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最高裁判所第二小法廷決定平成24年02月29日

【事案】

1.Aほか1社を株式移転完全子会社とする株式移転に反対したAの株主である平成23年(許)第21号相手方・同第22号抗告人(以下「相手方」という。)が,Aに対し,相手方の有する株式を公正な価格で買い取るよう請求したが,その価格の決定につき協議が調わないため,相手方が,会社法807条2項に基づき,価格の決定の申立てをした事案である。なお,原々決定後,平成23年(許)第21号抗告人・同第22号相手方(以下「抗告人」という。)がAを吸収合併してその権利及び義務を承継した。

2.事実関係等の概要

(1) Aは,東京証券取引所の市場第一部にその株式を上場していた株式会社であったところ,平成20年9月4日,抗告人(当時の商号はB)との間で経営統合に向けた協議を開始することを発表した。なお,当時,Aと抗告人の間には,相互に特別の資本関係はなかった。

(2) A及び抗告人は,平成20年11月18日,各取締役会の承認を得て,A及び抗告人を株式移転完全子会社とし,株式移転設立完全親会社としてCを設立する株式移転計画を作成し,同日の市場取引終了後,これを公表した(以下,同計画に基づく株式移転を「本件株式移転」という。)。
 上記株式移転計画においては,抗告人の株主に対し,その普通株式1株につきCの普通株式1株を,Aの株主に対し,その普通株式1株につきCの普通株式0.9株をそれぞれ割り当てることとされた(以下,これらの割当てに関する比率を「本件株式移転比率」という。)。本件株式移転比率は,A及び抗告人が,それぞれ第三者機関に対し株式移転の条件の算定を依頼して得た結果を参考に,協議し,合意されたものである。

(3) 平成21年1月26日に開催されたAの株主総会(以下「本件総会」という。)において本件株式移転を承認する旨の決議(以下「本件総会決議」という。)がされた。これを受けて,同年3月26日,Aの株式は上場廃止となり,同年4月1日,本件株式移転の効力が生じた。

(4) 相手方は,合計389万0700株の株式を保有するAの株主であるが,本件総会に先立ち,本件株式移転に反対する旨をAに通知し,本件総会において本件総会決議が行われるに当たり,これに反対した上,会社法806条5項所定の期間(株式買取請求期間)内である平成21年2月12日,Aに対し,相手方の保有する上記株式を公正な価格で買い取ることを請求した。

3.原審は,上記事実関係の下で,要旨次のとおり判断して,相手方の株式買取請求に係る株式の買取価格を1株につき747円と定めた。
 相手方の株式買取請求に係る「公正な価格」は,本件株式移転の効力発生日を基準として,Aと抗告人の経営統合による企業価値の増加を適切に反映したAの株式の客観的価値を基礎として算定すべきである。本件株式移転比率が上記経営統合による企業価値の増加を適切に反映しているのであれば,これを前提とすべきであるが,本件株式移転の計画が公表された翌日,Aの市場株価が制限値幅の下限まで下落し,その後も市場全体の株価の推移と比較して大きな下落率で推移したことなどからすると,本件株式移転比率は,経営統合による企業価値の増加を適切に反映したものとはいえない。そこで,本件の「公正な価格」は,本件株式移転の効力発生日を基準として,本件株式移転比率に基づく本件株式移転がなかったら有していたであろうAの株式の客観的価値を基礎として算定すべきことになる。この客観的価値は,経営統合に向けた協議の開始の公表後であって,できる限り本件株式移転の効力発生日に近接し,かつ,本件株式移転の影響を排除できる,本件株式移転の内容が公表された前日までの市場株価を参照して算定するのが相当であり,さらに,一定の投機的思惑などの偶発的要素による株価の変動を排除するために,本件株式移転の内容が公表された平成20年11月18日より前の1か月間のAの市場株価の終値の出来高加重平均値をもってAの株式の客観的価値とみるのが相当である。そうすると,本件における「公正な価格」は,1株につき747円となる。

