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最高裁判所第一小法廷判決平成24年02月23日

【事案】

1.上告人が,上告人及び被上告人を債権者,Aを債務者,国を第三債務者とする東京地方裁判所平成20年(リ)第4492号配当等手続事件につき平成21年1月15日に作成された配当表(以下「本件配当表」という。)の変更を求める配当異議事件。被上告人は,本件配当表に記載された上告人の債権に基づく上告人のAに対する請求を棄却する判決が確定しており,上告人は配当を受け得る立場にないから,本件訴えは訴えの利益を欠くと主張している。

2.事実関係の概要

(1) 上告人の申立てに基づき,平成19年1月19日,AがBに対して有する明渡料支払請求権の内金2000万円につき,請求債権を下記のとおりとする債権仮差押命令(以下「本件仮差押命令」という。)が発令され,その頃,同命令がBに対して送達された。

   記

 A及びCが,同月10日頃,極度額1億5000万円の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)が設定された建物を取り壊すことにより,上告人の本件根抵当権を侵害したことに起因して,上告人がAに対して有する,共同不法行為に基づく損害賠償請求債権4000万円の内金2000万円(以下「本件損害賠償債権」という。)

(2) Aが本件仮差押命令において定められた仮差押解放金額2000万円の供託をしたため,平成19年1月26日,本件仮差押命令の執行を取り消す旨の決定がされた。これにより,本件仮差押命令の執行の効力は,Aの国に対する上記供託に係る供託金の取戻請求権(以下「本件供託金取戻請求権」という。)の上に移行した。

(3) 上告人は,平成19年2月14日,Aほか3名を被告とする訴訟(以下「本件本案訴訟」という。)を提起し,Aに対しては,@ 主位的請求として,上告人は,平成18年8月31日,Aほか2名を連帯債務者として4000万円の貸付けをし(以下,この貸付けに係る上告人のAに対する貸金債権を「本件貸金債権」という。),A所有の建物及びC所有の建物に本件根抵当権の設定を受けていたところ,Aが相被告らと共謀して上告人に無断で上記各建物を取り壊して上告人の本件根抵当権を侵害したため,上告人において本件貸金債権を回収することが困難になったと主張して,不法行為に基づき本件貸金債権相当額を含む4500万円の損害の賠償及び遅延損害金の支払を求め,A 予備的請求として,本件貸金債権に基づき4000万円及び遅延損害金の支払を求めた。

(4) 被上告人の申立てに基づき,平成20年11月20日,本件供託金取戻請求権につき,請求債権を執行力ある公正証書正本に記載された複数の金銭消費貸借契約に基づく貸付金元金4000万円及び遅延損害金4269万9016円とする債権差押命令が発令され,その頃,同命令が国に対して送達された。

(5) 本件供託金取戻請求権について,上告人による仮差押えと被上告人による差押えが競合した旨の事情届の提出を受けて,東京地方裁判所は,配当期日を平成21年1月15日と定めた。上記配当期日において,上告人の配当額(手続費用を除く。以下同じ。)を389万6374円,被上告人の配当額を1611万1316円とする本件配当表が作成された。

(6) 上告人は,被上告人による差押えが上告人のAに対する強制執行を妨害する目的でされたものであり,本件配当表に記載された被上告人の債権は架空のものであって存在しないと主張して,上記配当期日において,本件配当表に記載された被上告人の配当額全額につき異議の申出をした上,平成21年1月16日,本件配当表のうち,上告人の配当額を2000万円に,被上告人の配当額を7690円に,それぞれ変更することを求めて,本件訴えを提起した。

(7) 本件本案訴訟において,Aに対する主位的請求を棄却し,予備的請求を認容する控訴審判決が,平成22年3月26日に確定した。

3.原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,本件訴えは不適法であるとして,これを却下すべきものとした。

(1) 上告人の本件配当表上の地位は,本件仮差押命令の執行に基づくものであるところ,本件本案訴訟において本件仮差押命令の被保全債権である本件損害賠償債権の存在を否定する判決が確定しているから,上告人に対する配当を基礎付ける債権が存在しなかったことになり,仮に本件配当表に記載された被上告人の債権の存在が否定されたとしても,上告人の配当額を増加させることはできず,上告人には訴えの利益がない。

