最新最高裁判例

最高裁判所第三小法廷決定平成24年02月08日

【事案】

1.本件の事実関係は次のとおりである。

(1) 被告人両名の地位,職責

 三菱自動車工業株式会社(以下「三菱自工」という。)の品質保証部門は,同社内で,市場品質の対応処置に関する事項等を担当する部署であり,その具体的職務内容は,販売会社等から寄せられる所定の様式の連絡文書に記載された自社製の乗用車やトラック,バスに関する品質情報を解析した上,その不具合部位及び不具合内容等により「重要度区分」や「処理区分」等を定めて担当部門に伝達し,対策又は改善を指示するほか,不具合情報の重要度に応じて,リコール等の改善に係る措置を行うべき場合に該当するか否かの判断を行うクレーム対策会議やリコール検討会(以下,併せて「関係会議」という。)を開催し,そのとりまとめ結果をリコール等の実施の要否の最終決定権者に報告するというものであった。
 被告人Xは,後記(4)の中国JRバス事故当時,品質保証部門の部長の地位にあり,三菱自工が製造した自動車の品質保証業務を統括する業務に従事し,同社製自動車の構造,装置又は性能が道路運送車両法上要求される技術基準である「道路運送車両の保安基準」に適合しないおそれがあるなど安全性に関わる重要な不具合が生じた場合には関係会議を主宰するなど,品質保証部門の責任者であった。
 被告人Yは,中国JRバス事故当時,三菱自工の品質保証部門のバスのボデー・シャシーを担当するグループ長の地位にあり,被告人Xを補佐し,品質保証業務に従事していた。

(2) 三菱自工におけるハブの開発経緯

 フロントホイールハブ(以下「ハブ」という。)は,トラック・バス等の大型車両の共用部品であり,前輪のタイヤホイール等と車軸とを結合するための部品であって,道路運送車両法41条2号にいう走行装置に該当し,同条に規定する運輸省令が定める技術基準である道路運送車両の保安基準9条1項により,「堅ろうで,安全な運行を確保できるものでなければならない。」とされていた。ハブは,自動車会社関係者や運輸事業関係者等の間では,車両使用者が当該車両を廃車にするまで破損しないという意味で,「一生もの」と呼び習わされてきており,破損することが基本的に想定されていない重要保安部品であって,車検等の点検対象項目にはされていなかった。
 三菱自工では,ハブは,トラック・バスの共用部品として設計,開発,製造されていて,後記(5)の本件瀬谷事故当時においては,開発された年代順にA,B,C,D,D’,E,Fの通称を付された7種類のものがあり,いずれのハブについても,フランジ部(鍔部)に亀裂が入り,これが進展して輪切り状に破損した場合(以下「輪切り破損」という。)には,前輪タイヤがタイヤホイールやブレーキドラムごと脱落する構造になっていた。三菱自工の平成2年6月施行の社内規定には,ハブ一般につき強度耐久性の評価試験方法として実走行実働応力試験が定められていたが,同規定の施行前に開発されたAハブからCハブだけでなく,同規定の施行後に開発されたDハブについても,開発当時にこの実走行実働応力試験が実施されておらず,その強度は,客観的データに基づいて確かめられてはいなかった。

(3) ハブの輪切り破損事故の発生とその処理状況

 平成4年6月21日,高知山秀急送有限会社が使用していた三菱自工製のトラックの左前輪のハブ(Bハブ)が走行中に輪切り破損し,左前輪タイヤがタイヤホイール,ブレーキドラムごと脱落するという事故(以下「山秀事故」という。)が発生した。当時,品質保証部門においてトラックのシャシーを担当するグループ長であった被告人Yが同事故を担当し,その処理についての重要度区分を最重要のS1(安全特別情報)と分類した。三菱自工では,かねてから,リコール等の正式な改善措置を回避するなどの目的で,品質保証部門の判断により,品質情報を運輸省による検査等の際に開示する「オープン情報」と秘匿する「秘匿情報」とに分け,二重管理する取扱いをしていたが,被告人Yは,山秀事故に関する事故情報を秘匿情報の扱いとした。この事故については,その後クレーム対策会議が開催され,並行してハブの強度に関する調査も行われたが,事故後1年が経過するに至り,ハブの輪切り破損の原因について結論を出さないまま同会議が終了となり,事後処理の過程で,事故車両の使用者に対する説明が求められたため,ハブの輪切り破損の原因はハブの摩耗にあり,摩耗の原因は使用者側の整備不良等にあるとする設計開発部門が唱えた一つの仮説(以下「摩耗原因説」という。)に従って社内処理がされ,リコール等の改善措置は実施されなかった。
 その後も,後記(4)の中国JRバス事故に至るまでの間に,三菱自工製のトラックのハブの輪切り破損事故が14件発生した。そのうちの7件は,平成5年3月頃から三菱自工製のトラック等に装備され始めたDハブに関するものであった。これら後続事故の中には,事故後に当該ハブが廃却されているためにその摩耗量が確認できないものや,平成6年6月21日に発生した2件目のハブの輪切り破損事故事案(金八運送有限会社が使用していた三菱自工製のトラックの右前輪のハブ(Aハブ)が走行中に輪切り破損したもの。以下「金八事故」という。)のように,報告されているハブの摩耗量が「0.05〜0.10o」にすぎない事例もあったにもかかわらず,いずれの事故についても関係会議の開催やハブの強度に関する調査が行われないまま従前どおり摩耗原因説に従った社内処理がされ,リコール等の改善措置は実施されず,事故関連の情報も秘匿情報として取り扱われた。

(4) 中国JRバス事故の発生(16件目のハブの輪切り破損事故)とその処理状況

 平成11年6月27日,広島県内の高速道路上を乗客を乗せて走行していた中国ジェイアールバス株式会社の三菱自工製バスに装備された右前輪のハブ(Dハブ)が走行中に輪切り破損して,右前輪タイヤがタイヤホイール及びブレーキドラムごと脱落し,車体が大きく右に傾き,車体の一部が路面と接触したまま,何とか運転手が制御してバスを停止させたという事故(以下「中国JRバス事故」という。)が発生した。三菱自工は,同月28日頃,同事故につき,リコール等の改善措置の勧告等に関する権限を有する当時の運輸省の担当官から事故原因の調査・報告を求められた。被告人Yは,中国JRバス事故を担当し,事故情報を秘匿情報とした上,重要度区分を最重要のS1と分類し,グループ長らによる会議を開催して対応を検討するなどした。
 被告人Yは,過去に山秀事故及び金八事故を自ら担当し,その詳細を承知していたほか,三菱自工製トラックにつき,その後もハブの輪切り破損事故が続発していたことについても,同会議の際に報告を受け,認識していた。しかし,同被告人は,中国JRバス事故も発生原因につき突き詰めた調査を行わずに摩耗原因説に従った処理をすることとし,関係会議の開催などの進言を被告人Xに対して行うなどはせず,さらに,同年9月中旬頃,他に同種不具合の発生はなく多発性はないので処置は不要と判断するなどという内容を盛り込んだ運輸省担当官宛ての報告書を作成し,被告人Xに対する説明を行った上で同被告人の了解を得て同担当官に提出し,以後も,Dハブを装備した車両についてリコール等の改善措置を実施するための措置を何ら講じなかった。
 被告人Xは,中国JRバス事故が発生した直後,被告人Yから同事故の概要の報告を受けるとともに,過去にも三菱自工製トラックのハブの輪切り破損事故が発生していたことなどを告げられた。しかし,被告人Xは,被告人Yらから更に具体的な報告を徴したり,具体的な指示を出したりすることはせず,被告人Yからの説明を受けた上で上記運輸省担当官宛ての報告書についてもそのまま提出することを了承するなどし,Dハブを装備した車両についてリコール等の改善措置を実施するための措置を何ら講ずることはなかった。

