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最高裁判所第二小法廷判決平成24年04月23日

【事案】

1.栃木県の旧氏家町(以下「町」という。)が浄水場用地として土地を購入したことについて,同土地を取得する必要性はなくその代金額も適正価格よりも著しく高額であるのに当該土地の売買契約を締結したことが違法であるとして,町と旧喜連川町との合併により設置されたさくら市(以下「市」という。)の住民である被上告人が,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,市の執行機関である上告人を相手に,上記売買契約の締結当時の町長であった上告補助参加人A(以下「参加人A」という。)に対し損害賠償請求をすること等を求める住民訴訟。

2.事実関係等の概要

(1) 町は,水道施設の拡張整備をする必要性が生じたとして,平成10年,栃木県知事から水道事業経営変更の認可を受けた(以下,この認可を受けた事業に係る計画を「本件拡張計画」という。)。本件拡張計画によれば,平成12年までに浄水場用地を確保し,平成16年度までに浄水施設を設置する予定であった。また,新たな浄水場の用地としては,既存の浄水場や既設の7か所の取水井と近接していること等の条件を満たすことが望ましいとされていた。

(2) 本件拡張計画に係る用地の確保は平成12年の予定より遅れていたところ,町は,平成15年11月頃,以前の候補地の一つに隣接する第1審判決別紙第1物件目録記載の土地建物等(以下「本件競売物件」という。)が競売に付されているという情報を得て,その所有者に任意売却の打診をしたが,断られた。

(3) 当時の町長であった参加人Aは,平成16年3月2日,町議会に対し,浄水場用地の購入費として3億円を計上した平成16年度水道事業会計予算を提出し,町議会はこれを議決した。なお,町には,水道事業について管理者が置かれておらず,管理者の権限は町長が行うものとされていた(地方公営企業法7条ただし書,8条2項)。

(4) 上告補助参加人B(以下「参加人B」という。)は,本件競売物件に係る競売の手続に参加し,平成16年5月18日,開札の結果,第1審判決別紙第1物件目録1ないし11記載の土地(評価額2119万円)を2165万円,同目録12記載の土地及び同目録13記載の建物(評価額2404万円)を2300万円で競落した。
 参加人Bは,上記競売の過程で,町が本件競売物件の周辺に浄水場を設置する計画を有していることを知り,開札期日の後,町役場を訪れ,本件競売物件の町への売却を申し入れたが,その際,本件競売物件を約4500万円で取得したこと,更地の売却価格として7000万円程度を考えていること,本件競売物件の一部を前所有者に坪5万円で売るつもりであることなどを述べた。
 そこで,町の水道課は,第1審判決別紙第1物件目録1ないし11記載の土地及び同目録12記載の土地の一部(その全体は実測面積8091.57uの不整形地であり,以下,これらを併せて「本件土地」という。)が前記(1)の条件を満たしていること,地権者が1名であることから効率的に取得交渉を進めることができることなどを考慮し,本件土地を取得する方針を決定した。

(5) 町では,公共用地の取得等については,関係各局課の局課長によって構成される土地問題対策会議において検討することとされており,平成16年6月3日,同会議が開かれ,本件土地を浄水場用地として取得するか否かが付議され,本件土地の所有者である参加人Bがその更地の価格は7000万円程度であって隣接する土地を坪5万円で前所有者に売るつもりであると述べていることなどが担当者から説明され,意見交換や質疑等が行われた上で,本件土地の取得に向けて水道課において検討を進めることとし,具体的な代金額等が明らかになれば同会議を開いて再度議論することとなった。

(6) 町は,平成16年7月6日,参加人Aの友人の不動産業者を介し,不動産鑑定士であるCに対して本件土地の不動産鑑定を依頼した。
 Cは,同年8月10日,本件土地の価格を2億7390万円(1u当たり3万3300円に地積を8225.12uとして算定したもの)とする不動産鑑定評価書を町に交付した(以下,この鑑定を「本件鑑定」という。)。本件鑑定は,約195uないし272uのほぼ整形の住宅地を取引事例比較法の対象とし,347uのほぼ正方形の住宅地に係る公示価格を参考として標準価格を設定した。
 参加人Bは,同月頃,本件鑑定を踏まえ,町に対し,本件土地の代金について2億6500万円の要求額を提示した。

(7) 町では,平成16年8月18日,土地問題対策会議が開かれて本件土地を浄水場用地として取得する件について審議され,本件鑑定の鑑定評価額及び参加人Bから提示された代金額等が報告されたところ,以前に報告された7000万円程度という価格と異なる理由についての質問や,交渉でもう少し下がるのではないかという意見もあったが,最終的に,同会議では本件土地を取得する方向で進めることで異議がないという結論が出された。また,町は,同日,庁議を開催し,参加人Bが提示した2億6500万円で本件土地を取得するという方針を決め,町議会の全員協議会(以下単に「全員協議会」という。)に報告することとなった。

(8) 参加人Aは,平成16年8月31日,全員協議会において,本件土地について,本件鑑定の鑑定評価額,参加人Bから提示された代金額,参加人Bが競落した価格等を報告したところ,町議会議員からは,鑑定評価額や代金額が高額に過ぎる等の意見が出された。これに対し,参加人Aは,回答が遅れれば売買自体の成立が難しくなるなどと回答したが,再度交渉してその結果を全員協議会に報告することとなった。

(9) 町は,平成16年9月1日,参加人Bから本件土地の代金について2億5000万円の要求額の提示を受けた。参加人Aは,同月6日,全員協議会において再度報告し,町議会議員からは,坪当たり10万円の価格は住民に受け入れられるのかとの意見が出される一方で,不動産鑑定士が鑑定した価格となればやむを得ないのではないか等の意見も出され,参加人Aは,時期的な問題もあるのでこの価格で契約させてもらいたいと述べた。その後,町議会議員の1人が,参加人Bと別途自ら交渉したが,代金額を下げることはできなかった。

(10) 参加人Aは,平成16年9月21日,町を代表して,参加人Bとの間で,本件土地を代金2億5000万円で購入する旨の売買契約を締結した(以下,この売買を「本件売買」といい,その契約を締結した行為を「本件契約締結行為」という。)。

(11) 町は,平成17年3月28日に旧喜連川町と合併し,市が設置されて町の権利義務を承継し,町長であった参加人Aは市長となり,同21年4月頃までその任期を務めた。

(12) 被上告人からの本件鑑定は不当である旨の申出を受けて,社団法人D協会は,平成20年3月18日,Cに対し,同協会の定款に基づき,本件鑑定は,対象の土地についての確認調査を怠り,評価の前提となる条件設定の妥当性を無視し,必要な減価修正についても十分に検討していない極めてずさんなものであるとの理由で,6か月間の会員権停止処分をした。

(13) 被上告人は,平成17年12月14日,参加人Aは,取得の必要が高くない本件土地につき必要な手続を履践せず極めて性急にその取得を決定し著しく高額な代金額で取得したものであるから,その裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであり,本件契約締結行為は違法であって,本件売買の代金額と適正な代金額との差額が町の損害となり,参加人Aはその賠償責任を負うと主張して,本件訴訟を提起した。
 被上告人は,第1審において,本件土地の適正価格につき,約775ないし5828uの宅地見込地を対象とする取引事例比較法に基づいて種々の補正をして試算価格を算出し,開発法に基づく試算価格も算出した上で,これらを総合して鑑定評価額を7590万円と算定した不動産鑑定士作成の鑑定評価書(以下「被上告人鑑定書」という。)を提出した。
 第1審は,平成20年12月24日,被上告人鑑定書の上記鑑定評価額を本件土地の適正価格と認め,その適正価格に整地費用等を加えた1億0443万5000円を本件売買の適正な代金額と認定し,上記(10)の本件売買の代金額との差額を町の損害とした上で,被上告人の参加人Aに対する損害賠償請求に係る請求を認容する判決を言い渡し,これに対し,上告人が控訴を提起した。
 原審は,平成21年7月14日,口頭弁論を終結し,判決言渡期日を同年9月29日と指定した。