(2) 本件本案訴訟では,予備的請求である本件貸金債権に基づく請求が認容されているが,本件仮差押命令の被保全債権として上告人が選択した本件損害賠償債権と訴訟物を異にする本件貸金債権が認められたとしても,そのことによって本件仮差押命令の効力が維持されることにはならない。

(3) 仮に,本件仮差押命令の被保全債権と本件本案訴訟における予備的請求である本件貸金債権が同一の客観的事実に基づくものであるときは,本件仮差押命令の効力が維持されると解する余地があるとしても,上記各債権の発生の日時,場所,行為内容等からみれば,これらが同一の客観的事実に基づくものと解することもできない。

【判旨】

 原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 保全命令は,一定の権利関係を保全するため,緊急かつ必要の限度において発令されるものであって,これによって保全される一定の権利関係を疎明する資料についても制約があることなどを考慮すると,仮差押命令は,当該命令に表示された被保全債権と異なる債権についても,これが上記被保全債権と請求の基礎を同一にするものであれば,その実現を保全する効力を有するものと解するのが相当である(最高裁昭和25年(オ)第63号同26年10月18日第一小法廷判決・民集5巻11号600頁参照)。そうすると,債務者に対する債務名義を取得した仮差押債権者は,債務名義に表示された金銭債権が仮差押命令の被保全債権と異なる場合であっても,上記の金銭債権が上記の被保全債権と請求の基礎を同一にするものであるときは,仮差押命令の目的財産につき他の債権者が申し立てた強制執行手続において,仮差押債権者として配当を受領し得る地位を有しているということができる。
 前記事実関係等によれば,本件仮差押命令の被保全債権である本件損害賠償債権は,債務者であるAが債権者である上告人に無断で担保物件を取り壊したことにより,本件貸金債権の回収が困難になり,本件貸金債権相当額を含む損害を被ったことを理由とするものであるから,本件貸金債権の発生原因事実は,本件損害賠償債権の発生原因事実に包含されていることが明らかである。そうすると,本件貸金債権に基づく請求は,本件損害賠償債権に基づく請求と,請求の基礎を同一にするものというべきである。
 以上によれば,本件仮差押命令の被保全債権である本件損害賠償債権に基づく上告人のAに対する請求を棄却する判決が確定しているとしても,上告人は,本件貸金債権に基づくAに対する請求を認容する確定判決を取得しているのであるから,本件供託金取戻請求権につき被上告人が申し立てた強制執行手続において,本件仮差押命令の債権者としての地位に基づき配当を受領し得る地位を有しているというべきである。よって,上告人は,本件配当表における他の差押債権者である被上告人の配当額を否定することにより自己の配当額を増加させ得る立場にあり,本件訴えにつき訴えの利益がある。
 これと異なる見解の下に,本件訴えを却下すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,この趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,第1審判決を取り消し,本案について審理させるため,本件を第1審に差し戻すこととする。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成24年02月24日

【事案】

1.就労中に事故に遭って負傷した労働者である上告人が,使用者である被上告人の安全配慮義務違反によって上記事故が発生したと主張して,被上告人に対し,債務不履行等に基づく損害賠償を求める事案。労働者が,使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため,訴えを提起することを余儀なくされ,訴訟追行を弁護士に委任した場合に,その弁護士費用が上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害といえるか否かが争点となっている。なお,上告人は,上告人の請求を一部棄却した原判決に対し,弁護士費用として190万円及びこれに対する平成18年11月22日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を求める限度で不服申立てをするものである。

2.事実関係の概要等

(1) 被上告人は,屑類製鋼原料の売買等を目的とする株式会社である。上告人は,平成13年3月に被上告人に雇用され,平成18年4月24日頃から,チタン事業部に所属していた。

(2) 上告人は,平成18年11月22日,チタン事業部の工場に設置されていた400tプレス機械(以下「本件プレス機」という。)を操作し,チタン材のプレス作業に従事していたところ,本件プレス機に両手を挟まれ,両手指挫滅創の傷害を負い,両手の親指を除く各4指を失うという事故に遭った。

(3) 被上告人は,上告人の使用者として,労働契約上,本件プレス機に安全装置を設けて作業者の手がプレス板に挟まれる事故を確実に回避する措置を採るべき義務及び本件プレス機を使用する際の具体的な注意を上告人に与えるべき義務を負っていたにもかかわらず,これを怠り,その結果,(2)の事故が生じた(以下,上記の義務違反を「本件安全配慮義務違反」という。)。

