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最高裁判所第二小法廷判決平成23年04月22日

【事案】

1.信用協同組合である上告人の勧誘に応じて上告人に各500万円を出資したが,上告人の経営が破綻して持分の払戻しを受けられなくなった被上告人らが,上告人は,上記の勧誘に当たり,上告人が実質的な債務超過の状態にあり経営が破綻するおそれがあることを被上告人らに説明すべき義務に違反したなどと主張して,上告人に対し,主位的に,不法行為による損害賠償請求権又は出資契約の詐欺取消し若しくは錯誤無効を理由とする不当利得返還請求権に基づき,予備的に,出資契約上の債務不履行による損害賠償請求権に基づき,各500万円及び遅延損害金の支払を求める事案。
 予備的請求である出資契約上の債務不履行による損害賠償請求の当否が争われている。
 なお,原判決中,被上告人らの主位的請求をいずれも棄却すべきものとした部分は,被上告人らが不服申立てをしておらず,同部分は当審の審理判断の対象となっていない。

2.事実関係の概要等

(1) 上告人は,中小企業等協同組合法に基づいて設立された信用協同組合であり,平成14年7月31日,総代会の決議により解散した。

(2) 上告人は,平成6年に行われた監督官庁の立入検査において,資産の回収可能性等を基に査定された欠損見込額を前提とする自己資本比率の低下を指摘され,さらに,平成8年に行われた立入検査においても,資産の大部分を占める貸出金につき,欠損見込額が巨額になっており,上記自己資本比率がマイナス1.80%であって実質的な債務超過の状態にあるなどの指摘を受け,文書をもって早急な改善を求められたが,その後も上記の状態を解消することができないままであった。

(3) 平成10年ないし平成11年頃,上告人は,資産の欠損見込額を前提とすると債務超過の状態にあって,早晩監督官庁から破綻認定を受ける現実的な危険性があり,代表理事らは,このことを十分に認識し得たにもかかわらず,上告人の新大阪支店の支店長をして,被上告人らに対し,そのことを説明しないまま,上告人に出資するよう勧誘させた。

(4) 被上告人らは,上記の勧誘に応じ,平成11年3月2日,上告人に対し,各500万円の出資をした(以下,上記の各出資を「本件各出資」といい,本件各出資に係る上告人と各被上告人との間の各契約を「本件各出資契約」という。)。

(5) 上告人は,平成12年12月16日,金融再生委員会から,金融機能の再生のための緊急措置に関する法律(平成11年法律第160号による改正前のもの)8条に基づく金融整理管財人による業務及び財産の管理を命ずる処分を受け,その経営が破綻した。被上告人らは,これにより,本件各出資に係る持分の払戻しを受けることができなくなった。

3.原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告人らの予備的請求である債務不履行による損害賠償請求を,遅延損害金請求の一部を除いて認容すべきものとした。

(1) 上告人が,実質的な債務超過の状態にあって経営破綻の現実的な危険があることを説明しないまま,被上告人らに対して本件各出資を勧誘したことは,信義則上の説明義務に違反する(以下,上記の説明義務の違反を「本件説明義務違反」という。)。

(2) 本件説明義務違反は,本件各出資契約が締結される前の段階において生じたものではあるが,およそ社会の中から特定の者を選んで契約関係に入ろうとする当事者が,社会の一般人に対する不法行為上の責任よりも一層強度の責任を課されることは,当然の事理というべきであり,当該当事者が契約関係に入った以上は,契約上の信義則は契約締結前の段階まで遡って支配するに至るとみるべきであるから,本件説明義務違反は,不法行為を構成するのみならず,本件各出資契約上の付随義務違反として債務不履行をも構成する。

