平成24年司法試験論文式
刑事系第2問の感想と参考答案

簡単な合格答案像とは

今年の刑事系における最低ライン未満者は、266人。
採点対象者の約5%という数字だった。
刑訴法におけるその原因は、詳細な事実に惑わされたことである。

よく、新試験は個別具体的検討が命だ。
抽象論は、書いてはいけない。
そんなことが言われる。
しかし、それは思い込みに基づく誤解である。
実際に合格、不合格を分けているのは、抽象的な解釈論である。
法解釈とそれを踏まえた一応の検討ができれば、合格レベルである。
よく強調される事実の評価は、上位の合格答案ですら、要求されない。
逆に言えば、書いてもほとんど点にならない。
(この点につき、司法試験平成22年採点実感等に関する意見の読み方(刑訴法)で具体的に示した。)

本問は、詳細な事実が挙がっている。
これを全部使わないと、合格できなさそうだ。
だから、一般論は省略して、個別具体的な検討をしよう。
そういう人が、どんどん沈んでいく。

一方で、簡単に合格ラインを超える方法がある。
典型論点を、趣旨から普通に書くことである。
それ以外の点については、設問に答えるのに必要な限度で、ごく簡単に書く。
これだけで、優に合格ラインを超える。

令状主義の趣旨から書いたか

設問1の捜査@のポイントは、一つ。
令状主義の趣旨から、捜索対象に含まれるかを論じたかである。
これをクリアしていれば、ここは合格レベルである。
逆に、趣旨を書かずにいきなり当てはめれば、評価を下げる。

内容的には、最決平19・2・8が素材である。

最決平19・2・8より引用、下線は筆者)

 原判決の認定によれば,警察官が,被告人に対する覚せい剤取締法違反被疑事件につき,捜索場所を被告人方居室等,差し押さえるべき物を覚せい剤等とする捜索差押許可状に基づき,被告人立会いの下に上記居室を捜索中,宅配便の配達員によって被告人あてに配達され,被告人が受領した荷物について,警察官において,これを開封したところ,中から覚せい剤が発見されたため,被告人を覚せい剤所持罪で現行犯逮捕し,逮捕の現場で上記覚せい剤を差し押さえたというのである。所論は,上記許可状の効力は令状呈示後に搬入された物品には及ばない旨主張するが,警察官は,このような荷物についても上記許可状に基づき捜索できるものと解するのが相当であるから,この点に関する原判断は結論において正当である。

(引用終わり)

上記判例は理由を示していない。
これを趣旨から説明させるのが、出題意図である。

類似論点として、同居人の身体・携帯物や、偶然居合わせた第三者の身体・携帯物等がある。
これと同様の考え方で、説明していけばよい。
(令状の有効期間内だから、では理由にならない。)

それから、本問は、上記判例と異なる部分がある。
それは、被告人(被疑者)宛ではない、ということだ。
仮に、荷物が乙に属するなら、上記第三者の携帯物に準じて考えることになる。
すなわち、原則不可、という方向性になるだろう。
そこで、管理権の帰属を論じることになる。
ここは、若干実務基礎的な要素が含まれている。
すなわち、メール内容と実際の荷物との同一性の認定である。
こういうところは、新試験では重要だ、などと強調され易い。
しかし実際には、典型論点ではないから、配点は低い。
簡単に処理すれば、足りるところである。

一番良くないのは、被疑事実との関連性等を大展開することである。
解釈論と直結しないようなところは、無視するか、あっさり書くべきである。

なお、開封は「必要な処分」(222条1項、111条1項)か。
そんなことは、わざわざ検討するようなことではない。
(厳密には、確かに上記規定の適用があるが、できるのは当然である。)
また、「場所」に対する令状なのに、荷物という「物」を捜索できるか。
そんなことも、検討するようなことではない。
捜索場所に臨場したところ、タンスがあった。
引き出しを開けて、中を調べたい。
しかし、タンスは「物」である。
これは、捜索できないのではないか。
そんなはずはない。
(タンスの管理権者が異なれば問題となるが、それは「物」だからではない。)
他方、「場所」に対する令状で、その場にいる人の「身体」を捜索できるか。
例えば本問で、T社内にいる従業員等を集めて、身体を捜索した。
これは、大いに問題になり得る。
(制約される権利の性質が、異なるからである。)
これと、混同してはならない。

それから、乙の管理権が及んでいても、222条1項、102条2項で捜索できるとするのは誤りである。
102条2項の要件は、令状発付の要件である。
その判断は、令状審査の段階でなされる。
すなわち、令状申請の際に、被疑者と捜索場所の管理権者が異なる場合には、令状請求時に提供された資料に照らして押収物の存在する蓋然性まで認められなければ、裁判官は令状を発付できないということである。
(逆に言えば、被疑者の管理する場所等(1項)については、証拠存在の蓋然性が擬制されている。)
令状請求の際に、上記蓋然性を認めるべき資料の提供が要求されているのは、そのためである。

(参照条文)刑事訴訟規則156条3項

 被疑者又は被告人以外の者の身体、物又は住居その他の場所についての捜索のための令状を請求するには、差し押さえるべき物の存在を認めるに足りる状況があることを認めるべき資料を提供しなければならない。