(14) 市議会においては,平成21年9月1日,本件訴訟に係る市の参加人Aに対する損害賠償請求権を放棄する旨の議案(以下「本件議案」という。)が議員提案により提出され,市議会は,同日,質疑討論の上,賛成16,反対5の多数決により同議案を可決する議決をした(以下「本件議決」という。)。
 本件議案の提案理由書には,参加人Aには裁量の逸脱,濫用がみられず,市の参加人Aに対する損害賠償請求に係る全ての権利を放棄するため議案を提出するものであり,本件訴訟の第1審における認定の基礎とされた被上告人鑑定書の内容は,固定資産評価額等と著しくかけ離れている一方,本件売買の代金額は,固定資産評価額とも著しい差はなく,結果として取引において成立すると認められる正常価格に近いものとなっていること,水道普及率が近隣の市町は90%を超える中で町は70%台と低く水道施設の利用率も120%を超えて断水の危険等もあり,住民からも本件拡張計画の推進を求める要望が出るなど浄水場の建設は緊急を要するという状況の下で,浄水場用地としての本件土地の取得は水道事業の管理者として必然的な選択であったこと等に鑑みれば,参加人Aの判断に著しい錯誤はみられず,水道の事業計画の推進に必然的な土地の取得であったことを考慮して,参加人Aに対する上記の権利を放棄することは当然の帰結である旨の提案者の意見が記載されていた。
 また,市議会での上記討論において本件議案に賛成した議員らは,その理由につき,本件土地の適正価格の点以外にも,浄水場の建設は緊急を要しており浄水場用地として本件土地を取得する必要性は高く,地元住民の要望も強かったことを重視するとともに,その方針に関しては全員協議会での議論を経ていたこと,参加人Aが不法な利益を得たわけではないこと,本件土地上に浄水場を建設することは工事費が他の土地上の建設よりも安くなる可能性があることなどを考慮すべきである旨を述べたことがうかがわれる。
 上告人は,本件議決を受けて,参加人Aに対し,本件議決に基づいて市の参加人Aに対する損害賠償請求権が放棄されたことを通知する平成21年10月15日付けの文書を送付し,同文書はその頃到達した。

(15) 上告人は,平成21年9月1日,口頭弁論の再開の申立てをし,原審は,同月15日,口頭弁論を再開する旨の決定をし,同年10月29日,上告人は,本件議決によって上記請求権が消滅した旨を主張し,原審は,再度口頭弁論を終結した。

3.原審は,上記事実関係等の下において,町が本件土地を取得する必要性は認められるものの,本件売買の代金額は高額に過ぎるため,違法な財務会計行為である本件契約締結行為により適正価格との差額相当額の損害が町に生じており,そのことについて参加人Aには過失があるとして,その損害賠償責任を肯定する旨を判示した上で,市の参加人Aに対する損害賠償請求権を放棄する旨の本件議決の効力について,要旨,次のとおり判断して,被上告人の当該損害賠償請求に係る請求を認容すべきものとした。

(1) 普通地方公共団体の議会が,裁判所が存在すると認定判断した損害賠償請求権について,これが存在しないとの立場から,裁判所の認定判断を覆し,あるいは裁判所においてそのような判断がされるのを阻止するために当該請求権の放棄の議決をすることは,損害賠償請求権の存否について,議会の判断を裁判所の判断に優先させようとするものであって,権利義務の存否について争いのある場合にはその判断を裁判所に委ねるものとしている三権分立の趣旨に反するものというべきであり,議会に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものである。

(2) 本件議決がされた前後の事情及び本件議案の提案理由によれば,本件議決は,購入価格は正常価格であって参加人Aには裁量権の範囲の逸脱又はその濫用はないとの立場から,第1審の認定判断を覆し,控訴審において同様の認定判断がされることを阻止するために議決されたものであり,上記裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものであって,違法,無効である。

【判旨】

1.原審の上記3(1)及び(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 地方自治法96条1項10号は,普通地方公共団体の議会の議決事項として,「法律若しくはこれに基づく政令又は条例に特別の定めがある場合を除くほか,権利を放棄すること」を定め,この「特別の定め」の例としては,普通地方公共団体の長はその債権に係る債務者が無資力又はこれに近い状態等にあるときはその議会の議決を経ることなくその債権の放棄としての債務の免除をすることができる旨の同法240条3項,地方自治法施行令171条の7の規定等がある。他方,普通地方公共団体の議会の議決を経た上でその長が債権の放棄をする場合におけるその放棄の実体的要件については,同法その他の法令においてこれを制限する規定は存しない。
 したがって,地方自治法においては,普通地方公共団体がその債権の放棄をするに当たって,その議会の議決及び長の執行行為(条例による場合は,その公布)という手続的要件を満たしている限り,その適否の実体的判断については,住民による直接の選挙を通じて選出された議員により構成される普通地方公共団体の議決機関である議会の裁量権に基本的に委ねられているものというべきである。もっとも,同法において,普通地方公共団体の執行機関又は職員による公金の支出等の財務会計行為又は怠る事実に係る違法事由の有無及びその是正の要否等につき住民の関与する裁判手続による審査等を目的として住民訴訟制度が設けられているところ,住民訴訟の対象とされている損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を放棄する旨の議決がされた場合についてみると,このような請求権が認められる場合は様々であり,個々の事案ごとに,当該請求権の発生原因である財務会計行為等の性質,内容,原因,経緯及び影響,当該議決の趣旨及び経緯,当該請求権の放棄又は行使の影響,住民訴訟の係属の有無及び経緯,事後の状況その他の諸般の事情を総合考慮して,これを放棄することが普通地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする同法の趣旨等に照らして不合理であって上記の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認められるときは,その議決は違法となり,当該放棄は無効となるものと解するのが相当である。 そして,当該公金の支出等の財務会計行為等の性質,内容等については,その違法事由の性格や当該職員又は当該支出等を受けた者の帰責性等が考慮の対象とされるべきものと解される。