【判旨】

1.原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1)ア.株式移転が行われる場合,会社法806条2項所定の株主(以下「反対株主」という。)は,株式移転完全子会社に対し,自己の有する株式を「公正な価格」で買い取るよう請求することができる(同条1項)。このように,反対株主に「公正な価格」での株式の買取りを請求する権利が付与された趣旨は,反対株主に会社からの退出の機会を与えるとともに,退出を選択した株主には,株式移転がされなかったとした場合と経済的に同等の状態を確保し,さらに,株式移転により,組織再編による相乗効果(以下「シナジー効果」という。)その他の企業価値の増加が生ずる場合には,これを適切に分配し得るものとすることにより,反対株主の利益を一定の範囲で保障することにある(最高裁平成22年(許)第30号同23年4月19日第三小法廷決定・民集65巻3号1311頁参照)。また,上記の「公正な価格」の額の算定に当たっては,反対株主と株式移転完全子会社との間に売買契約が成立したのと同様の法律関係が生ずる時点であり,かつ,株主が会社から退出する意思を明示した時点である株式買取請求がされた日を基準日とするのが合理的である(前記第三小法廷決定参照)。

イ.これらのことに照らすと,株式移転によりシナジー効果その他の企業価値の増加が生じない場合には,株式移転完全子会社の反対株主がした株式買取請求に係る「公正な価格」は,原則として,当該株式買取請求がされた日における,株式移転を承認する旨の株主総会決議がされることがなければその株式が有したであろう価格をいうと解するのが相当であるが(前記第三小法廷決定参照),それ以外の場合には,株式移転後の企業価値は,株式移転計画において定められる株式移転設立完全親会社の株式等の割当てにより株主に分配されるものであること(以下,株式移転設立完全親会社の株式等の割当てに関する比率を「株式移転比率」という。)に照らすと,上記の「公正な価格」は,原則として,株式移転計画において定められていた株式移転比率が公正なものであったならば当該株式買取請求がされた日においてその株式が有していると認められる価格をいうものと解するのが相当である。

ウ.一般に,相互に特別の資本関係がない会社間において株式移転計画が作成された場合には,それぞれの会社において忠実義務を負う取締役が当該会社及びその株主の利益にかなう計画を作成することが期待できるだけでなく,株主は,株式移転完全子会社の株主としての自らの利益が株式移転によりどのように変化するかなどを考慮した上で,株式移転比率が公正であると判断した場合に株主総会において当該株式移転に賛成するといえるから,株式移転比率が公正なものであるか否かについては,原則として,上記の株主及び取締役の判断を尊重すべきである。そうすると,相互に特別の資本関係がない会社間において,株主の判断の基礎となる情報が適切に開示された上で適法に株主総会で承認されるなど一般に公正と認められる手続により株式移転の効力が発生した場合には,当該株主総会における株主の合理的な判断が妨げられたと認めるに足りる特段の事情がない限り,当該株式移転における株式移転比率は公正なものとみるのが相当である。

エ.株式が上場されている場合,市場株価が企業の客観的価値を反映していないことをうかがわせる事情がない限り,「公正な価格」を算定するに当たって,その基礎資料として市場株価を用いることには合理性があるといえる。そして,株式移転計画に定められた株式移転比率が公正なものと認められる場合には,株式移転比率が公表された後における市場株価は,特段の事情がない限り,公正な株式移転比率により株式移転がされることを織り込んだ上で形成されているとみられるものである。そうすると,上記の場合は,株式移転により企業価値の増加が生じないときを除き,反対株主の株式買取請求に係る「公正な価格」を算定するに当たって参照すべき市場株価として,基準日である株式買取請求がされた日における市場株価や,偶発的要素による株価の変動の影響を排除するためこれに近接する一定期間の市場株価の平均値を用いることは,当該事案に係る事情を踏まえた裁判所の合理的な裁量の範囲内にあるといえる。

(2) これを本件についてみるに,前記事実関係によれば,Aと抗告人は,相互に特別の資本関係がなく,本件株式移転に関し,株主総会決議を経るなどの一般に公正と認められる手続を経て,本件株式移転の効力が発生したというのであり,本件総会に先立つ情報の開示等に問題があったことはうかがわれない。そうであれば,本件総会における株主の合理的な判断が妨げられたと認めるに足りる特段の事情がない限り,本件株式移転比率は公正なものというべきところ,市場株価の変動には様々な要因があるのであって,専らAの市場株価の下落やその推移から,直ちに上記の特段の事情があるということはできず,他に,本件において,上記特段の事情の存在はうかがわれない。したがって,本件株式移転比率は公正なものというべきである。
 原審は,本件株式移転により企業価値が増加することを前提としながら,以上と異なり,本件株式移転比率は企業価値の増加を適切に反映したものではなく,公正なものではないとして,本件株式移転の内容が公表された平成20年11月18日より前の1か月間の市場株価の終値を参照して「公正な価格」を算定した点において,その判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。各抗告人の論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。

