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最高裁判所大法廷判決平成24年10月17日

【田原睦夫反対意見】

 私は,多数意見と異なり本件定数配分規定は憲法に違反するものであって,本件選挙は違法であると考えるものであり,その意見の骨子は平成21年大法廷判決(多数意見2(4)(※事案2(4))掲記の平成21年9月30日判決)における私の反対意見(以下「平成21年判決反対意見」という。)と同様であるが,本件における私の意見の結論を導くのに必要な限度で,参議院議員選挙に関する私の意見を略記するとともに,平成19年7月29日に施行された前回の参議院議員選挙以降本件選挙までの社会情勢の変化,選挙制度改正への動き等をも踏まえて,以下のとおり意見を述べる。

1.二院制における参議院の位置付けと投票価値の平等

(1) 参議院制度発足時の選挙制度

 憲法は,衆議院と参議院の両制度について,衆議院は議員の任期を4年とし,解散制度を採り入れる一方,参議院は議員の任期を6年とし3年ごとの半数改選を定めるとともに,両院の関係について,内閣総理大臣の指名,予算案審議,条約の承認,法律案の再議決について衆議院の優越を定めるほかは,両議院の位置付けやその関係,両議院の議員の選挙制度等は,全て法律事項とし,国会の裁量に委ねている。
 参議院制度の発足時において,衆議院との関係を踏まえた参議院の位置付けについて必ずしも明確な論議がなされてはいないが,その議員の選出方法について定めた参議院議員選挙法は,衆議院は都道府県を基準とし,その中に複数の選挙区を設けて各選挙区で複数の議員を選出する中選挙区制を採用したのに対し,参議院は,全国選出議員100人,地方選出議員150人とし,このうち全国選出議員は,専ら学識経験ともに優れた,全国的な有名有為の人材を簡抜することを主眼とすると共に,職能的知識経験を有する者が選挙されることに依って,職能代表制の有する長所を取り入れんとする狙いをもって設けられたものであり,また地方選出議員は,当時の限られた通信手段,交通事情の下で,中央に対応する意味での地方の実情を国会に反映させるべく設けられたものというのであって(第90回,第91回帝国議会貴族院議事録参照),参議院発足時における議員の選出制度そのものから,憲法制定時における衆議院に対する参議院の性格付けを垣間見ることができる。
 そして,地方選出議員は,当時の各地の実情を踏まえて都道府県を単位として選挙区を設けることとし,3年ごとにその半数が改選されることに応じて,各選挙区の定数は偶数とし,昭和21年4月26日現在の人口を基準として最大剰余法に基づいて配分されたものであるところ,各選挙区間における議員1人当たりの人口の最大較差は,宮城県選挙区と鳥取県選挙区間の2.62倍であった(なお,較差が2倍を超える選挙区は合計12存した。)。
 憲法施行後の昭和25年に公職選挙法が制定されたが,同法は,参議院議員選挙法で定めた選挙制度をそのまま踏襲した。なお,同法は,衆議院議員定数配分規定(別表第1)には「本表は,この法律施行の日から5年ごとに,直近に行われた国勢調査の結果によって更正するのを例とする。」旨定めていたのに対し,参議院議員定数配分規定(別表第2)には同様の規定は置かれなかった。その理由は詳らかではないが,地方選挙区選出の議員は,当該地方住民の代表ではなく,広く有為の人材を地方からも求め,また,中央に対応する意味での地方の実情に精通している人材を選出するための方法として設けられたものであるところから,各地方の住民代表を選出する場合に求められるような厳密な人口比例配分原則によることは必ずしも適さないと考えられたこと,及び選挙区が衆議院と異なり都道府県単位であって,当時の社会情勢からして,5年ごとに行われる国勢調査の度に,都道府県単位での急激な人口移動が想定されていなかったことによるものと忖度される。

