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最高裁判所第二小法廷判決平成24年02月03日

【事案】

 土壌汚染対策法(以下「法」という。)3条1項所定の有害物質使用特定施設に係る事業場の敷地であった土地の所有者である被上告人が,当該施設の使用の廃止に伴い,法に規定する都道府県知事の権限に属する事務を行う旭川市長から同条2項による通知を受け,上記土地の土壌汚染状況調査を実施してその結果を報告すべきものとされたことから,上記通知が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たることを前提にその取消しを求めている事案。

【判旨】

 都道府県知事は,有害物質使用特定施設の使用が廃止されたことを知った場合において,当該施設を設置していた者以外に当該施設に係る工場又は事業場の敷地であった土地の所有者,管理者又は占有者(以下「所有者等」という。)があるときは,当該施設の使用が廃止された際の当該土地の所有者等(土壌汚染対策法施行規則(平成22年環境省令第1号による改正前のもの)13条括弧書き所定の場合はその譲受人等。以下同じ。)に対し,当該施設の使用が廃止された旨その他の事項を通知する(法3条2項,同施行規則13条,14条)。その通知を受けた当該土地の所有者等は,法3条1項ただし書所定の都道府県知事の確認を受けたときを除き,当該通知を受けた日から起算して原則として120日以内に,当該土地の土壌の法2条1項所定の特定有害物質による汚染の状況について,環境大臣が指定する者に所定の方法により調査させて,都道府県知事に所定の様式による報告書を提出してその結果を報告しなければならない(法3条1項,同施行規則1条2項2号,3項,2条)。これらの法令の規定によれば,法3条2項による通知は,通知を受けた当該土地の所有者等に上記の調査及び報告の義務を生じさせ,その法的地位に直接的な影響を及ぼすものというべきである。
 都道府県知事は,法3条2項による通知を受けた当該土地の所有者等が上記の報告をしないときは,その者に対しその報告を行うべきことを命ずることができ(同条3項),その命令に違反した者については罰則が定められているが(平成21年法律第23号による改正前の法38条),その報告の義務自体は上記通知によって既に発生しているものであって,その通知を受けた当該土地の所有者等は,これに従わずに上記の報告をしない場合でも,速やかに法3条3項による命令が発せられるわけではないので,早期にその命令を対象とする取消訴訟を提起することができるものではない。そうすると,実効的な権利救済を図るという観点から見ても,同条2項による通知がされた段階で,これを対象とする取消訴訟の提起が制限されるべき理由はない。
 以上によれば,法3条2項による通知は,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると解するのが相当である(最高裁昭和37年(オ)第296号同39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁等参照)。

 

最高裁判所第三小法廷決定平成24年02月07日

【判旨】

 民法258条2項所定の競売を命ずる判決に基づく不動産競売について,民事執行法59条が準用されることを前提として同法63条が準用されるものとした原審の判断は,正当として是認することができる。

【岡部喜代子補足意見】

1.本件競売手続に売却に伴う権利の消滅等に関する民事執行法59条の準用があるか否かに関して,準用があるとの法廷意見に賛意を表するものであるが,従前,いわゆる形式的競売を換価型と清算型とに分類し,前者については同条の準用を否定する引受主義を,後者については同条の準用を肯定する消除主義を採用すべきであるとする二分説を支持していた者として若干の補足をしておきたい。
 競売手続における消除主義の利点は,買受人の地位を安定させることにより換価を容易にすることである。その根拠は売却の目的を達成するための必要性にあるのであり,その必要性は形式的競売も担保権実行としての競売と変わりはない。競売による売却により占有を伴わない担保権は消滅するが,順位に応じた配当がされることによって担保権は一応の目的を達することができる。消滅する担保権に劣後する用益権が何らの補償もなく買受人に対抗できなくなるのは,売却を促進するという公的な売却の目的を達するために設けられた制度であって,やむを得ないという外はない。担保権と用益権の対抗関係は登記簿等によって公示されていることに加え,少なくも民法395条の保護は与えられる点において用益権にも最低限の保護は与えられているともいい得る。売却の必要性を重視して民事執行法59条の準用を認めることは根拠のあることと考える。