従って、既に発付された令状記載の捜索場所と管理権者を異にする場所を、102条2項のみを根拠に捜索することは許されない。
(同一の管理権に服すると認められる場合であっても、独立の管理権を否定された第三者の利益を考慮して、捜索時において客観的に証拠存在の蓋然性があるときに限定するという考え方はあり得るが、それはまた別の議論である。)

また、下線部と直接関係のないことを検討してはいけない。
(このような下線が付される趣旨につき、司法試験平成22年採点実感等に関する意見の読み方(刑訴法)参照。)
例えば、内偵捜査、職務質問の適法性や令状記載の特定性。
そんなことは、(たとえ違法だと下線部も違法となるとしても)検討すべきでない。

論理性に注意

捜査Aは、2つのことが訊かれている。
令状による場合と、逮捕に伴う場合である。
どちらが、メインか。
これは、後者である。
後者には、典型論点があるからである。
すなわち、逮捕に伴う無令状捜索差押えが認められる趣旨である。
これを、きちんと書いたかどうか。
それが、ここでの合格レベルの要件である。
単に、規範を書いて当てはめるだけの答案。
そういう答案は、どんなに一生懸命当てはめても、評価は伸びない。
(この点は、本当に誤解されている。)

令状に基づく捜索については、典型論点はない。
だから、簡単に処理する。
適法にするなら、甲が管理していると発言していること。
それから、マスターキーが社長室にあることを強調する。
違法にするなら、そうは言っても普通従業員のロッカーを勝手に開けたりしない。
(社長が勝手に従業員のロッカー内を物色すれば、通常それは違法である。)
マスターキーは、緊急又は従業員がキーを紛失したような場合のみ利用できるはずだ。
そういうことを強調することになる。

注意すべきは、両者の論理性である。
相当説(蓋然性説)は、令状を申請すれば当然許可される状況であることを根拠にする。
つまり、どうせ発付されるのだから、わざわざ取りに行く必要がない。
(敢えて言えば、逮捕要件具備により逮捕現場を捜索場所とする令状発付要件が擬制される。)
そういう考え方である。
すなわち、逮捕現場を捜索場所とする捜索差押許可状があるのと同じに考える立場である。
だとすれば、逮捕に伴う場合も、令状による場合と同じ説明になるはずである。
従って、令状による場合は違法であるとしながら、逮捕に伴う場合は適法とするのは、おかしい。
令状による場合は、ロッカーに乙の管理権が及ぶから違法である。
他方、逮捕による場合は、証拠の存在する蓋然性があるから適法だ。
こういう答案は、評価を落とす。
もっとも、本問では、乙も逮捕されている。
この点を捉えて、乙の管理権の及ぶ場所まで捜索しうるのだ。
すなわち、乙の身体を捜索できる以上、それと同一管理権の及ぶロッカーも捜索できる。
そういう論理である。
ただ、その論理だと、遠い外出先で逮捕した場合でも、無令状で自宅を捜索できることになる。
そうならないようにするには、場所的時間的接着性を要求すべきだろう。
本問では、社長室とロッカーのある更衣室が隣接していること、逮捕から25分しか経過していないことを強調することになる。
相当説(蓋然性説)を採ると、この点で引っかかり易い。

他方、緊急処分説は、緊急性を根拠にする。
すなわち、令状を取りたくても取れない状況だ、ということである。
だから、令状の場合とは、異なる論理で説明することになる。
にもかかわらず、管理権の帰属を論じれば、評価を下げる。
本問では、逮捕時の乙の直接支配しうる範囲を超えている。
従って、違法とするのが普通である。
(逮捕完遂後であるから、時的限界という点でも違法である。)

この辺りの論理性は、間違えると基本を理解していない。
すなわち、論証はできていても、暗記しているんだろう。
そういうような評価になりやすい。
直接評価に影響しない場合もあるので微妙ではあるが、注意したいところである。
また、こういうところは当たり前すぎて出題趣旨に挙がってこない。
しかし、実際には、そういうところで差が付いたりする。

設問1では、当てはめに使えそうな事情がたくさんある。
だから、捜索の必要性や押収物件と被疑事実の関連性等を当てはめたくなる。
検討を要すること自体は、間違ってはいない。
時間と紙幅が無限にあるなら、検討すべきだろう。
だが、この優先順位は、低い。
こういうところは、新試験では過度に強調される。
「これを落とすようでは実務家として失格」などと言われたりもする。
しかし実際の配点は、典型論点と比較するとはるかに小さい。
時間、紙幅に余裕があれば、その限度で書けばよいという程度のものである。
合格レベルに達するか否かとは、関係のない領域である。
(当てはめの優先順位の低さにつき、具体的には司法試験平成22年採点実感等に関する意見の読み方(刑訴法)参照。)

訴因変更の論証を全面展開できるか

設問2は、難問である。
だとすれば、入り口で勝負が決まる。
難しい部分には、答える必要がない。
この点に、気付くかどうか。
これが、ここでの最大のポイントである。

1:訴因変更の要否が問題になることは、わかる。
2:共謀の犯情の軽さや、存否不明の点の処理は、よくわからない。

上記は、多くの人に共通の感覚である。
ならば、1を全面展開し、2は無視する。
これが、無難に合格する方法である。
巷では、2を自分の頭で考える答案が、評価される、などといわれる。
しかし、そういうことはない。

