最新最高裁判例

最高裁判所大法廷決定平成23年05月31日

【判旨】

 所論は,要するに,竹崎裁判官は,@昭和63年に陪参審制度の研究のため渡米しており,また,A最高裁判所長官就任後,裁判員の参加する刑事裁判に関する法律の施行を推進するために裁判員制度を説明するパンフレット等の配布を許すとともに,B憲法記念日に際して裁判員制度を肯定するような発言をしていること等に照らし,裁判員制度の憲法適合性を争点とする本件について,刑訴法21条1項にいう「不公平な裁判をする虞」があるというのである。
 しかし,所論@が指摘する渡米研究の点は,国民の司法参加に関する一般的な調査研究をしたというものにすぎない。
 また,所論Aが指摘するパンフレット等の配布に係る点は,最高裁判所長官である同裁判官が,国会において制定された法律に基づく裁判員制度について,その実施の任に当たる最高裁判所の司法行政事務を総括する立場において,司法行政事務として関与したものであり,所論Bが指摘する憲法記念日に際しての発言も,同じ立場において,同制度の実施に関し,司法行政事務として現状認識や見通し及び意見を述べたものである。最高裁判所長官は,最高裁判所において事件を審理裁判する職責に加えて,上記のような司法行政事務の職責をも併せ有しているのであって(裁判所法12条1項参照),こうした司法行政事務に関与することも,法律上当然に予定されているところであるから,そのゆえに事件を審理裁判する職責に差し支えが生ずるものと解すべき根拠はない。もとより,上記のような司法行政事務への関与は,具体的事件との関係で裁判員制度の憲法上の適否について法的見解を示したものではないことも明らかである。
 その他所論に鑑み検討しても,竹崎裁判官が本件につき刑訴法21条1項にいう「不公平な裁判をする虞」があるものということはできない。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成23年06月03日

【事案】

1.原判決別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を時効取得したと主張する上告人が,本件土地は所有者が不明な土地であるから民法239条2項により国庫に帰属していたと解すべきであるなどとして,被上告人(国)に対し,上告人が本件土地の所有権を有することの確認を求める事案。
 被上告人は,本件土地は,過去において所有者が存在していたことが推認される民有地であって,国庫に帰属していたということはできないから,本件訴えは確認の利益を欠き不適法であると主張する。

2.事実関係の概要

(1) 上告人は,昭和30年5月26日に法人格を取得した宗教法人である。

(2) 本件土地は,明治4年正月5日太政官布告第4号により官有地に区分され,次いで,明治7年11月7日太政官布告第120号により官有地第三種に区分された墳墓地であるが,その後,明治8年7月8日地租改正事務局議定「地所処分仮規則」に従い民有地に編入された。

(3) 本件土地については,登記記録は作成されているが,表題部所有者の登記も所有権の登記もない。

(4) 上告人は,法人格を取得した昭和30年5月26日から20年間本件土地を占有したことによりこれを時効取得したと主張して,被上告人に対し,平成19年12月14日送達の本件訴状により,取得時効を援用する旨の意思表示をした。

【判旨】

1.所論は,本件土地は,表題部所有者の登記も所有権の登記もなく,従前の所有者が全く不明なのであるから,これを時効取得した上告人が現行登記制度の下で所有名義を取得するには本件訴えによるしかなく,本件土地は民法239条2項により国庫に帰属していたものと解して本件訴えの確認の利益を認めるべきであるのに,これを認めなかった原審の判断には,法令解釈の誤りがあるというのである。

