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最高裁判所第一小法廷判決平成23年07月14日

【事案】

1.被上告人が,貸金業者である上告人に対し,上告人との間の継続的な金銭消費貸借取引に係る各弁済金のうち利息制限法(平成18年法律第115号による改正前のもの)1条1項所定の制限を超えて利息として支払われた部分(以下「制限超過部分」という。)を元本に充当すると過払金が発生していると主張して,不当利得返還請求権に基づき,その返還等を求める事案。

2.事実関係の概要

(1) 被上告人は,上告人との間で,次の@ないしCの各期間における取引の開始時にそれぞれ金銭消費貸借に係る基本契約を締結して,@昭和56年4月10日から昭和58年12月24日まで,A昭和60年6月25日から昭和61年11月27日まで,B平成元年1月23日から平成10年4月6日まで,C平成12年8月7日から平成21年3月9日まで,継続的に金銭の貸付けと弁済が繰り返される金銭消費貸借取引を行った(以下,上記各期間の取引に係る基本契約を順に「基本契約1」などという。)。

(2) 基本契約1ないし基本契約3には,いずれも,当初の契約期間の経過後も,当事者からの申出がない限り当該契約を2年間継続し,その後も同様とする旨の定め(以下「本件自動継続条項」という。)がある。

3.原審は,上記事実関係の下において,基本契約1ないし3には本件自動継続条項が置かれていることから,基本契約1に基づく最終の弁済から基本契約2に基づく最初の貸付け,基本契約2に基づく最終の弁済から基本契約3に基づく最初の貸付け及び基本契約3に基づく最終の弁済から基本契約4に基づく最初の貸付けまでの各期間のいずれにおいても,2年ごとの契約期間の自動継続がされていたとして,上記各期間を考慮することなく,基本契約1ないし4に基づく取引は,事実上1個の連続した貸付取引であり,基本契約1ないし3に基づく取引により発生した各過払金をそれぞれ基本契約2ないし4に基づく取引に係る借入金債務に充当する旨の合意(以下「本件過払金充当合意」という。)が存在すると判断して,原告の請求を認容した。

【判旨】

 原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 同一の貸主と借主との間で継続的に貸付けとその弁済が繰り返されることを予定した基本契約(以下「第1の基本契約」という。)が締結され,この基本契約に基づく取引に係る債務の各弁済金のうち制限超過部分を元本に充当すると過払金が発生するに至ったが,過払金が発生することとなった弁済がされた時点においては両者の間に他の債務が存在せず,その後に,両者の間で改めて金銭消費貸借に係る基本契約(以下「第2の基本契約」という。)が締結され,第2の基本契約に基づく取引に係る債務が発生した場合には,第1の基本契約に基づく取引により発生した過払金を新たな借入金債務に充当する旨の合意が存在するなど特段の事情がない限り,第1の基本契約に基づく取引に係る過払金は,第2の基本契約に基づく取引に係る債務には充当されないと解するのが相当である(最高裁平成18年(受)第2268号同20年1月18日第二小法廷判決・民集62巻1号28頁)。そして,第1の基本契約に基づく貸付け及び弁済が反復継続して行われた期間の長さやこれに基づく最終の弁済から第2の基本契約に基づく最初の貸付けまでの期間,第1の基本契約についての契約書の返還の有無,借入れ等に際し使用されるカードが発行されている場合にはその失効手続の有無,第1の基本契約に基づく最終の弁済から第2の基本契約が締結されるまでの間における貸主と借主との接触の状況,第2の基本契約が締結されるに至る経緯,第1と第2の基本契約における利率等の契約条件の異同等の事情を考慮して,第1の基本契約に基づく債務が完済されてもこれが終了せず,第1の基本契約に基づく取引と第2の基本契約とが事実上1個の連続した貸付取引であると評価することができる場合には,上記合意が存在するものと解するのが相当である(前記第二小法廷判決)。
 しかるに,原審は,前記事実関係によれば,基本契約1に基づく最終の弁済から基本契約2に基づく最初の貸付け,基本契約2に基づく最終の弁済から基本契約3に基づく最初の貸付け及び基本契約3に基づく最終の弁済から基本契約4に基づく最初の貸付けまで,それぞれ約1年6か月,約2年2か月及び約2年4か月の期間があるにもかかわらず,基本契約1ないし3に本件自動継続条項が置かれていることから,これらの期間を考慮することなく,基本契約1ないし4に基づく取引は事実上1個の連続した取引であり,本件過払金充当合意が存在するとしているのであるから,この原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,前記特段の事情の有無等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

【金築誠志補足意見】

 法廷意見が引用するように,最高裁平成20年1月18日第二小法廷判決は,中断期間を置いて複数の基本契約に基づく貸付取引が存在する場合に,事実上一個の連続した取引であると評価できるか否かは,取引の中断期間等のいわゆる6要素を考慮して決定されるべきものとしている。自動継続条項が存在することを主要な理由として取引の一連一体性を認める原審の見解によれば,中断期間の長短などは問題にならなくなるのであるから,原審の見解が上記判決の趣旨に沿わないことは明らかであろう。貸金業者の締結する金銭消費貸借基本契約に,本件と同様の自動継続条項が盛り込まれている場合が多いことは,当裁判所に顕著な事実であるところ,上記判決は,法律的には別個の基本契約が存在する場合に,これらに基づく実際の取引が中断していた期間の長短,その間における貸主と借主との接触の状況,新たな基本契約が締結されるに至る経緯といった,取引の事実上の側面に重点を置いた6要素を総合的に考慮して一個の連続した取引と評価し,充当合意を認定すべきものとするものであって,自動継続条項に基づく法律的・形式的な契約の継続は,考慮に加えるべき重要な要素として位置付けていないと解される。新たな取引とみるかどうかについて,このように事実上の側面に重点を置くことは,消費者等の取引当事者の通常の見方にも合致するように思われる。また,本判決の考え方は,過払金返還請求権の消滅時効の起算点を,特段の事情がない限り取引終了時とし,自動継続条項による基本契約の効力継続の点を問題にしていない,最高裁平成20年(受)第468号同21年1月22日第一小法廷判決・民集63巻1号247頁とも,整合的であると考えられる。

 