(2) 投票価値の平等の憲法上の位置付け

 国民が選挙権の行使を通じて国政に参加できることは,民主主義国家の基本原理であり(憲法前文,43条1項),その参政権は,人種,信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産又は収入によって差別されてはならない(憲法44条ただし書)ことはもちろんのこと,その選挙権を行使する地域(住所)によって投票価値に較差を生じさせることは,原則として,投票権の平等を侵害するものであって,憲法14条1項,15条1項,43条1項,44条ただし書,47条に違反するものというべきである。国会が国権の最高機関(憲法41条)たる由縁は,国会を構成する議員が,かかる国民の平等な参政権の行使によって選出され,全国民を代表することによるものである。
 もっとも,私も,多数意見が述べるように,憲法は,投票価値の平等を選挙制度の仕組みを規定する唯一,絶対の基準としているものでないことについて異論を唱えるものではない。しかし,多数意見が,投票価値の平等は「国会が正当に考慮することができる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものである」とする点については賛成できない。国民の参政権の実現たる投票価値の平等は,選挙制度や地政上の関係等に関連する技術上の理由から一定の譲歩を迫られることはあり得るものの,それは選挙制度を構築する上での最も重視されるべき要素であり,他の政策的目的ないし理由との関連において,同一レベルで調和的に実現されるべきものではない。仮に投票価値の平等に勝る政策的目的があり得るとすれば,その政策的目的自体について国会の場で広く論議され,国民の理解を得なければならないものというべきである(なお,平成21年判決反対意見1に引用の従前の最高裁判決における反対意見参照)。
 ところで,上記のとおり参議院議員選挙法の下では,地方選出議員の選挙区間における議員1人当たりの人口の最大較差は2.62倍であり,較差が2倍を超える選挙区が12存し,また,公職選挙法は参議院の選挙区について衆議院と異なり国勢調査を踏まえての区割りの見直し規定を設けていないが,地方選出議員の総数を150名とし,その半数が3年ごとに改選されるところから都道府県を単位に偶数の議員を割り当てるとの手法を採る限り,参議院議員選挙法制定時において,それ以上の投票価値の較差の是正を図ることは技術的に困難であったことによるものと認められるのであって,かかる較差の存在は,採用された選挙制度との関係上已むを得ないものであったと認められる。

2.選挙制度の抜本的見直しの必要性

(1) 選挙制度を巡る社会情勢の変化

 昭和57年に,全国選出議員制度について,従来の個人本位の選挙制度を廃止し,一定の要件を満たす政党等に属する者を選出する選挙制度たる拘束名簿式比例代表制が導入され,同制度は平成12年に非拘束名簿式比例代表制に改められた。他方,選挙区選出議員の選挙区は,昭和50年代迄の急激な通信,交通手段の発達によって,参議院議員選挙法が施行された当時のような,中央に対応する意味での地方の実情を反映するという選挙区選出議員制度の基礎は失われた。
 また,その間に我が国の経済産業構造は,参議院発足時の一次産業中心の産業構造から二次・三次産業中心の産業構造へと急激に変革し,またそれに伴い首都圏,京阪神地区,中部圏等大都市圏への急激な人口移動が生じた。そのような人口移動の結果,参議院通常選挙実施日における投票価値の最大較差は,昭和37年7月1日施行の通常選挙では1対4.09に,昭和52年7月10日施行の通常選挙では1対5.26に,昭和55年6月22日施行の通常選挙では1対5.37に,そして平成4年7月26日施行の通常選挙では1対6.59に達するまでに至った。

(2) 選挙制度の見直しの必要性

 昭和57年に,従来の全国選出議員制度を政党中心の選挙制度に見直すに当たっては,それと一体となる選挙制度たる選挙区選出議員の選挙制度についても見直し作業が行われて然るべきであった。殊に前記のとおり通信,交通手段の著しい発展により参議院議員選挙法制定時の中央に対する地方としての意義における選挙区選出議員の意義が喪失し,また全国選出議員制度を政党中心の制度に改める以上,選挙区選出議員制度についても,当然に政党の果たす役割が大きくなるのであり,さらに人口の急激な大都市圏への移動によって投票価値の較差が著しく拡大している状況を踏まえれば,選挙区選出議員制度の意義やその位置付けをも含めた選挙区選出議員制度自体について広い観点から検討が加えられて然るべきであったといえよう。しかし,公表されている資料を見る限り,国会においてかかる観点からの検討がなされた形跡は窺えない。

(3) 選挙区選出議員制度の改正

ア.長期間に亘る選挙制度改正の放置

 選挙区選出議員制度は,昭和46年に沖縄復帰に伴って沖縄県選挙区の議員定数2人が追加されたほかは,参議院議員選挙法制定以来後述の平成6年の定数是正の公職選挙法改正がなされる迄の47年間,一度も改正されることがなかった。

イ.平成6年改正

 平成6年法律第47号による公職選挙法の改正は,平成4年7月26日施行の参議院議員通常選挙施行時の選挙区間の議員1人当たりの最大較差が6.59にまで拡大していたのを是正する目的で,選挙区選出議員の総定数は従前の152人のまま,選挙区選出議員を4県で各2人増加し,他方,北海道で4人,2県で各2人減員するものであった(8増8減)。その結果,直近の国勢調査に基づく人口基準の最大較差は1対6.48から1対4.81に縮小した。