2.そこで検討すると,被上告人は,本件土地が被上告人の所有に属していないことを自認している上,前記事実関係によれば,被上告人は,本件土地が明治8年7月8日地租改正事務局議定「地所処分仮規則」に従い民有地に編入されたことにより,上告人が主張する取得時効の起算点よりも前にその所有権を失っていて,登記記録上も本件土地の表題部所有者でも所有権の登記名義人でもないというのであるから,本件土地の従前の所有者が不明であるとしても,民有地であることは変わらないのであって,上告人が被上告人に対して上告人が本件土地の所有権を有することの確認を求める利益があるとは認められない。
 所論は,本件訴えの確認の利益が認められなければ,上告人がその所有名義を取得する手段がないという。しかし,表題部所有者の登記も所有権の登記もなく,所有者が不明な土地を時効取得した者は,自己が当該土地を時効取得したことを証する情報等を登記所に提供して自己を表題部所有者とする登記の申請をし(不動産登記法18条,27条3号,不動産登記令3条13号,別表4項),その表示に関する登記を得た上で,当該土地につき保存登記の申請をすることができるのである(不動産登記法74条1項1号,不動産登記令7条3項1号)。本件においては,上告人において上記の手続を尽くしたにもかかわらず本件土地の所有名義を取得することができなかったなどの事情もうかがわれず,所論はその前提を欠くものというべきである。
 そうすると,本件訴えは確認の利益を欠き不適法であるといわざるを得ない。

3.以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

 

最高裁判所第一小法廷判決平成23年06月06日

【事案】

1.都立高等学校の教職員であった上告人らが,卒業式等の式典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し国歌を斉唱すること(以下「起立斉唱行為」という。)を命ずる旨の校長の職務命令に従わず,上記国歌斉唱の際に起立しなかったところ,その後,退職に先立ち申し込んだ非常勤の嘱託員の採用選考において,東京都教育委員会(以下「都教委」という。)から,上記不起立行為が職務命令違反等に当たることを理由に不合格とされたため,上記職務命令は憲法19条に違反し,上告人らを不合格としたことは違法であるなどと主張して,被上告人に対し,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めている事案。

2.事実関係等の概要

(1) 学校教育法(平成19年法律第96号による改正前のもの。以下同じ。)43条及び学校教育法施行規則(平成19年文部科学省令第40号による改正前のもの。以下同じ。)57条の2の規定に基づく高等学校学習指導要領(平成11年文部省告示第58号。平成21年文部科学省告示第38号による特例の適用前のもの。以下「高等学校学習指導要領」という。)第4章第2C(1)は,「教科」とともに教育課程を構成する「特別活動」の「学校行事」のうち「儀式的行事」の内容について,「学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこと。」と定めている。そして,同章第3の3は,「特別活動」の「指導計画の作成と内容の取扱い」において,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と定めている(以下,この定めを「国旗国歌条項」という。)。

(2) 都教委の教育長は,平成15年10月23日付けで,都立高等学校等の各校長宛てに,「入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」(以下「本件通達」という。)を発した。その内容は,上記各校長に対し,@ 学習指導要領に基づき,入学式,卒業式等を適正に実施すること,A 入学式,卒業式等の実施に当たっては,式典会場の舞台壇上正面に国旗を掲揚し,教職員は式典会場の指定された席で国旗に向かって起立し国歌を斉唱するなど,所定の実施指針のとおり行うものとすること等を通達するものであった。

(3) 第1審判決添付別紙一覧表「職務命令の日」欄記載の日の当時,X1を除く上告人らは同表「学校名」欄記載の各都立高等学校に勤務する教員であり,X1は都立A高等学校に勤務する学校司書であったところ,上告人らは,それぞれ,同表「校長」欄記載の各校長から,本件通達を踏まえ,同表「行事」欄記載の卒業式又は創立記念式典に際し,平成15年11月5日から同17年3月7日にかけての同表「職務命令の日」欄記載の日に,同表「職務命令の内容」欄記載のとおり上記各式典の国歌斉唱の際に起立斉唱行為を命ずる旨の各職務命令(以下「本件各職務命令」という。)を受けた。しかし,上告人らは,本件各職務命令に従わず,上記各式典における国歌斉唱の際に起立しなかった。

(4) 都教委は,平成16年2月17日にX1及びX2に対し,同年3月31日にX3,X4,X5,X6,X7,X8,X9,X10及びX11に対し,同17年3月31日にX12に対し,上記卒業式又は創立記念式典における上記不起立行為は地方公務員法32条及び33条に違反するとして,それぞれ戒告処分をし,また,同16年及び同17年の各3月31日にX13に対し,同様の理由で,戒告処分等をした。