最高裁判所第一小法廷判決平成23年07月14日

【事案】

1.上告補助参加人(以下「参加人」という。)が堺市から支払を受けた平成12年度から同16年度までの期間における介護保険法上の居宅介護サービス費及び居宅介護サービス計画費は,参加人が不正の手段により受けた指定居宅サービス事業者及び指定居宅介護支援事業者の各指定を前提としており,参加人は偽りその他不正の行為によりその支払を受けたものであるから介護保険法(平成17年法律第77号による改正前のもの。以下同じ。)22条3項に基づきその返還義務を負うとして,同市の住民である被上告人が,参加人に対するその返還請求をするよう上告人に求める住民訴訟(なお,原審における被上告人の主張の内容等に照らすと,本件の請求の対象は専ら同項に基づく返還請求であると解される。)。

2(1) 介護保険法によれば,指定居宅サービス事業者及び指定居宅介護支援事業者は,都道府県知事が指定する(同法41条1項,46条1項)。

(2) 居宅要介護被保険者(要介護認定を受けた被保険者のうち居宅において介護を受けるもの。以下「被保険者」という。)が指定居宅サービス事業者から指定居宅サービス(上記(1)の指定に係る居宅サービス事業を行う事業所により行われる居宅サービス)を受けた場合には,所定の居宅介護サービス費が市町村から被保険者に支給される(介護保険法41条1項,4項)。また,被保険者が指定居宅介護支援事業者から指定居宅介護支援(上記(1)の指定に係る居宅介護支援事業を行う事業所により行われる居宅介護支援)を受けた場合には,所定の居宅介護サービス計画費が市町村から被保険者に支給される(同法46条1項,2項)。
 そして,上記指定居宅サービス又は上記指定居宅介護支援がされた場合において,市町村は,被保険者が上記各事業者(以下,両者を併せて「事業者」という。)に支払うべき費用につき,被保険者に支給すべき額の限度において,これを被保険者に代わり当該事業者に支払うことができ(介護保険法41条6項,46条4項),当該事業者から上記居宅介護サービス費又は上記居宅介護サービス計画費の請求があったときは,所定の基準に照らして審査した上,これを支払うものとされる(同法41条9項,46条6項。以下,事業者に対して支払われる上記居宅介護サービス費又は上記居宅介護サービス計画費を併せて「介護報酬」という。)。

(3) 上記(1)の指定は,事業を行う者の申請により,事業所ごとに行われるが(同法70条1項,79条1項),都道府県知事は,申請者が厚生労働省令で定める基準を満たしていないなど所定の事由に該当するときには,指定をしてはならない(同法70条2項,79条2項)。そして,上記基準に係る事項の一つとして,原則として事業所ごとに専らその職務に従事する常勤の管理者を置かなければならないことが定められている(指定居宅サービス等の事業の人員,設備及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第37号)6条,94条,指定居宅介護支援等の事業の人員及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第38号。平成18年厚生労働省令第33号による改正前のもの)3条)。

(4) 市町村は,事業者が偽りその他不正の行為により介護報酬の支払を受けたときは,当該事業者に対し,その支払った額につき返還させるほか,その返還させる額に100分の40を乗じて得た額の加算金を支払わせることができる(介護保険法22条3項)。
 また,都道府県知事は,事業者に介護報酬の請求に関して不正があったときなど所定の事由がある場合には,当該事業者に係る指定を取り消すことができる(同法77条1項,84条1項)。事業者が不正の手段により指定を受けたときも,上記事由の一つとされている(同法77条1項6号,84条1項7号)。

3.事実関係の概要

(1) 参加人は,平成12年3月,その開設した通所介護の事業を行う事業所及び訪問介護の事業を行う事業所について,大阪府知事からそれぞれ指定居宅サービス事業者の指定を受け,同15年9月,その開設した居宅介護支援の事業を行う事業所について,同知事から指定居宅介護支援事業者の指定を受けて(以下,上記各事業所を併せて「本件各事業所」といい,各事業所に係る指定を併せて「本件各指定」という。),これらに係る事業を営み,本件各指定がされてから平成16年度までの間(以下「本件期間」という。),本件各事業所に係る事業について堺市から介護報酬の支払を受けた。

(2) 本件各指定に当たり,参加人は,その理事の夫であるBを本件各事業所の管理者として申請していた。Bは,本件各事業所の所在地から約10q離れた場所に設置されている幼稚園の事務長であったが,本件各指定に係る申請に当たって大阪府知事に提出した経歴書には,Bが上記事務長である旨の記載はされていなかった。

(3) 被上告人は,平成17年6月,Bには本件各事業所の管理者としての勤務実態がないから本件各指定は無効であり,堺市が本件各指定を前提として参加人に支払った介護報酬の全額が不当利得となるから,その返還請求をすべきであるとして,堺市監査委員に対して監査請求をしたが,同年8月,同請求が棄却されたため,同年9月,上記介護報酬の全額の返還及びその一部に係る加算金の支払をそれぞれ請求するよう求めて本訴を提起した。
 他方,上告人は,大阪府知事による調査結果を受けて,参加人に対し,平成17年8月,訪問介護の事業を行う事業所におけるサービス提供記録への虚偽記載によってされた本件期間中の介護報酬の不正請求分542万円余の返還及びこれに100分の40を乗じて得た額の加算金の支払をするよう請求し,また,同18年1月,通所介護の事業を行う事業所における所定の基準に基づく減算等をせずにされた本件期間中の介護報酬の不適正請求分3135万円余の返還をするよう請求し,堺市は参加人から各請求に係る弁済を受けた。
 なお,本訴の請求のうち,上記弁済に係る金員の支払を求める部分は,第1審においてその訴えが取り下げられ,また,上記加算金の支払を求める部分は,その請求を棄却すべきものとした原判決に対する被上告人からの不服申立てがなく,いずれも当審における審理判断の対象とはなっていない。

4.原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告人の請求を一部認容すべきものとした。
 参加人は,大阪府知事に対して本件各事業所に係る指定の申請をするに当たって,その管理者となるBが前記幼稚園の事務長であることを経歴書に記載すれば,管理者が常勤であることを求めた前記基準に抵触して指定がされなくなると考え,あえて当該経歴を記載しないで秘匿するという不正の手段により本件各指定を受けたものと推認され,本件各指定を受けたことを前提として受領した本件期間中の介護報酬は,偽りその他不正の行為により支払を受けた(介護保険法22条3項)ものに当たると解される。したがって,参加人は,堺市に対し,上記介護報酬全額から前記返還された額を控除した残額につき返還義務を負うというべきである。

