最新最高裁判例

最高裁判所第二小法廷決定平成24年07月24日

【事案】

 被告人は,本件各被害者を不法に監禁し,その結果,各被害者について,監禁行為やその手段等として加えられた暴行,脅迫により,一時的な精神的苦痛やストレスを感じたという程度にとどまらず,いわゆる再体験症状,回避・精神麻痺症状及び過覚醒症状といった医学的な診断基準において求められている特徴的な精神症状が継続して発現していることなどから精神疾患の一種である外傷後ストレス障害(以下「PTSD」という。)の発症が認められた。

【判旨】

 所論は,PTSDのような精神的障害は,刑法上の傷害の概念に含まれず,したがって,原判決が,各被害者についてPTSDの傷害を負わせたとして監禁致傷罪の成立を認めた第1審判決を是認した点は誤っている旨主張する。しかし,上記認定のような精神的機能の障害を惹起した場合も刑法にいう傷害に当たると解するのが相当である。したがって,本件各被害者に対する監禁致傷罪の成立を認めた原判断は正当である。

 

最高裁判所第三小法廷判決平成24年09月04日

【事案】

1.被上告人が,Aに対する金銭債権を表示した債務名義による強制執行として,Aの上告人に対する賃料債権を差し押さえたと主張し,上告人に対し,平成20年8月分から平成22年9月分までの月額140万円の賃料及び同年10月分の賃料のうち76万0642円の合計3716万0642円の支払を求める取立訴訟。

2.事実関係の概要等

(1) Aは,平成16年10月20日,A及びその代表取締役が全株式を保有し,同人が当時代表取締役を務めていた上告人との間で,Aが所有する第1審判決別紙物件目録記載5の建物(以下「本件建物」という。)を,期間を同年11月1日から平成36年3月31日まで,賃料を当分の間月額200万円と定めて賃貸する旨の契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し,上告人に本件建物を引き渡した。
 Aと上告人は,平成20年5月23日,本件賃貸借契約に基づく同年6月分以降の賃料を月額140万円とする旨合意し,同月初め頃,当月分の賃料を毎月7日に支払う旨合意した。

(2) 被上告人は,Aに対し,3583万4564円及びこれに対する遅延損害金の支払を命ずる執行力ある判決正本を債務名義として,本件賃貸借契約に基づく賃料債権(ただし,平成19年4月1日以降支払期の到来するものから3716万0642円に満つるまで)の差押えを申し立て,これを認容する債権差押命令(以下「本件差押命令」という。)が,上告人に対しては平成20年10月10日に,Aに対しては同月17日に,それぞれ送達された。

(3) 上告人は,Aとの間で,平成21年12月25日までに,本件建物を含む複数のA所有の不動産を買い受ける旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し,その所有権移転登記を受け,売買代金3億7250万円をAに支払った。

(4) 上告人は,上告人がAに対して本件売買契約に基づく売買代金を支払った平成21年12月25日,本件賃貸借契約に基づく賃料債権は混同により消滅したなどと主張している。

3.原審は,上告人が本件売買契約により本件建物の所有権の移転を受ける前に本件差押命令が発せられており,本件賃貸借契約に基づく賃料債権は第三者の権利の目的となっているから,民法520条ただし書の規定により,平成22年1月分以降の賃料債権が混同によって消滅することはなく,被上告人は上告人からこれを取り立てることができるなどと判断して,上告人に対し,原審口頭弁論終結時において支払期の到来していた平成20年8月分から平成22年1月分までの賃料合計2520万円の支払並びに同年2月から同年9月まで本件賃貸借契約の約定支払期である毎月7日限り各140万円及び同年10月7日限り76万0642円の各支払を命じた。