(5) 本件瀬谷事故(40件目のハブの輪切り破損事故)の発生状況

 平成14年1月10日午後3時45分頃,横浜市瀬谷区内の片側2車線の道路の第2車線を時速約50qで走行中の三菱自工製大型トラクタの左前輪に装備されていたハブ(Dハブ)が輪切り破損し,左前輪がタイヤホイール及びブレーキドラムごと脱落し,脱落した左前輪が,左前方の歩道上にいた当時29歳の女性に背後から激突し,同女を路上に転倒させ,頭蓋底骨折等により死亡させるとともに,一緒にいた児童2名もその衝撃で路上に転倒させ,各全治約7日間の傷害を負わせるという事故(以下「本件瀬谷事故」という。)が発生した。なお,中国JRバス事故後,本件瀬谷事故に至るまでの間にも,三菱自工製のトラック又はバスのハブの輪切り破損事故が続発しており,本件瀬谷事故は,山秀事故から数えて40件目,Dハブに関するものとしては19件目の輪切り破損事故であった。

2.原判決は,以上の事実関係を前提に,中国JRバス事故事案の処理の時点でDハブの強度不足を疑うに足りる客観的状況にあったことが優に認定できるとした上で,被告人両名においても,その時点で,リコール等の改善措置をすることなくDハブを装備した車両の運行を放置すれば,輪切り破損事故が発生して人身被害が生じるかも知れないことは十分に予測し得たとして予見可能性を認め,また,その時点でDハブの強度不足の疑いによりリコールをしておけば,Dハブの輪切り破損による本件瀬谷事故は確実に発生していなかったのであって,本件瀬谷事故の原因が摩耗による輪切り破損であると仮定しても事故発生を防止できたとして結果回避可能性を認め,被告人両名にその注意義務を課することは何ら過度の要求ではないとして結果回避義務を認め,因果関係も肯定し,被告人両名の過失責任を認めた第1審判決を是認した。

【判旨】

 所論は,@中国JRバス事故事案の処理当時,被告人両名がDハブの強度不足を疑うことは不可能であり,予見可能性は認められない,A被告人両名の実際の権限等に照らすと,被告人両名には,Dハブをリコールすべきであるという業務上過失致死傷罪上の義務が課されていたとはいえない,B本件瀬谷事故車両の使用状況等に照らすと,DハブをリコールしてFハブを装備したところで本件瀬谷事故を回避できたとはいえないし,三菱自工製のハブに強度不足があることまでの立証がされておらず,本件瀬谷事故を発生させた事故車両のハブの輪切り破損原因も解明されていない以上,被告人両名の不作為と本件瀬谷事故結果との間の因果関係も存在しない旨主張する。

1.そこで,まず,所論@の予見可能性の点についてみると,事案1(2)のとおり,三菱自工製ハブの開発に当たり客観的なデータに基づき強度が確かめられていなかったこと,ハブは破損することが基本的に想定されていない重要保安部品であって,走行中にハブが輪切り破損するという事故が発生すること自体が想定外のことであるところ,事案1(3)(4)のとおり,そのような事故が,山秀事故以降,中国JRバス事故事案の処理の時点で,同事故も含めると7年余りの間に実に16件(うち,Dハブについては8件)という少なくない件数発生していたこと,三菱自工の社内では,中国JRバス事故よりも前の事故の情報を人身事故の発生につながるおそれがある重要情報と分類しつつ,当時の運輸省に知られないように秘匿情報の扱いとし続けていたことが認められ,これらの事情に照らすと,中国JRバス事故事案の処理の時点において,同社製ハブの強度不足のおそれが客観的に認められる状況にあったことは明らかである。
 そして,被告人Yは,品質保証部門のグループ長として,中国JRバス事故事案を直接担当し,同事故の内容等を詳しく承知し,過去にも山秀事故及び金八事故という2件のハブの輪切り破損事故を担当し,その後も同様の事故が続発していたことの報告を受けていたのであるから,中国JRバス事故事案の処理の時点で,上記事情から,三菱自工製のハブに強度不足のおそれがあることを十分認識していたと認められるし,中国JRバス事故を含む過去のハブ輪切り破損事故の事故態様の危険性等も踏まえれば,リコール等の改善措置を講じることなく強度不足のおそれがあるDハブを装備した車両の運行を放置すればDハブの輪切り破損により人身事故を発生させることがあることを容易に予測し得たといえる。
 被告人Xも,品質保証部門の部長として,中国JRバス事故事案の処理の時点で,被告人Yから報告を受けて,同事故の内容のほか,過去にも同種の輪切り破損事故が相当数発生していたことを認識していたと認められる。被告人Xとしては,その経歴及び立場からみて,中国JRバス事故事案の処理の時点で,同事故の態様の危険性等に照らし,リコール等の改善措置を講じることなく強度不足のおそれがあるDハブを装備した車両の運行を放置すれば,その後にDハブの輪切り破損により人身事故を発生させることがあることは十分予測し得たと認められる。
 所論は,中国JRバス事故については,輪切り破損したDハブに最大1.46oという異常摩耗が認められ,それが原因であると判断されていたから,中国JRバス事故事案の処理の時点で,被告人両名においてDハブの強度不足を疑うことは不可能であったという。しかし,当時既にハブの輪切り破損事故が続発するなどしていたことは上記のとおりであって,中国JRバス事故車両について所論の程度の異常摩耗が認められたからといって,当時,Dハブに強度不足のおそれが客観的に認められず,あるいは,被告人両名がこれを認識し得なかったとの結論になるものではない。
 なお,三菱自工社内では,本件瀬谷事故までの間,ハブの輪切り破損事故の処理に当たって,ハブの輪切り破損の原因は摩耗にあり,摩耗の原因は使用者側の整備不良等にあるとする摩耗原因説を採用し続けていたが,この摩耗原因説は,事案1(3)のとおり,もともと1件目の輪切り破損事故である山秀事故事案の処理の過程で,1年間にわたる調査にもかかわらず輪切り破損の原因が明らかにならず,事故車両の使用者に対する説明が求められたことから,設計開発部門が提唱した一つの仮説にすぎない。内容面でも,摩耗の原因としては種々のものが考えられるにもかかわらず,整備不良や過酷な使用条件といった使用者側の責めに帰すべき問題のみを取り上げて摩耗の原因とみなしている点は,根拠に乏しいものであったといえる。また,ハブの摩耗量が「0.05〜0.10o」と報告されている金八事故のように,ハブの摩耗量が激しくない場合でも輪切り破損が生じた例もあったと認められる。これらの点を踏まえると,摩耗原因説は,Dハブの輪切り破損の原因が専ら整備不良等の使用者側の問題にあったといえるほどに合理性,説得性がある見解とはいえず,これをもってDハブの強度不足のおそれを否定するものとはいえない。記録中には,Dハブの設計強度が社団法人自動車技術会の設計基準を満たしているとする検証結果もあるが,中国JRバス事故事案の処理の時点で,Dハブについても同事故を含めると既に8件の輪切り破損事故が発生していたこと等に照らすと,そのような検証結果があることから直ちにDハブの強度不足のおそれが否定されることになるものでもない。

2.次に,所論Aの結果回避義務の点についてみると,中国JRバス事故事案の処理の時点における三菱自工製ハブの強度不足のおそれの強さや,予測される事故の重大性,多発性に加え,その当時,三菱自工が,同社製のハブの輪切り破損事故の情報を秘匿情報として取り扱い,事故関係の情報を一手に把握していたことをも踏まえると,三菱自工でリコール等の改善措置に関する業務を担当する者においては,リコール制度に関する道路運送車両法の関係規定に照らし,Dハブを装備した車両につきリコール等の改善措置の実施のために必要な措置を採ることが要請されていたにとどまらず,刑事法上も,そのような措置を採り,強度不足に起因するDハブの輪切り破損事故の更なる発生を防止すべき注意義務があったと解される。そして,被告人Yについては,その地位や職責,権限等に照らし,関係部門に徹底した原因調査を行わせ,三菱自工製ハブに強度不足のおそれが残る以上は,被告人Xにその旨報告して,関係会議を開催するなどしてリコール等の改善措置を執り行う手続を進めるよう進言し,また,運輸省担当官の求めに対しては,調査の結果を正確に報告するよう取り計らうなどして,リコール等の改善措置の実施のために必要な措置を採り,強度不足に起因するDハブの輪切り破損事故が更に発生することを防止すべき業務上の注意義務があったといえる。また,被告人Xについても,その地位や職責,権限等に照らし,被告人Yから更に具体的な報告を徴するなどして,三菱自工製ハブに強度不足のおそれがあることを把握して,同被告人らに対し,徹底した原因調査を行わせるべく指示し,同社製ハブに強度不足のおそれが残る以上は,関係会議を開催するなどしてリコール等の改善措置を実施するための社内手続を進める一方,運輸省担当官の求めに対しては,調査の結果を正確に報告するなどして,リコール等の改善措置の実施のために必要な措置を採り,強度不足に起因するDハブの輪切り破損事故が更に発生することを防止すべき業務上の注意義務があったというべきである。
 所論は,当時の三菱自工内における品質保証部門と設計開発部門との力関係やリコール制度の実態等からすれば,被告人両名がDハブにつきリコール等の改善措置の実施のために必要な措置を採ることはできなかったというが,被告人両名の地位,権限や,中国JRバス事故当時,三菱自工が自社製品につきリコール等の改善措置を実施した例が少なからずあったことなどに照らすと,被告人両名において,上記義務を履行することができなかったとは到底いえない。

