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最高裁判所大法廷判決平成23年11月16日

【事案】

1.裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(以下「裁判員法」という。)が憲法に違反するかが争われた事案。

2.違憲の主張の概要

 @憲法には,裁判官以外の国民が裁判体の構成員となり評決権を持って裁判を行うこと(以下「国民の司法参加」という。)を想定した規定はなく,憲法80条1項は,下級裁判所が裁判官のみによって構成されることを定めているものと解される。したがって,裁判員法に基づき裁判官以外の者が構成員となった裁判体は憲法にいう「裁判所」には当たらないから,これによって裁判が行われる制度(以下「裁判員制度」という。)は,何人に対しても裁判所において裁判を受ける権利を保障した憲法32条,全ての刑事事件において被告人に公平な裁判所による迅速な公開裁判を保障した憲法37条1項に違反する上,その手続は適正な司法手続とはいえないので,全て司法権は裁判所に属すると規定する憲法76条1項,適正手続を保障した憲法31条に違反する。

 A裁判員制度の下では,裁判官は,裁判員の判断に影響,拘束されることになるから,同制度は,裁判官の職権行使の独立を保障した憲法76条3項に違反する。

 B裁判員が参加する裁判体は,通常の裁判所の系列外に位置するものであるから,憲法76条2項により設置が禁止されている特別裁判所に該当する。

 C裁判員制度は,裁判員となる国民に憲法上の根拠のない負担を課すものであるから,意に反する苦役に服させることを禁じた憲法18条後段に違反する。

【判旨】

1.憲法は,国民の司法参加を許容しているものと解され,裁判員法に所論の憲法違反はないというべきである。その理由は,次のとおりである。

2.まず,国民の司法参加が一般に憲法上禁じられているか否かについて検討する。

(1) 憲法に国民の司法参加を認める旨の規定が置かれていないことは,所論が指摘するとおりである。しかしながら,明文の規定が置かれていないことが,直ちに国民の司法参加の禁止を意味するものではない。憲法上,刑事裁判に国民の司法参加が許容されているか否かという刑事司法の基本に関わる問題は,憲法が採用する統治の基本原理や刑事裁判の諸原則,憲法制定当時の歴史的状況を含めた憲法制定の経緯及び憲法の関連規定の文理を総合的に検討して判断されるべき事柄である。

(2) 裁判は,証拠に基づいて事実を明らかにし,これに法を適用することによって,人の権利義務を最終的に確定する国の作用であり,取り分け,刑事裁判は,人の生命すら奪うことのある強大な国権の行使である。そのため,多くの近代民主主義国家において,それぞれの歴史を通じて,刑事裁判権の行使が適切に行われるよう種々の原則が確立されてきた。基本的人権の保障を重視した憲法では,特に31条から39条において,適正手続の保障,裁判を受ける権利,令状主義,公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利,証人審問権及び証人喚問権,弁護人依頼権,自己負罪拒否の特権,強制による自白の排除,刑罰不遡及の原則,一事不再理など,適正な刑事裁判を実現するための諸原則を定めており,そのほとんどは,各国の刑事裁判の歴史を通じて確立されてきた普遍的な原理ともいうべきものである。刑事裁判を行うに当たっては,これらの諸原則が厳格に遵守されなければならず,それには高度の法的専門性が要求される。憲法は,これらの諸原則を規定し,かつ,三権分立の原則の下に,「第6章 司法」において,裁判官の職権行使の独立と身分保障について周到な規定を設けている。こうした点を総合考慮すると,憲法は,刑事裁判の基本的な担い手として裁判官を想定していると考えられる。

