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最高裁判所第一小法廷判決平成23年12月08日

【事案】

1.平成21年(受)第602号被上告人・同第603号上告人(以下「1審原告X1」という。)及び平成21年(受)第603号上告人(以下「1審原告X2」といい,1審原告X1と1審原告X2を併せて「1審原告ら」という。)が,朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」という。)で製作された原判決別紙映画目録1記載1nの映画(以下「本件映画」という。)の一部を1審原告らの許諾なく放送したAを承継した平成21年(受)第602号上告人・同第603号被上告人(以下「1審被告」という。)に対し,@ 主位的に,本件映画を含む北朝鮮で製作された同目録1ないし3記載の各映画(以下「本件各映画」という。)は北朝鮮の国民の著作物であり,文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下「ベルヌ条約」という。)により我が国が保護の義務を負う著作物として著作権法6条3号の著作物に当たると主張して,本件各映画に係る1審原告X2の公衆送信権(同法23条1項)が侵害されるおそれがあることを理由に,1審原告X2において本件各映画の放送の差止めを求めるとともに,Aによる上記の放送行為は,本件各映画について1審原告X2が有する公衆送信権及び1審原告X1が有する日本国内における利用等に関する独占的な権利を侵害するものであることを理由に,上記各権利の侵害による損害賠償を請求し,A 原審において,予備的に請求を追加し,仮に本件映画が同法による保護を受ける著作物に当たらないとしても,上記放送行為は,1審原告らが本件映画について有する法的保護に値する利益の侵害に当たると主張して,不法行為に基づく損害賠償の支払を求める事案。

2.事実関係等の概要

(1) 本件各映画は,いずれも北朝鮮において製作された著作物であり,このうち,本件映画は,昭和53年に,Bにより製作された2時間を超える劇映画である。

(2) 1審原告X2は,北朝鮮の民法によって権利能力が認められている北朝鮮文化省傘下の行政機関であり,同省により,本件各映画について北朝鮮の法令に基づく著作権を有する旨が確認されている。
 1審原告X1は,平成14年9月30日,1審原告X2との間で,映画著作権基本契約(以下「本件契約」という。)を締結し,本件各映画につき,日本国内における独占的な上映,放送,第三者に対する利用許諾等について,その許諾を受けた。

(3) Aは,平成15年12月15日,「スーパーニュース」と題するテレビニュース番組において,北朝鮮における映画を利用した国民に対する洗脳教育の状況を報ずる目的で,本件映画の主演を務めた女優が本件映画の製作状況等についての思い出を語る場面と本件映画の一部とを組み合わせた内容の約6分間の企画を放送した。上記企画において,合計2分8秒間本件映画の映像が用いられた(以下,上記企画で本件映画を放送した部分を「本件放送」という。)。Aは,本件放送について1審原告らの許諾を得ていなかった。

(4) 1審被告は,平成20年10月1日,会社分割により,Aのグループ経営管理事業を除く一切の事業に関する権利義務を承継した。

(5) ベルヌ条約は,昭和50年4月24日に我が国について効力を生じた。
 北朝鮮は,平成15年1月28日,世界知的所有権機関の事務局長に対し,同条約に加入する旨の加入書を寄託し,同事務局長は,同日,その事実を同条約の他の同盟国に通告し,これにより,同条約は,同年4月28日に北朝鮮について効力を生じた。

(6) ベルヌ条約は,同条約が適用される国が文学的及び美術的著作物に関する著作者の権利の保護のための同盟を形成すると規定し(1条),いずれかの同盟国の国民である著作者は,その著作物について,同条約によって保護される旨を規定する(3条(1)(a))。
 また,同条約は,同盟に属しないいずれの国も,同条約に加入することができ,その加入により,同条約の締約国となり,同盟の構成国となることができる旨規定するが(29条(1)),条約への加入について,同盟国の承諾などの特段の要件を設けていない。

(7) 我が国は,北朝鮮を国家として承認しておらず,また,我が国は,北朝鮮以外の国がベルヌ条約に加入し,同条約が同国について効力を生じた場合には,その旨を告示しているが,同条約が北朝鮮について効力を生じた旨の告示をしていない。
 そして,外務省及び文部科学省は,我が国が,北朝鮮の国民の著作物について,ベルヌ条約の同盟国の国民の著作物として保護する義務を同条約により負うとは考えていない旨の見解を示している。

3.原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,1審原告らの主位的請求及び1審原告X2の予備的請求を棄却すべきものとし,1審原告X1の予備的請求を12万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容した。