3.その上で,所論Bの結果回避可能性,因果関係の点について検討すると,原判決は,「一般に強度不足がDハブ輪切り破損事故の原因であると断定するだけの客観的なデータがなく,さらに,本件瀬谷事故の原因がDハブの強度不足であると断定できるだけの証拠もない」という証拠評価を前提に,三菱自工のDハブには強度不足の欠陥が存在していたと十分推認できるとした第1審判決の事実認定を「原判決の手法によるDハブ強度不足原因論は,その目的に照らしていささか過大な認定である」とする一方,「Dハブの強度不足の疑いによりリコールをしておけば,Dハブの輪切り破損による本件瀬谷事故は確実に発生していなかったのであり,本件瀬谷事故の原因が摩耗による輪切り破損であると仮定しても,事故発生を防止できたのであるから,リコールしなかったことの過失を認めることができる」として結果回避可能性を肯定し,被告人両名の過失を認めている。そして,「本件瀬谷事故は,リコール等の改善措置を講じることなく,強度不足の疑いのあるDハブを放置したことにより発生した輪切り破損の事故であって,放置しなければ事故は防止できたといえるのであるから,仮に摩耗が認められ,これに関連する車両の利用状況があったとしても,それは問題とはならないし,因果関係に影響を与えるともいえない」などとして,Dハブに強度不足のおそれがあると認めただけで,本件瀬谷事故がDハブの強度不足に起因するものであるかどうかまでは明らかにしないまま,被告人両名の過失と本件瀬谷事故との間の因果関係をも肯定し,本件瀬谷事故の結果を被告人両名に帰責できるとしている。
 確かに,原判決が指摘するとおり,Dハブの対策品として開発されたFハブは,Dハブの強度を増大したものであって,Fハブによる輪切り破損事故の発生が,Fハブが装備された平成8年6月以降平成18年10月までに1件生じているのみであることからすれば,中国JRバス事故事案の処理の時点において,被告人両名が上記注意義務を尽くすことによってDハブにつきリコールを実施するなどの改善措置が講じられ,Fハブが装備されるなどしていれば,本件瀬谷事故車両につき,ハブの輪切り破損事故それ自体を防ぐことができたか,あるいは,輪切り破損事故が起こったとしても,その時期は本件瀬谷事故とは異なるものになったといえ,結果回避可能性自体は肯定し得る。
 しかし,被告人両名に課される注意義務は,前記のとおり,あくまで強度不足に起因するDハブの輪切り破損事故が更に発生することを防止すべき業務上の注意義務である。Dハブに強度不足があったとはいえず,本件瀬谷事故がDハブの強度不足に起因するとは認められないというのであれば,本件瀬谷事故は,被告人両名の上記義務違反に基づく危険が現実化したものとはいえないから,被告人両名の上記義務違反と本件瀬谷事故との間の因果関係を認めることはできない。そうすると,この点に関する原判決の説示は相当でない。
 もっとも,1,2審判決及び記録によれば,本件では,中国JRバス事故事案の処理の時点で存在した事案1(2)(3)(4)の事情に加え,@重要保安部品として破損することが基本的に想定されていない部品であるハブが,本件瀬谷事故も含めると10年弱の間に40件(Dハブに限れば,6年弱の間に19件)も輪切り破損しており,その中にはハブの摩耗の程度が激しいとはいえない事故事例も含まれていたこと,A本件瀬谷事故後に行われたDハブの強度に関する実走行実働応力試験においては,半径15mの定常円を時速25qで走行した場合に平均値で633.2MPa,ほぼ直角の交差点を旋回したときには平均値で720.5MPaと,Dハブの疲労限応力である432MPaを大きく超過した応力が測定されており,これは強度不足の欠陥があることを推認させる実験結果といえること,B三菱自工のトラック・バス部門が分社化した三菱ふそうトラック・バス株式会社は,平成16年3月24日,一連のハブ輪切り破損事故の内容やその検証結果を踏まえ,Dハブ等を装備した車両につき強度不足を理由として国土交通大臣にリコールを届け出ているが,そのリコール届出書には,「不具合状態にあると認める構造,装置又は性能の状況及び原因」欄に「フロントハブの強度が不足しているため,旋回頻度の高い走行を繰り返した場合などに,ハブのフランジ部の付け根付近に亀裂が発生するものがある。また,整備状況,積載条件などの要因が重なると,この亀裂の発生が早まる可能性がある。このため,そのままの状態で使用を続けると亀裂が進行し,最悪の場合,当該部分が破断して車輪が脱落するおそれがある。」と記載し,Dハブに強度不足があったことを自認していたことが認められる。また,一連のハブ輪切り破損事故の処理に当たって三菱自工社内で採用され続けた摩耗原因説も,Dハブの輪切り破損の原因が専ら整備不良等の使用者側の問題にあったといえるほどに合理性,説得性がある見解とはいえないことは前記1のとおりである。
 他方,本件瀬谷事故車両についてみても,本件瀬谷事故車両の整備,使用等の状況につき,締付けトルクの管理の欠如や過積載など適切とはいえない問題があったことは否定し難いが,車両の製造者がその設計,製造をするに当たり通常想定すべき市場の実態として考えられる程度を超えた異常,悪質な整備,使用等の状況があったとまではいえないとする第1審判決の認定は,記録によっても是認できるものである。
 これらの事情を総合すれば,Dハブには,設計又は製作の過程で強度不足の欠陥があったと認定でき,本件瀬谷事故も,本件事故車両の使用者側の問題のみによって発生したものではなく,Dハブの強度不足に起因して生じたものと認めることができる。そうすると,本件瀬谷事故は,Dハブを装備した車両についてリコール等の改善措置の実施のために必要な措置を採らなかった被告人両名の上記義務違反に基づく危険が現実化したものといえるから,両者の間に因果関係を認めることができる。

4.以上のとおり,三菱自工製ハブの開発に当たり客観的な強度が確かめられていなかったことや,ハブの輪切り破損事故が続発していたこと,他の現実的な原因も考え難いことなどから,中国JRバス事故事案の処理の時点で,Dハブには強度不足があり,かつ,その強度不足により本件瀬谷事故のような人身事故が生ずるおそれがあったのであり,そのおそれを予見することは被告人両名にとって十分可能であったと認められる。予測される事故の重大性,多発性,三菱自工が事故関係の情報を一手に把握していたことなども考慮すれば,同社の品質保証部門の部長又は担当グループ長の地位にあり品質保証業務を担当していた被告人両名には,その時点において,Dハブを装備した車両につきリコール等の改善措置の実施のために必要な措置を採り,強度不足に起因するDハブの輪切り破損事故が更に発生することを防止すべき業務上の注意義務があったというべきである。これを怠り,Dハブを装備した車両につき上記措置を何ら行わずにその運行を漫然放置した被告人両名には上記業務上の注意義務に違反した過失があり,その結果,Dハブの強度不足に起因して本件瀬谷事故を生じさせたと認められるから,被告人両名につき業務上過失致死傷罪が成立する。同罪の成立を認めた原判断は,結論において正当である。

