最新最高裁判例

最高裁判所第一小法廷判決平成24年01月16日

【事案】

1.本件は,東京都公立学校教員であり東京都の市立中学校又は東京都立養護学校の教員であった上告人らが,各所属校の卒業式又は記念式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱すること(以下「起立斉唱行為」ともいう。)を命ずる旨の各校長の職務命令に従わず起立しなかったところ(以下これを「不起立行為」ともいう。),東京都教育委員会(以下「都教委」という。)からそれぞれ停職処分を受けたため,上記職務命令は違憲,違法であり上記各処分は違法であるなどとして,被上告人に対し,上記各処分の取消し及び国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めている事案である。

2.事実関係等の概要

(1) 学校教育法(平成19年法律第96号による改正前のもの)38条及び学校教育法施行規則(平成19年文部科学省令第40号による改正前のもの)54条の2の規定に基づく中学校学習指導要領(平成10年文部省告示第176号。平成20年文部科学省告示第99号による特例の適用前のもの。以下同じ。)並びに同法43条及び同施行規則57条の2の規定に基づく高等学校学習指導要領(平成11年文部省告示第58号。平成21年文部科学省告示第38号による特例の適用前のもの。以下同じ。)は,それぞれ,第4章第2C(1)において,「教科」とともに教育課程を構成する「特別活動」の「学校行事」のうち「儀式的行事」の内容について,「学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこと。」と定め,同章第3の3において,「特別活動」の「指導計画の作成と内容の取扱い」について,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と定めている。また,学校教育法(平成18年法律第80号による改正前のもの)73条及び学校教育法施行規則(平成19年文部科学省令第5号による改正前のもの)73条の10の規定に基づく「盲学校,聾学校及び養護学校高等部学習指導要領」(平成11年文部省告示第62号。平成19年文部科学省告示第46号による改正前のもの。以下,中学校学習指導要領及び高等学校学習指導要領と併せて「学習指導要領」という。)は,第4章において,「特別活動の目標,内容及び指導計画の作成と内容の取扱いについては,高等学校学習指導要領第4章に示すものに準ずる」と定めている。

(2)ア.都教委の教育長は,平成15年10月23日付けで,東京都立高等学校及び東京都立養護学校等の各校長宛てに,「入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」(以下「本件通達」という。)を発した。その内容は,上記各校長に対し,@ 学習指導要領に基づき,入学式,卒業式等を適正に実施すること,A 入学式,卒業式等の実施に当たっては,式典会場の舞台壇上正面に国旗を掲揚し,教職員は式典会場の指定された席で国旗に向かって起立して国歌を斉唱し,その斉唱はピアノ伴奏等により行うなど,所定の実施指針のとおり行うものとすること,B 教職員がこれらの内容に沿った校長の職務命令に従わない場合は服務上の責任を問われることを教職員に周知すること等を通達するものであった。

イ.立川市教育委員会の教育長は,平成17年1月7日付けで,同市立小中学校の各校長宛てに,「入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」(以下「本件立川市通達」といい,本件通達と併せて「本件各通達」という。)を発した。その内容は,上記各校長に対し,上記ア@ないしBなど本件通達と同内容の事項を通達するものであった。

(3)ア.上告人X1は,昭和46年4月に東京都公立学校教員に任命され,平成16年4月1日から同18年3月31日まで立川市立A中学校(以下「A中学校」という。)に勤務していた。
 同上告人は,平成18年3月15日,A中学校の校長から,本件立川市通達を踏まえ,平成17年度卒業式における国歌斉唱の際に起立斉唱行為を命ずる旨の職務命令を受けた。しかし,同上告人は,上記職務命令に従わず,同月17日に行われた同校の卒業式における国歌斉唱の際に起立しないで着席した。
 都教委は,平成18年3月31日,同上告人に対し,後記イのとおり同上告人は従前も職務命令違反により懲戒処分等を受けてきたところ,同上告人の上記不起立行為は地方公務員法32条及び33条に違反し,同法29条1項各号に該当するとして,3月の停職処分をした。