2.本件競売手続にいわゆる剰余主義に関する民事執行法63条の準用があるか否かについてもまた法廷意見に賛成するものであるが,その理由は以下のとおりである。

(1) 形式的競売に剰余主義を準用すると,物件上に担保権の負担がある場合には,競売権のみを有する差押債権者について無剰余となることが少なくなく,結局売却の目的を達し得ない事態が生じやすい。このような事態は,本件についていえば共有物について競売を命じた判決の目的を達することができない上,紛争解決もできない点において,社会的にも好ましいこととはいえない。この点からは剰余主義を準用しないことが望ましいが,剰余主義を準用しない場合には,担保権者は,希望しない時期に満足を得ることもないままその担保権を強制的に消滅させられるという不利益を被ることになる。担保権者は,望むときに換価し,できるだけ多額の満足を得る利益を有しているのであるから,その利益を無視することはできない。

(2) そこで,形式的競売における物件を売却する必要性と,担保権者の利益とをどのように衡量するかという問題となる。実体法的には形式的競売における差押債権者は競売権という権利を有し,担保権者は換価して債権の満足を得るという物権的利益を有しているのであって,その比較衡量は困難である。そこで,形式的競売の差押債権者と担保権者それぞれに与えられている自己の利益を実現するための法的な手段の有無,方法という手続的側面について検討することが有用である。
 差押債権者について無剰余となる場合に,民事執行法は,差押債権者が競売手続を取り消されないための手段を用意しているが,現実的な手段は民事執行法63条2項ただし書により優先債権者の同意を得ることであろう。優先債権者には同意義務はないが,各種の方法により差押債権者が優先債権者と協議して同意を求めることは可能であると考えられる。
 これに対し,剰余主義の準用がない場合には,担保権者において売却を阻止する方法はない。ただ,担保権者は共有物分割のための競売の場合であれば,それに先立つ共有物分割訴訟に参加して意見を述べることができ(民法260条),そこで競売による分割に反対する旨の意見を述べることができようが,共有者はもとより,裁判所も参加者の意思に拘束されない。
 上記両者の法的手段を比較してみると,民事執行法63条の準用を認めた上で,差押債権者が競売手続の取消しを回避する手段を執ることを期待することの方が,実用的かつ実効的であり,利益調整という面で優れているということができる。

(3) ただ,自助売却のように緊急性を要する場合,あるいは建物の区分所有等に関する法律59条によって命ぜられた競売のように,売却の必要性が高い一方,所有者ではない差押債権者と優先債権者の接触が予定されておらず,差押債権者において目的物件上の優先債権者の同意を得るなどの方策を採ることが著しく困難な場合は,剰余主義の準用を排してよいものと考える。このように形式的競売のうちにおいても民事執行法63条準用の有無を異にする解釈は,民事執行法195条の「例による」との文言が,形式的競売に担保権の実行としての競売の諸規定を準用するか否かを解釈に委ねている趣旨であるところからも可能であると考える。

 

最高裁判所第一小法廷判決平成24年02月13日

【事案】

1.本件公訴事実の要旨及び本件審理の概要

 本件公訴事実の要旨は,「被告人は,氏名不詳者らと共謀の上,営利の目的で,平成21年11月1日,マレーシア所在のクアラルンプール国際空港において,成田国際空港行きの航空機に搭乗する際,覚せい剤998.79gをビニール袋3袋に小分けした上,缶3個にそれぞれ収納し,これらをボストンバッグ(以下「本件バッグ」という。)に隠して,機内預託手荷物として預けて航空機に積み込ませ,同日,成田国際空港において,本件バッグを航空機から機外に搬出させて,覚せい剤取締法違反である覚せい剤の輸入行為を行い,さらに,空港内の税関の旅具検査場において,税関職員による検査を受けた際,覚せい剤を携帯している事実を申告しないで税関検査場を通過して輸入しようとしたが,職員に覚せい剤を発見されたため,関税法違反である覚せい剤の輸入行為は,その目的を遂げなかった。」というものである。本件については,裁判員の参加する合議体が審理し,第1審は,被告人には缶の中に覚せい剤を含む違法薬物(以下単に「違法薬物」という。)が隠されていることの認識が認められず,犯罪の証明がないとして無罪を言い渡したが,控訴審は,第1審判決に事実誤認があるとしてこれを破棄し,有罪を言い渡した。

2.本件の事実関係

(1) 被告人は,平成21年11月1日,クアラルンプール国際空港(マレーシア)から成田国際空港行きの航空機に搭乗し,本件バッグを機内預託手荷物として預け,航空機に積み込ませた。被告人は,成田国際空港に到着した後,本件バッグを受領し,これを携帯して成田税関支署の職員による税関検査を受けた。

