最新最高裁判例

最高裁判所第二小法廷判決平成24年04月02日

【事案】

1.併合罪の一部である証拠隠滅教唆の事実につき重大な事実誤認の疑いが顕著であるとして原判決を破棄して差し戻した事案。

2.証拠隠滅教唆に関する第1審判決の認定事実の概要

 本件のうち証拠隠滅教唆につき,原判決が是認した第1審判決認定の犯罪事実の概要は,被告人が,牛肉在庫緊急保管対策事業(以下「保管対策事業」という。)等を利用して敢行した詐欺及び補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「補助金適正化法」という。)違反に係る自己の刑事事件について,自己が代表取締役を務めるハンナンマトラス株式会社の取締役Bを教唆してその証拠を隠滅させようと企て,@平成15年3月上旬頃,同社事務所において,同人に対し,「羽曳食の書類の中に問題のありそうなものがあれば処分しときなさい」などと申し向けて上記刑事事件に関する書類の廃棄を依頼し,同人をしてその旨決意させ,よって,そのころ,同所において,同人らをして,羽曳野市食肉事業協同組合等の平成13年度分ないし平成14年度分の総勘定元帳,決算書,振替伝票,納品書及び請求書等の一部をシュレッダーにかけて裁断させ,A平成16年4月14日頃,同社事務所において,同人に対し,「事業に関する書類は,全部処分しておきなさい」などと申し向けて上記同様の書類の廃棄を依頼し,同人をしてその旨決意させ,よって,同月15日頃,同所において,同人らをして,羽曳野市食肉事業協同組合等の平成13年度分ないし平成15年度分の決算書,振替伝票,納品書及び請求書等の一部をシュレッダーにかけて裁断させ,もって,それぞれ証拠を隠滅させた,というものである。

3.本件訴訟等の経過

(1) 被告人は,第1審公判では本件証拠隠滅教唆の事実を認めていたところ,第1審判決は,本件証拠隠滅教唆のほか,詐欺,補助金適正化法違反の各事実を認定し,被告人を懲役7年に処した。
 これに対し,被告人は,詐欺の事実に関する事実誤認,法令適用の誤り,補助金適正化法違反の事実に関する事実誤認に加え,本件証拠隠滅教唆の事実に関する事実誤認,更には量刑不当を理由に控訴するとともに,第1審判決後に自宅の納戸にあった段ボール箱2箱の中から,隠滅対象として認定された経理関係書類の一部である,@平成13年度及び平成14年度の総勘定元帳,A平成13年度ないし平成15年度の決算書,B平成14年度及び平成15年度の振替伝票,C羽曳野市食肉事業協同組合宛ての平成13年度の納品書,D平成13年度ないし平成15年度の請求書を含む,羽曳野市食肉事業協同組合等の経理関係書類(以下「被告人保管書類」という。)を発見したとして,これらを証拠物としてその取調べを請求するに至った。
 原判決は,被告人保管書類は複製されたものである可能性が高く,発見経緯に関する被告人らの説明も信用し難い上,正犯者であるBらの供述の信用性に影響を与えないから事実誤認はないなどとして控訴を棄却した。

(2) 他方,被告人から指示を受け本件証拠隠滅に及んだとされるBについては,平成16年11月10日証拠隠滅罪により懲役1年6月,3年間執行猶予に処せられ,同月18日同判決は確定した。
 しかし,Bは,平成20年12月16日,確定判決後に,隠滅したとされた経理書類等の一部が被告人方及び検察庁になお保管されていたことが明らかになったとして,再審請求に及んだ。大阪地方裁判所は,平成22年11月25日,被告人保管書類及び検察庁に保管された書類は,いずれも本件で裁断したとされる書類の原本の一部であると推認され,これらの分量の多さからすると,これが本件で裁断したとされる書類に占める割合は相当に大きく,納品書等を含めた未発見の残部についても裁断されたとの判断を維持できず,証拠隠滅の事実は全体につき合理的な疑いを生じている旨判示して,再審開始を決定した。
 再審公判において,検察官は,被告人保管書類が原本であることを争わず,Bらが裁断したのは,被告人保管書類以外の経理関係書類,すなわち,@食肉業者から羽曳野市食肉事業協同組合宛ての納品書,A羽曳野市食肉事業協同組合から大阪府食肉事業協同組合連合会等宛ての納品書控え,B食肉業者から羽曳野市食肉事業協同組合が買い受け,大阪府食肉事業協同組合連合会等に売却した食肉の入庫又は名義変更について通知するために,株式会社大阪食品流通センターが作成し,羽曳野市食肉事業協同組合宛てに送付していた書類であると主張した。これに対し,大阪地方裁判所は,平成24年2月8日,羽曳野市食肉事業協同組合等の経理関係のあらゆる書類を裁断したとのBらの自白の信用性には疑問があり,検察官の主張する未発見の経理関係書類が優先的に裁断されたと考えることにも無理があるとして,Bを無罪とした。この判決は,検察官の上訴権放棄により同月10日確定した。