(3) 他方,歴史的,国際的な視点から見ると,欧米諸国においては,上記のような手続の保障とともに,18世紀から20世紀前半にかけて,民主主義の発展に伴い,国民が直接司法に参加することにより裁判の国民的基盤を強化し,その正統性を確保しようとする流れが広がり,憲法制定当時の20世紀半ばには,欧米の民主主義国家の多くにおいて陪審制か参審制が採用されていた。我が国でも,大日本帝国憲法(以下「旧憲法」という。)の下,大正12年に陪審法が制定され,昭和3年から480件余りの刑事事件について陪審裁判が実施され,戦時下の昭和18年に停止された状況にあった。
 憲法は,その前文において,あらゆる国家の行為は,国民の厳粛な信託によるものであるとする国民主権の原理を宣言した。上記のような時代背景とこの基本原理の下で,司法権の内容を具体的に定めるに当たっては,国民の司法参加が許容されるか否かについても関心が払われていた。すなわち,旧憲法では,24条において「日本臣民ハ法律ニ定メタル裁判官ノ裁判ヲ受クルノ権ヲ奪ハルヽコトナシ」と規定されていたが,憲法では,32条において「何人も,裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」と規定され,憲法37条1項においては「すべて刑事事件においては,被告人は,公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。」と規定されており,「裁判官による裁判」から「裁判所における裁判」へと表現が改められた。また,憲法は,「第6章 司法」において,最高裁判所と異なり,下級裁判所については,裁判官のみで構成される旨を明示した規定を置いていない。憲法制定過程についての関係資料によれば,憲法のこうした文理面から,憲法制定当時の政府部内では,陪審制や参審制を採用することも可能であると解されていたことが認められる。こうした理解は,枢密院の審査委員会において提示され,さらに,憲法制定議会においても,米国型の陪審制導入について問われた憲法改正担当の国務大臣から,「陪審問題の点については,憲法に特別の規定はないが,民主政治の趣旨に則り,必要な規定は法律で定められ,現在の制度を完備することは憲法の毫も嫌っているところではない。」旨の見解が示され,この点について特に異論が示されることなく,憲法が可決成立するに至っている。憲法と同時に施行された裁判所法が,3条3項において「この法律の規定は,刑事について,別に法律で陪審の制度を設けることを妨げない。」と規定しているのも,こうした経緯に符合するものである。憲法の制定に際しては,我が国において停止中とはいえ現に陪審制が存在していたことや,刑事裁判に関する諸規定が主に米国の刑事司法を念頭において検討されたこと等から,議論が陪審制を中心として行われているが,以上のような憲法制定過程を見ても,ヨーロッパの国々で行われていた参審制を排除する趣旨は認められない。
 刑事裁判に国民が参加して民主的基盤の強化を図ることと,憲法の定める人権の保障を全うしつつ,証拠に基づいて事実を明らかにし,個人の権利と社会の秩序を確保するという刑事裁判の使命を果たすこととは,決して相容れないものではなく,このことは,陪審制又は参審制を有する欧米諸国の経験に照らしても,基本的に了解し得るところである。

(4) そうすると,国民の司法参加と適正な刑事裁判を実現するための諸原則とは,十分調和させることが可能であり,憲法上国民の司法参加がおよそ禁じられていると解すべき理由はなく,国民の司法参加に係る制度の合憲性は,具体的に設けられた制度が,適正な刑事裁判を実現するための諸原則に抵触するか否かによって決せられるべきものである。換言すれば,憲法は,一般的には国民の司法参加を許容しており,これを採用する場合には,上記の諸原則が確保されている限り,陪審制とするか参審制とするかを含め,その内容を立法政策に委ねていると解されるのである。