(2) 被告人は,携帯品・別送品申告書の「他人から預かった物」を申告する欄に「いいえ」と記載し,税関職員から覚せい剤などの持込禁止物件の写真を示されてそれらを持っているかどうかを尋ねられた際もこれを否定した。

(3) 税関職員は,被告人の所持品のうち,まず免税袋を検査し,チョコレート2缶とたばこのカートンが入っていることを確認したが,特に不審な点は発見されず,引き続き,本件バッグの検査を行い,チョコレート3缶(以下「本件チョコレート缶」という。)や黒色ビニールの包みが入っていることを確認した。税関職員は,先に検査した免税袋に入っていたチョコレート缶と比べると,本件チョコレート缶は,同程度の大きさであるのに明らかに重いと感じ,免税袋に入っていたチョコレート缶と本件チョコレート缶を持ち比べ,重さの違いからチョコレート以外の何かが入っているのではないかと考えたため,被告人に本件チョコレート缶についてエックス線検査を行うことの了解を求めた(なお,本件チョコレート缶は,いずれも横27p,縦20p,高さ4pの同種の平らな缶であり,各缶の蓋と本体の缶の周囲が粘着セロハンテープで留められていた。各缶の裏面には380gのチョコレートが入っている旨が表示されているが,約334gから約350gの覚せい剤がチョコレートのトレーの下に隠匿されていたため,缶の重量を合わせると約1056gから約1071gであった。)。
 被告人は,直ちに検査を承諾し,本件チョコレート缶に対するエックス線検査が行われた。なお,エックス線検査は,検査室の外にあるエックス線検査装置で行われ,被告人は検査室で待っていたため,エックス線検査には立ち会っていない。

(4) 税関職員は,エックス線検査を行い,本件チョコレート缶の底の部分にいずれも黒い影が映し出されたことを確認し,検査室に戻り,被告人に対し,エックス線検査の結果については伝えずに被告人がこれらのチョコレート缶を自分で購入したのかどうかを尋ねたところ,被告人は,「ああそれは,きのう向こうで人からもらったものだよ。」と返答した。
 税関職員は,被告人に対し,当初は預り物やもらい物がないと申告したのではないかと尋ねたが,被告人から返答はなく,「それではどのような人にもらったのか,日本人ですか。」と質問したところ,被告人は,「イラン人らしき人です。」と答えた。これらの問答の後,税関職員は,被告人に荷物に関する確認票を作成させた上で,被告人にどれが預かってきたものであるのかを尋ね,被告人は,本件チョコレート缶,黒色ビニールの包み,菓子数点を申告した。
 税関職員は,被告人に黒色ビニールの包みを開けるよう求めたが,被告人が企業秘密の書類だからと答えてこれを拒否したため,本件チョコレート缶について,「エックス線検査をした結果,底の部分に影がありますので確認させていただきたい。」とエックス線検査の結果を説明した上で,缶を開けることの承諾を求めた。被告人が承諾したので,税関職員が被告人の面前で缶を開けたところ,本件チョコレート缶3缶全部から白色結晶が発見された。

(5) 税関職員は,被告人に対し,「これはなんだと思うか。」と白色結晶について質問したところ,被告人は,「薬かな,麻薬って粉だよね,何だろうね,見た目から覚せい剤じゃねえの。」と答えた。税関職員は,再び黒色ビニールの包みについて被告人に開披を求め,その同意を得てこれを開けると,中には名義人の異なる5通の外国の旅券が入っており,そのうち3通は偽造旅券であった。
 その後,税関職員は,白色結晶の検査をして覚せい剤であることを確認し,被告人を逮捕した。

(6) 被告人は,逮捕された直後は,本件チョコレート缶について,マレーシアで知らない外国人から日本に持って行くように頼まれたと述べていたが,その後は,日本国内にいるナスールという人物から,30万円の報酬を約束され,航空運賃等を負担してもらった上で偽造旅券を日本に密輸することを依頼され,マレーシアでジミーという人物から旅券を受け取った際にナスールへの土産として本件チョコレート缶を持って行くよう頼まれたと述べるようになり,次いで,日本で旧知のカラミ・ダボットから被告人が送金を受けていることについて説明を求められた後に,ナスールから頼まれたのではなく,カラミ・ダボットに頼まれ,ジミーから偽造旅券を受け取り,ダボットに渡した上でナスールに渡すことが予定されていた旨述べた。なお,本件当時,カラミ・ダボットは,本件とは別の覚せい剤輸入事件の共犯者として大阪地方裁判所に起訴され,第1審で無罪判決を受けた後,検察官控訴により大阪高等裁判所で審理を受けている状況にあった。被告人は,こうした訴訟経緯をカラミ・ダボットから聞かされていた。