2.以上によれば,原決定は破棄を免れない。そこで,以上の見地に立って,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

【須藤正彦補足意見】

 私は,法廷意見に賛同するものであるが,裁判所の株式買取価格の決定において,株式の市場価格が基礎資料として参照されることに関連して,企業の客観的価値やシナジー効果が生じるとされる企業再編での公正な株式移転比率などについて少しく補足して述べることとしたい。

1(1) 会社法807条の買取価格の決定は,裁判所が合理的な裁量の下に株式の公正な価格を形成するものであって,客観的に定まっている過去のある一定時点の株価を確認するものではない(最高裁昭和47年(ク)第5号同48年3月1日第一小法廷決定・民集27巻2号161頁同平成22年(許)第30号同23年4月19日第三小法廷決定・民集65巻3号1311頁参照)。もっとも,このように裁判所の合理的な裁量に委ねられるとはいえ,その決定価格は,客観的な企業価値と無関係ではなく,これを基礎に置くものでなければならないであろう。そうすると,共同株式移転による企業再編で正のシナジー効果が生じた場合,理論的には,例えば,各当事企業の再編前の客観的な企業価値及び再編による客観的な企業価値の増加分の合計を各当事企業の再編前の企業価値に応じるなどして各当事企業に分配し,その上で,それをそれぞれの発行済み株式総数で除して理論的な株式の価格を算定し,その価格を基礎として裁判所が「公正な価格」を形成するとの方法が考えられてくる。

(2) だが,企業の客観的価値は,理論的,分析的には,当該企業の将来のキャッシュ・フロー(フリー・キャッシュ・フロー。税引後当期純利益に減価償却費等非現金費用を加算し,その額から設備投資等必要な資本支出額を控除した額)の割引現在価値(割引率はリスクを考慮したもの)の総和から負債価値を控除したものとされるとしても,将来のキャッシュ・フローは未来の不確実な事象に基づく不確実な数字であるから,正確な企業価値を直接に測定することは不可能である。企業再編でシナジー効果が生ずる場合の客観的な企業価値の増加分については一層そのようにいえるだろう。そうすると,企業価値の増加分を分配した理論的な株式の価格等は,いずれも直ちには算出し得ないことになる。
 ここで,企業の客観的価値やその増加分を可及的に正確に認識しようとするために,財務数値や経営政策などを手がかりにしつつ様々なシミュレーションや条件を組み合わせることによる評価算定方法がこれまで考案され,また,実際にも用いられているところである。しかしながら,これらの評価算定方法は,いずれも専門的であって,到底平易なものとはいえず,裁判所自らが,上記のうちの何らかの方法を採用するなどして作業を行うことは,裁判所の性質,役割からしてもちろん不適切かつ非現実的であるし,また,専門家の鑑定によるということになればその費用は高額に達し,少なからぬ時間を要することにもなろう。のみならず,これらの評価算定方法も,所詮は不確定的な数値による予測等を基にするという性質は避けられず,不確実性を免れない。これらの点を考慮すると,少なくとも,買取価格の決定において,他に適切な評価方法があり,それで「公正な価格」を形成するに不足ないのであれば,それによることに加えてわざわざ上記の評価算定方法まで用いることは意味あることとは思われない。