3.そこで,次に,裁判員法による裁判員制度の具体的な内容について,憲法に違反する点があるか否かを検討する。

(1) 所論@は,憲法31条,32条,37条1項,76条1項,80条1項違反をいうものである。
 しかし,憲法80条1項が,裁判所は裁判官のみによって構成されることを要求しているか否かは,結局のところ,憲法が国民の司法参加を許容しているか否かに帰着する問題である。既に述べたとおり,憲法は,最高裁判所と異なり,下級裁判所については,国民の司法参加を禁じているとは解されない。したがって,裁判官と国民とで構成する裁判体が,それゆえ直ちに憲法上の「裁判所」に当たらないということはできない。
 問題は,裁判員制度の下で裁判官と国民とにより構成される裁判体が,刑事裁判に関する様々な憲法上の要請に適合した「裁判所」といい得るものであるか否かにある。
 裁判員法では,裁判官3名及び裁判員6名(公訴事実に争いがない事件については,場合により裁判官1名及び裁判員4名)によって裁判体を構成するとしている(2条2項,3項)。裁判員の選任については,衆議院議員の選挙権を有する者の中から,くじによって候補者が選定されて裁判所に呼び出され,選任のための手続において,不公平な裁判をするおそれがある者,あるいは検察官及び被告人に一定数まで認められた理由を示さない不選任の請求の対象とされた者などが除かれた上,残った候補者から更にくじその他の作為が加わらない方法に従って選任されるものとしている(13条から37条)。また,解任制度により,判決に至るまで裁判員の適格性が確保されるよう配慮されている(41条,43条)。裁判員は,裁判官と共に合議体を構成し,事実の認定,法令の適用及び刑の量定について合議することとされ,法令の解釈に係る判断及び訴訟手続に関する判断等は裁判官に委ねられている(6条)。裁判員は,法令に従い公平誠実にその職務を行う義務等を負う一方(9条),裁判官,検察官及び弁護人は,裁判員がその職責を十分に果たすことができるよう,審理を迅速で分かりやすいものとすることに努めなければならないものとされている(51条)。裁判官と裁判員の評議は,裁判官と裁判員が対等の権限を有することを前提にその合議によるものとされ(6条1項,66条1項),その際,裁判長は,必要な法令に関する説明を丁寧に行うとともに,評議を裁判員に分かりやすいものとなるように整理し,裁判員が発言する機会を十分に設けるなど,裁判員がその職責を十分に果たすことができるように配慮しなければならないとされている(66条5項)。評決については,裁判官と裁判員の双方の意見を含む合議体の員数の過半数の意見によることとされ,刑の量定についても同様の原則の下に決定するものとされている(67条)。評議における自由な意見表明を保障するために,評議の経過等に関する守秘義務も設け(70条1項),裁判員に対する請託,威迫等は罰則をもって禁止されている(106条,107条)。
 以上によれば,裁判員裁判対象事件を取り扱う裁判体は,身分保障の下,独立して職権を行使することが保障された裁判官と,公平性,中立性を確保できるよう配慮された手続の下に選任された裁判員とによって構成されるものとされている。また,裁判員の権限は,裁判官と共に公判廷で審理に臨み,評議において事実認定,法令の適用及び有罪の場合の刑の量定について意見を述べ,評決を行うことにある。これら裁判員の関与する判断は,いずれも司法作用の内容をなすものであるが,必ずしもあらかじめ法律的な知識,経験を有することが不可欠な事項であるとはいえない。さらに,裁判長は,裁判員がその職責を十分に果たすことができるように配慮しなければならないとされていることも考慮すると,上記のような権限を付与された裁判員が,様々な視点や感覚を反映させつつ,裁判官との協議を通じて良識ある結論に達することは,十分期待することができる。他方,憲法が定める刑事裁判の諸原則の保障は,裁判官の判断に委ねられている。
 このような裁判員制度の仕組みを考慮すれば,公平な「裁判所」における法と証拠に基づく適正な裁判が行われること(憲法31条,32条,37条1項)は制度的に十分保障されている上,裁判官は刑事裁判の基本的な担い手とされているものと認められ,憲法が定める刑事裁判の諸原則を確保する上での支障はないということができる。
 したがって,憲法31条,32条,37条1項,76条1項,80条1項違反をいう所論は理由がない。