【判旨】

1.原審の上記判断のうち,本件説明義務違反が上告人の本件各出資契約上の債務不履行を構成するとした部分は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 契約の一方当事者が,当該契約の締結に先立ち,信義則上の説明義務に違反して,当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合には,上記一方当事者は,相手方が当該契約を締結したことにより被った損害につき,不法行為による賠償責任を負うことがあるのは格別,当該契約上の債務の不履行による賠償責任を負うことはないというべきである。
 なぜなら,上記のように,一方当事者が信義則上の説明義務に違反したために,相手方が本来であれば締結しなかったはずの契約を締結するに至り,損害を被った場合には,後に締結された契約は,上記説明義務の違反によって生じた結果と位置付けられるのであって,上記説明義務をもって上記契約に基づいて生じた義務であるということは,それを契約上の本来的な債務というか付随義務というかにかかわらず,一種の背理であるといわざるを得ないからである。契約締結の準備段階においても,信義則が当事者間の法律関係を規律し,信義則上の義務が発生するからといって,その義務が当然にその後に締結された契約に基づくものであるということにならないことはいうまでもない。
 このように解すると,上記のような場合の損害賠償請求権は不法行為により発生したものであるから,これには民法724条前段所定の3年の消滅時効が適用されることになるが,上記の消滅時効の制度趣旨や同条前段の起算点の定めに鑑みると,このことにより被害者の権利救済が不当に妨げられることにはならないものというべきである。

2.以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は,破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上記部分に関する被上告人らの請求はいずれも理由がないから,同部分につき第1審判決を取り消し,同部分に関する請求をいずれも棄却すべきである。

【千葉勝美補足意見】

 私は,法廷意見が,本件説明義務違反が債務不履行責任を構成せず,その結果,これにより発生した損害賠償請求権について民法724条前段が適用されるとした点について,次のとおり補足しておきたい。
 本件において,上告人が被上告人らに対し出資契約の締結を勧誘する際に負っているとされた説明義務に違反した点については,契約成立に先立つ交渉段階・準備段階のものであって,講学上,契約締結上の過失の一類型とされるものである。民法には,契約準備段階における当事者の義務を規定したものはないが,契約交渉に入った者同士の間では,誠実に交渉を行い,一定の場合には重要な情報を相手に提供すべき信義則上の義務を負い,これに違反した場合には,それにより相手方が被った損害を賠償すべき義務があると考えるが,この義務は,あくまでも契約交渉に入ったこと自体を発生の根拠として捉えるものであり,その後に締結された契約そのものから生ずるものではなく,契約上の債務不履行と捉えることはそもそも理論的に無理があるといわなければならない。講学上,契約締結上の過失を債務不履行責任として捉える考え方は,ドイツにおいて,過失ある錯誤者が契約の無効を主張することによって損害を受けた相手方を救済する法理として始まったとされているが,これは,不法行為の成立要件が厳格であるドイツにおいて,被害者の救済のため,契約責任の拡張を模索して生み出されたという経緯等に由来する面があろう。
 有力な学説には,事実上契約によって結合された当事者間の関係は,何ら特別な関係のない者の間の責任(不法行為上の責任)以上の責任を生ずるとすることが信義則の要求するところであるとし,本件のように,契約は効力が生じたが,契約締結以前の準備段階における事由によって他方が損失を被った場合にも,「契約締結のための準備段階における過失」を契約上の責任として扱う場合の一つに挙げ,その具体例として,@素人が銀行に対して相談や問い合わせをした上で一定の契約を締結した場合に,その相談や問い合わせに対する銀行の指示に誤りがあって,顧客が損害を被ったときや,A電気器具販売業者が顧客に使用方法の指示を誤って,後でその品物を買った買主が損害を被ったときについて,契約における信義則を理由として損害賠償を認めるべきであるとするものがある(我妻榮「債権各論上巻」38頁参照)。このような適切な指示をすべき義務の具体例は,契約締結の準備段階に入った者として当然負うべきものであるとして挙げられているものであるが,私としては,これらは,締結された契約自体に付随する義務とみることもできるものであると考える。そのような前提に立てば,上記の学説も,契約締結の準備段階を経て契約関係に入った以上,契約締結の前後を問うことなく,これらを契約上の付随義務として取り込み,その違反として扱うべきであるという趣旨と理解することができ,この考え方は十分首肯できるところである。
 そもそも,このように例示された上記の指示義務は,その違反がたまたま契約締結前に生じたものではあるが,本来,契約関係における当事者の義務(付随義務)といえるものである。また,その義務の内容も,類型的なものであり,契約の内容・趣旨から明らかなものといえよう。したがって,これを,その後契約関係に入った以上,契約上の義務として取り込むことは十分可能である。
 しかしながら,本件のような説明義務は,そもそも契約関係に入るか否かの判断をする際に問題になるものであり,契約締結前に限ってその存否,違反の有無が問題になるものである。加えて,そのような説明義務の存否,内容,程度等は,当事者の立場や状況,交渉の経緯等の具体的な事情を前提にした上で,信義則により決められるものであって,個別的,非類型的なものであり,契約の付随義務として内容が一義的に明らかになっているようなものではなく,通常の契約上の義務とは異なる面もある。
 以上によれば,本件のような説明義務違反については,契約上の義務(付随義務)の違反として扱い,債務不履行責任についての消滅時効の規定の適用を認めることはできないというべきである。
 もっとも,このような契約締結の準備段階の当事者の信義則上の義務を一つの法領域として扱い,その発生要件,内容等を明確にした上で,契約法理に準ずるような法規制を創設することはあり得るところであり,むしろその方が当事者の予見可能性が高まる等の観点から好ましいという考えもあろうが,それはあくまでも立法政策の問題であって,現行法制を前提にした解釈論の域を超えるものである。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成23年04月22日

