最新最高裁判例

最高裁判所第一小法廷判決平成23年11月24日

【事案】

1.弁済による代位により民事再生法上の共益債権を取得した被上告人が,再生管財人である上告人に対し,再生手続によらないで,その支払を求める事案である。被上告人が再生債務者に対して取得した求償権が再生債権にすぎないことなどから,被上告人は再生手続によらないで上記共益債権を行使することができるか否かが争われている。

2.事実関係の概要

(1) Aは,平成19年9月3日,Bとの間で,船舶で使用する断熱材の製造を目的とする請負契約を締結し,平成20年1月頃,Bから,上記請負契約の報酬の一部を前渡金(以下「本件前渡金」という。)として受領した。
 Aは,同年6月18日,再生手続開始の決定を受け,同社の再生管財人に選任された上告人は,同年7月1日,民事再生法49条1項に基づき,Bに対し,上記請負契約を解除する旨の意思表示をした。

(2) 上記再生手続開始前に本件前渡金の返還債務を保証していた被上告人は,同年8月8日,Bに対し,同債務を代位弁済した。

3.原審は,被上告人は再生手続によらなければ本件前渡金の返還請求権を行使することはできないとして本件訴えを却下した第1審判決を取り消して,本件を第1審に差し戻した。

【判旨】

1.弁済による代位の制度は,代位弁済者が債務者に対して取得する求償権を確保するために,法の規定により弁済によって消滅すべきはずの債権者の債務者に対する債権(以下「原債権」という。)及びその担保権を代位弁済者に移転させ,代位弁済者がその求償権の範囲内で原債権及びその担保権を行使することを認める制度であり(最高裁昭和55年(オ)第351号同59年5月29日第三小法廷判決・民集38巻7号885頁同昭和58年(オ)第881号同61年2月20日第一小法廷判決・民集40巻1号43頁参照),原債権を求償権を確保するための一種の担保として機能させることをその趣旨とするものである。この制度趣旨に鑑みれば,弁済による代位により民事再生法上の共益債権を取得した者は,同人が再生債務者に対して取得した求償権が再生債権にすぎない場合であっても,再生手続によらないで上記共益債権を行使することができるというべきであり,再生計画によって上記求償権の額や弁済期が変更されることがあるとしても,上記共益債権を行使する限度では再生計画による上記求償権の権利の変更の効力は及ばないと解される(民事再生法177条2項参照)。以上のように解したとしても,他の再生債権者は,もともと原債権者による上記共益債権の行使を甘受せざるを得ない立場にあったのであるから,不当に不利益を被るということはできない。
 これを本件についてみると,前記事実関係によれば,弁済による代位により本件前渡金の返還請求権を取得した被上告人は,Bに代位して,再生手続によらないで上記請求権を行使することができるというべきである。