(5) 定年退職等により一旦退職した教職員等について,都教委は,特別職に属する非常勤の嘱託員(地方公務員法3条3項3号)として新たに任用する制度を実施している。
 X3,X4,X5及びX6は平成17年3月31日付けで定年退職し,X7は同日付けで定年前に勧奨退職したところ,同上告人らは,これに先立ち,平成16年10月ころ又は同17年1月ころ,上記制度に係る平成16年度東京都公立学校再雇用職員(教育職員)の採用選考の申込みをしたが,都教委は,上記不起立行為は職務命令違反等に当たる非違行為であり,東京都公立学校再雇用職員設置要綱が選考要件として掲げる「正規職員を退職・・する前の勤務成績が良好であること」の要件を欠くとして,いずれも不合格とした。
 また,X8,X9,X2,X10,X12,X11及びX1は平成18年3月31日付けで定年退職し,X13は同日付けで定年前に勧奨退職したところ,同上告人らは,これに先立ち,平成17年10月ころ又は同18年1月ころ,上記制度に係る平成17年度東京都公立学校再雇用職員(教育職員)の採用選考の申込みをしたが,都教委は,同様の理由で,いずれも不合格とした。

【判旨】

1.上告人らは,卒業式等の式典における国歌斉唱の際の起立斉唱行為を拒否する前提として,大別して,@ 戦前の日本の軍国主義やアジア諸国への侵略戦争とこれに加功した「日の丸」や「君が代」に対する反省に立ち,平和を志向するという考え,A 国民主権,平等主義等の理念から天皇という特定個人又は国家神道の象徴を賛美することに反対するという考え,B 個人の尊重の理念から,多様な価値観を認めない一律強制や国家主権に反対するという考え,C 教育の自主性を尊重し,教え子たちを戦場に送り出してしまった戦前教育と同様に教育現場に画一的統制や過剰な国家の関与を持ち込むことに反対するという教育者としての考え,Dこれまで人権の尊重や自主的思考及び自主的判断の大切さを強調する教育実践を続けてきたことと矛盾する行動はできないという教育者としての考え,E 多様な国籍,民族,信仰,家庭的背景等から生まれた生徒の信仰や思想を守らなければならないという教育者としての考え等を有している。
 上記のような考えは,「日の丸」や「君が代」が過去の我が国において果たした役割に関わる上告人ら自身の歴史観ないし世界観及びこれに由来する社会生活上ないし教育上の信念等ということができるところ,上告人らは,卒業式等の式典における国歌斉唱の際の起立斉唱行為は,「日の丸」や「君が代」に尊重の意を表するものであって,上告人らの考えとは根本的に相容れないものであるから,このような考えを有する上告人らに対して職務命令によってこれを強制することは,個人の思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条に違反する旨主張する。
 しかしながら,本件各職務命令の発出当時,公立高等学校における卒業式等の式典において,国旗としての「日の丸」の掲揚及び国歌としての「君が代」の斉唱が広く行われていたことは周知の事実であって,学校の儀式的行事である卒業式等の式典における国歌斉唱の際の起立斉唱行為は,一般的,客観的に見て,これらの式典における慣例上の儀礼的な所作としての性質を有するものであり,かつ,そのような所作として外部からも認識されるものというべきである。したがって,上記国歌斉唱の際の起立斉唱行為は,その性質の点から見て,上告人らの有する歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結び付くものとはいえず,上告人らに対して上記国歌斉唱の際の起立斉唱行為を求めることを内容とする本件各職務命令は,上記の歴史観ないし世界観それ自体を否定するものということはできない。また,上記国歌斉唱の際の起立斉唱行為は,その外部からの認識という点から見ても,特定の思想又はこれに反対する思想の表明として外部から認識されるものと評価することは困難であり,職務上の命令に従ってこのような行為が行われる場合には,上記のように評価することは一層困難であるといえるのであって,本件各職務命令は,特定の思想を持つことを強制したり,これに反対する思想を持つことを禁止したりするものではなく,特定の思想の有無について告白することを強要するものということもできない。そうすると,本件各職務命令は,これらの観点において,個人の思想及び良心の自由を直ちに制約するものと認めることはできないというべきである。