(2) 本件議決についてこれをみるに,まず,本件契約締結行為の性質及び内容に関しては,本件土地は,事案2(1)のとおり,浄水場用地としての条件に適合しており,地権者も1名で交渉が容易であったことなどから,町においてこれを浄水場用地として取得する必要性が認められ,本件契約締結行為の違法事由は専ら代金額が高額に過ぎた点にあるところ(地方自治法2条14項,地方財政法4条1項),その当時,本件拡張計画に基づく用地取得の予定時期を数年過ぎても他に適当な候補地が見当たらない中で,水道事業の管理者としての町長は,用地取得の早急な実現に向けて努力すべき立場にあり,売買契約の代金額が売主との交渉によって決まるものである以上,その交渉の期間や内容等について相応の裁量も有していたものといえる。仮に,代金額に係る交渉を不調として本件土地の取得を断念するならば,用地取得の予定時期を既に数年過ぎて遅れていた浄水施設の設置など本件拡張計画の実現が更に遅れることになり,町及びその住民全体の利益に反する結果となる状況にあったともいえる。また,本件土地の売主である参加人Bが高額の代金額を要求した根拠は,町が依頼した不動産鑑定士による鑑定結果である本件鑑定であったところ,一般に不動産鑑定の適否の判定は中立的な専門家の関与なしには困難であることに照らせば,仮に町が依頼した他の不動産鑑定士によってより安価な鑑定評価額が出されたとしても,限られた期間内の当事者同士の交渉によって売主から代金額の大幅な引下げという譲歩を確実に引き出すことができたか否かは必ずしも明らかではない。そして,参加人Aと売主との間の交渉について,それが折衝としての実体を有しない態様のものであったことをうかがわせるような交渉の具体的な内容や状況等の事情は原審では明らかにされていない。次に,本件契約締結行為の原因及び経緯に関しては,上記の点のほか,少なくとも,参加人Aにおいて適正価格との差額から不法な利益を得て私利を図る目的があったなどの事情は証拠上うかがわれず,被上告人も主張していない。また,本件契約締結行為の影響に関しては,その代金額は,事案2(3)のとおり,町議会の議決を得た3億円という用地購入費の予算の枠を5000万円下回るものであったのであり,本件売買により浄水場用地が確保され,浄水施設の設置など水道事業を拡充する本件拡張計画の早期の実現が図られることによって,町ないし市及びその住民全体に相応の利益が及んでいるものということもでき,参加人Aが本件売買によって不法な利益を得たなどの事情は証拠上うかがわれず,被上告人も主張していない。以上に鑑みると,本件鑑定の鑑定評価額に基づき高額に過ぎる代金額で売買契約を締結するに至ったことにつき,原審の認定した事情のみから直ちに参加人Aの帰責性が大きいと断ずることはできない。
 そして,以上を前提として,本件議決の趣旨及び経緯についてみるに,事案2(14)のとおり,本件議案の提案理由書には,本件訴訟の第1審における本件土地の適正価格の認定の基礎とされた被上告人鑑定書の内容を論難する記載がある一方で,当時の町長であった参加人Aにとって本件土地の取得は緊急を要しており水道の事業計画の推進のために水道事業の管理者として必然的な選択であったこと等が放棄の理由として記載されており,同議案に賛成した議員らの発言の中でも,浄水場の建設は緊急を要しており浄水場用地として本件土地を取得する必要性は高く地元住民の要望も強かったことが重視され,参加人Aが不法な利益を得たわけではないなどの指摘もされていることがうかがわれるところであり,このような市議会における審議を経た議決の経緯等に照らすと,本件議決について,上記提案理由書の一部に上記のような記載があるからといって直ちに本件訴訟の第1審判決の法的判断を否定する趣旨のものと断ずることは相当ではない。そして,市の参加人Aに対する損害賠償請求権の放棄又は行使の影響についてみるに,浄水場用地の取得は,町の水道事業に係る公益的な政策目的に沿って町の執行機関である長が本来の責務として行う職務の遂行であるといえ,また,本件売買の代金額は町議会の議決を得た用地購入費の予算の枠を下回るものであったところ,このような職務の遂行の過程における行為に関し,上記請求権の行使により直ちに1億数千万円の賠償責任の徴求がされた場合,執行機関の個人責任として著しく重い負担を負うことになり,以後,執行機関において,職務の遂行に伴い個人の資力を超える高額の賠償の負担を負う危険を踏まえ,長期的な観点からは一定の政策目的に沿ったこのような職務の遂行に萎縮的な影響を及ぼすなどの状況が生ずるおそれもあり,仮に上記の賠償責任につき一定の酌むべき事情が存するのであれば,その限りにおいて議会の議決を経て全部又は一部の免責がされることは,上記の観点からはそのような状況を回避することに資する面もあるということもできる。以上に鑑みると,本件議決については,本件鑑定評価額に基づき高額に過ぎる代金額で売買契約を締結するに至ったことにつき,参加人Aが,町に多額の損害を与えた一方で,水道事業の管理者として地元住民の要望も強く緊急に必要とされた浄水場用地を取得し,自らが不法な利益を得たわけではない等の指摘がされる中で行われたものであり,参加人Aの賠償責任を不当な目的で免れさせたことをうかがわせるような事情は原審では明らかにされていないといえるので,原審の認定した事情のみから直ちに本件議決が参加人Aの賠償責任を何ら合理的な理由なく免れさせたものと断ずることはできない。
 なお,住民訴訟の係属の有無及び経緯に関しては,本件では,事案2(13)及び(14)のとおり,本件訴訟の係属中に,上告人の第1審での敗訴を経て原審の判決言渡期日の直前に本件議案が可決されており,このような現に係属する本件訴訟の経緯を踏まえ,本件議決については,主として住民訴訟制度における当該財務会計行為等の審査を回避して制度の機能を否定する目的でされたなど,住民訴訟制度の趣旨を没却する濫用的なものに当たらないか否かという観点からみることとする。この点に関し,原審は,本件議決がされた時期と原審における住民訴訟の審理の状況との関係等をも理由として,住民訴訟の対象とされている市の損害賠償請求権の放棄を内容とする本件議決は,議会の判断を裁判所の判断に優先させるもので三権分立の趣旨に反するものであるなどとして,これが市議会の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たる旨をいう。しかしながら,本件議決の適法性に関しては,住民訴訟の経緯や当該議決の趣旨及び経緯を含めた諸般の事情を総合考慮する上記の判断枠組みの下で,裁判所がその審査及び判断を行うのであるから,第1審判決の認容に係る上記請求権の放棄を内容とする本件議決をもって,議会の判断を裁判所の判断に優先させるもので三権分立の趣旨に反するものということはできず,住民訴訟制度の趣旨を没却する濫用的なものに当たるということはできない。

(3) 本件において,原審は,前記(1)の諸般の事情の総合考慮による判断枠組みを採ることなく,上記諸般の事情のうち,本件売買の代金額の適正価格等のほか,本件訴訟の経緯や本件議案の提案理由書の記載の一部等といった事情について考慮しただけで,本件議決が市議会の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるとしている。しかしながら,原審は,上記のとおり,本件契約締結行為に至る参加人Aの売主との交渉が折衝としての実体を有しない態様のものであったことをうかがわせるような状況の有無など参加人Aの帰責性の程度を判断するに足りる事情を十分に認定,考慮しておらず,また,本件議決が参加人Aの賠償責任を不当な目的で免れさせるものであったことをうかがわせるような事情の有無についても十分に審理,判断していないなど,本件契約締結行為の性質,内容,原因,経緯及び影響,当該請求権の放棄又は行使の影響など考慮されるべき事情について基礎となる事実の認定を含めて十分な検討をしていない。そのため,原審の確定した事実関係等からは,直ちに,本件議決が,参加人Aの賠償責任を何ら合理的な理由なく免れさせたものであり,普通地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営を旨とする地方自治法の趣旨等に照らして不合理であって,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるということはできず,他方,直ちに本件議決が裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たらないということもできない。したがって,上記の考慮されるべき事情について審理を尽くすことなく,原審摘示の事情のみを理由に直ちに本件議決が裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たり違法であるとした原審の判断には,審理不尽の結果,法令の解釈適用を誤った違法がある。

2.以上のとおり,原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,上記1において説示した考慮されるべき事情について審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