【判旨】

1.原判決が是認する第1審判決において隠滅対象とされた書類は,羽曳野市食肉事業協同組合等の平成13年度分及び平成14年度分の総勘定元帳並びに平成13年度分ないし平成15年度分の決算書,振替伝票,納品書及び請求書等の一部である。「一部」の中に何が含まれているのか必ずしも定かでないが,少なくとも,具体的に例示されている同組合等の総勘定元帳,決算書,振替伝票,納品書及び請求書(以下「重要な経理関係書類」という。)がこれに含まれるのは当然であって,被告人保管書類の中には,その標題等の体裁を見る限り,これらに該当するものが存在する。
 そして,被告人保管書類を見ると,金融機関が作成した当座勘定照合票,税務署の受付印が押された確定申告書,取引先の倉庫会社が作成した出庫重量報告書,名義変更完了通知書,電力会社等が作成した請求書,大阪府の収受印が押された総会議事録,法務局の印が押された登記簿謄本等,明らかに原本と認められる書類が多数含まれていること,総勘定元帳等には,作成時期に応じて筆跡の異なる手書きの記載があり,日常業務の中で使用されていた形跡があることなどに照らすと,被告人保管書類の中の重要な経理関係書類は原本である可能性が極めて高い。
 第1審判決の認定によれば,被告人は,Bに対し,平成15年3月上旬頃には「羽曳食の書類の中に問題のありそうなものがあれば処分しときなさい」と,平成16年4月14日頃には「事業に関する書類は,全部処分しておきなさい」とそれぞれ指示したとされており,その趣旨は羽曳野市食肉事業協同組合等の経理関係書類をすべて処分するようにというものであるのに,上記のとおり,被告人の指示により廃棄したはずの重要な経理関係書類の多くが原本として存在している可能性が極めて高いのであって,少なくともその限度において,廃棄行為の存在に重大な疑いがあり,ひいては被告人の指示により同組合等の経理関係書類を廃棄した旨のBらの供述の信用性に全体として疑問が生じるといわざるを得ない。
 なお,検察官は,当審において,被告人保管書類は,Bらが廃棄したと認定された証拠の原本の一部である可能性を否定するのは困難であるとしながらも,当初は,Bの再審公判での上記主張と同様,なお未発見の経理関係書類が廃棄されたものと認められる旨主張していたが,その後,この主張を撤回し,Bの無罪判決が確定していることなどからして,被告人に関する本件証拠隠滅教唆の事実についても無罪が言い渡されるべきである,との意見を述べるに至っている。

2.以上によれば,被告人保管書類の中の重要な経理関係書類の原本性を否定し,これらの書類をBらが廃棄して隠滅したと認定した原判決は,判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認をした疑いが顕著であり,これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。なお,本件証拠隠滅教唆の罪は,詐欺,補助金適正化法違反の各罪と刑法45条前段の併合罪の関係にあるとして有罪の判断がされ,判決がされたものであるから,上記違法は,原判決の全部に影響を及ぼすものである。

3.よって,刑訴法411条3号により原判決を破棄し,同法413条本文に従い,本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成24年04月02日