【判旨】

 原審の判断のうち,被上告人が上告人から本件賃貸借契約に基づく平成22年1月分以降の賃料債権を取り立てることができるとした部分は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 賃料債権の差押えを受けた債務者は,当該賃料債権の処分を禁止されるが,その発生の基礎となる賃貸借契約が終了したときは,差押えの対象となる賃料債権は以後発生しないこととなる。したがって,賃貸人が賃借人に賃貸借契約の目的である建物を譲渡したことにより賃貸借契約が終了した以上は,その終了が賃料債権の差押えの効力発生後であっても,賃貸人と賃借人との人的関係,当該建物を譲渡するに至った経緯及び態様その他の諸般の事情に照らして,賃借人において賃料債権が発生しないことを主張することが信義則上許されないなどの特段の事情がない限り,差押債権者は,第三債務者である賃借人から,当該譲渡後に支払期の到来する賃料債権を取り立てることができないというべきである。
 そうすると,本件においては,平成21年12月25日までにAが上告人に本件建物を譲渡したことにより本件賃貸借契約が終了しているのであるから,上記特段の事情について審理判断することなく,被上告人が上告人から本件賃貸借契約に基づく平成22年1月分以降の賃料債権を取り立てることができるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,以上の趣旨をいうものとして理由があり,原判決のうち,上告人に対し平成20年8月分から平成21年12月分までの賃料合計2380万円を超えて金員の支払を命じた部分は破棄を免れない。そして,上記特段の事情の有無につき更に審理を尽くさせるため,上記の部分につき,本件を原審に差し戻すこととする。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成24年09月07日

【事案】

1.本件訴訟の経過等

(1) 本件各公訴事実は,「被告人は,平成21年9月8日午前6時30分頃から同日午前11時50分頃までの間,金品窃取の目的で,東京都葛飾区(以下省略)B荘C号室D方縁側掃き出し窓のガラスを割り,クレセント錠を解錠して侵入した上,同所において,1 同人所有の現金1000円及びカップ麺1個(時価約100円相当)を窃取し,2 同人ほか1名が現に住居に使用する前記B荘(木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建,延べ床面積115.67u)に放火しようと考え,B荘C号室内にあった石油ストーブ内の灯油を同室内のカーペット上に撒布した上,何らかの方法で点火して火を放ち,同室内の床面等に燃え移らせ,よって,現に人が住居に使用しているB荘C号室の一部を焼損(焼損面積約1.1u)した。」という住居侵入,窃盗,現住建造物等放火の事実(以下,それぞれ「本件住居侵入」,「本件窃盗」,「本件放火」という。)及び北海道釧路市内における住居侵入及び窃盗の事実(以下「釧路事件」という。)からなるものである。

(2) 被告人は,第1審の公判前整理手続において,本件住居侵入及び本件窃盗並びに釧路事件については争わない旨述べたが,本件放火については,何者かが上記B荘C号室に侵入して放火したことは争わないものの,被告人が行ったものではないと主張した。

(3) 被告人は,平成3年4月7日から平成4年5月10日までの間に15件の窃盗を,同年3月29日から同年6月13日までの間に11件の現住建造物等放火(未遂を含む。以下「前刑放火」という。)を行ったなどの罪により,平成6年4月13日,懲役8月及び懲役15年(前刑放火を全て含む。)に処せられた前科を有する。
 検察官は,公判前整理手続において,被告人は窃盗に及んだが欲するような金品が得られなかったことに立腹して放火に及ぶという前刑放火と同様の動機に基づいて本件放火に及んだものであり,かつ,前刑放火と本件放火はいずれも特殊な手段方法でなされたものであると主張し,この事実を証明するため,上記前科に係る判決書謄本(以下「前刑判決書謄本」という。),上記前科の捜査段階で作成された前刑放火に関する被告人の供述調書謄本15通,本件の捜査段階で作成された前刑放火の動機等に関する被告人の供述調書1通(以下これらを併せて「本件前科証拠」という。),本件放火の現場の状況及びその犯行の特殊性等に関する警察官証人1名の取調べを請求した。
 第1審裁判所は,前刑判決書謄本を情状の立証に限定して採用したものの,本件放火の事実を立証するための証拠として本件前科証拠は全て「関連性なし」として却下し,また,上記警察官証人を「必要性なし」として却下した。
 第1審判決は,被告人が本件放火の犯人であると認定するにはなお合理的な疑問が残るとして,本件住居侵入及び本件窃盗並びに釧路事件についてのみ有罪とした。