(3) ところで,上場された株式の市場株価は,企業の客観的価値が投資家の評価を通して反映され得るとされる。また,法廷意見のとおり,相互に特別の資本関係がない会社間において,一般に公正と認められる手続により株式移転の効力が発生し,株式移転を承認する株主総会における株主の合理的判断が妨げられたと認めるに足りる特段の事情がないときは,株式移転比率は公正である。この場合,当然のことながら,市場株価にはその公正な株式移転比率も織り込まれ得る。そうすると,このような場合の市場株価は,シナジー効果等による企業価値増加分の公正な分配を反映した価格であるといえることになる。したがって,このような場合に,裁判所が株式の「公正な価格」を形成するに当たって,市場株価を基礎資料として参照することは十分に合理的なことといえる。しかも,それはさしたる困難を伴わず,かつ,高額な鑑定費用も要さず迅速な買取価格の決定に資するから,方法において適切であるということになる。
 もっとも,市場株価は,相当の長い期間を通して観察すれば企業の客観的価値を忠実に反映するものであるとしても,市場ないしは投資家は,企業の経営状況や事業の見通し等について必ずしも十分に正確な情報を有しているわけではなく(情報の非対称性),さまざまな思惑で行動したり,偶発的要素が生ずることなどの事由により,その評価(市場株価)は変動するとされている。特に,市場株価が企業の客観的価値を反映してないことをうかがわせる事情が認められる場合には,もはや市場株価を「公正な価格」を形成するに当たって基礎資料として用いることはできない。さらに,企業の客観的価値を反映していないことをうかがわせる事情があるとまではいえないとしても,市場株価の前記の特質からすれば,特定の時点の市場株価は企業の客観的価値を反映した価格と乖離しているのではないかと疑わしめるような場合もある。したがって,「公正な価格」の形成に当たって市場株価を基礎資料として用いるとしても,十分に慎重であるべきであり,市場株価はある程度の幅をもって捉えられることが必要であるとも思われる。当該企業に係る事情を踏まえた裁判所の合理的な裁量に委ねられるところではあるが,偶発的要素を排除するために,例えば,買取価格決定の基準日たる買取請求日という偶然の日の市場株価のみを参照するのではなく,それに近接する前後(株式移転が効力を生ずる日も含む。)の適宜の期間の終値出来高加重平均値を参照するなどのことが相当とされる場合も少なからずあると思われる。

(4) これに対し,市場株価がある場合でもそれが企業の客観的価値を反映していないことをうかがわせる事情が生じているときは,前記のとおり,もはや「公正な価格」を形成するに当たって市場株価を基礎資料として用いることはできない。また,相互に特別の資本関係がない会社間における株式移転で,まれではあろうが,一方の当事会社の財務情報が虚偽であったり秘匿されるなどで一般に公正と認められる手続がされず,あるいは,株主総会における株主の合理的判断が妨げられたと認めるに足りる特段の事情があって株式移転比率が公正と認められないときは,市場株価は,シナジー効果等による企業価値増加分の公正な分配を反映したものとはいえないから,同様である。更に,市場に上場されていない会社の株式についてはそもそも用いるべき市場株価が存在しない。前記によれば,買取価格は,企業の客観的価値に基礎を置かなければならないであろうから,上記のような場合には,裁判所としては,「公正な価格」を形成するためには,企業の客観的価値の算定が前提として必要とされ,結局,一定の評価算定方法によって算出される企業価値により,かつ,これを基にした株式移転比率を新たに設定せざるを得ないと思われてくる。
 この点については,今後の議論に委ねられている部分が大きいところではあるが,株式の評価算定方法が前記のような性質を有することに鑑みれば,できるだけ費用と時間を節約する簡易な方策が採られてしかるべきこと,会社法806条2項所定の反対株主に株式移転完全子会社等に対する「公正な価格」での株式買取請求権を付与した趣旨は,法廷意見のとおり,反対株主(少数株主)に退出の機会を与えるとともにその利益を一定の範囲で保障することにあるところ,そのことから,同条は,それを通じて株式移転等の当事会社を牽制し公正な株式移転比率を実現する(ひいては会社経営を健全化させる)ことを担保しようとするものでもあると解されること,基本的に当事会社が財務資料を有しており,また,株式移転についての交渉の過程で各当事会社が既にそれぞれ第三者算定機関等専門家に評価算定作業を行わしめていて,上記の資料の提出の負担は重くないことが多いであろうことなども考慮しながら,相当な方法が採られるべきであると思われる。

2.なお,原審が,専ら株式移転計画が公表された後のAの市場株価の下落やその推移から,本件株式移転比率が経営統合による企業価値の増加を適切に反映したものではないとした点について付言しておきたい。一般に,市場ないしは投資家による株式の評価(市場株価)は,前記の事由のほかに,業績予想修正,決算短信など企業の開示する情報や株式の大量売買などによって変動するとされる。また,わが国では,企業再編に関して経営統合に向けた協議を開始することについて発表がなされ,その後に経営統合に関する条件が公表され,しかも,両者の間に相当な時間的な開きがあるというような例が少なくなく,そのような場合,協議開始から経営統合の条件の公表までの段階では市場の期待が高まって株価が高騰したり,その公表がなされた段階では市場が失望してその直後の株価が急落し得るともされている。
 本件において,本件株式移転は,一般に公正と認められる手続を経ていることがうかがわれ,また,株主総会における株主の合理的な判断が妨げられたと認めるに足りる特段の事情があるということはできない。そうすると,Aの株価の下落やその推移は,上記の諸事情やその他の外在的要因が反映した可能性があるとはいえても,本件株式移転比率が公正でないということを示すものということはできない。