【事案】

1.信用協同組合である上告人の勧誘に応じて上告人に300万円を出資したが,上告人の経営が破綻して持分の払戻しを受けられなくなった被上告人が,上告人は,上記の勧誘に当たり,上告人が実質的な債務超過の状態にあり経営が破綻するおそれがあることを被上告人に説明すべき義務に違反したなどと主張して,上告人に対し,主位的に,不法行為による損害賠償請求権に基づき,予備的に,出資契約上の債務不履行による損害賠償請求権又は出資契約の詐欺取消し若しくは錯誤無効を理由とする不当利得返還請求権に基づき,300万円及び遅延損害金の支払を求める事案。
 主位的請求に係る不法行為による損害賠償請求権の消滅時効の起算点が争われている。

2.事実関係の概要等

(1) 上告人は,中小企業等協同組合法に基づいて設立された信用協同組合であり,平成14年7月31日,総代会の決議により解散した。

(2) 上告人は,平成6年に行われた監督官庁の立入検査において,資産の回収可能性等を基に査定された欠損見込額を前提とする自己資本比率の低下を指摘され,さらに,平成8年に行われた立入検査においても,資産の大部分を占める貸出金につき,欠損見込額が巨額になっており,上記自己資本比率がマイナス1.80%であって実質的な債務超過の状態にあるなどの指摘を受け,文書をもって早急な改善を求められたが,その後も上記の状態を解消することができないままであった。

(3) 平成12年頃,上告人は,資産の欠損見込額を前提とすると債務超過の状態にあって,早晩監督官庁から破綻認定を受ける現実的な危険性があり,代表理事らは,このことを認識していたにもかかわらず,上告人の寺田町支店の支店長をして,被上告人に対し,そのことを説明しないまま,上告人に出資するよう勧誘させた。

(4) 被上告人は,上記の勧誘に応じ,平成12年3月27日,上告人に対し,300万円の出資(以下「本件出資」という。)をした。

(5) 上告人は,平成12年12月16日,金融再生委員会から,金融機能の再生のための緊急措置に関する法律(平成11年法律第160号による改正前のもの)8条に基づく金融整理管財人による業務及び財産の管理を命ずる処分(以下「本件処分」という。)を受け,その経営が破綻した。被上告人は,これにより,本件出資に係る持分の払戻しを受けることができなくなった。
 同日に発表された金融再生委員会委員長の談話によれば,上告人が本件処分を受けたのは,上告人が,@ 平成11年に行われた監督官庁の検査の結果,債務超過と見込まれ,A この検査結果を踏まえた平成12年6月末時点の財務状況につき再三にわたり報告を求められたが,上記検査結果と大きく異なる自己査定に基づいて財務状況を報告するにとどまり,必要な償却・引当てを適正に行えば大幅な債務超過であると見込まれ,B 上記の債務超過を解消するための自己資本充実策等について再三にわたり報告を求められたにもかかわらず,具体的かつ実現性のある自己資本充実策を提出しなかったためであった。
 被上告人は,その頃,上告人が本件処分を受けてその経営が破綻したことを知った。

(6) 平成13年3月12日に発表された上告人の金融整理管財人の報告書では,上告人が経営破綻に至った要因として,@ いわゆるバブル期において量的拡大に走ったこと,A 大口預金等に依存した資金調達を行ってきたところ,平成9年の金融不安とマスコミ報道等によって,大口預金が流出して資金繰りがひっ迫したこと,B 審査・管理部門と営業部門との相互けん制機能が発揮されず,担保不動産等を別会社に買い取らせたり,債務を関連会社に付け替えたりするなど,不良債権の実質的な整理回収とならない表面的な先送り処理が行われてきたことなどが指摘された。

