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最高裁判所第三小法廷判決平成23年06月14日

【事案】

1.上告人の自ら設置し管理する老人福祉施設の資産の譲渡先としてその運営を引き継ぐ事業者の選考のための公募において,設立準備中の社会福祉法人が,提案書を提出してこれに応募したところ,紋別市長から提案について決定に至らなかった旨の通知を受けたことから,上記法人の理事又は理事長の就任予定者である被上告人らが,上記通知が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たることを前提にその取消し等を求めている事案。

2.事実関係の概要

 上告人は,平成20年2月8日,自ら設置し管理する老人福祉施設である紋別市立安養園を民間事業者に移管すること(以下「本件民間移管」という。),その手法として,長期的に同じ事業者が経営を継続することのできる効用を期待して,指定管理者方式(地方自治法244条の2第3項に基づき事業者に施設の管理を一定期間行わせる方式)を避けて施設譲渡方式(事業者に施設の資産を譲渡する方式)を採ること,当該老人福祉施設の資産の譲渡先としてその運営を引き継ぐ事業者(以下「受託事業者」という。)を公募により選考することを決め,「紋別市立安養園民間移管に係る受託事業候補者募集要綱」(以下「本件募集要綱」という。)を定めた。本件募集要綱には,上告人は受託事業者に対し上記施設の建物及び備品(以下「本件建物等」という。)を無償で譲渡するとともに上記建物の敷地(以下「本件土地」という。)を当分の間無償で貸与すること,受託事業者は移管条件に従い上記施設を老人福祉施設として経営するとともに上告人と締結する契約の各条項を信義誠実の原則に基づいて履行すべきこと,上告人は受託事業者の決定後においても移管条件が遵守される見込みがないと判断するときはその決定を取り消すことができることなどが定められていた。
 上告人は,同月25日から同年3月24日まで受託事業者の募集(以下「本件募集」という。)をし,設立準備中の社会福祉法人であるA会は,同日付け提案書を提出してこれに応募したところ,他に応募者のない中で,上告人の設置に係る受託事業候補者選定委員会においてその候補者として選定された後,同年5月2日,紋別市長から,A会を相手方として本件民間移管の手続を進めることは好ましくないと判断したので提案について決定に至らなかった旨の通知(以下「本件通知」という。)を受けた。

3.原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,本件通知が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるとした上で,本件通知の取消請求を認容した。
 本件民間移管に当たっては,指定管理者方式と施設譲渡方式とが検討された上で,長期的に同じ事業者が経営を継続することのできる効用を期待して,後者が選択されたところ,紋別市公の施設に係る指定管理者の指定手続に関する条例(平成17年紋別市条例第11号)及び同条例施行規則(平成17年紋別市規則第46号)によれば,上告人においては,指定管理者方式を採る場合には原則として指定管理者の候補者を公募することとされているから,本件募集要綱を定めて本件募集を行ったのは指定管理者方式を参考にしたものと推認され,より慎重に受託事業者を選定する必要のある施設譲渡方式においては公募によることが地方自治法の解釈上要求されているものと解される。以上によれば,本件募集は法令の定めに基づいてされたものということができ,本件募集に応募した者には本件募集要綱に従って適正に選定を受ける法的利益があり,本件通知はこの法的利益を制限するものであるから行政処分性がある。

