平成23年司法試験予備試験論文式刑事実務基礎
出題趣旨検討と参考答案

問題は、こちら(PDF)

 

【出題趣旨】

 本問は,駅のホームで起こったキャリーバッグの置き引き事案について,具体的な事実に即して,窃盗罪の構成要件該当性と混同することなく甲の犯人性を検討できるか,被害者乙のキャリーバッグに関する占有の事実及び占有の意思の有無を検討できるか,甲の弁解に沿う事実に留意しつつ,甲の窃盗の故意の有無を検討して妥当な結論を導くことができるか,という基本的な実務能力を問うものである。

犯人性を訊いてきた

新司法試験でも、事実認定的な問題は、出題されていた。
間接事実から構成要件、共謀等を認定させる問題である。
しかし、犯人性を訊く問題は、出題されたことがなかった。
そのため、新試験の前段階である予備試験でも、出にくいのではないか。
そう思っていた。
ところが、今回の設問1は、犯人性を訊いている。
これは、予想外である。

もっとも、内容的には窃盗罪における近接所持の法理である。
これは、殺意の認定と並んで、事実認定のテキストには頻出の事項である。
その意味では、そこまで意外性が大きいというわけではない。
今後、毎回犯人性を訊いてくるか、というと、そうでもないだろう。
つまり、今回は犯人性を訊いた、というより、近接所持を訊いた。
基本事項の中で近接所持を選んだ結果、犯人性を訊くことになった。
仮に、次回、殺意の認定を訊いてきたとする。
これは、殺人の故意の認定であるから、犯罪成立要件を訊いていることになる。
そういうことではないか。
とはいえ、近時は犯人性に関する重要な判例が多い。
それらをベースにした出題も、考えられないわけではない。
刑事事実認定は、民事の要件事実と違って、慣れの要素が強い。
犯人性の認定に慣れるためにも、そういった判例には、目を通しておくべきである。

必要なことだけを書く

実務基礎は、民事・刑事で3時間。
1科目当たり、90分もある。
他方で、紙幅は4ページのままである。
従って、十分構成した上で、紙幅オーバーにならないようにすべきである。
特に、本問は事実を拾う作業が多い。
下手をすると、あっという間に紙幅オーバーになる。
当然、必要なことだけを書く。
訊かれてもいないことを、書かないようにする。
結論に直結する重要な事項であるか、どうか。
構成段階で、その取捨選択を慎重にしなければならない。

事実の大まかな意味を読み取る

刑事実務基礎は、過去問等の演習素材に乏しい。
そのため、なかなか何を書いていいかがわかりにくい。
コツとしては、問題文の事実が、何を示唆しているか。
その意味を、いくつかのパッケージにして分類しておくとよい。
その上で、設問のどこで、それを使えばいいか。
そういう頭の使い方をすると、書くべきことが整理しやすい。

本問では、ロゴや携帯の件は、キャリーバッグの同一性を示す。
また、白髪、紺色のスーツ、身長180センチ等は、甲とうろついている男との同一性にかかわる。
ただ、この点は、キャリーバッグの場合より、微妙な表現が多い。
スーツの模様等、確認できない要素が多い。
この辺りから、ここの認定は慎重でなくてはならないとわかる。
それから、何時何分という要素。
売店とベンチの距離や、見取図の位置関係もある。
これらも、どこかで使うのだろう。
設問を検討した後で、上記の点をもう一度点検してみる。
そうすると、ああこれはここで使えそうだ。
そういう感覚で、書くべきことを発見できる。

設問1について

知識としては、近接所持の法理である。
ただ、知らなくても、何とか思いつけそうなところではある。

※注意したいのは、甲の弁解の位置づけである。
本問は、間接事実型の立証を求めている。
すなわち、問題文で確定された事実から、甲の持ち去りを認定できるか。
それが問われている。
甲の弁解は、その際に考慮する要素に過ぎない。
(近接所持の法理を知識として知っていると、この点に気づき易い。)
そのことは、問題文の事例から、明らかだろう。
甲の弁解を直接証拠として、その信用性を論じさせようとしているわけではない。
そうである以上、弁解が不自然不合理で信用できないとか、問題文の事実と弁解が矛盾している。
そういったことは、積極的に書くべきでない。

甲が持ち去ったというためには、何が必要か。
まず、甲が発見されたときに持っていたキャリーバッグ。
これが、乙のものと同一でなければならない。
ここで、上記のロゴと携帯の件を書くのだとわかる。
そのことが確定すると、近接所持があった、といえる。
ここで、何時何分という時間と、ベンチと改札口との位置関係を使う。
そして、甲がその間の行動につき、持ち去りを否定する合理的な弁解をしているか。
全くしていない。
仮に、甲以外の人物が持ち去ったとする。
その場合、甲は、いつ、どうやってバッグを所持するに至ったのか。
合理的に説明できない。