【判旨】

1.原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 介護報酬は所定の要件と基準を満たす場合に市町村から事業者に対して支払われるものであり(介護保険法41条,46条),これを欠いた支払が事業者に対してされた場合には,市町村は事業者に不当利得の返還を求め得ると解される。そして,介護保険法22条3項は,事業者が上記支払を受けるに当たり偽りその他不正の行為をした場合における介護報酬の不当利得返還義務についての特則を設けたものと解される。そうすると,事業者が同項に基づき介護報酬の返還義務を負うものと認められるためには,その前提として,事業者が介護報酬の支払を受けたことに法律上の原因がないといえる場合であることを要するというべきである。
 前記事実関係によれば,参加人は,本件期間において,本件各指定を受けた上で本件各事業所における事業を行っていたものであるところ,参加人が不正の手段によって指定を受けたという指定当初からの瑕疵の存在を理由とする大阪府知事による本件各指定の取消しはされておらず,また,参加人が大阪府知事から本件各指定を受けるに当たっての原審の認定に係る事案3(2)の経緯も,本件各指定を無効とするほどの瑕疵の存在をうかがわせるものとはいえない。そうすると,参加人が前記の既に返還済みの部分を除いた介護報酬の支払を受けたことにつき,不正の手段によって指定を受けたことの一事をもって,直ちに法律上の原因がないということはできず,他に法律上の原因がないことをうかがわせる事情もない。
 以上によれば,参加人は,堺市に対し,被上告人の請求に係る介護保険法22条3項に基づく介護報酬の返還義務を負うものではないというべきである。

2.これと異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人の請求は理由がないから,第1審判決中上告人敗訴部分を取り消した上,同部分につき被上告人の請求を棄却すべきである。

【宮川光治補足意見】

 都道府県知事が事業者に係る指定を取り消す行為は,介護保険法の条項(77条1項,84条1項)から明らかなとおり,裁量行為である。これは利用者に対するサービスの継続性・安定性の確保という要請を考慮する必要があるからであると理解できる。本件当時においても,指定取消処分に至るまでには,多段階にわたる指導や監査の過程があり,指導に従い是正されるなどした場合には,指定の取消しがなされないこともあり得たところである。なお,平成17年法律第77号により新設された介護保険法76条の2,83条の2は,各1項において,都道府県知事の措置勧告について定め,各2項以下に,勧告に従わない場合の措置を公表・命令・公示と段階的に定め,同法77条,84条は,各1項において,期間を定めてその指定の全部又は一部の効力を停止することができる旨を規定している。指定取消処分は最後の手段という位置付けとなっている。
 記録によれば,大阪府知事は参加人に対し管理者を改善する等の措置を講ずるよう改善指導を行っており,参加人はこれに従い新たな管理者を配置した事実がうかがわれる。大阪府知事は,事業者としての適性判断と介護サービスを受けている利用者のニーズを総合的に考慮して,参加人について指定取消処分を行わなかったとみることができるであろう。このように,大阪府知事が被上告人の主張する不正な手段により指定を受けたという事由で指定取消処分をしていないにもかかわらず,参加人が支払を受けた介護報酬について裁判所が上記事由の一事をもって返還義務を肯定することは,実質上,指定取消処分と同じ効果を生じさせることとなり,大阪府知事の裁量権を否定するに等しく,相当でないと思われる。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成23年07月15日

【事案】

1.弁護士である平成21年(受)第1905号上告人・同第1906号被上告人(以下「第1審原告」という。)らが,平成21年(受)第1905号被上告人・同第1906号上告人(以下「第1審被告」という。)がテレビ番組で第1審原告らについて弁護士法58条1項所定の懲戒請求をするよう呼び掛けるなどしたことは,第1審原告らの名誉を毀損するとともに,名誉毀損とは別個の不法行為を構成するなどと主張して,第1審被告に対し,第1審原告らの被った精神的苦痛について慰謝料等の支払を求める事案。

(参照条文)弁護士法58条1項

 何人も、弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは、その事由の説明を添えて、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒することを求めることができる。

2.事実関係の概要は,次のとおりである。

(1) 第1審被告は,大阪弁護士会に所属する弁護士であり,タレントとしても活動している。

(2)ア.第1審原告らは,いずれも広島弁護士会に所属する弁護士であり,広島高等裁判所平成18年(う)第161号殺人,強姦致死,窃盗被告事件(以下「本件刑事事件」という。)の被告人(以下「本件被告人」という。)の弁護人である。なお,第1審原告X1は本件刑事事件の第1次上告審(以下,本件刑事事件の第1次上告審等を単に「第1次上告審」のように表記する。)の係属中に,第1審原告X2,同X3及び同X4は,上告審の判決言渡し後に,それぞれ本件被告人の私選弁護人に選任された。

イ.本件刑事事件は,第1審の判決において,犯罪事実の要旨として,当時18歳の少年であった本件被告人が,白昼,配水管の検査を装って上がり込んだ被害者方において,当時23歳の主婦(以下「被害者」という。)を姦淫しようとしたところ,激しく抵抗されたため,被害者を殺害した上で姦淫し,同所において,激しく泣き続ける被害者の当時生後11か月の長女を殺害し,その後,被害者の財布を窃取したという事実が認定されたものであり,いわゆる「光市母子殺害事件」としてマスコミにより広く報道されていた。

ウ.本件被告人は,第1審及び第1次控訴審において無期懲役の判決を受けた。本件被告人は,それまで上記イの事実に誤りはないとして,本件刑事事件に係る公訴事実(以下「本件公訴事実」という。)を認めていたが,第1次上告審係属中に,被害者を生き返らせるために姦淫したなどとして殺人及び強姦の故意を否認し,被害者の長女の殺人についても故意を否認するようになり,第1審原告X1を含む本件被告人の弁護人らも,第1次上告審の弁論において,故意を否認する本件被告人の上記の言い分に沿う主張(以下「本件否認の主張」という。)をするに至った。しかし,第1次上告審は,平成18年6月20日,本件否認の主張を排斥した上,第1次控訴審の判決を破棄し,死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情があるかどうかにつき審理を尽くさせるため,本件刑事事件を原裁判所に差し戻す判決を言い渡した。
 第1審原告らを含む本件被告人の弁護人ら(以下「本件弁護団」という。)は,第2次控訴審において改めて本件否認の主張を展開したが,第2次控訴審は,平成20年4月22日,これを排斥した上,本件被告人について,死刑の判決を言い渡した。本件弁護団は,第2次控訴審の判決に対して上告の申立てをした。