イ.上告人X1は,都教委から,上記停職処分を受けるまでに,次のとおり,5回の懲戒処分及び2回の訓告を受けていた。
 平成6年4月25日,当時の所属校である八王子市立中学校の同年3月18日の卒業式において,校長が国旗を掲揚するのを妨害し,掲揚された国旗を引き降ろしたとして,給与1月の月額10分の1を減ずる減給処分を受けた。
 平成7年11月16日,当時の所属校である八王子市立中学校における同年3月22日の朝の学級活動等の時間に,校長が卒業式において国旗を掲揚したことに抗議する内容の「職員会議の決定を踏みにじった校長先生の行為を私は決して忘れはしない」と題する印刷物を生徒に配布して読み上げるなどしたとして,文書による訓告を受けた。
 平成11年8月30日,上記中学校の同年2月16日から同月19日にかけての家庭科の授業時間に,国旗や国歌に関する校長の指導があたかもオウム真理教と同じマインドコントロールされた命令と服従の指導であるなどと記載したプリントを配布し,職員会議の内容を生徒に示し,校長の学校運営方針を批判するに等しい授業を行ったとして,文書による訓告を受けた。
 平成14年3月27日,八王子市教育委員会の指導主事による上記中学校における同上告人の授業の観察後に行われた同委員会の協議会への出席を命ずる旨の校長の職務命令に違反したとして,給与3月の月額10分の1を減ずる減給処分を受けた。
 平成17年3月31日,A中学校の同月18日の卒業式において,国歌斉唱の際に起立斉唱行為及び司会から着席の指示があるまで起立していることを命ずる旨の職務命令を受けていたのに,国歌斉唱の際,一旦起立したが途中で着席し,その後に司会から起立してくださいと言われ一度起立したが再び着席したとして,給与6月の月額10分の1を減ずる減給処分を受けた。
 同年5月27日,A中学校の同年4月7日の入学式において,上記と同じ内容の職務命令を受けていたのに,国歌斉唱の際に起立しなかったとして,1月の停職処分を受けた。
 同年12月1日,上記不起立行為を契機に受講を命ぜられて同年7月21日に受講した服務事故再発防止研修において,日の丸,君が代強制反対と書かれたゼッケンを着用し,同研修の担当者から再三ゼッケンを取るよう言われたにもかかわらず,これを着用し続け,同研修の担当者に対し,ゼッケンを取るようにとの発言を撤回せよ等の発言を繰り返すなどして,同研修の進行を妨げたとして,給与1月の月額10分の1を減ずる減給処分を受けた。

(4)ア.上告人X2は,昭和50年4月に東京都公立学校教員に任命され,平成17年4月1日から同18年3月31日まで東京都立B養護学校に勤務していた。
 同上告人は,平成18年1月20日,同校の校長から,本件通達を踏まえ,同校の同月25日の創立30周年記念式典における国歌斉唱の際に起立斉唱行為を命ずる旨の職務命令を受けた。しかし,同上告人は,上記職務命令に従わず,同日に行われた同記念式典における国歌斉唱の際に起立しなかった。
 都教委は,平成18年3月13日,同上告人に対し,後記イのとおり同上告人は従前も職務命令違反により懲戒処分を受けてきたところ,同上告人の上記不起立行為は地方公務員法32条及び33条に違反し,同法29条1項各号に該当するとして,1月の停職処分をした。

イ.上告人X2は,都教委から,上記停職処分を受けるまでに,次のとおり,過去の2年度に3回の卒業式等における不起立行為による懲戒処分を受けていた。
 上告人X2は,都教委から,@ 平成16年4月6日,当時の所属校である東京都立養護学校の同年3月24日の卒業式における国歌斉唱の際に起立斉唱行為を命ずる旨の校長の職務命令に違反して起立しなかったとして,戒告処分を受け,A同年5月25日,上記養護学校の同年4月6日の入学式における国歌斉唱の際に起立斉唱行為を命ずる旨の校長の職務命令に違反して起立しなかったとして,給与1月の月額10分の1を減ずる減給処分を受け,B 同17年3月31日,上記養護学校の同月16日の卒業式における国歌斉唱の際に起立斉唱行為を命ずる旨の校長の職務命令に違反して起立しなかったとして,給与6月の月額10分の1を減ずる減給処分を受けた。

(5) 都教委は,懲戒処分の量定の決定に際して,過去に非違行為を行い懲戒処分を受けたにもかかわらず再び同様の非違行為を行った場合には量定を加重するという処分量定の方針を採っており,上告人らに対する上記(3)ア及び(4)アの停職処分も,この方針に従って量定の加重がされたものである。

