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最高裁判所第三小法廷決定平成23年10月31日

【事案】

1.事実の要旨

 被告人は,(1) 平成18年8月25日午後10時48分頃,福岡市内の海の中道大橋上の道路において,運転開始前に飲んだ酒の影響により,前方の注視が困難な状態で普通乗用自動車を時速約100qで走行させ,もってアルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自車を走行させたが,折から,前方を走行中の被害車両右後部に自車左前部を衝突させ,その衝撃により,被害車両を左前方に逸走させて橋の上から海に転落・水没させ,その結果,被害車両に同乗していた3名(当時1歳,3歳,4歳)をそれぞれ溺水により死亡させたほか,被害車両の運転者(当時33歳)及び同乗していたその妻(当時29歳)に傷害を負わせ,さらに,(2) 上記事故について,負傷者を救護する等必要な措置を講ぜず,かつ,その事故発生の日時場所等を直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった,というものである。

2.原判決に至る経過

 被告人は,前記(1)の事実について,刑法208条の2第1項前段(平成19年法律第54号による改正前のもの。以下同じ。)の危険運転致死傷の訴因により起訴されたところ,第1審判決は,本件事故の原因は被告人の脇見であり,被告人が「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」で自車を走行させたとは認められないとして,危険運転致死傷罪の成立を否定し,予備的訴因に基づき前方注視義務違反を過失の内容とする業務上過失致死傷及び道路交通法違反(酒気帯び運転)の事実を認定した。検察官及び被告人が控訴したところ,原判決は,検察官の主張をいれて,第1審判決が本件事故の原因は被告人の脇見であるとしたことは誤りであり,本件事故を合理的に説明するとすれば,被告人は,基本的には前方に視線を向けて運転していたが,アルコールの影響により,正常な状態であれば当然に認識できるはずの被害車両の存在を認識できない状態にあったと認められるとして,第1審判決を破棄し,危険運転致死傷罪の成立を認めた。

【判旨】

1.所論は,原判決が被告人について危険運転致死傷罪の要件である「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」にあったことを認めたのは誤りである旨主張する。そこで検討するに,刑法208条の2第1項前段における「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」であったか否かを判断するに当たっては,事故の態様のほか,事故前の飲酒量及び酩酊状況,事故前の運転状況,事故後の言動,飲酒検知結果等を総合的に考慮すべきである。

2.これを本件について見るに,原判決の認定及び記録によれば,その事実関係は次のとおりである。すなわち,本件は,被告人が,夜間,最高速度が時速50qと指定されている見通しの良いほぼ直線の本件道路において,時速約100qという高速度に自車を加速させて走行させ,前方を走行する被害車両に自車を衝突させた事案であるところ,被告人は,本件事故前に,自宅や2軒の飲食店において,焼酎ロックを合計8,9杯のほか,ブランデーやビールを飲酒し,身体のバランスを崩して平衡感覚を保ち得ないなどの状態を示していた。被告人は,自ら酔っている旨の発言もし,本件事故前の運転中においても,同乗者からふだんとは違う高速度の運転であることを指摘されるなどした。本件事故後に臨場した警察官等も,被告人が相当に酩酊していた状況を現認した。これらの事実によれば,本件事故後の飲酒検知結果等からは被告人の本件事故当時の血中アルコール濃度は血液1ml中0.5rを上回る程度のものと認定できるにとどまること,また,被告人は,本件事故現場に至るまでは,約8分間にわたり道路状況等に応じた運転をしていたこと等を考慮しても,本件当時,被告人が相当程度の酩酊状態にあったことは明らかである。

3.そして,原判決の認定によれば,本件道路上においては,被告人が自車を走行させた条件の下では,前方を向いている限り,先行する被害車両を遅くとも衝突の約9秒前(車間距離としては約150m)からは認識できる状況にあったにもかかわらず,被告人は,被害車両の直近に至るまでの8秒程度にわたり,その存在に気付かないで自車を走行させて追突し,本件事故を引き起こしたというのである。