(1) 我が国は,我が国が国家として承認していない国(以下「未承認国」という。)である北朝鮮の国民の著作物につき,ベルヌ条約3条(1)(a)に基づき,これを保護する義務を負うものではないから,本件各映画は,著作権法6条3号の「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」とはいえず,1審原告らの主位的請求は,その前提を欠き,理由がない。

(2)ア.本件放送は,1審原告X1が本件契約に基づき取得した日本国内において本件映画を利用することにより享受する利益を違法に侵害する行為に当たり,Aには,少なくとも過失があるから,1審被告は,民法709条に基づき,1審原告X1が被った損害を賠償する責任を負う。

イ.しかしながら,1審原告X2は,1審原告X1に本件各映画の日本国内における利用を委ねており,本件映画の日本国内における利用について法律上保護に値する利益を有するものとはいえないから,1審原告X2の予備的請求は理由がない。

【判旨】

第1.1.所論は,本件各映画が著作権法6条3号の「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」とはいえないとした原審の判断には,同号の解釈の誤りがあるというのである。

2.一般に,我が国について既に効力が生じている多数国間条約に未承認国が事後に加入した場合,当該条約に基づき締約国が負担する義務が普遍的価値を有する一般国際法上の義務であるときなどは格別,未承認国の加入により未承認国との間に当該条約上の権利義務関係が直ちに生ずると解することはできず,我が国は,当該未承認国との間における当該条約に基づく権利義務関係を発生させるか否かを選択することができるものと解するのが相当である。
 これをベルヌ条約についてみると,同条約は,同盟国の国民を著作者とする著作物を保護する一方(3条(1)(a)),非同盟国の国民を著作者とする著作物については,同盟国において最初に発行されるか,非同盟国と同盟国において同時に発行された場合に保護するにとどまる(同(b))など,非同盟国の国民の著作物を一般的に保護するものではない。したがって,同条約は,同盟国という国家の枠組みを前提として著作権の保護を図るものであり,普遍的価値を有する一般国際法上の義務を締約国に負担させるものではない。
 そして,前記事実関係等によれば,我が国について既に効力を生じている同条約に未承認国である北朝鮮が加入した際,同条約が北朝鮮について効力を生じた旨の告示は行われておらず,外務省や文部科学省は,我が国は,北朝鮮の国民の著作物について,同条約の同盟国の国民の著作物として保護する義務を同条約により負うものではないとの見解を示しているというのであるから,我が国は,未承認国である北朝鮮の加入にかかわらず,同国との間における同条約に基づく権利義務関係は発生しないという立場を採っているものというべきである。
 以上の諸事情を考慮すれば,我が国は,同条約3条(1)(a)に基づき北朝鮮の国民の著作物を保護する義務を負うものではなく,本件各映画は,著作権法6条3号所定の著作物には当たらないと解するのが相当である。最高裁昭和49年(行ツ)第81号同52年2月14日第二小法廷判決・裁判集民事120号35頁は,事案を異にし,本件に適切ではない。

3.したがって,本件各映画が著作権法により保護を受けることを前提とする1審原告らの主位的請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないから,これと同旨の原審の前記第1,3の(1)の判断は是認することができる。1審原告らの論旨は採用することができない。

第2.1.所論は,本件放送が1審原告X1に対する不法行為を構成するとした原審の判断には,民法709条及び著作権法6条の解釈の誤りがあるなどというのである。

2.著作権法は,著作物の利用について,一定の範囲の者に対し,一定の要件の下に独占的な権利を認めるとともに,その独占的な権利と国民の文化的生活の自由との調和を図る趣旨で,著作権の発生原因,内容,範囲,消滅原因等を定め,独占的な権利の及ぶ範囲,限界を明らかにしている。同法により保護を受ける著作物の範囲を定める同法6条もその趣旨の規定であると解されるのであって,ある著作物が同条各号所定の著作物に該当しないものである場合,当該著作物を独占的に利用する権利は,法的保護の対象とはならないものと解される。したがって,同条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は,同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り,不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。

