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最高裁判所第二小法廷判決平成24年04月20日

【事案】

1.大阪府大東市(以下「市」という。)の住民である上告人が,市が非常勤職員の退職の際に要綱に基づいて退職慰労金を支給していることは給与条例主義を定めた地方自治法204条の2等の規定に違反し違法であるとして,市の執行機関である被上告人を相手に,同法242条の2第1項4号に基づき,平成19年4月及び同年8月に市が非常勤職員に対して支出した退職慰労金相当額及びその遅延損害金につき,その支出当時における市長であったAに対する損害賠償請求並びに担当職員であったB,C及びD(以下,これら4名を「Aら」と総称する。)に対する賠償命令をすることを求めるとともに,同項1号に基づき,非常勤職員に対する退職慰労金としての公金の支出の差止めを求める住民訴訟。

2.事実関係等の概要

(1) 市は,長期勤続又は在職中の功績・功労に報いるため,「大東市非常勤職員の報酬等に関する要綱」(平成11年4月1日大東市要綱第40号。以下「本件要綱」という。)において,退職した非常勤職員に退職慰労金を支給する旨及びその額についての具体的な基準を定めていた。なお,市が平成10年度から同18年度までの間に本件要綱に基づいて非常勤職員に対して支給した退職慰労金の総額は計4342万7777円であった(以下,市の本件要綱に基づく非常勤職員に対する退職慰労金を「本件退職慰労金」という。)。

(2) 市は,平成19年3月31日付けで退職する非常勤職員1名に対し,総務部長であったBが支出負担行為を,人事課長であったCが支出命令をそれぞれ専決によって行った上,同年4月2日付けで本件退職慰労金238万1650円を支給し,同年7月31日付けで退職する非常勤職員1名に対し,人事課長であったDが支出負担行為及び支出命令をそれぞれ専決によって行った上,同年8月1日付けで本件退職慰労金31万2800円を支給した。

(3) 上告人は,平成19年10月23日,本件退職慰労金の支給は条例上の根拠を欠いているから地方自治法204条の2等の規定に違反するなどと主張して,既に支出された本件退職慰労金相当額の返還等を求める住民監査請求をしたが,市監査委員から同年12月11日付けで同監査請求を棄却する旨の通知を受けたため,同月18日に本件訴えを提起した。

(4) 第1審判決は,行政内部の規範にすぎない本件要綱に基づく本件退職慰労金の支給は地方自治法204条3項,204条の2等の定める給与条例主義に違反するもので違法であり,市は本件退職慰労金支給相当額の損害を被ったとした上,Aは故意又は過失があるから損害賠償責任を負い,B,C及びDは故意又は重大な過失があるから同法243条の2第1項所定の賠償責任を負うとして,上告人の請求を一部認容した。
 なお,市は,第1審口頭弁論終結前である平成20年3月31日,本件要綱及びこれに基づく非常勤職員に対する退職慰労金制度を廃止した。

(5) 被上告人が第1審判決を不服として控訴したところ,市議会は,原審口頭弁論終結前である平成20年12月22日,4名の市議会議員から,第1審判決がその成立を認めた本件退職慰労金に係る市のAらに対する損害賠償請求権につき地方自治法96条1項10号の規定に基づいて権利の放棄を行う旨の議案の提出を受け,同日,これを可決する議決をした(以下,この議決を「本件議決」という。)。

3.原審は,上記事実関係等の下において,本件退職慰労金の支給に係る違法性の有無やAらの故意又は過失の有無などについて判断することなく,要旨,次のとおり判断し,市がAらに対して平成19年度に非常勤職員らに支給された本件退職慰労金相当額の損害賠償請求権を取得していたとしても,当該請求権は本件議決によって消滅したとして,Aらに対する損害賠償請求及び賠償命令を求める上告人の請求を棄却すべきものとした。

(1) 地方自治法96条1項10号が権利の放棄を普通地方公共団体の議会の議決事項としたことは,住民の意思をその代表者を通じて直接反映させる趣旨を含むと解されるから,権利の放棄の議決は,その長の執行行為を経ることなく,その効力を生ずるものと解される。

(2) 地方自治法96条1項10号は,法律,政令又は条例に特別の定めがある場合を除いて,広く一般的に普通地方公共団体の権利の放棄について議会の議決によるべきものと定めているところ,退職慰労金の支給の違法を原因とする損害賠償請求権の放棄について,法律,政令又は条例に何ら特別の定めは存しない。したがって,その放棄の可否は,住民の代表である議会がその発生原因,放棄による影響,効果等を総合考慮して行う合理的判断に委ねられており,本件議決は適法である。