4.この点について,原判決は,前記のとおり,被告人は,基本的には前方に視線を向けていたが,アルコールの影響により,正常な状態であれば当然に認識できるはずの被害車両の存在を認識できなかったとする。原判決が被告人において基本的に前方に視線を向けていたと認定するに当たって依拠した主要な証拠は,本件道路には横断勾配が付されているために,ハンドルを操作せずに車両を走行させると自然に左に向かう構造となっており,直進するためには前方を見ながら進路を修正する必要があり,長時間の脇見をしながら直進走行することは不可能であるとの実験結果が記載された報告書等であると解される。しかしながら,この報告書における実験は,自動車が道路に対して直進状況になった地点から両手を離してハンドルを操作せずに走行すると,数秒後に自動車の進路は道路左側へ自然と移行するとするものであって,通常では考え難い運転方法を採っているなど,本件事故時の被告人運転車両の走行状況と前提条件が同じであるとはいい難い。そして,前方を見ていなかったとしてもハンドルを握っていればその操作はある程度可能であると考えられることからすれば,上記実験は,被告人が脇見をしていた可能性を否定して基本的に前方に視線を向けていたとするまでの証拠価値があるとはいえない。このような本件の証拠関係に照らすと,被告人が本件事故前に8秒程度にわたり終始前方を見ていなかった可能性も排除できないというべきである。
 そうすると,被告人が,自車を時速約100qで高速度走行させていたにもかかわらず8秒程度にわたって被害車両の存在を認識していなかった理由は,その間終始前方を見ていなかったか,前方を見ることがあっても被害車両を認識することができない状態にあったかのいずれかということになる。認識可能なものが注意力を欠いて認識できない後者の場合はもちろんのこと,前者の場合であっても,約8秒間もの長い間,特段の理由もなく前方を見ないまま高速度走行して危険な運転を継続したということになり,被告人は,いずれにしても,正常な状態にある運転者では通常考え難い異常な状態で自車を走行させていたというほかない。そして,被告人が前記のとおり飲酒のため酩酊状態にあったことなどの本件証拠関係の下では,被告人は,飲酒酩酊により上記のような状態にあったと認定するのが相当である。
 そして,前記のとおりの被告人の本件事故前の飲酒量や本件前後の被告人の言動等によれば,被告人は自身が飲酒酩酊により上記のような状態にあったことを認識していたことも推認できるというべきである。

5.刑法208条の2第1項前段の「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」とは,アルコールの影響により道路交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態をいうと解されるが,アルコールの影響により前方を注視してそこにある危険を的確に把握して対処することができない状態も,これに当たるというべきである。
 そして,前記検討したところによれば,本件は,飲酒酩酊状態にあった被告人が直進道路において高速で普通乗用自動車を運転中,先行車両の直近に至るまでこれに気付かず追突し,その衝撃により同車両を橋の上から海中に転落・水没させ,死傷の結果を発生させた事案であるところ,追突の原因は,被告人が被害車両に気付くまでの約8秒間終始前方を見ていなかったか又はその間前方を見てもこれを認識できない状態にあったかのいずれかであり,いずれであってもアルコールの影響により前方を注視してそこにある危険を的確に把握して対処することができない状態にあったと認められ,かつ,被告人にそのことの認識があったことも認められるのであるから,被告人は,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自車を走行させ,よって人を死傷させたものというべきである。被告人に危険運転致死傷罪の成立を認めた原判決は,結論において相当である。

【大谷剛彦補足意見】

1.私は,被告人の惹起した本件事故が被告人の「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させた」ことによるものと判断する多数意見に与するところであるが,反対意見も存するので,若干,事故に関連する状況を付加しつつ,判断に至る理由を補足説明したい。

2.刑法208条の2第1項前段の「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」を「アルコールの影響により道路交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態をいう」と解すべきことは多数意見のとおりであり,精神的,身体的能力がアルコールによって影響を受け,道路の状況,交通の状況に応じ,障害を発見する注意能力,これを危険と認識し,回避方法を判断する能力,その判断に従って回避操作をする運転操作能力等が低下し,危険に的確に対処できない状態にあることをいうと解される。
 ところで,アルコールの影響に個人差が大きいことは周知のとおりである。アルコールの体内への吸収速度に差があれば,そのアルコールの精神的,身体的能力への影響やその発現態様も個人によって多様である。したがって,「正常な運転が困難な状態」は,飽くまで当該個人について,そのアルコールの心身への影響の程度,これによる前記の注意能力,判断能力等の低下の程度などを評価,判断しなければならない。この場合,多数意見のとおり,事故の態様のほか,事故前の飲酒状況及び酩酊状態,事故前の運転状況,事故後の言動,飲酒検知結果等を総合考慮すべきであることは特に異論がないものと思われ,多数意見と反対意見の相違は,上記の各事情の評価の相違によるものと思われる。