(2) 所論Aは,憲法76条3項違反をいうものである。
 しかしながら,憲法76条3項によれば,裁判官は憲法及び法律に拘束される。そうすると,既に述べたとおり,憲法が一般的に国民の司法参加を許容しており,裁判員法が憲法に適合するようにこれを法制化したものである以上,裁判員法が規定する評決制度の下で,裁判官が時に自らの意見と異なる結論に従わざるを得ない場合があるとしても,それは憲法に適合する法律に拘束される結果であるから,同項違反との評価を受ける余地はない。元来,憲法76条3項は,裁判官の職権行使の独立性を保障することにより,他からの干渉や圧力を受けることなく,裁判が法に基づき公正中立に行われることを保障しようとするものであるが,裁判員制度の下においても,法令の解釈に係る判断や訴訟手続に関する判断を裁判官の権限にするなど,裁判官を裁判の基本的な担い手として,法に基づく公正中立な裁判の実現が図られており,こうした点からも,裁判員制度は,同項の趣旨に反するものではない。
 憲法76条3項違反をいう見解からは,裁判官の2倍の数の国民が加わって裁判体を構成し,多数決で結論を出す制度の下では,裁判が国民の感覚的な判断に支配され,裁判官のみで判断する場合と結論が異なってしまう場合があり,裁判所が果たすべき被告人の人権保障の役割を全うできないことになりかねないから,そのような構成は憲法上許容されないという主張もされている。しかし,そもそも,国民が参加した場合であっても,裁判官の多数意見と同じ結論が常に確保されなければならないということであれば,国民の司法参加を認める意義の重要な部分が没却されることにもなりかねず,憲法が国民の司法参加を許容している以上,裁判体の構成員である裁判官の多数意見が常に裁判の結論でなければならないとは解されない。先に述べたとおり,評決の対象が限定されている上,評議に当たって裁判長が十分な説明を行う旨が定められ,評決については,単なる多数決でなく,多数意見の中に少なくとも1人の裁判官が加わっていることが必要とされていることなどを考えると,被告人の権利保護という観点からの配慮もされているところであり,裁判官のみによる裁判の場合と結論を異にするおそれがあることをもって,憲法上許容されない構成であるとはいえない。
 したがって,憲法76条3項違反をいう所論は理由がない。

(3) 所論Bは,憲法76条2項違反をいうものである。
 しかし,裁判員制度による裁判体は,地方裁判所に属するものであり,その第1審判決に対しては,高等裁判所への控訴及び最高裁判所への上告が認められており,裁判官と裁判員によって構成された裁判体が特別裁判所に当たらないことは明らかである。

(4) 所論Cは,憲法18条後段違反をいうものである。
 裁判員としての職務に従事し,又は裁判員候補者として裁判所に出頭すること(以下,併せて「裁判員の職務等」という。)により,国民に一定の負担が生ずることは否定できない。しかし,裁判員法1条は,制度導入の趣旨について,国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与することが司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資することを挙げており,これは,この制度が国民主権の理念に沿って司法の国民的基盤の強化を図るものであることを示していると解される。このように,裁判員の職務等は,司法権の行使に対する国民の参加という点で参政権と同様の権限を国民に付与するものであり,これを「苦役」ということは必ずしも適切ではない。また,裁判員法16条は,国民の負担を過重にしないという観点から,裁判員となることを辞退できる者を類型的に規定し,さらに同条8号及び同号に基づく政令においては,個々人の事情を踏まえて,裁判員の職務等を行うことにより自己又は第三者に身体上,精神上又は経済上の重大な不利益が生ずると認めるに足りる相当な理由がある場合には辞退を認めるなど,辞退に関し柔軟な制度を設けている。加えて,出頭した裁判員又は裁判員候補者に対する旅費,日当等の支給により負担を軽減するための経済的措置が講じられている(11条,29条2項)。
 これらの事情を考慮すれば,裁判員の職務等は,憲法18条後段が禁ずる「苦役」に当たらないことは明らかであり,また,裁判員又は裁判員候補者のその他の基本的人権を侵害するところも見当たらないというべきである。