(4) 上告人は,訴訟追行を弁護士に委任した上,平成21年1月27日,本件訴えを提起した。上告人は,原審において,本件安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害の賠償として,5913万1878円(うち弁護士費用530万円)及び遅延損害金を請求していた。

3.原審は,1876万5436円及び遅延損害金の限度で債務不履行に基づく損害賠償請求を認容したものの,弁護士費用の請求については,失当であると判断して,これを棄却した。

【判旨】

1.弁護士費用の請求を棄却した原審の上記判断は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 労働者が,就労中の事故等につき,使用者に対し,その安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求する場合には,不法行為に基づく損害賠償を請求する場合と同様,その労働者において,具体的事案に応じ,損害の発生及びその額のみならず,使用者の安全配慮義務の内容を特定し,かつ,義務違反に該当する事実を主張立証する責任を負うのであって(最高裁昭和54年(オ)第903号同56年2月16日第二小法廷判決・民集35巻1号56頁参照),労働者が主張立証すべき事実は,不法行為に基づく損害賠償を請求する場合とほとんど変わるところがない。そうすると,使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求権は,労働者がこれを訴訟上行使するためには弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に属する請求権であるということができる。
 したがって,労働者が,使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため訴えを提起することを余儀なくされ,訴訟追行を弁護士に委任した場合には,その弁護士費用は,事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り,上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害というべきである(最高裁昭和41年(オ)第280号同44年2月27日第一小法廷判決・民集23巻2号441頁参照)。

2.以上によれば,原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中,債務不履行に基づく損害賠償請求のうち弁護士費用に関する部分につき,190万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成21年2月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の請求を棄却した部分は,破棄を免れない。そして,弁護士費用の額について審理を尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 なお,その余の上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。

 

最高裁判所第三小法廷判決平成24年02月28日

【事案】

1.東京都内に居住して生活保護法に基づく生活扶助の支給を受けている上告人らが,同法の委任に基づいて厚生労働大臣が定めた「生活保護法による保護の基準」(昭和38年厚生省告示第158号。以下「保護基準」という。)の数次の改定により,原則として70歳以上の者を対象とする生活扶助の加算(以下「老齢加算」という。)が段階的に減額されて廃止されたことに基づいて所轄の福祉事務所長らからそれぞれ生活扶助の支給額を減額する旨の保護変更決定を受けたため,保護基準の上記改定は憲法25条1項,生活保護法3条,8条,9条,56条等に反する違憲,違法なものであるとして,被上告人らを相手に,上記各保護変更決定の取消しを求める事案。

(参照条文)生活保護法

3条 この法律により保障される最低限度の生活は、健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。

8条 保護は、厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし、そのうち、その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとする。
2 前項の基準は、要保護者の年齢別、性別、世帯構成別、所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであつて、且つ、これをこえないものでなければならない。

9条 保護は、要保護者の年齢別、性別、健康状態等その個人又は世帯の実際の必要の相違を考慮して、有効且つ適切に行うものとする。

56条 被保護者は、正当な理由がなければ、既に決定された保護を、不利益に変更されることがない。

2.保護基準のうち,生活扶助に関する基準(以下「生活扶助基準」という。)の定めは,次のとおりである。

(1) 生活扶助基準(別表第1)は,基準生活費(第1章)と加算(第2章)とに大別されている。居宅で生活する者の基準生活費は,市町村別に1級地−1から3級地−2まで六つに区分して定められる級地(別表第9)及び年齢別に定められる第1類と,級地等及び世帯人員別に定められる第2類とに分けられ,原則として世帯ごとに,当該世帯を構成する個人ごとに算出される第1類の額(以下「第1類費」という。)を合算したものと第2類の額(以下「第2類費」という。)とを合計して算出される。第1類費は,食費,被服費等の個人単位の経費に,第2類費は,光熱水費,家具什器費等の世帯単位の経費にそれぞれ対応するものとされている。なお,上告人らの居住地は,1級地−1又は1級地−2と定められている。