【事案】

1.北九州市内に居住して生活保護法に基づく生活扶助の支給を受けていた被上告人らが,同法の委任に基づいて厚生労働大臣が定めた「生活保護法による保護の基準」(昭和38年厚生省告示第158号。以下「保護基準」という。)の数次の改定により,原則として70歳以上の者を対象とする生活扶助の加算(以下「老齢加算」という。)が段階的に減額されて廃止されたことに基づいて所轄の福祉事務所長らからそれぞれ生活扶助の支給額を減額する旨の保護変更決定を受けたため,保護基準の上記改定は憲法25条1項,生活保護法56条等に反する違憲,違法なものであるとして,上告人を相手に,上記各保護変更決定の取消しを求めた事案。

(参照条文)生活保護法

8条 保護は、厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし、そのうち、その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとする。
2 前項の基準は、要保護者の年齢別、性別、世帯構成別、所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであつて、且つ、これをこえないものでなければならない。

56条 被保護者は、正当な理由がなければ、既に決定された保護を、不利益に変更されることがない。

2.保護基準のうち,生活扶助に関する基準(以下「生活扶助基準」という。)の定めは,次のとおりである。

(1) 生活扶助基準(別表第1)は,基準生活費(第1章)と加算(第2章)とに大別されている。居宅で生活する者の基準生活費は,市町村別に1級地−1から3級地−2まで六つに区分して定められる級地(別表第9)及び年齢別に定められる第1類と,級地等及び世帯人員別に定められる第2類とに分けられ,原則として世帯ごとに,当該世帯を構成する個人ごとに算出される第1類の額(以下「第1類費」という。)を合算したものと第2類の額(以下「第2類費」という。)とを合計して算出される。第1類費は,食費,被服費等の個人単位の経費に,第2類費は,光熱費,家具什器費等の世帯単位の経費にそれぞれ対応するものとされている。なお,北九州市は,1級地−2と定められている。

(2) 平成16年厚生労働省告示第130号により改定される前の保護基準によれば,加算には,妊産婦加算,老齢加算,母子加算,障害者加算等があり,老齢加算に関しては,被保護者(現に生活保護法による保護を受けている者をいう。以下同じ。)のうち70歳以上の者並びに68歳及び69歳の病弱者について一定額が基準生活費に加算されて支給されていた。
 上記保護基準における生活扶助費の月額は,1級地−2の居宅で生活する70歳以上の者の第1類費が1人当たり3万1180円,第2類費が単身世帯で4万1560円,2人世帯で4万6000円であったため,原則として,基準生活費の月額は単身世帯で7万2740円,2人世帯で10万8360円であった。これに対し,上記保護基準において,1級地の居宅で生活する者の老齢加算の月額は1万7930円であった。

3.事実関係等の概要

(1) 老齢加算は,昭和35年4月,70歳以上の者を対象に前年度に開始された老齢福祉年金を収入として認定することに対応して,これと同額を生活扶助に加算するものとして創設された。その際,老齢加算は,高齢者の特別な需要,例えば観劇,雑誌,通信費等の教養費,下衣,毛布,老眼鏡等の被服・身回り品費,炭,湯たんぽ,入浴料等の保健衛生費及び茶,菓子,果物等のし好品費に充てられるものとして積算されていた。

(2) その後も,老齢加算の額は,老齢福祉年金が増額されるのに伴ってこれと同額が増額されていったが,昭和50年から老齢福祉年金が大幅に引き上げられるに及んで,厚生省(当時)の審議会である中央社会福祉審議会の生活保護専門分科会は,同年9月,老齢加算の額は一般生活費の付加的部分として高齢者の特別な需要に見合うものとされるべきである旨の意見等を内容とする「生活保護制度における加算の取扱いについての意見」を提示した。この意見を受けて,昭和51年1月,老齢加算の額は,1級地における65歳以上の者に係る第1類費基準額の男女平均額の50%とすることとされた。同分科会は,昭和55年12月,その当時利用可能な資料を用いて推計すると,現行の老齢加算の額は金額的にも高齢者の特別な需要にほぼ見合うものと認められる旨の意見等を内容とする「生活保護専門分科会審議状況の中間的取りまとめ」を発表した。
 また,中央社会福祉審議会は,昭和58年12月,加算対象世帯と一般世帯との消費構造を比較検討した結果,高齢者の特別な需要として,加齢に伴う精神的又は身体的な機能の低下に対応する食費,光熱費,保健衛生費,社会的費用,介護関連費等の加算対象経費が認められ,その額は,おおむね現行の老齢加算の額で満たされている旨の意見等を内容とする「生活扶助基準及び加算のあり方について(意見具申)」を発表した。この意見具申を踏まえ,昭和59年4月以降,老齢加算の額は,第1類費に対応する品目に係る消費者物価指数の伸び率に準拠して改定されてきた。

