となるのは、共謀共同正犯ではなく、実行共同正犯である。
主に検討すべきは、本問の乙丙間に意思の連絡があるか。
すなわち、実務の用語で言えば、現場共謀の認定。
講学上の用語によれば、犯行現場での共同実行の意思の形成の肯否、ということになる。
(実務でいう「共謀」とは、共謀共同正犯における共謀に限らず、広く意思の連絡一般を指す。
講学上の「共謀」に近いイメージで使われるのは、「謀議」という用語である。)

意思の連絡は、事前のものである必要はなく、黙示のものでよい。
この点は、本問では論証するまでもなく、当然の前提としてよいだろう。
その上での、具体的な当てはめが問われている。

最判昭23・12・14より引用、下線は筆者)

 共同正犯たるには、行為者双方の間に意思の連絡のあることは必要であるが、行為者間において事前に打合せ等のあることは必ずしも必要ではなく、共同行為の認識があり、互に一方の行為を利用し全員協力して犯罪事実を実現せしむれば足るのである。

(引用終わり)

 

最判昭23・11・30より引用)

 明示の意思の表示が無くても暗黙にでも意思の連絡があれば共謀があつたといい得る。

(引用終わり)

まず、丙の「助けてくれ」に応じて乙が甲を蹴ったことが、意思の連絡になるとする考え方があり得る。
そう考えると、乙の蹴りによる傷害結果も、丙に帰責されることになる。
乙が蹴った時には、既に共同正犯関係が形成されているからである。
他方、丙が甲を殴った時に意思の連絡が生じたとする考え方もあり得る。
意思の連絡=実行行為の相互認識という考えを形式的に当てはめると、そうなるだろう。
丙が殴った時点までは、乙は丙の暴行を認識していないからである。
(乙が蹴った時点で、甲から解放された丙が暴行に加わるとの認識をうかがわせる直接の事実はない。)
その場合には、乙の蹴りの時点では未だ共同正犯関係は形成されていない。
従って、乙に丙の頭部殴打の結果は帰責されるが、丙に乙の蹴りの結果は帰責されない。
そういう考え方も、ないわけではない。
ただ、これは何かおかしな結論という感じはする。
乙は丙の暴行を期待して蹴ったわけでないのに帰責され、丙は乙の蹴りを利用して(乙が蹴ったから甲は手を離した)加功したのに帰責されないからである。
この点を考慮すると、逆の結論を採ることも考えられる。
すなわち、乙は暴行時に丙の暴行を認識していないから、丙の行為は帰責されない。
他方で、丙は乙の暴行を認識しつつこれに加功したから、乙の行為も帰責される。
ただ、このような構成を採るためには、片面的共同正犯を肯定する必要があるだろう。
丙についてのみ、共同正犯関係を肯定することになるからである。
それから、意思の連絡を否定する、という考えも当然あり得る。
すなわち、「助けてくれ」というのが「一緒に暴行しよう」の意味には通常ならない。
それ以外に、乙と丙の意思連絡をうかがわせる事実がない。
そうである以上、意思の連絡を認め得ないとするのである。
本問で、この論点だけ単独でみれば、否定するのが素直に感じられる。
ただ、共同正犯を否定すると、後の量的過剰との関係の論点が出てこない。
そのことを考えると、ちょっと否定の見解では書きにくいかな、という印象である。

なお、現場では、共同正犯を検討する必要はないのではないか。
そう思った人もいたかもしれない。
乙と丙の暴行によって生じた傷害は、頭部打撲及び腰背部打撲等となっている。
乙は腰背部を蹴り、丙は頭部を殴っている。
だとすれば、頭部打撲は丙によるもので、腰背部打撲は乙によるものだろう。
この時点で、乙丙に単独犯としての傷害罪が成立する。
共同正犯を持ち出す必要は、ないのではないか。
もっとも、罪名は同じでも帰責される結果の範囲が異なれば、量刑に影響する。
乙が、頭部打撲についても責任を負うか。
丙が、腰背部打撲についても責任を負うか。
これは一応、問題になるだろう。
しかし、そうだとしても同時傷害特例(207条)がある。
従って、乙は頭部打撲にも責任を負い、丙は腰背部打撲についても責任を負う。
この点も、結論ははっきりしている。
やはり、共同正犯を検討しなくてもよいのではないか。
そう思うことにも、一理あるとはいえる。
しかし、207条は共同正犯が成立しない場合に適用される。
上記の帰責が同時傷害特例によるのか、共同正犯によるのか。
その法律構成を確定させる意味で、検討する意味がある。
より重要なことは、後の乙の追撃(ナイフでの切付け)との関係である。
共同正犯を肯定する場合、丙が追撃行為の責任を負うかという論点が別途生じる。
その意味でも、共同正犯の検討は、必須といえる。
ここを落とすと、評価を落とすだろう。