(2) 平成16年厚生労働省告示第130号により改定される前の保護基準によれば,加算には,妊産婦加算,老齢加算,母子加算,障害者加算等があり,老齢加算に関しては,被保護者(現に生活保護法による保護を受けている者をいう。以下同じ。)のうち70歳以上の者並びに68歳及び69歳の病弱者について一定額が基準生活費に加算されて支給されていた。
 上記保護基準における生活扶助費の月額は,1級地−1又は1級地−2の居宅で生活する70歳以上の者の第1類費が1人当たり3万2400円又は3万1180円,第2類費が単身世帯で4万3520円又は4万1560円であったため,原則として,基準生活費の月額は,単身世帯で7万5920円又は7万2740円であった。また,上記保護基準において,1級地の居宅で生活する者の老齢加算の月額は1万7930円であった。

3.事実関係等の概要

(1) 老齢加算は,昭和35年4月,70歳以上の者を対象に前年度に開始された老齢福祉年金を収入として認定することに対応して,これと同額を生活扶助に加算するものとして創設された。その際,老齢加算は,高齢者の特別な需要,例えば観劇,雑誌,通信費等の教養費,下衣,毛布,老眼鏡等の被服・身回り品費,炭,湯たんぽ,入浴料等の保健衛生費及び茶,菓子,果物等のし好品費に充てられるものとして積算されていた。

(2) その後も,老齢加算の額は,老齢福祉年金が増額されるのに伴ってこれと同額が増額されていったが,昭和51年から,1級地における65歳以上の者に係る第1類費基準額の男女平均額の50%とすることとされた。
 厚生省(当時)の審議会である中央社会福祉審議会は,昭和58年12月,加算対象世帯と一般世帯との消費構造を比較検討した結果,高齢者の特別な需要として,加齢に伴う精神的又は身体的な機能の低下に対応する食費,光熱費,保健衛生費,社会的費用,介護関連費等の加算対象経費が認められ,その額は,おおむね現行の老齢加算の額で満たされている旨の意見等を内容とする「生活扶助基準及び加算のあり方について(意見具申)」(以下「昭和58年意見具申」という。)を発表した。これを踏まえ,昭和59年4月以降,老齢加算の額は,第1類費に対応する品目に係る消費者物価指数の伸び率に準拠して改定されてきた。

(3) 一般勤労者世帯の消費支出に対する被保護勤労者世帯の消費支出の割合は,昭和45年度には54.6%であったものが,同58年度には66.4%となっており,昭和58年意見具申は,生活扶助基準は一般国民の消費実態との均衡上ほぼ妥当な水準に達している旨の評価をした。上記割合は,その後はおおむね7割弱で推移していたが,平成13年度には71.9%,同14年度には73.0%に達した。
 このような状況の中で,財務省の審議会である財政制度等審議会の財政制度分科会は,平成15年6月,平成16年度予算編成に関する建議を提出し,その中で,老齢加算について,年金制度改革の議論と一体的に考えると,70歳未満受給者との公平性,高齢者の消費が加齢に伴って減少する傾向等からみて,その廃止に向けた検討が必要である旨の提言をした。同月,「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003」が閣議決定され,その中で,物価,賃金動向,社会経済情勢の変化,年金制度改革等との関係を踏まえ,老齢加算等の見直しが必要であるとされた。

(4) 厚生労働省の審議会である社会保障審議会(厚生労働省設置法7条1項に定める厚生労働大臣の諮問機関)は,平成15年7月,その福祉部会内に,生活保護制度の在り方に関する専門委員会(以下「専門委員会」という。)を設置した。専門委員会の委員は,社会保障制度や経済学の研究者,社会福祉法人の代表者,地方公共団体の首長等によって構成されていた。

ア.専門委員会においては,総務庁統計局が平成11年に実施した全国消費実態調査によって得られた調査票を用いて,収入階層別及び年齢階層別に単身世帯の生活扶助相当消費支出額(消費支出額の全体から,生活扶助以外の扶助に該当するもの,被保護世帯は免除されているもの及び家事使用人給料や仕送り金等の最低生活費になじまないものを控除した残額をいう。以下同じ。)等を厚生労働省が集計した結果(以下「特別集計」という。)や低所得者の生活実態に関する調査結果等が説明資料として提示された。特別集計によると,無職単身世帯の生活扶助相当消費支出額を月額で比較した場合,@ 平均では,60ないし69歳が11万8209円,70歳以上が10万7664円,A 第T−5分位(調査対象者を年間収入額順に5等分した場合に最も収入額の低いグループ。以下同じ。)では,60ないし69歳が7万6761円,70歳以上が6万5843円,B 第T−10分位(調査対象者を年間収入額順に10等分した場合に最も収入額の低いグループ。以下同じ。)では,60ないし69歳が7万9817円,70歳以上が6万2277円となるなど,いずれの収入階層でも70歳以上の者の需要は60ないし69歳の者のそれより少ないことが示されていた(なお,60ないし69歳に係る消費支出額ではAがBを上回っていることからすると,生活扶助相当消費支出額においてAがBを下回るのは,最低生活費になじまないなどの理由で消費支出額から控除される額が多いためと推察される。)。
 また,特別集計によると,第T−5分位の70歳以上の単身無職者の生活扶助相当消費支出額が6万5843円であるのに対し,70歳以上の単身者の生活扶助額(老齢加算を除く。)の平均は,これより高い7万1190円となっていた。