最判平22・4・27より引用、下線は筆者)

 刑事裁判における有罪の認定に当たっては,合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要であるところ,情況証拠によって事実認定をすべき場合であっても,直接証拠によって事実認定をする場合と比べて立証の程度に差があるわけではないが(最高裁平成19年(あ)第398号同年10月16日第一小法廷決定・刑集61巻7号677頁参照),直接証拠がないのであるから,情況証拠によって認められる間接事実中に,被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは,少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要するものというべきである。

(引用終わり)

従って、甲の持ち去りを認定できる。
こういった流れになるだろう。

評価としては、上記の被害品の同一性及び近接所持の点に触れているか。
近接所持については、一般論として触れていなくても、同趣旨の認定がされていれば、評価されたようである。

なお、ここで、甲とホームをうろついた男との同一性を論じた答案が多かった。
しかし、ホームをうろついた者が通常、その場の物を持ち去るという経験則はない。
単に、持ち去りが可能であるということを示すに過ぎない。
それよりも、甲が直後に被害品を所持していたことの方が、持ち去りとの関連性が強い。
ホームをうろついていた者と、盗品を直後に所持した者のどちらが犯人の蓋然性が高いか。
それを考えてみれば、明らかだろう。
そのことからすれば、紙幅を考慮してこの点は触れない方がよい。
(設問2後段で触れることに気づけば、なおさらここで触れないという判断になる。)

設問2前段について

ここは、刑法各論の問題だと思えば、単なる当てはめである。
ベンチと売店の距離は、ここで使う。
また、見取図1をみると、ベンチと売店に遮蔽物がないことがわかる。
誰かが取りに来れば、すぐに気づく位置関係である。
そういったことを、刑法のときと同じように、当てはめていけばよい。
ここは多くの人ができているので、雑になると、評価を落としやすい。
逆に言えば、ここだけでも押えておくと、真ん中くらいで踏みとどまることができた。

なお、設問の「判例の立場に立って」というのが気になる。
判例の判断基準は、必ずしも明確でないからである。
これは、出題趣旨をみるかぎり、占有の意思と事実に分けて検討しているか。
その点を指していたようである。
実際、この点を明確に分けて検討していないと、評価を落としたようだ。

設問2後段について

設問2前段が、ヒントになっている。
前段の検討で、占有の有無は乙の位置関係、バッグへの意識等による。
乙がバッグを全く忘れてもっと遠くへ行ったら、どうだったか。
そういった微妙な面があることに、気付いたはずである。
だとすれば、故意の認定のためには、前段で検討したような事実関係。
その認識が必要になるはずである。
持ち主の占有を離れた物を持ち去る認識は、占有離脱物横領の故意に過ぎない。
本問の問題点は、その区別にある。
甲の「A駅に着いて,すぐに・・キャリーバッグが置かれているのに気付き,忘れ物に違いないと思って」という弁解。
これは、上記乙の占有の認識がないことを示唆するものである。
出題趣旨が、「甲の弁解に沿う事実に留意しつつ」とするのは、この趣旨だろう。

※ただし、検討すべきは上記弁解の信用性ではない。
飽くまで事実から、乙の占有の認識を積極的に認定できるか。
その点にある。
上記弁解が虚偽であるから、乙の占有の認識があった。
そのような認定は、できない。

このことは、刑法各論で問われれば、容易に判断できるはずである。
しかし、実務基礎なので、惑わされてしまう。
甲の弁解をみると、不法領得の意思を否定するものと読める。
また、コートを置いてバッグだけ持ち去ったのも、不法領得の意思の現われだろう。
(親切心で忘れ物を届けるというなら、コートも一緒に届けるはずである。)
だが、故意と不法領得の意思は別の概念である。
にもかかわらず、「実務では故意というと不法領得の意思も含むのではないか」。
勝手にそう誤解して、不法領得の意思を書いてしまう。
また、占有移転の認識とは、ここでは乙の占有を甲に移すこと自体をいう。
その後に、忘れ物として届ける意思かどうか。
それは、不法領得の意思の問題だ。
なのに、「忘れ物として届ける意思であれば、故意がないことから問題となる」と書いてしまう。
これも、刑法各論ならありえないミスである。
こういった答案は、ここでは点が取れない。
再現答案では、そんな答案が多かった。
極めて出来が悪かったといってよい。
その意味では、ここはほぼ白紙でも、それほど評価を落としていない。