【判旨】

1.原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 前記事実関係によれば,本件民間移管は,上告人と受託事業者との間で,上告人が受託事業者に対し本件建物等を無償で譲渡し本件土地を貸し付け,受託事業者が移管条件に従い当該施設を老人福祉施設として経営することを約する旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結することにより行うことが予定されていたものというべきである。本件募集要綱では,上告人は受託事業者の決定後においても移管条件が遵守される見込みがないと判断するときはその決定を取り消すことができるとされており,本件契約においても,これと同様の条項が定められれば解除権が留保されるほか,本件土地の貸付けには,公益上の理由による解除権が留保されており(地方自治法238条の5第4項,238条の4第5項),本件土地の貸付け及び本件建物等の無償譲渡には,用途指定違反を理由とする解除権が留保され得るが(同法238条の5第6項,7項),本件契約を締結するか否かは相手方の意思に委ねられているのであるから,そのような留保によって本件契約の契約としての性格に本質的な変化が生ずるものではない。
 そして,本件契約は,上告人が価格の高低のみを比較することによって本件民間移管に適する相手方を選定することができる性質のものではないから,地方自治法施行令167条の2第1項2号にいう「その他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しないもの」として,随意契約の方法により締結することができるものである。また,紋別市公の施設に係る指定管理者の指定手続に関する条例及び同条例施行規則は,上告人の設置する公の施設に係る地方自治法244条の2第3項所定の指定管理者の指定の手続について定めたものであって(同条例1条参照),本件契約の締結及びその手続につき適用されるものではない。そうすると,本件募集は,法令の定めに基づいてされたものではなく,上告人が本件民間移管に適する事業者を契約の相手方として選考するための手法として行ったものである。
 以上によれば,紋別市長がした本件通知は,上告人が,契約の相手方となる事業者を選考するための手法として法令の定めに基づかずに行った事業者の募集に応募した者に対し,その者を相手方として当該契約を締結しないこととした事実を告知するものにすぎず,公権力の行使に当たる行為としての性質を有するものではないと解するのが相当である。したがって,本件通知は,抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないというべきである(最高裁昭和33年(オ)第784号同35年7月12日第三小法廷判決・民集14巻9号1744頁最高裁昭和42年(行ツ)第52号同46年1月20日大法廷判決・民集25巻1号1頁参照)。

2.以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,同部分につき,被上告人らの訴えを却下した第1審判決は正当であるから,被上告人らの控訴を棄却すべきである。

 

最高裁判所第三小法廷判決平成23年06月21日

【事案】

1.広島県立学校の教職員であった上告人ら(X1,X2,X3及びX4については,訴訟承継前の第1審原告Aを指す。後記3(2)を除き,以下同じ。)が,卒業式又は入学式において国旗掲揚の下で国歌斉唱の際に起立すること(以下「起立行為」という。)を命ずる旨の校長の職務命令に従わず,上記国歌斉唱の際に起立しなかったところ,被上告人から戒告処分を受けたため,上記職務命令は憲法19条に違反するなどと主張して,被上告人に対し,上記戒告処分の取消しを求めている事案。

2.事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1) 学校教育法(平成19年法律第96号による改正前のもの)43条及び学校教育法施行規則(平成19年文部科学省令第40号による改正前のもの)57条の2の規定に基づく高等学校学習指導要領(平成11年文部省告示第58号。平成21年文部科学省告示第38号による特例の適用前のもの。以下「高等学校学習指導要領」という。)第4章第2C(1)は,「教科」とともに教育課程を構成する「特別活動」の「学校行事」のうち「儀式的行事」の内容について,「学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこと。」と定めている。そして,同章第3の3は,「特別活動」の「指導計画の作成と内容の取扱い」において,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と定めている(以下,この定めを「国旗国歌条項」という。)。また,学校教育法(平成18年法律第80号による改正前のもの)73条及び学校教育法施行規則(平成19年文部科学省令第5号による改正前のもの)73条の10の規定に基づく「盲学校,聾学校及び養護学校高等部学習指導要領」(平成11年文部省告示第62号。平成19年文部科学省告示第46号による改正前のもの。以下「高等部学習指導要領」という。)第4章は,「特別活動の目標,内容及び指導計画の作成と内容の取扱いについては,高等学校学習指導要領第4章に示すものに準ずる」と定めている。

(2) 被上告人の教育部長は,平成12年12月26日付けで,広島県立学校の各校長宛てに,「卒業式及び入学式における国旗及び国歌に係る指導について(通知)」を発した。その内容は,上記各校長に対し,卒業式及び入学式において学習指導要領に基づき国旗掲揚及び国歌斉唱を整然と実施することなどを求めるものであった。また,被上告人は,同日に開かれた臨時県立学校長会議において,上記各校長に対し,学校の卒業式等の式典に関し,@ 国旗は,式場内において,出席者の目に自然に留まるように掲揚すること,A 式次第に国歌斉唱を位置付け,国歌斉唱に際しては教職員は起立することなどを求めた(以下,上記通知とこの求めを併せて「本件通知等」という。)。

