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最高裁判所第二小法廷判決平成24年04月06日

【判旨】

 仮執行宣言付きの第1審判決に対して控訴があったときは,控訴審は,当該仮執行宣言に基づく強制執行によって給付がされた事実を考慮することなく,請求の当否を判断すべきである(最高裁昭和35年(オ)第629号同36年2月9日第一小法廷判決・民集15巻2号209頁参照)。このことは,第1審判決の仮執行宣言に基づく強制執行によって建物が明け渡されているときに,当該建物の明渡請求の当否を判断する場合はもちろん,これと併合されている賃料相当損害金等の支払請求の当否や同請求に対する抗弁において主張されている敷金返還請求権の存否を判断する場合でも,異なるところはない。上記の給付がされた事実を控訴審が考慮しなかった結果第1審判決が確定したとしても,上記の給付がされたことにより生じた実体法上の効果は,仮執行宣言が効力を失わないことを条件とするものであり,当該確定判決に基づく強制執行の手続において考慮されるべきことであるから,上記の給付をした者の権利が害されるとはいえない。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成24年04月20日

【事案】

 以下に摘示する「公益的法人等への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律」(平成18年法律第50号による改正前の法律の題名は「公益法人等への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律」。以下,同改正の前後を通じて「派遣法」という。)の規定のうち,2条1項は同改正前のものをいい,その余の規定は現行のものをいう。

1.神戸市(以下「市」という。)の住民である被上告人らが,市がその職員を派遣していた公益的法人等及び派遣法10条2項所定の退職派遣者を在職させていた同条1項所定の特定法人に対して派遣職員又は上記退職派遣者(以下「派遣職員等」という。)の給与相当額を含む補助金又は委託料(以下「補助金等」という。)を支出したことは派遣職員の給与の支給方法等を定める派遣法を潜脱するもので違法,無効であるとして,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,市の執行機関である上告人を相手に,平成17年度及び同18年度の補助金等の支出当時の市長であったAに対して上記補助金等のうち派遣職員等の給与相当額及びその遅延損害金につき損害賠償請求をすることを求めるとともに,上記公益的法人等及び特定法人に対して上記派遣職員等の給与相当額及びその遅延利息につき不当利得返還請求をすることを求める住民訴訟。

2.事実関係等の概要

(1) 市における公益的法人等への職員の派遣等については,派遣法の規定を受けて,「公益的法人等への職員の派遣等に関する条例」(平成13年神戸市条例第49号。平成20年神戸市条例第18号による改正前の条例の題名は「公益法人等への職員の派遣等に関する条例」)が制定されている(以下,この条例に関し,その一部を改正する条例である平成21年神戸市条例第28号を「本件改正条例」といい,本件改正条例による改正前のものを平成20年神戸市条例第18号による改正の前後を通じて「本件旧条例」,本件改正条例による改正後のものを「本件新条例」という。)。
 地方公共団体がその職員を派遣することができる公益的法人等について定める派遣法2条1項の規定を受けた本件旧条例2条1項は,派遣法2条1項各号に掲げる団体のうち,その業務の全部又は一部が市の事務又は事業と密接な関連を有するものであり,かつ,市がその施策の推進を図るため人的援助を行うことが必要であるものとして人事委員会規則で定める団体との間の取決めに基づき,当該団体の業務にその役職員として専ら従事させるため,職員を派遣することができる旨を規定し(以下,この職員派遣を受けることができる団体を「派遣対象団体」,現にこの職員派遣を受けている団体を「派遣先団体」という。),これを受けて,「公益的法人等への職員の派遣等に関する条例の施行規則」(平成14年神戸市人事委員会規則第7号。平成21年神戸市人事委員会規則第18号による改正前のもの。なお,平成20年神戸市人事委員会規則第10号による改正前の規則の題名は「公益法人等への職員の派遣等に関する条例の施行規則」)において,第1審判決別表2の「本件各団体」欄記載の各団体(以下「本件各団体」という。)のうちB株式会社(以下「B社」という。)を除く各団体が派遣対象団体として定められていた。そして,派遣法6条2項は,派遣職員が派遣先団体において従事する業務が地方公共団体の委託を受けて行う業務等であってその実施により地方公共団体の事務又は事業の効率的又は効果的な実施が図られると認められるものである場合等には,地方公共団体は,派遣職員に対して,その職員派遣の期間中,条例で定めるところにより給与を支給することができると定めており,これを受けて,本件旧条例4条は,派遣職員のうち派遣法6条2項に規定する業務に従事するものには,その職員派遣の期間中,給料,扶養手当,調整手当,住居手当及び期末手当のそれぞれ100分の100以内を支給することができる旨を規定していた。
 また,地方公共団体がその職員を退職後に退職派遣者として在職させることができる特定法人(地方公共団体が出資している株式会社のうち,その業務の全部又は一部が地域の振興,住民の生活の向上その他公益の増進に寄与するとともに地方公共団体の事務又は事業と密接な関連を有するものであり,かつ,地方公共団体がその施策の推進を図るため人的援助を行うことが必要であるもの。以下同じ。)について定める派遣法10条1項の規定を受けた本件旧条例10条2号は,同条1号に掲げるもののほか,市が出資している法人のうち市が人的援助を行うことが特に必要であるものとして人事委員会規則で定めるものを特定法人とする旨を規定し,上記人事委員会規則において,本件各団体のうちB社が特定法人として定められていた。