(6) 上告人らが上記(3)ア及び(4)アの起立斉唱行為を命ずる旨の職務命令(以下「本件職務命令」という。)に従わなかったのは,上告人らの歴史観ないし世界観等において,「君が代」や「日の丸」が過去の我が国において果たした役割が否定的評価の対象となることなどから,起立斉唱行為をすることは自らの歴史観ないし世界観等に反するもので,これをすることはできないと考えたことによるものであった。

3.原審は,本件職務命令は憲法19条等の憲法の規定に違反するものではなく違法であるとはいえないとした上で,上告人らが都教委からそれぞれ受けた停職処分は懲戒権者としての裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものではなく適法であるとして,上記各処分の取消し及び損害賠償請求を求める上告人らの請求をいずれも棄却すべきものとした。

【判旨1】

 本件職務命令が憲法19条に違反するものでないことは,当裁判所大法廷判決(最高裁昭和28年(オ)第1241号同31年7月4日大法廷判決・民集10巻7号785頁最高裁昭和44年(あ)第1501号同49年11月6日大法廷判決・刑集28巻9号393頁最高裁昭和43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁最高裁昭和44年(あ)第1275号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号1178頁)の趣旨に徴して明らかというべきである(最高裁平成22年(オ)第951号同23年6月6日第一小法廷判決・民集65巻4号1855頁最高裁平成22年(行ツ)第54号同23年5月30日第二小法廷判決・民集65巻4号1780頁最高裁平成22年(行ツ)第314号同23年6月14日第三小法廷判決・民集65巻4号2148頁最高裁平成22年(行ツ)第372号同23年6月21日第三小法廷判決・裁判集民事237号53頁参照)。所論の点に関する原審の判断は是認することができ,原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

【判旨2】

1(1) 公務員に対する懲戒処分について,懲戒権者は,懲戒事由に該当すると認められる行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響等のほか,当該公務員の上記行為の前後における態度,懲戒処分等の処分歴,選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等,諸般の事情を考慮して,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定する裁量権を有しており,その判断は,それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したと認められる場合に,違法となるものと解される(最高裁昭和47年(行ツ)第52号同52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁最高裁昭和59年(行ツ)第46号平成2年1月18日第一小法廷判決・民集44巻1号1頁参照)。

(2)ア.本件において,上記(1)の諸事情についてみるに,不起立行為の性質,態様は,全校の生徒等の出席する重要な学校行事である卒業式等の式典において行われた教員による職務命令違反であり,当該行為は,その結果,影響として,学校の儀式的行事としての式典の秩序や雰囲気を一定程度損なう作用をもたらすものであって,それにより式典に参列する生徒への影響も伴うことは否定し難い。

イ.他方,不起立行為の動機,原因は,当該教員の歴史観ないし世界観等に由来する「君が代」や「日の丸」に対する否定的評価等のゆえに,本件職務命令により求められる行為と自らの歴史観ないし世界観等に由来する外部的行動とが相違することであり,個人の歴史観ないし世界観等に起因するものである。また,不起立行為の性質,態様は,上記アのような面がある一方で,積極的な妨害等の作為ではなく,物理的に式次第の遂行を妨げるものではない。そして,不起立行為の結果,影響も,上記アのような面がある一方で,当該行為のこのような性質,態様に鑑み,当該式典の進行に具体的にどの程度の支障や混乱をもたらしたかは客観的な評価の困難な事柄であるといえる(原審の認定によれば,本件では,具体的に当該卒業式又は記念式典の進行に支障が生じた事実は認められないとされている。)。