【判旨】

1.原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 地方自治法96条1項10号が普通地方公共団体の議会の議決事項として権利の放棄を規定している趣旨は,その議会による慎重な審議を経ることにより執行機関による専断を排除することにあるものと解されるところ,普通地方公共団体による債権の放棄は,条例による場合を除いては,同法149条6号所定の財産の処分としてその長の担任事務に含まれるとともに,債権者の一方的な行為のみによって債権を消滅させるという点において債務の免除の法的性質を有するものと解される。したがって,普通地方公共団体による債権の放棄は,条例による場合を除き,その議会が債権の放棄の議決をしただけでは放棄の効力は生ぜず,その効力が生ずるには,その長による執行行為としての放棄の意思表示を要するものというべきである。
 なお,普通地方公共団体がその長に対して有する債権について,これを放棄する旨の議会の議決を経て,その長が当該普通地方公共団体を代表してその放棄の意思表示をする場合であっても,議会はその長による放棄の意思表示についても承認しているとみることができる以上,議会の意思に沿って本人である当該普通地方公共団体にその法律効果が帰属するものというべきである(最高裁平成12年(行ヒ)第96号,第97号同16年7月13日第三小法廷判決・民集58巻5号1368頁参照)。

(2) 地方自治法96条1項10号は,普通地方公共団体の議会の議決事項として,「法律若しくはこれに基づく政令又は条例に特別の定めがある場合を除くほか,権利を放棄すること」を定め,この「特別の定め」の例としては,普通地方公共団体の長はその債権に係る債務者が無資力又はこれに近い状態等にあるときはその議会の議決を経ることなくその債権の放棄としての債務の免除をすることができる旨の同法240条3項,地方自治法施行令171条の7の規定等がある。他方,普通地方公共団体の議会の議決を経た上でその長が債権の放棄をする場合におけるその放棄の実体的要件については,同法その他の法令においてこれを制限する規定は存しない。
 したがって,地方自治法においては,普通地方公共団体がその債権の放棄をするに当たって,その議会の議決及び長の執行行為(条例による場合には,その公布)という手続的要件を満たしている限り,その適否の実体的判断については,住民による直接の選挙を通じて選出された議員により構成される普通地方公共団体の議決機関である議会の裁量権に基本的に委ねられているものというべきである。もっとも,同法において,普通地方公共団体の執行機関又は職員による公金の支出等の財務会計行為又は怠る事実に係る違法事由の有無及びその是正の要否等につき住民の関与する裁判手続による審査等を目的として住民訴訟制度が設けられているところ,住民訴訟の対象とされている損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を放棄する旨の議決がされた場合についてみると,このような請求権が認められる場合は様々であり,個々の事案ごとに,当該請求権の発生原因である財務会計行為等の性質,内容,原因,経緯及び影響,当該議決の趣旨及び経緯,当該請求権の放棄又は行使の影響,住民訴訟の係属の有無及び経緯,事後の状況その他の諸般の事情を総合考慮して,これを放棄することが普通地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする同法の趣旨等に照らして不合理であって上記の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認められるときは,その議決は違法となり,当該放棄は無効となるものと解するのが相当である。そして,当該公金の支出等の財務会計行為等の性質,内容等については,その違法事由の性格や当該職員又は当該支出等を受けた者の帰責性等が考慮の対象とされるべきものと解される。

(3)ア.しかるところ,原審は,本件議決に係る権利の放棄に関し,上記(1)のとおりその効力が生ずるのに必要な市長による執行行為としての放棄の意思表示の有無について何ら審理判断していない。

イ.また,原審は,本件訴訟の係属中にその請求に係る市のAらに対する損害賠償請求権を放棄する旨の本件議決がされたという事実関係の下において,上記(2)の諸般の事情の総合考慮による判断枠組みを採ることなく,上記諸般の事情のうち,本件議決の存在について認定判断するのみで,本件退職慰労金の支給に係る違法事由の有無及び性格やAらの故意又は過失等の帰責性の有無及び程度を始め,本件退職慰労金の支給の性質,内容,原因,経緯及び影響,本件議決の趣旨及び経緯,当該請求権の放棄又は行使の影響,本件訴訟の経緯,事後の状況などの考慮されるべき事情について何ら検討をしていない。したがって,これらの考慮されるべき事情について審理を尽くすことなく,原審摘示の事情のみを理由に直ちにAらに対する損害賠償請求権の放棄に係る本件議決が適法であるとした原審の判断には,審理不尽の結果,法令の解釈適用を誤った違法がある。