3.審理の経過及び第1,2審判決

(1) 本件においては,本件チョコレート缶を本邦に持ち込む時点において,その缶の中に覚せい剤が入っていることを被告人が認識していたか否か(以下「被告人の覚せい剤の認識」という。)が争われた。
 検察官は,上記の検挙の経過等を立証し,本件犯行の態様や被告人の税関検査での言動,被告人の弁解状況などを被告人の覚せい剤の認識を推認させる間接事実である旨指摘し,これらを総合すれば,被告人の覚せい剤の認識が認められる旨主張した。
 これに対し,被告人は,マレーシアに渡航したのは偽造旅券の輸入を依頼されたためであり,マレーシアでチョコレート缶を受け取った際,一旦は,その中に違法薬物が隠されているのではないかという一抹の不安を感じたが,その後,外見上異常がないことを確認して不安が払拭されたため,税関検査を受けるまで本件チョコレート缶の中に違法薬物が入っているとは思っていなかった旨の弁解をした。

(2) 第1審判決は,被告人の覚せい剤の認識を裏付けるために検察官が主張した間接事実を6点に分類し,それが被告人の違法薬物の認識を裏付けるかについて,個別に検討している。
 すなわち,第1審判決は,@被告人が本件チョコレート缶を自分で本件バッグに入れて手荷物として日本に持ち込んだという間接事実については,本件チョコレート缶の内容を外側から確認できず,外見的には開封等された様子がなかったことなどを指摘し,この間接事実から,直ちに本件チョコレート缶に違法薬物が隠されている事実が分かっていたはずであるとまではいえないとし,A被告人が30万円の報酬を約束され,航空運賃等を負担してもらった上で,関係者に渡すために本件チョコレート缶を持ち帰っているという間接事実については,被告人が偽造旅券の密輸を依頼されていたと述べ,税関検査時に偽造旅券を所持していたことなどを指摘し,この間接事実から委託物が違法薬物であると当然に分かったはずであるとまではいえないとし,B本件チョコレート缶が不自然に重いという間接事実については,被告人が本件チョコレート缶を他の缶と持ち比べる機会はなく,本件チョコレート缶の重量感からチョコレート以外の物が隠されていると気付くはずであるとはいえないとしている。
 さらに,C被告人の税関検査時の言動に関しては,(ア)被告人が税関検査の際に預り物はないと嘘をついたこと,(イ)被告人が本件チョコレート缶のエックス線検査結果を知らされる前に,税関職員に対し他人から本件チョコレート缶をもらったと述べたこと,(ウ)本件覚せい剤が発見された際等に被告人に狼狽していた様子がうかがわれなかったこと,(エ)発見された白色結晶について税関職員が被告人に質問したところ,被告人が「見た目から覚せい剤じゃねえの。」と発言していることが間接事実として主張されたが,第1審判決は,(ア)については,被告人が厳密な税関検査を受けることを煩わしく思って嘘をつくことはあり得るし,偽造旅券を所持していたことから嘘をついたとも考えられるとし,(イ)については,被告人は本件チョコレート缶を受け取った際に一旦はその中に違法薬物が隠されているのではないかという一抹の不安を感じ,その後,外見上異常がないことを確認して不安が払拭されたというのであり,エックス線検査を行っている状況に置かれた被告人が再度不安を抱いて預り物であると正直に申告しようと考えたというのも十分に理解でき,このような言動により,被告人が違法薬物の存在を知っていたとまで断言することはできないとし,(ウ)については,動揺していることが表情等にどのように表れるかは人によって大きく異なり,この間接事実から直ちに被告人が最初から違法薬物の存在を知っていたとまではいえないとし,(エ)については,被告人がそれ以前の調査の過程で覚せい剤のカラー写真を見せられていたことを指摘し,この間接事実から,被告人が本件覚せい剤の存在を最初から知っていたとはいえないとしている。
 また,D被告人が覚せい剤輸入事件で裁判中の者であるカラミ・ダボットらから高額の報酬を約束され,渡航費用を負担してもらうなどして依頼を受けていたことや,E被告人の言い分が不自然であることも間接事実として主張された。第1審判決は,Dの点については,違法薬物との関わりが疑われている人物から高額の報酬を約束されるなどして渡航し,日本国内の第三者に渡すように依頼されて本件チョコレート缶を受け取ったことは,被告人が本件チョコレート缶の中に違法薬物が入っているかもしれないと考えていたことをうかがわせる事実といえると判示しつつ,Eの点の検討に移り,本件チョコレート缶の中に違法薬物が入っているとは考えていなかったと述べる被告人の弁解について,本件チョコレート缶は外見上異常がなかったこと,被告人は,偽造旅券等の入った黒色ビニールの包みを税関職員等の目に付きにくい本件バッグの底の方に入れていたにもかかわらず,本件チョコレート缶は目に付きやすい本件バッグの最上部に横並びで収納していたこと,被告人は,税関検査の際に上記の黒色ビニールの包みを開けるよう求められた際には,「企業秘密だから。」などと述べて拒絶したにもかかわらず,本件チョコレート缶のエックス線検査や開披検査を求められるや,直ちにこれを承諾したことなどを指摘し,被告人の弁解が信用できないとはいえない旨判示して,被告人に無罪を言い渡している。