(2) 市は,本件各団体のうちB社を除く各団体との間では派遣法2条1項並びに本件旧条例2条1項1号及び2号に基づく派遣職員に係る取決めとして,B社との間では派遣法10条1項に基づく退職派遣者に係る取決めとして,それぞれ勤務条件等に関する協定書を締結した。市は,市の職員を在職中に派遣職員として本件各団体のうちB社を除く各団体に派遣し,また,市の職員を退職の上で退職派遣者としてB社に在職させていた(以下,上記の派遣職員を「本件派遣職員」といい,上記の退職派遣者と併せて「本件派遣職員等」という。)。本件各団体は,医療,福祉,文化,産業振興,防災対策,住宅供給,都市環境整備,高齢者失業対策等の各分野における活動を行っている法人である。
 本件派遣職員等は,本件各団体の業務のみに従事しており,市の業務には従事していなかった。
 市は,本件派遣職員の給与について,派遣法6条2項及び本件旧条例4条の定める手続による支給の方法を採っていなかった。

(3) 市は,平成17年度ないし同18年度において,本件各団体のうちC公社,社団法人D及びB社の3団体を除く各団体に対し,補助金を支出した。また,市は,上記各年度において,上記3団体を含む本件各団体の一部である第1審判決別表3の「外郭団体」欄記載の各団体との間で,業務委託契約を締結し,当該各団体に対し,同契約に基づいて委託料を支出した。これらの補助金等のうち,第1審判決別表2の「平成17年度派遣職員人件費」欄及び「平成18年度派遣職員人件費」欄記載の各金額が,それぞれ本件派遣職員等の給与等の人件費に充てられた(以下,これらの人件費に充てられた補助金等を「本件補助金等」という。)。

(4) 本件各団体のうち,財団法人Eは,平成20年4月1日,その名称を財団法人Fに変更し,同年3月31日に解散した財団法人Gの事業を承継した(以下,これらの名称変更と事業承継の前後を通じて,これらの団体とその余の団体とを併せて「本件各団体」と総称する。)。

(5) 第1審は,平成20年4月24日,被上告人らの請求を一部認容する判決を言い渡し,これに対し,上告人が控訴を提起し,被上告人らも附帯控訴を提起した。原審は,平成21年1月21日,口頭弁論を終結し,判決言渡期日を同年3月18日と指定した。
 また,大阪高等裁判所は,平成21年1月20日,市が平成16年度ないし同17年度に支出した補助金に係る本件訴訟と同旨の請求を内容とする別件の住民訴訟(同裁判所平成20年(行コ)第90号,第142号)において,上記請求を一部認容する判決を言い渡した。

(6) 市議会は,平成21年2月26日,本件旧条例の一部の改正を内容とする本件改正条例の条例案を可決する議決をした。市長は,同日,本件改正条例を公布し,本件改正条例は,一部の規定を除いて同日から施行された。
 本件改正条例により,本件各団体のうちB社を除く各団体が派遣対象団体として本件新条例別表第1に掲げられ,本件各団体のうちB社,財団法人H,財団法人I及び社団法人Dの4団体を除く各団体が派遣法6条2項の規定により市が派遣職員に給与を支給することができる団体とされ,派遣職員に支給することができる給与に時間外勤務手当等が加えられた(本件新条例8条1項)。また,本件改正条例により,B社が特定法人として本件新条例別表第2に掲げられた。
 本件改正条例の施行の後,市の派遣先団体又は特定法人(以下「派遣先団体等」という。)において市の補助金等を派遣職員等の給与等の人件費に充てることはなくなった。