2(1) 本件職務命令は,判旨1のとおり憲法19条に違反するものではなく,学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義,在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿って,地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえ,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに式典の円滑な進行を図るものであって(前掲最高裁平成23年6月6日第一小法廷判決等参照),このような観点から,その遵守を確保する必要性があるものということができ,このことに加え,前記1(2)アにおいてみた事情によれば,本件職務命令の違反に対し,学校の規律や秩序の保持等の見地から重きに失しない範囲で懲戒処分をすることは,基本的に懲戒権者の裁量権の範囲内に属する事柄ということができると解される。
 他方,同イにおいてみた事情によれば,不起立行為に対する懲戒において戒告を超えてより重い減給以上の処分を選択することについては,本件事案の性質等を踏まえた慎重な考慮が必要となるものといえる。そして,停職処分は,処分それ自体によって教職員の法的地位に一定の期間における職務の停止及び給与の全額の不支給という直接の職務上及び給与上の不利益が及び,将来の昇給等にも相応の影響が及ぶ上,本件各通達を踏まえて毎年度2回以上の卒業式や入学式等の式典のたびに懲戒処分が累積して加重されると短期間で反復継続的に不利益が拡大していくこと等を勘案すると,上記のような考慮の下で不起立行為に対する懲戒において戒告,減給を超えて停職の処分を選択することが許容されるのは,過去の非違行為による懲戒処分等の処分歴や不起立行為の前後における態度等(以下,併せて「過去の処分歴等」という。)に鑑み,学校の規律や秩序の保持等の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から当該処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情が認められる場合であることを要すると解すべきである。したがって,不起立行為に対する懲戒において停職処分を選択することについて,上記の相当性を基礎付ける具体的な事情が認められるためには,例えば過去の1,2年度に数回の卒業式等における不起立行為による懲戒処分の処分歴がある場合に,これのみをもって直ちにその相当性を基礎付けるには足りず,上記の場合に比べて過去の処分歴に係る非違行為がその内容や頻度等において規律や秩序を害する程度の相応に大きいものであるなど,過去の処分歴等が停職処分による不利益の内容との権衡を勘案してもなお規律や秩序の保持等の必要性の高さを十分に基礎付けるものであることを要するというべきである。

(2) これを本件についてみるに,事案2(4)イのとおり,上告人X2については,都教委において,過去の懲戒処分の対象とされた非違行為と同様の非違行為を再び行った場合には量定を加重するという処分量定の方針に従い,過去に同様の非違行為による懲戒処分を繰り返し受けているとして,量定を加重して1月の停職処分がされたものである。しかし,過去の懲戒処分の対象は,いずれも不起立行為であって積極的に式典の進行を妨害する内容の非違行為は含まれておらず,いまだ過去2年度の3回の卒業式等に係るものにとどまり,本件の不起立行為の前後における態度において特に処分の加重を根拠付けるべき事情もうかがわれないこと等に鑑みると,同上告人については,上記(1)において説示したところに照らし,学校の規律や秩序の保持等の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から,なお停職処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情があったとは認め難いというべきである。そうすると,上記のように過去2年度の3回の卒業式等における不起立行為による懲戒処分を受けていることのみを理由に同上告人に対する懲戒処分として停職処分を選択した都教委の判断は,停職期間の長短にかかわらず,処分の選択が重きに失するものとして社会観念上著しく妥当を欠き,上記停職処分は懲戒権者としての裁量権の範囲を超えるものとして違法の評価を免れないと解するのが相当である。

(3) これに対し,事案2(3)イのとおり,上告人X1は,過去に,不起立行為以外の非違行為による3回の懲戒処分及び不起立行為による2回の懲戒処分を受け,前者のうち2回は卒業式における国旗の掲揚の妨害と引き降ろし及び服務事故再発防止研修における国旗や国歌の問題に係るゼッケン着用をめぐる抗議による進行の妨害といった積極的に式典や研修の進行を妨害する行為に係るものである上,更に国旗や国歌に係る対応につき校長を批判する内容の文書の生徒への配布等により2回の文書訓告を受けており,このような過去の処分歴に係る一連の非違行為の内容や頻度等に鑑みると,同上告人については,上記(1)において説示したところに照らし,学校の規律や秩序の保持等の必要性と処分による不利益の内容との権衡の観点から,停職期間(3月)の点を含めて停職処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情があったものと認められるというべきである。そうすると,上記のように同種の問題に関して規律や秩序を害する程度の大きい積極的な妨害行為を非違行為とする複数の懲戒処分を含む懲戒処分5回及び上記内容の文書の配布等を非違行為とする文書訓告2回を受けていたことを踏まえて同上告人に対する懲戒処分において停職処分を選択した都教委の判断は,停職期間(3月)の点を含め,処分の選択が重きに失するものとして社会観念上著しく妥当を欠くものとはいえず,上記停職処分は懲戒権者としての裁量権の範囲を超え又はこれを濫用したものとして違法であるとはいえないと解するのが相当である。

3(1) 以上によれば,上告人X2の停職処分が適法であるとして同上告人の請求をいずれも棄却すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点に関する論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決のうち同上告人の請求に係る部分は破棄を免れない。そして,同上告人の停職処分の取消請求は理由があるから,同部分につき第1審判決を取り消して上記請求を認容すべきであり,また,同上告人の損害賠償請求については,都教委の過失の有無,慰謝すべき損害の有無等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すのが相当である。