では、甲には前段で検討したような事実の認識があるか。
ヒントになる判例としては、最判昭32・11・8最決平16・8・25がある。

最判昭32・11・8より引用、下線筆者、なお「米」はメートル、「糎」はセンチメートルである)

 論旨第一点は要するに、被告人は本件写真機を拾つたもので盗んだものではないから占有離脱物横領罪を構成することあるも窃盗罪は成立しないとし、原判決は引用の判例に違反すると主張する。よつて本件写真機が果して被害者(占有者)の意思に基かないでその占有を離脱したものかどうかを考えてみるのに、刑法上の占有は人が物を実力的に支配する関係であつて、その支配の態様は物の形状その他の具体的事情によつて一様ではないが、必ずしも物の現実の所持又は監視を必要とするものではなく、物が占有者の支配力の及ぶ場所に存在するを以て足りると解すべきである。しかして、その物がなお占有者の支配内にあるというを得るか否かは通常人ならば何人も首肯するであろうところの社会通念によつて決するの外はない。
 ところで原判決が本件第一審判決挙示の証拠によつて説示したような具体的状況(本件写真機は当日昇仙峡行のバスに乗るため行列していた被害者がバスを待つ間に身辺の左約三〇糎の判示個所に置いたものであつて、同人は行列の移動に連れて改札口の方に進んだが、改札口の手前約二間(三・六六米)の所に来たとき、写真機を置き忘れたことに気がつき直ちに引き返したところ、既にその場から持ち去られていたものであり、行列が動き始めてからその場所に引き返すまでの時間は約五分に過ぎないもので、且つ写真機を置いた場所と被害者が引き返した点との距離は約一九・五八米に過ぎないと認められる)を客観的に考察すれば、原判決が右写真機はなお被害者の実力的支配のうちにあつたもので、未だ同人の占有を離脱したものとは認められないと判断したことは正当である。・・また、原判決が、当時右写真機はバス乗客中の何人かが一時その場所においた所持品であることは何人にも明らかに認識しうる状況にあつたものと認め、被告人がこれを遺失物と思つたという弁解を措信し難いとした点も、正当であつて所論の違法は認められない。

(引用終わり)

 

最決平16・8・25より引用、下線は筆者)

1.原判決の認定及び記録によれば,本件の事実関係は,次のとおりである。 

(1) 被害者は,本件当日午後3時30分ころから,大阪府内の私鉄駅近くの公園において,ベンチに座り,傍らに自身のポシェット(以下「本件ポシェット」という。)を置いて,友人と話をするなどしていた。

(2) 被告人は,前刑出所後いわゆるホームレス生活をし,置き引きで金を得るなどしていたものであるが,午後5時40分ころ,上記公園のベンチに座った際に,隣のベンチで被害者らが本件ポシェットをベンチ上に置いたまま話し込んでいるのを見掛け,もし置き忘れたら持ち去ろうと考えて,本を読むふりをしながら様子をうかがっていた

(3) 被害者は,午後6時20分ころ,本件ポシェットをベンチ上に置き忘れたまま,友人を駅の改札口まで送るため,友人と共にその場を離れた。被告人は,被害者らがもう少し離れたら本件ポシェットを取ろうと思って注視していたところ,被害者らは,置き忘れに全く気付かないまま,駅の方向に向かって歩いて行った。

(4) 被告人は,被害者らが,公園出口にある横断歩道橋を上り,上記ベンチから約27mの距離にあるその階段踊り場まで行ったのを見たとき,自身の周りに人もいなかったことから,今だと思って本件ポシェットを取り上げ,それを持ってその場を離れ,公園内の公衆トイレ内に入り,本件ポシェットを開けて中から現金を抜き取った

(5) 他方,被害者は,上記歩道橋を渡り,約200m離れた私鉄駅の改札口付近まで2分ほど歩いたところで,本件ポシェットを置き忘れたことに気付き,上記ベンチの所まで走って戻ったものの,既に本件ポシェットは無くなっていた。

(6) 午後6時24分ころ,被害者の跡を追って公園に戻ってきた友人が,機転を利かせて自身の携帯電話で本件ポシェットの中にあるはずの被害者の携帯電話に架電したため,トイレ内で携帯電話が鳴り始め,被告人は,慌ててトイレから出たが,被害者に問い詰められて犯行を認め,通報により駆けつけた警察官に引き渡された。