(7)ア.本件改正条例の附則5項は,本件訴訟に係る市の各請求権を含め,市から派遣先団体等への補助金等その他の支出に係る派遣先団体等又は職員に対する市の不当利得返還請求権及び損害賠償請求権(遅延利息及び遅延損害金を含む。)を放棄する旨を定めている(以下,この定めを「本件附則」という。)。本件附則は,平成21年6月1日から施行された。

イ.市議会における本件改正条例案の審議の過程においては,本件各団体を含む各派遣先団体等は支給を受けた補助金等に対応する公益的活動を行っていること,仮に当該各派遣先団体等に不当利得返還請求をした場合に現実に得られる利益と当該各派遣先団体等が破綻してその公益的事業の利用者たる市民一般が被る不利益等との衡量を図る必要があること,当該各派遣先団体等やAには支払請求に応ずる資産がないという実態であること等が指摘され,権利の放棄の議決の有効性に関する裁判例及び学説が参考として紹介され,本会議での質疑,総務財務委員会での議案及び陳情の審査,本会議での賛成及び反対の討論等を経て,同条例案を可決する議決がされた。

(8) 上告人は,平成21年3月5日,口頭弁論の再開の申立てをし,原審は,同月11日,口頭弁論を再開する旨の決定をし,同年8月26日,上告人は,本件附則の施行により本件訴訟に係る市の各請求権が消滅した旨を主張し,原審は,再度口頭弁論を終結した。

3.原審は,上記事実関係等の下において,本件補助金等の支出は派遣法6条2項を潜脱するもので同項に違反し違法,無効であるとした上で,その当時の市長であったAの過失の有無及び本件附則による権利の放棄の有効性につき,要旨,次のとおり判断して,Aに対する損害賠償請求及び本件各団体に対する不当利得返還請求を求める被上告人らの請求をそれぞれ一部認容すべきものとした。

(1) 本件補助金等の支出の当時,補助金等が派遣職員等の給与に充てられることが適法であるとする通説や裁判例が存在するといった状況にはなかったことなどからすれば,当時の市長であったAは,本件補助金等の支出に係る違法な交付決定等を自ら行い又はこれを市の職員に専決させたことにつき,少なくとも市長として尽くすべき注意義務を怠った過失が認められる。

(2) 普通地方公共団体の議会が条例の形式により権利の放棄を議決し,その長がこれを公布したとしても,地方自治法149条6号が普通地方公共団体の財産を管理し処分することをその長が担任する事務と定めていることからすれば,その長による別途の意思表示を待たずに直ちにその対象となった権利について放棄の効力が生じてその権利が消滅するということはできないところ,本件において市長による別途の意思表示があったとは認められない。
 さらに,当時の市長に対する損害賠償請求権と本件各団体に対する不当利得返還請求権を放棄する旨の本件附則に係る市議会の議決は,市の執行機関である市長が行った違法な財務会計行為を放置し,損害の回復を含めてその是正の機会を放棄するに等しく,また,本件の住民訴訟を無に帰せしめるものであって,地方自治法に定める住民訴訟の制度を根底から否定するものといわざるを得ず,議決権の濫用に当たり,その効力を有しないというべきであって,本件附則もその効力を生じない。