ウ.平成12年改正

 平成12年法律第118号による公職選挙法の改正は,議員定数の削減(比例代表選出議員4人,選挙区選出議員6人)と,比例代表選出議員選挙を従来の拘束名簿式比例代表制から非拘束名簿式比例代表制に変更するものであった。選挙区選挙に関しては,選挙区選出議員定数6人の削減に伴い,3県で各2人の定数の削減を行った。その結果,直近の平成7年の国勢調査人口に基づく最大較差は改正前と同様に1対4.79であった。

エ.平成18年改正

 平成18年法律第52号による公職選挙法の改正は,多数意見にて紹介されているように,当審の平成16年大法廷判決を受けて,平成19年7月29日施行の参議院議員通常選挙に向けて,直近の平成17年国勢調査人口に基づく最大較差が1対5.18であったものを最大較差を1対5以下にでき,かつ,選挙区に対する影響が最も小さい改革案である4増4減案(千葉県,東京都で各2人増,栃木県,群馬県で各2人減)を採用し,その結果上記国勢調査人口に基づく最大較差は1対4.84になるに至った。

オ.小括

 上記の選挙区選出議員制度の改正に当たっては,私の平成21年判決反対意見にて詳述したように,参議院において地方選出議員制度が設けられた立法当時の理念を完全に失念して,選挙区選出議員を都道府県の代表的なものとして位置付け(当審の過去の判決における多数意見においても,かかる観点からの論述が散見される。),また全国議員選出制度が政党等を中心とする比例代表制に変更されたことに伴って,選挙区選挙制度をどのように位置付けるのか,昭和37年7月1日施行の参議院議員通常選挙以降,選挙区間の最大較差が恒常的に4倍を上回るに至っているが,そのような較差の存在が是認されるに足る合理的理由の有無の検証や,衆議院に対応する参議院の位置付けの再検討をも含めた選挙制度の基本的構造に亘るまでの検討は,残念ながら参議院制度発足後今日迄の間,国会において全くなされていないといわざるを得ないのであって,上記の選挙区選出議員の選挙に係る3回の公職選挙法の改正は,当面の弥縫策としか評し得ないものである。

3.本件選挙における投票価値の平等

 本件選挙時点における議員1人当たりの選挙人数の較差は,最大が鳥取県と神奈川県の1対5.00であるが,それ以外に4倍を超えるのは,大阪,北海道,兵庫,東京,福岡の5選挙区に及び,3倍を超える選挙区は上記の選挙区を含めて全部で15選挙区に及んでいる。
 また,複数の選挙区について議員1人当たりの選挙人数較差が3倍を超える地域をみると,選挙人数の較差が1.4倍に満たない鳥取県,島根県,高知県,福井県,徳島県の5選挙区の選挙人数の合計は約303万人(全選挙人の約2.91%)であるのに対し,それら各選挙区との関係で較差が3倍を超える選挙区は上述の神奈川県,大阪府,北海道,兵庫県,東京都,福岡県の6選挙区に及びその選挙人数の合計は約3825万人(全選挙人の約36.76%)に達しているのであって,その間の投票価値の較差に合理的理由を見いだすことは困難である。
 また,選挙区選挙の定数中の過半数を選出するのに必要な選挙区数とその選挙人数を計算すると,47選挙区中最も議員1人当たりの選挙人数が少ない鳥取県選挙区から,議員1人当たりの選挙人数が順次増加する府県の選挙区の議員定数を合算していくと,30番目の山口県選挙区までで選挙区選出議員の過半数を超える74名となるが,その選挙人数の合計は約3436万人と全選挙人の33.03%に止まる。即ち,選挙人全体の3分の1弱の投票で,選挙区選出議員の過半数を選出することができるのであって,かかる観点からみても,投票価値の不平等さは顕著である。
 このように,本件選挙時点において,各選挙区間において投票価値に著しい不平等が生じているが,平成21年判決反対意見においても指摘したとおり,国会は,かかる不平等が許容されるべき理由について国民に対して明らかにしたことは一度もなく,また公表されている各種資料を通覧しても,かかる不平等が許容されるべき合理的理由を見いだすことはできない。
 このように,本件選挙時点において選挙区間における投票価値に著しい不平等があり,かつその不平等を強いられる選挙人の数が上記のとおり著しく多数に及ぶことからして,その不平等は憲法14条に違反し違憲状態にあると評価せざるを得ないのである。