3.これを本件についてみるに,本件映画は著作権法6条3号所定の著作物に該当しないことは前記判示のとおりであるところ,1審原告X1が主張する本件映画を利用することにより享受する利益は,同法が規律の対象とする日本国内における独占的な利用の利益をいうものにほかならず,本件放送によって上記の利益が侵害されたとしても,本件放送が1審原告X1に対する不法行為を構成するとみることはできない。
 仮に,1審原告X1の主張が,本件放送によって,1審原告X1が本件契約を締結することにより行おうとした営業が妨害され,その営業上の利益が侵害されたことをいうものであると解し得るとしても,前記事実関係によれば,本件放送は,テレビニュース番組において,北朝鮮の国家の現状等を紹介することを目的とする約6分間の企画の中で,同目的上正当な範囲内で,2時間を超える長さの本件映画のうちの合計2分8秒間分を放送したものにすぎず,これらの事情を考慮すれば,本件放送が,自由競争の範囲を逸脱し,1審原告X1の営業を妨害するものであるとは到底いえないのであって,1審原告X1の上記利益を違法に侵害するとみる余地はない。
 したがって,本件放送は,1審原告X1に対する不法行為とはならないというべきである。

4.以上と異なる原審の前記第1,3(2)アの判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,1審被告の論旨は理由がある。原判決中,1審被告敗訴部分は破棄を免れず,同部分に関する1審原告X1の請求は理由がないから,同請求を棄却すべきである。

第3. 結論

 以上によれば,1審被告の上告に基づき,原判決中,1審被告敗訴部分を破棄して,同部分につき1審原告X1の請求を棄却し,1審原告らは,原判決中予備的請求に関する部分について上告受理の申立てをしたが,その理由を記載した書面を提出せず,同部分についての上告は不適法であるから,同部分についての1審原告らの各上告を却下し,その余の1審原告らの上告をいずれも棄却すべきである。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成23年12月09日

【事案】

1.網走簡易裁判所は,平成19年6月12日,「被告人は,Bが行政書士でなく,かつ,法定の除外事由がないのに,同人と共謀の上,業として,別表記載のとおり,平成18年6月25日から平成19年3月6日までの間,前後3回にわたり,北海道斜里郡(以下省略)同人方において,Cほか2名から依頼を受け,事実証明に関する書類である家系図合計3通を作成し,その報酬として合計33万8685円の交付を受け,もって行政書士の業務を行ったものである。」との事実を認定した上,行政書士法21条2号(平成20年法律第3号による改正前のもの),19条1項,刑法60条,18条,刑訴法348条を適用して,被告人を罰金50万円に処する旨の略式命令を発付し,同略式命令は,同年6月29日確定した。

2.本件行政書士法違反被告事件の共犯者とされたBは,被告人との共謀により別表記載のとおり家系図3通を作成し報酬の交付を受けた旨の上記行政書士法違反と同一の公訴事実及び他の者との共謀による同種行政書士法違反の公訴事実について,平成19年6月6日起訴され,その作成した各家系図が行政書士法1条の2第1項にいう「事実証明に関する書類」に該当しないと主張したが,第1審裁判所は,各家系図は「事実証明に関する書類」に該当するとして,Bを懲役8月,2年間執行猶予に処し,控訴審判決もこれを維持した。同判決に対しBが上告したところ,平成22年12月20日最高裁判所第一小法廷は,各家系図は,個人の鑑賞ないしは記念のための品として作成され,対外的な関係で意味のある証明文書として利用されることが予定されていなかったとして,「事実証明に関する書類」に当たらないと判示し,Bに行政書士法違反の罪の成立を認めた控訴審判決及び第1審判決には,法令の解釈適用を誤った違法があるとして,控訴審判決及び第1審判決を破棄し,Bに対し無罪の言渡しをした。

(参照条文)行政書士法

1条の2第1項 行政書士は、他人の依頼を受け報酬を得て、官公署に提出する書類(・・略・・。)その他権利義務又は事実証明に関する書類(実地調査に基づく図面類を含む。)を作成することを業とする。

19条1項 行政書士又は行政書士法人でない者は、業として第一条の二に規定する業務を行うことができない。ただし、・・略・・。

21条 次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
一 略
二 第十九条第一項の規定に違反した者

【判旨】

1.本件は,共犯事件であって,被告人において,Bが家系図を作成することを知りつつ,行政書士が使う「戸籍謄本・住民票の写し等職務上請求書」をBに有償で提供し,Bがこれを利用して不正に入手した戸籍情報により本件各家系図を作成したという事案であり,別表記載の家系図に係るBの上記行政書士法違反被告事件と本件は家系図の作成に関する証拠が共通で,認定できる事実も全く同一である。そして,本件において,家系図の作成につき,法の適用に関しBの行為と別個に評価され得るような事情はなく,Bの行為について法律上犯罪行為に該当しないとすれば,被告人にも家系図作成については犯罪が成立しない関係にあるというべきである。