(3) 第1審判決添付別表1ないし4の「日時」欄記載の日の当時,X5は同別表1「当時の所属校」欄記載の広島県立高等学校に勤務する養護教諭であり,X6,X7,X8及びX9並びに第1審原告Aは同欄ないし同別表3「当時の所属校」欄記載の各広島県立高等学校に勤務する実習助手であり(なお,同第1審原告は,第1審係属中の平成18年▲月▲日に死亡し,X1,X2,X3及びX4がその地位を承継した。),その余の上告人らは上記各別表「当時の所属校」欄記載の各広島県立の高等学校ないしろう学校(以下「高等学校等」という。)に勤務する教諭であったところ,上告人らは,それぞれ,同各別表「校長」欄記載の各校長から,本件通知等を踏まえ,同別表1記載の上告人らは平成13年度入学式(上記ろう学校については同年度高等部入学式)に際し,同別表2記載の上告人らは同年度卒業式に際し,同別表3記載の上告人らは同14年度入学式に際し,同別表4記載の上告人は同15年度卒業式に際し,平成13年4月3日から同16年3月1日にかけての同各別表「日時」欄記載の日に,同各別表「発言内容」欄記載のとおり,上記卒業式又は入学式における国歌斉唱の際に起立行為を命ずる旨の各職務命令(以下「本件各職務命令」という。)を受けた。しかし,上告人らは,本件各職務命令に従わず,上記卒業式又は入学式における国歌斉唱の際に起立しなかった。

(4) 被上告人は,平成13年5月11日付けで上記別表1記載の上告人らに対し,同14年3月28日付けで上記別表2記載の上告人らに対し,同年5月10日付けで上記別表3記載の上告人らに対し,同16年3月30日付けで上記別表4記載の上告人に対し,上記卒業式又は入学式における上記不起立行為は地方公務員法32条及び33条に違反し,同法29条1号,2号及び3号に該当するとして,それぞれ戒告処分をした。

【判旨】

1(1) 上告人らは,卒業式等の式典における国歌斉唱の際の起立行為を拒否する理由について,@ 「君が代」が天皇制を讃えるための歌であり,大日本帝国が他国を侵略するに当たり超国家主義の思想を徹底させる必要から学校教育を通じて普及させられたものであるという歴史観,A 「君が代」は皇国史観又は身分差別につながるものとして現行憲法下では排斥される必要があるという思想を有している旨主張する。
 上記のような考えは,我が国において「日の丸」や「君が代」が戦前の軍国主義や皇国史観等との関係で果たした役割に関わる上告人ら自身の歴史観ないし世界観及びこれに由来する社会生活上ないし教育上の信念等ということができる。

(2) しかしながら,本件各職務命令当時,公立高等学校等における卒業式等の式典において,国旗としての「日の丸」の掲揚及び国歌としての「君が代」の斉唱が広く行われていたことは周知の事実であり,学校の儀式的行事である卒業式等の式典における国歌斉唱の際の起立行為は,一般的,客観的に見て,これらの式典における慣例上の儀礼的な所作としての性質を有するものというべきであって,上記の歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結び付くものということはできない。したがって,上告人らに対して学校の卒業式等の式典における国歌斉唱の際の起立行為を求めることを内容とする本件各職務命令は,直ちに上記の歴史観ないし世界観それ自体を否定するものということはできないというべきである。

