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最高裁判所第二小法廷判決平成23年09月30日

【事案】

1.上告人が,いずれも貸金業者である株式会社A(同社が合併により権利義務を承継した会社を含む。以下同じ。現商号株式会社B)及びその完全親会社である被上告人との間の継続的な金銭消費貸借取引に係る各弁済金のうち利息制限法(平成18年法律第115号による改正前のもの)1条1項所定の制限を超えて利息として支払った部分(以下「制限超過部分」という。)を元本に充当すると過払金が発生していると主張して,被上告人に対し,不当利得返還請求権に基づき,その返還等を求める事案。上告人は,Aとの間の取引によって生じた過払金の返還に係る債務についても被上告人がこれを引き受けたなどと主張するのに対し,被上告人は,これを争っている。

2.事実関係の概要等

(1) 上告人は,Aとの間で,金銭消費貸借取引に係る基本契約を締結し,これに基づき,平成5年7月6日から平成19年8月1日までの間,継続的な金銭消費貸借取引を行った(以下,この取引を「本件取引1」という。)。本件取引1につき,制限超過部分を元本に充当すると,同日時点で過払金が発生していた。

(2) 被上告人は,グループ会社のうち,国内の消費者金融子会社の再編を目的として,平成19年6月18日,被上告人の完全子会社であったA外1社との間で上記再編に係る基本合意書を取り交わし,Aが顧客に対して有する貸金債権を被上告人に移行し,Aの貸金業を廃止することとした。

(3) 上記(2)の債権移行を実行するため,被上告人は,Aとの間で,平成19年6月18日,要旨次のとおりの業務提携契約(以下「本件業務提携契約」という。)を締結した。

ア.Aの顧客のうち被上告人に債権を移行させることを勧誘する顧客は,被上告人及びAの協議により定めるものとし,そのうち希望する顧客との間で,被上告人が金銭消費貸借取引に係る基本契約を締結する(以下,被上告人との間で上記基本契約を締結したAの顧客を「切替顧客」という。)。

イ.Aが切替顧客に対して負担する利息返還債務,同債務に附帯して発生する経過利息の支払債務その他同社が切替顧客に対して負担する一切の債務(以下「過払金等返還債務」という。)について,被上告人及びAが連帯してその責めを負うものとし,この連帯債務の負担部分の割合は,被上告人が0割,Aが10割とする(以下,この定めを「本件債務引受条項」という。)。

ウ.被上告人及びAは,切替顧客に対し,今後の全ての紛争に関する申出窓口を被上告人とする旨を告知する(以下,この定めを「本件周知条項」という。)。被上告人は,切替顧客からの過払金等返還債務の請求に対しては,申出窓口の管理者として善良なる注意をもって対応する。

(4) 上告人は,本件取引1に係るAの債権の移行を求める被上告人の勧誘に応じて,平成19年8月1日,被上告人との間で金銭消費貸借取引に係る基本契約(以下「本件切替契約」という。)を締結した。この際,上告人は,被上告人から,被上告人グループの再編により,Aに対して負担する債務を被上告人からの借入れにより完済する切替えについて承諾すること,本件取引1に係る約定利息を前提とする残債務(以下「約定残債務」という。)が48万5676円であることを確認し,これを完済するため,同額をA名義の口座に振り込むことを被上告人に依頼すること,本件取引1に係る紛争等の窓口が今後被上告人となることに異議はないことなどが記載された「残高確認書兼振込代行申込書」(以下「本件申込書」という。)を示され,これに署名して被上告人に差し入れた。

(5) 本件申込書の差入れを受け,被上告人は,平成19年8月1日,上告人に対し,本件切替契約に基づき,本件取引1に係る約定残債務金額に相当する48万5676円を貸し付けた上,同額をA名義の口座に振込送金した(第1審判決別紙計算書1−@の番号104及び105の取引に当たる。)。そして,上告人は,被上告人に対し,同年9月2日から平成21年2月14日までの間,同計算書の番号106から123までの「弁済額」欄記載のとおりの弁済をした(以下,この弁済に係る取引を「本件取引2」という。)。

(6) 被上告人とAは,平成20年12月15日,本件業務提携契約のうち本件債務引受条項を変更し,過払金等返還債務につき,Aのみが負担し,被上告人は切替顧客に対し何らの債務及び責任を負わないことを内容とする契約(以下「本件変更契約」という。)を締結した。