2.上記の事実関係の下では,原略式命令は,その審判が法令に違反したことに帰し,かつ,被告人のため不利益であることが明らかである。
 よって,本件非常上告は理由があるから,刑訴法458条1号により原略式命令を破棄し,同法336条前段により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

3.主文

 原略式命令を破棄する。
 被告人は無罪。

 

最高裁判所第一小法廷判決判決平成23年12月15日

【事案】

1.株式会社である被上告人が,銀行である上告人において,被上告人から取立委任を受けた約束手形を被上告人の再生手続開始後に取り立てたにもかかわらず,その取立金を法定の手続によらず同会社の債務の弁済に充当し得る旨を定める銀行取引約定に基づき被上告人の当座貸越債務の弁済に充当したことを理由に被上告人に引き渡さないことは,上記取立金を法律上の原因なくして利得するものであり,上告人は悪意の受益者に当たると主張して,上告人に対し,不当利得返還請求権に基づき,上記取立金合計5億6225万9545円の返還及びこれに対する民法704条前段所定の利息の支払を求める事案。
 会社から取立委任を受けた約束手形につき商事留置権を有する銀行が,同会社の再生手続開始後の取立てに係る取立金を銀行取引約定に基づき同会社の債務の弁済に充当することの可否が争われている。

2.事実関係の概要等

(1) 被上告人は建築の請負等を目的とする株式会社であり,上告人は銀行業務を目的とする株式会社である。

(2) 被上告人と上告人は,平成18年2月15日付けで,被上告人について,支払の停止又は破産,再生手続開始,会社更生手続開始,会社整理開始若しくは特別清算開始の各申立てがあった場合,上告人からの通知催告等がなくても,被上告人は上告人に対する一切の債務について当然に期限の利益を喪失し,直ちに債務を弁済する旨の条項のほか,次の条項(以下「本件条項」という。)を含む銀行取引約定を締結した。
 被上告人が上告人に対する債務を履行しなかった場合,上告人は,担保及びその占有している被上告人の動産,手形その他の有価証券について,必ずしも法定の手続によらず一般に適当と認められる方法,時期,価格等により取立て又は処分の上,その取得金から諸費用を差し引いた残額を法定の順序にかかわらず被上告人の債務の弁済に充当することができる。

(3) 被上告人は,平成20年2月12日,東京地方裁判所に再生手続開始の申立てをし,同月19日,再生手続開始の決定を受けた。
 被上告人は,上記再生手続開始の申立て当時,上告人に対し,少なくとも9億6866万9079円の当座貸越債務(以下「本件当座貸越債務」という。)を負担していたが,上記銀行取引約定に基づき,その期限の利益を喪失した。

(4) 上告人は,被上告人の再生手続開始の申立てに先立ち,被上告人から,満期を平成20年2月20日〜同年6月25日とする第1審判決別紙「代金取立手形の明細」記載の各約束手形(以下「本件各手形」と総称する。)について,取立委任のための裏書譲渡を受けた。
 上告人は,本件各手形について商法521条の商事留置権を有する。

(5) 上告人は,被上告人の再生手続開始後,本件各手形を順次取り立て,合計5億6225万9545円の取立金(以下「本件取立金」という。)を受領した。

(6) 上告人は,本件各手形につき商事留置権を有する上告人が,本件取立金を本件条項に基づき本件当座貸越債務の一部の弁済に充当することは,民事再生法上,別除権の行使として許されるものであって,上告人による本件取立金の利得は法律上の原因を欠くものではないと主張している。

3.原審は,次のとおり判断し,上記事実関係の下において,上告人による本件取立金の利得は法律上の原因を欠くものであるとして,被上告人の請求を認容すべきものとした。

(1) 民事再生法53条1項及び2項は,別除権とされた各担保権につき新たな効力を創設するものではなく,当該担保権本来の効力の範囲内でその権利の行使を認めるにとどまるものであるから,別除権者が別除権の行使によって優先的に弁済を受けるためには,当該別除権とされた担保権に優先弁済権が付与されていることが必要である。留置権は,留置的効力のみを有するものであり,商法及び民事再生法には商事留置権に優先弁済権を付与する旨の規定もないから,再生手続において商事留置権に優先弁済権が付与されているとはいえず,商事留置権を有する者が商事留置権の行使によって優先的に弁済を受けることはできない。留置権による競売(民事執行法195条)の場合,その被担保債権と競売による換価金引渡債務に対応する反対債権との相殺により事実上の優先弁済が受けられるとしても,再生債権者が再生手続開始後に債務を負担したときは相殺が禁止されるから(民事再生法93条1項1号),留置権者は,再生手続開始後に受領した換価金を再生債務者に返還しなければならない。