【田原睦夫反対意見】

 私は,本件は一般に広く用いられている工業技術にかかる製品の瑕疵の有無及びその瑕疵に関する関係者の予見可能性の有無が基本的な論点となっている事件であり,その審理に当たっては科学技術的な観点からの十分な立証がなされるべきものであるにかかわらず,本件記録を検討する限り科学技術的な検証は極めて不十分であると言わざるをえず,かかる不十分な証拠関係の下に「Dハブには,設計又は製作の過程で強度不足の欠陥があったと認定でき(る)」とする多数意見には到底与することができない。
 そして,本件Dハブの強度不足が認定できない場合には,被告人らにリコール等の措置を採るべき義務は生じないのであるから,被告人らの過失が問われることもあり得ないものである。
 しかし,本件の結果の重大性及び技術開発にかかる問題点の重要性からすれば,本件は,本件瀬谷事故から約10年,被告人らの責任を問う上で基礎とされている中国JRバス事故から12年余を経ているとはいえ,一審に差し戻して,リコール等の改善措置が求められるDハブの設計又は製作の過程に由来する強度不足の有無について,更に審理を尽くさせるべきものであると思料する。そして,仮に上記強度不足が認められる場合においても,新たな審理の結果を踏まえて,中国JRバス事故に関する調査終了後の時点において,被告人らがかかる事実を認識できたか否かという過失の有無について更に審理を尽くさせるべきものであると思料する。
 また,後に検討するとおり,本件瀬谷事故車輌はその運行者により改造が加えられた上,過酷な条件の下で供用されていたことが窺えるのであって,それらの事実と本件瀬谷事故との因果関係の有無についても更に審理が尽くされるべきものである。
 なお,仮に差戻審における審理の結果,Dハブにはリコール等の改善措置を採るまでの強度不足は認められないものの,三菱自工において本件瀬谷事故が生じることを回避することができる別途の措置を採ることが可能であったと認められる場合には,本件結果の重大性に鑑み,訴因変更の可否を含めて,被告人らの責任の有無が検討されて然るべきであると考える。
 以下,分説する。

第1.ハブの強度について

 多数意見は,「Dハブには,設計又は製作の過程で強度不足の欠陥があったと認定でき(る)」とするが,その意味するところは,当時の運輸省の定めていたリコール届出の要件たる「その構造,装置又は性能が保安基準に適合しなくなるおそれがある状態又は適合していない状態(以下「基準不適合状態」という。)にあり,かつ,その原因が設計又は製作の過程にある」と認められる,とするものと解される。そこで以下では,本件記録上,三菱自工の中国JRバス事故に関する調査終了時点において,Dハブが基準不適合状態にあったと認められるか否かについて検討する。

1.基準不適合状態の意義について

(1) リコール届出に関する通達について

 中国JRバス事故当時の運輸省自動車交通局長の依命通達「リコールの届出等に関する取扱要領について」(自審第1255号の2平成10年11月12日)によれば,自動車製作者等が,その製作等する自動車について,その構造,装置又は性能が保安基準に適合しなくなるおそれがある状態又は適合していない状態にあり,かつ,その原因が設計又は製作の過程にあると認めたときは,運輸大臣に対して,速やかにリコールの届出を行うものとする,と定められていた。同通達によれば,当然のことながら,基準不適合状態の原因が「設計又は製作の過程」でない場合には,リコールの対象とはならないのであるが,同通達では,その例として,@法に定める点検整備その他適切な点検整備が実施されていなかったことが原因と認められる基準不適合状態,A通常想定される使用の限度又は耐用期間を超えて使用されたことが原因と認められる基準不適合状態,B当該自動車製作者等が関与しない改造が行われたことが原因と認められる基準不適合状態,等があげられている。
 そのうち,Bは個別の事例において検討されるべき事項であるが,@,AはDハブが基準不適合状態にあったか否かを検討するうえでの一般的な基準となり得るものであるから,以下に項を分けて検討する。

(2) ハブの点検整備について

 多数意見及び多数意見が是認する第一審判決は,ハブが「車検等の点検対象項目にはされていなかった」と認定しているが,日常の点検整備として如何なることが求められていたかについて何等認定していない。
 上記のとおり,法定点検整備その他適切な点検整備が実施されていなかったことが原因と認められる基準不適合状態はリコール届出の対象外とされている以上,Dハブがリコール届出の対象となる基準不適合状態であると認定するに当たっては,ハブに対する適切な保守点検の有無にかかわらず,その結果が生じたものであることが認定されなければならないものというべきである。
 殊に,本件においては,三菱自工は山秀事故の調査の結論として,「ホイールナット締付けが確実で,締結力が低下しない限り,不具合は発生しないと判断する」とし,また中国JRバス事故では,その調査の結果,ホイールナットの締付け不良(過大トルク締付け,過小トルク締付け等)により当該事故が生じたと結論付けていることからすれば,Dハブの基準不適合状態はかかる保守点検の適否とは関係なく生じたものであることが積極的に認定される必要があると言える。
 ところが,本件では,記録上,中国JRバス事故当時にハブに関係する法定点検項目として如何なるものがあったかは必ずしも明らかではなく,また記録上,ハブの適切な保守のためには,ハブを固定するホイールナットを適正なトルクで締付けること(過大締付け又は過小締付けをしないこと)が不可欠であることを指摘する証拠資料が相当数存し,山秀事故にかかる報告書の一部に,三菱自工の製造,販売する自動車の取扱い説明書の「ホイールナット締付時注意事項」と記載されているものの抜粋部分が見られるものの,中国JRバス事故までの間に,ハブが装着されたトラックやバスの販売時に買主に交付されていた「取扱い説明書」は証拠として提出されていない。また,三菱自工が,ユーザーや自動車整備業者に対して,ハブの取扱いに関して一般的にどのような資料を配布し,どのような指導をしていたかについての証拠も全く提出されていない。
 三菱自工においては,上記のとおり,山秀事故や中国JRバス事故は,ハブを固定するホイールナットの締付け不良という整備不良により生じたものであるとしていたのであり(なお,リコール届出の点は後述する),また,被告人らにおいて各事故の原因がハブの整備不良によるものであると主張している以上,中国JRバス事故当時において,ハブに関係する法定点検項目として如何なるものがあったか,また,ユーザーに求められていたハブ周りの保守点検の内容が如何なるものであったかについて,事実審として審理をし,認定することは不可欠であると思慮されるところ,かかる審理を尽くしてない事実審は,審理不尽の謗りを受けても已むを得ないと言えよう。

(3) 通常想定される使用の限度又は耐用期間について

 多数意見及び多数意見が是認する第一審判決は,ハブについて通常想定される使用の限度又は耐用期間について具体的な認定を何らしていない。
 被告人らにおいて,中国JRバス事故以前に生じたハブの破断事故は,(2)に述べた点検整備の不良と,使用者が通常想定される使用の限度又は耐用期間を超えた過酷な条件の下で使用したことによって発生したものであると主張しているのであるから,後者の主張を否定するには,ハブにおいて通常想定される使用の限度(例えば,トラックの場合であれば,道路運送車両法が定める法定積載量の何割増までの積載を想定するのか等)や耐用期間(税法上の法定償却期間を超えてどの程度の期間を想定するのか等。なお「寿命」の点については項を分けて後に検討する。)について具体的に認定したうえで,被告人らの主張する過酷条件での使用が成立しないことを認定すべきものである。
 ところが,本件の事実審は,通常想定される使用の限度又は耐用期間について,具体的な認定を全く行うことなく,被告人らの主張する中国JRバス事故までの破断事故が過酷条件の下で発生したとの主張について,各事故が過酷条件の下で発生したか否かを何ら個別に検討することなく被告人らの主張を排斥しており,審理不尽であると言わざるを得ない。

2.ハブの開発経緯について

(1) 本件瀬谷事故当時から現在も用いられているのと同様の形態のハブを装着した車輌は,三菱自工では昭和23〜5年頃から製造を開始した。本件のDハブに先立つAハブは昭和58年6月頃から車輌に装備されるようになったが,如何なる経緯でその開発がなされたかは本件記録上明らかではない。本件記録上,Bハブはロックナット保護(脱輪対策)を目的として開発されて昭和62年11月頃から発売の車輌に装備され,Cハブは制動時キャブ振動低減(フランジ付け根部剛性増大)を目的として開発されて平成元年12月頃発売の車輌に装備された。Dハブは後に述べるCハブ亀裂不具合発生を受けて強度増大を目的として開発されたものであり,平成5年3月頃から発売の車輌に装備された。その後,強度余裕増大,剛性増大(ホイールとの当り面のフレチィング防止−ボルト折損対策)を目的としてEハブが開発されて平成7年7月頃から発売の車輌に装備され,更に強度余裕増大を目的としてFハブが開発され平成8年6月頃から発売の車輌に装備されるに至っている。