そして、最重要なことは、法解釈である。
従って、訴因変更の要否の論証を全面展開しえたか。
設問2は、その一点にかかっているといってもよい。
すなわち、審判対象論まで、さかのぼって書く。

ここで迷うのは、抽象的防御説でいいのか、ということである。
この説は、現在ではちょっと古い。
しかし、合格レベルを採るには、これで十分だ。
抽象的防御説からは、本問は訴因変更が必要。
そのことは、容易にわかるはずである。
共謀と犯情の関係を無視することになるが、それでよい。
重要なことは、審判対象論、訴因の機能を答案に示すことである。

訴因変更については、最決平13・4・11がある。

最決平13・4・11より引用、下線は筆者)

 実行行為者につき第1審判決が訴因変更手続を経ずに訴因と異なる認定をしたことに違法はないかについて検討する。訴因と認定事実とを対比すると,前記のとおり,犯行の態様と結果に実質的な差異がない上,共謀をした共犯者の範囲にも変わりはなく,そのうちのだれが実行行為者であるかという点が異なるのみである。そもそも,殺人罪の共同正犯の訴因としては,その実行行為者がだれであるかが明示されていないからといって,それだけで直ちに訴因の記載として罪となるべき事実の特定に欠けるものとはいえないと考えられるから,訴因において実行行為者が明示された場合にそれと異なる認定をするとしても,審判対象の画定という見地からは,訴因変更が必要となるとはいえないものと解される。とはいえ,実行行為者がだれであるかは,一般的に,被告人の防御にとって重要な事項であるから,当該訴因の成否について争いがある場合等においては,争点の明確化などのため,検察官において実行行為者を明示するのが望ましいということができ,検察官が訴因においてその実行行為者の明示をした以上,判決においてそれと実質的に異なる認定をするには,原則として,訴因変更手続を要するものと解するのが相当である。しかしながら,実行行為者の明示は,前記のとおり訴因の記載として不可欠な事項ではないから,少なくとも,被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし,被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ,かつ,判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には例外的に,訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することも違法ではないものと解すべきである。

(引用終わり)

上記判例は、2つの場面のことを言っている。

1つは、訴因特定上必要な事項の変動の場面である。
これについては、判例は直接言及していない。
上記事案はそれに当たらない、と判示したに過ぎないからである。
ただ、この場合は訴因変更を必要とする趣旨だ、と一般には理解されている。
(実はこの点が、後記のようにやや問題となる。)

もう1つは、訴因特定に必要でないが、訴因で明示された事項の変動の場面である。
この場合には、一般に防御に重要な事項であれば、原則訴因変更を要するとする。
ただし、不意打ちにならず、被告人に不利益でなければ、例外だ。
そういう内容になっている。

上記規範を使うとしても、審判対象論・訴因の機能論から導出すべきである。
上記2つのうち、前者は訴因の審判対象特定機能(識別機能)から。
後者は、訴因の防御対象明示機能(告知機能)から。
それぞれ導出すればよいだろう。
判例で書く場合、ここまでが合格に必要なことである。

そしてここからは、どうでもよい話になる。
本問は、上記判例のどちらの場面なのか。
共謀の有無は、訴因の特定に必要か。
共謀がなければ、単独犯。
共謀があれば、共同正犯。
この点が確定されないと、どっちになるのかわからない。
だとすれば、普通は訴因の特定に必要だろう。
(なお、練馬事件判例参照。)
しかし、本問の場合、共謀があってもなくても営利目的所持は成立する。
(一部実行全部責任による拡張を要しない。)
だとすれば、そのような場合には、訴因の特定に不要といいうるのではないか。
そういう問題がある。

訴因の特定に必要だとしよう。
そうすると、上記判例の前者の場合になる。
この場合、訴因変更を要すると、一般には理解されている。
もっとも、常に訴因変更を要するのか。
本問の場合、共謀を立証すると犯情が軽くなる。
だから、検察側からの訴因変更は、期待できない。
訴因変更命令を出しても、無視されたら意味がない。
(形成力は、一般に否定されている(最大判昭40・4・28)。)
それでもよいのか、という問題がある。
さらに、犯情が軽い共同正犯は犯情の重い単独犯に包含されるから縮小認定できる、などと言えるか。
そういう問題もある。
(普通に考えると、事実として包含されていない以上無理だろう。)

他方、本問では、訴因特定に不要であるとしよう。
そうすると、後者の場合になる。
この場合、訴因で明示された部分を変更する場合、原則訴因変更が必要だ。
では、本問で「共謀がないこと」が明示されているか。
単独犯で起訴しているのだから、明示されているとしよう。
そうすると、防御に重要か、という話になる。
例えば、上記判例では、共同正犯事例で、実行行為者が誰であるか。
それにつき、防御に重要だ、と言っている。
Aが実行した、という話なら、Aはやっていない、と防御できる。
しかし、いきなり実行行為者はBだった、と認定されれば、防御のしようがない。
だから、防御に重要であるといえる。
しかし、本問の共謀の有無は、犯情の軽重の点でしか意味がない。
そして、重い単独犯の訴因は、明示されている。
だとすれば、被告人にとって防御対象ははっきりしているのではないか。
このような問題がある。
仮に、防御に重要であるとすると、後は不意打ちになるか。
これは、弁護人が主張しているから、ならないだろう。
被告人に不利益か。
これは、本問では利益になるだろう。
だから、訴因変更不要、ということになる。