3.そこで,この点について,原判決に表れている事情及び記録によって認められる事実を踏まえ,私の評価の視点を説明してみたい。

(1) 「正常な運転が困難な状態」かどうかの判断においては,まずは,事故態様自体から推認される被告人の心身の状態が,客観的評価になじむものでもあり,重視されるべきものと考える。
 この点,本件道路は,ほぼ直線の海上の一本道路であり,交差点もなく,当時は夜間で交通量も閑散であった。このような本件道路で,被告人は,本件事故時,暗いとはいえ,衝突の約9秒前には発見できたはずの被害車両を約8秒間発見せず,追突の約1秒前に気付いて急ブレーキを掛け,右転把するも,ほとんど制動などの効果もないまま衝突に至っている。
 この約8秒間が脇見運転によるものかどうかについて第1審と原審で判断が分かれているが,私としては,被告人がとにかく約1秒前まで被害車両を発見,認識していなかったことにこそ(この点は,ブレーキ痕などから客観的に認定できる。また,被告人には,事故態様,事故原因について明確な認識はない。),本件事故当時の被告人の尋常ではない心身の状態がうかがわれると考える。すなわち,本件道路は,ほぼ直線の海上道路で信号もなく,対向車もまばらであり,被告人としては専ら先行車両の有無,動静に注意すればよい状況にあった。また,第1審判決の認定によれば,本件道路は被告人の自宅から勤務先に向かう道路であり,被告人は毎日本件自動車で通行しているものである。毎日通勤する道路で,気をひかれる光景もなかったにもかかわらず,ほとんど衝突の寸前まで被害車両を発見,認識できなかったのである。これは単なる「よそ見」や「考え事」では説明がつかないのであって,著しいというべき程度の注意能力の弛緩,判断能力の鈍麻を認めないわけにはいかない。
 また,被告人は,事故直後,同乗者から何が起きたのか尋ねられて分からない旨答えたり,そのすぐ後に友人に電話で「事故を起こしちゃったん。事故した相手がおらん」と言うなど,事故直後は,衝突時の状況やその後の被害車両の状況すら把握できていなかったのであって,このことも,上記の認定を裏付けるものといえる。
 そして,被告人の当日の飲酒状況やこれによる酩酊状態をみると,被告人は,午後6時頃から午後7時頃までの間,自宅で夕食をとりながら350mlの缶ビール1本と焼酎ロック3杯を飲み,午後7時45分頃から午後9時20分頃まで,居酒屋で焼酎ロック五,六杯を飲み,午後9時35分頃からスナックでブランデーの薄い水割り数杯を飲んでおり,長時間にわたり多量の飲酒をしている。被告人は,居酒屋を退店する際,腰掛けて靴を履いているときにバランスを崩すように肩を揺らしたり,店員に対して「酔うとります」と言ったりもしている。スナックでも,従業員の女性に対して「今日は酔っぱらっとるけん」などと言ったり,同店の丸椅子に座ろうとした際,バランスを崩して後ろに倒れそうになったり,同女が飲んでいる水割りのグラスの底を持ち上げて無理に飲ませようとして水割りを同女のスカートにこぼしたり,左肘を左太股の上に置いて前屈みの姿勢になったり,伸びをした後大きくため息をついたりするなど,高い酩酊状態の様相を示している。このような状況からみて,前記の著しい注意能力の弛緩等の原因は,多数意見のとおり,アルコールによる影響以外には考え難い。

(2) 事故前の状況について,被告人は,スナックから本件道路まで約8分間,距離にして約6q,中には幅員約2.7mの狭い道路を,接触事故などを起こすことなく通り抜けてきている。
 しかし,この点については,被告人が当夜運転した前記道路は,被告人の自宅付近の道路であることを考慮すべきであろう。すなわち,実況見分調書等によれば,スナックから本件道路に至るほぼ中間に被告人の自宅があるから,自宅から本件道路までは毎日通勤のため通行している道路であり,最も幅員が狭い部分もこれに含まれる。スナックから自宅までは,通勤経路ではないが,本件当日も自宅付近の駐車場から車で向かった道路であって,その道路状況は被告人の熟知しているところであろう。このような道路を,狭いが故に緊張感を持って運転して事故を起こさなかったことは,理解できないわけではなく,「正常な運転が困難な状態」かどうかの判断に当たり,過大に評価することは相当でないと考える。