【判旨】

1.原審の上記3の判断のうち,本件補助金等の支出が違法,無効であるとした点は是認することができるが,同(1)及び(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) まず,本件補助金等の支出は,派遣職員の給与の支給について議会の関与の下に条例による適正な手続の確保等を図るためにその支給の方法等を法定した派遣法の定めに違反する手続的な違法があり,無効であると解されるところ,その支出当時の市長であったAの過失につき,以下検討する。
 派遣法は,6条2項において,派遣職員が派遣先団体において従事する業務が地方公共団体の委託を受けて行う業務等であってその実施により当該地方公共団体の事務又は事業の効率的又は効果的な実施が図られると認められるものである場合等には,条例で定めるところにより,派遣職員に給与を支給することができる旨を規定しているが,地方公共団体が派遣先団体等に支出した補助金等が派遣職員等の給与に充てられることを禁止する旨の明文の規定は置いていない。また,記録によれば,派遣法の制定の際の国会審議において,地方公共団体が営利法人に支出した補助金が当該法人に派遣された職員の給与に充てられることの許否に関する質問に対し,自治政務次官が,明確に否定的な見解を述べることなく公益上の必要性等に係る当該地方公共団体の判断による旨の答弁をしており,派遣法の制定後,総務省の担当者も,市や他の地方公共団体の職員に対し,派遣先団体等における派遣職員等の給与に充てる補助金の支出の適否については派遣法の適用関係とは別途に判断される旨の説明をしていたこと,また,本件補助金等の支出当時,市のほかにも多くの政令指定都市において,派遣先団体等に支出された補助金等が派遣職員等の給与に充てられていたことがうかがわれる。さらに,法人等に派遣された職員の給与に充てる補助金の支出の適法性に関しては,派遣法の施行前に支出がされた事例に係る裁判例はこれを適法とするものと違法とするものに分かれており,派遣法の施行後に支出がされた事例につき,本件補助金等の支出の時点で,派遣法と上記の補助金の支出の関係について直接判断した裁判例はいまだ現れていなかった。
 これらの事情に照らすと,本件補助金等の支出当時の市長であったAにおいて,派遣法6条2項の規定との関係で,本件各団体に対する本件補助金等の支出の適法性について疑義があるとして調査をしなかったことがその注意義務に違反するものとまではいえず,その支出をすることが同項の規定又はその趣旨に反するものであるとの認識に容易に至ることができたとはいい難い。そうすると,本件補助金等の支出当時の市長であったAにおいて,自らの権限に属する財務会計行為の適法性に係る注意義務に違反したとはいえず,また,補助職員が専決等により行う財務会計上の違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務に違反したともいえないから,本件補助金等の支出につきAに市長として尽くすべき注意義務を怠った過失があったということはできない(最高裁平成20年(行ヒ)第432号同22年9月10日第二小法廷判決・民集64巻6号1515頁参照)。したがって,本件附則による権利の放棄の有効性について判断するまでもなく,市のAに対する損害賠償請求を求める被上告人らの請求は理由がない。

(2) 次に,市の本件各団体に対する不当利得返還請求権に係る本件附則による権利の放棄の有効性につき,以下検討する。

ア.地方自治法96条1項10号が普通地方公共団体の議会の議決事項として権利の放棄を規定している趣旨は,その議会による慎重な審議を経ることにより執行機関による専断を排除することにあるものと解されるところ,普通地方公共団体による債権の放棄は,条例による場合を除いては,同法149条6号所定の財産の処分としてその長の担任事務に含まれるとともに,債権者の一方的な行為のみによって債務を消滅させるという点において債務の免除の法的性質を有するものと解されるから,その議会が債権の放棄の議決をしただけでは放棄の効力は生ぜず,その効力が生ずるには,その長による執行行為としての放棄の意思表示を要するものというべきである。他方,本件改正条例のように,条例による債権の放棄の場合には,条例という法規範それ自体によって債権の処分が決定され,その消滅という効果が生ずるものであるから,その長による公布を経た当該条例の施行により放棄の効力が生ずるものというべきであり,その長による別途の意思表示を要しないものと解される。

イ.地方自治法96条1項10号は,普通地方公共団体の議会の議決事項として,「法律若しくはこれに基づく政令又は条例に特別の定めがある場合を除くほか,権利を放棄すること」を定め,この「特別の定め」の例としては,普通地方公共団体の長はその債権に係る債務者が無資力又はこれに近い状態等にあるときはその議会の議決を経ることなくその債権の放棄としての債務の免除をすることができる旨の同法240条3項,地方自治法施行令171条の7の規定等がある。他方,普通地方公共団体の議会の議決を経た上でその長が債権の放棄をする場合におけるその放棄の実体的要件については,同法その他の法令においてこれを制限する規定は存しない。
 したがって,地方自治法においては,普通地方公共団体がその債権の放棄をするに当たって,その議会の議決及び長の執行行為(条例による場合は,その公布)という手続的要件を満たしている限り,その適否の実体的判断については,住民による直接の選挙を通じて選出された議員により構成される普通地方公共団体の議決機関である議会の裁量権に基本的に委ねられているものというべきである。もっとも,同法において,普通地方公共団体の執行機関又は職員による公金の支出等の財務会計行為又は怠る事実に係る違法事由の有無及びその是正の要否等につき住民の関与する裁判手続による審査等を目的として住民訴訟制度が設けられているところ,住民訴訟の対象とされている損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を放棄する旨の議決がされた場合についてみると,このような請求権が認められる場合は様々であり,個々の事案ごとに,当該請求権の発生原因である財務会計行為等の性質,内容,原因,経緯及び影響,当該議決の趣旨及び経緯,当該請求権の放棄又は行使の影響,住民訴訟の係属の有無及び経緯,事後の状況その他の諸般の事情を総合考慮して,これを放棄することが普通地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする同法の趣旨等に照らして不合理であって上記の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認められるときは,その議決は違法となり,当該放棄は無効となるものと解するのが相当である。 そして,当該公金の支出等の財務会計行為等の性質,内容等については,その違法事由の性格や当該職員又は当該支出等を受けた者の帰責性等が考慮の対象とされるべきものと解される。