以上のようなことは、上位の合格答案の要件としても、検討する必要がない。
現場では、その時間も、紙幅もない。
だから、どうでもよいことである。
(抽象的防御説の方がよいのは、上記場合分けを抱え込まないからである。)

なお、本問は「判決の内容及びそれに至る手続」という問い方がされている。
こういう場合、内容と手続を分けて構成するのが定跡的だ。
しかし、本問では、分けない方がいい。
一つには、自分の書ける論点が訴因変更だけなので、分けると片方が空欄になりかねない。
もう一つは、訴因変更がどちらかわかりにくいからである。
訴因変更が必要なのに、しなかった。
これは、手続の問題である。
しかし、一方で、内容が不告不理(378条3号参照)に反するともいえる。
そういうわけで、本問は項目を分けないで書いた方がよい。

択一的認定の話は、無視が正解

設問2では、もう一つ、択一的認定の話がある。
共謀は、存否不明である(問題文5第2段落A)。
普通は、だから認定不可、となって終わりである。
すなわち、単独犯を認定すべき、ということだ。
現場の判断としては、それでよい。

ただ、本問の場合、共謀を認めた方が、犯情から被告人に有利である。
だとすれば、存否不明でも軽い共同正犯の方を認めるべきではないか。
そういう問題が生じてくる。
これを、択一的認定の論理で説明したのが、本問の素材の一つである東京高判平4・10・14である。

東京高判平4・10・14より引用、下線及び項目立ては筆者)

1.本件強盗は、被告人がFと共謀の上実行したか(共同正犯)、単独で実行したか(単独犯)のいずれかであって、第三の可能性は存在しないと認められる上・・、両者は、互いに両立し得ない択一関係にあり、訴訟法上は同一の公訴事実に属する。しかも、本件強盗の共同正犯と単独犯とを比較すると、被告人が実行行為を全て単独で行ったことに変わりはなく、単に、被告人が右犯行についてFと共謀を遂げていたかどうかに違いがあるにすぎないのである。そして、法的評価の上でも、両者は、基本形式か修正形式かの違いはあるにせよ、同一の犯罪構成要件に該当するものであり、法定刑及び処断刑を異にする余地もない

2.このような事案について、強盗の共同正犯と単独犯を択一的に認定することができるものとしても、その量刑が、犯情が軽く、被告人に利益と認められる共同正犯の事実を基礎に行われる限り、共同正犯又は単独犯のいずれかの事実を一義的に認定して被告人を処罰する場合と比べ、実体法の適用上、被告人に不利益を及ぼす余地は全くない
 次に、このような認定を許容することにより、被告人に訴訟手続上の不利益を及ぼすことがないかどうかについて考えると、右択一的認定が許されるとすれば、訴訟手続上、被告人は、強盗の共同正犯と単独犯の双方の事実について防御しなければならなくなり、その分だけ負担が増すことは事実であるが、右負担の増加は、公訴事実を同一にする事実の範囲内において、予備的又は択一的訴因が掲げられた場合と異なるところはなく、刑訴法上当然に予想されたものというべきであって、これをもって、被告人に過大な負担を課すものとはいえない。また、本件のように、強盗の実行行為を全て被告人が行ったとされていてそのこと自体に争いはなく、ただ、被告人と共犯者との共謀の有無につき、両名の各供述が顕著に対立しているにすぎない事案においては、共同正犯の訴因に対し、共同正犯と単独犯の事実を択一的に認定しても、被告人の防御権を実質的に侵害することはないと認められるから、そのような択一的認定をするにあたり、訴因の変更又は追加の手続きを経由する必要はないと解される。
 以上のとおり、本件において、原判決のような択一的認定が許されるものとしても、実体法の適用及び訴訟手続上の保障のいずれの点からみても、被告人に不当な不利益を及ぼすものではないことが明らかである。

3.他方、本件において、被告人が自ら強盗の実行行為の全てを行っていることが明らかであるにもかかわらず、それがFとの共謀に基づくものであるか否かが判然としないため、結局、強盗の単独犯及びその共同正犯のいずれについても犯罪の証明がないとして、被告人に無罪を言い渡すべきものとするのは、明らかに国民の法感情に背反し、事案の真相を究明して適正な刑罰法令の適用を図る刑訴法の理念にもそぐわないといわなければならない。
 また、本件においては、被告人が自ら強盗の実行行為の全てを行った証拠は十分であり、Fと右強盗を共謀した証拠は十分でないことからすると、証拠によつて認定することができる限度で、強盗の単独犯を認定すべきではないかとも考えられるが、前記のとおり、本件の場合には、強盗の共同正犯の方が単独犯に比べて犯情が軽く、被告人に利益であると認められるのであるから、共同正犯であるかもしれないという合理的疑いがあるにもかかわらず、被告人に不利益な単独犯の事実を認定し、これを基礎に量刑をして被告人を処罰するのは、「疑わしきは被告人の利益に」の原則に反するといわざるを得ないであろう。