3.原審は,上記事実関係の下において,被上告人が,Aの負担する過払金等返還債務を引き受けた上で,上告人との間で,本件取引1と一連のものとして本件取引2を行った旨の主張につき,次のとおり判断して,上告人の請求を棄却すべきものとした。
 本件債務引受条項は第三者のためにする契約の性質を有するところ,上告人が,被上告人に対し,本件取引1に係る紛争等の窓口が今後被上告人となることに異議はないなどの記載がされた本件申込書を差し入れ,被上告人との間で本件切替契約を締結した上,以後,被上告人に弁済をしたからといって,本件債務引受条項につき,上告人が受益の意思表示をしたものとはいえないから,本件取引1に係る過払金等返還債務を被上告人が引き受けたということはできない。そして,本件取引2は,被上告人からの借入金に対する弁済であって,制限超過部分を元本に充当しても過払金は生じない。

【判旨】

1.原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 前記事実関係によれば,被上告人は,グループ会社のうち国内の消費者金融子会社の再編を目的として,被上告人の完全子会社であるAの貸金業を廃止し,これを被上告人に移行,集約するために本件業務提携契約を締結したのであって,上記の貸金業の移行,集約を実現し,円滑に進めるために,本件債務引受条項において,被上告人がAの顧客に対する過払金等返還債務を併存的に引き受けることが,また,本件周知条項において,Aの顧客である切替顧客に対し,当該切替顧客とAとの間の債権債務に関する紛争については,単に紛争の申出窓口になるにとどまらず,その処理についても被上告人が全て引き受けることとし,その旨を周知することが,それぞれ定められたものと解される。被上告人は,上記のような本件業務提携契約を前提として,Aの顧客であった上告人に対し,本件切替契約が被上告人のグループ会社の再編に伴うものであることや,本件取引1に係る紛争等の窓口が今後被上告人になることなどが記載された本件申込書を示して,被上告人との間で本件切替契約を締結することを勧誘しているのであるから,被上告人の意図は別にして,上記勧誘に当たって表示された被上告人の意思としては,これを合理的に解釈すれば,上告人が上記勧誘に応じた場合には,被上告人が,上告人とAとの間で生じた債権を全て承継し,債務を全て引き受けることをその内容とするものとみるのが相当である。
 そして,上告人は,上記の意思を表示した被上告人の勧誘に応じ,本件申込書に署名して被上告人に差し入れているのであるから,上告人もまた,Aとの間で生じた債権債務を被上告人が全てそのまま承継し,又は引き受けることを前提に,上記勧誘に応じ,本件切替契約を締結したものと解するのが合理的である。
 本件申込書には,Aに対して負担する債務を被上告人からの借入れにより完済する切替えについて承諾すること,本件取引1に係る約定残債務の額を確認し,これを完済するため,同額をA名義の口座に振り込むことを依頼することも記載されているが,本件申込書は,上記勧誘に応じて差し入れられたものであり,実際にも,上告人が被上告人から借入金を受領して,これをもって自らAに返済するという手続が執られることはなく,被上告人とその完全子会社であるAとの間で直接送金手続が行われたにすぎない上に,上記の記載を本件申込書の他の記載部分と対照してみるならば,上告人は,本件取引1に基づく約定残債務に係るAの債権を被上告人に承継させるための形式的な会計処理として,Aに対する約定残債務相当額を被上告人から借り入れ,その借入金をもって上記約定残債務相当額を弁済するという処理を行うことを承諾したにすぎないものと解される。
 以上の事情に照らせば,上告人と被上告人とは,本件切替契約の締結に当たり,被上告人が,上告人との関係において,本件取引1に係る債権を承継するにとどまらず,債務についても全て引き受ける旨を合意したと解するのが相当であり,この債務には,過払金等返還債務も含まれていると解される。したがって,上告人が上記合意をしたことにより,論旨が指摘するような第三者のためにする契約の性質を有する本件債務引受条項について受益の意思表示もされていると解することができる。そして,被上告人が上告人と上記のとおり合意した以上,その後,被上告人とAとの間において本件変更契約が締結されたからといって,上記合意の効力が左右される余地はなく,また,上告人が,本件取引1に基づく約定残債務相当額を被上告人から借り入れ,その借入金をもって本件取引1に基づく約定残債務を完済するという会計処理は,Aから被上告人に対する貸金債権の承継を行うための形式的な会計処理にとどまるものというべきであるから,本件取引1と本件取引2とは一連のものとして過払金の額を計算すべきであることは明らかである。
 したがって,被上告人は,上告人に対し,本件取引1と本件取引2とを一連のものとして制限超過部分を元本に充当した結果生ずる過払金につき,その返還に係る債務を負うというべきである。