2.以上のとおり,被告人が本件ポシェットを領得したのは,被害者がこれを置き忘れてベンチから約27mしか離れていない場所まで歩いて行った時点であったことなど本件の事実関係の下では,その時点において,被害者が本件ポシェットのことを一時的に失念したまま現場から立ち去りつつあったことを考慮しても,被害者の本件ポシェットに対する占有はなお失われておらず,被告人の本件領得行為は窃盗罪に当たるというべきであるから,原判断は結論において正当である。

(引用終わり)

上記の昭和32年判決は、一時その場所においたことが明らかであること。
そのことから、窃盗の故意を認定している。
本問でも、一時的に置いただけであることが明らか。
そう認定してしまえば、簡単に故意を認定できる。
占有の認識を書いた答案のほとんどは、この構成だった。
そもそも占有の認識を問題にした答案自体が少ないので、これで上位になっている。

ただ、コートとバッグが一時的に置かれたものか。
すなわち、持ち主がすぐ戻ってくるのか。
それとも、既にそのまま置き忘れられてしまっているのか。
すなわち、持ち主がうっかり電車に乗るなどして当分戻ってこないのか。
その区別は、外見上明らかとはいえないように思われる。

※上記判例のバスの行列の場合、当該バスが発車するまでは、その場にいる乗客の誰かが一時的に置いたものといえる。
他方、駅のホームでは異なる電車が次々と発着するので、そのようにはいえないと考えることができる。

そうなると、平成16年決定のように、甲が乙を注視して狙っていたのか。
それが、占有の認識に必要な要素となりそうである。
すなわち、甲の弁解のとおり、乙がバッグを置いた後に、A駅に着いたのか。
それとも、それ以前から、ずっとホームをうろついていたのか。
そのことが、重要になってくる。
問題文では、ホームをずっとうろついていた男がいる。
それは、甲と同一人物なのか。
ここで、男と甲の同一性を論じることになる。
白髪、紺色のスーツ、身長180センチ等の特徴の一致で、同一人物といえるかどうか。
微妙だが、難しいのではないか。
確かに、上記特徴のある人は、そう多くはない。
実際に電車を利用している人は、ホームでそのような人がいないか、探してみるとよい。
白髪の男性は年配であることが多いため、スーツは紺でないことも多い。
また、180センチという長身は、そう多くはない。
ただ、決定的ともいえない。
しかも、防犯カメラの方の映像は、さらに身長もよくわからない。
これだけでは、ちょっと無理なのではないか。
そういう感じがする。
結局、バッグが置かれた後に甲がA駅に着いた可能性を、排除できない。
甲は、駅に着いてすぐ、遺留されたバッグをみて、これ幸いと持ち去った。
この場合、甲の認識は、占有離脱物横領の故意である。
窃盗の故意はない。
(従って、忘れ物を届ける意思かどうかは、無関係である。)

※本問では、以下のような推理が可能である。

 甲は、午後0時55分に買った乗車券を使って、午後1時5分頃、A駅で降りた。
 甲は、その後、A駅ホームをうろつきながら、置き引きを狙っていたところ、乙がバッグを置いて売店に行ったので、スキをついてバッグを盗み、改札を出ようとしたところを、乙に見つかった。

上記は、問題文の各事実と矛盾なく、整合的に説明できる。
しかし、それだけでは不十分である。
合理的な疑いをいれる余地がないか、検討しなければならない。

本問では、甲が午前0時55分に乗車券を買ったことは確かである(問題文3)。
しかし、その後すぐに電車に乗ってA駅に移動したかはわからない。
午後1時5分頃の防犯カメラ1の画像の男は、甲に似た別人である可能性があるからである。
白髪で紺色のスーツを着た手ぶらの別の男が、上記時刻にA駅で降りたとしても、何ら不合理ではない。
また、防犯カメラ2の男についても、同様である。
もっとも、乙が視認した男は、身長まで一致している(問題文1第2段落)。
また、約3メートルという至近距離で見ている。
しかも、甲に追いついた際に、乙は、「お前は、さっき、ホームで俺の様子を見てただろう」と言っている。
乙の認識では、同一人物だということである。
これらを重視して、同一人物であると認定する余地は、ないではない。
ただ、やはりこれだけでは、という感じだ。
乙がなぜ、同一人物だと思ったのか。
その辺りにつき、乙の供述を得ておきたい。
その結果、より詳しい一致点があって初めて、同一性を肯定できる。
そういう印象である。

なお、前科からの故意の認定は、無理があるだろう。
占有の有無は、個別事件ごとに異なる。
その認識も、その時々で変わる。
窃盗の前科があるから、今回も占有の認識があるはずだ。
そういう推認は、できない。
もっとも、ここは評価にほとんど影響していないようだ。