(7) 上告人の金融整理管財人が作成した平成13年3月31日現在の貸借対照表によれば,上告人の債務超過額は約4800億円であった。

(8) 平成13年6月に開催された出資者らを対象とする説明会において,上告人に対する出資金の返還又は出資金相当額の損害賠償を求める集団訴訟への参加が呼び掛けられ,その頃から被上告人と同様の立場にある出資者らにより上記の内容の訴訟が逐次提起され,同年中には集団訴訟も提起されるに至った(以下,本件訴訟に先立つ上記の各訴訟を「本件各先行訴訟」という。)。これらの事実は,その頃広く報道された。

(9) 平成12年当時の上告人の代表理事らは,平成14年1月から2月にかけて金融整理管財人により背任罪で告訴され,その一部は起訴された(以下,上記告訴に係る刑事事件を「別件刑事事件」という。)。
 本件各先行訴訟の一部において,平成16年1月,その原告らから別件刑事事件の訴訟記録の写しが書証として提出された。

(10) 被上告人は,平成19年3月5日,本件訴訟を提起した。

(11) 上告人は,平成19年4月26日の第1審口頭弁論期日において,被上告人に対し,主位的請求に係る不法行為による損害賠償請求権につき,消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

3.原審は,上記事実関係の下において,上告人が実質的な債務超過の状態にあって経営破綻の現実的な危険があることを説明しないまま被上告人に対して本件出資を勧誘したことは,信義則上の説明義務に違反し,被上告人に対する不法行為を構成するとした上,次のとおり判断して,上告人の消滅時効の抗弁を排斥し,被上告人の主位的請求を認容した。

(1) 民法724条にいう「損害及び加害者を知った時」とは,被害者において,単に加害者の行為により損害が発生したことを知っただけではなく,その加害行為が不法行為を構成することをも知った時との意味に解するのが相当である(最高裁昭和41年(オ)第712号同42年11月30日第一小法廷判決・裁判集民事89号279頁参照)。

(2) 被上告人において,本件出資の勧誘が不法行為を構成することを知ったのは,上告人が債務超過の状態にあったことにつき当時の代表理事らにおいて認識又は認識可能性があったにもかかわらず,本来あるべき必要な説明を受けることなく本件出資を勧誘されたという事実関係の概略が被上告人に判明した時点,すなわち本件各先行訴訟の一部において別件刑事事件の訴訟記録の写しが書証として提出された平成16年1月から相当期間が経過した後であるといわざるを得ない。よって,主位的請求に係る不法行為による損害賠償請求権の消滅時効の起算点は平成16年3月5日よりも後であり,本件訴訟が提起された平成19年3月5日には,上記損害賠償請求権についての3年の消滅時効期間は経過していなかった。

【判旨】

1.原審の上記3(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 民法724条にいう「損害及び加害者を知った時」とは,被害者において,加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に,それが可能な程度に損害及び加害者を知った時を意味すると解するのが相当である(最高裁昭和45年(オ)第628号同48年11月16日第二小法廷判決・民集27巻10号1374頁参照)。

(2) 前記事実関係によれば,まず,被上告人は,本件処分がされた平成12年12月頃には,上告人が本件処分を受けてその経営が破綻したことを知ったというのであるから,その頃,上告人の勧誘に応じて本件出資をした結果,損害を被ったという事実を認識したといえる。さらに,@ 被上告人が平成12年3月に本件出資をしてから本件処分までの期間は9か月に満たなかったことや,A 本件処分当日に発表された金融再生委員会委員長の談話や平成13年3月12日に発表された上告人の金融整理管財人の報告書において,平成11年に行われた監督官庁の検査の結果,上告人は,既に債務超過と見込まれ,自己資本充実策の報告を求められていたにもかかわらず,その後も適切な改善策を示すことなく,不良債権の整理回収とはならない表面的な先送りを続けていたなどの事情が明らかにされていたことに加え,B 平成13年6月頃以降,被上告人と同様の立場にある出資者らにより,本件各先行訴訟が逐次提起され,同年中には集団訴訟も提起されたというのであるから,上告人が実質的な債務超過の状態にありながら,経営破綻の現実的な危険があることを説明しないまま上記の勧誘をしたことが違法であると判断するに足りる事実についても,被上告人は,遅くとも同年末には認識したものとみるのが相当である。上記時点においては,被上告人が上記の勧誘が行われた当時の上告人の代表理事らの具体的認識に関する証拠となる資料を現実には得ていなかったとしても,上記の判断は何ら左右されない。
 そうすると,本件の主位的請求に係る不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は,遅くとも平成13年末から進行するというべきであり,本件訴訟提起時には,上記損害賠償請求権について3年の消滅時効期間が経過していたことが明らかである。