(3) また,本件各職務命令当時,公立高等学校等の卒業式等の式典における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施状況は上記(2)のとおりであり,学校の儀式的行事である卒業式等の式典における国歌斉唱の際の起立行為は,一般的,客観的に見て,これらの式典における慣例上の儀礼的な所作として外部から認識されるものというべきであって,それ自体が特定の思想又はこれに反する思想の表明として外部から認識されるものと評価することは困難である。なお,職務上の命令に従ってこのような行為が行われる場合には,上記のように評価することは一層困難であるともいえる。
 したがって,本件各職務命令は,上告人らに対して,特定の思想を持つことを強制したり,これに反する思想を持つことを禁止したりするものではなく,特定の思想の有無について告白することを強要するものともいえず,生徒に対して一方的な理想や理念を教え込むことを強制するものとみることもできない。

(4) そうすると,本件各職務命令は,上記(2)及び(3)の観点において,個人の思想及び良心の自由を直ちに制約するものと認めることはできないというべきである。

2.もっとも,学校の卒業式等の式典における国歌斉唱の際の起立行為は,教員が日常担当する教科等や日常従事する事務の内容それ自体には含まれないものであって,一般的,客観的に見ても,国旗及び国歌に対する敬意の表明の要素を含む行為であり,そのように外部から認識されるものであるということができる(なお,例えば音楽専科の教諭が上記国歌斉唱の際にピアノ伴奏をする行為であれば,音楽専科の教諭としての教科指導に準ずる性質を有するものであって,敬意の表明としての要素の希薄な行為であり,そのように外部から認識されるものであるといえる。)。そうすると,自らの歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となる「日の丸」や「君が代」に対して敬意を表明することには応じ難いと考える者が,これらに対する敬意の表明の要素を含む行為を求められることは,その行為が個人の歴史観ないし世界観に反する特定の思想の表明に係る行為そのものではないとはいえ,個人の歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行動(敬意の表明の要素を含む行為)を求められることとなり,それが心理的葛藤を生じさせ,ひいては個人の歴史観ないし世界観に影響を及ぼすものと考えられるのであって,これを求められる限りにおいて,その者の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難い。
 なお,上告人らは,学校の卒業式等のような式典において公的機関が参加者に一律の行動を強制することに対する否定的評価及びこのような行動に自分は参加してはならないという信条との関係でも個人の思想及び良心の自由が侵される旨主張するところ,この点も「君が代」に対する歴史観ないし世界観と密接に関連するものとして主張されているのであり,上記の式典において上記のような外部的行動を求められる場面における個人の思想及び良心の自由についての制約の有無は,これを求められる個人の歴史観ないし世界観との関係における間接的な制約の有無によって判断されるべき事柄であって,これとは別途の検討を要するものとは解されない。

3(1) そこで,このような間接的な制約について検討するに,個人の歴史観ないし世界観には多種多様なものがあり得るのであり,それが内心にとどまらず,それに由来する行動の実行又は拒否という外部的行動として現れ,当該外部的行動が社会一般の規範等と抵触する場面において制限を受けることがあるところ,その制限が必要かつ合理的なものである場合には,その制限を介して生ずる上記の間接的な制約も許容され得るものというべきである。そして,職務命令においてある行為を求められることが,個人の歴史観ないし世界観に由来する行動と異なる外部的行動を求められることとなり,その限りにおいて,当該職務命令が個人の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があると判断される場合にも,職務命令の目的及び内容には種々のものが想定され,また,上記の制限を介して生ずる制約の態様等も,職務命令の対象となる行為の内容及び性質並びにこれが個人の内心に及ぼす影響その他の諸事情に応じて様々であるといえる。したがって,このような間接的な制約が許容されるか否かは,職務命令の目的及び内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量して,当該職務命令に上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるか否かという観点から判断するのが相当である。