(2) 別除権の目的である財産の受戻し(民事再生法41条1項9号)や担保権の消滅(同法148条)は,目的物の価値や事業の継続のための必要性等を考慮して厳格な要件の下に行われる制度であって,単なる任意弁済である本件条項に基づく弁済充当の場合とはその利益状況を異にするから,上記制度の下で商事留置権者が被担保債権について優先的に弁済を受けることになるからといって,再生手続開始前における私人間の合意によって弁済禁止の原則(同法85条1項)に例外を設けることは許されない。

【判旨】

1.原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 留置権は,他人の物の占有者が被担保債権の弁済を受けるまで目的物を留置することを本質的な効力とするものであり(民法295条1項),留置権による競売(民事執行法195条)は,被担保債権の弁済を受けないままに目的物の留置をいつまでも継続しなければならない負担から留置権者を解放するために認められた手続であって,上記の留置権の本質的な効力を否定する趣旨に出たものでないことは明らかであるから,留置権者は,留置権による競売が行われた場合には,その換価金を留置することができるものと解される。この理は,商事留置権の目的物が取立委任に係る約束手形であり,当該約束手形が取立てにより取立金に変じた場合であっても,取立金が銀行の計算上明らかになっているものである以上,異なるところはないというべきである。
 したがって,取立委任を受けた約束手形につき商事留置権を有する者は,当該約束手形の取立てに係る取立金を留置することができるものと解するのが相当である。

(2) そうすると,会社から取立委任を受けた約束手形につき商事留置権を有する銀行は,同会社の再生手続開始後に,これを取り立てた場合であっても,民事再生法53条2項の定める別除権の行使として,その取立金を留置することができることになるから,これについては,その額が被担保債権の額を上回るものでない限り,通常,再生計画の弁済原資や再生債務者の事業原資に充てることを予定し得ないところであるといわなければならない。このことに加え,民事再生法88条が,別除権者は当該別除権に係る担保権の被担保債権については,その別除権の行使によって弁済を受けることができない債権の部分についてのみ再生債権者としてその権利を行うことができる旨を規定し,同法94条2項が,別除権者は別除権の行使によって弁済を受けることができないと見込まれる債権の額を届け出なければならない旨を規定していることも考慮すると,上記取立金を法定の手続によらず債務の弁済に充当できる旨定める銀行取引約定は,別除権の行使に付随する合意として,民事再生法上も有効であると解するのが相当である。このように解しても,別除権の目的である財産の受戻しの制限,担保権の消滅及び弁済禁止の原則に関する民事再生法の各規定の趣旨や,経済的に窮境にある債務者とその債権者との間の民事上の権利関係を適切に調整し,もって当該債務者の事業又は経済生活の再生を図ろうとする民事再生法の目的(同法1条)に反するものではないというべきである。
 したがって,会社から取立委任を受けた約束手形につき商事留置権を有する銀行は,同会社の再生手続開始後の取立てに係る取立金を,法定の手続によらず同会社の債務の弁済に充当し得る旨を定める銀行取引約定に基づき,同会社の債務の弁済に充当することができる。

(3) 以上によれば,上告人は,本件取立金を本件条項に基づき本件当座貸越債務の弁済に充当することができるというべきであり,上告人による本件取立金の利得が法律上の原因を欠くものでないことは明らかである。

2.以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は以上と同旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人の請求は理由がないから,第1審判決を取り消し,上記請求を棄却することとする。