2.以上のとおり,原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決中上告人の請求を棄却した部分は破棄を免れない。そして,市長による放棄の意思表示の有無並びに上記1(2)及び(3)イにおいて説示した考慮されるべき事情について審理を尽くさせるため,上記の部分について本件を原審に差し戻すこととする。
 なお,上告人は,原判決のうち非常勤職員に対する本件退職慰労金の支出の差止めを求める訴えを却下した部分に関する上告については,上告受理申立ての理由を記載した書面を提出しないから,この部分に関する上告は却下することとする。

 

最高裁判所第三小法廷決定平成24年04月20日

【事案】

 刑訴規則27条の許可に係る決定に対して特別抗告がされた事案。

(参照条文)

刑事訴訟法35条 裁判所は、裁判所の規則の定めるところにより、被告人又は被疑者の弁護人の数を制限することができる。但し、被告人の弁護人については、特別の事情のあるときに限る。

刑事訴訟規則27条 被疑者の弁護人の数は、各被疑者について三人を超えることができない。但し、当該被疑事件を取り扱う検察官又は司法警察員の所属の官公署の所在地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所が特別の事情があるものと認めて許可をした場合は、この限りでない。
2 前項但書の許可は、弁護人を選任することができる者又はその依頼により弁護人となろうとする者の請求により、これをする。
3 第一項但書の許可は、許可すべき弁護人の数を指定してこれをしなければならない。

【判旨】

 被疑者の弁護人の人数超過許可決定(本件原決定のように請求人数よりも少ない人数を指定するもの)に対しては,刑訴法419条により高等裁判所に抗告の申立てをすることができるのであるから,直接当裁判所に申し立てられた本件抗告は,同法433条1項の要件を備えない不適法なものである。

 

最高裁判所第三小法廷判決平成24年04月24日

【事案】

1. 上告人の監査役である被上告人が,上告人の取締役であった上告補助参加人(以下,単に「補助参加人」という。)らによる新株予約権の行使は,行使条件を変更する取締役会決議が無効であるにもかかわらずそれに従ってされたものであって,当初定められた行使条件に反するものであるから,上記新株予約権の行使による株式の発行は無効であると主張して,主位的に会社法828条1項2号に基づいて上記株式の発行を無効とすることを求め,予備的に上記株式の発行は当然に無効であるとしてその確認を求める事案。

2.事実関係の概要

(1) 上告人は,信用保証業務等を目的として昭和56年に設立された株式会社であり,発行する株式の全部について,譲渡により取得するためには取締役会の承認を受けなければならない旨の定款の定めを設けている。

(2) 上告人は,経営陣の意欲や士気の高揚を目的として,ストックオプションを付与することとし,平成15年6月24日,その株主総会において,以下のとおり,平成17年法律第87号による改正前の商法(以下「旧商法」という。)280条ノ20,280条ノ21及び280条ノ27の規定により,新株予約権(以下「本件新株予約権」という。)を発行する旨の特別決議(以下「本件総会決議」という。)がされた。

ア.新株予約権の目的である株式の種類及び数

 普通株式6万株

イ.発行する新株予約権の総数

 6万個

ウ.新株予約権の割当てを受ける者

 平成15年6月25日及び新株予約権の発行日の各時点において上告人の取締役である者

エ.新株予約権の発行価額

 無償

オ.新株予約権の発行日

 平成15年8月25日

カ.新株予約権の行使に際して払込みをすべき額

 新株予約権1個当たり750円

キ.新株予約権の行使期間

 平成16年6月19日から平成25年6月24日まで

ク.新株予約権の行使条件

(ア) 新株予約権の行使時に上告人の取締役であること

(イ) その他の行使条件は,取締役会の決議に基づき,上告人と割当てを受ける取締役との間で締結する新株予約権の割当てに係る契約で定めるところによる(以下,本件総会決議による上記の委任を「本件委任」という。)。