4.以上のように考えると、本件のような場合においては、前記のとおり、強盗の共同正犯と単独犯を択一的に認定した上、犯情が軽く被告人に利益な共同正犯の事実を基礎に量刑を行うものとすることが、最も事案に即した適正な法的解決であり、現行刑訴法の解釈として、十分支持され得るものと思われる。刑訴法には、択一的認定に関する規定はないけれども、択一的認定が全て直ちに刑訴法の原則に反するとは考えられず、少なくとも本件のような場合には、これが許されると解するのが相当である。

5.もつとも、右のような択一的認定を行った場合、その結果を判決の「罪となるべき事実」にどのように記載し、判示すべきかについては、別個に検討を要するところがある。
 原判決は、「罪となるべき事実」に強盗の共同正犯と単独犯の事実を択一的に記載し、判示しているのであるが、これに対しては、原審裁判所の心証形成の実質はそうであったとしても、本件において結局処罰の対象とされる事実は犯情の軽い強盗の共同正犯の事実なのであるから、判決の「罪となるべき事実」としては、その強盗の共同正犯の事実のみを一義的に判示、認定すべきであるという批判もあり得ると思われる。
 所論の「原認定のように共同正犯と単独犯のいずれの可能性もあるというのであれば、犯情の軽い共同正犯を認定すべきであった」という主張も、右の問題に係わるものと理解される。

6.そこで、検討するのに、刑訴法には、判決の「罪となるべき事実」について択一的な記載をすることができる旨の規定はないが、刑訴法三三五条一項の解釈として、事案により、一定の範囲でそのような記載が許される場合があると解される。
 その範囲について考えると、先ず、判決の「罪となるべき事実」においては処罰の対象とされる事実を特定の犯罪構成要件に即して明示すべきものとされている趣旨からすると、犯罪構成要件を全く異にする複数の事実を「罪となるべき事実」として択一的に記載することは許されず、この場合には、軽い罪の限度で事実を認定して、その事実を判示すべきものと解される(いわゆる「秘められた択一的認定」)。例えば、実質的に(心証形成の過程では)殺人と重過失致死の択一的な認定を行った場合には、結局は軽い重過失致死の限度で事実を認定し、これを判示することになるであろう(なお、保護者遺棄致死と死体遺棄の択一的認定が問題となった裁判例として、札幌高判昭和六一・三・二四判例タイムズ六〇七号一〇五頁参照)。
 これに対し、同一の犯罪構成要件に該当する事実中、例えば犯行の態様等については、これを択一的に認定、判示することが許される余地が大きいと解される。けだし、この場合には、「罪となるべき事実」の法的評価に動揺を来たし、これを不明確にするおそれがないことが多く、また、事案の性質上、そのような認定をせざるを得ない場合には、その具体的な認定事実を率直に判示するものとする方が、「罪となるべき事実」の明確性を高めることになると考えられるからである(但し、証拠によって認められる限度で縮小的な認定をすれば足りる場合も少なくないのであって、この場合にまで択一的な判示が許容されるという趣旨ではない。)。

7.本件のような強盗の共同正犯と単独犯の択一的認定の場合には、同一の犯罪構成要件の基本形式と修正形式に当る事実の間の択一が問題となる事案であり、前記二つの事例の中間に位置するものと見られるが、その実質においては、同一の犯罪構成要件に当る行為態様に関する択一的認定に類似し、かつ、「罪となるべき事実」の基本的な法的評価に差異を来たしこれを不明確にするおそれがないという点で、あとの事例に近い。 強盗の共同正犯と単独犯の間には、罪質はもとより、罪の軽重の面でも定型的な差異が認められないことは、原判決の指摘するとおりであり、この点でも、前に挙げた殺人と重過失致死の事例等とは、趣きを異にしている。
 また、裁判所が実質上「強盗の共同正犯か単独犯のいずれかである」との心証しか得ていないのに、「罪となるべき事実」においては、強盗の共同正犯の事実を判示、認定せよというのは、いささか無理を強いるきらいがある(この点でも、事実上の縮小認定に近い殺人と重過失致死の事例等とは、事案を異にすると思われる。)。なお、現にそのような判示をした場合、強盗の共犯者とされるFに対し「共謀の証明がない」として無罪判決が言い渡されたときは・・、両判決の事実認定に実質上何らの矛盾がないにもかかわらず、あたかもその間に矛盾があるかのような観を呈することを避けられない。これらの点を考えると、本件のような場合においては、判決の「罪となるべき事実」として、裁判所が現に行った択一的な事実認定をそのまま判示する方が、明確性において優るとも考えられる。なお、このような判示を許容しても、量刑が犯情の軽い強盗の共同正犯の事実を基礎に行われる限り、被告人に実質的な不利益を及ぼすおそれがないことは、いうまでもない
 以上のように考えると、本件の場合においても、「罪となるべき事実」に、強盗の共同正犯と単独犯の各事実を択一的に判示することが許されると解される。