共同正犯を肯定しても、否定しても、次に正当防衛を検討することになる。
共同正犯を肯定する場合、共同行為との関係で一体的に検討すべきか。
それとも、乙について、丙について、それぞれ個別に検討すべきか。
これは、一応問題となり得る。
しかし、この点は本問では、結論に影響しない。
敢えて論じる必要はないだろう。
もっとも、答案上は、乙と丙の論述の重複を避けるため、まとめて書いた方がよい。
また、甲の乙丙に対する暴行は、乙が「お前、俺を誰だと思ってんだ。」などと言ってすごんだからではないか。
これが挑発に当たるとして、自招侵害を問題にすべきか。
冒頭でも触れたとおり、これは書くべきでない。
甲の方で、自招侵害は全面展開するからである。
コンパクトに書いてもいいが、どんなに短く書いても3、4行かかってしまう。
これは、案外ロスになる。
そして、問題文上、「甲は乙の発言に逆上して」などの文言がない。
単に、「興奮のあまり」となっているに過ぎない。
他方、甲の正当防衛の場面では、乙は「甲からやられたことで面子を潰されたと思って逆上して」とはっきり書いてある。
すなわち、乙が甲の車に飛び乗ってきたのは、明確に甲の暴行に起因する。
このことから、乙丙の場面で自招侵害を検討する必要がないと判断すべきである。

問題文2の乙の切り付け行為については、問題文1の暴行と1体として過剰防衛になるのか。
また、丙が問題文1の暴行に係る共同正犯関係に基づいて帰責されるのか。
この二つの点が問題となる。
前者については、最決平20・6・25最決平21・2・24がある。

(最決平20・6・25より引用、下線は筆者)

1.原判決の認定及び記録によれば,本件の事実関係は,次のとおりである。

(1) 被告人(当時64歳)は,本件当日,第1審判示「Aプラザ」の屋外喫煙所の外階段下で喫煙し,屋内に戻ろうとしたところ,甲(当時76歳)が,その知人である乙及び丙と一緒におり,甲は,「ちょっと待て。話がある。」と被告人に呼び掛けた。被告人は,以前にも甲から因縁を付けられて暴行を加えられたことがあり,今回も因縁を付けられて殴られるのではないかと考えたものの,同人の呼び掛けに応じて,共に上記屋外喫煙所の外階段西側へ移動した。

(2) 被告人は,同所において,甲からいきなり殴り掛かられ,これをかわしたものの,腰付近を持たれて付近のフェンスまで押し込まれた。甲は,更に被告人を自己の体とフェンスとの間に挟むようにして両手でフェンスをつかみ,被告人をフェンスに押し付けながら,ひざや足で数回けったため,被告人も甲の体を抱えながら足を絡めたり,けり返したりした。そのころ,二人がもみ合っている現場に乙及び丙が近付くなどしたため,被告人は,1対3の関係にならないように,乙らに対し「おれはやくざだ。」などと述べて威嚇した。そして,被告人をフェンスに押さえ付けていた甲を離すようにしながら,その顔面を1回殴打した。

(3) すると,甲は,その場にあったアルミ製灰皿(直径19p,高さ60pの円柱形をしたもの)を持ち上げ,被告人に向けて投げ付けた。被告人は,投げ付けられた同灰皿を避けながら,同灰皿を投げ付けた反動で体勢を崩した甲の顔面を右手で殴打すると,甲は,頭部から落ちるように転倒して,後頭部をタイルの敷き詰められた地面に打ち付け,仰向けに倒れたまま意識を失ったように動かなくなった(以下,ここまでの被告人の甲に対する暴行を「第1暴行」という。)