(3) 上告人の取締役会において,平成15年8月11日,補助参加人Aに対し4万個,同Cに対し1万個,同Bに対し1万個の本件新株予約権を割り当てる旨の決議がされた。そして,同月,上告人と補助参加人らは,上記決議に基づき,本件新株予約権の行使条件として,上告人の株式が店頭売買有価証券として日本証券業協会に登録された後又は日本国内の証券取引所に上場された後6箇月が経過するまで本件新株予約権を行使することができないとの条件(以下「上場条件」という。)を定めるなどして,新株予約権の割当てに係る各契約を締結し,上告人は,本件新株予約権を発行した。

(4) 上告人は,平成17年10月頃から補助参加人Aが収受したリベート等をめぐって税務調査を受けるようになり,税務当局から重加算税を賦課する可能性があることを指摘され,株式を公開することが困難な状況となった。

(5) 上告人の取締役会において,平成18年6月19日,本件新株予約権の行使条件としての上場条件を撤廃するなどの決議(以下「本件変更決議」という。)がされ,同日,上告人と補助参加人らは,上記各契約の内容を本件変更決議に沿って変更する旨の各契約を締結した。

(6) 補助参加人らは,平成18年6月から同年8月までの間に,本件新株予約権を行使し,上告人は,これに応じて,補助参加人らに対し,合計2万6000株の普通株式を発行した(以下,この発行を「本件株式発行」という。)。

(7) 上告人の株式は,店頭売買有価証券として日本証券業協会に登録されたことはなく,また,日本国内の証券取引所に上場されたこともない。

3.原審は,上記事実関係の下において,取締役会には,所定の手続を経て新株予約権が発行された後において,行使条件を新たに設定し,又は変更する権限はないから,本件変更決議に上場条件を撤廃するなどの効力はなく,本件変更決議による行使条件の変更を前提とする本件株式発行は無効であるとして,被上告人の主位的請求を認容すべきものと判断した。

【判旨】

1.所論は,本件総会決議による本件委任は,本件新株予約権の発行後に上場条件を取締役会決議によって撤廃することも委任の範囲内のこととして許容するものであるから,本件変更決議は有効であり,本件株式発行に無効原因はないというのである。

2(1) そこでまず,本件変更決議の効力について検討する。
 旧商法280条ノ21第1項は,株主以外の者に対し特に有利な条件をもって新株予約権を発行する場合には,同項所定の事項につき株主総会の特別決議を要する旨を定めるが,同項に基づく特別決議によって新株予約権の行使条件の定めを取締役会に委任することは許容されると解されるところ,株主総会は,当該会社の経営状態や社会経済状況等の株主総会当時の諸事情を踏まえて新株予約権の発行を決議するのであるから,行使条件の定めについての委任も,別途明示の委任がない限り,株主総会当時の諸事情の下における適切な行使条件を定めることを委任する趣旨のものであり,一旦定められた行使条件を新株予約権の発行後に適宜実質的に変更することまで委任する趣旨のものであるとは解されない。また,上記委任に基づき定められた行使条件を付して新株予約権が発行された後に,取締役会の決議によって行使条件を変更し,これに沿って新株予約権を割り当てる契約の内容を変更することは,その変更が新株予約権の内容の実質的な変更に至らない行使条件の細目的な変更にとどまるものでない限り,新たに新株予約権を発行したものというに等しく,それは新株予約権を発行するにはその都度株主総会の決議を要するものとした旧商法280条ノ21第1項の趣旨にも反するものというべきである。そうであれば,取締役会が旧商法280条ノ21第1項に基づく株主総会決議による委任を受けて新株予約権の行使条件を定めた場合に,新株予約権の発行後に上記行使条件を変更することができる旨の明示の委任がされているのであれば格別,そのような委任がないときは,当該新株予約権の発行後に上記行使条件を取締役会決議によって変更することは原則として許されず,これを変更する取締役会決議は,上記株主総会決議による委任に基づき定められた新株予約権の行使条件の細目的な変更をするにとどまるものであるときを除き,無効と解するのが相当である。
 これを本件についてみると,前記事実関係によれば,本件総会決議による本件委任を受けた取締役会決議に基づき,上場条件をその行使条件と定めて本件新株予約権が発行されたものとみるべきところ,本件総会決議において,取締役会決議により一旦定められた行使条件を変更することができる旨の明示的な委任がされたことはうかがわれない。そして,上場条件の撤廃が行使条件の細目的な変更に当たるとみる余地はないから,本件変更決議のうち上場条件を撤廃する部分は無効というべきである。