(3) これに対し,検察官が控訴し,事実誤認を主張した。原判決は,被告人が本件チョコレート缶を本邦に持ち込んだ経緯について供述を何度も変遷させており,覚せい剤輸入事件で裁判中のカラミ・ダボットから委託されて渡航した事実を隠そうとしていたことなどを指摘して,被告人の供述は信用し難いと判示し,さらに,検察官の主張した各間接事実のうち,@ACDEなどは,被告人に覚せい剤の認識があったと認定する一つの証拠となり得ると判断し,間接事実の評価等に関し第1審判決が指摘した疑問や説示についても是認できないとした上で,これらを総合すれば,被告人の覚せい剤の認識を認めるのが相当であるとし,第1審判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるとしてこれを破棄し,覚せい剤取締法違反及び関税法違反の各事実について被告人を有罪と認め,被告人を懲役10年及び罰金600万円に処するとともに覚せい剤3袋を没収した。

【判旨】

1.刑訴法は控訴審の性格を原則として事後審としており,控訴審は,第1審と同じ立場で事件そのものを審理するのではなく,当事者の訴訟活動を基礎として形成された第1審判決を対象とし,これに事後的な審査を加えるべきものである。第1審において,直接主義・口頭主義の原則が採られ,争点に関する証人を直接調べ,その際の証言態度等も踏まえて供述の信用性が判断され,それらを総合して事実認定が行われることが予定されていることに鑑みると,控訴審における事実誤認の審査は,第1審判決が行った証拠の信用性評価や証拠の総合判断が論理則,経験則等に照らして不合理といえるかという観点から行うべきものであって,刑訴法382条の事実誤認とは,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることをいうものと解するのが相当である。したがって,控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要であるというべきである。このことは,裁判員制度の導入を契機として,第1審において直接主義・口頭主義が徹底された状況においては,より強く妥当する。

2.上記のとおり,第1審判決は,検察官主張の間接事実@ないしCは被告人に違法薬物の認識があったと推認するに足りず,また,間接事実Dはその認識をうかがわせるものではあるが,違法薬物の認識を否定する被告人の弁解にはそれを裏付ける事情が存在し,その信用性を否定することができないとして,被告人を無罪としたものである。
 第1審判決は,これらの間接事実を個別に検討するのみで,間接事実を総合することによって被告人の違法薬物の認識が認められるかどうかについて明示していないが,各間接事実が被告人の違法薬物の認識を証明する力が弱いことを示していることに照らすと,これらを総合してもなお違法薬物の認識があったと推認するに足りないと判断したものと解される。
 したがって,本件においては,上記のような判断を示して被告人を無罪とした第1審判決に論理則,経験則等に照らして不合理な点があることを具体的に示さなければ,事実誤認があるということはできない。
 このような観点から,以下原判決についてみていくこととする。