(2) これを本件についてみるに,本件各職務命令に係る国歌斉唱の際の起立行為は,前記のとおり,上告人らの歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となるものに対する敬意の表明の要素を含み,そのように外部から認識されるものであることから,そのような敬意の表明には応じ難いと考える上告人らにとって,その歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行動となり,心理的葛藤を生じさせるものである。この点に照らすと,本件各職務命令は,一般的,客観的な見地からは式典における慣例上の儀礼的な所作とされる行為を求めるものであり,それが結果として上記の要素との関係においてその歴史観ないし世界観に由来する行動との相違を生じさせることとなるという点で,その限りで上告人らの思想及び良心の自由についての前記(2)の間接的な制約となる面があるものということができる。
 他方,学校の卒業式や入学式等という教育上の特に重要な節目となる儀式的行事においては,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序を確保して式典の円滑な進行を図ることが必要であるといえる。法令等においても,学校教育法は,高等学校教育の目標として国家の現状と伝統についての正しい理解と国際協調の精神の涵養を掲げ(同法(平成19年法律第96号による改正前のもの)42条1号,36条1号,18条2号),同法(同改正前のもの)43条及び学校教育法施行規則(平成19年文部科学省令第40号による改正前のもの)57条の2の規定に基づき高等学校教育の内容及び方法に関する全国的な大綱的基準として定められた高等学校学習指導要領も,学校の儀式的行事の意義を踏まえて国旗国歌条項を定めているところであり(高等部学習指導要領もこれに準ずるものとされている。),また,国旗及び国歌に関する法律は,従来の慣習を法文化して,国旗は日章旗(「日の丸」)とし,国歌は「君が代」とする旨を定めている。そして,住民全体の奉仕者として法令等及び上司の職務上の命令に従って職務を遂行すべきこととされる地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性(憲法15条2項,地方公務員法30条,32条)に鑑み,公立高等学校等の教職員である上告人らは,法令等及び職務上の命令に従わなければならない立場にあり,地方公務員法に基づき,高等学校学習指導要領ないし高等部学習指導要領に沿った式典の実施の指針を示した本件通知等を踏まえて,その勤務する当該学校の各校長から学校行事である卒業式等の式典に関して本件各職務命令を受けたものである。これらの点に照らすと,公立高等学校等の教職員である上告人らに対して当該学校の卒業式又は入学式という式典における慣例上の儀礼的な所作として国歌斉唱の際の起立行為を求めることを内容とする本件各職務命令は,高等学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義,在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿って,地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえ,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに当該式典の円滑な進行を図るものであるということができる。
 以上の諸事情を踏まえると,本件各職務命令については,前記のように上告人らの思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面はあるものの,職務命令の目的及び内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量すれば,上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるものというべきである。

4.以上の諸点に鑑みると,本件各職務命令は,上告人らの思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条に違反するとはいえないと解するのが相当である。
 以上は,当裁判所大法廷判決(最高裁昭和28年(オ)第1241号同31年7月4日大法廷判決・民集10巻7号785頁最高裁昭和44年(あ)第1501号同49年11月6日大法廷判決・刑集28巻9号393頁最高裁昭和43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁最高裁昭和44年(あ)第1275号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号1178頁)の趣旨に徴して明らかというべきである(最高裁平成22年(行ツ)第314号同23年6月14日第三小法廷判決・裁判所時報1533号登載予定最高裁平成22年(行ツ)第54号同23年5月30日第二小法廷判決・裁判所時報1532号2頁最高裁平成22年(オ)第951号同23年6月6日第一小法廷判決・裁判所時報1533号登載予定参照)。所論の点に関する原審の判断は,以上の趣旨をいうものとして,是認することができる。論旨は採用することができない。

【那須弘平補足意見】

1.私は,本件と論点の多くを共通にする,多数意見の引用する最高裁平成23年6月14日第三小法廷判決(以下「起立斉唱東京事件判決」という。)において,補足意見を述べた。本件についても,同補足意見で示したところが基本的に当てはまると考えられるので,これを引用する。

2.本件において,上告人らは,学校の卒業式等の式典において公的機関が参加者に一律の行動を強制することに対する否定的評価及びこのような行動に自分は参加してはならないという信条との関係でも上告人らの思想及び良心の自由が侵される旨主張している。この点についても,基本的に多数意見の理由第1,3(2)(※判旨2)の判示するところが相当であると考えるが,事案に鑑み,補足して,生徒らとの関係における「一律の行動」の「強制」の意味等を中心に,以下のとおり私の見解を示しておきたい。