(3) 財務省の審議会である財政制度等審議会の財政制度分科会は,平成15年6月,財務大臣宛てに「平成16年度予算編成の基本的考え方について」と題する建議を提出し,その中で,老齢加算について,年金制度改革の議論と一体的に考えると,70歳未満受給者との公平性,高齢者の消費が加齢に伴って減少する傾向等からみて,その廃止に向けた検討が必要である旨の提言をした。同月,「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003」が閣議決定され,その中で,物価,賃金動向,社会経済情勢の変化,年金制度改革等との関係を踏まえ,老齢加算等の見直しが必要であるとされた。

(4) 厚生労働省の審議会である社会保障審議会(厚生労働省設置法7条1項に定める厚生労働大臣の諮問機関)は,平成15年7月の第6回福祉部会において,生活保護制度の在り方に関する専門委員会(以下「専門委員会」という。)を同部会内に設置した。専門委員会の委員は,社会保障制度や経済学の研究者,社会福祉法人の代表者,地方公共団体の首長等によって構成されていた。
 専門委員会においては,総務庁統計局が平成11年に実施した全国消費実態調査によって得られた調査票を用いて,収入階層別及び年齢階層別に単身世帯の生活扶助相当消費支出額(消費支出額の全体から,生活扶助以外の扶助に該当するもの,被保護世帯は免除されているもの及び家事使用人給料や仕送り金等の最低生活費になじまないものを控除した残額をいう。以下同じ。)等を厚生労働省が集計した結果が説明資料として提示された。それによると,いずれも無職単身世帯の生活扶助相当消費支出額を月額で比較した場合,@ 平均では,60ないし69歳が11万8209円,70歳以上が10万7664円,A 第T−5分位(調査対象者を年間収入額順に5等分した場合に最も収入額の低いグループ)では,60ないし69歳が7万6761円,70歳以上が6万5843円,B 第T−10分位(調査対象者を年間収入額順に10等分した場合に最も収入額の低いグループ)では,60ないし69歳が7万9817円,70歳以上が6万2277円となるなど,いずれの収入階層でも70歳以上の者の需要は60ないし69歳の者のそれより少ないことが示されていた。これらの資料を踏まえて,委員からは,年齢が高くなるに従って消費額が少なくなる事実が明らかになり,老齢加算の前提が崩れたなどとする意見が述べられる一方で,高齢者について老齢加算に見合う特別な需要の存在は検証することができなかったが,高齢者世帯の社会的費用については一定の需要があり得るなどといった意見も述べられた。

(5) 上記(4)の議論等を経て,専門委員会は,平成15年12月16日,「生活保護制度の在り方についての中間取りまとめ」(以下「中間取りまとめ」という。)を公表した。中間取りまとめのうち,老齢加算に関する部分の概要は,次のとおりであった。

ア.単身無職の一般低所得高齢者世帯の消費支出額について70歳以上の者と60ないし69歳の者との間で比較すると前者の消費支出額の方が少なく,70歳以上の高齢者について現行の老齢加算に相当するだけの特別な需要があるとは認められないため,老齢加算そのものについては廃止の方向で見直すべきである。

イ.ただし,高齢者世帯の社会生活に必要な費用に配慮して,保護基準の体系の中で高齢者世帯の最低生活水準が維持されるよう引き続き検討する必要がある。

ウ.被保護者世帯の生活水準が急に低下することのないよう,激変緩和の措置を講ずべきである。

 中間取りまとめについては,同日,社会保障審議会の第7回福祉部会において報告され,様々な意見が述べられたが,老齢加算に係る保護基準の改定の在り方等についての具体的な見解の集約はされなかった。