(3) 第1審被告は,本件刑事事件が第2次控訴審に係属中の平成19年5月27日に放送された讀賣テレビ放送株式会社制作に係る「たかじんのそこまで言って委員会」と題する娯楽性の高いテレビのトーク番組(以下「本件番組」という。)に出演して,@「死体をよみがえらすためにその姦淫したとかね,それから赤ちゃん,子どもに対しては,あやすために首にちょうちょ結びをやったということを,堂々と21人のその資格を持った大人が主張すること,これはねぇ,弁護士として許していいのか」,A「明らかに今回は,あの21人というか,あの安田っていう弁護士が中心になって,そういう主張を組み立てたとしか考えられない」などと発言した上,B「ぜひね,全国の人ね,あの弁護団に対してもし許せないって思うんだったら,一斉に弁護士会に対して懲戒請求かけてもらいたいんですよ」,C「懲戒請求ってのは誰でも彼でも簡単に弁護士会に行って懲戒請求を立てれますんで,何万何十万っていう形であの21人の弁護士の懲戒請求を立ててもらいたいんですよ」,D「懲戒請求を1万2万とか10万とか,この番組見てる人が,一斉に弁護士会に行って懲戒請求かけてくださったらですね,弁護士会のほうとしても処分出さないわけにはいかないですよ」などと,本件番組の視聴者に対し,本件弁護団を構成する弁護士について懲戒請求をするよう呼び掛けた(以下,上記@ないしDの発言を「本件発言@」ないし「本件発言D」といい,本件発言BないしDをもってする第1審被告の懲戒請求を呼び掛ける行為を「本件呼び掛け行為」という。)。
 なお,第1審被告は,本件被告人本人の言い分や本件弁護団との接見内容等,本件弁護団の弁護活動(以下「本件弁護活動」という。)の当否に関係する重要な情報を直接知り得る立場にはなく,当時,報道等により知り得たもの以上の情報を有していなかった。

(4) 本件番組が放送された日から平成20年1月21日までの間,広島弁護士会に,第1審原告X1につき639件,同X2につき632件,同X3につき615件,同X4につき615件の懲戒請求(以下,これらを併せて「本件懲戒請求」という。)がされた。本件懲戒請求の大多数は,本件番組の放送直後にインターネット上のウェブサイトに本件弁護団に対する懲戒請求のために使用する書式として掲載されたほぼ同一内容の書式(以下「本件書式」という。)を使用してされたものであり,本件書式には,本件否認の主張をしたことなどは弁護士法56条1項所定の懲戒事由に当たる旨があらかじめ記載されていた。なお,第1審被告は,本件書式をウェブサイトに掲載することには関与していない。

(5) 広島弁護士会は,本件懲戒請求があったことから,第1審原告らについて,懲戒の手続に付し,綱紀委員会に事案の調査をさせた。綱紀委員会は,一括して事案の調査をした上,懲戒委員会に事案の審査を求めないことを相当とする議決をし,広島弁護士会は,平成20年3月18日,上記議決に基づき,第1審原告らを懲戒しない旨の決定をした。

3.原審は,(1) 本件発言Aにおいて摘示された事実は真実と認めることができ,この事実を基礎とする本件発言@,BないしDは,意見論評の域を逸脱するものではなく,第1審被告が本件発言@ないしDをしたことは第1審原告らに対する名誉毀損を構成するものではないと判断したが,(2) 第1審被告は,第1審原告らに対する懲戒請求に理由がないことを知りながら本件呼び掛け行為をしたとの事実認定の下に,本件呼び掛け行為は,弁護士懲戒制度の趣旨目的を逸脱し,多数の者による理由のない懲戒請求を集中させることにより,第1審原告らを含む本件弁護団の弁護方針に対する批判的風潮を助長するもので,その結果,第1審原告らの名誉感情等の人格的利益を害するとともに,第1審原告らに不当な心身の負担を伴う反論準備等の対応を余儀なくさせたのであり,名誉毀損とは別個の不法行為を構成すると判断した。

【判旨】

1.前記認定事実によれば,本件発言@ないしDは,名誉毀損を構成するものではないとした原審の上記3(1)の判断は,正当として是認することができる。第1審原告らの論旨は採用することができない。
 しかしながら,原審の上記3(2)の事実認定及び名誉毀損とは別個の不法行為を構成するとした判断は,是認することができない。その理由は,以下のとおりである。

(1) 前記認定事実によれば,本件被告人は,無期懲役の判決を受けた第1審及び第1次控訴審においては,本件公訴事実を認めていたのに,第1次上告審において初めて故意を否認し始めたところ,第1審原告らを含む本件弁護団は,第1次上告審が,本件否認の主張を排斥した上で,第1次控訴審の判決を破棄し,死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情があるかどうかにつき審理を尽くさせるために本件刑事事件を原裁判所に差し戻したにもかかわらず,第2次控訴審においても改めて本件否認の主張を展開したというのである。そして,第1審被告が,以上のような本件刑事事件の経過や本件否認の主張の内容を踏まえ,本件否認の主張をすることは弁護士としての職責に反する旨を詳細に主張していることは記録上明らかである。本件発言が,上記の主張に沿ったものであることからすると,第1審被告としては,第1審原告らの本件弁護活動が本件被告人に不利益な弁護活動として,懲戒事由に該当すると考えていたとみるのが相当であって,第1審原告らに対する懲戒請求に理由がないことを知りながら本件呼び掛け行為をしたとの原審の上記事実認定は,経験則に反するものといわざるを得ない。

(2) ところで,刑事事件における弁護人の弁護活動は,被告人の言い分を無視して行うことができないことをその本質とするものであって,被告人の言い分や弁護人との接見内容等を知ることができない場合には,憶測等により当該弁護活動を論難することには十分に慎重でなければならない。前記認定事実によれば,第1審被告は,本件被告人本人の言い分や本件弁護団との接見内容等本件弁護活動の当否に関する重要な情報を直接に有しているわけではないにもかかわらず,これを論難し,本件呼び掛け行為を行ったというのであって,第1審被告が,弁護士であることを考慮すると,刑事弁護活動の根幹に関わる問題について,その本質についての十分な説明をしないまま,上記(1)のような考えの下に,多数の視聴者が懲戒請求をすれば懲戒の目的が達せられる旨の発言をするなどして視聴者による懲戒請求を勧奨する本件呼び掛け行為に及んだことは,上記の問題の重要性についての慎重な配慮を欠いた軽率な行為であり,その発言の措辞にも不適切な点があったといえよう。そして,第1審原告らについて,それぞれ600件を超える多数の懲戒請求がされたことにより,第1審原告らが名誉感情を害され,また,上記懲戒請求に対する反論準備等の負担を強いられるなどして精神的苦痛を受けたことは否定することができない。