(2) 一般に,機械を新規に開発するに当たっては,その設計段階において部品毎に機械使用時に想定される負荷を算定し,それに一定の安全率を乗じて必要とされる強度を算定し,それを踏まえて各部材の材質等を決定するのであり,その上で試作品を製作のうえ通常の使用時に想定される以上の負荷を掛ける実験をしてその安全性を確認し,その結果を踏まえて商品として正式に生産・販売されるに至るものである。なお,機械として販売されている部品の一部について改良が加えられる場合に,その改良が設計上安全性を強化するものであり,安全性が低下する可能性が想定されない場合には,新規開発時に行われるような実験が省略されることは珍しいことではない。

(3) 三菱自工は,ハブの開発に当たっては,一般に機械の開発に当たってなされるのと同様に,設計に際し,想定される負荷を算定しそれに安全率を乗じたうえで必要とされる強度を算定し,またハブに想定される耐用期間中にその強度を十分に保持し得る材質等についても一定の基準を設けたうえで,個々のハブを開発したものと推定される。
 ところが,本件においては,それらの設計基準等にかかる資料や,個々のハブの開発それ自体の経緯やその開発において想定されていた負荷の内容等に関する直接の証拠は全く提出されていない。

(4) 本件記録上,後述のとおりDハブが社団法人自動車技術会(以下「自技会」という。)の定める設計基準を満足していることが確認されているが,公表されている資料によれば,自技会は昭和22年に設立された「自動車に係わる科学技術の進歩発達を図り,もって学術文化の振興及び産業経済の発展並びに国民生活の向上に寄与する」ことを目的として設立された既存の自動車関係メーカー及びその社員や関連業者等の関係者を会員とする会員数万人規模の社団法人であり,自動車に関する各種基準の作成の関係では,国際標準化機構(ISO)の自動車専門委員会の国内審議団体として活動するほか,昭和36年に自動車規格8件を制定したのを嚆矢としてこれまでに自動車に関する標準となるべき各種の基準を定めている。
 自技会が,ハブに関連する設計基準を何時制定したかは記録上明らかではないが,自技会の我が国の自動車産業界における位置づけからして,三菱自工が,ハブの開発に当たり,自技会の定めた設計基準(それは,我が国の自動車関係メーカーにとって,最低限クリアーすべき設計基準を意味するものと言えよう。)を超える設計基準をもって設計していたものと推認できるのである。しかし,自技会の定めた基準自体,本件で証拠として提出されておらず,また,同基準と三菱自工にて開発した基準との関連について原審までに検討された形跡は全く存しない(本件記録上,かかる重要な基準について検察官が検討を加えた形跡は全く窺えず,また,一審,原審で検討の対象にならなかったことは,ある意味で信じ難いことである。公表資料によれば,自技会の会員は平成22年4月現在で個人会員が約4万3千人,正会員のうち54%が自動車関連の会員であるというのである。被告人らが同会の会員であるならば当然に自技会の定めた基準を論点の一つとして主張していたのであろうと想定されるにもかかわらず,それが本件において論点になっていなかったということは,被告人らが技術上の問題点について学問的な関心を有していないことを推認させるものである。)。

(5) ホイールハブ強度試験方法について

 多数意見及びそれが是認する第一審判決は,A〜Dハブの開発に当たり,三菱自工の社内規定である「ホイールハブ強度試験方法」(平成2年施行)(以下「平成2年標準」という。)(一審甲92号証)により定められた,実車に装備されたハブの応力を計測する実走行実働応力試験が実施されていないことを,ハブの強度の安全性にかかわる重要な事実として位置づけている。
 しかし,それに関連する証拠を検討するに,平成2年標準は,ハブの開発に当たって実施することを想定して制定されたものではなく,その解説(一審甲92号証資料1の7枚目)によれば,「今後のVA,重量軽減を達成するために本試験標準を制定することになった」というのであるから,同標準は,ハブのより軽量化を図るうえでの試験方法を定めたものと解されるのであり,DハブはCハブの不具合に対応するべく,「フランジ部肉増し」(重量が増加する)をして強度増大を図ったものであるから,平成2年標準の適用対象ではなく,同試験を実施しなかったことが開発に当たっての強度に関する安全性の軽視とは何等結びつかないと認められるのである。
 なお,三菱自工では,本件瀬谷事故後に,「ホイールハブ強度試験方法」を全面的に改訂し(平成17年3月制定)(以下「平成17年標準」という。)(一審弁2号証),適用範囲や強度要件等を明確にした。平成17年標準に定められた適用範囲は以下のとおりである。

 「トラック・バス全機種に装着するすべてのフロント・リアのホイールハブで,以下に該当するもの。

 @ 新規形状・材質の場合

 A 既存形状・材質であっても装着車種展開追加,評価軸重増大,使用タイヤ径増大など,ハブに作用する負荷が増大する場合

 B 既存形状に類似した形状変更で,ホイール組付けの影響,走行時変動入力の影響を受ける部位を変更した場合」

 CハブからDハブへの変更は,既存の形状に類した形状の変更にすぎない。材質は変更されているので一応上記@の基準に該当するが,Cハブに比してより強度のある材質への変更であるから,平成17年標準に照らしてもDハブ開発時にホイールハブ強度試験方法を実施する必要は存しなかったものというべきである。したがって,多数意見及びそれが支持する第一審判決の上記の認定は証拠の評価を誤るものである。

3.ハブの寿命について

 多数意見並びに第一審判決・原判決ともに,ハブが俗に「一生もの」と言われていることのみを指摘し,ハブの寿命に関し具体的な検討を加えていない。しかし,ハブの安全性の観点からその強度を検討するに当たっては,ハブに求められる寿命として,如何程の負荷の下で,どれだけの時間又は距離の走行を想定するかを定めることが不可欠である(なお,トラックの税法上の法定償却期間は5年であるが,これは経済的な観点からのものであるから,それをそのままハブの寿命として適用することができないことは当然であるが,それをも参考に自動車自体の寿命をどの程度の期間又は走行距離を想定するかとも関連する。)。
 本件記録上,ハブの寿命として様々な数字が種々の証拠に記載されており,また過大な荷重や過大な横負荷がハブの寿命に大きな影響を与えることを示す証拠も多数存するところ(例えば,本件瀬谷事故後に行われたDハブの強度検証ワーキングチームの報告(一審甲107号証資料10)中には,亀裂発生寿命(新車からブレーキドラム側に初期亀裂が発生するまで),進展寿命(亀裂発生後輪切りに至るまで)とも,400%積載では定量積載の1/100となる。ホイール側に亀裂が見えてから輪切りに至るまでの寿命は200%積載時で約15万qであるとのデータが認められる。),多数意見は,Dハブの寿命について如何なる負荷の下でどれだけの時間又は距離の走行を想定するかについて,何ら語るところはない。
 なお,ハブが「一生もの」でないことは,中国JRバスの事故車輌がハブ交換の履歴を有していることや,中国JRバス事故後,三菱自工が平成11年9月に中国JRバスに提出した報告書中に,破断事故防止の対策の一つとして,ハブのフランジ部が一定程度摩耗したときにはハブの交換をなすことを求めていることからも明らかである。

4.ハブの不具合について

(1) 山秀事故までのハブの不具合について

 本件記録上,三菱自工内のハブの不具合に関する検討は,平成3年5月に90M(注:原文は○を付したもの)(Cハブ)の亀裂に関してなされたのが最初である。その検討の結果,不具合(亀裂)の発生原因は,過積状態で最小旋回時の後2軸間のこじりによる過大横負荷により発生するとの結論を出し,各ユーザーには個別に対応することが決定された(一審甲101号証資料7)。
 なお,上記の検討の結果,再発防止策として,以下の2点が指摘されているが,それにつき具体的にどのような措置が採られたか(ハブの具体的な設計変更に繋がったか等)は,記録上明らかではない。