4.裁判員制度は,裁判員が個別の事件ごとに国民の中から無作為に選任され,裁判官のような身分を有しないという点においては,陪審制に類似するが,他方,裁判官と共に事実認定,法令の適用及び量刑判断を行うという点においては,参審制とも共通するところが少なくなく,我が国独特の国民の司法参加の制度であるということができる。それだけに,この制度が陪審制や参審制の利点を生かし,優れた制度として社会に定着するためには,その運営に関与する全ての者による不断の努力が求められるものといえよう。裁判員制度が導入されるまで,我が国の刑事裁判は,裁判官を始めとする法曹のみによって担われ,詳細な事実認定などを特徴とする高度に専門化した運用が行われてきた。司法の役割を実現するために,法に関する専門性が必須であることは既に述べたとおりであるが,法曹のみによって実現される高度の専門性は,時に国民の理解を困難にし,その感覚から乖離したものにもなりかねない側面を持つ。刑事裁判のように,国民の日常生活と密接に関連し,国民の理解と支持が不可欠とされる領域においては,この点に対する配慮は特に重要である。裁判員制度は,司法の国民的基盤の強化を目的とするものであるが,それは,国民の視点や感覚と法曹の専門性とが常に交流することによって,相互の理解を深め,それぞれの長所が生かされるような刑事裁判の実現を目指すものということができる。その目的を十全に達成するには相当の期間を必要とすることはいうまでもないが,その過程もまた,国民に根ざした司法を実現する上で,大きな意義を有するものと思われる。このような長期的な視点に立った努力の積み重ねによって,我が国の実情に最も適した国民の司法参加の制度を実現していくことができるものと考えられる。

 

最高裁判所第三小法廷判決平成23年11月22日

【事案】

1.平成19年8月29日に破産手続開始の決定を受けたA(以下「破産会社」という。)の従業員らの同年7月分の給料債権(以下「本件給料債権」という。)を同社のために弁済した上告人が,上記従業員らに代位して,同社の破産管財人である被上告人に対し,破産手続によらないで,本件給料債権の支払を求める事案。

2.原審は,次のとおり判断し,上告人の請求を認容した第1審判決を取り消して,本件訴えを却下した。

(1) 破産法149条1項所定の使用人の給料の請求権は,労働者の当面の生活維持のために必要不可欠のものであって確実に弁済されるのが望ましいことから,労働債権の保護という政策目的に基づき創設された財団債権であり,これが代位弁済された場合,上記政策目的は達成されたことになる。弁済による代位により上記請求権を取得した者が破産手続によらないで上記請求権を行使することができると解することは,上記政策目的を超えて他の破産債権者に不利益を及ぼすことになり,相当でない。

(2) そもそも,弁済による代位により代位弁済者が取得する債権者の債務者に対する債権(以下「原債権」という。)は,代位弁済者が債務者に対して取得する求償権を確保することを目的として存在する付従的な性質を有し,求償権の存在,その債権額と離れ,これと独立してその行使が認められるものではなく,求償権の限度でのみその効力が認められるものである。そうすると,原債権によって確保されるべき求償権が破産債権(破産法2条5項)にすぎない場合には,求償権に対し付従性を有する原債権についても,求償権の限度でのみ効力を認めれば足り,破産手続によらなければ,これを行使することはできない。

(3) したがって,上告人は,破産手続によらなければ,本件給料債権を行使することができないというべきである。

【判旨】

1.原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 弁済による代位の制度は,代位弁済者が債務者に対して取得する求償権を確保するために,法の規定により弁済によって消滅すべきはずの原債権及びその担保権を代位弁済者に移転させ,代位弁済者がその求償権の範囲内で原債権及びその担保権を行使することを認める制度であり(最高裁昭和55年(オ)第351号同59年5月29日第三小法廷判決・民集38巻7号885頁同昭和58年(オ)第881号同61年2月20日第一小法廷判決・民集40巻1号43頁参照),原債権を求償権を確保するための一種の担保として機能させることをその趣旨とするものである。この制度趣旨に鑑みれば,求償権を実体法上行使し得る限り,これを確保するために原債権を行使することができ,求償権の行使が倒産手続による制約を受けるとしても,当該手続における原債権の行使自体が制約されていない以上,原債権の行使が求償権と同様の制約を受けるものではないと解するのが相当である。そうであれば,弁済による代位により財団債権を取得した者は,同人が破産者に対して取得した求償権が破産債権にすぎない場合であっても,破産手続によらないで上記財団債権を行使することができるというべきである。このように解したとしても,他の破産債権者は,もともと原債権者による上記財団債権の行使を甘受せざるを得ない立場にあったのであるから,不当に不利益を被るということはできない。以上のことは,上記財団債権が労働債権であるとしても何ら異なるものではない。
 したがって,上告人は,破産手続によらないで本件給料債権を行使することができるというべきである。