2.以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

【金築誠志補足意見】

 民法501条柱書きの「自己の権利に基づいて求償をすることができる範囲内」が,原判決がいうように,求償権が存する場合にその求償できる上限の額の範囲内,すなわち実体法上の制約の範囲内を意味しており,手続法上の制約を一切含まないものと限定的に解することは,いささか早計のように思われ,問題となる手続法上の制約の性質,効果等を考慮して,個別的,具体的に検討する余地を残しておくことが賢明であると考える。法廷意見の引用する昭和59年5月29日第三小法廷判決及び昭和61年2月20日第一小法廷判決も,実体法上の制約に限るという趣旨まで判示しているものとは解されない。
 そこで,本件の場合について考えてみると,再生債権について再生手続外での行使が禁止されるのは,再生計画による権利内容の変更の可能性に備えた制約である。再生計画によって求償権の内容が変更された場合に,求償権者による原債権の行使が再生計画による変更の制約を受けるのならば,共益債権たる原債権の行使であるからといって,再生手続外での行使を許すのは適当でないであろう。再生計画の確定の前後によって行使し得る原債権の額が変わるという事態も,避けるべきことと考えられる。再生計画によって求償権の減額変更が予定される場合に(ほとんどの場合そうであろうが),管財人が再生計画の確定まで求償権者の請求に応じないでいることを,法的に否定するのは妥当でないようにも思う。逆に,再生計画が原債権の行使に影響しないのなら,ここで問題としている点に関する限り,再生手続外での行使を否定する理由はないと考えられる。したがって,原債権の行使が再生計画による権利変更の制約を受けるのかどうかは,本件の結論を左右する重要なポイントになるのではないかと思う。
 求償権が再生計画によって変更された場合に,代位行使できる原債権の額等について,付従性の例外を認めた規定は存在しないが,原債権が代位弁済者に移転するのは,求償権を確保するための担保的機能を目的とするものであることなどからすれば,再生計画が担保権等に影響を及ぼさないことを規定した民事再生法177条2項を本件の場合に類推適用し,再生計画によって求償権の額や弁済期が変更されても,共益債権を行使する限度ではその変更の効力は及ばないと解するのは,特に無理な類推解釈ではないように思う。
 類推適用を否定し,再生計画による権利変更の効力が原債権の行使に及ぶと解する場合は,上記のように,原債権の行使も再生手続外では許されないと考えるべきであるように思われるが,それでは代位弁済によって共益債権を取得することが実際上意味を持たなくなってしまい,代位弁済者を余りにも不利な地位に置くことになるという感を拭えない。その反面,他の再生債権者は,本来,共益債権を行使されて,その分,弁済の引当財産が減少することを覚悟すべき状況にあったのに,いわば棚ぼた的に利益を得ることになるのである。これは,公平とはいい難い。

 

最高裁判所第一小法廷判決平成23年12月01日

【事案】

1.上告人が,A及び同社を吸収合併した被上告人との間の継続的な金銭消費貸借取引と,B及び同社から債権譲渡を受けた被上告人との間の継続的な金銭消費貸借取引について,各弁済金のうち利息制限法(平成18年法律第115号による改正前のもの)1条1項所定の利息の制限額を超えて利息として支払われた部分(以下「制限超過部分」という。)を元本に充当すると過払金が発生しており,かつ,被上告人は過払金の取得が法律上の原因を欠くものであることを知っていたとして,被上告人に対し,不当利得返還請求権に基づき,過払金及び民法704条前段所定の利息等の支払を求める事案。
 本件の争点は,被上告人が過払金の取得について民法704条の「悪意の受益者」であるか否かである。

(参照条文)

貸金業法

3条1項 貸金業を営もうとする者は、二以上の都道府県の区域内に営業所又は事務所を設置してその事業を営もうとする場合にあつては内閣総理大臣の、一の都道府県の区域内にのみ営業所又は事務所を設置してその事業を営もうとする場合にあつては当該営業所又は事務所の所在地を管轄する都道府県知事の登録を受けなければならない。

17条1項 貸金業者は、貸付けに係る契約(・・略・・。)を締結したときは、遅滞なく、内閣府令で定めるところにより、次に掲げる事項についてその契約の内容を明らかにする書面をその相手方に交付しなければならない。当該書面に記載した事項のうち、重要なものとして内閣府令で定めるものを変更したときも、同様とする。
一 貸金業者の商号、名称又は氏名及び住所
二 契約年月日
三 貸付けの金額
四 貸付けの利率
五 返済の方式
六 返済期間及び返済回数
七 賠償額の予定に関する定めがあるときは、その内容
八 前各号に掲げるもののほか、内閣府令で定める事項

 

貸金業法施行規則13条1項

 法第十七条第一項第八号に規定する内閣府令で定める事項は、次の各号に掲げる貸付けに係る契約の区分に応じ、当該各号に定める事項とする。
一 金銭の貸付けに係る契約(次号及び第三号に掲げる契約を除く。) 次に掲げる事項
イからトまで略。
チ 各回の返済期日及び返済金額(・・略・・。)(・・略・・。)
以下略。

 