3.まず,被告人の弁解に関する原判断についてみると,原判決は,偽造旅券の密輸を頼まれただけで違法薬物の認識はなかった旨の被告人の弁解の信用性について検討し,@本件チョコレート缶の所持に至る経緯について,被告人がその供述を二転三転させていること,A被告人は,現行犯逮捕された際,偽造旅券について言及することもなく,動揺することもなく素直に逮捕に応じていること,B被告人は,覚せい剤の密輸に関与していないという弁解を裏付けるために,カラミ・ダボットに事情を聞いてほしい旨の申出をしてしかるべきであるのにそうした申出をした形跡がなく,かえって,カラミ・ダボットのことを隠し通そうとしたことなどを指摘して,被告人の弁解は信用し難いとしている。また,第1審判決が指摘する疑問等の検討を行う中で,C被告人は,容易に粘着セロハンテープを剥がして開封し,内容物を確認できたにもかかわらず,内容物に不安を感じたというのに開封して内容物を調べていないのは不自然,不合理であるとして,缶の外見を確認しただけで不安が払拭された旨の被告人の弁解は信用することができないとも判示している。
 原判決の上記の判示について検討する。
 上記@について,被告人は,逮捕直後には見ず知らずの外国人から本件チョコレート缶を預かった旨弁解していたが,その次にはナスールから偽造旅券の持込みを頼まれてマレーシアに渡航し,ジミーから本件チョコレート缶を土産として預かった旨供述し,最終的には,カラミ・ダボットから送金を受けている事実を指摘された後にカラミ・ダボットに上記内容の依頼を受けた旨の供述を行ったことを公判廷で認めている。原判決が指摘するとおり,被告人の供述には変遷があり,このことは一般に被告人の供述の信用性を大きく減殺する事情であるといえる。しかしながら,被告人の最終的弁解は,カラミ・ダボットから偽造旅券の運び屋となることを頼まれて,マレーシアに渡航し,そこでジミーなる男から偽造旅券を受け取る際に,本件チョコレート缶を預かった,預かった偽造旅券はカラミ・ダボット経由でナスールに渡すものだと聞いていたというものであるところ,この最終的弁解を排斥し得るか否かは,上記のような変遷状況のほか,本件における他の具体的な諸事情をも加味した上で,総合的に判定されるべきものと考えられる。
 上記Aについて,原判決が指摘する被告人の逮捕時の言動等は,逮捕の際に積極的に弁解せず,抵抗や驚きも示さなかったというものであるが,この言動は,被告人に違法薬物の認識がなかったとしても,必ずしも説明のつかない事実であるとはいえない。
 上記Bについては,カラミ・ダボットは本件とは別の覚せい剤輸入事件の共犯者として起訴され,第1審で無罪判決を受けたものの,検察官から控訴されていたものであって,そのような人物から依頼されてマレーシアに渡航して結果的に覚せい剤を持ち込んでいるという本件の経過は,被告人が故意に覚せい剤の輸入に関わったと疑わせる事情であり,被告人がこのような事情を意図的に隠していたことをもって,被告人が故意に覚せい剤の輸入に関与したことを裏付ける方向の事情とみた原判断も,理解できないわけではない。しかし,被告人は,カラミ・ダボットが覚せい剤輸入事件で裁判中であることを知っていたというのであるから,取調官にカラミ・ダボットからの依頼であることを明らかにすることが自己の利益にならないと考えてもおかしくない状況にあり,被告人がカラミ・ダボットからの依頼であることを積極的に明らかにしなかったことは,被告人に違法薬物の認識がなかったとしても,相応の説明ができる事実といえる。なお,この点に関し,被告人は,当時カラミ・ダボットにだまされたとは思っておらず,以前から親しい付き合いのある同人の名前を出すと,同人が覚せい剤輸入事件で不利になると考えたなどと述べている。被告人は,本件チョコレート缶についてはカラミ・ダボットから運搬を依頼されたわけではなく,現地でジミーから受け取っただけであると供述していることなどを踏まえると,被告人のこの説明もカラミ・ダボットからの依頼であることを積極的に述べなかったことの説明として,必ずしも不合理なものとはいい難い。
 上記Cについて,原判決は,被告人が本件チョコレート缶に違法薬物が隠されているのではないかという不安を感じたのに,内容物を確認することもなく,外見から見て安心し,不安が払拭されたというのは不自然不合理であると指摘している。しかし,被告人は本件チョコレート缶を他人への土産として預かったもので,チョコレート缶を自由に開封できる立場ではなかったというのであり,また,被告人は,本件チョコレート缶を受領する際に,違法薬物が混入されているのではないかという一抹の不安を覚えたにすぎず,本件チョコレート缶は税関職員が見ても外見上異常がなかったのであって,本件チョコレート缶について開封した形跡がなかったことから不安が払拭されたとする点が,およそ不自然不合理であるということはできない。
 このように,原判決は,被告人の弁解を排斥できないとした第1審判決について,被告人の弁解が信用できないと判示することによりその不合理性を明らかにしようとしたものとみられるが,その指摘する内容は,被告人の弁解を排斥するのに十分なものとはいい難い。被告人の上記弁解は,被告人が税関検査時に実際に偽造旅券を所持していたことや,その際,偽造旅券は隠そうとしたのに,覚せい剤の入った本件チョコレート缶の検査には直ちに応じているなどの客観的事実関係に一応沿うものであり,その旨を指摘して上記弁解は排斥できないとした第1審判決のような評価も可能である。