2.もっとも,上記国歌斉唱の際の起立斉唱行為は,一般的,客観的に見ても,国旗及び国歌に対する敬意の表明の要素を含む行為であるということができる。そうすると,自らの歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となる「日の丸」や「君が代」に対して敬意を表明することには応じ難いと考える者が,これらに対する敬意の表明の要素を含む行為を求められることは,その行為が個人の歴史観ないし世界観に反する特定の思想の表明に係る行為そのものではないとはいえ,個人の歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行動(敬意の表明の要素を含む行為)を求められることとなる限りにおいて,その者の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難い。
 そこで,このような間接的な制約について検討するに,個人の歴史観ないし世界観には多種多様なものがあり得るのであり,それが内心にとどまらず,それに由来する行動の実行又は拒否という外部的行動として現れ,社会一般の規範等と抵触する場面において,当該外部的行動に対する制限が必要かつ合理的なものである場合には,その制限によってもたらされる上記の間接的な制約も許容され得るものというべきである。そして,職務命令においてある行為を求められることが,個人の歴史観ないし世界観に由来する行動と異なる外部的行動を求められることとなる限りにおいて,当該職務命令が個人の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があると判断される場合にも,職務命令の目的及び内容には種々のものが想定され,また,これによってもたらされる上記の制約の態様等も,職務命令の対象となる行為の内容及び性質並びにこれが個人の内心に及ぼす影響その他の諸事情に応じて様々であるといえる。したがって,このような間接的な制約が許容されるか否かは,職務命令の目的及び内容並びにこれによってもたらされる上記の制約の態様等を総合的に較量して,当該職務命令に上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるか否かという観点から判断するのが相当である。
 これを本件についてみるに,本件各職務命令に係る国歌斉唱の際の起立斉唱行為は,前記のとおり,上告人らの歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となるものに対する敬意の表明の要素を含むことから,そのような敬意の表明には応じ難いと考える上告人らにとって,その歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行動となるものである。この点に照らすと,本件各職務命令は,一般的,客観的な見地からは式典における慣例上の儀礼的な所作とされる行為を求めるものであり,それが結果として上記の要素との関係においてその歴史観ないし世界観に由来する行動との相違を生じさせることとなるという点で,その限りで上告人らの思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があるものということができる。
 他方,学校の卒業式や入学式等という教育上の特に重要な節目となる儀式的行事においては,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序を確保して式典の円滑な進行を図ることが必要であるといえる。法令等においても,学校教育法は,高等学校教育の目標として国家の現状と伝統についての正しい理解と国際協調の精神の涵養を掲げ(同法42条1号,36条1号,18条2号),同法43条及び学校教育法施行規則57条の2の規定に基づき高等学校教育の内容及び方法に関する全国的な大綱的基準として定められた高等学校学習指導要領も,学校の儀式的行事の意義を踏まえて国旗国歌条項を定めているところであり,また,国旗及び国歌に関する法律は,従来の慣習を法文化して,国旗は日章旗(「日の丸」)とし,国歌は「君が代」とする旨を定めている。そして,住民全体の奉仕者として法令等及び上司の職務上の命令に従って職務を遂行すべきこととされる地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性(憲法15条2項,地方公務員法30条,32条)に鑑み,公立高等学校の教職員である上告人らは,法令等及び職務上の命令に従わなければならない立場にあり,地方公務員法に基づき,高等学校学習指導要領に沿った式典の実施の指針を示した本件通達を踏まえて,その勤務する当該学校の各校長から学校行事である卒業式等の式典に関して本件各職務命令を受けたものである。これらの点に照らすと,公立高等学校の教職員である上告人らに対して当該学校の卒業式や創立記念式典という式典における慣例上の儀礼的な所作として国歌斉唱の際の起立斉唱行為を求めることを内容とする本件各職務命令は,高等学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義,在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿って,地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえ,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに当該式典の円滑な進行を図るものであるということができる。
 以上の諸事情を踏まえると,本件各職務命令については,前記のように上告人らの思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面はあるものの,職務命令の目的及び内容並びにこれによってもたらされる上記の制約の態様等を総合的に較量すれば,上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるものというべきである。