ウ.本件についてこれをみるに,まず,本件補助金等の支出の性質及び内容に関しては,本件補助金等は派遣職員等の給与等に充てられるものとして支出されたものであり,その違法事由は,派遣職員等の給与等に充てられる公金の支出の適否に関する派遣法の解釈に係るものであるところ,前記(1)において説示したところによれば,市長はもとより本件各団体においてもその支出の当時これが派遣法の規定又はその趣旨に違反するものであるとの認識に容易に至ることができる状況にはなかったというべきであって,市からその交付を受けて本件派遣職員等の給与等の人件費に充てた本件各団体の側に帰責性があるとは考え難い。次に,本件補助金等の支出の原因及び経緯に関しては,本件各団体が不法な利得を図るなどの目的によるものではなく,派遣職員等の給与等の支給方法について市の側が補助金等の支出という方法を選択したことによるものであって,本件各団体がその支給方法の選択に自ら関与したなどの事情もうかがわれない。また,本件補助金等の支出の影響に関しては,事案2(1)のとおり,本件各団体は本件旧条例等において派遣対象団体又は特定法人とされ,その業務の全部又は一部が公益の増進に寄与するとともに市の事務又は事業と密接な関連を有し,その施策の推進を図るため人的援助が必要であるものに該当するところ,本件補助金等は,派遣職員等の給与等の人件費という必要経費に充てられており,これらの派遣職員等によって補強,拡充された本件各団体の活動を通じて医療,福祉,文化,産業振興,防災対策,住宅供給,都市環境整備,高齢者失業対策等の各種サービスの提供という形で住民に相応の利益が還元されているものと解され,本件各団体が不法な利益を得たものということはできない。
 そして,以上を前提として,本件附則に係る議決の趣旨及び経緯についてみるに,事案2(6)の一連の経過に照らせば,市議会の議決を経て成立した本件附則を含む本件改正条例全体の趣旨は,派遣職員の給与については,市が派遣先団体に支出する補助金等をこれに充てる方法を採らずに,派遣法6条2項を根拠に定める条例の規定に基づき市が派遣職員に直接支給する方法を採ることを明らかにしたものであり,前者の方法を違法とした第1審判決の判断を尊重し,派遣法の趣旨に沿った透明性の高い給与の支給方法を採択したものということができる。また,仮に,既に本件派遣職員等の給与等の人件費に充てられた本件補助金等を直ちに返還することを余儀なくされるとすれば,本件各団体の財政運営に支障が生じ得るところであり,事案2(7)イのとおり,市議会での審議の過程において,これにより公益的事業の利用者たる住民一般が被る不利益等を勘案した議論がされていること等に鑑みると,本件附則に係る議決は,公益の増進に寄与する派遣先団体等として住民に対する医療,福祉,文化,産業振興,防災対策,住宅供給,都市環境整備,高齢者失業対策等の各種サービスの提供を行っている本件各団体についてそのような事態が生ずることを回避すべき要請も考慮してされたものであるということができる。そして,本件補助金等に係る不当利得返還請求権の放棄又は行使の影響についてみるに,まず,本件改正条例によって,本件各団体のうち事案2(6)の4団体を除く各団体については,派遣法所定の手続に従って市から派遣職員に直接給与が支給されるものとされており,これによれば,本件派遣職員等の給与の大半は,適法な手続を経た上で市の公金から支出されることがそもそも予定されていたものといえることからすると,上記請求権の放棄によって市の財政に及ぶ影響は限定的なものにとどまるということができる。