【古田佑紀補足意見】

 本件を原審に差し戻すべき理由は多数意見のとおりであるが,以下の点を改めて述べておきたい。
 原審が本件議決を無効とする理由は,本件議決がこれをもって地方議会の判断を裁判所の判断に優先させようとするものであって,議会の裁量権を逸脱するものであるというものであるが,そのような判断は多数意見の示す判断の枠組みとは明らかに異なるものであるし,本件議決の提案理由にはその措辞に不適切な点はあるものの,参加人Aに損害賠償義務があることを前提として放棄の議決がされたことは明らかであり,これをもって裁判所の判断を否定するものとはいえない。原審は本件議決の上記主観的意図を主として問題にするが,議決が違法というためには,それが客観的にも合理性を欠くものであることが必要である。いうまでもないことではあるが,参加人Aの損害賠償義務自体は,同人に故意又は過失があれば,その違法性の程度にかかわらず,それと相当因果関係がある限度において発生するものであるのに対し,放棄の議決の適法性は,本件土地を取得する必要性,合理性の程度,参加人Aの行為の違法性の内容,性質等に深く関わるものであるから,放棄の議決がなされ,その効力が争われた場合には,単に参加人Aの故意,過失の有無にとどまらず,これらの点についても,更に審理を尽くす必要がある。
 本件土地の取得については,緊急性の程度に見方の相違があったとしても,浄水場用地の確保は早期に必要なものであって,それ自体としては必要性,合理性が認められ,問題になるのは専ら取得価格である。また,参加人Aが私的な利益を図ったというような事情もうかがわれない。原審が参加人Aの行為を違法とした理由は,要するに,補助参加人Bが本件土地を4400万円余りで落札し,7000万円程度で町に売却してもよいという意向を漏らしていたところ,参加人Aの私的な知り合いを通じて鑑定を依頼したC不動産鑑定士による鑑定結果が,補助参加人Bの落札価格や同人が当初漏らしていた希望価格をはるかに上回るものであるなど著しく高額であったことから,これに基づく価格による土地取得について全員協議会で少なからぬ疑問や消極的な意見が示されたにもかかわらず,参加人Aにおいて,十分に検討することなく,短期間のうちに上記鑑定に依拠した価額による売買契約を締結したもので,裁量を逸脱,濫用したものというべきであるという点にある。このような経緯からすれば,本件土地の購入手続は,その価額に比し,地方公共団体の手続としてはずさんであり,鑑定人の選任も客観性に乏しく,通常期待される水準に達しているとはいい難いのであって,参加人Aの過失を認める上では,これらの事情が審理,認定されることで一応足りるとはいえよう。しかしながら,本件議決の適法性という観点からは,更に前記のような経緯をたどるに至ったことについての参加人Aの帰責性の程度が一つの重要な問題である。本件においては,上記のとおり,売買契約に至る手続が,その金額等に照らし,看過し難い不適切な点があるから過失が認められるのであって,そのような瑕疵があるからといって,直ちに過失の程度が大きいということになるものではなく,過失の程度を含めた帰責性の程度は,更に検討を要する問題である。本件においては,Cが行った鑑定の結果により価格の交渉が事実上制約を受けた状態で売買価格が決定されたものであり,本件の問題は,結局,Cが行った鑑定に起因するものであるといえる。そうすると,参加人Aの帰責性の程度を判断するに当たっては,議会に対する説明の必要など一般の取引とは異なった側面がある地方公共団体における公共用地取得の手続において価格の決定に通常必要とされる措置や地権者との交渉の在り方などを踏まえて,Cに鑑定を依頼した経緯やその鑑定結果に基づいて交渉をするに至った経緯などについての審理及び認定が不可欠である。具体的には,例えば,本件の鑑定依頼が専ら町が内部的な参考資料とする目的で行われたのか,あるいは,単に当事者間の交渉のみによるのではなく,より客観的に価格を決めるため,Bとも協議の上で実施することとなったものかというような点は,鑑定結果の取扱いや売買価格の交渉に対する事実上の影響に大きな差が生じ,Aの帰責性の程度にも少なからず影響する問題であるところ,原判断は,この点について何ら触れていない。この点に関連して,Bに鑑定結果が知られていることについては,原審においては鑑定の目的や実施の経緯が審理,判断されておらず,それが不適切であったと直ちに断ずることはできない。また,鑑定人の選任についても,その方法に私的な感はあるが,Cに鑑定人としての適正さを疑わせるような事情があったかどうかも不明である。これらの点からすると,本件においては,少なくとも,参加人Aの帰責性の程度に関する重要な諸点についての審理,判断がなされていないといわざるを得ない。なお,本件議決が控訴審における口頭弁論終結後という時期になされたことについては,口頭弁論終結後更には判決確定後に議決がなされても,その当否が更なる裁判において問題とされる可能性があることは明らかであり,その有効性について裁判所の審理,判断の機会や必要がなくなるわけではないし,また一般に議決の時期がその有効性に影響するものではない。

【竹内行夫補足意見】

 私は,多数意見に賛同するものであるが,本件議決と三権分立の趣旨及び住民訴訟制度との関係の問題に関し,原判決及び須藤裁判官の意見に示された判断ないし見解についての私の考えは,多数意見4(2)(※判旨1(2))末尾の「なお」以降にあるとおりであることを,特に付記しておきたい。そのうえで,私の考えを多少敷衍して述べれば以下の通りである。
 原判決は,普通地方公共団体の議会が本件議決のような市議会議決を行うことは三権分立の趣旨に反するものであるとする。しかし,そもそも普通地方公共団体の議会と国の裁判所の関係を三権分立の問題として捉えることには理論的な問題があることを措くとしても,本件議決が適法か違法かの問題に関しては,飽くまでも裁判所が,判決理由において示された判断枠組みの下で,審査及び判断を行うものである。そして,本件議決により,原審及び当審における審査及び判断が妨げられるとの事情は一切存在しないし,また,第1審判決の認容に係る請求権の放棄を内容とする本件議決をもって,市議会の判断を裁判所の判断に優先させるということもまったくない。したがって,本件市議会の議決が三権分立の趣旨に反するということはない。
 同様に,住民訴訟制度との関係に関していえば,飽くまでも裁判所が,本件請求権の放棄について,住民訴訟の経緯や市議会の議決の趣旨及び経緯を含めた上記の判断枠組みの下で,審査及び判断を行うのであり,本件議決による請求権の放棄が市議会の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認められるときは,その議決は違法となり,当該放棄は無効となるものである。そして,このような裁判所による審査及び判断は市議会の議決によって何らの制約を受けるものではない。
 住民訴訟が係属している間に市議会が請求権の放棄を議決することが,住民訴訟制度の趣旨を没却することになり得るか,という点については,市議会は市議会としてその裁量権の範囲内においてそのような議決を行い得るものであり,議決を行うこと自体は住民訴訟が係属しているからということを理由として制限されるものではない。その場合にも,市議会の議決が裁判所の判断に優先するということがあり得ないことはもちろんである。そして,仮に,請求権の放棄の議決が住民訴訟制度における地方公共団体の財務会計行為についての司法審査を回避して制度の機能を否定するようなものである場合には,そのような議決は,そのことだけで市議会の裁量の範囲を逸脱し裁量権の濫用となり住民訴訟制度の機能,趣旨を否定,没却するものに当たると評価され得るであろう。しかし,本件議決がそのようなものに当たるとは解せられない。また,現実にも,本件住民訴訟についての裁判所における審査及び判断が,本件議決によって阻害されるとの事情は存在しないのであり,本件議決の適法性については,判決理由において示された市議会の裁量権の逸脱・濫用の有無に関する司法判断の枠組みの下で,諸般の事情を総合考慮した上で判断がなされるべきものである。

【須藤正彦意見】

 私は,多数意見の議決の違法性に係る判断の枠組みについては賛同し,その枠組みに依拠した審理を十全に尽くす観点から,本件を原審に差し戻すという多数意見の結論についてその限りで同調するが,本件へのその当てはめに関しては,差戻審での審理の結果において別異に解すべき特段の事情が現れない限り,本件議決を違法とした原判決の結論を正当として維持すべきであるとの判断を前提とする点で,多数意見と見解を異にするものである。以下にその理由を述べる。

1(1) 地方自治法(以下,「法」という。)96条1項10号に規定されている普通地方公共団体の議会による権利の放棄については,明文上その要件は特に限定されているものではないが,多数意見も認めるとおり,一定の限界がある。同項においてその1号ないし3号が条例,予算,決算に係る議会の固有の権限を定めるものとみられるのに対し,10号は,本来普通地方公共団体の長(以下,「長」という。)の権限に属するといえる契約の締結行為などを列挙する同項4号以下の規定の一つであり,また,債務者の無資力等の一定の条件を満たした債権(法240条3項,同法施行令171条の7)は長が議会の議決なしに債務免除ができるとされているところよりすれば,基本的に,この規定は,債権のうち重要なものについては,長がその免除を行うについて,権利の放棄として議会の議決に係らしめることを定めた規定と捉えられるのである。このように,法96条1項10号は,その規定ぶりからして,いわば免責特権的に議会に独自の権限を付与したというよりも,長の行為をチェックし,その適正を図る機能を重視してその権限を与えた趣旨のものと解され得るのである。もちろん,議会が住民代表であることに照らせば,その良識ある合理的な判断は最大限に尊重されるべきで,結局のところ,この権利の放棄の権限を長の権限行使についての同意権的にのみ限定して解釈するようなことは相当ではないのではあるが,しかし,そのことは反面からいえば,それが公益的見地からみて良識ある判断とは認められず,その結果,地方公共団体の健全な発達(法1条参照)を阻害するとみられるような場合は,議会の権限の濫用として許容されないということになり得るということをも意味すると思われる。その点よりすると,まずもって,放棄の内容が客観的にみて極めて不合理で,その不合理さが許容される限度を超えるような場合の議会の放棄の議決は,権限の濫用の場合に当たり得るというべきである。この放棄の議決については基本的に以上の意味での制約があるといえる。