貸金業の規制等に関する法律(平成18年法律第115号による改正前のもの)43条1項

 貸金業者が業として行う金銭を目的とする消費貸借上の利息(利息制限法(昭和二十九年法律第百号)第三条の規定により利息とみなされるものを含む。)の契約に基づき、債務者が利息として任意に支払つた金銭の額が、同法第一条第一項に定める利息の制限額を超える場合において、その支払が次の各号に該当するときは、当該超過部分の支払は、同項の規定にかかわらず、有効な利息の債務の弁済とみなす。
一 第十七条第一項(・・略・・。)の規定により第十七条第一項に規定する書面を交付している場合・・略・・におけるその交付をしている者に対する貸付けの契約に基づく支払
二 略。

※平成18年法律第115号による改正により、上記のみなし弁済規定は廃止された(ただし、施行は平成22年6月18日)。

2.事実関係の概要等

(1) 被上告人,A及びBは,貸金業法(平成18年法律第115号による改正前の法律の題名は貸金業の規制等に関する法律。以下,同改正の前後を通じて「貸金業法」という。)3条所定の登録を受けた貸金業者である。

(2) Aは,上告人との間で,平成8年8月13日から平成14年12月30日までの間,継続的な金銭消費貸借取引を行った。被上告人は,平成15年1月1日にAを吸収合併して上記金銭消費貸借取引に係る貸主の地位を承継し,引き続き上告人との間で,同月31日から平成21年11月1日までの間,継続的な金銭消費貸借取引を行った(以下,A及び被上告人と上告人との間の上記取引を「第1取引」という。)。

(3) Bは,上告人との間で,平成9年2月18日から平成14年4月4日までの間,継続的な金銭消費貸借取引を行った。被上告人は,同年5月2日にBから上記金銭消費貸借取引に係る上告人に対する債権の譲渡を受け,引き続き上告人との間で,同月7日から平成21年11月1日までの間,継続的な金銭消費貸借取引を行った(以下,B及び被上告人と上告人との間の上記取引を「第2取引」といい,第1取引と第2取引を併せて「本件各取引」という。)。

(4) 本件各取引は,基本契約の下で,借入限度額の範囲内で借入れと返済を繰り返すことを予定して行われたもので,その返済の方式は,全貸付けの残元利金について,毎月の返済期日に最低返済額を支払えば足りるとする,いわゆるリボルビング方式の一つである。
 本件各取引において貸金業法(平成18年法律第115号による改正前のもの。以下同じ。)17条1項所定の事項を記載した書面(以下「17条書面」という。)として上告人に交付された各書面には,同項6号に掲げる「返済期間及び返済回数」や貸金業法施行規則(平成19年内閣府令第79号による改正前のもの。以下同じ。なお,同改正前の題名は貸金業の規制等に関する法律施行規則)13条1項1号チに掲げる各回の「返済金額」(以下,「返済期間及び返済回数」と各回の「返済金額」を併せて「返済期間,返済金額等」という。)に代わるものとして,平成16年9月までは,次回の最低返済額とその返済期日の記載がされていたにとどまり,同年10月以降になって,個々の貸付けの時点での残元利金について最低返済額を毎月の返済期日に返済する場合の返済期間,返済金額等の記載(以下「確定的な返済期間,返済金額等の記載に準ずる記載」という。)がされるようになった。

(5) 本件各取引において上告人がした各弁済(以下「本件各弁済」という。)のうち制限超過部分の支払は,貸金業法43条1項の適用要件を欠き,有効な利息の債務の弁済とはみなされない。制限超過部分を各貸付金の元本に充当すると,第1取引については平成13年2月1日以降,第2取引については平成16年6月30日以降,終始過払の状態が継続していた。

3.原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断し,被上告人は民法704条の「悪意の受益者」であると認めることができないとして,上告人の請求のうち被上告人の控訴に係る部分を棄却した。

(1) 貸金業者が制限超過部分を利息の債務の弁済として受領したが,その受領につき貸金業法43条1項の適用が認められない場合には,当該貸金業者は,同項の適用があるとの認識を有しており,かつ,そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情(以下「平成19年判決の判示する特段の事情」という。)があるときでない限り,法律上の原因がないことを知りながら過払金を受領した者,すなわち民法704条の「悪意の受益者」であると推定される(最高裁平成17年(受)第1970号同19年7月13日第二小法廷判決・民集61巻5号1980頁)。