また,既に本件派遣職員等の給与等の人件費に充てられた本件補助金等につき上記請求権の行使により直ちにその返還の徴求がされた場合,実際に本件各団体の財政運営に支障を来して上記の各種サービスの十分な提供が困難になるなどの市における不利益が生ずるおそれがあり,その返還義務につき上記の要請を考慮して議会の議決を経て免責がされることは,その給与等の大半については返還と再度の支給の手続を行ったものと実質的に同視し得るものともいえる上,そのような市における不利益を回避することに資するものということもできる。そうすると,上記の本件訴訟の経緯のみから直ちに本件附則に係る議決が本件各団体の債務を何ら合理的な理由なく免れさせたものということはできない。
 なお,住民訴訟の係属の有無及び経緯に関しては,本件では,事案2(5)ないし(7)のとおり,本件訴訟の係属中に,上告人の第1審での一部敗訴を経て原審の判決の言渡期日の直前に本件改正条例案が可決されており,このような現に係属する本件訴訟の経緯を踏まえ,本件附則に係る議決については,主として住民訴訟制度における当該財務会計行為等の審査を回避して制度の機能を否定する目的でされたなど,住民訴訟制度の趣旨を没却する濫用的なものに当たらないか否かという観点からみることとする。この点に関し,原審は,本件議決がされた時期と原審における住民訴訟の審理の状況との関係等をも理由として,市の本件各団体に対する不当利得返還請求権を放棄する旨の本件附則に係る市議会の議決は地方自治法の定める住民訴訟制度を根本から否定するものである旨をいう。しかしながら,本件附則に係る議決の適法性に関しては,住民訴訟の経緯や当該議決の趣旨及び経緯等を含む諸般の事情を総合考慮する上記の判断枠組みの下で,裁判所がその審査及び判断を行うのであるから,上記請求権の放棄を内容とする上記議決をもって,住民訴訟制度を根底から否定するものであるということはできず,住民訴訟制度の趣旨を没却する濫用的なものに当たるということはできない。
 そして,本件補助金等の支出に係る事後の状況に関しては,事案2(6)のとおり,本件訴訟等を契機に条例の改正が行われ,以後,市の派遣先団体等において市の補助金等を派遣職員等の給与等の人件費に充てることがなくなるという是正措置が既に採られている。
 以上の諸般の事情を総合考慮すれば,市が本件各団体に対する上記不当利得返還請求権を放棄することが普通地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする地方自治法の趣旨等に照らして不合理であるとは認め難いというべきであり,その放棄を内容とする本件附則に係る市議会の議決がその裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるとはいえず,その議決は適法であると解するのが相当である。
 そして,上記不当利得返還請求権の放棄を内容とする本件附則を含む本件改正条例については,市議会による上記議決及び市長による公布を経て施行されているのであるから,本件附則に係る権利の放棄は有効であって,本件附則の施行により当該請求権は消滅したものというべきである。