2.以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。以上説示したところによれば,主位的請求を棄却した第1審判決は正当であるから,同請求に関する被上告人の控訴を棄却すべきである。そして,予備的請求について,更に審理を尽くさせる必要があるから,本件を原審に差し戻すこととする。

 

最高裁判所第三小法廷決定平成23年04月26日

【事案】

1.相手方を株式交換完全子会社,Aを株式交換完全親会社とする株式交換に反対した相手方の株主である抗告人らが,相手方に対し,抗告人らが各保有する株式を公正な価格で買い取るよう請求したが,その価格の決定につき協議が調わないため,抗告人ら(X9及びX10を除く。)及び相手方が,会社法786条2項に基づき,それぞれ価格の決定の申立てをした事案。

2.事実関係等の概要

(1) 相手方は,ジャスダック証券取引所にその株式を上場していた人材紹介事業等を営む株式会社であるところ,平成20年8月28日に開催された相手方の株主総会において,Aを株式交換完全親会社,相手方を株式交換完全子会社とする株式交換を行うことなどを内容とする株式交換契約を承認する旨の決議(以下「本件決議」といい,本件決議に係る株式交換を「本件株式交換」という。)がされた。

(2) 抗告人らは,相手方の普通株式を保有する相手方の株主であるが,上記株主総会に先立ち,本件株式交換に反対する旨を相手方に通知し,上記株主総会において本件決議が行われるに当たり,これに反対した上,本件株式交換の効力を生ずる日(以下「効力発生日」という。)の20日前から効力発生日の前日までの間に,相手方に対し,各保有する株式を公正な価格で買い取るよう請求した。

(3) 本件株式交換の計画公表直前である平成20年7月1日における相手方の株式の市場株価(終値)は7万9500円であったが,その後,下落を続け,上場が廃止される直前の最終取引日である同年9月22日の市場株価(終値)は4万3250円であった。このように市場株価が下落した主たる原因は,本件株式交換がされたことにあり,本件株式交換は,相手方の企業価値ないし株主価値を毀損するものであった。もっとも,上記の市場株価の下落には,マクロ経済の悪化とこれに伴う人材ビジネス業界の経営環境悪化という市場の一般的な価格変動要因による影響も及んでいた。

3.原審は,上記事実関係の下で,要旨次のとおり判断して,抗告人らの株式買取請求に係る株式の買取価格を1株につき6万7791円であると定めた。
 株式交換により企業価値ないし株主価値が毀損された場合において,株式交換完全子会社の株主による株式買取請求に係る「公正な価格」は,裁判所の裁量により,株式交換の効力発生日を基準として,株式交換がなければ上記完全子会社の株式が有していたであろう客観的価値を基礎として算定するのが相当である。そして,相手方の企業価値ないし株主価値は本件株式交換により毀損されているから,「公正な価格」は,本件株式交換の効力発生日を基準として,本件株式交換がなければ相手方の株式が有していたであろう客観的価値を基礎として算定すべきである。
 上記の客観的価値は,上記効力発生日にできるだけ近接し,かつ,本件株式交換の影響を排除できる市場株価である本件株式交換の計画公表前の市場株価を参照して算定するのが相当であるが,同計画公表後も,上記の市場株価には,市場の一般的な価格変動要因による影響が及んでいる以上,同計画公表後における市場全体・業界全体の動向その他を踏まえた補正を加えるなどして,上記の客観的価値を算定するのが合理的である。そこで,回帰分析の手法を用いて上記補正をした上で,偶発的要素による影響を排除するために,本件株式交換の効力発生日前1か月間の補正後の株式価格の平均値をもって相手方の株式の有する効力発生日の客観的価値を判断すると,本件における「公正な価格」は,1株につき6万7791円とするのが相当である。