2.以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,この趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,過払金の額等につき更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

 

最高裁判所第二小法廷決定平成23年10月05日

【判旨】

 所論は,第1審の無罪判決により勾留状が失効した後,控訴審が被告人を勾留したのは,勾留の要件を欠き違法である旨主張するので,職権で判断する。
 第1審裁判所が犯罪の証明がないことを理由として無罪の言渡しをした場合であっても,控訴審裁判所は,第1審裁判所の判決の内容,取り分け無罪とした理由及び関係証拠を検討した結果,なお罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり,かつ,刑訴法345条の趣旨及び控訴審が事後審査審であることを考慮しても,勾留の理由及び必要性が認められるときは,その審理の段階を問わず,被告人を勾留することができるというべきである(最高裁平成12年(し)第94号同年6月27日第一小法廷決定・刑集54巻5号461頁最高裁平成19年(し)第369号同年12月13日第三小法廷決定・刑集61巻9号843頁参照)。以上のような観点から見て,被告人に対して犯罪の証明がないことを理由に無罪を言い渡した第1審判決を十分に踏まえても,なお被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり,勾留の理由及び必要性も認められるとして本件勾留を是認した原決定に所論の違法はない。

 

最高裁判所第三小法廷決定平成23年10月11日

【判旨】

 建物の区分所有等に関する法律59条1項の競売の請求は,特定の区分所有者が,区分所有者の共同の利益に反する行為をし,又はその行為をするおそれがあることを原因として認められるものであるから,同項に基づく訴訟の口頭弁論終結後に被告であった区分所有者がその区分所有権及び敷地利用権を譲渡した場合に,その譲受人に対し同訴訟の判決に基づいて競売を申し立てることはできないと解すべきである。

(参照条文)建物の区分所有等に関する法律

6条1項 区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない。

57条 区分所有者が第六条第一項に規定する行為をした場合又はその行為をするおそれがある場合には、他の区分所有者の全員又は管理組合法人は、区分所有者の共同の利益のため、その行為を停止し、その行為の結果を除去し、又はその行為を予防するため必要な措置を執ることを請求することができる。
2 前項の規定に基づき訴訟を提起するには、集会の決議によらなければならない。
3 管理者又は集会において指定された区分所有者は、集会の決議により、第一項の他の区分所有者の全員のために、前項に規定する訴訟を提起することができる。

58条 前条第一項に規定する場合において、第六条第一項に規定する行為による区分所有者の共同生活上の障害が著しく、前条第一項に規定する請求によつてはその障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難であるときは、他の区分所有者の全員又は管理組合法人は、集会の決議に基づき、訴えをもつて、相当の期間の当該行為に係る区分所有者による専有部分の使用の禁止を請求することができる。
2 前項の決議は、区分所有者及び議決権の各四分の三以上の多数でする。
3 第一項の決議をするには、あらかじめ、当該区分所有者に対し、弁明する機会を与えなければならない。
4項略。

59条 第五十七条第一項に規定する場合において、第六条第一項に規定する行為による区分所有者の共同生活上の障害が著しく、他の方法によつてはその障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難であるときは、他の区分所有者の全員又は管理組合法人は、集会の決議に基づき、訴えをもつて、当該行為に係る区分所有者の区分所有権及び敷地利用権の競売を請求することができる。
2 第五十七条第三項の規定は前項の訴えの提起に、前条第二項及び第三項の規定は前項の決議に準用する。
3 第一項の規定による判決に基づく競売の申立ては、その判決が確定した日から六月を経過したときは、することができない。
4項略。

【田原睦夫補足意見】

 私は,法廷意見に賛成するものであるが,建物区分所有法59条1項の訴訟の性質等に関して判示した先例も未だなく,また学説として殆ど論議もされていない以下の諸点について,若干の補足的意見を述べる。