(2) 以上のように,本件変更決議のうちの上場条件を撤廃する部分が無効である以上,本件変更決議に従い上場条件が撤廃されたものとしてされた補助参加人らによる本件新株予約権の行使は,当初定められた行使条件に反するものである。そこで,行使条件に反した新株予約権の行使による株式発行の効力について検討する。
 会社法上,公開会社(同法2条5号所定の公開会社をいう。以下同じ。)については,募集株式の発行は資金調達の一環として取締役会による業務執行に準ずるものとして位置付けられ,発行可能株式総数の範囲内で,原則として取締役会において募集事項を決定して募集株式が発行される(同法201条1項,199条)のに対し,公開会社でない株式会社(以下「非公開会社」という。)については,募集事項の決定は取締役会の権限とはされず,株主割当て以外の方法により募集株式を発行するためには,取締役(取締役会設置会社にあっては,取締役会)に委任した場合を除き,株主総会の特別決議によって募集事項を決定することを要し(同法199条),また,株式発行無効の訴えの提訴期間も,公開会社の場合は6箇月であるのに対し,非公開会社の場合には1年とされている(同法828条1項2号)。これらの点に鑑みれば,非公開会社については,その性質上,会社の支配権に関わる持株比率の維持に係る既存株主の利益の保護を重視し,その意思に反する株式の発行は株式発行無効の訴えにより救済するというのが会社法の趣旨と解されるのであり,非公開会社において,株主総会の特別決議を経ないまま株主割当て以外の方法による募集株式の発行がされた場合,その発行手続には重大な法令違反があり,この瑕疵は上記株式発行の無効原因になると解するのが相当である。所論引用の判例(最高裁昭和32年(オ)第79号同36年3月31日第二小法廷判決・民集15巻3号645頁最高裁平成2年(オ)第391号同6年7月14日第一小法廷判決・裁判集民事172号771頁)は,事案を異にし,本件に適切でない。
 そして,非公開会社が株主割当て以外の方法により発行した新株予約権に株主総会によって行使条件が付された場合に,この行使条件が当該新株予約権を発行した趣旨に照らして当該新株予約権の重要な内容を構成しているときは,上記行使条件に反した新株予約権の行使による株式の発行は,これにより既存株主の持株比率がその意思に反して影響を受けることになる点において,株主総会の特別決議を経ないまま株主割当て以外の方法による募集株式の発行がされた場合と異なるところはないから,上記の新株予約権の行使による株式の発行には,無効原因があると解するのが相当である。
 これを本件についてみると,本件総会決議の意味するところは,本件総会決議の趣旨に沿うものである限り,取締役会決議に基づき定められる行使条件をもって,本件総会決議に基づくものとして本件新株予約権の内容を具体的に確定させることにあると解されるところ,上場条件は,本件総会決議による委任を受けた取締役会の決議に基づき本件総会決議の趣旨に沿って定められた行使条件であるから,株主総会によって付された行使条件であるとみることができる。また,本件新株予約権が経営陣の意欲や士気の高揚を目的として発行されたことからすると,上場条件はその目的を実現するための動機付けとなるものとして,本件新株予約権の重要な内容を構成していることも明らかである。したがって,上場条件に反する本件新株予約権の行使による本件株式発行には,無効原因がある。

3. 以上によれば,会社法828条1項2号に基づき本件株式発行を無効とした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。