 

最高裁判所第二小法廷決定平成24年02月29日

【事案】

 本件公訴事実は,要旨,「被告人は,借金苦等からガス自殺をしようとして,平成20年12月27日午後6時10分頃から同日午後7時30分頃までの間,長崎市内に所在するAらが現に住居に使用する木造スレート葺2階建ての当時の被告人方(総床面積約88.2u)1階台所において,戸を閉めて同台所を密閉させた上,同台所に設置されたガス元栓とグリル付ガステーブル(以下「本件ガスコンロ」という。)を接続しているガスホースを取り外し,同元栓を開栓して可燃性混合気体であるP13A都市ガスを流出させて同台所に同ガスを充満させたが,同ガスに一酸化炭素が含まれておらず自殺できなかったため,同台所に充満した同ガスに引火,爆発させて爆死しようと企て,同日午後7時30分頃,同ガスに引火させれば爆発し,同被告人方が焼損するとともにその周辺の居宅に延焼し得ることを認識しながら,本件ガスコンロの点火スイッチを作動させて点火し,同ガスに引火,爆発させて火を放ち,よって,上記Aらが現に住居に使用する同被告人方を全焼させて焼損させるとともに,Bらが現に住居として使用する木造スレート葺2階建て居宅(総床面積約84.93u)の軒桁等約8.6u等を焼損させたものである」というものである。第1審判決は,被告人が上記ガスに引火,爆発させた方法について,訴因の範囲内で,被告人が点火スイッチを頭部で押し込み,作動させて点火したと認定した。しかし,原判決は,このような被告人の行為を認定することはできないとして第1審判決を破棄し,訴因変更手続を経ずに,上記ガスに引火,爆発させた方法を特定することなく,被告人が「何らかの方法により」上記ガスに引火,爆発させたと認定した。

【判旨】

1.所論は,原判決が訴因変更手続を経ずに上記ガスに引火,爆発させた方法について訴因と異なる認定をしたことは違法であると主張する。
 そこで検討するに,被告人が上記ガスに引火,爆発させた方法は,本件現住建造物等放火罪の実行行為の内容をなすものであって,一般的に被告人の防御にとって重要な事項であるから,判決において訴因と実質的に異なる認定をするには,原則として,訴因変更手続を要するが,例外的に,被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし,被告人に不意打ちを与えず,かつ,判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には,訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為を認定することも違法ではないと解される(最高裁平成11年(あ)第423号同13年4月11日第三小法廷決定・刑集55巻3号127頁参照)。
 原審において訴因変更手続が行われていないことは前記のとおりであるから,本件が上記の例外的に訴因と異なる実行行為を認定し得る場合であるか否かについて検討する。第1審及び原審において,検察官は,上記ガスに引火,爆発した原因が本件ガスコンロの点火スイッチの作動による点火にあるとした上で,被告人が同スイッチを作動させて点火し,上記ガスに引火,爆発させたと主張し,これに対して被告人は,故意に同スイッチを作動させて点火したことはなく,また,上記ガスに引火,爆発した原因は,上記台所に置かれていた冷蔵庫の部品から出る火花その他の火源にある可能性があると主張していた。そして,検察官は,上記ガスに引火,爆発した原因が同スイッチを作動させた行為以外の行為であるとした場合の被告人の刑事責任に関する予備的な主張は行っておらず,裁判所も,そのような行為の具体的可能性やその場合の被告人の刑事責任の有無,内容に関し,求釈明や証拠調べにおける発問等はしていなかったものである。このような審理の経過に照らせば,原判決が,同スイッチを作動させた行為以外の行為により引火,爆発させた具体的可能性等について何ら審理することなく「何らかの方法により」引火,爆発させたと認定したことは,引火,爆発させた行為についての本件審理における攻防の範囲を越えて無限定な認定をした点において被告人に不意打ちを与えるものといわざるを得ない。そうすると,原判決が訴因変更手続を経ずに上記認定をしたことには違法があるものといわざるを得ない。