(4) 被告人は,憤激の余り,意識を失ったように動かなくなって仰向けに倒れている甲に対し,その状況を十分に認識しながら,「おれを甘く見ているな。おれに勝てるつもりでいるのか。」などと言い,その腹部等を足げにしたり,足で踏み付けたりし,さらに,腹部にひざをぶつける(右ひざを曲げて,ひざ頭を落とすという態様であった。)などの暴行を加えた(以下,この段階の被告人の甲に対する暴行を「第2暴行」という。)が,甲は,第2暴行により,肋骨骨折,脾臓挫滅,腸間膜挫滅等の傷害を負った。

(5) 甲は,Aプラザから付近の病院へ救急車で搬送されたものの,6時間余り後に,頭部打撲による頭蓋骨骨折に伴うクモ膜下出血によって死亡したが,この死因となる傷害は第1暴行によって生じたものであった。

2.第1審判決は,被告人は,自己の身体を防衛するため,防衛の意思をもって,防衛の程度を超え,甲に対し第1暴行と第2暴行を加え,同人に頭蓋骨骨折,腸間膜挫滅等の傷害を負わせ,搬送先の病院で同傷害に基づく外傷性クモ膜下出血により同人を死亡させたものであり,過剰防衛による傷害致死罪が成立するとし,被告人に対し懲役3年6月の刑を言い渡した。
 これに対し,被告人が控訴を申し立てたところ,原判決は,被告人の第1暴行については正当防衛が成立するが,第2暴行については,甲の侵害は明らかに終了している上,防衛の意思も認められず,正当防衛ないし過剰防衛が成立する余地はないから,被告人は第2暴行によって生じた傷害の限度で責任を負うべきであるとして,第1審判決を事実誤認及び法令適用の誤りにより破棄し,被告人は,被告人の正当防衛行為により転倒して後頭部を地面に打ち付け,動かなくなった甲に対し,その腹部等を足げにしたり,足で踏み付けたりし,さらに,腹部にひざをぶつけるなどの暴行を加えて,肋骨骨折,脾臓挫滅,腸間膜挫滅等の傷害を負わせたものであり,傷害罪が成立するとし,被告人に対し懲役2年6月の刑を言い渡した。

3.所論は,第1暴行と第2暴行は,分断せず一体のものとして評価すべきであって,前者について正当防衛が成立する以上,全体につき正当防衛を認めて無罪とすべきであるなどと主張する。
 しかしながら,前記1の事実関係の下では,第1暴行により転倒した甲が,被告人に対し更なる侵害行為に出る可能性はなかったのであり,被告人は,そのことを認識した上で,専ら攻撃の意思に基づいて第2暴行に及んでいるのであるから,第2暴行が正当防衛の要件を満たさないことは明らかである。そして,両暴行は,時間的,場所的には連続しているものの,甲による侵害の継続性及び被告人の防衛の意思の有無という点で,明らかに性質を異にし,被告人が前記発言をした上で抵抗不能の状態にある甲に対して相当に激しい態様の第2暴行に及んでいることにもかんがみると,その間には断絶があるというべきであって,急迫不正の侵害に対して反撃を継続するうちに,その反撃が量的に過剰になったものとは認められない。そうすると,両暴行を全体的に考察して,1個の過剰防衛の成立を認めるのは相当でなく,正当防衛に当たる第1暴行については,罪に問うことはできないが,第2暴行については,正当防衛はもとより過剰防衛を論ずる余地もないのであって,これにより甲に負わせた傷害につき,被告人は傷害罪の責任を負うというべきである。以上と同旨の原判断は正当である。

(引用終わり)

 

(最決平21・2・24より引用、下線は筆者)

1.本件は,覚せい剤取締法違反の罪で起訴され,拘置所に勾留されていた被告人が,同拘置所内の居室において,同室の男性(以下「被害者」という。)に対し,折り畳み机を投げ付け,その顔面を手けんで数回殴打するなどの暴行を加えて同人に加療約3週間を要する左中指腱断裂及び左中指挫創の傷害(以下「本件傷害」という。)を負わせたとして,傷害罪で起訴された事案である。