(1) この問題については,まず,上告人らのいう参加者への「強制」とは何を指すのかということから検討を始めるのが適切であろう。原判決は,生徒を含む参加者に一律の行動の強制がされたと認められるかどうかにつき,要旨以下のとおり指摘している(事実及び理由第3,6(2)。ただし,生徒らの思想及び良心の自由の侵害の有無を検討する部分である。)。

ア.被上告人が,各学校長を通じ,上告人らに対し,入学式及び卒業式の国歌斉唱時の起立を命じたのは,教職員が率先して起立することにより,儀式的行事における儀礼を示し,間接的に生徒に働きかける効果を期待したものである。

イ.保護者や学校外の関係者も出席する儀式的行事の場面においては,生徒の内心に対する一定程度の働きかけを伴うことは不可避である。このような間接的な働きかけは,方法としても穏当なものであって,これを直ちに生徒に対する強制ということはできない。その際,一律に起立斉唱するよう号令をかけ,これとともに教職員が起立する場合であっても,この結論は変わらない。

 原審の上記の判断はまことに当を得たものであり,これによれば,生徒らとの関係では,「公的機関が参加者に一律の行動を強制する」という事実の存在自体が認められないことになる。そうすると,強制に対する「否定的評価」及び「このような行動に自分は参加してはならないという信条」に関する主張も,生徒らとの関係では,前提を欠くことになる。

(2) もっとも,上告人らの主張の趣旨は,それが「強制」に当たるかどうかを問題にしているのではなく,生徒らに対し「一律の行動」を求めること自体を問題にしていると善解できないでもない。しかし,その場合には,生徒らに対し一律に起立斉唱を求めることが,なぜ上告人らの思想及び良心の自由を侵害することになるのか,更に踏み込んだ検討が必要となる。
 この点につき,上告人らは,上告理由書(5頁)において,「働きかけ」の状況・態様が,個々の生徒が自らの自由な意思決定に従って起立・不起立を選択する余地の存するものでない限りは「強制」に当たると主張し,また,参加者全員に対して一律に起立斉唱するよう教職員から号令がかけられるとともに,教職員らが全員一律に起立斉唱するという状況が作出されれば,個々の生徒・児童が自らの自由な意思に基づいて不起立を選択することも困難となるとも主張する。
 しかしながら,学校教育において生徒に一律の行動をとることを求める必要があることは,教室の内外を問わず,日常広く認められるところである。それだけでなく,程度の問題はあれ,集団行動への順応性を高めることを積極的に評価する面さえあることは,教育関係者だけでなく,社会一般に広く認識され,容認されてもいる。学校教育におけるこのような側面を直視することなくしては,学校教育そのものが成り立たないか,そうでなくても重要な部分に深刻な欠落が生じる懸念があることは否定し難い。そうすると,入学式及び卒業式等の式典において生徒らに一律の起立斉唱を求めても,これに応じない生徒らに対する懲罰等の不利益を伴う場合は別として,厳密な意味での強制に当たるともいえない本件のような場合に関する限り,教育上,特に禁止される違法・不当な性質のものと認めることもできない。したがって,この点について生徒らに対する「強制」を問題とする上告人らの主張には理由がないというべきである。

(3) さらに,上告人らの主張は,儀式一般における「一律の行動」を問題とするのではなく,「君が代」の斉唱という,国民あるいは教育に携わる関係者の中で意見が大きく分かれる問題について,公立学校が参加者に対し「一律の行動」を求めることが公的機関としての中立性を害する可能性があることを問題とし,これに加担することが思想及び良心の自由に反する旨をいうものと理解する余地がないでもない。
 学校教育一般について,公的機関としての中立性の要請が働くことはあり得ることである。しかし,本件のように厳密な意味での「強制」には当たらないが,卒業式等の式典での慣例上の儀礼的な所作として生徒らに対して一律の行動を求める場合についてまで,公的機関としての中立性の要請が及ぶかどうか,あるいは及ぶとしてもこれに対抗して考慮されなければならない教育上の諸事情とのかね合いをどう判断すべきかについてはなお慎重な検討が必要であろう。上記(2)で述べたように,学校教育の本質から見て,生徒らに一律の行動をとることを求める必要性があることは否定できず,これを無視しては学校教育そのものが成り立たず,あるいは重要な部分に欠落が生じる懸念がある。この点を重要な要素の一つとして勘案すれば,公的機関としての中立性の問題を視野に入れても,なお上記(2)の結論は変わらないし,変えるべきでもないと考える。