(3) 事故後の状態や飲酒検知結果に関しては,本件事故後,被告人車両は大破し,約300m進んだところで走行不能になり停止したが,被告人は,本件事故を警察署に報告することなく,携帯電話で友人に電話をかけ,飲酒運転の発覚を免れるため,まず被告人の身代わりになってもらうことを依頼し,断られるや,水を持ってくるよう頼み,友人が2リットルのペットボトル入りの水を持ってくると,そのうち1リットル弱を飲んだこと,友人の勧めで本件事故現場に戻ったが,飲酒検知に応じた時点では本件事故後約50分を経過していたことが認められる。
 飲酒検知の結果は,呼気1リットル中の0.25の目盛りと0.3の目盛りの中間付近のやや0.3寄りのところまで青白く変色していたとのことである。飲酒検知の結果は,体内のアルコール保有度を示す重要な数値ではあるが,事故時点に接着し,人為的な操作のない状況下で行われてこそ,正確で信頼度が高いといえるのであって,本件における飲酒検知の結果は,事故後約50分が経過していることや,少量とはいえない水を飲んだ上でのものであることが考慮されなければならない。そして,事故後の時間の経過や水を飲んだ場合の飲酒検知の結果の影響は僅少であるとの実験結果が提出されている一方で,本件当日の被告人の飲酒量からすれば,血液1ml中に1.0rに近いアルコールを保有するに至るとする実験結果も提出されているが,いずれも摂取状況や個体差を考慮せざるを得ないことからすると,これらの実験結果から本件事故時の被告人の体内のアルコール保有度を確定することはできないといわざるを得ない。多数意見並びに第1審判決及び原判決のように,血液1ml中0.5rを上回る程度と認定するほかないが,どの程度上回るのかを数値的に確定することは困難であって,被告人の酔いの程度は「相当な程度」と表現せざるを得ないところである。

(4) 事故後の被告人の言動,すなわち友人に身代わりを依頼したこと,水を持ってくるよう頼んだこと,また同乗者に累が及ばぬようにその場から立ち去らせたことをもって相応の判断能力があるとし,「正常な運転が困難な状態」になかったことの証左とする見方については,逆に,正常な判断能力があれば,被告人車両は大破しているのであるから,まずは事故の状況を確認するはずであるのに,被告人はこれを全く確かめていないのであるから,相当ではないと考える。事故状況を確認せず,飲酒運転の発覚を免れることだけを考え,運転の身代わりを頼んだり,水を大量に飲もうともくろんだことは,むしろ正常な判断能力が損なわれていたことを示すものといえよう(この点は,酒酔い運転による免許取消しをおそれての工作とも考えられ,免許取消しの危惧,酒酔い運転の認識が被告人にあったことすらうかがわれるところである。)。
 また,被告人は,飲酒検知後警察官から質問を受けた際,質問事項には答えており,完全に倒れ込むことはなかったものの,肩や頭が左右に揺れたり,腰が徐々に前にずれてきて座っている姿勢が崩れることもあったのであるから,事故後の被告人の言動は,被告人が「正常な運転が困難な状態」になかったことをうかがわせるものではないと考える。

4.以上のとおり,長時間にわたる多量の飲酒,かなり高い酩酊状態を示すスナック等における被告人の言動,その上で運転を開始してふだんにはない高速運転をした上,直前まで被害車両を発見できなかったことにより激しい衝突事故を惹起していることからは,アルコールの影響による被告人の注意能力の弛緩,判断能力の鈍麻が顕著にうかがわれるのであって,前記のとおり,事故の態様のほか,事故前の飲酒状況及び酩酊状態,事故前の運転状況,事故後の言動,飲酒検知結果などを総合考慮したとき,被告人は「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」にあったと認めることに何ら不相当なところはないものと考える。

【田原睦夫反対意見】

 私は,多数意見と異なり,以下に述べるとおり,本件記録上,本件事故当時被告人が「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」に陥っていたものとは認められず,また,仮に本件事故当時被告人が「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」にあったとしても,被告人がその事実を認識していたことを認めるに足りる証拠は存しないというべきであって,被告人を刑法208条の2第1項の危険運転致死傷罪に問擬することはできず,被告人に対しては,刑法211条1項の業務上過失致死傷罪の責任を問うことができるに止まるものというべきであり,原判決を破棄し,本件控訴を棄却するのが相当であると思料する。