2.原判決は,上記折り畳み机による暴行については,被害者の方から被告人に向けて同机を押し倒してきたため,被告人はその反撃として同机を押し返したもの(以下「第1暴行」という。)であり,これには被害者からの急迫不正の侵害に対する防衛手段としての相当性が認められるが,同机に当たって押し倒され,反撃や抵抗が困難な状態になった被害者に対し,その顔面を手けんで数回殴打したこと(以下「第2暴行」という。)は,防衛手段としての相当性の範囲を逸脱したものであるとした。そして,原判決は,第1暴行と第2暴行は,被害者による急迫不正の侵害に対し,時間的・場所的に接着してなされた一連一体の行為であるから,両暴行を分断して評価すべきではなく,全体として1個の過剰防衛行為として評価すべきであるとし,罪となるべき事実として,「被告人は,被害者が折り畳み机を被告人に向けて押し倒してきたのに対し,自己の身体を防衛するため,防衛の程度を超え,同机を被害者に向けて押し返した上,これにより転倒した同人の顔面を手けんで数回殴打する暴行を加えて,同人に本件傷害を負わせた」旨認定し,過剰防衛による傷害罪の成立を認めた。その上で,原判決は,本件傷害と直接の因果関係を有するのは第1暴行のみであるところ,同暴行を単独で評価すれば,防衛手段として相当といえることを酌むべき事情の一つとして認定し,被告人を懲役4月に処した

3.所論は,本件傷害は,違法性のない第1暴行によって生じたものであるから,第2暴行が防衛手段としての相当性の範囲を逸脱していたとしても,過剰防衛による傷害罪が成立する余地はなく,暴行罪が成立するにすぎないと主張する。
 しかしながら,前記事実関係の下では,被告人が被害者に対して加えた暴行は,急迫不正の侵害に対する一連一体のものであり,同一の防衛の意思に基づく1個の行為と認めることができるから,全体的に考察して1個の過剰防衛としての傷害罪の成立を認めるのが相当であり,所論指摘の点は,有利な情状として考慮すれば足りるというべきである。以上と同旨の原判断は正当である。

これらは、司法試験平成20年最新判例ノート司法試験平成20年最新判例肢別問題集司法試験平成21年最新判例ノート司法試験平成21年最新判例肢別問題集に収録されている。
司法試験平成21年最新判例ノートでは、共犯関係との絡みで問われる可能性を指摘した。

司法試験平成21年最新判例ノートより引用)

【学習上の留意点】

 第1暴行と第2暴行を1個の行為とみるか、別個の行為とみるか、それによって成立する犯罪が変わる。その点の論理を理解することが重要である。短答対策としては、事案と判例の見解を押えておく。論文対策としては、共犯を絡めながら論理を問われても対応できるようにしておきたい。

(引用終わり)

その共犯との関係では、最判平6・12・6がある。
この判例は、下記の部分が有名である。

(最判平6・12・6より引用、下線は筆者)

 相手方の侵害に対し、複数人が共同して防衛行為としての暴行に及び、相手方からの侵害が終了した後に、なおも一部の者が暴行を続けた場合において、後の暴行を加えていない者について正当防衛の成否を検討するに当たっては、侵害現在時と侵害終了後とに分けて考察するのが相当であり、侵害現在時における暴行が正当防衛と認められる場合には、侵害終了後の暴行については、侵害現在時における防衛行為としての暴行の共同意思から離脱したかどうかではなく、新たに共謀が成立したかどうかを検討すべき ・・(後略)

上記からすると、本問も上記判例を引用して新たな共謀を検討することになりそうだ。
ただ、この判例を読むには注意を要する。

(最判平6・12・6より引用、下線は筆者)

 被告人に共謀による傷害罪の成立を認め、これが過剰防衛に当たるとした第一審判決を維持した原判決の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 (中略)