1.新所有者の訴訟引受けの可否について

 本件は,区分所有建物(以下「本件建物」という。)の所有権者であるAが管理組合法人に対して多額の未払管理費及び遅延損害金を負担し,その支払をなさないところから,管理組合法人は所定の手続を経たうえで,抗告人が原告となってAに対し同法59条1項による本件建物の競売請求の訴(以下「競売請求訴訟」という。)を提起し,その認容判決を得たが,その判決確定前にAが本件建物の共有持分5分の4を相手方に譲渡した事案である。
 抗告人は,競売請求を認容する本件判決の効力は相手方にも及ぶと主張して,相手方及びAの両名を相手方として,本件建物の競売を申し立てた。原々審はAの共有持分については競売手続を開始したが,相手方に対する申立てを却下したところから,抗告人が抗告し,更に原審が抗告棄却決定をなしたところから,抗告人にて許可抗告を申し立てたのが本件である。
 競売請求訴訟は,法廷意見が述べるとおり,特定の区分所有者が区分所有者の共同の利益に反する行為をし,又はその行為をするおそれがある(以下,かかる状態を「共同利益侵害状態」という。)ことを原因として認められるものであって,そこで審理の対象となるのは,当該区分所有者の上記のような属性である。そうすると,同訴訟の事実審口頭弁論終結後に被告が区分所有権及び敷地利用権を譲渡した場合には,その譲受人が上記のような属性を有しているとは当然には言えない以上,被告に対する判決の効力が譲受人に及ぶと解することはできず,同判決に基づいて,譲受人を相手方として競売を申し立てることはできないというべきである。
 ところで,競売請求訴訟係属中に,被告が区分所有権(及び敷地利用権)を第三者に譲渡した場合に,原告は当該譲受人に対して訴訟引受けを申し立てることができるか否かが問題となる(本件で,相手方が口頭弁論終結前に共有持分の譲渡を受けていた場合には,その点が争点となり得た。)。
 競売請求訴訟が,特定の区分所有者の属性を原因として認められる訴訟であって,訴提起について慎重な手続が定められている(同法59条2項,58条2項,3項)ことからすれば,譲受人にも被告と同様の属性が存するか否か及び競売請求訴訟を提起するか否かについて,同法の定める手続を経たうえで別訴を提起すべきであるとする考え方も有り得る。
 しかし,競売請求訴訟が係属していることは,譲受人が僅かな調査をすれば容易に判明する事実であり(例えば,区分所有者の共同の利益に反する行為が,暴力団事務所としての使用等その使用態様であるならば,当該区分所有建物を見れば一見して明らかであり,また本件のごとく管理費の未払であるならば,それは当然に譲受人に承継される(同法6条)ものである。),譲受人は訴訟を引き受けることによって不測の損害を被るおそれはない。また,訴訟引受後に譲受人において区分所有者の共同利益侵害状態を解消させれば,競売請求棄却の判決を得ることができるのである。
 他方,原告は,譲受人に訴訟を引き受けさせることにより,従前の訴訟の経過を利用することができ訴訟経済に資することになる。また,訴訟係属中に被告が区分所有権(及び敷地利用権)を譲渡することにより,競売請求を妨げるという被告側の濫用的な妨害行為を抑止することができる。
 かかる点からすれば,競売請求訴訟提起後に,被告が当該区分所有権(及び敷地利用権)を譲渡した場合には,原告は,譲受人に対し訴訟引受けを求めることができるものというべきである。

2.被告であった区分所有者に対する競売請求訴訟の認容判決確定後競売手続が開始されるまでの救済手続について

 競売請求訴訟の認容判決確定後,同判決に基づく競売手続により売却されるまでの間に,被告であった区分所有者(元被告)が区分所有者の共同利益侵害状態を解消するに至った場合の元被告の救済手続について,これまで殆ど論じられてこなかった。
 同判決に基づく競売は,担保権の実行としての競売の例による(民執法195条)とされているところ,競売手続開始決定後に競売請求認容判決の基礎となった区分所有者の共同利益侵害状態が解消するに至ったとの事実は,競売申立ての基礎となった事実が消滅したことを意味するのであり,担保権に基づく競売の場合に例えれば,担保権が消滅した場合に比肩するものといえる。そして,担保権の消滅は民執法182条により執行異議事由とされているところから,競売手続開始決定後に区分所有者の共同利益侵害状態が解消するに至った場合には,同条を類推適用して,執行異議の申立てができるものと一応解される。
 しかし,上記の執行異議による救済手続は,原告が判決に基づいて競売申立てをして初めて利用できるのである。競売手続開始前に元被告が区分所有者の共同利益侵害状態を解消するに至った場合においても,競売申立期間たる判決確定後6か月間(建物区分所有法59条3項)は,元被告は原告により競売申立てがなされる危険を負うのも已むを得ず,競売手続開始決定がなされた場合には執行異議の申立てによって対処するべきであると解するのは,元被告の地位を余りに不安定なものにするものである。
 私は,競売請求認容判決確定後,元被告が同判決に基づく競売手続開始決定前に区分所有者の共同利益侵害状態を解消するに至っている場合の元被告の救済手続の可否について,検討されて然るべきであると考える。