(2) また,法は特に地方の財務行政について「最少の経費で最大の効果」(法2条14項)などを,また,地方財政法は経費について「必要且つ最少の限度」(同法4条1項)などを要求するとともに,法は住民訴訟の制度をも設け,地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として,住民に対して,公益の代表者として普通地方公共団体の執行機関等の違法な財務会計行為等の是正を裁判所に訴求する権能を与え,これを通じて地方の財務行政の適正化を図っている(最高裁判所第一小法廷昭和53年3月30日判決民集32巻2号485頁参照)。
 そうすると,議会の権限としての権利の放棄の議決はこれらの規定との整合的解釈という点からも限界があるというべきである。そして,債権の放棄の議決が住民訴訟が目指す地方の財務行政の適正化に重大な影響を与える事柄であることに照らせば,それが住民訴訟による当該財務会計行為等の審査を回避して住民訴訟制度の機能を否定する意図の下になされるなど住民訴訟制度を設けた法の趣旨を没却するような場合は,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認められ,その議決は違法となるというべきである。加うるに,前記の地方の財務行政の適正化と住民訴訟との密接な関連よりすれば,放棄の議決の手続過程の面においても,議会の審議で,住民訴訟の判決において当該財務会計行為の違法性を基礎付けるものとして認定されている事実など当然考慮すべき重要な事情を看過していないかどうかも,上記の判断において重要である。多数意見4(1)(※判旨1(1))の議決の違法性に係る判断枠組みは,以上のような意味において放棄の議決の限界における考慮要素を示したものと捉えることができるのであって,それが本件議決に当てはめられるべきである。

2(1) まず,本件契約締結行為の性質,内容,原因,経緯,影響などについてみるに,原判決によれば,本件契約締結行為における売買代金額2億5000万円は,適正価格とされる1億0400万円余に比して高額に過ぎたとされ,そのことが違法事由とされている。この参加人Aの違法な本件契約締結行為によって市に生じたとされる損害金額1億4500万円余は決して小さい金額ではないから影響の程度も決して小さいとはいえない。その原資である水道利用者各人の納付する水道料金の額と比較しても,また,未曾有の高齢化社会を迎える我が国において,社会保障や福祉関連の地方公共団体の負担は増える一方であるという近時の趨勢に照らしても,そのことは自明である。

(2) 次に,原判決は,本件土地がそのほとんどを占める本件競売物件の執行裁判所における評価書上の金額は2119万円と2404万円との合計額(4523万円)であったこと,参加人Bは本件競売物件を2165万円と2300万円との合計額(4465万円)で競落したこと,同人は,競落の直後に町役場を訪れ,参加人A及び町の収入役以下の幹部の同席する中で,本件競売物件を約4500万円で取得したことを述べたこと,このうち本件土地を更地にして7000万円程度で町に売ってもよい旨打診したこと及び同物件中本件土地に隣接する100坪の土地を1坪当たり5万円で前所有者に売るつもりである旨を述べたことなどの事実を確定し,かつ,参加人Aには参加人Bから交渉期限が定められたりして浄水場用地取得に価格再検討の猶予も許されなかった等の切迫した事情の存在は何らうかがわれず,むしろ,全員協議会においても多くの議員から価額の高額さに疑問が出されたなどの事情がある以上,参加人Bが高額に過ぎる金額を提示してきたことに対しては改めて検討をなすべきであったが,それにもかかわらず適正な代金額等につき十分な折衝等を尽くさず本件契約締結行為に及んだのであるから過失があると認定判断しているところである。

(3) 加うるに,本件では,C不動産鑑定士による鑑定評価額が高額に過ぎる代金額の本件売買が行われたことの基となっているのである。同不動産鑑定士は参加人Aの不動産業・建設業を営む知人を介して町が依頼した者であると認定されているところであるが,本件鑑定評価結果などの鑑定情報を管理する任にあったといえる。しかるところ,原審の確定した事実によれば,参加人Bは,本件鑑定に係る鑑定評価書が同鑑定士から町に納められた平成16年8月10日以後それから間もない土地問題対策会議が開かれた同月18日までの間に既にその鑑定評価額(2億7390万円。1坪当たり約10万円である。)を知り,それを受けて希望売却価格として2億6500万円という額を提示しているのである。そもそも,一般論からいえば,町が依頼するのであれば,しかるべき方面に鑑定人の推薦を依頼するなどして公正性を疑われないようにすべきものであるが,そのような配慮をしたことはうかがわれない。そのことは別にしても,一般的には,不動産の鑑定評価の利用の仕方も,売主と買主のそれぞれの言い値で折り合いがつかないような場合に,両者合意の上で不動産鑑定士に鑑定を依頼し,それによる鑑定評価額を売買交渉上の共通の基本資料とすることは十分あり得ることであるが,本件は,前記の打診時に既に売買の一方当事者たる参加人Bの方から取得価額が約4500万円であることや希望売却価格が7000万円程度であることが示されたという状態が特別に先行して生じていたのである。そうすると,一般的な取引であれば,初めから参加人Bとの合意の上で鑑定依頼をすることは余り考えられないところであり,本件売買の責任者である参加人Aとしては,参加人Bの提示価格を念頭に置きつつ,買取価格ができるだけ安くなるように行動すべきであり,また,本件の鑑定評価の利用の仕方も,参加人Bの言い値が果して適正なのかどうかを確認するための内部的な参考資料とさせるために行い,かつ,入手した鑑定評価結果などの鑑定情報について手持ちの資料として細心の注意をもってその管理を行い,相手方たる参加人Bには少なくとも将来の一定の時期まではそれが伝わらないようにすべきものであったといえよう。町において,用地確保の必要性が高く,かつ,急ぐ事情にあり,適切な代替地はたやすく見いだし難い状況下にあるというほどに,参加人Bが鑑定評価額を知った場合に大幅な代金額の引下げという譲歩を引き出すことは全く困難になるであろうことはみやすい道理であり,本件の高額の売買代金額が一にかかってこの鑑定評価額に起因することを思えば,参加人Bにこれを初めから知られることについてやむを得ない理由がない限り,鑑定情報についての管理の杜撰さは看過し難いところであり,基本的には参加人Aの帰責性は重大といわざるを得ないと考えられる。

(4) 上記の点については,上告人や参加人Aにおいて,自らの正当性につき市長としての立場に基づいて説明を果たすべき機会も,防御のために主張立証を尽くす機会も不足なくあり,また,実際上も主張立証活動を可及的に行ったであろうと思われるという前提の下で,参加人Aの帰責性については原則的に上述のようにいえると考えられる。しかしながら,同時に,本件の場合は,町が不動産鑑定評価を求めた目的と経緯,公共用地購入手続における不動産鑑定士の利用等についての前例やこれについての他の市町村の状況,C不動産鑑定士を選任した経緯,参加人Bが本件鑑定評価額を知るに至ったことについての参加人Aとの合意の有無,その合意の時期,理由や内容など本件売買契約の価格交渉が鑑定結果に基づくことになったことの経緯に関しての具体的事実関係等は原審においてほとんど明らかにされていないということも確かであり,これらの本件売買契約締結交渉の具体的内容や状況等に関する事実いかんによっては,参加人Aの帰責性について別異に解され,これを滅却又は著しく減少させる特段の事情がある可能性も否定し得ない。そうすると,これらの点を更に明らかにすることが求められるところでもある。