2.しかしながら,訴因と原判決の認定事実を比較すると,犯行の日時,場所,目的物,生じた焼損の結果において同一である上,放火の実行行為についても,上記台所に充満したガスに引火,爆発させて火を放ったという点では同一であって,同ガスに引火,爆発させた方法が異なるにすぎない。そして,引火,爆発時に被告人が1人で台所にいたことは明らかであることからすれば,引火,爆発させた方法が,本件ガスコンロの点火スイッチを作動させて点火する方法である場合とそれをも含め具体的に想定し得る「何らかの方法」である場合とで,被告人の防御は相当程度共通し,上記訴因の下で現実に行われた防御と著しく異なってくることはないものと認められるから,原判決の認定が被告人に与えた防御上の不利益の程度は大きいとまではいえない。のみならず,原判決は被告人が意図的な行為により引火,爆発させたと認定している一方,本件ガスコンロの点火スイッチの作動以外の着火原因の存在を特にうかがわせるような証拠は見当たらないことからすれば,訴因の範囲内で実行行為を認定することも可能であったと認められるから,原審において更に審理を尽くさせる必要性が高いともいえない。また,原判決の刑の量定も是認することができる。そうすると,上記の違法をもって,いまだ原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められない。

(参照条文)刑事訴訟法411条

 上告裁判所は、第四百五条各号に規定する事由がない場合であつても、左の事由があつて原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。

一 判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。
2号以下略。

 

【千葉勝美反対意見】

 私は,原審が訴因の変更手続を経ずに「何らかの方法により引火,爆発させた」と認定し有罪としたことには訴訟手続に違法があるとする点について,多数意見と見解を同じくするものである。しかし,多数意見が,結論として,この違法をもっていまだ原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められないとする点については,賛成することができない。
 以下,1及び2においては,まず,訴因変更手続の要否の問題を生じさせるに至った原審の審理・判決について,私が考える問題点を指摘し,3においては,反対意見として,多数意見に賛成できない理由を述べることとする。

1.本件において,台所に充満したガスに着火させた具体的な方法については,第1審判決は,被告人が点火スイッチを頭部で押し込み,作動させて引火,爆発させたと認定したため,原審においては,この点が証拠上認定できるかを中心に審理が行われ,結局,原判決は,この行為は証拠上認定することができないと判断している。ところで,被告人の頭を使った点火スイッチの作動が認定できないとされる場合であっても,そのことから直ちに被告人が上記ガスに着火させたこと自体が全て否定されるわけではなく,他の方法により放火がされることもあり得るところである(例えば,単純に手などで点火スイッチを押し込んで着火させた等)。そして,原審は,ガスへの引火が被告人の関与しない冷蔵庫の部品から出る火花その他の火源等によるものとは認定できず,被告人が意図的な行為により引火,爆発させたこと自体は認定できるとしているのである。そうであれば,原審としては,検察官に対して,これまで具体的な着火方法として主張している「頭を使った点火スイッチの作動」以外の着火方法の追加主張や,従前の主張の変更(例えば,点火スイッチを作動させて着火させたとだけ主張し,作動させた具体的方法は限定しない等)等があるか否かについて,あらかじめ求釈明や証拠調べにおける発問等を行い,その対応に応じて的確な争点の設定をした上で審理を進めるべきであったというべきである。(なお,記録によれば,本件においては,多数意見が指摘するとおり,本件ガスコンロの点火スイッチの作動以外の着火原因の存在を特にうかがわせるような証拠は見当たらないのであるから,点火スイッチを作動させてガスに着火させたという訴因のままの実行行為を認定することが十分に可能であったと思われ,そうであれば,あえて具体的な作動方法を特定しないことにしてそれを前提に審理をすることが十分に考えられるところである。)