(6) 財務省は,平成15年12月20日,老齢加算を翌年度から3年間かけて段階的に減額して廃止することなどを盛り込んだ平成16年度予算の財務省原案を内示し,同月24日,上記内容を含む平成16年度予算案が閣議決定された。
 厚生労働大臣は,平成16年度以降,保護基準につき,平成16年厚生労働省告示第130号及び平成17年厚生労働省告示第193号によって老齢加算をそれぞれ減額し,平成18年厚生労働省告示第315号によって老齢加算を廃止する旨の改定をした(以下,これらの保護基準の改定を「本件改定」と総称する。)。
 本件改定に基づき,所轄の福祉事務所長らは,被上告人らのうち世帯主であった者を名宛人として,それぞれ老齢加算の減額又は廃止に伴う生活扶助の支給額の減額を内容とする保護変更決定をした(以下,これらの決定を「本件各決定」と総称する。)。
 なお,記録によれば,厚生労働省においては,中間取りまとめが公表された後も,5年ごとに行われる全国消費実態調査の結果等に基づき,生活扶助基準の水準につき定期的な検証が引き続き行われていることがうかがわれる。

4.原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,本件改定は生活保護法56条に反し違法であるとして,本件各決定を取り消すべきものとした。

(1) 生活保護法56条は,被保護者は正当な理由がなければ既に決定された保護を不利益に変更されることがないと定めているところ,その趣旨に鑑みれば,保護基準の改定に基づいて既に決定された保護を不利益に変更される被保護者との関係においては,単に保護基準が改定されたというだけでは同条にいう正当な理由があるものと解することはできず,その保護基準の改定そのものに正当な理由がない限り,これに基づく保護の不利益変更は同条に反し違法となるものと解される。

(2) 本件改定についての厚生労働大臣の判断は,専門委員会による中間取りまとめ中の前記3(5)の記述を前提としているところ,専門委員会における審議の経過に照らすと,上記記述のうちイ及びウの部分は,老齢加算の廃止という方向性と並んで重要な事項というべきである。それにもかかわらず,同大臣は,遅くとも中間取りまとめが発表されてから4日後までには,老齢加算を3年間かけて段階的に減額して廃止するという本件改定の内容を実質的に決定したものであり,その過程において,高齢者世帯の最低生活水準が維持されるよう検討するという上記イの内容については何ら検討しておらず,激変緩和措置を講ずるという上記ウの内容についても,既に老齢加算を前提とする保護を受けている被保護者が老齢加算の廃止によって被る不利益等を具体的に検討した上で3年という期間及び1年ごとの削減幅が決定された形跡はない。そうすると,本件改定は,考慮すべき事項を十分考慮しておらず,又は考慮した事項に対する評価が明らかに合理性を欠き,その結果,社会通念に照らして著しく妥当性を欠いたものということができる。したがって,本件改定は,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用として,生活保護法56条にいう正当な理由のない保護基準の不利益変更に当たるというべきであるから,これに基づく本件各決定も同条に反し違法となる。

【判旨】

1.原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 生活保護法56条は,保護の実施機関が被保護者に対する保護を一旦決定した場合には,当該被保護者について,同法の定める変更の事由が生じ,保護の実施機関が同法の定める変更の手続を正規に執るまでは,その決定された内容の保護の実施を受ける法的地位を保障する趣旨の規定であると解される。また,同条の規定は,同法において,既に保護の決定を受けた個々の被保護者の権利及び義務について定める第8章の中に置かれている。上記のような同条の規定の趣旨や同法の構成上の位置付けに照らすと,同条にいう正当な理由がある場合とは,既に決定された保護の内容に係る不利益な変更が,同法及びこれに基づく保護基準が定めている変更,停止又は廃止の要件に適合する場合を指すものと解するのが相当である。したがって,保護基準自体が減額改定されることに基づいて保護の内容が減額決定される本件のような場合については,同条が規律するところではないというべきである。