3.以上の諸点に鑑みると,本件各職務命令は,上告人らの思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条に違反するとはいえないと解するのが相当である。以上は,当裁判所大法廷判決(最高裁昭和28年(オ)第1241号同31年7月4日大法廷判決・民集10巻7号785頁最高裁昭和44年(あ)第1501号同49年11月6日大法廷判決・刑集28巻9号393頁最高裁昭和43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁最高裁昭和44年(あ)第1275号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号1178頁)の趣旨に徴して明らかというべきである。所論の点に関する原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。

【金築誠志補足意見】

 多数意見に賛成する立場から,若干の意見を付加しておきたい。

1.本件において,まず問題になるのは,思想及び良心の自由を侵害する強制があったというためには,一般的,客観的に侵害と評価される行為の強制でなければならないか,それとも,本人の主観において,思想・良心と行為との関連性があり,強制されることに精神的苦痛を感じる場合であれば足りるかという点である。一般的,客観的には,特定の思想,信条等を否定するものとは認められない言動が,一部の人にとっては,その思想,経験等から,本人らの思想等の否定を意味したり,精神的苦痛を与える行為となることは,間々あるが,思想,信条等は,人によって様々であり,それに対してどのような外部的行動が否定的意味を持ち,その人に対し精神的苦痛を与えるかも,人によって違いがあり得るから,仮にこれらの点に関する決定を当該思想等の保有者の主観的判断に委ねるとすれば,そうした主観的判断に基づいて,社会的に必要とされる多くの行為が思想及び良心の自由を侵害するものとして制限を受けたり,他の者の表現の自由を著しく制限することになりかねない。こうした事態は,法の客観性を阻害するものというべきであろう。
 したがって,内心の思想・良心と外部的行動との関連性,すなわち,特定の外部的行動を強制することがその人の内心の思想・良心の表明を強いたり,否定したりすることになるかどうかについては,当該外部的行動が一般的,客観的に意味するところに従って判断すべきであると考える。権利の「侵害」があるかどうかを判断する場合に,こうした一般的,客観的評価に従うという考え方は,法的判断としては,通常のことであると思われる。所論は,本人の内心において,「真摯な」関連性があれば足りる旨主張するが,この見解は,本人の主観的判断に委ねてしまうという問題点を,少しも解決していないといわざるを得ない。
 また,所論は,一般性,客観性を要求することは,少数者の思想・信条を保護しないことになるとも主張するが,ここでの問題は,どのような行為の強制を「侵害」と考えるかの問題であって,どのような思想・信条を保護するかの問題ではない。

2.職務命令をもって起立斉唱を命ずることは,一般的,客観的見地から,上告人らの歴史観,世界観等に関わる思想及び良心の自由を侵害するものではないが,起立斉唱行為が,国旗・国歌に対する敬意の表明という要素を含んでおり,その限りにおいて,本件各職務命令が,上告人らの思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面を有すること,しかし,起立斉唱行為の性質,本件各職務命令の目的,内容,制約の態様等を総合的に較量すれば,その制約を許容し得る程度の必要性,合理性が認められることは,多数意見の判示するとおりである。ここで,私が,念のため強調しておきたいのは,上告人らは,教職員であって,法令やそれに基づく職務命令に従って学校行事を含む教育活動に従事する義務を負っている者であることが,こうした制約を正当化し得る重要な要素になっているという点である。この点で,児童・生徒に対し,不利益処分の制裁をもって起立斉唱行為を強制する場合とは,憲法上の評価において,基本的に異なると考えられる。もっとも,教職員に対する職務命令に起因する対立であっても,これが教育環境の悪化を招くなどした場合には,児童・生徒も影響を受けざるを得ないであろう。そうした観点からも,全ての教育関係者の慎重かつ賢明な配慮が必要とされることはいうまでもない。