 ・・相手方の侵害に対し、複数人が共同して防衛行為としての暴行に及び、相手方からの侵害が終了した後に、なおも一部の者が暴行を続けた場合において、後の暴行を加えていない者について正当防衛の成否を検討するに当たっては、侵害現在時と侵害終了後とに分けて考察するのが相当であり、侵害現在時における暴行が正当防衛と認められる場合には、侵害終了後の暴行については、侵害現在時における防衛行為としての暴行の共同意思から離脱したかどうかではなく、新たに共謀が成立したかどうかを検討すべきであって、共謀の成立が認められるときに初めて、侵害現在時及び侵害終了後の一連の行為を全体として考察し、防衛行為としての相当性を検討すべきである。

 (中略)

 ・・以上に検討したところによれば、被告人に関しては、反撃行為については正当防衛が成立し、追撃行為については新たに暴行の共謀が成立したとは認められないのであるから、反撃行為と追行為とを一連一体のものとして総合評価する余地はなく被告人に関して、これらを一連一体のものと認めて、共謀による傷害罪の成立を認め、これが過剰防衛に当たるとした第一審判決を維持した原判決には判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

(引用終わり)

上記判例は、一部の者の追撃が一連一体の行為として過剰防衛になる場合の事案である。
(被告人との関係でのみ一連一体性を否定しているところに、この判例の特徴がある。)
すなわち、追撃者については、最決平21・2・24の方の事案のような当てはめとなった場合である。
では、追撃者についても、追撃が別個の行為となる場合は、どうか。
その場合は、そもそも別個の行為なのだから、離脱の問題とならないのは当然である。
(当初の現場共謀に、甲逃走後に別個の攻撃をすることも含むというのは、無理があるだろう。)
やはり、新たな共謀の成否を問題にするということになる。
従って、前者の論点で、乙の追撃が防衛行為とは別個のものと認定したならば、上記判例を引用すべきでない。
他方、乙の追撃が一連の行為で、全体が1個の過剰防衛行為とみる場合。
その場合は、上記判例を引用してよい。
しかし、それならば、なぜ1個の実行行為であるのに、侵害現在時と終了後を分けるのか。
それを、論理的に説明する必要があるだろう。
一つの説明の仕方としては、侵害現在時の共謀は違法ではないから、それ自体は共犯関係を基礎付けない。
だから、侵害終了後の共謀を要するのだ。
ただ、行為としては1個だから、共同正犯者も全体として1個の過剰防衛となるのだ。
そういう感じになるのではないか。
ここは、かなり難しい部分である。
もっとも、本問の乙の追撃には、侵害の継続も防衛の意思の継続もない。
従って、1個の過剰防衛と考えた人は、少ないだろう。
別個の行為と考えて、あっさり丙の責任も否定すればよいと思われる。

【参考答案】

第1.甲の罪責

1.乙の腹部を右手拳で1回殴打し、さらに顔面を3回右膝で蹴る暴行により、乙は前歯を2本折るとともに口中から出血し、加療約1か月間を要する上顎左側中切歯・側切歯歯牙破折及び顔面打撲等の傷害を負ったから、上記行為につき傷害罪(204条)が成立する。

2.丙の腹部や大腿部を右足で2回蹴り、丙の頭部を締め上げる暴行により、丙は加療約1週間を要する腹部打撲等の傷害を負ったから、上記行為につき傷害罪が成立する。

3.車を加速させると共に左右に蛇行させる運転(以下「本件運転行為」という。)により乙を車から振り落とし、頭部を路面に強打させたが死亡させるに至らなかった点につき、殺人未遂罪(199条、203条)の成否を検討する。

(1)ア.実行行為性

 甲の車は車高が高く、地面は固いアスファルトで、落下当時、時速約50キロであったから、落下自体の衝撃だけで致命的である。加えて、現場は一般に交通量の多い片側3車線の道路で、後続車による轢死の危険もあった。
 従って、本件運転行為は、乙を死亡させる危険性を有する殺人の実行行為である。

イ.殺意(殺人の故意)の有無

 上記アの危険性は外形上明白であり、甲は当時、「乙が路面に頭などを強く打ち付けられてしまうだろうが、乙を振り落としてしまおう。」と考えていた。人体の枢要部である頭を強打すれば死亡しうるのは当然であるから、甲に乙の死亡の表象・認容があると認められる。
 よって、甲には殺意があった。