【寺田逸郎補足意見】

1(1) 戦後,昭和25年の会社法制の整備において,株式の自由な流通が想定される会社を典型視し,授権株式制度の下で,新株の発行を資金調達の一環として取締役会の業務執行の枠内で捉える新たな制度整備が図られてから,この制度は長く株式会社法制の一つの柱をなしており,昭和41年の商法等の一部改正により定款による株式の譲渡制限に道が開かれた後も揺らぐことなく,今日に至っても柱であり続けている。しかし,平成2年の商法等の一部改正において,典型視されてきた定款に株式譲渡につき取締役会の承認を要する旨の定めのない株式会社においては,第三者に対する有利発行の場合を除き,取締役会の権限で新株の発行を行うこの原則が堅持されたのに対し(旧商法280条ノ2),定款に株式譲渡につき取締役会の承認を要する旨の定めのある株式会社(株式譲渡制限会社)については,有限会社法(平成17年会社法整備法により廃止)にならって,新株の発行には原則として株主が新株の引受権を有するとする制約が課され,この制約を排して株主以外の者を相手に新株を発行しようとするときは,株主総会の特別決議を要するものとされ(旧商法280条ノ5ノ2第1項),増資と既存の株主の新株引受権との関係の整理とともに,株式の流通性を基礎とする資金調達と株主保護とのバランスの再調整が図られた。一般に,株主は投資家という側面と会社という組織の構成員という側面とを持つわけであるが,ここでは,株式譲渡に制限のない会社に比べて後者の側面がより前面に出る株式譲渡制限会社の特質が考慮され,どのような株主間にどういう割合で株式保有がされているかが重要であることから株式の取得に制約が課されている株式譲渡制限会社においては,既存の株主の権利を尊重し,株主総会の権限を基本に据えようとする姿勢が明らかにされたものといえるであろう。これが会社法制定に当たって受け継がれ,自己株式の処分をも新株発行とひとくくりにして募集株式の発行等と位置付けた上で,公開会社(株式の一部にでも譲渡に会社の承認を要する旨の定款の定めがない株式会社)における募集株式の発行等に当たっては,取締役会が決定権限を有するのに対し,非公開会社(全株式につき譲渡に会社の承認を要する旨の定款の定めがある株式会社)における募集株式の発行等に当たっては,株主総会が決定権限を有することを原則とする仕組みがとられたのである(会社法2条5号,199条から202条まで,204条,309条2項5号)。

(2) 他方,平成9年の商法の一部改正によって,いわゆるストックオプションとしての新株引受権が定款により取締役及び使用人に対して与えられる制度として発足した当初は,その権利の内容は全て株主総会の特別決議により決めるべきものとされていたものの,平成13年の商法の一部改正により,汎用的な新株予約権として,原則として内容も取締役会が決める権限を有するものへと利用しやすさへの譲歩がされた際に,株式譲渡制限会社については,新株の発行にならって,原則として株主が新株予約権の引受権を有するとする制約が課され,この制約を排して株主以外の者を相手に新株予約権を発行しようとするときは,株主総会の特別決議を要するものとされ(旧商法280条ノ19,20,280条ノ27),会社法においては,これが実質的に引き継がれて,公開会社が新株予約権を発行する場合には,原則として募集事項の決定が取締役会によって行われるのに対し,非公開会社が新株予約権を発行する場合については,原則として募集事項を株主総会決議自体で決めなければならないものとされると同時に,取締役ないし取締役会に委任することができる一部の事項の中にも新株予約権の内容は含まれないという扱いに改められた(会社法238条から240条まで,243条,309条2項6号)。旧商法当時は,新株予約権にどのような行使条件を付すかについては株主総会が取締役会に決定を委任することができるとする解釈が広くとられていたが,会社法の下では,新株予約権の行使条件のうち少なくともその実質的内容に当たるものは取締役会に委任することができないものとされたと解され,旧商法下でのように取締役会によって上記のような行使条件が決められる余地はなくなったのであって,募集株式の発行等と同様,非公開会社における株主の権利の尊重への歩みが確実に進められたものといえる。

(3) 本件においては,会社法施行前に,定時株主総会における特別決議(本件総会決議)による新株予約権の発行から,上場条件を含む行使条件の決定,3人の取締役との間でのこれに従った新株予約権割当契約の締結,登記手続の完了までの一連の手続により当該3人の取締役が新株予約権を取得した。そして,その後に会社の株式上場が困難な事態が生ずるや,取締役会で上場条件を行使条件から削除し,行使時に取締役でなくても取締役会が認めた者ならよいとすることに条件を改めた上で,新株予約権が行使され,株式が発行されたのであるが(会社法282条),これらは,平成18年5月の会社法施行直後のことなのである。
 会社法の下では,本件のような経過で新株予約権が行使され,3人の取締役らが株主としての地位を獲得することはあり得ない。上記のような取締役らによる,お手盛り的で,株主総会の意向に背く処理は,(1),(2)で要約した会社法制の進んできた方向に対する真っ向からの挑戦というほかないのである。外部監査役とみられる監査役がこの事態を見過ごすことなく提訴したことも,その意味で頷ける。