2.以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,原審の適法に確定した事実関係によれば,上告人は,破産会社から破産手続開始前に委託を受けていたことから,平成19年8月21日,破産会社のために,本件給料債権合計237万7280円を弁済し,これと同時に従業員らの承諾を得て,従業員らに代位して本件給料債権の支払を求めているというのである。そうすると,上告人の請求には理由があり,第1審判決は結論において是認することができるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。

【田原睦夫補足意見】

 私は,法廷意見に与するものであるが,代位弁済に基づく求償権及び原債権と倒産手続との関係について,従前下級審の裁判例が岐れ,また,学説においても種々の見解が主張されていることに鑑み,以下のとおり補足意見を述べる。

1.代位弁済に基づく求償権と原債権との関係に関する従前の判例法理について

 債権が第三者により代位弁済がなされた場合に代位弁済者が取得する求償権と原債権との関係については,法廷意見が引用する2件の判例によって,@弁済による代位の制度は,代位弁済者が債務者に対して取得する求償権を確保するために,弁済によって消滅するはずの原債権及びその担保権を法の規定により代位弁済者に移転させるものであり,A代位弁済者に移転した原債権及びその担保権は,求償権を確保することを目的とする附従的性質を有する,との判例法理が確立された。
 本件に関する求償権及び原債権と倒産手続との関係についての見解の対立は,上記判例法理をいかに解するかに関連するものであるので,法廷意見を支持する立場から,上記の判例法理に関して私の理解するところを以下に述べる。

(1) 「求償権を確保するため」の意義について

 判例法理のいう「求償権を確保するため」の意義について,学説上種々の見解が説かれているが,私は,法廷意見が述べるように,原債権を「求償権を確保するため」の一種の担保として機能させることを意味すると解するのが相当であると考える。
 代位弁済者の「求償権を確保するため」とは,「求償権の回収を確実ならしめるため」を意味するものと解されるのであり,その実質は,原債権を求償権者に法律上当然に移転させることによって,原債権をして求償権に対する担保的機能を果たさせようとするものであると言える。
 その担保的機能としてどのような内容を有しているかについて,上記判例法理を踏まえた上で,原債権の保証や時効と求償権との関係等個別の論点について論じられてきた支配的見解を基に考察すると,原債権の移転による担保的機能とは,求償権確保のために原債権が譲渡担保の目的として求償権者に移転したのと同様の関係に立つと解するのが,両債権の関係を説明する上で最も理解しやすいと考えられる。
 以下,そのような理解を前提に,求償権と原債権との主な関係についてみてみる。

ア.求償権と原債権とは別個の債権である。それゆえ,求償権と原債権とは以下のような関係になる。

@ 原債権自体が求償権者に移転するのであるから,原債権それ自体の有する性質は,求償権者に移転することによって変化することはない。すなわち,原債権が一般の先取特権等優先権のある債権や,他の債権に後れてのみ行使が認められる劣後債権であるときは,原債権が求償権者に移転しても,その債権の性質が変化することはなく,求償権者は原債権の性質に従って原債権を行使することになる(なお,租税債権のごとく,弁済による代位自体がその債権の性質上生じない場合は別である。)。