(2) 生活保護法8条2項によれば,保護基準は,要保護者(生活保護法による保護を必要とする者をいう。)の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであるのみならず,これを超えないものでなければならない。そうすると,仮に,老齢加算の一部又は全部についてその支給の根拠となっていた高齢者の特別な需要が認められないというのであれば,老齢加算の減額又は廃止をすべきことは,同項の規定に基づく要請であるということができる。もっとも,同項にいう最低限度の生活は,抽象的かつ相対的な概念であって,その時々における経済的・社会的条件,一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであり,これを保護基準において具体化するに当たっては,国の財政事情を含めた多方面にわたる複雑多様な,しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである(最高裁昭和51年(行ツ)第30号同57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁参照)。したがって,保護基準中の老齢加算に係る部分を改定するに際し,最低限度の生活を維持する上で老齢であることに起因する特別な需要が存在するといえるか否かを判断するに当たっては,厚生労働大臣に上記のような専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権が認められるものというべきである。

(3) また,老齢加算の全部についてその支給の根拠となる上記の特別な需要が認められない場合であっても,老齢加算は,一定の年齢に達すれば自動的に受給資格が生じ,老齢のため他に生計の資が得られない高齢者への生活扶助の一部として相当期間にわたり支給される性格のものであることに鑑みると,その加算の廃止は,これを含めた生活扶助が支給されることを前提として現に生活設計を立てていた被保護者に関しては,保護基準によって具体化されていたその期待的利益の喪失を来すものであることも否定し得ないところである。そうすると,上記のような場合においても,厚生労働大臣は,老齢加算の支給を受けていない者との公平や国の財政事情といった見地に基づく加算の廃止の必要性を踏まえつつ,被保護者のこのような期待的利益についても可及的に配慮する必要があるところ,その廃止の具体的な方法等について,激変緩和措置を講ずることなどを含め,上記のような専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権を有しているものというべきである。

(4) したがって,本件改定は,@ 本件改定の時点において70歳以上の高齢者にはもはや老齢加算に見合う特別な需要が認められないとした厚生労働大臣の判断に上記(2)の見地からの裁量権の範囲の逸脱又はその濫用がある場合,あるいは,A 老齢加算の廃止に際して採るべき激変緩和措置は3年間の段階的な廃止が相当であるとしつつ生活扶助基準の水準の定期的な検証を行うものとした同大臣の判断に上記(3)の見地からの裁量権の範囲の逸脱又はその濫用がある場合に,生活保護法8条2項に違反して違法となり,本件改定に基づく本件各決定も違法となるものというべきである。
 そして,老齢加算の減額又は廃止の要否の前提となる最低限度の生活の需要に係る評価が前記(2)のような専門技術的な考察に基づいた政策的判断であることや,老齢加算の支給根拠及びその額等についてはそれまでも各種の統計や専門家の作成した資料等に基づいて高齢者の特別な需要に係る推計や加算対象世帯と一般世帯との消費構造の比較検討等がされてきた経緯等に鑑みると,同大臣の上記@の裁量判断の適否に係る裁判所の審理においては,主として老齢加算の廃止に至る判断の過程及び手続に過誤,欠落があるか否か等の観点から,統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性の有無等について審査されるべきものと解される。また,本件改定が老齢加算を一定期間内に廃止するという内容のものであることに鑑みると,同大臣の上記Aの裁量判断の適否に係る裁判所の審理においては,本件改定に基づく生活扶助額の減額が被保護者の上記のような期待的利益の喪失を通じてその生活に看過し難い影響を及ぼすか否か等の観点から,本件改定の被保護者の生活への影響の程度やそれが上記の激変緩和措置等によって緩和される程度等について上記の統計等の客観的な数値等との合理的関連性等を含めて審査されるべきものと解される。

(5) これに対し,原審は,厚生労働大臣が専門委員会の中間取りまとめの意見を踏まえた検討をしていないというが,そもそも専門委員会の意見は,厚生労働大臣の判断を法的に拘束するものではなく,また,社会保障審議会(福祉部会)の正式の見解として集約されたものでもなく,その意見は保護基準の改定に当たっての考慮要素として位置付けられるべきものである。また,平成15年12月に公表された専門委員会の中間取りまとめは,事案3(5)のとおり,老齢加算に見合う高齢者の特別な需要は認められないとして老齢加算の廃止を是認しつつ(同ア),その社会生活に必要な費用への配慮の在り方について引き続き検討すべきこと(同イ)及び激変緩和措置を講ずべきこと(同ウ)を述べたものであって,前記事実関係等によれば,平成16年度以降に本件改定が3年間にわたる段階的な減額を経て加算を廃止する形で行われたのは上記ウの意見に沿ったものであり,本件改定後も生活扶助基準の水準につき厚生労働省による定期的な検証が引き続き行われているのも上記イの意見を踏まえたものであって,上記アの意見に沿って老齢加算の廃止を行った本件改定は,中間取りまとめの意見を踏まえた検討を経ていないものということはできず,全体としてその意見の趣旨と一致しないものであったとも解し難い。