(4) これに対し検察官が控訴した。控訴趣意は,本件前科証拠及び上記警察官証人は,いずれも本件放火の犯罪を立証する証拠として関連性を有し,取調べの必要性があったにもかかわらず,これらを却下した第1審裁判所の措置は訴訟手続の法令違反に該当し,その結果被告人を本件放火の犯人と認定しなかったのは事実誤認に当たるというものである。
 原判決は,本件前科証拠のうち,前刑判決書謄本の取調べ請求を却下した第1審裁判所の措置,並びに上記前科の捜査段階で作成された被告人の供述調書謄本15通及び本件捜査段階で作成された前刑放火の動機等に関する被告人の供述調書1通について,本件放火との関連性がある部分を特定しないまま,その全てを却下した第1審裁判所の措置には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるとして,第1審判決を破棄し,事件を東京地方裁判所に差し戻した。

2.原判決の理由の概略

 前刑放火11件の動機は,いずれも窃盗を試みて欲するような金品が得られなかったことに対する腹立ちを解消することにあり,上記11件のうち10件は,いずれも侵入した居室内において,また残り1件は,侵入しようとした住居に向けて放火したものであり,うち7件は,犯行現場付近にあったストーブ内の灯油を撒布したものである。被告人には,このような放火に至る契機,手段,方法において上記のような特徴的な行動傾向が固着化していたものと認められる。被告人は,本件放火と接着した時間帯に放火場所である居室に侵入して窃盗を行ったことを認めているところ,その窃取した金品が被告人を満足させるものではなかったと思料され,前刑放火と同様の犯行に至る契機があると認められる上,犯行の手段方法も共通しており,いずれも特徴的な類似性があると認められ,被告人が本件放火の犯人であることを証明する証拠として関連性がある。したがって,本件前科証拠のうち,これらの点に関するもの,すなわち前刑判決書謄本並びに上記前科の捜査段階で作成された被告人の供述調書謄本15通及び本件の捜査段階で作成された前刑放火の動機等に関する被告人の供述調書1通のうち本件放火と特徴的な類似性のある犯行に至る契機,犯行の手段方法に関する部分はいずれも関連性が認められ,証拠として採用すべきであったものというべきであり,上記各供述調書について関連性が認められる部分を特定できるような審理を行わずに本件前科証拠を全て却下した第1審裁判所の措置は違法である。そして,被告人が,本件放火と接着した時間帯に放火場所である居室に侵入して窃盗を行ったことが認められる本件では,上記の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反に当たる。