A 求償権と原債権とは,それぞれ別個に時効が進行する。

B 求償権者が原債権を行使する場合,債務者は原債権に対する抗弁を主張することができる。

イ.原債権は,求償権の確保のために移転するのであるから,求償権者が原債権を行使する場合において,債務者は,求償権に対する抗弁を主張することができる。

ウ.原債権の保証人は,原債権が担保目的とはいえ求償権者に移転するのであるから,求償権者が原債権を行使し得る限り,保証責任を追及される関係に立つ。

エ.原債権のために設定された担保権は,原債権が担保目的とはいえ求償権者に移転するのであるから,その随伴性により当然に求償権者に移転する。求償権者は,担保権設定者に対して,その移転に伴う対抗要件の具備を請求することができる。
 また,求償権者は,原債権を行使することができる場合には,原債権のために設定された担保権を実行することができる。

(2) 原債権が「附従的性質」を有するとの意義について

 判例法理にいう附従的性質の意義について,次のように理解することができると考える。

@ 求償権が消滅すれば,当然に原債権も消滅する。

A 求償権につき,期限の猶予が与えられるなど,その弁済期が未到来の場合は,原債権の弁済期が到来していても,原債権を行使することはできない。

B 債務者との関係で,求償権不行使特約や他の債権に劣後して行使する旨の劣後特約が締結されている場合などには,原債権それ自体に何らの制約が課されていなくても原債権を行使することができない。

2.倒産手続における求償権と原債権との関係について

 倒産手続において求償権を行使するに当たっては,求償権者は破産法104条,民事再生法86条2項,会社更生法135条2項の基本的規律の下にその権利の行使が認められるが,求償権とともに原債権をも行使することができる場合の両債権の関係は,以下のとおりになると解される。

(1) 求償権者は,求償権と原債権の双方の債権につき倒産手続に参加(債権届出)することができる。その場合,両債権が重複する限度ではその一方の行使しか認められないが,求償権の額が原債権の額を上回るとき(多くの場合,遅延損害金の利率は求償権の方が原債権よりも高い。)には,その上回る範囲で求償権を行使することができる。また,原債権が倒産手続上の優先債権であるときは,求償権者は原債権の優先債権としての権利を行使することができる。

(2) 求償権者が債権届出をしていなくても,原債権の債権届出がなされているときは,求償権者が破産法104条(及び民事再生法,会社更生法で準用する場合)の要件を満たす限り,求償権者は原債権の届出名義の変更(破産法113条1項,民事再生法96条,会社更生法141条)をすることができるが,これは譲渡担保権の行使に類するものとしての届出名義の変更と理解することができる。

(3) 求償権が,倒産手続による制約を受けて倒産手続によってのみその行使が認められる場合であっても,原債権は求償権確保のための譲渡担保に類するものであるから,倒産手続上,原債権を上記制約を受けることなく行使することが認められるか否かを検討する必要がある。
 そして,原債権が財団債権や共益債権である場合には,それらの債権は倒産手続による制約を受けることなく行使することができるから,求償権自体の行使が倒産手続による制約を受けても,原債権を行使することができ,求償権は原債権の行使によって満足を得る限度でその行使が制約されることになる。
 次に,原債権が実体法上優先権のある債権である場合には,破産手続及び会社更生手続では,優先債権であっても,その行使は各手続による制約を受けるから各手続に参加する必要があるが,民事再生手続では,優先債権については再生手続による制約が存しないから自由に行使することができる。
 なお,原債権につき担保権が設定されている場合には,破産手続や民事再生手続では別除権として行使でき,それによって満足を受けることができない限度で各手続に参加できること,会社更生手続では更生担保権として手続に参加できることはいうまでもない。

3.結論

 以上述べたとおり,弁済による代位により求償権者に移転する原債権と求償権との関係は,求償権を担保するべく原債権が移転するもので,その移転の法的構成は,譲渡担保に類するものと解されるのである。
 以上よりすれば,財団債権たる性質を有する未払賃金債権を代位弁済した上告人は,破産手続による制約を受けることなく原債権それ自体を行使し得るのであって,それを否定した原判決は破棄を免れないものというべきである。

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