(2) 他方,以上によれば,上告人X1の停職処分が適法であるとして同上告人の請求をいずれも棄却すべきものとした原審の判断は,是認することができ,原判決のうち同上告人の請求に係る部分に所論の違法はない。この点に関する論旨は採用することができない。なお,その余の上告受理申立て理由は,上告受理の決定において排除された。

【櫻井龍子補足意見】

1.事案の性格に鑑み,若干の補足意見を述べておきたい。
 公務員の懲戒処分制度は,国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において,公務員としてふさわしくない非行がある場合に,その責任を確認し,公務員関係の秩序を維持するために課される制裁である(多数意見の引用するいわゆる神戸税関事件に係る最高裁昭和52年12月20日第三小法廷判決参照)。一方,懲戒処分は,職員にとってその身分や勤務条件に重大な不利益をもたらすものであるため,懲戒の事由,手続等があらかじめ法定,周知されているべきであるのみならず,公正原則,平等取扱い原則,比例原則などの公務員の服務に関する諸原則を踏まえ,個々の事案に即して謙抑的に行使されるべきものである。神戸税関事件に係る上記最高裁判決の判示は,このような公務員の懲戒制度の基本的枠組みを踏まえた上で,当該行政組織の秩序の維持,職員の服務に第一次的な責任を有する懲戒権者の裁量を尊重するという,司法判断の基本的スタンスを画したものといえる。したがって,同判決も述べるように,当該懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠き,当該懲戒権者がその裁量権を適切に行使しているとはいえない事案については,司法がこれに制約を加えることが必要となるものである。
 そこで,多数意見は,本件の懲戒処分のうち,過去の処分歴等を理由に量定を加重される処分(以下「加重処分」という。)については,過去の処分歴等が停職などの加重処分による不利益の内容との権衡を勘案してもなお規律や秩序の保持等の必要性の高さを十分に基礎付けるものであることを要するとして,過去の3回の不起立行為による処分歴のみを理由とする加重処分として課された停職処分を裁量権の範囲を超えるものと判断したものである。

2(1) 公務員の懲戒制度における処分の加重については,制度的に加重の在り方を定める法令上の根拠はないため,過去の処分歴等を個別事案の情状として考慮するのみとする考えも見られるところであり,加重処分そのものが裁量の範囲内といえるためには,懲戒の対象行為の態様や影響と加重処分による不利益の内容との権衡,公務秩序維持のための必要性などについて,上記に述べた懲戒処分制度の基本的枠組みを踏まえ,より慎重な判断が要求されるといわなければならない。
 東京都(東京都教育委員会)における懲戒処分の処分量定については,入学式や卒業式等での国歌斉唱時における不起立という職務命令違反の行為に対し,1回目は戒告処分とし,2回目以降からは加重処分を行うこととし,2回目で減給1か月,3回目で減給6か月,4回目以降は停職処分にする方針が採られていることがうかがわれる。

(2) これらの懲戒処分のうち最も軽い戒告処分と,その上の減給処分の差は大きく,更にその上の停職処分との間には大きな差がある。戒告処分は,職員の規律違反の責任を確認してその将来を戒める処分であって,勤勉手当の減額という条例上の不利益や将来の昇給等への間接的な影響はあるものの,法律上は直接的な給与上ないし職務上の不利益を含む処分ではないのに対し,減給処分は,法律上の不利益として給与そのものが直接的に減額されるのみならず,その結果が期末手当,退職金,年金等にも影響するなど給与上の多大な不利益を伴う処分である。さらに,停職処分は,法律上の不利益として停職中の給与が全額支給されないことによる大きな給与上の不利益に加え,教師の場合は停職期間中教壇に立てないことについての本人の職務上の不利益も大きく(生徒への教育上の影響なども無視できない。),極めて厳しい重大な処分であることが明らかである。したがって,東京都における上記(1)のような一律の加重処分の定め方,実際の機械的な適用は,そのこと自体が問題であるといわなければならず,また,懲戒の対象行為との関係における相当性が問題である。
 本件の不起立行為は,既に多数意見の中で説示しているように,それぞれの行為者の歴史観等に起因してやむを得ず行うものであり,その結果式典の進行が遅れるなどの支障を生じさせる態様でもなく,また行為者も式典の妨害を目的にして行うものではない。不起立の時間も短く,保護者の一部に違和感,不快感を持つものがいるとしても,その後の教育活動,学校の秩序維持等に大きく影響しているという事実が認められているわけではない。
 このような行為が繰り返し行われた場合に加重処分をすることは,それが相当性を欠くものでなければ許容されるものではあるものの,上記のように多大な給与上ないし職務上の不利益や影響をもたらす減給ないし停職の処分を前記(1)のように一律に機械的に加重処分として課すことは,行為と不利益との権衡を欠き,社会観念上妥当とはいい難いものというべきである。