4.本件選挙の違法性

(1) 従前の最高裁判所大法廷判決による問題点の指摘

ア.平成8年大法廷判決

 平成4年7月26日施行の参議院議員通常選挙(選挙区間の選挙人数の最大較差は1対6.59)に係る平成8年大法廷判決では,多数意見(8名)は合憲との判断をしたものの,同選挙当時における較差は違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたものと評価せざるを得ないと説示し,1名の意見は定数4人以上の選挙区の間における選挙人数の最大較差(1対4.54)は法の下の平等を保障した憲法14条1項の規定に明らかに違反するとし,6名が違憲であるとして詳細な反対意見を述べた。

イ.平成10年大法廷判決

 平成7年7月23日施行の参議院議員通常選挙(選挙区間の選挙人数の最大較差は1対4.97)に係る平成10年大法廷判決では,多数意見(9名)は,同選挙当時の選挙区間における投票価値の不平等は,当該選挙制度の下において投票価値の平等の有すべき重要性に照らして到底看過することができないと認められる程度に達しているとはいえないとして合憲との判断をしたのに対し,平成8年大法廷判決で意見を述べた1名が同判決におけると同様の見解に立つ意見を述べ,5名が違憲説に立って平成8年大法廷判決と同様に詳細な反対意見を述べた。

ウ.平成12年大法廷判決

 平成10年7月12日施行の参議院議員通常選挙(選挙区間の最大較差は1対4.98)に係る平成12年判決では,多数意見(10名)は平成10年判決と同様の見解を述べたのに対し,5名が違憲の立場から詳細な反対意見を述べた。

エ.平成16年大法廷判決

 平成13年7月29日施行の参議院議員通常選挙(選挙区間の最大較差は1対5.06)に係る平成16年大法廷判決では,多数意見(9名)は,平成12年改正法は,憲法が選挙制度の具体的な仕組みの決定につき国会に委ねた立法裁量権の限界を超えるものではなく,平成13年選挙当時においてその定数配分規定が憲法に違反するに至っていたということができないとの点では一致したものの,それ以上の共通の多数意見を形成することができず,その内の4名は,立法当初の選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の較差からはあまりにもかけ離れた較差を生じている現行の定数配分は,合憲とはいえないのではないかとの疑いが強い,とした上で,偶数配分制を維持しつつ,その改善を図ろうとするならば,選挙区として都道府県を唯一の単位とする制度の在り方自体を変更しなければならなくなることは自明のことである,として選挙制度を根本的に見直す必要性を説いている。また,6名は違憲であるとして,それぞれ詳細な理由を付した反対意見を述べている。

オ.平成18年大法廷判決

 平成16年7月11日施行の参議院議員通常選挙(選挙区間の最大較差は1対5.13)に係る平成18年大法廷判決では,多数意見(10名)は,選挙区間の較差が平成16年判決当時とそれ程大きく異なるものではないこと,平成16年判決から同選挙の施行日までの期間が約6か月にすぎず,選挙区間の選挙人の投票価値の不平等を是正するための期間として必ずしも十分なものでなかったこと等を挙げて合憲との判断を示したものの,国会において選挙区間における選挙人の投票価値の較差をより縮小するための検討を継続することが,憲法の趣旨に沿うものというべきであると述べ,また多数意見を構成する裁判官中5名がその補足意見において選挙制度の抜本的な見直しを求める意見を述べている。他方,5名の裁判官がそれぞれ詳細な理由を付して違憲の反対意見を述べている。

カ.平成21年大法廷判決

 平成19年7月29日施行の参議院議員通常選挙(選挙区間の最大較差は1対4.86)に係る平成21年大法廷判決では,多数意見(10名)は,参議院では,平成16年大法廷判決の指摘を受け,当面の是正措置を講ずる必要があるとともに,その後も定数較差の継続的な検証調査を進めていく必要があると認識され,平成18年改正はこうした認識の下に行われたものであり,また,選挙区間における議員1人当たりの最大較差は前回の選挙より若干縮小したことなどの理由から合憲との判断を示したものの,最大較差の大幅な縮小を図るには,現行の選挙制度の仕組み自体の大幅な見直しが必要なことは否定できず,国会において,速やかに投票価値の平等の重要性を十分に踏まえて適切な検討が行われることが望まれるとの意見を付した。また,多数意見を構成する裁判官中4名が,早期の根本的な是正措置の必要性を説く補足意見を述べている。他方,5名の裁判官が違憲の立場からそれぞれ詳細な反対意見を述べている。