【宮川光治反対意見】

 本件は少数者の思想及び良心の自由に深く関わる問題であると思われる。憲法は個人の多様な思想及び生き方を尊重し,我が国社会が寛容な開かれた社会であることをその理念としている。そして,憲法は少数者の思想及び良心を多数者のそれと等しく尊重し,その思想及び良心の核心に反する行為を行うことを強制することは許容していないと考えられる。このような視点で本件を検討すると,私は多数意見に同意することはできない。まず,1において私の反対意見の要諦を述べ,2以下においてそれを敷衍する。

1.国旗に対する敬礼や国歌を斉唱する行為は,私もその一員であるところの多くの人々にとっては心情から自然に,自発的に行う行為であり,式典における起立斉唱は儀式におけるマナーでもあろう。しかし,そうではない人々が我が国には相当数存在している。それらの人々は「日の丸」や「君が代」を軍国主義や戦前の天皇制絶対主義のシンボルであるとみなし,平和主義や国民主権とは相容れないと考えている。そうした思いはそれらの人々の心に深く在り,人格的アイデンティティをも形成し,思想及び良心として昇華されている。少数ではあっても,そうした人々はともすれば忘れがちな歴史的・根源的問いを社会に投げかけているとみることができる。
 上告人らが起立斉唱行為を拒否する前提として有している考えについては原審の適法に確定した事実関係の概要中において6点に要約されている。多数意見も,この考えは,「『日の丸』や『君が代』が過去の我が国において果たした役割に関わる上告人ら自身の歴史観ないし世界観及びこれに由来する社会生活上ないし教育上の信念等ということができる」としており,多数意見は上告人らが有している考えが思想及び良心の内容となっていること,ないしこれらと関連するものであることは承認しているものと思われる。
 上告人らが起立斉唱しないのは,式典において「日の丸」や「君が代」に関わる自らの歴史観ないし世界観及び教育上の信念を表明しようとする意図からではないであろう。その理由は,第1に,上告人らにとって「日の丸」に向かって起立し「君が代」を斉唱する行為は,慣例上の儀礼的な所作ではなく,上告人ら自身の歴史観ないし世界観等にとって譲れない一線を越える行動であり,上告人らの思想及び良心の核心を動揺させるからであると思われる。第2に,これまで人権の尊重や自主的に思考することの大切さを強調する教育実践を続けてきた教育者として,その魂というべき教育上の信念を否定することになると考えたからであると思われる。そのように真摯なものであれば,本件各職務命令に服することなく起立せず斉唱しないという行為は上告人らの思想及び良心の核心の表出であるとみることができ,少なくともこれと密接に関連しているとみることができる。
 上告人らは東京都立高等学校の教職員であるところ,教科教育として生徒に対し国旗及び国歌について教育するということもあり得るであろう。その場合は,教師としての専門的裁量の下で職務を適正に遂行しなければならない。しかし,それ以上に生徒に対し直接に教育するという場を離れた場面においては(式典もその一つであるといえる。),自らの思想及び良心の核心に反する行為を求められるということはないというべきである。なお,音楽教師が式典において「君が代」斉唱のピアノ伴奏を求められる場合に関しても同様に考えることができる。
 国旗及び国歌に関する法律の制定に関しては,国論は分かれていたが,政府の国会答弁では,国旗及び国歌の指導に係る教員の職務上の責務について変更を加えるものではないことが示されており,同法はそのように強制の契機を有しないものとして成立したものといえるであろう。しかしながら,本件通達は,校長の職務命令に従わない場合は服務上の責任を問うとして,都立高等学校の教職員に対し,式典において指定された席で国旗に向かって起立し国歌を斉唱することを求めており,その意図するところは,前記歴史観ないし世界観及び教育上の信念を有する教職員を念頭に置き,その歴史観等に対する否定的評価を背景に,不利益処分をもってその歴史観等に反する行為を強制しようとすることにあるとみることができる。本件各職務命令はこうした本件通達に基づいている。
 本件各職務命令は,直接には,上告人らに対し前記歴史観ないし世界観及び教育上の信念を持つことを禁止したり,これに反対する思想等を持つことを強制したりするものではないので,一見明白に憲法19条に違反するとはいえない。しかしながら,上告人らの不起立不斉唱という外部的行動は上告人らの思想及び良心の核心の表出であるか,少なくともこれと密接に関連している可能性があるので,これを許容せず上告人らに起立斉唱行為を命ずる本件各職務命令は憲法審査の対象となる。そして,上告人らの行動が式典において前記歴史観等を積極的に表明する意図を持ってなされたものでない限りは,その審査はいわゆる厳格な基準によって本件事案の内容に即して具体的になされるべきであると思われる。本件は,原判決を破棄し差し戻すことを相当とする。