3.公立学校の教員が,入学式ないし卒業式等において起立斉唱する行為は,国旗・国歌に対する敬意の表明や礼譲の姿勢を示す趣旨にとどまらず,教員自らが起立斉唱することによって,生徒らに模範を示して指導する趣旨を含むものである。これが教員としての職務の一環である点については,起立斉唱東京事件判決の補足意見において指摘したとおりである。
 上告人らに起立斉唱を命じる職務命令が上告人らの思想及び良心の自由についての間接的にせよ制約となる面があるにしても,入学式ないし卒業式等という学校教育にとって重要な教育活動を効果的に実施し,その成果を教育の受け手である生徒らに十分に享受させるという公共の利益との比較考量の結果からすれば,その制約に合理性がないとはいえない。原審も同様の趣旨をいうものとして,是認できる。

【岡部喜代子補足意見】

 多数意見の述べるとおり,起立行為を命ずる旨の職務命令が個人の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難いものであり,思想及び良心の自由が憲法上の保障であるところからすると,その命令が憲法に違反するとまではいえないとしても,その命令の不履行に対して不利益処分を課すに当たっては慎重な衡量が求められるというべきである。その命令の不履行としての不起立が個人の思想及び良心に由来する真摯なものであって,その命令に従って起立することが当該個人の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面がある場合には,@当該命令の必要性の程度,A不履行の程度,態様,B不履行による損害など影響の程度,C代替措置の有無と適否,D課せられた不利益の程度とその影響など諸般の事情を勘案した結果,当該不利益処分を課すことが裁量権の逸脱又は濫用に該当する場合があり得るというべきである。本件においてはその旨の主張はなされていないので,付言するにとどめる。

【大谷剛彦の補足意見】

 私は,本件各職務命令は,これによって求められる国歌斉唱の際の起立行為に敬意という要素が含まれるがゆえに,本人に心理的葛藤を生じさせ,ひいては個人の歴史観ないし世界観に影響を及ぼし,思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難いが,その制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるので,上告人らの思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条に違反するとはいえないと考えるものであり,その趣旨を述べる多数意見に賛同するものであるところ,本件については,市立小学校の音楽専科の教諭に対し入学式における国歌斉唱の際のピアノ伴奏を命ずる職務命令が憲法19条に違反しないとした当第三小法廷の判決(最高裁平成16年(行ツ)第328号同19年2月27日第三小法廷判決・民集61巻1号291頁)の事案との異同に焦点を当てて意見を補足したい点がある。この点については,多数意見の引用する最高裁平成23年6月14日第三小法廷判決における私の補足意見の中で述べたとおりであるので,これを引用する。

【田原睦夫反対意見】

 私は,上告人らのうち,単なる「起立命令」のみを受けた者らについては,多数意見に賛成し,その上告は棄却すべきものであると考えるが,上告人らのうち「起立斉唱命令」を受けた者らについては,原判決を破棄して原審において更に審議を尽くさせるべく原審に差し戻すべきものと考える。以下,その理由を述べる。

1.起立命令について

 私は,公立高等学校等の校長が,入学式又は卒業式における国歌斉唱の際に,その式に参列する教職員に対して,本件のような職務命令をもって起立行為を命ずることは,その教職員らの思想及び良心の自由を直ちに制約するものとはいえず,また,かかる命令は思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面はあるものの,職務命令の目的及び内容並びにその制約等を総合的に較量すれば,なお若干の疑念は存するものの,その制約を許容し得る程度の必要性及び合理性を有することを肯認することができるとする多数意見の考え方に同調するものである。
 したがって,本件の各高等学校等の校長がなした,本件の各入学式又は卒業式における国歌斉唱の際に起立行為を命じる旨の各職務命令は,上告人らの思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条に違反するものとはいえないと解するのが相当であると考える。