(3) しかしながら,本件呼び掛け行為は,懲戒請求そのものではなく,視聴者による懲戒請求を勧奨するものであって,前記認定事実によれば娯楽性の高いテレビのトーク番組における出演者同士のやり取りの中でされた表現行為の一環といえる。その趣旨とするところも,報道されている本件弁護活動の内容は問題であるという自己の考えや懲戒請求は広く何人にも認められるとされていること(弁護士法58条1項)を踏まえて,本件番組の視聴者においても同様に本件弁護活動が許せないと思うのであれば,懲戒請求をしてもらいたいとして,視聴者自身の判断に基づく行動を促すものである。その態様も,視聴者の主体的な判断を妨げて懲戒請求をさせ,強引に懲戒処分を勝ち取るという運動を唱導するようなものとはいえない。他方,第1審原告らは,社会の耳目を集める本件刑事事件の弁護人であって,その弁護活動が,重要性を有することからすると,社会的な注目を浴び,その当否につき国民による様々な批判を受けることはやむを得ないものといえる。そして,第1審原告らについてそれぞれ600件を超える多数の懲戒請求がされたについては,多くの視聴者等が第1審被告の発言に共感したことや,第1審被告の関与なくしてインターネット上のウェブサイトに掲載された本件書式を使用して容易に懲戒請求をすることができたことが大きく寄与しているとみることができる。のみならず,本件懲戒請求は,本件書式にあらかじめ記載されたほぼ同一の事実を懲戒事由とするもので,広島弁護士会綱紀委員会による事案の調査も一括して行われたというのであって,第1審原告らも,これに一括して反論をすることが可能であったことや,本件懲戒請求については,同弁護士会懲戒委員会における事案の審査は行われなかったことからすると,本件懲戒請求がされたことにより,第1審原告らに反論準備等のために一定の負担が生じたことは否定することができないとしても,その弁護士業務に多大な支障が生じたとまでいうことはできない。

(4) これまで説示したところによれば,第1審被告の本件呼び掛け行為は,弁護士としての品位を失うべき非行に当たるとして,弁護士会における自律的処理の対象として検討されるのは格別,その態様,発言の趣旨,第1審原告らの弁護人としての社会的立場,本件呼び掛け行為により負うこととなった第1審原告らの負担の程度等を総合考慮すると,本件呼び掛け行為により第1審原告らの被った精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えるとまではいい難く,これを不法行為法上違法なものであるということはできない。

(5) 以上と異なる原審の3(2)の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。第1審被告の論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。

2.以上に説示したところによれば,第1審原告らの上告は棄却すべきであり,また,第1審原告らの請求はいずれも理由がないから,原判決中第1審被告敗訴部分は破棄を免れず,同部分につき第1審判決を取り消し,同部分に関する請求をいずれも棄却することとする。

【竹内行夫補足意見】

 私は,法廷意見の結論に賛成するものであるが,特に,法廷意見が,第1審被告による本件呼び掛け行為は表現行為の一環であり懲戒請求そのものではないとした上で,これは懲戒請求が広く何人にも認められるとされていることを踏まえた発言であるとしていること,及び,本件懲戒請求がなされた背景には多くの視聴者が第1審被告の発言に共感したことなどが大きく寄与しているとみることができるとしていることに賛同する見地から,補足意見を述べておきたい。

1.懲戒請求権が何人にも認められていることの意義

 第1審被告は,本件発言Cにおいて,懲戒請求は「誰でも彼でも簡単に」行うことができる旨述べた。弁護士法58条1項は,「何人も」懲戒の事由があると思料するときはその事由を添えて懲戒請求ができるとして,広く一般の人に対して懲戒請求権を認めている。これは,弁護士に対する懲戒については,その権限を自治団体である弁護士会及び日本弁護士連合会に付与し国家機関の関与を排除していることとの関連で,そのような自治的な制度の下において,懲戒権の適正な発動と公正な運用を確保するために,懲戒権発動の端緒となる申立てとして公益上重要な機能を有する懲戒請求を,資格等を問わず広く一般の人に認めているものであると解される。これは自治的な公共的制度である弁護士懲戒制度の根幹に関わることであり,安易に制限されるようなことがあってはならないことはいうまでもない。日本弁護士連合会のインターネット上のホームページにおいても,「懲戒の請求は,事件の依頼者や相手方などの関係者に限らず誰でもでき,その弁護士等の所属弁護士会に請求します(同法58条)」と紹介されているところである。
 懲戒請求の方式について,弁護士法は,「その事由の説明を添えて」と定めているだけであり,その他に格別の方式を要求していることはない。仮に,懲戒請求を実質的に制限するような手続や方式を要求するようなことがあれば,それは何人でも懲戒請求ができるとしたことの趣旨に反することとなろう。
 また,「懲戒の事由があると思料するとき」とはいかなる場合かという点については,懲戒請求が何人にも認められていることの趣旨及び懲戒請求は懲戒審査手続の端緒にすぎないこと,並びに,綱紀委員会による調査が前置されていること(後記)及び綱紀委員会と懲戒委員会では職権により関係資料が収集されることに鑑みると,懲戒請求者においては,懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠なく懲戒請求をすることは許されないとしても,一般の懲戒請求者に対して上記の相当な根拠につき高度の調査,検討を求めるようなことは,懲戒請求を萎縮させるものであり,懲戒請求が広く一般の人に認められていることを基盤とする弁護士懲戒制度の目的に合致しないものと考える。制度の趣旨からみて,このように懲戒請求の「間口」を制約することには特に慎重でなければならず,特段の制約が認められるべきではない。この点については,例えば本件のような刑事弁護に関する問題であるからとの理由で例外が設けられるものではない。
 第1審被告は,本件発言Cで懲戒請求は「誰でも彼でも簡単に」行うことができると述べて本件呼び掛け行為を行ったが,その措辞の問題は格別,その趣旨は,懲戒請求権を広く何人にも認めている弁護士法58条1項の上記のような解釈をおおむね踏まえたものと解することができると思われる。
 ところで,広く何人に対しても懲戒請求をすることが認められたことから,現実には根拠のない懲戒請求や嫌がらせの懲戒請求がなされることが予想される。そして,そうしたものの中には,民法709条による不法行為責任を問われるものも存在するであろう。そこで,弁護士法においては,懲戒請求権の濫用により惹起される不利益や弊害を防ぐことを目的として,懲戒委員会の審査に先立っての綱紀委員会による調査を前置する制度が設けられているのである。現に,本件懲戒請求についても,広島弁護士会の綱紀委員会は,一括調査の結果,懲戒委員会に審査を求めないことを相当とする議決を行ったところである。綱紀委員会の調査であっても,対象弁護士にとっては,社会的名誉や業務上の信用低下がもたらされる可能性があり,また,陳述や資料の提出等の負担を負うこともあるだろうが,これらは弁護士懲戒制度が自治的制度として機能するためには甘受することがやむを得ないとの側面があろう。