2.これと異なる見解に立って,本件改定を行った厚生労働大臣の判断の適否に関し,上記1(4)の各観点について何ら審理を尽くすことなく,本件改定が裁量権の範囲の逸脱又はその濫用によるものとして違法であるとし,これに基づく本件各決定も違法であるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決中別紙被上告人目録1記載の被上告人らの請求に関する部分は破棄を免れない。そこで,上記の点について更に審理を尽くさせるため,原判決中同部分を原審に差し戻すのが相当である。

3.なお,記録によれば,別紙被上告人目録2記載の被上告人らは,同目録記載の各日に死亡していることが明らかであるところ,本件訴訟は,上記被上告人らについては,その死亡と同時に終了したものと解すべきである(最高裁昭和39年(行ツ)第14号同42年5月24日大法廷判決・民集21巻5号1043頁参照)。そこで,本件訴訟のうち上記被上告人らの請求に関する部分は,同目録記載の各日に終了したことを明確にするため,その旨を宣言することとする。

【須藤正彦意見】

 私は,多数意見の結論に賛成するものであるが,一部その理由を異にするため,この点について意見を述べるとともに,事案にかんがみ,なお若干の点を付加しておきたい。

1.多数意見で述べられているとおり,保護基準の改定は,生活保護法8条2項によって専ら規律されるものである。しかしながら,個々の生活保護の実施は,「要保護者の年齢別,性別,健康状態等その個人又は世帯の実際の必要の相違を考慮して,有効且つ適切に行」わなければならない(同法9条)のに対し,保護基準は一律に給付水準を定めるものであるから,多面的かつ複雑な要因を抱えている個々の高齢困窮者の具体的生活状況における需要いかんによっては,本件改定を機械的に適用した個々の保護減額決定が同条の定める必要即応の原則に反するという場合もないわけではないと思われ,その場合は,同条に基づき厚生労働大臣に対し特別基準の設定を申請しなければならないことになり得る。もとより,これを行うか否かについても,保護の実施機関たる所轄福祉事務所長に裁量権があるが,その判断において裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるために,これを申請することなくされた保護減額決定が違法となるということが全くあり得ないわけではないというべきである。