イ.専門委員会においては,社会情勢の変化を表すものとして,生活扶助基準の改定率,消費者物価指数,賃金等の推移を比較した資料が検討された。それによると,昭和59年度を100%とした場合の平成14年度における割合は,生活扶助基準が135.5%,消費者物価指数が116.5%,賃金が131.2%となっており,同7年度を100%とした場合の同14年度における割合は,生活扶助基準が104.3%,消費者物価指数が99.9%,賃金が98.7%となっていた。また,昭和55年と平成12年とを比較すると,一般勤労者世帯の平均並びに第T−10分位及び被保護勤労者世帯の平均のいずれにおいても,消費支出に占める食料費の割合(エンゲル係数)は低下していた。

ウ.専門委員会においては,被保護高齢単身世帯の家計消費の実態を表すものとして,平成11年度における被保護者生活実態調査を基にした月ごとの貯蓄純増(同調査結果にいう「預貯金」と「保険掛金」の合計から「預貯金引出」と「保険取金」の合計を差し引いたもの),平均貯蓄率(可処分所得に対する貯蓄純増の割合)及び繰越金(月末における世帯の手持金残高)を比較した資料が検討された。それによると,老齢加算のない世帯の貯蓄純増は9407円,平均貯蓄率は8.4%,繰越金は3万6094円であるのに対し,老齢加算のある世帯の貯蓄純増は1万4926円,平均貯蓄率は12.1%,繰越金は4万7071円となっており,いずれの数値も後者が前者より高くなっていた。

(5) 上記(4)の検討等を経て,専門委員会は,平成15年12月16日,「生活保護制度の在り方についての中間取りまとめ」(以下「中間取りまとめ」という。)を公表した。中間取りまとめのうち,老齢加算に関する部分の概要は,次のとおりであった。

ア.単身無職の一般低所得高齢者世帯の消費支出額について70歳以上の者と60ないし69歳の者との間で比較すると前者の消費支出額の方が少なく,70歳以上の高齢者について現行の老齢加算に相当するだけの特別な需要があるとは認められないため,老齢加算そのものについては廃止の方向で見直すべきである。

イ.ただし,高齢者世帯の社会生活に必要な費用に配慮して,保護基準の体系の中で高齢者世帯の最低生活水準が維持されるよう引き続き検討する必要がある。

ウ.被保護者世帯の生活水準が急に低下することのないよう,激変緩和の措置を講ずべきである。

(6) 厚生労働大臣は,中間取りまとめを受けて,70歳以上の高齢者には老齢加算に見合う特別な需要があるとは認められないと判断して老齢加算を廃止することとし,激変緩和のための措置として3年間かけて段階的に減額と廃止を行うこととして,平成16年度以降,保護基準につき,平成16年厚生労働省告示第130号及び平成17年厚生労働省告示第193号によって老齢加算をそれぞれ減額し,平成18年厚生労働省告示第315号によって老齢加算を廃止する旨の改定をした(以下,これらの保護基準の改定を「本件改定」と総称する。)。
 本件改定に基づき,所轄の福祉事務所長らは,上告人らに対し,それぞれ老齢加算の減額又は廃止に伴う生活扶助の支給額の減額を内容とする保護変更決定をした(以下,これらの決定を「本件各決定」と総称する。)。
 なお,専門委員会が平成16年12月に発表した報告書は,生活扶助基準の水準は基本的に妥当と評価しつつ,生活扶助基準と一般低所得世帯の消費実態との均衡が適切に図られているか否かを定期的に見極めるため,全国消費実態調査等を基に5年に1度の頻度で検証を行う必要があるなどと指摘しており,記録によれば,厚生労働省においては,その後も生活扶助基準の水準につき定期的な検証が引き続き行われていることがうかがわれる。