(2) リボルビング方式による貸付けについては,貸金業者において,個々の貸付けの際に,17条書面として借主に交付する書面に,確定的な返済期間,返済金額等の記載に準ずる記載をすべき義務があり,基本契約書の記載と各貸付けの都度借主に交付された書面の記載とを併せても,確定的な返済期間,返済金額等の記載に準ずる記載がないときは,17条書面の交付があったということはできない旨を判示した最高裁平成17年(受)第560号同年12月15日第一小法廷判決・民集59巻10号2899頁(以下「平成17年判決」という。)が言い渡されるまでは,17条書面に記載すべき事項について下級審の裁判例が分かれており,次回の最低返済額とその返済期日が記載されていれば足りるとする裁判例も相当程度存在し,監督官庁が貸金業法17条1項各号に掲げる事項のうち特定し得る事項のみ記載すれば足りると読むこともできる通達を出していた。
 上記事情の下では,平成17年判決が言い渡されるまでは,貸金業者において,リボルビング方式の貸付けにつき借主に17条書面として交付する書面に確定的な返済期間,返済金額等の記載に準ずる記載がないことから直ちに貸金業法43条1項の要件が否定されるものではないとの認識を有していたとしてもやむを得ないというべきであり,被上告人及びAが上記認識を有していたことについては,平成19年判決の判示する特段の事情があると認めるのが相当である。

(3) そして,本件各弁済のうち制限超過部分の支払について,貸金業法43条1項のその余の要件との関係でも,被上告人を悪意の受益者であると推定することはできず,ほかに被上告人が悪意の受益者であると認めるに足りる証拠はない。なお,被上告人とBとの間で前記の債権譲渡がされた時点では,第2取引につき過払金は発生しておらず,Bの認識等は,本件各取引における過払金の発生とは関係がない。

【判旨】

1.原審の上記3(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 貸金業法17条1項6号及び貸金業法施行規則13条1項1号チが17条書面に返済期間,返済金額等の記載をすることを求めた趣旨・目的は,これらの記載により,借主が自己の債務の状況を認識し,返済計画を立てることを容易にすることにあると解される。リボルビング方式の貸付けがされた場合において,個々の貸付けの時点で,上記の記載に代えて次回の最低返済額及びその返済期日のみが記載された書面が17条書面として交付されても,上記の趣旨・目的が十全に果たされるものではないことは明らかである反面,確定的な返済期間,返済金額等の記載に準ずる記載をすることは可能であり,かつ,その記載があれば,借主は,個々の借入れの都度,今後,追加借入れをしないで,最低返済額を毎月の返済期日に返済していった場合,いつ残元利金が完済になるのかを把握することができ,完済までの期間の長さ等によって,自己の負担している債務の重さを認識し,漫然と借入れを繰り返すことを避けることができるのであるから,これを記載することが上記の趣旨・目的に沿うものであることは,平成17年判決の言渡し日以前であっても貸金業者において認識し得たというべきである。
 そして,平成17年判決が言い渡される前に,下級審の裁判例や学説において,リボルビング方式の貸付けについては,17条書面として交付する書面に確定的な返済期間,返済金額等の記載に準ずる記載がなくても貸金業法43条1項の適用があるとの見解を採用するものが多数を占めていたとはいえないこと,上記の見解が貸金業法の立法に関与した者によって明確に示されていたわけでもないことは,当裁判所に顕著である。
 上記事情の下では,監督官庁による通達や事務ガイドラインにおいて,リボルビング方式の貸付けについては,必ずしも貸金業法17条1項各号に掲げる事項全てを17条書面として交付する書面に記載しなくてもよいと理解し得ないではない記載があったとしても,貸金業者が,リボルビング方式の貸付けにつき,17条書面として交付する書面には,次回の最低返済額とその返済期日の記載があれば足り,確定的な返済期間,返済金額等の記載に準ずる記載がなくても貸金業法43条1項の適用が否定されるものではないとの認識を有するに至ったことがやむを得ないということはできない。
 そうすると,リボルビング方式の貸付けについて,貸金業者が17条書面として交付する書面に確定的な返済期間,返済金額等の記載に準ずる記載をしない場合は,平成17年判決の言渡し日以前であっても,当該貸金業者が制限超過部分の受領につき貸金業法43条1項の適用があるとの認識を有することに平成19年判決の判示する特段の事情があるということはできず,当該貸金業者は,法律上の原因がないことを知りながら過払金を取得した者,すなわち民法704条の「悪意の受益者」であると推定されるものというべきである。