2.起立斉唱命令について

 原審の確定した事実関係によれば,第1審判決添付別表1の番号14ないし23,28,同別表2の番号33,37,同別表3の番号欄空欄(亡A)の各上告人らに対しては,同上告人らの当時の所属校の校長は,本件の入学式又は卒業式において,国歌斉唱の際に起立して斉唱することを求めており,これは「起立して斉唱する行為」を命ずる旨の職務命令を発したものと解し得るところ,同職務命令は起立命令と斉唱命令とが截然と区別されておらず,不可分一体のものとしてなされたものと解し得る余地がある。
 私は,国歌に対して否定的な歴史観や世界観を有する者に対し,国歌を「唱う」ことを職務命令をもって強制することは,それらの者の思想・信条に係る内心の核心的部分を侵害するものであると評価され得るものであり,また,公的機関が思想・信条に関わる領域について一定の価値観を強制することは許されないとの信条を有している者においては,かかる信条も思想及び良心の自由の外縁を成すものとして憲法19条の保障の範囲に含まれると考えるものであるが,それらの点及び起立命令と斉唱命令との関係については,多数意見の引用する最高裁平成23年6月14日第三小法廷判決の反対意見において詳述しているので,それをここに引用する。

3.起立斉唱命令を受けた上告人らの不起立について

 上記上告人らに対してなされた国歌斉唱時に「起立して斉唱すること」との本件各職務命令が,起立行為と斉唱行為とを不可分一体のものとしてなされたものである場合には,上記反対意見にて述べたとおり,「斉唱を求める」部分については同上告人らの思想・信条に係る内心の核心的部分を侵害し,あるいは内心の核心的部分に近接する外縁部分を侵害する可能性があるものであるといわざるを得ない。
 同上告人らが本件各職務命令に従わず,国歌斉唱の際に起立しない行為(不作為)を行った理由が,国歌斉唱行為により同上告人らの思想・信条に係る内心の核心的部分(あるいは,内心の核心的部分に近接する外縁部分)に対する侵害を回避する趣旨でなされたものであるとするならば,かかる行為(不作為)の,憲法19条により保障される思想及び良心の自由を守るための行為としての相当性の有無が問われることになる。
 また,上記「起立して斉唱すること」との本件各職務命令が,「起立命令」と「斉唱命令」とに分けることができ,両命令が併行してなされたものであるとしても,同上告人らが,両命令を不可分一体のものとして捉え,かつそのように解したことに不合理な点が存しないと認められる場合には,上記に述べたところがそのまま妥当するといえる。
 ところが,原審までの審理においては,同上告人らは,起立命令について,第1審判決添付別表1の番号21のX8が具体的に主張し一定の立証をなしている以外には,具体的な主張,立証がなされているとはいい難く,また,原判決はその点について判断していない。

4.裁量権の濫用について

 私は,前記最高裁平成23年6月14日第三小法廷判決の反対意見において付言したとおり,思想及び良心の自由に関わる職務命令違反に対する懲戒処分の発令は,慎重になされるべきであり,具体的事案に応じてその濫用が問われ得る余地があることを指摘している。
 本件では,上告人らは,原審までは本件の各懲戒処分について裁量権の濫用を主張していたが,当審の論旨では主張していない。もっとも,起立斉唱命令を受けた上告人らについて,原審に差し戻して審理を尽くした上で,起立命令に従わなかった行為(不起立)が,憲法19条との関係でその侵害を回避する行為としての相当性が認められない場合であっても,なお同上告人らのその不起立の理由など具体的事情の如何によっては,裁量権の濫用が問われる余地があるといえよう。

5.まとめ

 以上述べたとおり,本件上告人ら中,本件の各校長から起立斉唱の各職務命令を受けた2掲記の各上告人らについては,同上告人らが起立命令に従わなかった理由につき,原審にて更に審理を尽くさせるのが相当であると思料するので,同上告人らについては,原判決を破棄して差し戻すべきものというべきである。

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