 @ フランジのR部の注意を設計マニュアルに明記して再発防止する。

 A 過積に対する評価に不十分な点があった。今後は,過積に対しての評価基準を改訂する。

(2) 山秀事故について

 平成4年6月21日に発生した山秀事故は,ハブの初めての破断事故である。三菱自工では,その原因として当初加工不良が疑われたが,その後詳細な検討を加え,応力試験等を行った結果をも踏まえ,平成5年10月に,ハブの破断は,ホイールナットの締付け不良を原因とする「ホイールナットの弛み → ハブホイール取付面摩耗 → ハブ疲労強度低下+過酷な使用条件(旋回時負荷大)」によって生じると判断した(一審甲101号証資料16)。
 そして,「所見」として,「ホイールナット締付けが確実で,締結力が低下しない限り,不具合は発生しないと判断する」との結論が示されている。
 なお,山秀事故車輌は,事故までの走行距離は53万1754qであるが,登録からは3年3か月であり,走行距離は1か月平均1万3635qにも及んでいる。またシャシスプリングリーフ増し(Ft:5→6枚,Rr:9→11枚)の改造(積載量増加対応ではないかと推認される。)がなされると共に,リヤばね折れ(それこそ「一生もの」の部品である。),ディスクホイールに亀裂発生との車歴を有しているのであって,極めて過酷な条件の下で走行していた車輌であることが窺われるのである。

(3) 金八事故について

 平成6年6月21日に金八運送有限会社が使用する三菱自工製トラックの右前輪ハブ(Aハブ)が走行中に破断するとの事故が発生した。同事故車輌はメーターが取替えられているため走行距離は明らかではないが,登録から7年余を経ている車輌であり,20トン程度積載して運行がなされていたことから,三菱自工では過積載が原因と判断し,金八運送有限会社が保有するトラックについては,機会をみてハブを交換するとの対応がとられた。なお,金八事故車のハブは回収され,点検の結果,ドラム側ハブボルト穴まわりにはバリ状の返りができており,ディスクホイール取付面の摩耗は0.05oから0.10oに止まっていた。また,材質調査の結果異常なしとされているが,ハブの加工不良の有無について検査がなされたか否かは記録上明らかではない。

(4) 中国JRバス事故までのハブ破断事故について

 上記山秀事故後,平成11年6月27日の中国JRバス事故に至るまでの7年間に14件(内,Aハブ1件,Bハブ3件,Cハブ1件,Dハブ7件,D’ハブ2件)のハブ破断事故が生じている。それらの事例では,一部を除き事故までの走行距離は判明するものの,事故を起こした車輌の使用状況(過酷条件の有無)や整備状況は記録上明らかではない(なお,3件目から15件目までのハブ破断事故につき「商品情報連絡書」に承認担当のプロジェクトリーダー又はグループ長として関与したAは,被告人Yの後任として,トラックのハブ破断事故の調査や処理につき重要な地位にあった者であるにもかかわらず,一審における証人尋問において,それらの報告内容やその後の対応について殆ど記憶がない旨の応答に終始し,その証言全体としては,自らの責任を回避しようとしているのではないかと評価し得るものである。)。
 なお,中国JRバス事故後,本件瀬谷事故に至るまでの2年6か月間にハブ破断事故が23件(トラック21件,バス2件)生じているが,中国JRバス事故後の処理に関連する被告人らの対応についての責任が問われている本件においては,それらの事故を検討の対象に加えるべきではない。

5.Dハブの強度について

 中国JRバス事故後の調査において,破断したハブの材質について,それが使用している鋳鉄につき定められているとおりの科学的成分,機械的性質を有しているか否かについて分析がなされ,それぞれ良好であるとの結果が出ている。
 また,Dハブの設計強度を自技会の「自動車負荷基準」の荷重で計算したところ,すべての荷重ケースにおいて設計基準(自技会)を満足しているとの結果が報告されている。
 したがって,Dハブは,ハブに設計上求められる客観的な安全基準を満たしていたということが一応言えるのであり,他方,Dハブ装着車輌が,適正な整備・点検がなされたうえで,通常(過酷条件ではない)の使用状態で供用されていた場合においても,Dハブの破断を生じたことを示す証拠は本件記録上存しない。また,Dハブの強度が,通常の供用において不具合を生じさせるほど脆弱なものであることを示す科学的なデータは,本件記録上全く存しない(なお,記録上,Dハブの設計上の強度について,検察官が山梨大学大学院工学研究科の准教授に鑑定嘱託をなし,それに基づく鑑定書が作成されていることが認められるが,弁護人の不同意によって同鑑定書は撤回され,刑訴法321条4項による証拠申請もなされていない。)。
 ところで多数意見は,中国JRバス事故事案の処理の時点で7年余りの間に16件のハブ破断事故(Dハブについては8件)が生じていたことをもって,ハブの強度不足のおそれが客観的に認められる状況にあったことは明らかであるとする。
 しかし,前記のとおり,山秀事故は,事故車輌に法定の積載重量を超える荷物を積むべく使用者において改造をしていた疑いがあり,また通常の運行において折損することなど考えられない「リヤばね折れ」の車歴を有していることからすれば,同事故は極めて過酷な条件で使用されていた車輌に生じた異例な事故であることが窺われるのである。他の破断事故例は,前記のとおり,その供用状況の詳細が不明のため,ハブの強度に疑念を抱かせる余地があり得るが,平成16年に三菱ふそうトラック・バス株式会社(以下「三菱ふそう」という。)が実施したリコールにかかるハブ装着の対象車が22万台余りに達していたことからすれば,7年間で全体で16件,年平均2件余り,年間発生率10万分の1という値は,ハブの強度不足を客観的に疑うに足りる値などとは到底言えず,逆に,ハブの破断は当該車輌の整備不良又は運行として通常想定されていない極めて過酷な条件の下で発生する異常な事例であることを推察させるものと言えよう。
 おって,Bは,平成15年の三菱ふそうの社内研修資料中に,Dハブ開発時に目標が低過ぎたと記載し,あるいは一審における証人尋問においてDハブの強度が不足していた趣旨の証言をしているが,それらは,本件瀬谷事故後に実施された大規模な実験等や基準の強化を踏まえてなされているのであり,それらの記載や供述をもって平成11年当時におけるDハブの強度不足のおそれの問題を論議すべきではない。

第2.摩耗理論について

 本件記録上,三菱自工では,ハブの亀裂,破断に至る経緯について,締付け不良(過大締付け又は締付け不足等)によるホイールナットの緩み−ハブのホイール取付面の摩耗―ハブのフランジ部分への応力の増大−亀裂との順に進行しているとの仮説に基づいてハブ亀裂事故への対応を行ってきた。
 かかる仮説は,前記のとおり,平成3年のハブ亀裂の不具合についての検討の過程でも論議され,山秀事故の検証過程で結論として採用された見解である。第一審判決は,摩耗理論は一仮説にすぎないとして,三菱自工が同理論に基づいてその後のハブ事故への対応を行ったことを厳しく非難するが,同説はハブに亀裂が生じることを科学的に説明するうえで最も合理的な説であり,それに対抗するような説は検察官からも何ら主張されていない。
 また,本件瀬谷事故後である平成18年10月17日に発生した大型トラックのハブ破損の件で,平成19年1月18日付けで三菱ふそうが国土交通省自動車交通局技術安全部長宛に提出した報告書(一審弁38号証)には,「フロントハブの破断及び亀裂の要因」として「フロントハブの破断及び亀裂は,車両の旋回時に受けるタイヤからの横方向からの負荷によって,ハブのフランジ部の付け根付近に発生する高応力の繰り返しにより生じるもので,車両の走行条件,走行距離,積載量,ホイールナット締付け条件,ハブのフランジ面及びディスクホイール取付け面の摩耗量,ハブの形状,寸法,材料等が影響します」と記載されているが,その内容は基本的には山秀事故時に三菱自工が採用した仮説を延長した(より敷衍した)説明であり,それに対して国土交通省から何らかの異論が唱えられた形跡はない。
 ところで多数意見は,ハブの摩耗量が0.05〜0.10oと報告されている金八事故のように,ハブの摩耗量が激しくない場合でもハブの破断が認められることをもって,摩耗理論に対して疑問を提起する。しかし,ハブの僅かな摩耗から一挙に破断に至る原因について証拠調べは全くなされておらず,また本件記録上,その点について理論上の検討がなされた形跡は全く窺えない。一般的に言えば,ハブの僅かな摩耗から一挙に破断に至るのが設計上の安全強度の不足によるのであれば,三菱自工製のトラックやバスは前記のとおり常時約20万台が運行に供されているのであるから,同種の事故がもっと多発して然るべきである。しかし,それが上記のとおり極めて例外的な件数に止まっていることは,当該車輌に装備されていたハブの材質不良か,加工不良が疑われ,また当該車輌の運転中に,ハブに極めて特殊な応力が負荷されるような事象が生じた場合等が想定される。
 ハブ摩耗理論で説明しきれない特殊な事例を捉えて,科学的な検証(証拠調べ)を何等経ることなくそれを否定することは,経験則の適用として裁判所としては採るべき方法ではないと考える。
 なお,摩耗理論は上記のとおりハブの亀裂の発生及び進展を理論的に説明するものであって,同理論が成立することとハブの強度の安全性が確保されていることとは全く別次元の問題である。その点において多数意見が摩耗理論を整備不良等の使用者側の問題にあるとするための理論として位置づけるのは,同理論の位置づけを誤るものであると考える。