3.さらに,本件が,さきに当小法廷が判示した起立斉唱に係る職務命令の合憲判断に関する判決(多数意見の引用する平成23年6月6日判決)に関係するものであるので,以下の点を付言しておきたい。
 さきの上記判決において,多数意見は上記職務命令の合憲性を是認しつつ,思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることを認めたものであり,そのことは,上記職務命令に従って起立斉唱することに自らの歴史観,世界観等との間で強い葛藤を感じる職員が存在することを踏まえたものといえ,処分対象者の多くは,そのような葛藤の結果,自らの信じるところに従い不起立行為を選択したものであろう。式典のたびに不起立を繰り返すということは,その都度,葛藤を経て,自らの信条と尊厳を守るためにやむを得ず不起立を繰り返すことを選択したものと見ることができる。前記2(1)の状況の下で,毎年必ず挙行される入学式,卒業式等において不起立を行えば,次第に処分が加重され,2,3年もしないうちに戒告から減給,そして停職という形で不利益の程度が増していくことになるが,これらの職員の中には,自らの信条に忠実であればあるほど心理的に追い込まれ,上記の不利益の増大を受忍するか,自らの信条を捨てるかの選択を迫られる状態に置かれる者がいることを容易に推測できる。不起立行為それ自体が,これまで見たとおり,学校内の秩序を大きく乱すものとはいえないことに鑑みると,このように過酷な結果を職員個人にもたらす前記2(1)のような懲戒処分の加重量定は,法が予定している懲戒制度の運用の許容範囲に入るとは到底考えられず,法の許容する懲戒権の範囲を逸脱するものといわざるを得ない。

4.最後に,本件の紛争の特性に鑑みて付言するに,今後いたずらに不起立と懲戒処分の繰り返しが行われていく事態が教育の現場の在り方として容認されるものではないことを強調しておかなければならない。教育の現場においてこのような紛争が繰り返される状態を一日も早く解消し,これまでにも増して自由で闊達な教育が実施されていくことが切に望まれるところであり,全ての関係者によってそのための具体的な方策と努力が真摯かつ速やかに尽くされていく必要があるものというべきである。

【宮川光治反対意見】

 多数意見は,本件職務命令は憲法19条(思想及び良心の自由)に違反せず,また,上告人X1に対し停職処分をした都教委の判断は懲戒権者としての裁量権の範囲にあるとするが,私は,そのいずれについても同意できない。なお,上告人X2に対する停職処分を裁量権の範囲を超えるものとした結論には同意できるが,理由を異にする。

第1.本件職務命令の憲法適合性について

1.原審は,上告人らがそれぞれ所属校の各校長から受けた本件職務命令に従わなかったのは,「君が代」や「日の丸」が過去の我が国において果たした役割に関わる上告人らの歴史観ないし世界観及び教育上の信念に基づくものであるという事実を,適法に確定している。そのように真摯なものである場合は,その行為は上告人らの思想及び良心の核心の表出であるか少なくともこれと密接に関連しているとみることができる。したがって,その行為は上告人らの精神的自由に関わるものとして,憲法上保護されなければならない。上告人らとの関係では,本件職務命令はいわゆる厳格な基準による憲法審査の対象となり,その結果,憲法19条に違反する可能性がある。このことは,多数意見が引用する最高裁平成23年6月6日第一小法廷判決における私の反対意見で述べたとおりである。なお,そこでは,国旗及び国歌に関する法律と学習指導要領が教職員に起立斉唱行為等を職務命令として強制することの根拠となるものではないこと,本件通達は,式典の円滑な進行を図るという価値中立的な意図で発せられたものではなく,その意図は,前記歴史観等を有する教職員を念頭に置き,その歴史観等に対する強い否定的評価を背景に,不利益処分をもってその歴史観等に反する行為を強制することにあるとみることができ,職務命令はこうした本件通達に基づいている旨を指摘した。本件では,さらに多数意見が指摘する「地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性」について,私の意見を付加しておくこととする。