(2)もっとも、本件運転行為は、甲がしつこく車について来る乙から逃れるためにしたものである。そこで、正当防衛(36条1項)を検討する。

ア.急迫不正の侵害

 乙はナイフを車内に突っ込んで甲の頭や顔への刺突を繰り返すなど、執拗な攻撃をしていたが、本件運転行為時にはナイフを車内に落としている。しかし、この状況でも、右手を車内に差し入れて甲の運転を妨害すれば、重大な事故につながる危険がある。乙がなお窓ガラスを叩く等強固な加害の意欲を示したことからすれば、依然甲の生命・身体に対する差し迫った危険、すなわち急迫不正の侵害がある。

イ.防衛の意思

 「自己・・・の権利を防衛するため」といえるには、社会的相当性の見地から防衛の意思を要する。そして、本能的自衛も社会的に相当といえるから、防衛の意思とは侵害を認識した上でこれを避けようとする単純な心理状態で足りる。
 本問で、甲は、乙から逃れるために本件運転行為を行ったのであり、少なくとも乙の上記アの侵害を認識した上でこれを避けようとする単純な心理状態があった。
 従って、本件運転行為は、甲自らの生命・身体という自己の権利を防衛するためにされたものである。

ウ.必要性・相当性

 正対不正という点からすれば、「やむを得ずにした行為」というために補充性は要求されず、防衛に必要かつ相当なものであれば足りる。
 確かに、本件運転行為時には、既に乙はナイフを車内に落としており、また、加速・蛇行する車から自らを支えるため左手でドア上端をつかんだ状態を強いられているから、攻撃力は当初より相当に減退している。これに対し、本件運転行為は乙の死を招きかねない危険なものである。
 しかし、上記乙の状態は、加速・蛇行する状況下におけるものであり、車が蛇行をやめて減速する場合には、乙は態勢を立て直してドア窓をこじ開けて車内に侵入したり、手を運転席シートとドアの間に突っ込んでナイフを拾い、刺突行為を再開しうる。これに対し、甲は手足を運転のため自由に用いることができず、抵抗困難である。また、片側3車線道路において時速50キロから大幅に減速することは、かえって追突の危険もある。そもそも、乙の死の危険は走行中の車に乙が飛び乗ったことによって生じたもので、加速・蛇行はその危険を増強したに過ぎない。以上からすれば、本件運転行為には必要性・相当性がある。
 以上から、本件運転行為は、やむを得ずにしたものである。

エ.自招性との関係

 乙が前記アの行為に至ったのは、甲の暴行で面子を潰され逆上したためである。甲が乙の侵害を招いたともいえる。そこで、自招侵害における正当防衛の成否を検討する。
 そもそも、正当防衛の違法性阻却の根拠は社会的相当性にある。従って、形式的に正当防衛要件を充たす場合でも、挑発行為から侵害行為、防衛行為に至る事情を全体的に考察して防衛行為が社会的相当性を欠くと認めるべき特別の事情があるときは、実質的な違法性阻却の根拠を欠くから正当防衛は成立しない。
 本問で、前記1の暴行は、決して軽微とはいえない。もっとも、甲と乙のトラブルは偶発的に生じたこと、走行中の車に飛び乗ること自体、一つ間違えば乙自身が落下して死亡しかねない危険な行為で、通常ありうる反撃態様を超えていること、上記ウのとおり、乙の攻撃を避けるには本件運転行為以外に有効適切な方法を見出すことが困難な状況であったことからすれば、上記特別の事情があるとはいえない。
 よって、この点は正当防衛の成立を妨げない。

オ.以上から、正当防衛が成立する。本件運転行為は違法ではない。

(3)よって、本件運転行為について、犯罪は成立しない。

4.以上から、甲は前記1及び2の2つの傷害罪の罪責を負い、両者は併合罪(45条前段)となる。

第2.乙及び丙の罪責

1.共同行為に係る罪責

(1)乙による甲の腰背部付近への複数回の右足蹴り及び丙による甲の頭部への2回の右手拳殴打(以下「本件共同暴行」という。)により、甲は加療約2週間を要する頭部打撲及び腰背部打撲等の傷害を負った。そこで、共同正犯(60条)に基づく乙及び丙の傷害罪の成否を検討する。