第3.リコールについて

 多数意見及び第一審判決は,三菱ふそうが本件瀬谷事故後2年余り経過した平成16年3月24日にリコール届出書を提出し,その届出書において「フロントハブの強度が不足している」と記載していることを捉えて,三菱自工側はハブの強度不足を自認しているとする。それに対して被告人らは,このリコール届出は,本件瀬谷事故車輌のハブを含め従来の基準ではリコール届出の必要のない状態であったにもかかわらず,国土交通省の指示に基づき,@不具合事象の判断は,従来は破断を不具合とし,亀裂点検はカラーチェックによる目視確認であったのを,亀裂発生を不具合とし,亀裂検査方法も磁気探傷に変え早期の微細亀裂をとらえる,A実車旋回応力判定時の旋回条件につき市場の最も厳しい旋回条件を採用,B市場の過酷な条件としても,ホイールボルトの締付け(過締付け)の大幅アップ等従来の基準を大幅にアップしたうえで,同基準との関係からリコール届出がなされたものであることを指摘する。
 また,被告人らは,三菱自工としてはリコール不適合と理解していたが,国土交通省の指導を受けてリコール届出をしたものであるとして,原審で弁14号証ないし22号証を提出する。
 そこで検討するに,本件記録上,被告人らが主張する上記の事情が一応認められるのであって,そのことからすれば,三菱自工がリコール届出書においてハブの強度不足を自認しているとの一事をもって,平成11年当時において,Dハブの強度につき客観的にリコールに相当するだけの強度不足のおそれが存したと認定するのは相当ではないと言うべきである。
 なお,中国JRバス事故を含むハブ破断事故にかかる各ハブのうち,その使用状況等の資料が比較的揃っている事案を見るに,山秀事故車輌は第1,1,(1)に記載のリコール不適合のA,Bに,中国JRバス事故車輌は@に該当すると一応認められるのであって,何れもリコール不適合の事故であると解し得るものである。また,その余のハブ破断事故は,前記のとおりその使用条件の詳細が不明であるために,リコール要件に該当しているか否かは不明であるといわざるを得ないのであって,中国JRバス事故調査終了時点において,三菱自工としてリコール届出をなすべき客観的状況にあったとは,直ちに認めることはできないものというべきである。
 おって,本件瀬谷事故車輌は,次に述べるとおり,リコール不適合の@〜Bの各要件を満たす車輌であった疑いが存するのである。

第4.本件瀬谷事故車輌の供用状態について

 本件瀬谷事故車輌は,平成6年1月に登録され,本件瀬谷事故までの8年間に37万6870q走行しているトレーラー車である。本件瀬谷事故車輌は,トレーラーのスピードが出ることを抑制する装置であるNR装置を取り外すとの不適切な改造を行っており(改造時期は記録上明らかではない),また平成9年以降は法定の3か月点検も実施していなかった。そして,本件瀬谷事故時の事故車輌のホイールナットには過大及び過小締付けがされているものも確認された。
 他方,関係証拠上,恒常的に過大な積載を行っていたことが窺われるのであり,毎年の12か月定期点検時において,通常の状態で運行している限り,毎年行う必要のないフロントホイールベアリングの交換が行われているのであって(一審弁18号証,一審の証人Cの証言),この事実は,過積載により車輌の躯体にまで影響を及ぼしていたのではないかとの疑念が生じ得るのである。
 以上の事実は,本件瀬谷事故車輌が前記リコール届出の除外要件たる@〜Bの何れにも該当し,また過酷条件の下で運行されていたことを窺わせるに足りるものである。
 なお,多数意見は,本件瀬谷事故車輌の整備,使用等の状況につき,締付けトルクの管理の欠如や過積載など適切とはいえない問題もあったことは否定し難いが,車輌の製造者がその設計,製造をするに当たり通常想定すべき市場の実態として考えられる程度を超えた異常,悪質な整備,使用等の状況があったとまではいえないとする第一審判決の認定は,記録によっても是認できるものであるとする。しかし,NR装置を取り外すことによるハブへの影響の程度やフロントホイールベアリングを交換することの意義については全く証拠調べがなされていないのであって,第一審の上記認定は審理不尽のままもたらされた結論と評価せざるを得ないのであり,その認定は到底是認できるものではない。

第5.ハブの強度に関するまとめ

 以上述べたとおり,本件で取り調べられた証拠による限り,中国JRバス事故事案について三菱自工における調査が終了した時点においては,Dハブは自技会の定める設計基準を十分に満たし,またその材質にも問題がなかったのであり,他方,本件記録上,Dハブの強度の安全性を疑うに足りる技術的な観点を踏まえた客観的な資料は何ら存しないのであるから,三菱自工としてリコール届出をなすべき義務は存しなかったものといわざるを得ないと認められる。
 また,山秀事故の後に,三菱自工は,その後の調査,実験を踏まえて,ハブ破断に至る原因につき摩耗理論を採用したが,その理論は本件瀬谷事故後に行われた大規模な実験によっても基本的に裏付けられ,その理論に基づいてハブ破断の原因を説明する報告書について国土交通省からは何らの異論も出ず,また記録上,自動車工学関係者を始めとして,その説明に異論が唱えられたことを窺わせるに足りる資料も存しないのである。
 中国JRバス事故事案の処理の時点で,前記のとおりハブの破断事故が16件起きているが,そのうち山秀事故は,前記のとおり明らかに過酷条件の下で生じた事故であり,また中国JRバス事故は,前記のとおり整備の不十分からもたらされた疑いのある事故である。その余の事故は事故車輌の供用条件が不明であるが,前記のとおり三菱自工製のハブを装着したトラックやバスが20万台以上走行している中で年平均2件余りという発生率は,ハブの一般的な強度不足を疑わせるとするには余りに低い発生率であり,逆に破断事故を起こした車輌の供用条件に何らかの個別の問題が存した疑いを生じさせるに足る数値であると解することができるのである。
 なお,第一審判決は,前記のとおりハブの開発に当たり,ホイールハブの強度試験方法に関する平成2年標準に定める実走行実働応力試験が実施されていなかった事実を重大視し,多数意見も第一審判決の見解を是認するが,第1,2,(5)に記載したとおり,同試験はDハブ開発時にその実施を必須としたものではなく,Dハブの開発は平成2年標準の適用対象外というべきものなのである。
 したがって,中国JRバス事故事案の調査が終了した時点においては,本件記録による限り,Dハブは,リコール届出の要件たる「基準不適合状態にあり,かつ,その原因が設計又は製作の過程にある」ことを認めることは出来ないのであって,それを認めた第一審判決は,審理不尽により結論を導いたものであると言わざるを得ないのである。