【判旨】

1.原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 吸収合併,吸収分割又は株式交換(以下「吸収合併等」という。)が行われる場合,会社法785条2項所定の株主(以下「反対株主」という。)は,吸収合併消滅株式会社,吸収分割株式会社又は株式交換完全子会社(以下「消滅株式会社等」という。)に対し,自己の有する株式を「公正な価格」で買い取るよう請求することができる(同条1項)。このように反対株主に「公正な価格」での株式の買取りを請求する権利が付与された趣旨は,吸収合併等という会社組織の基礎に本質的変更をもたらす行為を株主総会の多数決により可能とする反面,それに反対する株主に会社からの退出の機会を与えるとともに,退出を選択した株主には,吸収合併等がされなかったとした場合と経済的に同等の状況を確保し,さらに,吸収合併等によりシナジーその他の企業価値の増加が生ずる場合には,上記株主に対してもこれを適切に分配し得るものとすることにより,上記株主の利益を一定の範囲で保障することにある。このような趣旨に照らせば,会社法782条1項所定の吸収合併等によりシナジーその他の企業価値の増加が生じない場合に,同項所定の消滅株式会社等の反対株主がした株式買取請求に係る「公正な価格」は,原則として,当該株式買取請求がされた日における,同項所定の吸収合併契約等を承認する旨の決議がされることがなければその株式が有したであろう価格(以下「ナカリセバ価格」という。)をいうものと解するのが相当である(最高裁平成22年(許)第30号同23年4月19日第三小法廷決定・裁判所時報1530号登載予定参照)。
 以上と異なる原審の前記判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この趣旨をいう論旨は理由がある。

(2) なお,上場されている株式について,反対株主が株式買取請求をした日のナカリセバ価格を算定するに当たり,株式交換を行う旨の公表等がされる前の市場株価を参照することや,上記公表等がされた後株式買取請求がされた日までの間に当該吸収合併等以外の市場の一般的な価格変動要因により,当該株式の市場株価が変動している場合に,これを踏まえて参照した株価に補正を加えるなどして同日のナカリセバ価格を算定することは,裁判所の合理的な裁量の範囲内にあるものというべきである(前掲最高裁平成23年4月19日第三小法廷決定参照)。そして,このことは,株式買取請求期間中に当該株式の上場が廃止されたとしても,変わるところはない。

2.以上によれば,その余の抗告理由につき判断するまでもなく,原決定は破棄を免れない。そこで,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

【田原睦夫補足意見】

1.私は多数意見に与するものであり,その与する理由については,多数意見の引用する最高裁平成23年4月19日第三小法廷決定に詳述しているところであるので,それを引用する。

2.本件では,株式買取請求権が行使される際の「公正な価格」算定の基準日を,株式買取請求権行使時とすることに対する批判の一つとして主張されている,多数の株主が時期を異にして行使する場合の取扱いが問題となっている。
 しかし,抗告人らが株式買取請求をした日(本件記録上,株式買取請求に係る意思表示が相手方に到達した日が明らかになっている抗告人と,不明な抗告人とがいるので,ここでは取り敢えず株式買取請求書ないし買取株主名簿に記載された日を記載する。ただし,株式買取請求期間前に同請求権を行使した者については,同期間の初日である平成20年9月10日に行使したものとみなしてよいと解される。)と,その当日の株価及び原決定が認定する回帰分析法による予測株価は次のとおりである(原決定別紙参照。なお,多数意見は,予測株価に係る原決定の認定の是非について触れたものではない。)。

株式買取請求権行使日

人数

株価

予測株価

株式買取請求期間前

45300円

70727円

平成20年9月10日

45300円

70727円

9月11日

44700円

69775円

9月15日
(当日は休日のため翌営業日の16日)

43800円

64343円

9月16日

43800円

64333円

9月20日
(当日は休日のため翌々営業日の22日)

43250円

64920円

9月22日

43250円

64920円

9月25日

上場廃止後

64290円

 以上のとおり,株式買取請求権行使日の株価の高値45,300円と安値43,250円との間には2,050円,4.5パーセントの価格差がある(仮に原決定の認定する予測株価を前提としても,高値である70,727円と安値64,290円との間には6,437円,9.1パーセントの価格差がある。)。
 これだけの価格差が存するにもかかわらず,株式買取請求期間満了日ないし本件株式交換の効力発生日を基準日として各抗告人らが株式買取請求した株式の買取価格を全て同一価格として定めることは,裁判所の合理的裁量権行使の範囲を超えるものであるといわざるを得ない(なお,各買取請求権者の買取請求権行使時の価格差が僅少であり,それを無視してもほとんど公平性を害しないと認められる場合には,各株主の株式の価格を同一として取り扱うことも,裁判所の合理的な裁量権の行使として是認することもできると考える。)。