(4) 次に,検察官の主張する間接事実に関する原判断についてみると,原判決は,第1審判決が間接事実の評価に関して示した疑問等について検討し,第1審判決の判示は是認できず,間接事実を総合すれば被告人の覚せい剤の認識が認められる旨判示している。
 原判決の上記の判示について検討する。
 原判決は,A被告人が,チョコレートのトレーの下に覚せい剤を隠して一見発見できないように隠匿した本件チョコレート缶を手荷物として持ち込んだことを,被告人の覚せい剤の認識を認定する証拠となり得るとし,この事実を違法薬物の認識を裏付けるものと評価しなかった第1審判決の判示は是認できないとする。手荷物の持ち主は通常は手荷物の中身を知っているはずであると考えられるから,上記のような持込みの態様は被告人の覚せい剤の認識を裏付けるものといい得るが,本件チョコレート缶への覚せい剤の隠匿に被告人が関与したことを示す直接証拠はなく,被告人はチョコレート缶を土産として預かったと弁解しているから,他の証拠関係のいかんによっては,この間接事実は,被告人に違法薬物の認識がなかったとしても説明できる事実といえ,その旨の第1審判決の判断に不合理な点があるとはいえない。
 また,原判決は,B携帯品・別送品申告書に預り物はない旨申告したことや,本件チョコレート缶から発見された白色結晶について問われ「薬かな,麻薬って粉だよね,何だろうね,見た目から覚せい剤じゃねえの。」と答えたことなどの税関検査における被告人の態度を覚せい剤の認識を認める証拠になり得るとし,この事実を違法薬物の認識を裏付けるものと評価しなかった第1審判決の判示は是認できないとする。一般に預り物があるのにその旨を申告しなかった事実は,預り物を隠したいという気持ちがあったことを推測させる事実であるといえるが,被告人は当時本件チョコレート缶だけではなく偽造旅券も預かっていたのであるから,この申告状況は偽造旅券を隠すためのものとも考えられ,その旨の第1審判決の判断が不合理なものとはいえない。また,白色結晶が発見された段階で,その白色結晶が覚せい剤であることを認めるかのような言動をすることは,被告人に覚せい剤の認識があったことを示す方向の事情といい得るものではあるが,被告人はその直前に検査の過程で覚せい剤の写真を見せられていたことも踏まえると,この言動は被告人に覚せい剤の認識がなかったとしても説明できる事実といえ,その旨の第1審判決の判断も不合理なものとはいえない。
 さらに,原判決は,C被告人のマレーシアへの渡航費用について,覚せい剤輸入事件で裁判中のカラミ・ダボットから被告人の口座に振り込まれた資金が使用されていることを被告人の覚せい剤の認識を裏付ける方向の事実と評価している。高額の報酬を約束され,経費も負担してもらって,海外から荷物を日本に運搬することを依頼されたという事実は,違法な物の運搬であることを前提に依頼が行われたことを推認させる方向の事実といえ,その依頼が覚せい剤輸入事件で裁判中の者からの依頼である場合には,覚せい剤に関係する依頼であることを推認させる方向の事情であるともいえる。しかし,本件においては,被告人が偽造旅券の密輸を依頼されたもので覚せい剤の密輸を依頼されていないと供述し,実際に偽造旅券が発見されるなどその弁解に一定の裏付けがあるから,カラミ・ダボットから報酬を約束されるなどして依頼を受けたという事実は,偽造旅券の密輸を依頼されていた旨の被告人の弁解とも両立し得るものである。なお,検察官は,第1,2審において,被告人は,検挙された際に,自分が企図していたのは偽造旅券の密輸であって,缶の中身は知らなかったという弁解をするために偽造旅券を所持していた旨主張していたものであるところ,その可能性は排除されないとしても,被告人は,発覚直後の段階では偽造旅券の運び屋であったなどという弁解を行っておらず,覚せい剤が発見された際弁解するために偽造旅券を所持していたものとも断じ難い。
 そのほかにも,原判決は,D逮捕後にカラミ・ダボットから依頼されていたことを隠そうとして弁解を変遷させた経過や,E被告人が違法薬物が隠されているかもしれないと思ったのに本件チョコレート缶を開封しなかったことなどを,被告人の覚せい剤の認識を裏付ける方向の事実として指摘し,その旨の評価をしなかった第1審判決の判示が不合理である旨判示するが,これらの事実が被告人に違法薬物の認識がなかったとしても説明できる事実であることは既に述べたとおりであり,その旨の第1審判決の判示が不合理であるとはいえない。
 このように,間接事実の評価に関する原判断は,第1審判決の説示が論理則,経験則等に照らして不合理であることを十分に示したものとはいえないのであって,第1審判決のような見方も否定できないというべきである。