(2) これを本件についてみると,前記事実関係によれば,本件各取引において17条書面として上告人に交付された各書面には,平成16年9月までは,次回の最低返済額とその返済期日の記載があったにとどまり,確定的な返済期間,返済金額等の記載に準ずる記載がなかったというのであるから,被上告人又はAにおいて平成19年判決の判示する特段の事情があるということはできず,被上告人及びAは,この時期までに本件各取引から発生した過払金の取得につき悪意の受益者であると推定されるものというべきであり,この推定を覆すべき事情は見当たらない。
 そして,同年10月以降は,本件各取引において17条書面として上告人に交付された各書面に確定的な返済期間,返済金額等の記載に準ずる記載がされるようになったが,それより前から本件各取引は継続して過払の状態となり貸金債務は存在していなかったというのであるから,同月以降は,利息が発生する余地はなく,この時期にされた制限超過部分の支払につき貸金業法43条1項を適用してこれを有効な利息の支払とみなすことができないことは明らかである。そうすると,本件各取引につき,同月以降,17条書面として交付された書面に上記の記載があったとしても,被上告人がそれまでに発生した過払金の取得につき悪意の受益者である以上,この時期に発生した過払金の取得についても悪意の受益者であることを否定することはできない。
 よって,被上告人は,本件各取引における過払金の取得について民法704条の「悪意の受益者」であるというべきである。

2.以上によれば,被上告人は悪意の受益者であると認めることができないとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。
 そして,以上説示したところによれば,上告人の請求のうち被上告人の控訴に係る部分は理由があり,これを認容した第1審判決は正当であるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成23年12月02日

【事案】

1.三重県いなべ市(以下「市」という。)の住民である被上告人らが,第1審判決別紙物件目録記載の各土地(以下「本件土地」と総称する。)の賃借人として市が締結した賃貸借契約は,工場用地の開発に協力した住民に対して賃料の名目で協力金を支払うことを目的とするものであって違法,無効であるから,上記契約に基づく賃料としての公金の支出も違法であると主張して,市の執行機関である上告人を相手に,地方自治法242条の2第1項1号に基づき,上記契約に基づく賃料としての公金の支出の差止めを求めるとともに,同項4号に基づき,平成17年から同20年までの間にいなべ市長としてその支出命令をしたAに対して支払済みの賃料相当額計4000万円及びこれに対する遅延損害金の損害賠償請求をすることを求める住民訴訟の事案。

(参照条文)

地方自治法2条14項 地方公共団体は、その事務を処理するに当つては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。

地方財政法4条1項 地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて、これを支出してはならない。

2.事実関係等の概要

(1) 市内にある大安町(平成15年12月に合併により市の一部となるまでは三重県員弁郡大安町。合併以前の同町を以下「旧大安町」という。)門前(上記合併以前は大字門前)には,明治22年の町村制施行以前から入会集団である門前区が存在していた。門前区は,同町門前に居住する住民によって構成される団体である門前自治会に10年以上会費を納めた者によって構成される。上告補助参加人は,同町門前所在の宗教法人であるが,その意思決定を担う氏子が門前区の構成員と同一であるため,門前区は,その所有する土地について,上告補助参加人を名義人として所有権に係る登記を経由している。

(2) 本件土地及びその東側に隣接する土地上には,門前区が明治時代以前から管理してきた野入溜と称される上池,中池及び下池の三つのため池(以下「本件ため池」という。)があり,特徴ある陸生植物種が植生する湿地環境が存在するとともに,農業用水としても利用されてきた。旧大安町は,平成11年7月,本件土地(上池の全部及び中池の一部が所在する。)を含む本件ため池一帯の土地に係る所有権保存登記手続をした。