3.ところで,抗告人らは,最高裁平成20年(許)第48号同21年5月29日第三小法廷決定(いわゆるレックス事件)を引用して,原決定が同判例に違反すると主張している。しかし,同決定は全部取得条項付種類株式の取得の価格につき裁判所に価格の決定が申し立てられた(会社法172条1項)事案に係るものであって,本件とは全く事案を異にするものであるから,本件における「公正な価格」の算定において,同決定の判旨との整合性を論ずる余地はない。

 

【那須弘平反対意見】

1.私は,多数意見が破棄差戻しの結論を採ることについて,反対である。また,理由のうち,吸収合併等によりシナジーその他の企業価値の増加が生じない場合における株式買取請求(以下「買取請求」という。)に係る株式の「公正な価格」の意味につき,「原則として,当該買取請求がされた日におけるナカリセバ価格をいう」とする点についても,賛同できない。

2.原審は,本件株式交換の効力発生日を基準日として,本件株式交換がなければ相手方株式が有していたであろう客観的価値を基礎として「公正な価格」を算定するのが相当であるとの原々審の判断枠組みを維持した上で,回帰分析の手法を用い,基準日である本件株式交換の効力発生日の直前1か月間の平均値をもって算定した1株当たり6万7791円の価格をもって「公正な価格」と決定した。
 これに対し,多数意見は,基準日に関するこの原審の判断を是認せず,吸収合併等によりシナジーその他の企業価値の増加が生じない場合において,反対株主の買取請求に係る株式の「公正な価格」は,原則として「買取請求の日」を基準日として採用すべき旨説示し,先例として最高裁平成22年(許)第30号同23年4月19日第三小法廷決定(以下,「楽天−東京放送事件」という。)を引用している。しかし,なぜ「株式交換の発効日」ではいけないのか,なぜ「買取請求の日」でなくてはならないのかについて,多数意見の理由中で十分な説明がされているとはいえないと考える。

3.私の基準日に関する基本的な考え方は,楽天−東京放送事件の当審決定において意見として述べたとおりであるから,本件についてもこれを引用する。

4.私は買取請求権行使時をもって「公正な価格」判断の基準日とすることを誤りだと断定するものではない。買取請求権行使時説には,前述のような問題点はあるものの,買取請求をする反対株主の保護に厚い点等,評価すべき点もある。むしろ,私が問題と考えるのは,多数意見が同説を採ることの反面として,他の考え方,例えば買取請求期間満了時説や組織再編効力発生時説による判断の可能性を排斥する趣旨を示した点である。会社法785条1項の定める「公正な価格」という文言から通常読み取ることができる意味に照らしても,あるいは旧商法において「決議ナカリセバ其ノ有スベカリシ公正ナル価格」と定められていたものが,現行会社法では単に「公正な価格」と改められた点からみても,そして,買取請求に係る株式の「公正な価格」の決定が,非訟事件手続により裁判所の裁量によって形成的に決定されることとされている点からみても,「公正な価格」決定の基準日を何時にするかは裁判所の裁量に委ねられており,ただ基準日の採用につき裁量権逸脱等の違法が認められるときに限って,原審の判断を覆せば足りると解すべきである,と私は考える。

5.基準日について,複数の考え方が競合して主張されていることから,当審がいずれかを選択してこれを判例とすることで,混迷状態を脱却できるのだから,当審がそのいずれを是とするかを速やかに示すべきだという見解もあるかも知れない。しかし,会社法785条1項が定める「公正な価格」の決定については,通常の権利義務の存否を争う訴訟とは異なり,基本的に地方裁判所及び高等裁判所の裁量に委ねられるべきものである。当審が今の時点で基準日を何時とすべきかについて積極的に介入することは,これらの裁判所において個別の事案ごとにあるべき「公正な価格」を探求し,その決定例の積み重ねの中で自ずから「公正な価格」の意味内容が明らかになっていくという道を閉ざすことに通じる。それは,会社法785条1項の理念に照らして,また最高裁と下級審との役割分担という観点からして,果たして望ましいことなのかどうか,疑問なしとしない。

6.以上検討したところによれば,本件については,原審の決定はなおその裁量の範囲内にあることが明らかであり,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとはいえないのであるから,本件抗告を棄却すべきである。

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