第1.本件事故当時,被告人が「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」にあったか否かについて

 刑法208条の2第1項前段の「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」(以下「正常運転困難状態」という。)とは,多数意見が述べる「アルコールの影響により道路交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態をいうと解される」ことについては,私も異論はない。
 問題は,被告人が本件事故当時正常運転困難状態にあったことを,如何なる事実によって認定するかという点である。一般的には,事故に至る迄の被告人の飲酒量,酩酊の程度を窺わせる言動の有無,事故に至る迄の運転状況,事故態様,事故後の被告人の態様や言動,飲酒検知の結果等の諸般の事情を総合して認定することになる。「正常運転困難状態」とは,客観的な事実状態であるから,原則として,被告人の事故に至る迄の運転状況,事故態様,事故前後における態様及び言動,飲酒検知の結果等,事故時の運転状況を推認し得るに足る諸事情から認定すべきであって,刑法208条の2の規定が制定された際に学者が警鐘を鳴らしているように,死傷の結果と飲酒検知の結果のみから,正常運転困難状態にあったと認定することは許されないのである。

1.本件事故当時,被告人が正常運転困難状態にあったか否かについての検討

 本件記録から認められる本件事故時における被告人の運転状況に関わる諸事実について,以下項を分けて検討する。

(1) 被告人の本件事故前の飲酒量及び言動等

 被告人が,本件事故に至る運転を開始する迄に,焼酎ロックを合計8〜9杯(焼酎の量にして,480ないし540ml )のほかビール,ブランディーの水割り等相当量の飲酒をし,また,一定の酩酊状態にあったことを示す言動が存したことは認められるものの,他方,携帯電話を使ってメールのやりとりを通常の状態で行っていたというのである。そして,一審で取調べられたA教授の鑑定書の被験者のデータが示すように,飲酒による酔いの程度(血中アルコール濃度)は個人差が著しく,飲酒量のみからその酩酊度を直ちに推認することは出来ないのであり,また,被告人の言動も,一般に認められている酩酊度の分類からすれば精々で「微酔」に止まるものでしかない。
 かかる諸事実は,被告人が本件事故時に正常運転困難状態にあったことを直ちに窺わせるものではない。

(2) 本件事故に至る迄の運転状況

 被告人は,一審判決が認定するとおり,スナック「B」を出た後,海の中道大橋に至る雁の巣レクリューションセンター交差点(以下「本件交差点」という。)を左折する迄の約3.5qの間,車道が狭く(狭いところは車道幅員約2.7m)住宅街の中を微妙に湾曲し,道路脇には電柱が設置されている箇所もあり,街灯はあっても薄暗い通りを,幅員1.79mの被告人車を運転して接触事故を起こすことなく約5〜6分間走行し(運転開始時刻が午後10時40分頃で本件事故の発生が午後10時48分頃であり,本件交差点から本件事故現場迄約1.3qで,その間被告人車は時速50qから加速して100qで走行していたというのであるから,本件交差点から本件事故現場に至る迄に要した時間は約2分程度と推認され,それからすると,被告人車がスナック「B」前を出発した後,本件交差点に至る迄に要した時間は約5〜6分間程度となる。また,その走行時間からすると,その間の被告人車の速度は時速約35〜42q程度となる。),また,その間,被告人車の同乗者Cが被告人の運転に危険を感じたことを窺わせる証拠も全く存しないのである。大谷裁判官は,被告人が同道路を通り慣れていることをもって,上記の運転状況を過大に評価すべきでないとされるが,正常運転困難状態とは,そのような道路を通行する際においてすら,道路交通の状況等に応じた運転操作をすることができない状況にあって初めて認められるべきものであって,大谷裁判官の意見には同調できない。
 次に,被告人車が本件交差点を左折して本件事故現場に至る迄の間の走行状況を見ても,急加速こそしているものの,蛇行運転をしたり,車道から左右にずれるような運転を行っていた形跡も認められないのである。
 かかる事実からは,少なくとも本件事故に至る直前までの被告人の運転状況は,「正常運転困難状態」にあったとは到底認められないのである。

(3) 被告人の本件事故後の言動

 被告人は,本件事故後,事故現場から約300m先に被告人車を停車させてハザードランプをつけて降車し,同乗者のCに逃走を指示し,携帯電話で友人に身代わり犯人を依頼し,また,飲酒の事実を隠そうとして友人にペットボトル入りの水を持参するよう依頼している。上記事実からは,本件事故直後において,被告人が罪証湮滅のために事態に対応した相当の行動をしていることが認められる。