(3) 株式会社B(以下「B」という。)は,昭和55年頃から本件土地の近傍で工場を稼働させていたが,平成9年頃,当時旧大安町長であったAに対して上記工場の拡張を申し入れ,旧大安町は,C土地開発公社(以下「公社」という。)に対し,Bの工場用地拡張のための開発を目的として,大安二期工業団地造成事業(以下「本件開発事業」という。)の実施を依頼した。公社が策定した本件開発事業に係る土地利用計画においては,当初から,本件ため池の一部を埋め立てて工場用地とすることが予定されていた。

(4) 旧大安町は,Bから上記申入れを受けた後,本件開発事業の計画区域内にある自治会との間で本件開発事業への協力を得るための交渉を開始した。門前自治会を除く自治会は協力金の支払を条件として本件開発事業に同意したが,門前自治会のみは本件開発事業に反対した上,上記区域内に点在し,門前区が上告補助参加人の名義で所有する約5.7ha の土地(以下「本件門前区所有地」という。)の売却も拒否した。しかしながら,旧大安町はその後も門前自治会と交渉を続け,遅くとも平成10年12月頃までには,@ 旧大安町が門前区に対しその要求する約10ha の本件土地を本件門前区所有地の代替地として提供し,うち約4.3ha については門前区が買い取ること,A 旧大安町が門前区ないし門前自治会に対し本件土地の賃料として今後年1000万円を支払うこと,B 水利補償や代替水源の確保を行うこと等を合意した。
 公社と門前自治会とは,同月頃,公社が本件ため池の水利利用権の補償金から上記約4.3ha の土地に係る売買代金相当額を控除した残額12億1206万2500円を門前自治会に支払う旨の補償契約を締結し,公社は,門前自治会に対し同額を支払った。また,公社と門前区とは,平成11年10月,本件門前区所有地と,本件土地のうちこれと同面積の部分とを交換し,本件開発事業の完了時にこれらの引渡しをする旨の交換契約を締結した。さらに,旧大安町は,門前自治会に対し,他の自治会に対すると同様の算定基準に基づく協力金を支払った。

(5) 三重県知事は,平成11年6月11日,公社から提出されていた本件開発事業に関する環境影響評価準備書について,本件ため池には極めて重要な湿地環境が存在しているため,これを可能な限り残存させるよう検討する必要がある等の意見を述べた。なお,上記意見は,本件開発事業に係る開発許可の条件となるものではなかった。
 Aは,同年9月,公社の理事長として,三重県知事との間で自然環境保全協定を締結し,本件開発事業の実施に当たって,自然の改変を最小限にとどめるとともに植生の回復その他適切な措置を講ずること,その措置として公園,緩衝緑地,造成森林及び残存緑地計18.3ha 余りを確保すること等を約した。公社は,同年11月11日,同知事から本件開発事業に係る開発行為の許可を受けたが,本件土地は,本件開発事業に係る土地利用計画において,旧大安町が門前区から賃借することを前提に,全て残存緑地に含まれていた。

(6) 公社は,平成12年9月に旧大安町から所有権移転登記手続を受けていた本件土地につき,同14年7月2日,上告補助参加人に対する所有権移転登記手続をし,市は,同16年4月1日,賃貸人を門前区(契約書上の名義人は上告補助参加人),賃借人を市として本件土地を借り受ける旨の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結した。本件賃貸借契約においては,@ 市は,本件土地を緑地帯として使用し,その環境保全に努めること,A 本件賃貸借契約の存続期間は平成16年4月1日から6年間とするが,期間満了の日前1か月までに賃貸人から何らの申入れもないときは,当該期間満了の日の翌日から更に1年間当該契約を更新したものとみなすこと,B 当該契約の存続期間中でも,賃貸人から解約の申出があった場合には,市は整地後速やかに解約に応ずるものとすること,C 賃料は年額1000万円とし,当事者間の協議の上で3年ごとに経済状態に応じて変更することができるが,当初の額は下回らないものとすること,D 本件土地は門前野入管理委員会(その実体は門前区ないし門前自治会)の管理によって維持すること等が約定された。