2.上告人らは,地方公務員ではあるが,教育公務員であり,一般行政とは異なり,教育の目標に照らし,特別の自由が保障されている。すなわち,教育は,その目的を実現するため,学問の自由を尊重しつつ,幅広い知識と教養を身に付けること,真理を求める態度を養うこと,個人の価値を尊重して,その能力を伸ばし,創造性を培い,自主及び自律の精神を養うこと等の目標を達成するよう行われるものであり(教育基本法2条),教育をつかさどる教員には,こうした目標を達成するために,教育の専門性を懸けた責任があるとともに,教育の自由が保障されているというべきである。もっとも,普通教育においては完全な教育の自由を認めることはできないが,公権力によって特別の意見のみを教授することを強制されることがあってはならないのであり,他方,教授の具体的内容及び方法についてある程度自由な裁量が認められることについては自明のことであると思われる(最高裁昭和43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁参照)。上記のような目標を有する教育に携わる教員には,幅広い知識と教養,真理を求め,個人の価値を尊重する姿勢,創造性を希求する自律的精神の持ち主であること等が求められるのであり,上記のような教育の目標を考慮すると,教員における精神の自由は,取り分けて尊重されなければならないと考える。
 個々の教員は,教科教育として生徒に対し国旗及び国歌について教育するという場合,教師としての専門的裁量の下で職務を適正に遂行しなければならない。したがって,「日の丸」や「君が代」の歴史や過去に果たした役割について,自由な創意と工夫により教授することができるが,その内容はできるだけ中立的に行うべきである。そして,式典において,教育の一環として,国旗掲揚,国歌斉唱が準備され,遂行される場合に,これを妨害する行為を行うことは許されない。しかし,そこまでであって,それ以上に生徒に対し直接に教育するという場を離れた場面においては,自らの思想及び良心の核心に反する行為を求められることはないというべきである。音楽専科の教員についても,同様である。
 このように,私は,上告人らは,地方公務員であっても,教育をつかさどる教員であるからこそ,一般行政に携わる者とは異なって,自由が保障されなければならない側面があると考えるのである。

3.以上のとおり,上告人らの上告理由のうち本件職務命令が憲法19条違反をいう部分は理由がある。

第2.懲戒処分の裁量審査について

1.多数意見は,本件職務命令の違反を理由として,重きに失しない範囲で懲戒処分をすることは,基本的に懲戒権者の裁量権の範囲にあるという。そこで,私も,本件職務命令の憲法適合性に関する判断を留保し,また,本件の懲戒処分自体も憲法19条に違反する可能性があるが,その判断を留保し,その上で,懲戒処分の裁量審査に関し,私の反対意見を述べる。私は,上告人らの不起立行為について,職務命令違反を理由として,懲戒処分を科することは相当でないと考える。以下,2において考慮すべき諸事情のうち上告人らの行為の原因,動機及び行為の態様と法益の侵害の程度について述べ,3において本件では不起立行為に対する懲戒処分は,仮に戒告処分であっても,実質的にみると重い不利益処分であることを指摘し,4において他の非違行為に対する処分及び他地域の処分例と比較すると不公正であることを述べる。

2.上告人らの不起立行為は,「日の丸」や「君が代」は軍国主義や戦前の天皇制絶対主義のシンボルであり平和主義や国民主権とは相容れないと考える歴史観ないし世界観,及び人権の尊重や自主的に思考することの大切さを強調する教育実践を続けてきた教育者としての教育上の信念に起因するものであり,その動機は真摯であり,いわゆる非行・非違行為とは次元を異にする。また,他の職務命令違反と比較しても,違法性は顕著に希薄である。
 上告人らが抱いている歴史観等は,ひとり上告人ら独自のものではなく,我が国社会において,人々の間に一定の広がりを有し,共感が存在している。また,原審も指摘しているが,憲法学などの学説及び日本弁護士連合会等の法律家団体においては,式典において「君が代」を起立して斉唱すること及びピアノ伴奏をすることを職務命令により強制することは憲法19条等に違反するという見解が大多数を占めていると思われる。確かに,この点に関して最高裁は異なる判断を示したが,こうした議論状況は一朝には変化しないであろう。
 上告人らの不起立行為は消極的不作為にすぎないのであって,式典を妨害する等の積極的行為を含まず,したがって,式典の円滑な遂行に物理的支障をいささかも生じさせていない。法益の侵害はほとんどない。