【判旨1】

1(1) 上告人らは,本件改定は,被保護者は正当な理由がなければ既に決定された保護を不利益に変更されることがないと定める生活保護法56条に反すると主張する。しかし,同条は,既に保護の決定を受けた個々の被保護者の権利及び義務について定めた規定であって,保護の実施機関が被保護者に対する保護を一旦決定した場合には,当該被保護者について,同法の定める変更の事由が生じ,保護の実施機関が同法の定める変更の手続を正規に執るまでは,その決定された内容の保護の実施を受ける法的地位を保障する趣旨のものであると解される。このような同条の規定の趣旨に照らすと,同条にいう正当な理由がある場合とは,既に決定された保護の内容に係る不利益な変更が,同法及びこれに基づく保護基準の定める変更,停止又は廃止の要件に適合する場合を指すものと解するのが相当である。したがって,保護基準自体が減額改定されることに基づいて保護の内容が減額決定される本件のような場合については,同条が規律するところではないというべきである。

(2) 生活保護法3条によれば,同法により保障される最低限度の生活は,健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならないところ,同法8条2項によれば,保護基準は,要保護者(生活保護法による保護を必要とする者をいう。以下同じ。)の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであって,かつ,これを超えないものでなければならない。そうすると,仮に,老齢加算の一部又は全部についてその支給の根拠となっていた高齢者の特別な需要が認められないというのであれば,老齢加算の減額又は廃止をすることは,同項の規定に沿うところであるということができる。もっとも,これらの規定にいう最低限度の生活は,抽象的かつ相対的な概念であって,その具体的な内容は,その時々における経済的・社会的条件,一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであり,これを保護基準において具体化するに当たっては,高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである(最高裁昭和51年(行ツ)第30号同57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁参照)。したがって,保護基準中の老齢加算に係る部分を改定するに際し,最低限度の生活を維持する上で老齢であることに起因する特別な需要が存在するといえるか否か及び高齢者に係る改定後の生活扶助基準の内容が健康で文化的な生活水準を維持することができるものであるか否かを判断するに当たっては,厚生労働大臣に上記のような専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権が認められるものというべきである。なお,同法9条は,保護は要保護者の年齢別,性別,健康状態等その個人又は世帯の実際の必要の相違を考慮して有効かつ適切に行うものとすると規定するが,同条は個々の要保護者又はその世帯の必要に即応した保護の決定及び実施を求めるものであって,保護基準の内容を規律するものではない。また,同条が要保護者に特別な需要が存在する場合において保護の内容について特別な考慮をすべきことを定めたものであることに照らせば,仮に加算の減額又は廃止に当たって同条の趣旨を参酌するとしても,上記のような専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権に基づく高齢者の特別な需要の存否に係る判断を基礎としてこれをすべきことは明らかである。

(3) また,老齢加算の全部についてその支給の根拠となる上記の特別な需要が認められない場合であっても,老齢加算の廃止は,これが支給されることを前提として現に生活設計を立てていた被保護者に関しては,保護基準によって具体化されていたその期待的利益の喪失を来す側面があることも否定し得ないところである。そうすると,上記のような場合においても,厚生労働大臣は,老齢加算の支給を受けていない者との公平や国の財政事情といった見地に基づく加算の廃止の必要性を踏まえつつ,被保護者のこのような期待的利益についても可及的に配慮するため,その廃止の具体的な方法等について,激変緩和措置の要否などを含め,上記のような専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権を有しているものというべきである。

(4) そして,老齢加算の減額又は廃止の要否の前提となる最低限度の生活の需要に係る評価や被保護者の期待的利益についての可及的な配慮は,前記(2)及び(3)のような専門技術的な考察に基づいた政策的判断であって,老齢加算の支給根拠及びその額等については,それまでも各種の統計や専門家の作成した資料等に基づいて高齢者の特別な需要に係る推計や加算対象世帯と一般世帯との消費構造の比較検討がされてきたところである。これらの経緯等に鑑みると,老齢加算の廃止を内容とする保護基準の改定は,@ 当該改定の時点において70歳以上の高齢者には老齢加算に見合う特別な需要が認められず,高齢者に係る当該改定後の生活扶助基準の内容が高齢者の健康で文化的な生活水準を維持するに足りるものであるとした厚生労働大臣の判断に,最低限度の生活の具体化に係る判断の過程及び手続における過誤,欠落の有無等の観点からみて裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があると認められる場合,あるいは,A 老齢加算の廃止に際し激変緩和等の措置を採るか否かについての方針及びこれを採る場合において現に選択した措置が相当であるとした同大臣の判断に,被保護者の期待的利益や生活への影響等の観点からみて裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があると認められる場合に,生活保護法3条,8条2項の規定に違反し,違法となるものというべきである。