(5) なお,本件契約締結行為によって浄水場施設の早期の実現により町民が相応の利益を受けたことは確かであるとしても,本件鑑定に係る情報について杜撰な管理をしたとの評価を前提とするならば,町に1億4500万円余もの損害を生じさせることなく浄水場用地を取得できる可能性があったともいえるのであって,その点を大きくは評価できないというべきである。

(6) 以上のとおりで,かつ,参加人Aが本件売買の契約締結の折衝に直接に当たっていたなどの本件に固有の事情に鑑みれば,参加人Aが用地取得の早急な実現に向けて努力する立場にあり,かつ,交渉の期間や売買代金額については同人に相応の裁量が認められることを考慮しても,本件売買契約締結交渉の具体的内容や状況等において別異に解すべき特段の事情がない限り,参加人Aの帰責性が小さいとは到底いえないことになると思われる。

3(1) 本件は,以上述べた事柄を前提にして,本件議決が違法であるかどうかという問題に帰するが,多額の公金が以上述べたような態様で使われたことについての損害賠償請求権を放棄することが,客観的にみて合理性を持つものとして許容し得るかどうか,そして,市議会の良識ある合理的判断という範疇からかけ離れていないかどうかという見地からの検討が必要となる。そこで,この見地から本件損害賠償請求権の放棄又は行使の影響,本件議決の趣旨及び経緯,住民訴訟の係属の有無及び経緯,事後の状況などについて検討するに,参加人Aの本件契約締結行為については,前記のとおり,その違法性は,別異に解すべき特段の事情がない限り,決して小さくなかったと評価されるのであり,同人がこれに直接に関与した態様など前記に述べたところからして,他でみられるような錯綜する事務処理の過程でのミスや法令解釈の誤りといった類の過誤に基づくそれとは本質を全く異にする。適正価格を超えて違法に支出されたとされる多額の公金は,事実上は町民の福祉や利益のために使われたというような事情もうかがえず,かえって別の町の一人の不動産業者に利得されたということになる。元来,公の債権は軽々に扱われるべきではないが,本件の前記の固有の事情に照らせば,一層,上記損害賠償請求権は安易に不問に付すことが許されないものというべきであり,それは,参加人Aに不正がなかったから不問に付されてよいというような性質のものでもないというべきであって,同人にしかるべき賠償責任を負わせたからといって行政が萎縮するとも,長に適任な人材を得られなくなるなどとも思われない。これに反し,参加人Aが何ら損害を補填することなく本件のような損害賠償請求権の全額免除が安易になされるとなると,市に生じた損害について長の責任は法的には一切不問に付され,現実的には誰も責任を取らないままに放置されることになりかねないという結果が残る。それは,ひっきょう,正直に住民税を納付している市民の信頼を失わせ,日々節倹を旨として市民へのサービスに真面目に努めている他の職員の熱意をそぎ,納税者や職員のモラルハザードを惹起するおそれさえなしとせず,そのことは,地方の財務行政の規律を歪め,ひいては地方自治の根幹を揺るがせることにもなりかねないであろう。「信なくば立たず」である。このように考えると,本件のような特別の場合にまで損害賠償請求権を全て免除することは,特段の事情がない限り,客観的にみて不合理であり,その不合理さは通常人の法感情から許容される限度を超えるものとなるというべきであって,その免除を内容とする市議会の本件議決も,それ自体において客観的に合理性を欠き,住民訴訟の係属の有無にかかわらず,裁量権を逸脱・濫用するものとして,基本的に違法となるものというべきである。

(2) 加うるに,住民訴訟との関連でも,原判決によれば,この議決に先行する一審判決が,参加人Aは裁量を逸脱,濫用し,本件契約締結行為は違法であると判断しているのに対し,市議会は,損害賠償請求権を放棄する議決をしているものであるから,その結果からすれば,市議会での審議の具体的な内容や経過等において別異に解すべき特段の事情がない限り,そこには住民訴訟による結論を否定しようとする意図さえ看取されるということにもなり得ると思われる(もっとも,このように市議会が意図したとしても,裁判所はこれに何ら拘束されることなく市議会の議決の適法性を審査できるのだから,市議会の議決が三権分立の趣旨に反するということは当たらない。また,放棄は結局のところ参加人Aに損害賠償義務があることを前提としているといえるから,市議会の判断を司法の判断に優先させることになるともいえない。)。のみならず,タイミングの面でも,本件議決は,既に市の参加人Aに対する損害賠償請求権を認める一審判決が出され,かつ,控訴審の審理も終結し,あとは1か月後の控訴審判決を待つばかりという時点でなされ,かつ,即日弁論再開の申立てもなされたものであって,そのことよりすると,別異に解すべき特段の事情がない限り,原審で同様の認定判断がなされることを回避するためになされたとみるべきであり,かつ,住民訴訟が地方自治法上の制度として現に認められているにもかかわらずそうすることは,住民訴訟制度の機能を否定する意図の存在を推認させるものというべきであって,基本的に住民訴訟制度を設けた法の趣旨を没却しようとするものということも可能であると思われる。

(3) さらに,本件議決の審議方法の面からいえば,市議会としては,住民訴訟が提起されているからには,財務会計行為の違法性の有無や損害賠償請求権の存否について住民訴訟においてじっくり争わせた後に審議するということも考えられるところであるが,市議会にはそのような姿勢を採ったことはうかがわれない。
 特に,財務会計行為を違法と主張する住民訴訟が係属しているからには,法が普通地方公共団体の財務行政の適正化のために住民訴訟制度を設けていることに照らし,少なくとも,その点についての重要な情報が審議において隠されないこと及び相当な時間をかけて審議がなされることが不可欠の前提であり,それが欠ければ,その議決には瑕疵があるというべきである。しかるところ,原判決によれば,本件議決の審議に先立つ一審判決が,本件土地を含めた本件競売物件の裁判所の評価書上の金額は2119万円と2404万円との合計額(4523万円)であること,参加人Bが参加人Aらのいる席でその本件競売物件を4500万円で取得したことを述べ,本件土地を更地にして7000万円程度で町に売ることを打診したこと,参加人Bは本件鑑定の鑑定評価額(2億7390万円)の情報をいち早く入手したが,その鑑定評価額は,社団法人D協会から不動産鑑定評価基準を逸脱して算出されたなどの理由での6か月の会員権停止処分を受けた不動産鑑定士の鑑定によるものであること,その不動産鑑定士の選任は参加人Aの知人を介しての縁故によるものであること,参加人Bが要求した代金額(2億6500万円)はその鑑定評価額に基づくものであり,結局,本件売買代金額も,その鑑定評価額に起因することなどを認定摘示しているところである。これらの本件に固有の事実が審議を行うに当たって当然考慮されるべき重要な事実で中心的論点にもなり得るものであったところ,市議会は,これらの事実を審議の対象としないまま1回限りの短時間の審議で放棄の議決を行ったことがうかがわれるのであり,そうすると,別異に解すべき特段の事情がない限り,本件議決は審議過程において当然考慮すべき重要な事情を看過したもので,瑕疵があるということになると思われる。

(4) 本件議決の影響についていえば,一般に,一審の認容判決後に本件のごとき内容の損害賠償請求権について放棄の議決が安易になされ,それが違法でないとされると,今後,地方議会が安んじて放棄議決をするという風潮を招き,正しい住民訴訟の提起を断念させることにまでなるのではないかとの懸念を覚えさせられる。なるほど,住民訴訟を提起すれば,たとえ放棄の議決がなされたとしても,まず財務会計行為が違法であるか否かということが請求原因の段階で裁判所の審理の対象となり,放棄の議決が違法であるか否かは抗弁段階に至って初めて審理されるにすぎないから,財務会計行為の違法性の判断の機会はなお確保されているとはいえようが,それにしても,住民訴訟に要する時間と労力を考慮すると,そのような懸念は拭えないのである。
 そうすると,本件議決は上記のような意味においても,基本的に住民訴訟制度を設けた法の趣旨に背馳するおそれがあると思われる。