(4) 飲酒検知時の被告人の呼気アルコール濃度(血中アルコール濃度)及び同時点における被告人の言動

 被告人に対しては,午後11時36分頃,呼気の飲酒検知が行われているが,その結果は呼気1リットル中のアルコール濃度0.25rである(道路交通法施行令の定める換算値によれば血液1ml 中0.5r)。被告人が呼気検知の際に2度吹きをしていることから,検査データが若干低めに出ていることが窺われ,また,被告人は,飲酒検知に先立って約1リットルの水を飲んでいるところ,前記A鑑定における実験結果によれば,飲水によって呼気1リットル中のアルコール濃度が10〜20%程度低くなることが認められるにすぎないから,それらの影響を最大限被告人に不利益に見積もっても,被告人が水を飲まない状態で飲酒検知を受けたとした場合には,アルコール濃度は呼気1リットル中0.25rの20%高である0.3r程度となる(血中アルコール濃度に換算すると血液1ml 中0.6r程度)。
 血中アルコール濃度1ml 中0.5rという値は,平成13年に道路交通法施行令が改正される迄の酒気帯び運転の基準値であり,一般に広く用いられている4段階の酩酊度を示す数値の中では,最も低い「微酔」(血中アルコール濃度0.5〜1.5r/ml )あるいは「ほろ酔い初期」(血中アルコール濃度0.5〜1.8r/ml )の中でも最も低い数値に近い値であり,上記被告人に不利益に見積もった0.6rという値は,それを若干上回る値にすぎない(なお,文献によれば,近年の欧米各国における飲酒運転とみなす基準は,血液1ml 中で,アメリカ0.8r,イギリス0.8r,フランス0.8r(0.5r〜0.8rは違警罪),ドイツ0.5r等となっている。)。
 また,本件における飲酒検知時の「酒酔い・酒気帯び鑑識カード」によれば,被告人の見分状況は,言語・普通,歩行能力(約10mを歩行させる)・正常に歩行した,直立能力(約10秒間直立させる)・直立できた,酒臭・強い,顔色・青い,目の状態・充血,というのであり,また,同カードの被告人記載部分の文字は,アルコールの影響を窺わせるような乱れもなく読み易い字で記載されている。
 以上によれば,本件における飲酒検知時点において,被告人は,酒臭,顔色,目の状態からして,身体に飲酒に伴うアルコールによる反応が生じていることは認められるものの,身体の運動機能に関しては異常は全く認められないのである。

(5) 小括

 以上検討した諸点,殊に,本件事故直前迄の被告人の運転状況からは,道路交通の状況に応じた運転をしていたことが認められ,被告人の事故直前迄の運転状況が正常運転困難状態にあったことを窺わせる事実は全く認められないのである。また,飲酒検知の際の見分状況をみても,被告人の運動機能に異常は認められないのであって,これらの諸事実からすれば,本件事故当時,被告人が正常運転困難状態にあったと推認することは出来ないものと言わざるを得ないのである。

2.多数意見について

 多数意見は,本件事故前の被告人の飲酒状況や言動等を踏まえたうえで,「本件事故後の飲酒検知結果等からは被告人の本件事故当時の血中アルコール濃度は血液1ml 中0.5rを上回る程度のものと認定できるにとどまること,また,被告人は,本件事故現場に至るまでは,約8分間にわたり道路状況等に応じた運転をしていたこと等を考慮しても,本件当時,被告人が相当程度の酩酊状態にあったことは明らかである」と認定し,そして,被告人が自車を時速約100qで高速走行させていたにもかかわらず8秒程度にわたって被害車輌の存在を認識していなかった理由は,その間前方を見ていなかったか,前方を見ることがあっても被害車輌を認識することができない状態であったかの何れかということになり,「被告人は,いずれにしても,正常な状態にある運転者では通常考え難い異常な状態で自車を走行させていたというほかない。」とする。そして,「被告人が前記のとおり飲酒のため酩酊状態にあったことなどの本件証拠関係の下では,被告人は,飲酒酩酊により上記のような状態にあったと認定するのが相当である。」としたうえで,被告人は本件事故当時,正常運転困難状態にあったと認定する。
 しかし,多数意見の上記認定には,以下のような問題点があり,到底与することはできない。