2.上告人らの主張の中心は,起立斉唱行為を強制されることは上告人らの有する歴史観ないし世界観及び教育上の信念を否定することと結び付いており,上告人らの思想及び良心を直接に侵害するものであるというにあると理解できるところ,多数意見は,式典において国旗に向かって起立し国歌を斉唱する行為は慣例上の儀礼的な所作としての性質を有するものであり,その性質の点から見て,上告人らの有する歴史観ないし世界観それ自体を否定するものではないとしている。多数意見は,式典における起立斉唱行為を,一般的,客観的な視点で,いわば多数者の視点でそのようなものであると評価しているとみることができる。およそ精神的自由権に関する問題を,一般人(多数者)の視点からのみ考えることは相当でないと思われる。なお,多数意見が指摘するとおり式典において国旗の掲揚と国歌の斉唱が広く行われていたことは周知の事実であるが,少数者の人権の問題であるという視点からは,そのことは本件合憲性の判断にはいささかも関係しない。
 前記歴史観ないし世界観及び教育上の信念を有する者でも,その内面における深さの程度は様々であろう。割り切って起立し斉唱する者もいるであろう。面従腹背する者もいるであろう。起立はするが,声を出して斉唱しないという者もいよう(なお,本件各職務命令では起立と斉唱は一体であり,これを分けて考える意味はない。不起立行為は視覚的に明瞭であるだけに,行為者にとっては内心の動揺は大きいとみることもできる。他方,職務命令を発する側にとっても斉唱よりもむしろ起立させることが重要であると考えているように思われる。)。しかし,思想及び良心として深く根付き,人格的アイデンティティそのものとなっており,深刻に悩んだ結果として,あるいは信念として,そのように行動することを潔しとしなかった場合,そういった人達の心情や行動を一般的ではないからとして,過小評価することは相当でないと思われる。

3.本件では,上告人らが抱いている歴史観ないし世界観及び教育上の信念が真摯なものであり,思想及び良心として昇華していると評価し得るものであるかについて,また,上告人らの不起立不斉唱行為が上告人らの思想及び良心の核心と少なくとも密接に関連する真摯なものであるかについて(不利益処分を受容する覚悟での行動であることを考えるとおおむね疑問はないと思われるが),本件各職務命令によって上告人らの内面において現実に生じた矛盾,葛藤,精神的苦痛等を踏まえ,まず,審査が行われる必要がある。
 こうした真摯性に関する審査が肯定されれば,これを制約する本件各職務命令について,後述のとおりいわゆる厳格な基準によって本件事案の内容に即して具体的に合憲性審査を行うこととなる。