2.本件懲戒請求者の主体的な判断の意義

 また,私は,本件呼び掛け行為の不法行為該当性を考える上で,本件懲戒請求者の主体的な判断を軽視ないし無視することは相当ではないと考えるところ,法廷意見が,本件呼び掛け行為は,あくまでも視聴者自身の判断に基づく行動を促すものであったとし,更に,第1審原告らに対して多数の懲戒請求がされたについては,多くの視聴者が第1審被告の発言に共感したこと等が大きく寄与したものとしている点は重要である。
 より具体的に,本件懲戒請求者の主体的判断について考えれば,本件懲戒請求者の大多数が,本件番組を視聴し,また,ウェブサイト上の懲戒請求の書式の利用により簡便に懲戒請求できたことは事実であろうが,自身の実名,連絡先等を記入した書式を作成,提出して懲戒請求という能動的行為を行うに当たっては,本件懲戒請求者において大きな関心を持ってそれなりに主体的な判断を行ったと考えるべきであろう。多数の本件懲戒請求が行われた背景として,本件弁護団の弁護活動については本件番組が放送される以前にも種々の議論がマスコミにおいても見られたところであり,本件番組の視聴者の中には,弁護士懲戒制度については第1審被告の発言を聞くまでは承知していなかったが,本件弁護団の活動を問題視して第1審原告らに対する懲戒請求が相当であると自ら主体的に判断した者や第1審被告の発言に共感した上で懲戒請求を行うことを決めた者が多数あったと考えるのが自然であろう。あたかも本件懲戒請求者の全てが第1審被告の呼び掛け行為によって懲戒請求について「誤認」させられ,全く主体的な判断をすることなくして本件懲戒請求を行ったとするような見方は,一般の国民である本件懲戒請求者の主体的な判断をあまりに軽視するものであり,何人にも懲戒請求が認められていることを基盤とする弁護士懲戒制度に対する国民の信頼を損なう結果につながりかねないといわざるを得ない。
 国家機関の関与を排除した自治的な制度としての弁護士懲戒制度が,公正かつ適正に運用されることを担保して国民からの信頼性を維持して行くためには,懲戒請求を広く一般の「何人」にも認めた弁護士法58条1項の趣旨が改めて銘記されることが必要であると考える。

【須藤正彦補足意見】

 私は法廷意見に賛成するものであるが,以下の点を補足しておきたい。

1.本件発言の全体は,表現行為として,表現の自由の範ちゅうにある。表現の自由は,憲法上の権利であり,かつ,民主主義社会の基盤をなす価値である。元来,個々の刑事事件についての弁護人の弁護活動の当否に関しては,いかなる人がいかように批判しようとも基本的に自由である。第1審被告の表現行為についても,不法行為責任を生じさせて表現の自由を制限するようなことに対しては極力慎重でなければならない。このような視点に立つと,名誉毀損としての違法性が否定される場合である本件呼び掛け行為は,その発言の趣旨,態様,不適切性の程度(不適切性の重大性)と人格的利益の侵害を受けたという第1審原告らの被侵害利益の性質,侵害の程度(結果の重大性)との相関関係の下で,同人らに受忍限度を超える損害が生じたといえるかどうか,言い換えれば,上記に述べた表現の自由という憲法的価値を考慮してもなお金銭で償わなければならないほどの損害が生じたといえるかどうかということによってその違法性の有無が決せられるというべきである。

2(1) この見地からみるに,第1審被告は,重要な情報を直接に有しているわけではないにもかかわらず,本件弁護活動を論難したものである。そのことは,同人が弁護士という専門家として,元来,刑事弁護活動がその性質上専門的で広範な裁量が認められ,仮に重要な情報を有している場合でさえも当該刑事弁護活動が被告人に有利に働くか不利に働くかの判定は,外部の第三者にとって困難である場合が少なくないという性質を有するものであるということを理解するべき立場にあったのに,たやすく論難したとみられるのであって,その意味においても軽率の感を否めないが,なお意見論評の自由の範囲にとどまるものといえよう。