(3) 以上によれば,Aに過失がある等として市の同人に対する損害賠償請求権の存在を肯定し,本件附則が無効である等として市の本件各団体に対する不当利得返還請求権の存在を肯定して被上告人らの請求をそれぞれ一部認容すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。

2.以上の次第で,原判決中,上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,同部分に関する被上告人らの請求はいずれも理由がないから,同部分につき第1審判決を取り消し,同請求を棄却すべきである。

【千葉勝美補足意見】

 私は,地方自治法242条の2第1項4号に基づく住民訴訟の対象とされている損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を普通地方公共団体の議会が放棄する旨の議決がされた場合の裁量権の逸脱・濫用の有無の判断枠組み等について,次の点を補足しておきたい。

1.住民訴訟制度は,普通地方公共団体の財務会計行為の適正さを確保するために住民の関与を認めた制度であるが,地方公共団体の長などの執行機関に対しては,その故意又は過失により行われた違法な財務会計行為と相当因果関係のある地方公共団体の損害につき,個人責任を負わせることとし,そのことにより財務会計行為の適正さを確保しようとするものである。国家賠償法においては,個人責任を負わせる範囲について,同法第1条2項が公権力の行使に当たる公務員が故意又は重大な過失のあった場合に限定しているのと比べ,住民訴訟においては,個人責任を負う範囲を狭めてはおらず,その点が制度の特質となっている。
 ところで,住民訴訟制度が設けられた当時は,財務会計行為及び会計法規は,その適法・違法が容易にかつ明確に判断し得るものであると想定されていたが,その状況は,今日一変しており,地方公共団体の財政規模,行政活動の規模が急速に拡大し,それに伴い,複雑多様な財務会計行為が錯綜し,それを規制する会計法規も多岐にわたり,それらの適法性の判断が容易でない場合も多くなってきている。そのような状況の中で,地方公共団体の長が自己又は職員のミスや法令解釈の誤りにより結果的に膨大な個人責任を追及されるという結果も多く生じてきており(最近の下級裁判所の裁判例においては,損害賠償請求についての認容額が数千万円に至るものも多く散見され,更には数億円ないし数十億円に及ぶものも見られる。),また,個人責任を負わせることが,柔軟な職務遂行を萎縮させるといった指摘も見られるところである。地方公共団体の長が,故意等により個人的な利得を得るような犯罪行為ないしそれに類する行為を行った場合の責任追及であれば別であるが,錯綜する事務処理の過程で,一度ミスや法令解釈の誤りがあると,相当因果関係が認められる限り,長の給与や退職金をはるかに凌駕する損害賠償義務を負わせることとしているこの制度の意義についての説明は,通常の個人の責任論の考えからは困難であり,それとは異なる次元のものといわざるを得ない。国家賠償法の考え方に倣えば,長に個人責任を負わせる方法としては,損害賠償を負う場合やその範囲を限定する方法もあり得るところである。(例えば,損害全額について個人責任を負わせる場合を,故意により個人的な利得を得るために違法な財務会計行為を行った場合や,当該地方公共団体に重大な損害を与えることをおよそ顧慮しないという無視(英米法でいう一種のreckless disregard のようなもの)に基づく行為を行った場合等に限ることとし,それ以外の過失の場合には,裁判所が違法宣言をし,当該地方公共団体において一定の懲戒処分等を行うことを義務付けることで対処する等の方法・仕組みも考えられるところである。)しかし,現行の住民訴訟は,不法行為法の法理を前提にして,違法行為と相当因果関係がある損害の全てを個人に賠償させることにしている。そのことが心理的に大きな威嚇となり,地方公共団体の財務の適正化が図られるという点で成果が上がることが期待される一方,場合によっては,前記のとおり,個人が処理できる範囲を超えた過大で過酷な負担を負わせる等の場面が生じているところである。

2.普通地方公共団体の議会が,住民訴訟制度のこのような点を考慮し,事案の内容等を踏まえ,事後に個人責任を追及する方法・限度等について必要な範囲にとどめるため,個人に対して地方公共団体が有する権利(損害賠償請求権等)の放棄等の議決がされることが近時多く見られるのも,このような住民訴訟がもたらす状況を踏まえた議会なりの対処の仕方なのであろう。そして,このような議決がされるに当たっては,その当否はもちろん,適否の実体的判断についても,法廷意見の述べるとおり,住民による直接の選挙を通じて選出された議員により構成される普通地方公共団体の議決機関である議会の裁量に基本的に委ねられているものである。そして,このような議会の議決の裁量権の範囲,適否については,対象となる権利・請求権が住民訴訟の対象となっている,あるいは,対象となる可能性があるという場合と,そうでない場合とで異なることはないというべきである。
 しかし,権利の放棄の議決が,主として住民訴訟制度における地方公共団体の財務会計行為の適否等の審査を回避し,制度の機能を否定する目的でされたと認められるような例外的な場合(例えば,長の損害賠償責任を認める裁判所の判断自体が法的に誤りであることを議会として宣言することを議決の理由としたり,そもそも一部の住民が選挙で選ばれた長の個人責任を追及すること自体が不当であるとして議決をしたような場合が考えられる。)には,そのような議会の裁量権の行使は,住民訴訟制度の趣旨を没却するものであり,そのことだけで裁量権の逸脱・濫用となり,放棄等の議決は違法となるものといえよう。
 法廷意見は,このような例外的な場合(なお,本件はこのような場合には当たらない。)は別にして,一般に権利放棄の議決がされる場合,議会の裁量権行使に際して考慮すべき事情あるいは考慮することができる事情を示し,議会の裁量権の逸脱・濫用の有無に関しての司法判断の枠組みの全体像を示したものであり,議会としては,基本的にはその裁量事項であっても,単なる政治的・党派的判断ないし温情的判断のみで処理することなく,その逸脱・濫用とならないように,本件の法廷意見が指摘した司法判断の枠組みにおいて考慮されるべき諸事情を十分に踏まえ,事案に即した慎重な対応が求められることを肝に銘じておくべきである。

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