5.以上に説示したとおり,原判決は,間接事実が被告人の違法薬物の認識を推認するに足りず,被告人の弁解が排斥できないとして被告人を無罪とした第1審判決について,論理則,経験則等に照らして不合理な点があることを十分に示したものとは評価することができない。そうすると,第1審判決に事実誤認があるとした原判断には刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであって,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
 そして,上記の検討によれば,被告人を無罪とした第1審判決に論理則,経験則等に照らして不合理な点があるとはいえず,第1審判決の事実誤認を主張する検察官の控訴も理由がないことに帰するから,この際,当審において自判するのが相当である。
 よって,刑訴法411条1号により原判決を破棄し,同法413条ただし書,414条,396条により検察官の控訴を棄却する。

【白木勇補足意見】

1.これまで,刑事控訴審の審査の実務は,控訴審が事後審であることを意識しながらも,記録に基づき,事実認定について,あるいは量刑についても,まず自らの心証を形成し,それと第1審判決の認定,量刑を比較し,そこに差異があれば自らの心証に従って第1審判決の認定,量刑を変更する場合が多かったように思われる。これは本来の事後審査とはかなり異なったものであるが,控訴審に対して第1審判決の見直しを求める当事者の意向にも合致するところがあって,定着してきたといえよう。
 この手法は,控訴審が自ら形成した心証を重視するものであり,いきおいピン・ポイントの事実認定,量刑審査を優先する方向になりやすい。もっとも,このような手法を採りつつ,自らの心証とは異なる第1審判決の認定,量刑であっても,ある程度の差異は許容範囲内のものとして是認する柔軟な運用もなかったわけではないが,それが大勢であったとはいい難いように思われる。原審は,その判文に鑑みると,上記のような手法に従って本件の審査を行ったようにも解される。

2.しかし,裁判員制度の施行後は,そのような判断手法は改める必要がある。例えば,裁判員の加わった裁判体が行う量刑について,許容範囲の幅を認めない判断を求めることはそもそも無理を強いることになるであろう。事実認定についても同様であり,裁判員の様々な視点や感覚を反映させた判断となることが予定されている。そこで,裁判員裁判においては,ある程度の幅を持った認定,量刑が許容されるべきことになるのであり,そのことの了解なしには裁判員制度は成り立たないのではなかろうか。裁判員制度の下では,控訴審は,裁判員の加わった第1審の判断をできる限り尊重すべきであるといわれるのは,このような理由からでもあると思われる。
 本判決が,控訴審の事後審性を重視し,控訴審の事実誤認の審査については,第1審判決が行った証拠の信用性評価や証拠の総合判断が論理則,経験則等に照らして不合理といえるかという観点から行うべきものであるとしているところは誠にそのとおりであるが,私は,第1審の判断が,論理則,経験則等に照らして不合理なものでない限り,許容範囲内のものと考える姿勢を持つことが重要であることを指摘しておきたい。

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