第6.被告人らの過失について

 第1で検討したとおり,本件記録上,中国JRバス事故の処理過程においては,Dハブの安全性(強度,材質)は確認されており,また,それまでのハブ破断事故は山秀事故の検討結果を踏まえて三菱自工においては整備不良又は過酷条件下で生じたものとして取り扱われていたところ(尤も,被告人らの下にそれらの情報は十分に伝えられていたことを認めるに足りる証拠はなく,被告人らはその全体像を把握していなかったのではないかと推察される),被告人らにおいて三菱自工のかかる取扱いにつき疑問を抱くべき情報に接していたことを認めるべき証拠も十分とは言い難いのであって,被告人らがかかる情報をそのまま受け容れていた点について過失ありとするには,なお疑問があると言わざるを得ないのである。

第7.因果関係について

 仮に差戻審における証拠調べの結果,中国JRバス事故事案処理の時点においてもDハブの安全性(強度)に問題があり,三菱自工として一般的な対策を実施すべき義務が肯定されたとしても,本件瀬谷事故車輌は第4に記載したとおり改造が施されており,日常の点検整備は不良で,且つ過酷条件の下で供用されていたものであることが窺われるのであるから,三菱自工側の過失と本件瀬谷事故車輌による本件瀬谷事故との因果関係につき更に検討する必要があろう。

第8.訴因変更による被告人らの責任追及の可能性について

 三菱自工では,第1,4にて検討したとおり,平成3年5月の時点で,過酷条件(過積載)で運行が継続された場合には,ハブに亀裂が生じることを既に認識し,山秀事故の検証の過程で,過酷条件による使用がハブの破断にまで至ることを認識していた。さらに,中国JRバス事故の原因の検証を行う中で,ハブのホイールナットの締付け不良(過大トルク締付け,過小トルク締付け等)で,かつ過酷条件の下で供用される場合には,ハブの亀裂から破断に至ることを,実験結果を踏まえて明確に認識するに至ったのである。
 走行中の車輌のハブの破断事故は,本件瀬谷事故の結果が示すように重大な人身事故被害をもたらしかねないものであるだけに,メーカーとしては,リコール届出の要件を満たしているか否かにかかわらず,かかる事故の発生を防止すべく,ユーザーに対してハブ及びホイールナット・ボルトについて定められた保守・管理を十分に行い,過酷条件での供用を厳に差し控えるべきことを,また自動車整備業者に対してはホイールナットの締付けトルクの管理の必要性や定期点検時にハブの亀裂の有無等についても点検をなすよう適切な情報を提供し,指導をなすべきものと言える。
 かかる情報の提供や指導をなすことが,中国JRバス事故事案の処理の時点において三菱自工の法的義務と評価し得るものであるか否かについては,関係証拠を踏まえて慎重に検討すべき問題である。
 そして,仮に差戻審における証拠調べの結果,被告人らが本件で問われているリコール届出義務が第1以下で検討した点を踏まえて否定される場合にあっても,上記の情報提供や指導をなすことが法的義務として認められ得るときには,本件瀬谷事故の重大性からして,被告人らにつきその義務の懈怠に関し責任を負うべきものであるか否かが改めて問われてよいと思料する。尤も,被告人らにつき上記の責任を問うには,それは本件訴因に含まれていない以上,訴因変更手続を経る必要があることは言うまでもない。

第9.まとめ

 以上検討したとおり,本件証拠関係の下においては,被告人らが責任を問われている平成11年の時点においては,Dハブの強度は自技会の定める基準を満足しているのであり,リコールの届出基準に該当していなかったものと一応認められるのであって,同時点において被告人らにリコール等の改善措置を講ずべき義務を認める多数意見の結論を是認することはできない。
 しかしながら,Dハブの強度の安全性に関しては,前記のとおり本来提出されるべきDハブ設計時の資料や検察官が捜査段階で実施した鑑定結果も証拠として提出されず,またDハブの設計基準との関係で重要な意義を有する自技会についても,その組織や我が国の自動車業界における位置づけ等について明らかにすることなく,また,自技会が定める基準の意義やその策定手続に関する資料が全く顕出されていないのであって,かかる証拠構造の下で,被害者の死亡という重大な結果をもたらし,また自動車の部品という極めて汎用性の高い工業部品にかかる瑕疵の有無に関する刑事責任を問う本件につき最終判断をなすことは,審理不尽の謗りを受けざるを得ないと考える。
 また,仮にDハブの安全強度にリコール届出義務を認めるに足る基準不適合状態が認められなかったとしても,第8に記載したとおり,中国JRバス事故の処理過程で,三菱自工はホイールナットの締付け不良と過酷条件によって,ハブの破断事故が生じ得ることを明確に認識したのであるから,ユーザーに対してはハブ等の保守・点検を適切になすと共に過酷条件による供用を厳に差し控えるべきことを,自動車整備工場に対しては,定期点検時にハブの摩耗の有無等についても点検すべきことを周知させる必要があったものと認められる余地がある。
 本件事案の重大性に鑑みれば,上記の如き周知をなすことが法的な義務に該当するか否か,仮にそれが肯定されるとした場合に,被告人らの責任が問われるべきか否かについて更に審理を尽くさせるために,一,二審判決を破棄して本件を一審に差し戻すことが必要であると言える。
 以上の諸点からして,本件は一審に差し戻すのが相当であると思慮する。

第10.おわりに

 本件は,三菱自工において,事故情報を国土交通省の立入り調査の際に公開するものと秘匿するものとに区分して管理し,同調査が実施される際には,秘匿情報は10分又は30分で秘匿することがマニュアル化されていたという,大企業にあるまじき組織的な隠蔽行為を行っていたことが捜査の過程で明らかになり,そのことがその後の捜査・公判において三菱自工の資料一般についての猜疑心をもたらし,結果として本件の捜査や審理に相当大きな影響を与えていることが窺われる。
 その結果,例えば,Dハブの設計段階の諸データやDハブの破断に関する三菱自工側の科学的データを捜査段階において十分に収集し,捜査機関においてそれらのデータを科学的な観点から検証することが本来なされるべきであったと思料されるが,そうした検証がなされた形跡が窺えない。また,Dハブの強度の安全性との関係では,三菱自工の設計基準との関係,自技会の基準,他社製品との対比,中国JRバス事故に至るまでの間のハブ破断事故車輌の供用状況(過酷条件による供用の有無),ハブの一般的な保守,管理状況と破断事故車輌の保守管理状況の対比等,公訴提起に先立って,客観的データを集積し検討すべき種々の諸項目につき,その集積や検討が十分になされないまま本件公訴を提起するに至ったのではないかと推察される。
 それに加えて,本件は被告人らの個人責任を問う事案であるが,本来は本件事件に関しては三菱自工自体の組織責任が問われるべきものであり,同種の事故の再発防止の観点及び自動車の基幹部品の破断事故という自動車業界全体に影響を及ぼす事案であるだけに,技術水準の維持,向上の観点からも,その原因及びその責任の所在の解明につき三菱自工が組織として対応して然るべき事案であると言える。しかし,記録を見る限り,その性質上三菱自工側に資料が存することが推察され,本件の事実関係を解明するために被告人ら(三菱自工)から提出されて然るべきハブの技術的な事項に関する資料が提出されておらず,また証人として出廷した三菱自工の社員の証言には,通常ならそれなりの応答がなされて然るべき尋問に適切に応答していないと窺えるところが随所に見られるのであって,それらのことが本件事案の解明をより困難にしたのではないかと窺われる。
 また,被告人らは,組織規程上の権限と実際の権限との乖離を主張しているところ,組織上の権限が実際にはどのように行使されていたのか,被告人らの直近上司の刑事責任の有無などについて,十分な審理が尽くされているとは到底窺えない。本件は,本来科学技術上の論点や管理組織に関する論点について,証拠調べに先立ち関係者間で論点整理が行われるべきところ,それが十分になされていないところから前記のとおり設計基準や自技会の基準など科学技術上の重要な論点たるべき事項について証拠調べすらなされず,また組織責任についても,被告人らの主張からすれば極めて不十分な解明しかなされなかったとの結果を生起したものと推察される。
 今後も生起するであろう,科学技術上の論点を有する刑事事件及び事件につき組織としての対応が問われ管理者の過失責任が問擬される事案の処理に関して,本件は多くの反省材料を提供するものといえよう。

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