(7) 市は,門前野入管理委員会に対し,本件土地の具体的な環境保全のための管理について指示はしておらず,調査等のための措置を講じていない。なお,公社は,3年に1回程度,本件開発事業による本件ため池の環境への影響について事後調査を行っている。

(8) Aは,平成17年から同20年までの毎年,市長として,本件賃貸借契約に基づく門前区に対する賃料としての1000万円の支出命令をし,市は,上記期間内に,これに基づいて門前区に対し計4000万円を支払った。

(9) 上告人は,本件開発事業の結果,本件賃貸借契約に基づく賃料を大きく上回る税収増加が見込まれ,住民の雇用機会も増大したところ,本件土地を代替地として提供しない限り本件門前区所有地を取得して本件開発事業を実施することはできず,また,市が本件土地を本件開発事業に係る土地利用計画における残存緑地として管理する必要もあったから,本件賃貸借契約の締結には合理性がある旨を主張している。なお,記録によれば,本件開発事業によって,市の固定資産税収入は年約4500万円,法人住民税収入は年約5億円それぞれ増加したほか,約700人分の雇用が創出されたことがうかがわれる。

3.原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,本件賃貸借契約が私法上無効であり,これに基づく賃料の支払が違法であることを理由に,その賃料としての公金の支出の差止め及びAに対する損害賠償の請求を求める被上告人らの請求を認容すべきものとした。
 本件開発事業を行うためには本件門前区所有地の買収が不可欠であったこと,本件賃貸借契約が門前区側の要求を受け入れる形で成立した合意を基礎としていること,市がその賃料に見合うだけの自然環境保護のための措置を講じている形跡が認められないことなどに照らせば,本件賃貸借契約は,自然保護を名目としてはいるものの,真実は本件門前区所有地の買収に応じてもらうことにより本件開発事業を実施することのみを目的に締結されたものと解される。門前区ないし門前自治会は,本件ため池の水利権に対する補償金及び本件開発事業に対する協力金の支払を受け,新たな水源の確保も約束された上,本件門前区所有地の買収についても有利な条件で契約に至ることができたのであるから,これに加えて市が本件賃貸借契約の存続する限り賃料を支払い続けることは門前区ないし門前自治会を不当に優遇するものであるのみならず,今後の経済変動の状況によっては本件開発事業による税収入や雇用の確保も確実であるとはいえない。これらの事情を総合考慮すると,本件賃貸借契約を締結した市の判断には裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があり,本件賃貸借契約は私法上無効である。

【判旨】

1.原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 本件において,仮に,本件賃貸借契約を締結した市の判断に裁量権の範囲の著しい逸脱又はその濫用があり,かつ,これを無効としなければ地方自治法2条14項,地方財政法4条1項の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められるという場合には,本件賃貸借契約は私法上無効になり,上告人は,これに基づく賃料としての公金の支出をしてはならないという財務会計法規上の義務を負うことになるものというべきである(最高裁平成17年(行ヒ)第304号同20年1月18日第二小法廷判決・民集62巻1号1頁参照)。そして,上告人は,本件賃貸借契約の締結は本件開発事業の実施や本件土地の環境保全のために必要不可欠であったとの趣旨をいうところ,本件開発事業によって得られる税収入や雇用の増加といったいわゆる開発利益を実現したり,本件開発事業によって影響を受ける自然環境を保全したりするためにどの程度の公費を支出するか,これらの相対立する利益をいかに調整するかといった事柄に関する判断に当たっては,住民の福祉の増進を図ることを基本として地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担う地方公共団体(地方自治法1条の2第1項)である市に,政策的ないし技術的な見地からの裁量が認められるものというべきである。したがって,本件賃貸借契約を締結した市の判断については,それがこれらの見地から上記のような事柄に係る諸般の事情を総合的に勘案した裁量権の行使として合理性を有するか否かを検討するのが相当である。