2(1) 株主総会による委任に基づき一旦決められた行使条件を変更できるかどうかについては,法廷意見のとおり,旧商法施行当時の基準として,原則として,決議のあった株主総会当時の諸事情の下における適切な行使条件を新株予約権の発行までに定めることが委任の趣旨であるとみて,以後の変更を許容することが明示されていない限り変更は許されないという考え方に基づき,本件における行使条件の変更が許されないものであるとの結論が導かれるのであって,そのことが当事者の主張に対応する判断として相当である。しかし,本件において,会社法の施行により,会社自体,旧商法施行時の譲渡制限の定め,株主総会決議,取締役会決議及び登記がそれぞれ会社法上の相当存在となって,以後,会社法が適用されることとなり(会社法附則2項,会社法整備法66条1項,2項,76条1項,3項,91条,96条,113条1項),また,株式及び新株予約権については規定を欠くものの,当然会社法上の相当存在となるものと解されるから,以後の新株予約権のありようを計るには,全て会社法の規定に照らしてみることが本来の在り方ともいえる。そうであるとすると,上記1(2)のとおり,そもそも会社法の下においては新株予約権の内容としての行使条件を取締役会が決めることはできないのであるから,一旦決められた条件を取締役会が変更することなどおよそ許される余地などなく,本件の行使条件の変更が許されないことがより強い形で説明できるようにも思える。

(2) かねて,当審は,株式譲渡制限会社において行われるものを含めて,新株発行を無効とすることに慎重であるとみられてきた。補助参加人らが原審判断を判例違反と主張するに当たって引用する2つの当審裁判例が,その根拠とされるのであろう。しかし,それは旧商法の下で長く新株発行が取締役会の業務執行と位置付けられてきたことにかかわる解釈であると考えられる。
 本件での新株予約権行使による株式発行の有効性については,会社法の下で判断されるべきところ(会社法整備法98条1項は,施行時に発行されていない新株予約権の発行手続について旧商法を適用すべきとする規定であり,会社法整備法111条1項は,施行前に提起された新株発行無効の訴えの手続を旧商法等を適用して行うものとする規定にすぎない。),法廷意見に示されたとおり,第一に,非公開会社における株主割当て以外の方法による募集株式の発行が株主総会の特別決議を欠く状況で行われると,株式発行無効原因となるとの考え方が十分成り立ち,第二に,新株予約権の行使が株主総会の付した行使条件に反している場合には,この行使条件が当該新株予約権を発行した趣旨に照らしてその重要な内容を構成しているものである限り,既存の株主にとって持株比率の在り方が株主総会決議時に想定していたものと異なる形で歪められることになる(取締役会が設置されていない非公開会社(会社法139条1項参照)の既存株主を中心に殊に関心の強い株主構成の在り方までも歪められることになる)点で株主総会決議を欠いた募集株式の発行の場合と基本的な差がないとみることができるのである。そこで,さらに,会社法の下では,もはや取締役会が前記のとおり行使条件の決定を行う余地はないことを正面から受け止めるならば,同法施行前に株主総会が取締役会に委任した結果付された行使条件を施行後は株主総会が付した条件と同視するほかないというべきで,しかも,条件変更は単なる手続違背ではなく,およそ受け入れる余地がない性格のものなのであるから,結局,本件の取締役会による変更後の条件に従った新株予約権の行使による株式の発行については,株主総会決議を欠く募集株式の発行と同視するという結論に至らざるを得ず,したがって,これを無効視する結論がより明確に導かれるように思われる。なお,このように解しても,非公開会社の株式流通には限界があり,取引安全に支障が生ずる余地が限られていることも付言しておくことが適切であろう。もっとも,上記の株主の権利の尊重及び会社運営における決定機関としての株主総会重視という角度からこのような解釈を導くについては,本来,その会社が非公開会社であるかどうかということだけでなく,取締役会が設置されているかどうか,あるいは株式の譲渡承認が株主総会自体によって行われるかどうか(会社法施行前の有限会社型かどうか)という要素を含めて判断すべきであるという考え方もあり得るであろう。しかし,ここでの解釈においては,非公開会社という法律の定める大枠に着目することが,簡明でありながら,概ねとはいえ相当性を見出せるという意味で,無理がないところといえるように思われる。

3.以上のとおり,会社法の施行下での株式発行であるということをより強く受け止めて施行後の経過を意味付けようとすることも見方としてあり得るところで,その見方に立つと,株式発行無効原因があることをより抵抗なく受け止めることができるように思えるのである。

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