(2) 問題は呼び掛け行為の態様である。弁護士法上,「何人も」懲戒請求の申出が認められる(弁護士法58条1項)。その趣旨は,弁護士にあっては,主権者たる国民によりいわゆる「弁護士自治」が負託され,弁護士の懲戒権限が,弁護士会に固有の自律的権能として与えられているところ,その権限の行使が適正になされるためには,それについて国民の監視を受けて広く何人にも懲戒請求が認められることが必要であるからということにある。言うまでもなく,弁護士自治ないしは自律的懲戒制度の存立基盤をなすのは,主権者たる国民の信認であるから(「信なくば立たず」である。),この面からも懲戒請求が認められる者の範囲は広くかつ柔軟に解されるべきであって,厳格な調査,検討を求めて,一般国民による懲戒請求の門戸を狭めるようなことがあってはならないし,また,弁護士会によっても,懲戒事由がある場合について,懲戒請求が広く推奨されたりするところである。しかしながら,同時に,「何人も」とされていることは,懲戒請求者に,恣意的な懲戒請求を許容したり,広く免責を与えることを意味するわけではない。懲戒請求者は,懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査,検討をすべき義務を負うものであり(なお,弁護士法58条1項は,「その事由の説明を添えて」懲戒請求の申出をすることができる旨規定する。),その調査検討義務は上記のとおり厳格に要求されるものではないとしても,安易に懲戒請求がなされてよいということではないのである。けだし,懲戒請求は,それがなされると,弁護士会は必ず綱紀委員会の調査に付すから(弁護士法58条2項),対象弁護士は,陳述や資料の提出等を求められ(同法70条の7),また,「懲戒の手続に付された」ことによって,弁護士会の登録換えや登録取消しができなくなる(同法58条2項,62条1項)から,別の地にての開業や公務員への転職もできなくなるという制約も受け,また,事実上,懲戒請求がなされたということが第三者に知られるだけで,対象弁護士自身の社会的名誉や業務上の信用の低下を生じさせるおそれを生じさせ得,軽視し得ない結果が生ずるからである(なお,最高裁平成19年4月24日第三小法廷判決・民集61巻3号1102頁参照)。
 肝腎なことは,懲戒請求が広く認められるのは,弁護士に「品位を失うべき非行」等の懲戒事由がある場合に,弁護士会により懲戒権限が,いわば「疎にして漏らす」ことなく行使されるようにするためであるということである(綱紀審査会制度(弁護士法71条)もほぼ同様の考え方に基づく。)。懲戒請求は,弁護士活動に対する批判のための手段として設けられた制度ではないし,弁護士活動に対する苦情申立制度でもない(弁護士会の苦情相談窓口などで責任をもって対処されるべきものである。)。特に,前者についていえば,もとより不当な弁護士活動が批判の対象となると同時に懲戒事由に該当することはあり得,その場合は懲戒請求は当然妨げられることはないが,しかし,そのことは,懲戒請求が弁護士活動を批判するための制度であるということを意味するものではないのである。更に,ある弁護士につき品位を失うべき非行などの懲戒事由が認められるのに弁護士会が懲戒権限を正しく行使しないというような場合,弁護士会の懲戒制度の運用は不当であり,これについても世論などによって厳しく批判されてしかるべきであろう(所属弁護士会の懲戒しないとの結論に不服な懲戒請求者は,日弁連綱紀委員会に異議を申し出て,その審査を受けることができ(弁護士法64条),更にそこでその結論が維持されたことで不服な場合は,非法曹のみによって構成される綱紀審査会に審査請求をすることができる(同法64条の3)。)。だがそのことと懲戒請求を行うこととは別であって,懲戒事由の存否は冷静かつ客観的に判定されるべき性質のものである以上,弁護士会の懲戒制度の運用や結論に不満があるからといって,衆を恃んで懲戒請求を行って数の圧力を手段として弁護士会の姿勢を改めさせようとするのであれば,それはやはり制度の利用として正しくないというべきである。

(3) これに関連して,ある刑事弁護活動が懲戒事由に該当するということを理由として懲戒請求がなされる場合についていえば,特にそれが多数なされる場合の影響は少なくない。一般に,被疑者,被告人の犯したとされる犯罪の凶悪性,残忍性が広く報道されたような場合,弁護人は厳しい目にさらされる一方で,時には,真実を明らかにし,被告人の人権を擁護するために,被害者や遺族の被害感情を逆なでせざるを得ないような局面にさえなる。そのような状況の下で,多数の懲戒請求が一斉になされた場合,対象弁護士は,一種の精神的圧迫を与えられることにもなり得る。その懲戒請求が不当なものである場合,被疑者,被告人の人権擁護という使命感の下に献身的に刑事弁護活動に取り組んでいる弁護士を,故なく苦しい立場に追い込み,これを萎縮させるおそれさえなしとしない。多数の懲戒請求によってある弁護活動を一定の方向に誘導しようとする一種の社会的勢力ないしは政治的勢力によって懲戒請求がなされた場合も,弁護活動を著しく抑圧するおそれがあろう(懲戒請求のそのような利用は,むしろ国家権力の干渉よりも大きな脅威になるおそれさえなしとしない。)。
 繰り返し述べるまでもなく,刑事弁護活動についても遠慮なく批判がなされてしかるべきである。懲戒事由に該当すると判定することも軽率であるかどうかは別にして自由であろう。それによって批判的風潮が助長されたとしても,弁護人としては耐えなければならない面もあろう(守秘義務があるので,しばしば反論するわけにもゆかない。)。この意味において,刑事弁護活動の領域も,外部からの批判に対して決して「聖域」というようなものではない。だがしかし,憲法の基本的人権の規定のうちの多くのものが刑事手続に関するものであるのも,その中にわざわざ弁護人選任権が規定されているのも,すべて被疑者,被告人(少数者)の人権が国家権力に侵されやすいという歴史的経験的事実に根ざすものである。そして,弁護士自治やその中核的内容ともいうべき自律的懲戒制度も,国家権力や多数勢力の不当な圧力を排して被疑者,被告人についての自由な弁護活動を弁護人に保障することに重大な意義がある。それなのに,多数の懲戒請求でそれが脅威にさらされてしまうのであっては,自律的懲戒制度の正しい目的が失われてしまうことにもなりかねない。
 このように考えると,少なくとも刑事弁護活動の当否については,単なる論評を超えて懲戒請求まで行うことは,その特質に照らし,やはりある種の節度が求められるということができ(前記の弁護士会による懲戒請求の推奨も巷間多発されることで憂慮される一種定型的な弁護士の非違行為を念頭においてなされているとみられるのであって,弁護士活動の根幹に触れ,さまざまな議論が予想されるような問題についてまで広く推奨するものとは思われない。),したがって,その懲戒請求は極めて安直になし得るものであるという考え方を前提としてこれを勧奨するようなことも慎重であるべきで,いわんやそれを多数人に向かって行うようなことは,それが直ちに懲戒制度の趣旨を逸脱した違法な行為とはいえないとしても,極力慎重であるべきであろう。特に,第1審被告は弁護士であって,専門家として,上記の自律的懲戒制度の元来の趣旨や懲戒請求が刑事弁護活動の当否につき多数なされた場合の由々しき影響などを慮るべき立場にあったのだから,懲戒請求の勧奨をテレビで不特定多数の視聴者に向かって行うようなことは差し控えるべきであったというべきである。

(4) ところが,第1審被告は,本件弁護活動に関する重要な情報を有しないままに,高視聴率のテレビ番組における視聴者に向かって,「何万何十万っていう形で」とか,「1万2万とか10万とか,この番組見てる人が」懲戒請求かけたら「弁護士会のほうとしても処分出さないわけにはいかないですよ」などと述べて,懲戒請求は安直になし得,かつ,あたかも多数の懲戒請求がなされれば弁護士会によって懲戒処分がなされるものと受け取られかねない外観を呈する発言をもって,一斉に弁護士会に懲戒請求することを呼び掛けたのである。