(1) 酩酊の程度について

 多数意見は,被告人は本件事故当時,「相当程度の酩酊状態にあった」と認定するが,「相当程度」とは具体的にどの程度の酩酊度を想定しているのかが明らかではない。被告人は,本件運転開始前に,前記のとおり相当量の飲酒はしているものの,前記のA鑑定から明らかなように,飲酒による酩酊度(血中アルコール濃度の上昇)は個人差が著しいのであって,被告人は本件事故前の飲酒量にかかわらず,前記のとおり本件事故の直前まで,道路交通の状況等に応じた運転操作を行っており,また,事故後の飲酒検知の際の血中アルコール濃度は,その直前に水を相当量飲んでいることを考慮しても,1ml 中0.5rを若干超える程度であって,一般に酩酊度の基準として認められている4段階の酩酊度のうちの最も低い「微酔」あるいは「ほろ酔い初期」のレベルを示しているにすぎず,また,飲酒検知時の被告人の運動機能は正常に保たれているのである。多数意見は,それら客観的なデータが存することを認めながら,そのうえで,「相当程度酩酊していた」として,その後の前方不注視による本件事故がアルコールの影響により生じたものと認定するが,本罪が酒酔いの程度それ自体からして,自動車を運転することが客観的に危険な行為であると認められる状態であることに着目して処罰するものであることからすれば,客観的な検査データや外部から認識される運転者の運動能力(運動機能)を離れて,酩酊のもたらす危険性を示す指標として「相当程度の酩酊」という極めて曖昧な概念を用いることは,厳格に律せられるべき構成要件を極めて緩やかに解するものであると言わざるを得ず,刑法の解釈として容認できないものと言わざるを得ない。

(2) 酩酊と前方不注視について

 被告人は,本件交差点左折後に加速して時速100q程度で走行しているが,本件交差点左折後本件事故に至る迄追越した車輌が一台も存しなかったことが示すように,本件交差点を左折後海の中道大橋に至る迄の道路の交通状況は極めて空いており,同道路がほぼ直線であって,また深夜であったことからすれば,制限速度50qであるにもかかわらず時速100qの速度で走行したことは,若干加速し過ぎとは言えても極めて異常な速度とまでは言えない速度である。
 また,約8秒間前方を不注視した結果,本件事故に至っているが,その間,脇見運転を継続していたとすれば,8秒間というのは若干長きにすぎると言えるが有り得ない時間ではない。また,その間,前方を見ることがあっても被害車輌を見落とした可能性があるとの点は,日常多数発生している追突事故の殆どが脇見運転又は「考え事をしていた」等の前方不注視によるものであることは顕著な事実であるが,そのうち,「考え事をしていた」というのは,前方を見ているにもかかわらず,直前を走行する自動車の動静に十分に意を払っていなかったことを示すものであり,全く酒気を帯びていない場合においても,日常的に生起して追突事故の原因となっているのである。それ故,仮に被告人が上記8秒の間に前方を見たことがあったにもかかわらず被害車輌に気付かなかったとしても,これからナンパをしに行くという昂揚した気分の下で(即ち,「考え事をしていた」という追突事故と同様の状態),つい前方を走行している自動車の動静を見落とすこともあり得るところであって,約8秒間,被害車輌に気付かなかったとの事実から,多数意見が述べるように,それは酩酊の影響により気付かなかったものであるということが,経験則上当然に推認されるとは到底言い得ないのであり,かかる事実関係から被告人が本件事故時に正常運転困難状態にあったとの事実を認定することはできないのである。
 なお,原判決は,本件事故に至る迄,被告人は,基本的には,前方に視線を向けていたが,アルコールの影響により,正常な状態であれば当然に認識できるはずの被害車輌を認識できなかったとする。そして,その認定に当たり主として依拠した証拠は,多数意見の指摘する,@本件道路には横断勾配が付されているため,ハンドルを操作せずに車輌を走行させると自然に左に向かう構造となっており,長時間の脇見をしながら直進走行することは不可能であるとの実験結果が記載された報告書,Aアルコールが運動機能に影響を与えなくても,アルコール血中濃度1ml 中0.5r程度から視覚に影響を与え,非常に危険であるとするD医師の証言である。
 しかし,前者の実験は,多数意見が指摘するとおり通常では考え難い運転方法を採っているのに加えて,時速50qで行った実験結果を時速100qで走行していた本件にそのまま当てはめるという物理学の基本を無視した認定を行っているのであって,到底採用することができない証拠であることは明らかである。また,後者の証拠も,アルコールの視覚に対する影響の有無,程度は,安全運転規制の上で最も基本的な項目であるにもかかわらず,アルコールが運動機能に影響を与える状態に至っていなくても視覚機能に影響を与えるとの結論を述べるものは,原判決の依拠するD証言以外に文献等も証拠として提出されていないのであり,また真にD証言どおり,アルコールの視覚機能への影響が運動機能への影響に先立って顕われ,かつその影響が大きいとすれば,当然に,これ迄の間に飲酒検知に当たってはその点を重視した検査項目が追加され,またその視点からの規制が強化されていてしかるべきであるにもかかわらず,そのような事実は全く認められないのであって,その点からしてもD証言をそのまま採用することは相当でないというべきである。