(5) 本件議決については以上のような問題があるところ,市議会の意図や議決の趣旨を更に詳らかにすることは容易には期待し難いと思われるという前提の下で,本件議決の違法性については原則的に上述のようにいえると考えられる。しかしながら,同時に,市議会での審議の具体的内容や経過等についての具体的事実関係は原審において十分に明らかにされていないということも確かであり,これらの事実いかんによっては,本件議決の違法性について別異に解すべき特段の事情が認められることになる可能性も否定し得ない。そうすると,これらの点を更に明らかにすることが求められるところでもある。

4.まとめと結論

(1) 以上要するに,本件議決は,基本的にみて,地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営を旨とする法の趣旨に照らし合理的理由を見いだし難く,原則的には裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用するものとして違法というべきものと考えられる。しかし,本件売買契約締結交渉の具体的内容や状況等又は市議会での審議の具体的な内容や経過等において別異に解すべき特段の事情があればこの限りでないともいえるところであり,この点については多数意見のいうように審理が尽されているとはいえないから,それについて更に原審で審理を行うべきであるということになる。この点,更に当事者に主張立証を求めることは,上記の本件に固有の事情との対比において住民である被上告人の方に負担感を生じさせることになるとは思われるが,千葉裁判官が補足意見で示唆されるように,原審でしかるべき釈明を行い,証拠の提出を促したりすれば,上記の特段の事情の存否が明らかになったであろうとも思われ,かつ,それによって前記の判断枠組みへの正しい当てはめがなされ得ると思われることからすると,本件を差し戻して上記の特段の事情があるか否かについて審理を尽すことが相当であり,そこにおいて特段の事情が認められない限りは違法であるとの評価は免れ難いというべきである。

(2) なお,一般論でいえば,長に対しておよそ弁済能力を超える非常識に高額な金額の損害賠償請求権を行使するのも必ずしも適切でないという面も否定できない。すなわち,長による普通地方公共団体の効率的・建設的な公金使用あるいは複雑かつ多様な現代社会に対応し長期的な視野に立った積極果敢な行政運営や職務の遂行が求められる一方で,その職務の遂行過程で違法に普通地方公共団体に損害を与えるという場合があり得,その場合に,その損害の名目額にもかかわらず経済実質上のそれは僅かであると評価されるときや,帰責性がさほどではないとみられるときもあり得る。他方また,公権力の行使に当たる公務員の職務の遂行における不法行為による国又は公共団体の損害賠償責任について公務員個人は被害者に対し損害賠償責任を負わないこと,長以外の職員は議会の同意を得てではあるが監査委員によって決定された賠償責任につき長から減免を受け得ること(法243条の2第8項)との権衡,長はそれ以外の職員と異なり住民による直接の選挙を通じて選出され,政治責任を問われ得る存在であることなどの事情を考慮すると,多額の損害賠償請求権を行使することが酷に失し,あるいは,行政運営を萎縮させたり,長の適任者を遠ざけることにもなりかねない面もあると思われる。もちろん,住民訴訟は,長などの生活を破綻させることを目的とするものではないし,また,そうさせてまで賠償をさせても地方公共団体の損害回復に寄与する程度は一般的にはいかほどのものでもないであろう。そうすると,事案によってはこの高額の損害賠償金額を一定程度減縮することが相当となる場合があるという考え方も成り立ち得るところである。このような観点からすると,一般的に,議会において賠償金額を,例えば,長の資力などを考慮して過重とみられる分をカットし,あるいは,年間報酬額の何年分といった額にまで減縮する旨の一部放棄の議決をすることは一つの政治的判断として合理的で裁量権の範囲内とみられよう。本件の場合も,参加人Aの損害賠償金額は相当に高額に達するから一部放棄の議決が考えられるが,裁量統制において司法が議会の裁量権に直接介入することは相当でないところ,私は,放棄する程度については基本的に議会の裁量に委ねられると解するのであって,例えば,少なくとも,市議会が,後日改めて十分な審議をして事案に相応の金額で一部放棄の議決をなすのであれば,その観点で当然に合理的で裁量権の範囲内とみられよう。ただし,そのような損害賠償請求権の程度といった量的な問題ではなく「有無」の面で無とすることになる放棄の議決は,無とすることが合理性を持つものとして許容される限度を超えているとみられる場合に裁判所がこれを違法と判断することは許されるというべきであり,その意味において,全額の放棄の本件議決については上記のとおり原則的に違法であるとの評価は免れ難いというべきである。