7.・・原判決は、右のような択一的な認定をしたときに、いずれの事実を基礎に量刑を行うかについて、明示してはいないけれども、「量刑の理由」中に、「この犯罪にFが関与し、同人の働き掛けによって被告人が犯罪を実行するに至った可能性も十分あり、量刑上は、被告人だけにこの犯罪の全ての責任を負わせることは、相当でない。」と説示しているとおり、当然、「疑わしきは被告人の利益に」の原則に従い、犯情が軽く、被告人に利益な共同正犯の事実を基礎に量刑を行ったものと解される。この点についても、原判決に誤りはない。

8.したがって、原判決には、所論のように択一的認定が許されないのにこれをした違法があるとはいえない。

(引用終わり)

しかし、このようなものは、現場で思いつくはずがない。
しかも、上記高裁判例を知っていたとする。
上記高裁判例は、訴因変更については、ほとんど触れていない。
なので、そういう人は、答案でも訴因変更を薄く、択一的認定を厚く書いてしまうだろう。
それは、結果として評価を落とす。
こういうものは、参考として知っていてもよいが、そのまま答案に書くようなものではない。
結果として、ここは「あってないようなもの」ということになる。

なお、最決平21・7・21は、本問とは直接関係がない。

最決平21・7・21より引用、下線は筆者)

 検察官において共謀共同正犯者の存在に言及することなく,被告人が当該犯罪を行ったとの訴因で公訴を提起した場合において,被告人1人の行為により犯罪構成要件のすべてが満たされたと認められるときは,他に共謀共同正犯者が存在するとしてもその犯罪の成否は左右されないから,裁判所は訴因どおりに犯罪事実を認定することが許されると解するのが相当である。

(引用終わり)

これは、共謀を認定しうる場合に単独犯と認定できるとする判例である。
本問は、共謀が認定できない場合に共同正犯と認定できるかが問われている。
従って、上記判例は、本問とは似て非なる事案ということになる。
(厳密には、そもそも本問の裁判所が共謀の存否につき証拠調べをした(らしい)こと自体が、考慮すべきでない訴因外の事実の存否を考慮している点で不当であるという手続の問題として意味があるが、無視すべき問題点である。)

ところで、犯情とは、何か。
それ自体が曖昧だったという人も、いたのではないか。
それはそれで、本問では問題ない。
上記のとおり、この点は無視して構わないからである。
むしろ注意すべきは、わかっていないにもかかわらず、いい加減なことを書くことである。
例えば、以下のような論述は、誤りである。

 本問で、共謀を罪となるべき事実として認定できなかったとしても、量刑事由として考慮すればよいから不都合はない。

なぜか。
量刑の際に考慮される情状には、犯情と一般情状がある。
犯情とは、当該「犯」罪に関する「情」状である。
例えば、犯行の動機、態様や被害の程度等である。
一般情状とは、犯情以外の(一般的な)情状である。
例えば、犯行前の被告人の生い立ちや犯行後の更生可能性等である。
そして、主たる考慮要素は犯情であり、一般情状は、従たる要素に過ぎない。
(量刑の検討項目としても、一般情状は最後に立てるのが通常である。)

新時代の刑事司法制度特別部会第11回会議議事録より引用、下線は筆者)

○酒巻匡委員 ・・日本の量刑というか,世界中,そうだと思いますけれども,基本的な刑の枠は,客観的な犯罪事実・結果と,犯情と言われている犯罪事実そのものを構成するか,あるいはそれに密接に関連する犯行の動機・目的とか共犯関係とかで,大きな枠は決まっていて,その後に考慮される一般情状は微調整と言っていいと思うんですよね。

(引用終わり)

本問で、共謀があると犯情が軽くなるというのは、具体的には以下の点である。
(ただし、被告人側で一方的に主張しているだけである。)

(問題文より引用、下線は筆者)

4 その後,司法警察員Kら及び事件の送致を受けたH地方検察庁検察官Pが所要の捜査を行った。甲及び乙は,事実関係を認め,密売をするために覚せい剤をT株式会社社長室で所持していたこと,甲宛ての覚せい剤は甲1人で密売するためのもの,乙宛ての覚せい剤は甲と乙が2人で密売するためのものであることなどを述べた。一方で,甲及び乙は,各覚せい剤について,密売組織の元締である丙から送られたもので,10日間の期限内に売り切れなかった分は丙に送り返さなければならなかったこと,覚せい剤の売上金は,その9割を丙に送金しなければならず,自分たちの取り分は合わせて1割だけであったことなどを述べた。また,甲宛ての宅配便荷物内に入っていた覚せい剤は100グラム,乙宛ての宅配便荷物内に入っていた覚せい剤は200グラムであった。

 (中略)

5 同年11月24日に開かれた甲に対する第1回公判期日で,甲及びその弁護人Bは,被告事件についての陳述において,公訴事実記載の客観的事実自体はこれを認めたが,弁護人Bは,覚せい剤は,密売組織の元締である丙の手足として,その支配下で甲らが販売を行うことになっていたもので,公訴事実の第1事実及び第2事実いずれについても,丙との共謀が成立することを主張し,その旨の事実を認定すべきであるとの意見を述べた。引き続き,検察官Pは冒頭陳述を行い,甲らが丙から覚せい剤を宅配便荷物により交付されたことについて言及したものの,それ以上,甲らと丙との関係には言及しなかった。