3.仮に戒告処分であっても,その処分が上告人らに与える不利益については過小評価されるべきではないと思われる。確かに,戒告処分は法の定める懲戒処分の中では最も軽いが,処分を受けると,履歴に残り,勤勉手当は当該支給期間(半年間)において10%の割合で減額され,昇給が少なくとも3か月延伸される可能性があり,その延伸によりひいては,退職金や年金支給額への影響もあり得る。そして,東京都の教職員は定年退職後に再雇用を希望するとほぼ例外なく再雇用されているが,戒告処分を受けるとその機会を事実上失い,合格通知を受けていた者も合格は取り消されるのが通例であることがうかがわれる。
 都教委は,不起立行為をした教職員に対し,おおむね1回目は戒告処分,2回目は1か月間月額給与10分の1を減ずる減給処分,3回目は6か月間月額給与10分の1を減ずる減給処分,4回目は停職1か月の停職処分等という基準で懲戒処分を行っていることがうかがわれる。毎年度2回以上の卒業式や入学式等の式典のたびに懲戒処分が累積加重されるのであるから,短期間で反復継続的に不利益が拡大していくのである。戒告処分がひとたびなされると,こうした累積処分が機械的にスタートする。
 以上のとおり,実質的にみると,本件では,戒告処分は,相当に重い不利益処分であるというべきである。

4.教職員の主な非行に対する標準的な処分量定(東京都教育長決定)に列挙されている非行の大半は,刑事罰の対象となる行為や性的非行であり,量定上それらに関しても戒告処分にとどまる例が少なくないと思われる。原審は,別件判決(東京高等裁判所平成21年(行コ)第181号同23年3月10日判決)において,体罰,交通事故,セクハラ,会計事故等の服務事故について都教委の行った処分等の実績をみると,平成16年から18年度において,懲戒処分を受けた者が205人(うち戒告が74人)であるのに対し,文書訓告又は口頭注意といった事実上の措置を受けた者が397人,指導等を受けた者が279人となっており,服務事故(非違行為)と認められた者のうち懲戒処分を受けたのは4分の1にも満たないとし,これによれば,戒告処分であっても,一般的には,非違行為の中でもかなり情状の悪い場合にのみ行われるものということができるとしている。
 さらに,不起立行為に関する懲戒処分の状況を全国的にみると,懲戒処分まで行っている地域は少なく,例えば神奈川県や千葉県では,不起立行為があっても,またそれが繰り返されていても,懲戒処分はされていないことがうかがわれる。
 このように比較すると,戒告処分であっても過剰に過ぎ,比例原則に反するというべきである。

5.以上を総合すると,多数意見がいう不起立行為の性質,態様,影響を前提としても,不起立行為という職務命令違反行為に対しては,口頭又は文書による注意や訓告により責任を問い戒めることが適切であり,これらにとどめることなくたとえ戒告処分であっても懲戒処分を科すことは,重きに過ぎ,社会通念上著しく妥当性を欠き,裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用するものであって,是認することはできない。
 上告人X2は最初の不起立行為で戒告処分を受け,二度目,三度目の不起立行為で減給処分を受け,本件四度目の不起立行為で1月の停職処分がされたものであるところ,多数意見は,なお停職処分を選択することの相当性を基礎付ける具体的な事情があったとは認め難いとして,上記停職処分は裁量権の範囲を超えると判断している。その結論に関しては,同意できるが,私は,上記のとおり,消極的不作為にすぎない不起立行為が繰り返されたとしても,これにたとえ戒告処分であっても懲戒処分を科すことは,懲戒権者の裁量権の範囲を逸脱すると考えるので,上記停職処分は当然に是認できない。
 上告人X1の平成6年から平成17年の処分歴に係る一連の非違行為の内容や態度には一部許されないものがあるが,本件は,単なる不起立行為にすぎないのであるから,これにたとえ戒告処分であっても懲戒処分を科すことは,懲戒権者の裁量権の範囲を逸脱すると考えるので,停職処分(3月)は是認できない。

戻る