(5) 以上よりすると,本件テレビ番組が,放談形式でのもので,気楽な面があり,その内容が重視される程度はより小さいとの性格を有していることを考慮しても,本件呼び掛け行為は,不適切さを免れない。

3.一方,第1審原告らが被った被侵害利益について検討するに,それは,法廷意見が述べるように必ずしも甚大なものとまではいえず,また,所属弁護士会によって,本件発言後10か月以内の時期に懲戒しない旨の決定がなされているから,その精神的苦痛も既に相当程度に回復されているともいえる。
 加うるに,弁護士は裁判手続に関わって司法作用についての業務を行うなど,その職務の多くが公共性を帯有し,また,弁護士会も社会公共的役割を担うことが求められている公的団体であるところ,主権者たる国民が,弁護士,弁護士会を信認して弁護士自治を負託し,その業務の独占を認め(弁護士法72条),自律的懲戒権限を付与しているものである以上,弁護士,弁護士会は,その活動について不断に批判を受け,それに対し説明をし続けなければならない立場にあるともいえよう。懲戒制度の運用に関連していえば,前記のとおり,弁護士会による懲戒権限の適正な行使のために広く何人にも懲戒請求が認められ,そのことでそれは国民の監視を受けるのだから,弁護士,弁護士会は,時に感情的,あるいは,無理解と思われる弁護活動批判ないしはその延長としての懲戒請求ないしはその勧奨行為があった場合でも,それに対して,一つ一つ丹念に説得し,予断や偏見を解きほぐすように努めることが求められているといえよう。あるいは,著名事件であるほどにその説明負担が大きくなることはやむを得ないところもあろう。この観点からしても,第1審原告らの被侵害利益の程度は大きいとはいえないと評価できる面があるように思われる。
 のみならず,本件は,弁護士同士の相互論争としての性格も否めず,その点からすると,弁護士会,日本弁護士連合会の自治,自律の下での内部処理に委ねられるべき(国家権力に頼るには適しない)側面もあろう(なお,第1審被告の発言につき,その所属の大阪弁護士会が同人を懲戒したことは官報をもって公告され(弁護士法64条の6第3項),当裁判所に顕著な事実である。)。

4.以上のとおり,第1審被告の発言の趣旨,態様は不適切なものであることは免れ難いが,反面において,第1審原告らが侵害された人格的利益は必ずしも重大なものとはいえないと認められる。そうすると,第1審被告の本件発言中の呼び掛け部分が表現行為の一環としての側面を有していること,表現の自由が憲法的価値であり,民主主義社会の基盤をなすことなども考慮すれば,やや微妙な面があることは否定し難いものの,第1審原告らが害された人格的利益は受忍限度を超えたとまでいうのは困難であるというべきである。

【千葉勝美補足意見】

 私は,法廷意見との関係で,本件呼び掛け行為の意味と違法性の評価について,次の点を補足しておきたい。

1.本件呼び掛け行為は,メディアを通じて,視聴者が一斉に本件弁護団に対する懲戒請求をすることを呼び掛けるものであるが,その意味については,本来であれば懲戒処分に該当しない行為であるのに数を背景に所属弁護士会に不当な圧力を掛けることにより懲戒処分を勝ち取ろうとする運動を唱導するものとする見方がないではない。仮にこのようなものであるとすれば,本来自治的団体である弁護士会に与えられた自律的懲戒権限の行使をゆがめるものであり,不適切な行為と評価されることになろう。しかしながら,本件呼び掛け行為の意味については,次の点に留意することが必要である。第1審被告は,本件弁護活動について,被告人の母胎回帰等という弁解は,最高裁が退けたはずの殺意の否認に当たり,内容としても不自然なもので,情状に関する事実でもないのに,これをそのまま安易に弁解として採用して主張を組み立てるものであって,弁護士としての職責・使命に反する行為であり,懲戒事由に該当すると考えているのである。本件の経緯によれば,本件呼び掛け行為は,このような考えを基に,「通常であれば弁護活動の当否に関わる場合には所属弁護士会は活動内容には介入せず懲戒処分をすることは避けるであろうが,本件の場合には,当否の問題にとどまらず,弁護士としての職務上の義務を果たさず,社会的に見て極めて不相当の行為であり,品位を失うべき非行というべきであって,国民の多くもそのような見方をしていることを所属弁護士会に伝えるべきである。そうすれば,弁護士会も,弁護活動の当否に関わる場合には介入しないという姿勢で門前払いをすることができなくなり,本件弁護活動が非違行為に該当するかどうかを中身に立ち入って検討せざるを得なくなり,その結果懲戒処分が出されることになろう。」という趣旨で呼び掛けをしたものとする見方が十分可能である。本件呼び掛け行為が,法廷意見の述べるとおり,刑事弁護活動の根幹に関わる問題についての慎重な配慮を欠いた軽率な行為であり,その発言の措辞にも不適切な点があったことは確かであり,その点を無視するものではないが,上記のような見方を前提にすれば,本件呼び掛け行為が弁護士懲戒制度の趣旨に反する言動であるとまでみる必要はない。

2.そもそも,刑事事件の弁護活動といえども,あらゆる批判から自由であるべき領域ではなく(今日の社会において,およそ批判を許さない聖域というものは考え難いところである。),公の批判にさらされるべきものである。その際の批判等に不適切なもの,的外れなものがあったとしても,それが違法なものとして名誉毀損等に当たる場合であれば格別,そこまでのものでない限り,その当否は,本来社会一般の評価に委ねるべきであり,その都度司法が乗り出して,不法行為の成否を探り,損害賠償を命ずるか否かをチェックする等の対応をすべきではない。弁護団としては,社会的な高い地位を有し,また,社会的な耳目を集め,多くの論評の対象になる著名事件の刑事弁護を担当していることから生ずる避けられない事態等ともいうべきものであり,一種の精神的圧迫感があったであろうことは想像に難くないが,甘受するしかないのではなかろうか。本件においては,第1審被告の本件呼び掛け行為が契機となって,多数の懲戒請求がされた結果,本件弁護団は,その対応に負われ,精神的,肉体的に予期せぬ負担を負い,悔しい思いをしたことは間違いなく,被った精神的な負担はそれなりのものではあったが,法廷意見が述べるとおり,ある程度の定型的な対応で済み弁護士業務に多大な支障が生じたとまではいえず,上記のとおり,弁護活動は本来批判にさらされることは避けられず,また,弁護士としての地位やその公益的な役割等を考えると,社会的に受忍限度を超えているとまでは言い難いところである。

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