(引用終わり)

これは、共謀を基礎付けると同時に、犯情を軽くする事情である。
上記事情が存在すれば、共謀があり、犯情は軽くなる。
上記事情が存在しなければ、共謀はなく、犯情は軽くはならない。
従って、共謀は存在しないが、犯情が軽くなる。
そのような認定はできない。
だから、「量刑事由として考慮すれば不都合はない」などとはいえない。
共謀の事実自体が犯情の事実でもあり、それが量刑の要素となることを知らないと、上記のような誤りを犯すことになる。

そもそも、被告人に有利な事実が存否不明の場合。
その場合に、一般的に利益原則が適用され、その事実が存在することになるわけではない。
被告人に有利な情状立証は、被告人側が積極的に立証することを要する。
本問では、上記有利な犯情を基礎付ける事実が存否不明である。
だとすれば、存在しないと判断されるのが自然な帰結である。

利益原則によって共謀を認定しうるのは、上記高裁判例のように、択一関係。
すなわち、単独犯が否定されれば、必然的に丙との共謀が認定できる場合である。
しかし本問では、丙が実在する、という程度しかわかっていない。

(問題文より引用、下線は筆者)

4 ・・検察官Pは,甲及び乙を起訴するに当たり,両名について,丙との間の共謀の成否を念頭に置いて捜査し,丙が実在する人物であることは確認できたものの,最終的には,丙及びその周辺者が所在不明であり,これらの者に対する取調べを実施できなかったことなどから,甲及び乙と,丙との間の共謀については立証できないと判断した。

(引用終わり)

この程度の事実関係で、単独犯か丙との共謀かの二者択一の関係にあるといえるのか。
ましてや、単独犯の否定により、売上げの取り分が1割だった等の事情まで存在することになるのか。
無理だと考えるのが、自然なように思われる。
しかも、本来、択一的認定が問題になるのは、重い罪の存否が不明の場合である。
本問では、単独犯としての要件は、充たされている。
(「共謀がないこと」は単独犯の成立要件ではない。)
それでもなお、択一的認定の論理を用いることができるのか。
そのこと自体も、問題だろう。

そういったことを考えれば、本問で共謀を認めるのは難しい。
従って、「犯情が有利だから」という理由で、簡単に共謀を認める答案は、評価を落とす。

法解釈重視で書く

参考答案は、以上を踏まえて書く場合の一例である。
1行25文字で、6ページ程度である。
誰もが気付く論点しか、書いていない。
当てはめは、メイン論点に必要な範囲でしか、やっていない。
従って、問題文のごく一部の事実しか拾えていない。
しかし、その分、メインの解釈論をしっかり書いている。
(逮捕に伴う捜索については、紛れの少ない緊急処分説を採った。)
基本は、わかっているだけでは足りない。
答案に示すことが、必要である。
そして、その基本は、出題趣旨では「正確に理解」という程度しか書いていない。
(それは重要でないからではなく、当たり前だからである。)
そのため、多くの人が、これを軽視する。
他方、出題趣旨では、優秀レベルしか関係のないことがたくさん書いてある。
しかし、優秀の水準の者はほとんど存在しない。
平成24年司法試験の結果について(2)参照。)
そして、その優秀の水準の者も、結果的にそうなったに過ぎない。
(事前の予測ができないことにつき、司法試験平成22年採点実感等に関する意見の読み方(刑訴法)参照)
出題趣旨の大部分は、多くの受験生にとって、無意味な記載である。
これに惑わされて、勉強の方向性を誤る。
その結果が、今回の最低ライン未満者の数である。

参考答案を見て、「本問の特殊性を全く無視して論証を貼っただけのひどい答案だ」と思うかもしれない。
今も昔も、これが(上位の)合格レベルである。
下位の答案は、個別具体的な検討は、むしろよくできている。
しかし、肝心の法解釈がほとんどできていないか、間違っている。
合否を分けているのは、その部分である。
一般には、それとは逆のことをせよ、と指導されている。
この風潮に抗うのは、難しい。
論文の真の難しさは、実はこの点にある。

【参考答案】

第1.設問1

1.捜査@について

(1)捜索中に乙宛に配達された荷物は、本問の捜索差押許可状による捜索の対象となるか。

(2)そもそも、令状主義の趣旨は、司法的抑制により捜査機関による人権侵害を防ぐ点にある。そして、刑訴法219条1項が捜索差押許可状において捜索対象の明示を要求したのは、捜索範囲の限定により一般的探索を防ぐ趣旨である。そして、裁判官は、上記範囲において捜索をすることを許容しうるか否かという観点から、令状審査をすることになる。

(3)そうだとすれば、捜索しうる対象の範囲は、上記令状審査が及んでいるかにより判断すべきである。

ア.一般に、捜索場所の記載のある捜索差押許可状においては、記載された捜索場所全体についての管理権との関係において捜索を許容しうるかについて令状審査がなされると考えられる。

イ.そうだとすれば、捜索中に配達された物であっても、当該捜索場所と同一の管理権の下にあると解し得る限度において、捜索の対象に含まれる。なぜなら、捜索前に配達されるか、捜索中に配達されるかは偶然であるし、配達後は捜索場所に存在することになるから、捜索前に配達されて捜索場所に存在していた場合と同様に考えるべきだからである。