2(1) 前記事実関係等によれば,専門委員会が中間取りまとめにおいて示した意見は,特別集計等の統計や資料等に基づき,@ 無職単身世帯の生活扶助相当消費支出額を比較した場合,いずれの収入階層でも70歳以上の者の需要は60ないし69歳の者のそれより少ないことが示されていたこと,A 70歳以上の単身者の生活扶助額(老齢加算を除く。)の平均は,第T−5分位の同じく70歳以上の単身無職者の生活扶助相当消費支出額を上回っていたこと,B 昭和59年度から平成14年度までにおける生活扶助基準の改定率は,消費者物価指数及び賃金の各伸び率を上回っており,特に同7年度以降の比較では後二者がマイナスで推移しているにもかかわらずプラスとなっていたこと,C 昭和58年度以降,被保護勤労者世帯の消費支出の割合は一般勤労者世帯の消費支出の7割前後で推移していたこと,D 昭和55年と平成12年とを比較すると第T−10分位及び被保護勤労者世帯の平均のいずれにおいても消費支出に占める食料費の割合(エンゲル係数)が低下していることなどが勘案されたものであって,統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性に欠けるところはない。そして,70歳以上の高齢者に老齢加算に見合う特別な需要が認められず,高齢者に係る本件改定後の生活扶助基準の内容が健康で文化的な生活水準を維持するに足りない程度にまで低下するものではないとした厚生労働大臣の判断は,専門委員会のこのような検討等を経た事案3(5)アの意見に沿って行われたものであり,その判断の過程及び手続に過誤,欠落があると解すべき事情はうかがわれない。

(2) また,前記事実関係等によれば,本件改定が老齢加算を3年間かけて段階的に減額して廃止したことも,専門委員会の事案3(5)ウの意見に沿ったものであるところ,平成11年度における老齢加算のある被保護者世帯の貯蓄純増は老齢加算の額に近似した水準に達しており,老齢加算のない被保護者世帯の貯蓄純増との差額も月額で5000円を超えていたというのであるから,3年間かけて段階的に老齢加算を減額して廃止することによって被保護者世帯に対する影響は相当程度緩和されたものと評価することができる上,厚生労働省による生活扶助基準の水準の定期的な検証も事案3(5)イの意見を踏まえて生活水準の急激な低下を防止すべく配慮したものということができ,その他本件に現れた一切の事情を勘案しても,本件改定に基づく生活扶助額の減額が被保護者世帯の期待的利益の喪失を通じてその生活に看過し難い影響を及ぼしたものとまで評価することはできないというべきである。

(3) 以上によれば,本件改定については,前記1(4)@及びAのいずれの観点からも裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるということはできない。
 したがって,本件改定は,生活保護法3条又は8条2項の規定に違反するものではないと解するのが相当である。そして,本件改定に基づいてされた本件各決定にも,これを違法と解すべき事情は認められない。原審の判断は,正当として是認することができ,論旨は採用することができない。

【判旨2】

 生活保護法は,健康で文化的な最低限度の生活の保障という憲法25条の趣旨を具体化した法律の規定として,3条において,生活保護法による保護において健康で文化的な生活水準を維持することができる最低限度の生活が保障されるべき旨を定めており,8条2項において,保護の基準がこのような最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであるべき旨を定めているところ,判旨1の2において説示したとおり,厚生労働大臣が老齢加算を数次の減額を経て廃止する保護基準の改定として行った本件改定は,このように憲法25条の趣旨を具体化した生活保護法3条又は8条2項の規定に違反するものではない以上,これと同様に憲法25条に違反するものでもないと解するのが相当であり,このことは,前記大法廷判決の趣旨に徴して明らかというべきである。これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,論旨は採用することができない。

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