(2)本件共同暴行は共同実行の事実に当たる。そこで、これが意思の連絡の下に行われたか、すなわち、共同実行の意思の有無を検討する。
 乙の暴行は、丙の「助けてくれ」という求めを聞いてなされたものである。
 確かに、助けを求める言動が、直ちに暴行の意思連絡の端緒となるわけではない。救助の方法として説得その他の手段がありうるからである。しかし、本問では、丙が助けを求める時点までは甲が一方的に乙丙に暴行を加えており、説得等の方法が功を奏するとは思われないこと、乙と丙はかつて同じ暴走族に所属し、乙の凶暴な性格を丙も知っていたと思われること、丙は甲の手が離れた直後に本件共同暴行に加功しており、乙が丙の求めに対し、甲への暴行という形で応えた点に何らのためらいもうかがわれないことからすれば、丙の上記求めは甲への共同暴行を示唆するものであり、乙の暴行はこれに応えたもので、この時に本件共同暴行に係る意思の連絡が成立したといえる。
 よって、共同実行の意思がある。

(3)もっとも、本件共同暴行は甲の暴行から乙及び丙を守るためにされたから、正当防衛を検討する。

ア.急迫不正の侵害

 乙の暴行時には現に丙が暴行を受けており、丙の暴行時には甲が乙に向かっていこうとしていたから、甲が乙に暴行を加える危険が切迫していた。従って、急迫不正の侵害があった。

イ.防衛の意思

 乙には、甲に仕返しをしようという意図もあるが、丙を助けようという意思があり、侵害を認識した上でこれを避けようとする単純な心理状態があったことを否定できない。丙も、甲が乙の方に向かっていこうとした時に暴行を加えており、少なくとも甲が乙に暴行を加えると認識して、これを避けようとする単純な心理状態があったと認められる。
 よって、乙及び丙には防衛の意思があった。

ウ.必要性・相当性

 乙丙側は、甲に対し、2対1の有利な状況であり、甲の暴行を止めるには、直接殴る蹴るという暴行よりも手足を押さえつける等の方法の方が有効適切ではないかともみえる。しかし、本件共同暴行時までは、甲は乙丙に対しほぼ一方的に暴行を加えており、上記方法が必ずしも功を奏するとはいえないことからすれば、本件共同暴行が防衛行為としての必要性・相当性を欠くとはいえない。
 よって、本件共同暴行はやむ得ずされたものといえる。

エ.以上のとおり、正当防衛が成立するから、本件共同暴行は違法ではない。

(4)よって、乙及び丙に傷害罪は成立しない。

2.乙単独の行為に係る罪責

(1)乙が、甲の左前腕部を切り付けて同部に加療約3週間を要する切創の傷害を負わせた点につき、乙及び丙の罪責を検討する。

(2)共同行為との一体性について

 上記(1)の乙の行為は、刑法上、本件共同暴行とは別個の行為である。なぜなら、乙は上記(1)の行為当時、甲は逃走状態であることを認識しており、甲を痛めつけてやらなければ気持ちがおさまらないという本件共同暴行時とは異なる動機から追撃を行ったから、本件共同暴行と同一の防衛の意思に基づく量的に過剰な追撃行為とみることはできないからである。
 そうである以上、当該行為が本件共同暴行と一体として過剰防衛となる余地はない。

(3)乙の罪責

 乙は折り畳み式ナイフを用いたものの、甲を痛めつけるつもりであり、また、切りつけたのが左前腕部であったことから殺意はなく、傷害の故意にとどまっていた。
 よって、乙には傷害罪が成立する。

(4)丙の罪責

 上記(2)のとおり、本件共同暴行と上記(1)の行為は別個の行為であるから、本件共同暴行につき乙丙に共同正犯関係があるとしても、直ちに上記(1)についてまで丙に帰責が及ぶことはない。
 そして、丙は上記(1)の行為につき乙と何ら意思の連絡はなく、かえって「やめとけ。ナイフなんかしまえ。」と叫ぶなど、これを止めようとした。従って、上記(1)の行為に係る新たな共謀に基づく共同正犯関係の形成は認められない。
 よって、丙には何ら犯罪は成立しない。

3.以上から、乙は前記2(3)に係る傷害罪の罪責を負うが、丙は無罪である。

以上

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