【判旨】

 原判決の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

1.前科も一つの事実であり,前科証拠は,一般的には犯罪事実について,様々な面で証拠としての価値(自然的関連性)を有している。反面,前科,特に同種前科については,被告人の犯罪性向といった実証的根拠の乏しい人格評価につながりやすく,そのために事実認定を誤らせるおそれがあり,また,これを回避し,同種前科の証明力を合理的な推論の範囲に限定するため,当事者が前科の内容に立ち入った攻撃防御を行う必要が生じるなど,その取調べに付随して争点が拡散するおそれもある。したがって,前科証拠は,単に証拠としての価値があるかどうか,言い換えれば自然的関連性があるかどうかのみによって証拠能力の有無が決せられるものではなく,前科証拠によって証明しようとする事実について,実証的根拠の乏しい人格評価によって誤った事実認定に至るおそれがないと認められるときに初めて証拠とすることが許されると解するべきである。本件のように,前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いる場合についていうならば,前科に係る犯罪事実が顕著な特徴を有し,かつ,それが起訴に係る犯罪事実と相当程度類似することから,それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなものであって,初めて証拠として採用できるものというべきである。
 前刑放火は,原判決の指摘するとおり,11件全てが窃盗を試みて欲するような金品が得られなかったことに対する鬱憤を解消するためになされたものであること,うち10件は侵入した室内において,残り1件は侵入しようとした居室に向けてなされたものであるが,いずれも灯油を撒布して行われたものであることなどが認められる。本件放火の態様は,室内で石油ストーブの灯油をカーペットに撒布して火を放ったという犯行である。原判決は,これらの事実に加え,被告人が本件放火の最大でも5時間20分という時間内に上記の放火現場に侵入し,500円硬貨2枚とカップ麺1個を窃取したことを認めていることからすれば,上記の各前科と同様の状況に置かれた被告人が,同様の動機のもとに放火の意思を生じ,上記のとおりの手段,方法で犯行に及んだものと推認することができるので,関連性を認めるに十分であるという。しかしながら,窃盗の目的で住居に侵入し,期待したほどの財物が窃取できなかったために放火に及ぶということが,放火の動機として特に際だった特徴を有するものとはいえないし,また,侵入した居室内に石油ストーブの灯油を撒いて火を放つという態様もさほど特殊なものとはいえず,これらの類似点が持つ,本件放火の犯行が被告人によるものであると推認させる力は,さほど強いものとは考えられない。
 原判決は,上記のとおり,窃盗から放火の犯行に至る契機の点及び放火の態様の点について,前刑放火における行動傾向が固着化していると判示している。固着化しているという認定がいかなる事態を指しているのか必ずしも明らかではないが,単に前刑放火と本件放火との間に強い類似性があるというにとどまらず,他に選択の余地がないほどに強固に習慣化していること,あるいは被告人の性格の中に根付いていることを指したものではないかと解され,その結果前刑放火と本件放火がともに被告人によるものと推認できると述べるもののようである。しかし,単に反復累行しているという事実をもってそのように認定することができないことは明らかであり,以下に述べる事実に照らしても,被告人がこのような強固な犯罪傾向を有していると認めることはできず,実証的根拠の乏しい人格評価による認定というほかない。
 すなわち,前刑放火は,間に服役期間を挟み,いずれも本件放火の17年前の犯行であって,被告人がその間前刑当時と同様の犯罪傾向を有していたと推認することには疑問があるといわなければならない。加えて,被告人は,本件放火の前後の約1か月間に合計31件の窃盗(未遂を含む。以下同じ。)に及んだ旨上申している。上申の内容はいずれも具体的であるが,これらの窃盗については,公訴も提起されていない上,その中には被告人が十分な金品を得ていないとみられるものが多数あるにもかかわらず,これらの窃盗と接着した時間,場所で放火があったという事実はうかがわれず,本件についてのみ被告人の放火の犯罪傾向が発現したと解することは困難である。

2.上記のとおり,被告人は,本件放火に近接した時点に,その現場で窃盗に及び,十分な金品を得るに至らなかったという点において,前刑放火の際と類似した状況にあり,また,放火の態様にも類似性はあるが,本件前科証拠を本件放火の犯人が被告人であることの立証に用いることは,帰するところ,前刑放火の事実から被告人に対して放火を行う犯罪性向があるという人格的評価を加え,これをもとに被告人が本件放火に及んだという合理性に乏しい推論をすることに等しく,このような立証は許されないものというほかはない。
 したがって,本件放火の犯罪事実を立証するための本件前科証拠の取調べ請求を全て却下した第1審裁判所の措置は正当であり,これについて判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反に当たるとした原判断には刑訴法379条の解釈適用を誤った違法がある。この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであり,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
 よって,刑訴法411条1号により原判決を破棄し,同法413条本文に従い,本件を原裁判所である東京高等裁判所に差し戻す。

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