2.老齢加算の廃止を内容とする本件改定は,多数意見で述べられているとおり,70歳以上の被保護者についての老齢加算に見合う特別な需要の存否につき,厚生労働大臣の判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用が認められないのであれば,法8条2項に照らして適法とされるところ,これを実行するに当たってのいわゆる激変緩和措置については,以下のように法的に意味付けられると思われる。
 原審の確定した事実によると,老齢加算の制度は,昭和35年頃から40年以上にわたり,他に生計の資が得られない被保護者が70歳に達すれば自動的に受給資格が生じるとの保護基準の下で,生活扶助の一部として受給できるものとして存続してきた。そのことから,長年の間,厚生労働大臣は,70歳以上の者には老齢であることに起因する特別の需要があると判断してきたということができよう。そうすると,本件改定による老齢加算の廃止は,厚生労働大臣が,平成15年頃に社会事情の変化などをも踏まえて判断を変更し,従来適法としてきた処分を法に適さなくなったと評価してこれを行うものということができると思われる。
 しかしながら,一般に国民は行政処分を適法なものと信頼しているものであるところ,この国民の信頼は社会生活の基盤を成すものであるから,一般にその信頼は保護されるべきであろう。とりわけ,本件の老齢加算のような授益的行政処分(給付処分)であって,しかも40年以上もの長きにわたり保護基準で定められ,その適法性が疑われることなく存続してきたものについては,被保護者が引き続き生活扶助の一部として受給できるものと関係者も含めて強く信頼し,その上で諸般の生活関係を成り立たしめているものといえるから,特にその信頼を保護する必要があり,したがって,その廃止の時期や方法などについては,一定の制約があるというべきである。加えて,一般に高齢者は,加齢とともに生活スタイルの急激な変更に対して円滑な適応が容易でなくなる傾向が生ずるといわれているところである。これらの点に鑑みると,この老齢加算の制度を一挙に廃止することは,そのような変更を高齢者に強いることになり,そのことは,憲法25条の健康で文化的な最低限度の生活の保障の観点からして,高齢者の生活に看過し難い影響を及ぼすことになり得るとともに,高齢者の人間性を損なうことにもなりかねず,憲法13条の個人の尊厳の理念に反するおそれもある。そうすると,法律による行政という見地に立ち,また,国の財政事情からの限界があり,かつ,政策的見地からの大幅な裁量が認められるとしても,本件改定に際し,厚生労働大臣には可能な範囲での激変緩和措置を採る責務があるというべきである。そして,これに対応して,老齢加算を含めた生活扶助が支給されることを前提に現に生活設計を立てていた被保護者は,施行のための立法や行政処分等で具体化されるまでは抽象的なものとの制約を余儀なくされはするものの,激変緩和措置を採るべきことを,単なる恩恵としてではなく,いわば生存権の保障の内容として求めることができるというべきである。したがって,本件改定に際し,仮に厚生労働大臣が何らの激変緩和措置も講じなかったとすれば,これに基づく保護減額決定は違法となっていたものと考えられる。もっとも,本件改定に際し,厚生労働大臣は現に一定の激変緩和措置を講じており,その内容も現下の厳しい財政事情等に照らして明らかに不合理とはいえず,本件改定及び上記決定が違法であるとはいえないと解される。

3.我々は,高齢者を,多年にわたり社会の進展に寄与してきた者として,かつ,豊富な知識と経験を有する者として敬愛しなければならない(老人福祉法2条,国民の祝日に関する法律2条参照)。しかるに,少なからず個人差はあるものの,加齢に伴って生ずる心身の変化は避け難く,また,高齢者のうち生活に窮するなどいわゆる社会的弱者である者の発言力は小さくなる面があると指摘されているところでもある。他方で,我が国は,未曾有の少子高齢化の時代を迎える一方で,財政規律は十分とはいい難く,財源面では厳しい制約下にある。そうすると,本質的な解決は,社会保障の前提基盤としての経済の一層の活性化,雇用の場の確保に拠らざるを得ないということを否定できない面があると思われるが,保護基準の改定に当たっても,また,加算の廃止等に際して激変緩和措置を採るに当たっても,生活に窮する高齢者の置かれたかかる立場からして,その尊厳が全うされるとともに,健康的で文化的な最低限度の生活の確保が損なわれることがないよう特に慎重な配慮が望まれるところである。

(参照条文)

老人福祉法2条
 老人は、多年にわたり社会の進展に寄与してきた者として、かつ、豊富な知識と経験を有する者として敬愛されるとともに、生きがいを持てる健全で安らかな生活を保障されるものとする。

国民の祝日に関する法律2条
 「国民の祝日」を次のように定める。

元日 一月一日 年のはじめを祝う。
成人の日 一月の第二月曜日 おとなになつたことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます。
建国記念の日 政令で定める日 建国をしのび、国を愛する心を養う。
春分の日 春分日 自然をたたえ、生物をいつくしむ。
昭和の日 四月二十九日 激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす。
憲法記念日 五月三日 日本国憲法 の施行を記念し、国の成長を期する。
みどりの日 五月四日 自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ。
こどもの日 五月五日 こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。
海の日 七月の第三月曜日 海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う。
敬老の日 九月の第三月曜日 多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う。
秋分の日 秋分日 祖先をうやまい、なくなつた人々をしのぶ。
体育の日 十月の第二月曜日 スポーツにしたしみ、健康な心身をつちかう。
文化の日 十一月三日 自由と平和を愛し、文化をすすめる。
勤労感謝の日 十一月二十三日 勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう。
天皇誕生日 十二月二十三日 天皇の誕生日を祝う。

戻る