 

最高裁判所第三小法廷決定平成23年10月11日

【事案】

1.本件の経緯等

 本件の本案訴訟(東京高等裁判所平成22年(行ケ)第3号)は,相手方に所属する弁護士である抗告人が,相手方から戒告の懲戒処分(以下「本件懲戒処分」という。)を受け,日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)に対してした審査請求を棄却する裁決を受けたため,本件懲戒処分は,懲戒事由がないのに,日弁連の会長選挙に立候補する意向を有していた抗告人を懲戒してその被選挙権を失わせるという不当な目的で行われたなどと主張して,弁護士法61条に基づき,日弁連に対し上記裁決の取消し等を求める事案である。

(参照条文)弁護士法

56条 弁護士及び弁護士法人は、この法律又は所属弁護士会若しくは日本弁護士連合会の会則に違反し、所属弁護士会の秩序又は信用を害し、その他職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があつたときは、懲戒を受ける。
2 懲戒は、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会が、これを行う。
3項略。

61条 第五十六条の規定により弁護士会がした懲戒の処分についての審査請求を却下され若しくは棄却され、又は第六十条の規定により日本弁護士連合会から懲戒を受けた者は、東京高等裁判所にその取消しの訴えを提起することができる。
2 第五十六条の規定により弁護士会がした懲戒の処分に関しては、これについての日本弁護士連合会の裁決に対してのみ、取消しの訴えを提起することができる。

 本件は,抗告人が,本件懲戒処分が上記の不当な目的で行われたとする主張との関係で,相手方の綱紀委員会における議論の経過を立証するために必要であるとして,相手方の所持する下記の各文書について文書提出命令の申立てをした事案である(以下,抗告人が提出を求める当該各文書を「本件各文書」といい,このうち下記(1)の文書を「本件議事録」,下記(2)の文書を「本件議案書」という。)。抗告人は,本件各文書は,民訴法220条3号所定の「挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された」文書(以下「法律関係文書」という。)に該当し,また,同条4号イないしホ所定の文書のいずれにも該当しないと主張している。

(1) 平成21年5月15日に開催された相手方の綱紀委員会の議事録のうち本件懲戒処分の議事に関する部分

(2) 上記(1)の議事に関して委員に配布された議案書

2.原審は,本件議事録は法律関係文書に当たるが,関係者のプライバシーの保護や綱紀委員会委員の自由な意見交換の保障が必要であることなどからすれば相手方が提出を拒むことに正当な理由があり,また,本件議案書は法律関係文書に当たらないとして,本件申立てを却下した。

【判旨】

1(1) ある文書が,その作成目的,記載内容,これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯,その他の事情から判断して,専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書であって,開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど,開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には,特段の事情がない限り,当該文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解するのが相当である(最高裁平成11年(許)第2号同年11月12日第二小法廷決定・民集53巻8号1787頁参照)。

(2) 弁護士法は,弁護士会の綱紀委員会又はその部会が議決をしたときは速やかに理由を付した議決書を作成しなければならないと規定しているが(70条の8,70条の9),綱紀委員会の議事録の作成及び保存を義務付ける規定を置いていない。これは,弁護士会の自主性や自律性を尊重し,その議事録の作成及び保存に関する規律を弁護士会に委ねる趣旨であると解される。
 記録によれば,相手方の会則,綱紀委員会会規,懲戒委員会会規及び綱紀委員会細則は,次のとおり規定している。すなわち,相手方の綱紀委員会の議事は非公開とされ,特に綱紀委員会の承認を得た者のみが傍聴することができる(会則62条,綱紀委員会会規8条1項)。綱紀委員会は議事録を作成し保存しなければならず,その記載事項は,@開催の日時及び場所,A出席した委員及び予備委員並びに立ち会った書記の氏名,B議事の順序及び重要な発言の要旨,C議決及び賛否の数,Dその他委員長が必要と認める事項とされているが(会則63条,同会規5条,36条1項),それは非公開とされ,議事録以外の保存記録については閲覧,謄写又は録音の聴取等が許される場合があるのに対し,議事録はいかなる場合にもこれが許されない(同会規8条2項,36条2項)。さらに,相手方において,綱紀委員会の議決に基づき懲戒委員会に対し事案の審査を求めるに当たって提出すべき綱紀委員会の調査記録等にも,その議事録は含まれていない(懲戒委員会会規15条,綱紀委員会細則11条)。
 以上のような弁護士法の委任を受けて定められた相手方の内部規則の規定の内容等に鑑みると,本件議事録は,専ら相手方の内部の利用に供する目的で作成され,外部に開示することが予定されていない文書であると解するのが相当であり,綱紀委員会の審議の参考に供するためその議案を示すものとして委員に配布される文書である本件議案書も,同様の目的及び性格を有する文書であると解するのが相当である。