(2) 前記事実関係等によれば,旧大安町が本件開発事業の実施を確保するために本件門前区所有地を任意に取得しようとしたところ,当初これに反対し売却を拒否していた門前区は,その後の交渉の結果,代替地として本件土地を要求したものであり,旧大安町がその要求に応じなければ本件開発事業は実施することができない状況にあったものといえるし,旧大安町が上記要求に応じ,門前区が本件土地を取得するに至った経緯に照らし,門前区による本件土地の取得に何らかの無効原因が存在したことをうかがわせる事情もない。また,これにより実施が可能となった本件開発事業によって,現に相当程度の税収入の増加と雇用の創出が図られたというのである。
 そして,前記事実関係等によれば,本件土地は,本件開発事業に係る土地利用計画において残存緑地として組み込まれていたのであり,公社の理事長としてのAが三重県知事との間の自然環境保全協定に基づき本件開発事業の区域内において本件土地を含む緑地を確保すべき責務を負っていたことをも併せ考慮すれば,本件土地の現状を残存緑地として維持し保全することは,本件開発事業の円滑な継続のために必要であるとともに,本件土地上に存在する特徴ある陸生植物種が植生する湿地環境の保全にも資するものということができる。そうすると,上記のとおり本件土地を代替地として門前区に提供せざるを得なかった以上,同区の所有に帰した本件土地の現状をできる限り維持し保全するために本件賃貸借契約を締結しその賃料として公費を支出することには,一定の公益性が認められるというべきである。もっとも,本件賃貸借契約は,存続期間を6年間とし,賃借人である市の側から更新をすることができず,存続期間中であっても賃貸人から解約の申出ができる内容となっており,本件土地の現状を長期にわたり残存緑地として保全する方策としては万全なものとはいい難い点があり,また,賃料の減額も制限されるなど,かなり門前区に有利なものであった。しかしながら,本件賃貸借契約の締結に際して市がこれらの約定に応じたのは,賃借人の側からの更新の約定を設けることに応じない門前区が自ら契約を更新する動機付けとなるに足りる金額の賃料を支払うことによって事実上その永続的な更新を確保する趣旨によるものと解され,本件土地の現状の維持及び保全という観点からは現実的でやむを得ないものであって,次善の策ともいえ,当該契約の目的に照らして不合理であるとはいえない。さらに,その賃料が特に高額であるといった事情があるともいえない。このほか,門前区が本件ため池の管理を明治時代以前から行ってきた経緯に加え,公社が本件開発事業による本件ため池の環境への影響について継続的に事後調査を行っていることをも併せ考慮すると,本件賃貸借契約において本件ため池の管理が門前区ないし門前自治会に委ねられている点も特に不自然であるとまではいえない。
 以上によれば,本件土地の現状を残存緑地として維持し保全するために門前区との間で本件賃貸借契約を締結した市の判断には,相応の合理性があるというべきであり,裁量権の範囲の著しい逸脱又はその濫用があるということはできず,本件賃貸借契約が私法上無効になるものとはいえない。

(3) そして,前記事実関係等に照らせば,門前区ないし門前自治会が本件門前区所有地の存在を奇貨として旧大安町ないし市に対し権利の濫用に当たるような著しく不当な要求をしたなどの事情があるとはいえず,他に,本件賃貸借契約が違法に締結されたものであるとか,それが著しく合理性を欠くためその締結に予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するなどといった,本件賃貸借契約に基づく賃料としての公金の支出が違法なものになることをうかがわせる事情(前記第二小法廷判決参照)も存しない。

(4) したがって,本件賃貸借契約に基づく市の義務の履行として,Aが門前区に対する約定の賃料としての公金の支出命令をしたこと及び上告人が門前区に対する上記賃料としての公金の支出をすることに,財務会計法規上の義務に違反する違法な点はないものというべきである。

2.以上と異なる見解に基づき,前記事実関係等の下において,被上告人らの請求を認容すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,被上告人らの請求は理由がないから,第1審判決を取り消し,被上告人らの請求を棄却すべきである。

戻る