【千葉勝美補足意見(抜粋)】

3.ところで,本件において,須藤裁判官は,多数意見が示した本件議決が裁量権を逸脱・濫用したものか否かを判断する枠組みについては賛同し,本件を原審に差し戻すという多数意見の結論についてその限りで同調するが,本件にそれを当てはめると,差戻審の審理の結果において別異に解すべき特段の事情が現れない限り,本件議決は,原則的に裁量権を逸脱・濫用するものとして違法となるという意見を述べておられる。そこでいう「特段の事情」については,そのことだけで違法性が阻却されるような具体的な事実(いわば違法性阻却の抗弁事実)を念頭においているわけではなく,要するに,原審が認定した事実だけでも原則的に本件議決は違法であるといえるが,それを最終判断とするのは念のため差戻審の審理結果を見た後にするという留保を付したもの(違法という判断を覆すに足りる特段の事情が現れれば逆の判断もあり得ることを示したもの)であろう。多数意見は,原審が上記の判断枠組みに基づく審理をしていないので,その認定事実のみでは本件議決が裁量権の逸脱・濫用があるか否かは判断できないとしているが,それと比べて,同裁判官の意見は,特段の事情が現れない限りという留保付きではあるが,原審認定事実のみでも本件議決は原則的に違法であるとする点で相違がある。そこで,私としては,同裁判官の意見の過程で示された判断の根拠となる事実の存在とその評価について,私見を述べておきたい。
 同裁判官の見解の骨子は,私が理解するところでは,いずれも差戻審で特段の事情が現れない限りという留保付きではあるが,本件売買金額が適正価格とされる金額に比して高額に過ぎ,その原因となった鑑定価格を売買交渉の過程で相手方が知るに至ったこと等が買主として看過し難い杜撰な行為であり,そもそも鑑定人の依頼の方法も公正性を疑われないようにすべきであった等を理由に,参加人Aの帰責性は重大であるとした上で,本件議決について,その提案された時期が控訴審の判決言渡し直前であったことや多額の損害賠償請求権の全部を放棄するという議決内容を根拠に,更に通常人の法感情等をも踏まえ,容易に容認し得ないところであって議会の裁量権の逸脱・濫用であるとされている。
 ところで,一般に裁量権の行使の逸脱・濫用の有無についての司法判断としては,裁量権行使の内容そのものに立ち入るのではなく,考慮すべき事項を考慮せず,考慮すべきでない事項を考慮して処分理由の有無が判断されたか否か,あるいは,その判断が合理性を持つものとして許容される限度を超えているか否か,さらには,その裁量権の行使の手続が適正なものであったか等という観点からすべきものであるとされてきているところである(最高裁昭和43年(行ツ)第95号同48年9月14日第二小法廷判決・民集27巻8号925頁最高裁昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁ほか)。これを本件についていえば,本件売買契約締結におけるAの帰責性の程度がまず重要な前提事項であるが,価格交渉の過程で,同人が,どのような理由ないし経緯で友人の不動産業者を介して鑑定人を選任したのか,本件鑑定書をどのように理解し,評価し,使用したのか,参加人Bとの間で代金額の決定方法等について,事前にどのような話合いが行われ,鑑定を実施することを前提として価格交渉がされていたのか等の交渉の実態が関係するところであり,それらについての関係者の供述等について一部審理されてはいるものの,原審は,その点の事情を明らかにしていない。同裁判官はこの点につき,鑑定人の推薦依頼の方法等について,こうあるべしとするご自分の考えを前提に,そのような配慮をしたことはうかがわれないとし,さらに,このような鑑定書記載情報の管理が杜撰なものでなければ,町に1億4500万円余もの損害を生じさせることなく浄水場用地を取得できる可能性があったともいえるので,本件売買契約締結によって浄水場施設の早期実現がされ,町民が相応の利益を受けた点を大きくは評価できないとしておられる。しかし,Aと売主との売買交渉の詳細な事情が認定されていない段階で,特段の事情が現れない限りという留保付きであっても,Aの帰責性が重大か否かについて判断を示すことには,より慎重さが求められるところである。すなわち,本件売買契約の価格が適正価格を上回ったこと自体からAの帰責性の程度を論ずるのではなく,その原因が,主として,Aの対応のまずさにあるのか,専門家であるC鑑定人の鑑定結果にあるのか,売買交渉の過程でのやりとりの結果なのか等といった観点からの検討が必要不可欠であり,これらに関する事情は,原審では十分には明らかにされていない。また,原審は,本件議決において,Aの賠償責任を不当な目的で免れさせるものであったことをうかがわせるような事情の有無についても,十分に審理,判断しておらず,その評価をすべき基礎となる事情が明らかになっていない。すなわち,多数意見が指摘するように,原審は,多数意見が示した裁量権統制における司法判断の枠組みとは異なる観点から判断をしているためか,これらのAの帰責性の程度に関する重要な事情の有無について,当事者に釈明なり反論なり,証拠の提出等を促すような訴訟行為(求釈明等)や,更にはそれに対する当事者の対応を弁論の全趣旨として考慮するなどした形跡はなく,自らの判断に必要とする本件議決の違法性を基礎付ける認定事実を重く評価しただけで結論を出しており,この点が当審で法令違反であるとされた理由である。同裁判官は,いずれも特段の事情が現れない限りという留保付きではあるが,原審が不十分ながらも認定したAの帰責性が重くなる事項と軽くなる事項とのうち,前者の事項を重視して同人の帰責性が重大であると判断し,また,本件議決について,原審での口頭弁論終結後に提案された点や多額の損害賠償請求権の全部を放棄するという議決内容等を基に,原則的に裁量権の逸脱・濫用となるとしておられる。しかし,本件議案の提案は,住民訴訟の審理の経過等から裁判所によってAの賠償責任が認められることが推察される状況下で行われたとみられるが,このことから通常いえることは,議会はこの状況下でAの個人責任を追及すべきでないという趣旨で損害賠償請求権を放棄するという本件議決をしたことがうかがわれるということまでであって,それ以上に,本件議決自体が,住民訴訟制度の機能を否定する意図の存在を推認させるものといえるのかは問題である。また,請求権の全部の放棄という点だけから裁量権の逸脱・濫用の有無が決まるわけでもない。なお,提案理由書の記載では,Aの法的な責任に否定的な考えを示すような表現が一部含まれているものの,提案理由書全体をみれば,放棄議決の提案理由を強調し訴える政治的な表現とみる余地は十分にあり,提案理由書の記載の一部を直ちに議決の趣旨と同視することも適当ではないであろう。そもそも,議決の趣旨は審議の内容・経過の全体をみた上で評価すべきものであって,提案の時期や議決の結論等の点だけで評価すべきではなく,いずれにせよ,これだけの事実では,上記の留保付きであっても本件議決が違法なものであると評価をすることは無理なのではなかろうか。古田裁判官の補足意見が,Aの故意,過失の有無にとどまらず,放棄議決の適法性に関わる事情について更に審理を尽くす必要があるとされたのも,このような趣旨であろう。
 このほか,須藤裁判官の本件議決の問題点を指摘する論述の中には,Aが直接関与した本件契約締結行為に基づき損害賠償請求権が発生し,それが適正価格を超えて違法に支出され,その多額の公金(適正価格を超えた部分の趣旨と解される。)が町民の福祉等に使われたわけではないという事情に照らせば,その請求権を安易に不問に付すことは許されないというべきであるとし,また,議会の議決は,重要な情報が隠されることなく相当な時間をかけて審議がされることが不可欠の前提であり,それが欠ければその議決には瑕疵があるというべきである等々,議会の議決や審議の在り方を強く非難する見解の表明が見られる。同裁判官の論述では,本件放棄議決について,正直に住民税を納付している市民の信頼を失わせ,納税者や職員のモラルハザードを惹起するおそれさえないとしないとまで言明されるなど,強い危惧を表しておられるが,しかし,やはり,これらは,議会の裁量権の逸脱・濫用に関する法的な判断である以上,Aの帰責性が重大であり,議会の議決が不合理な理由で放棄議決をしたという事実(例えば,殊更に虚偽の情報を示して,議会に議案を上程し,不正に議決を成立させたような事情)が認められることが前提であるから,差戻審の審理の結果を見た上で,そのような事実が認められる場合にされるのにふさわしいものではなかろうか。多数意見の判断枠組みを採用せずにされた原審が認定した事実のみを根拠に,留保付きであっても,適正価格を超えた違法な価格で売買契約を締結させた行為に関するものであることから,あるいは,議決の結論や議会での審議の仕方の不十分さといった点から,直ちに本件議決の適否の判断を示すということは,諸般の事情を総合考慮して議決すべき議会の有する裁量権の行使の中身に入り込み,これをあらかじめ制限することにもなりかねず,裁判所が議会の裁量権行使に直接介入していると見られるおそれがあろう。
 以上によれば,本件においては,前記のとおり,本件議決の裁量権の逸脱・濫用の有無を判断する前提となる事項や,その判断が許容し難いかどうかの審査の前提となる事項が十分に審理,認定されておらず,逸脱・濫用であるとする判断の根拠としての事実も,逆に逸脱・濫用がないとする判断の根拠も,いずれも不十分であるといわざるを得ない。多数意見が,証拠と認定された事実に基づき,公平・中立な視点で客観的かつ慎重な審査が求められる司法判断を行うために,事実関係の更なる審理が必要であるとしたゆえんである。

4.また,さくら市議会における本件議決について,須藤裁判官は,Aに対する損害賠償請求権の全額を放棄することは許容される限度を超えているが,後日改めて十分な審理をして事案に相応の金額で一部を放棄するのであれば,合理的な裁量権の範囲内とみられるとされている。これは,議会の放棄議決も,賠償金全額の免除であれば原則的に違法であるが,放棄する程度については基本的に議会の裁量に委ねられているので,一部免除については原則的に司法判断として適法となることを示す趣旨と解される。しかしながら,裁量権統制の司法判断は,前記のとおり,議会が免除するかどうかについて基本的に裁量権を有することを前提にした上で,その行使が事後的にみて逸脱・濫用になっているか否かという観点から行うべき総合的な判断であるところ,このような放棄金額が全部か一部かという点を重視して評価し判断を分けるということになるのであれば,裁量権行使の適法,違法の判断基準が不明確となり,判断の分かれ目が恣意的になりかねず,司法が議会の議決権の内容の「適否」を超えてその具体的な内容の「当否」にまで踏み込むことになるおそれがあり,それは,議会の裁量権に直接介入することにもなりかねず,その点で司法判断としては異質な面があると思われる。もっとも,放棄の範囲が全部にまで及ぶことに違和感を持っておられることも理解できるところであり,多数意見も,請求権の放棄又は行使の影響に関し,賠償責任の「全部又は一部の免責がされること」の意味合いにも触れているところである。同裁判官のこの点の指摘は,司法が議会の裁量権行使の逸脱・濫用を判断する基準ないし違法か否かの分岐点を示すものというよりも,議会にとってその当否を考える際の留意点と捉えることも可能で,もしそうであれば,議会がこの種の裁量を働かせる場面における現実的な視点を含むものであろう。

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