【金築誠志補足意見】

 民事再生法は,商事留置権を別除権としているが,優先弁済権を有せず留置的効力のみを有する留置権の本来の効力に,変更を加えていない。これに対し,破産法は,商事留置権を特別の先取特権とみなし,優先弁済権を与えている。このような取扱いの差異は,破産手続が債務者財産の清算を目的としているのに対し,再生手続は債務者の事業の継続を目的としているという,手続の目的の違いに由来するところが大きいものと考えられる。再生手続において,例えば債務者所有の事業用機械や商品について留置権が成立している場合を想定すると,留置権及びその被担保債権の処理について,留置権者との交渉によって解決するインセンティヴが再生債務者に働き,別除権の目的財産の受戻しや担保権の消滅の制度が有効に機能することが期待できるから,留置権が本来有していない優先弁済権を付与するまでの必要性はないといえるであろう。
 本件で問題になっている手形の留置権については,事情は相当に異なる。再生手続の開始は,委任契約の終了事由ではないから,取立委任を受けている銀行は,満期が来れば手形を取立てに回さざるを得ない。満期に呈示しなければ遡求権を失い,時間の経過で手形債務者の資力が悪化することもあり得るから,手形を留置しつつ,満期前に取立委任契約を解除して満期の取立てを事実上不能にすることは,不利な時期に委任を解除したものとして損害賠償責任を負う危険を冒すことになる。手形は満期に金銭化が予定されているものであり,再生債務者に,銀行に対する債務を弁済して手形の返還を受けるというインセンティヴが働くことは期待できないであろう。また,民事執行法に基づいて留置権の目的物が換価された場合,換価金を弁済に充当することを認めなくても,債権者は,自己の債権と換価金引渡債務とを相殺することによって,実質的に優先弁済を受けることができるから,担保としての実効性は確保されると考えられているが,本件のように再生手続の開始後に満期が到来する手形について,こうした解決方法に十分な実効性は認められないと思われる。本件のような手形について,再生手続開始前に取立金引渡債務に係る停止条件不成就の利益を放棄することによって相殺が可能になるという見解を採ったとしても,条件不成就の利益の放棄は不渡りのリスクを全て引き受けることを意味するのであるから,銀行にとって極めて限られた場合にしか選択できない方法と考えられるからである。そうしてみると,銀行は,取立金に対する留置的効力又は本件条項のような銀行取引約定に基づく弁済充当が認められなければ,民事再生法において商事留置権が別除権とされているにもかかわらず,代償なしに担保権を失うおそれが強いことになる。
 そこで,少なくとも,取立金について留置権の効力を及ぼすことを認めなければ実質的に不当であると思われるが,手形交換制度は,取立てをする者の裁量の介在する余地のない公正な方法であり,これによって手形金を取り立てた場合,取立金としてある限り,取立委任契約に基づいて委任者のために適正に管理すべき金銭であって,銀行において個別的に計算が明らかにされているものと考えられるから,留置権の目的としての特定性は備えているといってよい(信託法34条1項2号ロ参照)。したがって,取立金については留置権の効力が及ぶと解すべきであるところ,銀行が取立金を留置することができるとすれば,法廷意見が述べるように,これを再生計画の弁済原資や再生債務者の事業原資に充てることは予定できない筋合いであるから,上記の弁済充当が認められると解しても,再生債権者らの本来有する利益を害するとはいえない。
 さらに別の観点から考えると,民事再生法は,別除権に係る担保権の被担保債権のうち別除権の行使によって弁済を受けることができない部分(不足額)についてのみ再生債権者としての権利行使ができるとし,その権利行使のためには不足額の見込額を届け出なければならないとして,担保目的物の価値の範囲内の被担保債権について再生債権としての地位を否定している。これは,上記範囲内の被担保債権については,担保目的物の換価等によって満足を得ることが予定されているからであるが,このことと,同法85条1項が再生計画の定めるところによらなければ弁済してはならないとしているのは再生債権についてであることを考慮すると,再生債権としての権利行使が否定されている上記範囲内の被担保債権に関する限り,担保目的物の価値をもって被担保債権の満足に充てるための合理的な当事者間の特約については,別除権の行使に付随する合意として,その有効性を認める余地があるものと思う。前述のように,取立金について留置権の効力を及ぼすことができれば,一応不当な結果は避けることができるが,弁済期にある金銭債権を被担保債権とし金銭を目的物とする留置権について,留置的効力に期待されるところの交渉による解決のインセンティヴが働くものかどうか疑問であり,この留置権を,再生手続が終了して相殺が可能となるまで存続させることに,実質的な意味があるとも思われないのであって,弁済充当合意の有効性を認めることが合理的である。
 なお,本件条項のような銀行取引約定に基づく弁済充当と,別除権の目的財産の受戻しや担保権の消滅請求とは,趣旨・目的,どちらにイニシアティヴがあるかなどの点で異なるが,債務の弁済により担保権を消滅させるという効果において共通する。しかし,受戻し等に裁判所の許可を要することとした趣旨は,事業にとっての必要性や目的物の価額評価の相当性を審査するためであるが,満期における手形の取立ては,銀行にとっては委任契約上の義務の履行であり,再生債務者,再生債権者らにとっても不利益なものではないし,手形交換制度による取立てについて,換価手続の適正さを特に審査する必要性もないと思われる。

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