3.まとめ

 以上検討したとおり,被告人の本件事故現場に至る迄の運転状況は,道路交通の状況等に応じて運転していたものというべきであって,正常運転困難状態にあったとは認められないこと,また,事故後の被告人の言動,アルコール検知の結果からしても,本件事故時に被告人が正常運転困難状態にあったことを推認できるに足る事実は,本件証拠上認められないのである。
 それにもかかわらず,約8秒間の前方不注視(脇見または前方の動静に気付かなかった)との一事をもって,それがアルコールの影響によると認定するのは,その認定自体,経験則違反であり,殊に犯罪事実の構成要件該当性という極めて厳格に認定されるべき場面における経験則の適用として首肯し難いばかりでなく,かかる運転状況をもって,正常運転困難状態にあったと認定することは,正常運転困難状態とは,「事故を起こしたときにフラフラの状況であって,とてもこれは正常な運転のできる状態ではないという場合に限定していかないと,酒酔い運転プラス事故イコール本罪ということになると,本来意図していたところよりも広い範囲を捕捉することになって危険である」と刑法208条の2の立法時に学者が警鐘を鳴らしていたのと正に同様の状態を招来するものであり,同条の適用範囲を立法時に想定されていた範囲よりも拡張して適用するものであって,同条の解釈としても適切ではないというべきである。

第2.被告人の認識について

 刑法208条の2第1項の危険運転致死傷罪は,アルコールの影響により正常運転困難状態にあることにつき被告人が認識を有していることが必要とされるところ,以下に述べるとおり,被告人が,正常運転困難状態にあるとの認識の下で,本件事故時に被告人車を運転していたとは到底認められないのである。
 先ず,本件事故直前迄の被告人の運転操作は,第1,1,(2)で述べたとおり,道路交通の状況に従って運転しており,その運転状況自体,正常運転困難状態にはなかったものというべきであるから,被告人が正常運転困難状態に陥っていたと認識することは有り得ないといえる。
 次に,本件事故に至る迄の約8秒間の脇見(あるいは前方を見ながら前方通行車輌の動静の注視の懈怠)についても,その間に被告人がそのような脇見運転(あるいは前方通行車輌の動静への注視の懈怠)自体がアルコールの影響によるものであることを認識していたことを窺わせる証拠は存しない(同乗者のCが被告人に対して,「いつもこんなに飛ばすんですか」と聞いた事実が認められるが,かかる会話の存在をもって,被告人が正常運転困難状態で運転していたことを認識していたとすることは困難である。)。
 そうである以上,多数意見のように「本件事故前の飲酒量や本件前後の被告人の言動等によれば,被告人は自身が飲酒酩酊により上記のような状態(飲酒酩酊により前方を見ていなかったか,前方を見ることがあっても被害車両を認識することができない状態)にあったことを認識していたことも推認できるというべきである」とは到底認定できないのである。多数意見は,本件事故の結果は,過失(刑法211条1項)によっても生じ得る事態であるにもかかわらず,その結果の重大性に引きずられて,被告人がアルコールの影響による運転困難状態にあったことを認識していたことを推認するものと言わざるを得ず,到底与することができない。

第3.結論

 以上述べたとおり,本件における被告人の運転状況は,本件における全証拠を検討しても,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態の下で運転していたものとは到底認められず,また被告人がアルコールの影響により正常な運転が困難な状態であることを認識して運転していたものとも認められないのであって,被告人を本件事故に関し,刑法208条の2第1項の危険運転致死傷罪に問うことは出来ず,刑法211条1項の業務上過失致死傷罪の責任を問い得るに止まるべきものであるから,原判決を破棄し,本件控訴を棄却するのが相当である。

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