本問は、緊急逮捕したところで、事例が終わっている。
これから、甲の取調べをしようか、というところである。
上記の同一性や、持ち去る際の認識等について、取調べを要する。
そういう事案ということになるだろう。

【参考答案】

第1.設問1

1.乙のいう携帯電話番号に丁が架電すると、甲の所持したキャリーバッグの外側ポケット内から着信音が鳴った。同一番号の携帯電話は複数存在しないから、上記外側ポケットに乙の携帯電話が入っていたと認められる。乙がベンチに残したキャリーバッグには、外側ポケットに乙の携帯電話が入っていたという固有の特徴があるところ、これが甲の所持したキャリーバッグとで一致する。
 また、黒色で、金色の「B」のロゴという一般的特徴の一致もあり、他に同一性を疑わせる事実はない。
 以上から、甲の所持したキャリーバッグは、乙がベンチに残したもの(以下「被害品」という。)と同一と認められる。

2.乙がベンチに被害品を残したのは、午後2時25分頃である。他方、丁の通り掛った午後2時40分頃には、既に甲の被害品所持が認められる。

(1)一般に、窃盗の被害発生直後には、他者への譲渡等の余地が極めて少ないことから、盗品を所持する者は、犯人である蓋然性が高いといえる。

(2)本問では、確かに、甲以外の第三者が持ち去る等し、甲が何らかの理由で被害品を入手した可能性も抽象的には観念できる。しかし、ベンチから改札口手前までは、階段を下りてすぐであり、わずか15分足らずの間の出来事であるから、仮にそのような事情があれば、弁解等において合理的な説明が示されるはずである。しかし、甲の弁解等を踏まえても、甲以外の第三者の持ち去り等は全くうかがわれない。そうである以上、甲の持ち去りに対する合理的な疑いを差し挟む余地はない。

3.以上から、甲が、被害品をベンチから持ち去った人物であることを認定できる。

第2.設問2

1.乙の占有の有無について

(1)占有とは物に対する事実上の支配をいい、その有無の判断は、客観面(占有の事実)と主観面(占有の意思)の両面を相関的にみて決すべきである。

(2)売店で乙が順番待ちをした時までは、売店とベンチとの距離は約15メートルであり、ベンチと売店の間に遮蔽物もなかったことから、乙はいつでも被害品を視認できる状態であり、かつ、置き忘れたのではなく、意識的に置いたのであるから、占有の事実及び意思に欠けるところはない。

(3)もっとも、丙との話に夢中になった時点では、一瞬被害品のことを忘れている。とはいえ、すぐに思い出しており、また、反対方向に歩いた距離もわずか5メートルだったから、いまだ占有の事実及び意思を失ったとはいえない。

(4)以上から、被害品に対する乙の事実上の支配は及んでおり、乙の占有があったと認められる。

2.甲の窃盗の故意の有無について

(1)窃盗の故意とは、他人の占有を自己へ移す認識をいう。本問で、上記1の乙の占有につき、甲が認識していたといえるか。

(2)甲の弁解によれば、甲がA駅に着いた時には既に被害品が遺留されており、甲は乙の占有を認識しえないことになる。

(3)他方、以下の事実からすれば、甲は午後1時5分頃からホームをうろついており、乙の占有を認識していたと考えて矛盾がない。

ア.問題文3の事実から、甲は午後1時5分にはA駅に下車することができた。

イ.防犯カメラ1の画像においてホームに残った男性の特徴は、カメラで確認できる範囲において、甲の特徴と一致している。

ウ.乙が電車を待っていた午後2時10分前後の時間帯にホームをうろついていた男は、乙の視認及び防犯カメラ2の画像から確認できる特徴の範囲において、甲の特徴と一致している。

(4)しかし、上記アは可能性をいうに過ぎない。また、イ及びウは、乙の視認した範囲でも身長、白髪、紺色のスーツ、手ぶらという点が一致するに過ぎない。これらは、単独で個人を特定し得ないのみならず、それぞれを併せて考えても、際立った特徴とはいえない。防犯カメラの各画像については、上記のうち一部が一致するだけである。従って、上記イウの男は甲ではなく、甲は、乙がベンチを離れた後にA駅に着いたという合理的疑いをいれる余地がある。

(5)以上から、甲が乙の占有を認識したことを認めるに足りない。

(6)なお、一般に、客観面立証後の主観面の立証に前科を用いることは許されるとされる。しかし、不法領得の意思との関係ではともかく、本問における乙の占有の認識の有無と、置き引きの前科との間には何らの関連性もないから、これによって窃盗の故意を認定することはできない。

(7)よって、甲の窃盗の故意は認められない。

以上

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