(3) 本件議事録のうち審議の内容である「重要な発言の要旨」に当たる部分は,相手方の綱紀委員会内部における意思形成過程に関する情報が記載されているものであり,その記載内容に照らして,これが開示されると,綱紀委員会における自由な意見の表明に支障を来し,その自由な意思形成が阻害されるおそれがあることは明らかである。綱紀委員会の審議の内容と密接な関連を有する本件議案書についても,これと別異に解すべき理由はない。

(4) そして,抗告人は,その立証趣旨に照らすと,本件議事録のうち審議の内容である「重要な発言の要旨」に当たる部分の提出を求め,これと関連する限りにおいてのみその他の記載事項の部分及び本件議案書の提出を求めているものと解されるのであって,以上によれば,前記の特段の事情の存在のうかがわれない本件各文書は,民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるというべきである。

2.本件各文書が,「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解される以上,法律関係文書に該当しないことはいうまでもない。

3.以上によれば,相手方は本件各文書の提出義務を負うものではなく,本件申立ては理由がないから,これを却下した原審の判断は結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
 なお,文書の所持者が訴訟当事者以外の第三者である文書提出命令申立て事件において申立ての相手方となるのは,当該第三者であり,訴訟の相手方当事者ではない。本案訴訟の被告である日弁連を本件申立ての相手方とした原決定には当事者を誤った違法があるが,この誤りは原決定の結論に影響を及ぼすものではない。

【田原睦夫補足意見】

 本件申立てに係る(1)の「相手方の綱紀委員会の議事録のうち本件懲戒処分に係る部分」には,法廷意見にて指摘する議事録の記載事項の全てが含まれているところ,原決定は本件議事録の全体を法律関係文書に当たると解した。
 それに対して法廷意見は,抗告人はその立証趣旨に照らし,本件議事録のうち審議の内容である「重要な発言の要旨」に当たる部分の提出を求め,これと関連する限りにおいてのみその他の記載事項の部分の提出を求めているものと解した上で,当該文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると判断し,本件議事録のうち,当該議案に係る「重要な発言の要旨」に関する部分以外の記載内容については,判断を示していない。
 私は,一通の文書においても,その内容において明確に区分し得る場合には,「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たる部分と,それに当たらず文書提出命令を発することができる部分とが存し得ると考えるものであり,本件において法廷意見が判断を示していない部分は,以下に述べるとおり「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」には当たらないものと考える。
 記録によれば,相手方の懲戒手続は,原則として綱紀委員会の「被調査人につき懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当と認める」旨の議決を経て開始されるものとされていることからして,綱紀委員会にて適正な議決がなされたか否かは,懲戒処分に係る手続要件をなしていると解することができる。そして,綱紀委員会の手続が適正になされたか否かに関しては,同委員会の議事録は重要な証拠と位置付けられるところ,法廷意見第2の3(2)(※判旨1(2))掲記の議事録の記載事項のうち,@開催の日時及び場所,A出席した委員及び予備委員並びに立ち会った書記の氏名,C議決及び賛否の数の記載部分は,適正に議決がなされていることを証明する上で不可欠な事項である。また,それらの記載事項が明らかになっても,綱紀委員会内部における自由な意思形成が阻害されるおそれがあるとは認められず,他にそれらの記載事項を秘匿すべき特段の事由が存するとも認められない。
 そうすると,本件議事録のうち上記各部分は,「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるということはできないと解されるが,法廷意見にて指摘するとおり,本件申立ては,その立証趣旨からして,上記各部分の提出を求めているものとは解されないから,その部分について提出命令を発すべきものとはいえないというべきである。

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