2.ところが,原審は,頭で点火スイッチを作動させた点は認められないことから,訴因変更手続はもちろん,検察官による具体的着火方法の主張の追加・変更等をさせずに,いきなり上記ガスに「何らかの方法により引火,爆発させた」と認定している。このような原審の審理方法及び有罪認定は,刑事裁判の審理等の在り方からして,次のような問題があると考える。
 まず,一般的には,このような犯罪事実の認定であっても,犯行の日時,場所,目的物,生じた結果は特定されており,原審の認定した罪となるべき事実は,現住建造物等放火罪の構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかになっているので,この点で不十分な点があるとはいえない。
 しかしながら,頭でスイッチを押し込んだという事実が認定できない場合であっても,点火スイッチを作動させたという訴因の範囲内では認定が可能である場合には(前記のとおり,本件ではそれが可能であったと思われる。),そのように,求釈明等により検察官の主張の修正を促し,争点を点火スイッチを作動させたかどうかという訴因の範囲内として攻撃防御を尽くさせ,証拠上可能であれば,訴因どおりの認定(点火スイッチを作動させて着火させたというもの)をすべきであり,そのような求釈明等の手当をしないまま,いきなり,着火方法を全く特定しないで,「何らかの方法により」着火させたとするべきではない。
 そもそも,本件のような放火事件で,「何らかの方法により」着火させたという認定がされるのは,通常は,放火の実行行為はあったが,具体的な方法が全く不明である場合や,着火させた方法として考えられるものが多数あり,そのうちどの方法を採ったかは証拠上決め手がなく,いずれとも特定できない場合などであろう。しかし,本件では,ライターやマッチを使って点火した等の考え得る他の方法により着火させたとはうかがわれず,冷蔵庫の部品からの火花等によることもあり得ないとすれば,考えられる着火方法としては,点火スイッチを作動させて着火させることである。したがって,本件は,着火方法が全く不明であったり,考えられる方法が多数ありそのうちどの方法を採ったのか決め手がないという場合ではない。原審としては,そのように検察官側からの主張の修正を促す等により,対応できるはずであり,訴因の内容を更に限定したりせず,そのまま攻撃防御を尽くさせ,その上で,証拠上可能な場合にはそのような認定をすべきである。
 加えて,被告人の防御という観点からみても,「何らかの方法により」という認定がされることになるのであれば,被告人としては,防御方法としては,@具体的な着火方法を特定して主張されない以上防御ができない旨を主張して争うか,あるいは,A被告人の関与しない他の原因による着火の可能性がある点をより真剣に反論していくことになり,防御の仕方,内容が異なってくる可能性があり(なお,上記Aの点では,被告人は,原審では冷蔵庫の部品からの火花による着火を原因として挙げてはいるが,頭でスイッチを押し込んだ点の反論に力が入っていたはずであり,他の原因の存在について十分な防御がされていたとはいえない。),その負担もより大きくなろう。訴因記載の着火方法の有無を争点とすることが可能であるのであれば,それを基に審理を進めるよう対応すべきものであり,原審が,このような方法について検討することなく,いきなり「何らかの方法で」という認定をしたのであれば,刑事裁判の審理の在り方からして疑問であると考える。

3.ところで,本件の処理については,多数意見は,本件ガスに引火,爆発させた方法が,本件ガスコンロの点火スイッチを作動させて点火する方法である場合とそれをも含め具体的に想定し得る「何らかの方法」である場合とで,被告人の防御は相当程度共通し,上記訴因の下で現実にされた防御と著しく異なってくることはないものと認められるから,原判決の認定が被告人に与えた防御上の不利益は大きいとまではいえない点や,証拠の関係からすると,訴因の範囲内での実行行為を認定することも可能であり,原審において更に審理を尽くさせる必要性が高いとはいえず,原判決の刑の量定も是認できることを理由に,この違法は,いまだ原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められないとしている。証拠からうかがわれる本件の内容によれば,私も,原審で更に審理を尽くさせる実質的な必要性が高いといえるかは疑問があり,訴訟経済や当事者の負担の点からすると,理解できる見解ではある。しかし,刑事訴訟手続における審理の基本構造は,訴因を基に検察官と弁護人とが攻撃防御を尽くし,適正な手続に基づいて審理を尽くすというものであるから,訴因の変更の要否についての手続的な過誤は,それが,被告人に不意打ちを与えるものとして,違法とされ,訴因変更手続を経るべきであるとされた以上は,この過誤は刑事裁判における手続的正義に反する重大なものというべきであり,被告人の納得も得られないところである。さらに,前記のとおり,被告人の防御方法,内容が変わり得るものである以上,適正な手続に従った十分な防御がされたということもできない。
 以上によれば,私は,多数意見が,原判決につき,訴因の変更をしなかった法令違反を認めながらそれが著しく正義に反しないものと評価したことは,訴因を対象として攻撃防御を尽くすという刑事裁判の手続的正義の観点から賛成することはできず,当審としては,原判決を破棄し,原審に差し戻すべきであると考える。

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