4.平成11年8月に公布,施行された国旗及び国歌に関する法律は僅か2条の定義法にすぎないが,この制定に関しては,国論は分かれた。政府の国会答弁では,繰り返し,国旗の掲揚及び国歌の斉唱に関し義務付けを行うことは考えていないこと,学校行事の式典における不起立不斉唱の自由を否定するものではないこと,国旗及び国歌の指導に係る教員の職務上の責務について変更を加えるものではないこと等が示されており,同法はそのように強制の契機を有しないものとして成立したものといえるであろう。その限りにおいて,同法は,憲法と適合する。
 これより先,平成11年3月告示の高等学校学習指導要領は,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と規定しているが,この規定を高等学校の教職員に対し起立斉唱行為を職務命令として強制することの根拠とするのは無理であろう。そもそも,学習指導要領は,教育の機会均等を確保し全国的に一定の水準を維持するという目的のための大綱的基準であり,教師による創造的かつ弾力的な教育や地方ごとの特殊性を反映した個別化の余地が十分にあるものであって(最高裁昭和43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁参照),学習指導要領のこのような性格にも照らすと,上記根拠となるものではないことは明白であると思われる。
 国旗及び国歌に関する法律施行後,東京都立高等学校において,少なからぬ学校の校長は内心の自由告知(内心の自由を保障し,起立斉唱するかしないかは各教職員の判断に委ねられる旨の告知)を行い,式典は一部の教職員に不起立不斉唱行為があったとしても支障なく進行していた。
 こうした事態を,本件通達は一変させた。本件通達が何を企図したものかに関しては記録中の東京都関連の各会議議事録等の証拠によれば歴然としているように思われるが,原判決はこれを認定していない。しかし,原判決認定の事実によっても,都教委は教職員に起立斉唱させるために職務命令についてその出し方を含め細かな指示をしていること,内心の自由を説明しないことを求めていること,形から入り形に心を入れればよい,形式的であっても立てば一歩前進だなどと説明していること,不起立行為を把握するための方法等について入念な指導をしていること,不起立行為等があった場合,速やかに東京都人事部に電話で連絡するとともに事故報告書を提出することを求めていること等の事実が認められるのであり,卒業式等にはそれぞれ職員を派遣し式の状況を監視していることや,その後の戒告処分の状況をみると,本件通達は,式典の円滑な進行を図るという価値中立的な意図で発せられたものではなく,前記歴史観ないし世界観及び教育上の信念を有する教職員を念頭に置き,その歴史観等に対する強い否定的評価を背景に,不利益処分をもってその歴史観等に反する行為を強制することにあるとみることができると思われる。本件通達は校長に対して発せられたものではあるが,本件各職務命令は本件通達に基づいているのであり,上告人らが,本件各職務命令が上告人らの有する前記歴史観ないし世界観及び教育上の信念に対し否定的評価をしているものと受け止めるのは自然なことであると思われる。
 本件各職務命令の合憲性の判断に当たっては,本件通達やこれに基づく本件各職務命令をめぐる諸事情を的確に把握することが不可欠であると考えられる。

5.本件各職務命令の合憲性の判断に関しては,いわゆる厳格な基準により,本件事案の内容に即して,具体的に,目的・手段・目的と手段との関係をそれぞれ審査することとなる。目的は真にやむを得ない利益であるか,手段は必要最小限度の制限であるか,関係は必要不可欠であるかということをみていくこととなる。結局,具体的目的である「教育上の特に重要な節目となる儀式的行事」における「生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序を確保して式典の円滑な進行を図ること」が真にやむを得ない利益といい得るか,不起立不斉唱行為がその目的にとって実質的害悪を引き起こす蓋然性が明白で,害悪が極めて重大であるか(式典が妨害され,運営上重大な支障をもたらすか)を検討することになる。その上で,本件各職務命令がそれを避けるために必要不可欠であるか,より制限的でない他の選び得る手段が存在するか(受付を担当させる等,会場の外における役割を与え,不起立不斉唱行為を回避させることができないか)を検討することとなろう。

6.以上,原判決を破棄し,第1に前記3の真摯性,第2に前記5の本件各職務命令の憲法適合性に関し,改めて検討させるため,本件を原審に差し戻すことを相当とする。

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