(4)本問では、捜索場所であるT株式会社の管理権者は、社長である甲と考えられる。そこで、乙宛の荷物が乙の管理下にあるのではなく、甲の管理権の下にあるといえるかを検討する。
 甲の携帯電話のメール中の「ブツ」とは、配達予定時刻、甲宛及び乙宛の2つである点、乙が社長室に居合わせたこと等の一致点から、甲及び乙に配達された荷物であることがうかがわれる。そして、上記メールでは、乙宛のものについても、「お前と乙の2人でさばく」とあること及び甲が社長であって、乙は従業員であることからすれば、乙宛の荷物も、甲の管理下にあると解される。そうすると、乙宛の荷物は、捜索場所と同一の管理権の下にあるといえる。

(5)よって、乙宛に配達された荷物は、本問の捜索差押許可状の捜索対象に含まれる。

(6)以上から、捜査@は適法である。

2.捜査Aについて

(1)捜索差押許可状に基づく捜索としての適法性

 本問の捜索差押許可状の捜索場所として、乙のロッカーは含まれるか。
 前記1(3)アの観点から、乙のロッカーの管理権の帰属を検討する。確かに、甲はロッカーを自分が管理していると言い、マスターキーも社長室にあった。しかし、一般に、ロッカー内に保管されているのは主に従業員の私物であって、施錠された従業員のロッカー内をみだりに検査等することは社長であっても許されないと考えられるから、その管理権は乙に属すると解すべきである。そうである以上、本問の捜索差押許可状の捜索場所に乙のロッカーは含まれない。
 よって、捜査Aは、上記許可状に基づく捜索としては違法である。

(2)現行犯逮捕に伴う捜索としての適法性

ア.逮捕に伴う捜索をなし得るのは、逮捕の現場に限られる(刑訴法220条1項2号)。乙のロッカーは、逮捕の現場に当たるか。

イ.逮捕に伴う捜索は無令状でなし得るから、令状主義の例外である。すなわち、被逮捕者による逃亡及び抵抗並びに証拠破壊を防止する趣旨から、緊急処分として許容されるに過ぎない。そうである以上、逮捕の現場とは、上記必要性の認められる範囲、すなわち、被逮捕者の身体又は直接支配下にある場所に限られる。それ以外の場所の捜索は、逮捕の完遂と無関係であるから、その必要がある場合には、別途捜索差押許可状を請求すべきである。

ウ.本問で、乙のロッカーは、逮捕当時の乙の直接支配下にある場所ではないから、逮捕の現場に当たらない。

エ.よって、捜査Aは、現行犯逮捕に伴う捜索としても違法である。

第2.設問2

1.裁判所が、訴因変更を経ることなく、公訴事実に記載された訴因と異なる共謀の事実を認定したことは適法か。訴因変更の要否を検討する。

(1)そもそも、当事者主義を基調とする現行刑訴法においては、審判対象は検察官の主張する事実たる訴因である。裁判所は、当該訴因とされた事実の存否を認定することになる。
 そうだとすると、およそ事実に変化が生じる場合には、審判対象が変化するから、訴因変更を要することになりそうである。
 もっとも、ささいな事実の変化にまで訴因変更を要するとすれば、手続が煩雑となって妥当でないから、重要な事実に変化が生じた場合に、訴因変更を要すると解すべきである。

(2)では、重要な事実の変化とは、具体的にいかなる場合か。
 訴因は、審判対象を確定する機能だけでなく、被告人に防御対象を明示するという機能がある。従って、被告人の防御に不利益を生じる事実の変化である場合が、重要な事実の変化といえる。

(3)そして、手続の安定性、明確性の観点から、上記不利益の有無は一般的抽象的に判断すべきであり、具体的な訴訟経過を考慮すべきでない。

(4)以上を本問でみると、共謀は共同正犯の成立要件である。一般に、当初訴因に共謀が掲げられていないのに、裁判所がこれを認定すると、被告人は共謀の存否を争う機会も与えられないまま、予想外の共同正犯の罪責を負い、他の共同正犯者の行為についても責任を負うことになる(一部実行全部責任、刑法60条)。従って、そのような認定は一般的・抽象的にみて被告人にとって不利益である。そうである以上、訴因変更を要する。

(5)なお、本問では共謀の存在は犯情の点で甲に有利であるという事情があるが、前記のとおり、このような個別具体的事情は訴因変更の要否の判断に当たって考慮すべきでない。

(6)よって、裁判所のした判決には、必要な訴因変更手続を経ることなく、審判の請求を受けない事件についてした違法(刑訴法378条3号参照)がある。

2.また、共謀の事実は共同正犯の成立要件である。従って、その認定には合理的疑いを超える程度の立証を要する。このことは、具体的事例において共謀が犯情を軽くする事情として作用する場合も異ならない。
 本問で、裁判所は、共謀の存否はいずれとも確定できないとしながら共同正犯の成立を認めているから、証明のない犯罪を認めたことになる。
 よって、裁判所のした判決には、刑訴法333条1項違反の違法がある。

以上

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