(2) 国会の立法不作為の違法

 国会は,憲法により負託された立法裁量権を適正に行使すべき責務を負っている。殊に,選挙制度に関しては,国会が国権の最高機関たる由縁が,国会を構成する議員が国民の参政権の行使たる選挙によって選任されることにある以上,その参政権が適正に行使されるよう,その投票価値の平等について格段に意を払うべき責務があるものというべきである。
 ところが,前記のとおり,既に昭和37年施行の参議院議員通常選挙施行時において,選挙区間の議員1人当たりの選挙人数の最大較差が参議院発足時の2.62倍であったものが4倍を超えるに至り,以後恒常的に4倍台後半から5倍余(最大は6.59倍)で推移していたにもかかわらず,国会は,平成6年の公職選挙法改正までの間較差是正の為の立法措置は全くとらなかったのであって,その不作為は責められて然るべきである。また,選挙区選出議員選挙に関する平成6年,同12年,同18年の改正は,前述のとおり,大きな較差を若干減らすという効果のみを目的とした当面の弥縫策としか解し得ないものである。
 ところで,平成8年大法廷判決では,8名の多数意見は,平成4年選挙施行時の較差は,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じているものと説示し,1名の意見は一部違憲,6名の反対意見は違憲を説くものであった。国会としては,かかる大法廷判決がなされた以上,速やかに参議院の憲法上の位置付けをも踏まえて,既存の選挙制度を抜本的に見直し,国民の投票価値の平等をできる限り実現し,憲法上の違法評価を受けるおそれのない制度を,立法をもって構築すべき法的責務を負うに至ったものというべきである。
 もちろん,かかる選挙制度の見直しには,多面的な視点からの検討が不可欠であるから相当の時間を要することは已むを得ない。しかし,国会は,上記平成8年大法廷判決がなされても見直しに着手しなかった。その後の平成10年及び平成12年の大法廷判決も,それぞれ5名の,選挙は違憲であるとする無視できない数の反対意見を抱えた上で,多数意見も,較差は未だ違憲とまではいえないとする消極的合憲論に止まっていたのであり,平成8年大法廷判決が指摘した問題点はその後も主要な論点としてそのまま存在していたのである。かかる状態であったにもかかわらず,国会が漸く参議院の選挙区選出議員制度の見直しに着手したのは,平成16年大法廷判決の厳しい指摘を受けて,平成16年12月1日に参議院議長の諮問機関である参議院改革協議会の下に選挙制度に係る専門委員会が設けられてからである。
 しかし,同委員会の検討を踏まえてなされた結論も,前記のとおり当面の弥縫策としか評価し得ない,選挙区選出議員の4増4減を内容とする平成18年改正法として実現したに止まる。
 同改正後も,前記のとおり当審は平成18年及び平成21年の各大法廷判決において,早期の選挙制度の見直しの必要性について指摘しているにもかかわらず,本件選挙までの間,選挙制度の抜本的見直しに関する法案が国会に上程されることなく推移してきたのである。
 国民の参政権の基礎をなす投票権の平等という憲法上の重要な問題について,前記のとおり平成8年大法廷判決においてその問題の重要性を指摘され,更に,平成16年,平成18年,平成21年の各大法廷判決において選挙制度の根本的見直しの必要性を具体的に指摘されながら,本件選挙までその具体案を国会に上程することすらしない国会の対応は,国会に与えられた立法に係る裁量権を合理的に行使すべき責務を怠るものとして,その不作為に対して違法との評価をなさざるを得ないものである。

5.選挙無効の可否

 私は,平成21年判決反対意見において,平成19年選挙は違憲ではあるが事情判決の法理によるべきであるとの意見を述べた。しかし,違憲状態にあることが明らかであった平成19年選挙から本件選挙までの3年の間,選挙制度の改正について具体的な立法提案が何らなされることなく本件選挙に至っているのであって,国会の怠慢は,座視するに耐え難い程著しいものであるといわざるを得ず,事情判決を超えて選挙無効との結論を出すことも十分に考えられる状況にあると言える。
 ところで,従前の参議院議員選挙の大法廷判決における反対意見において,何名かの裁判官が選挙無効判決の可能性に言及しているが,結論的には事情判決の法理によるべきであるとしていて,選挙無効の判決をなした場合の効力について殆ど言及されていない。
 しかし,選挙無効との判断をなすに当たっては,その無効判決の効力及びその判決の効力が及ぶ範囲について検討する必要がある。
 投票価値の平等に反する違憲な状態の選挙区割りに基づいて行われる選挙は,その選挙それ自体が違憲・違法ということになる。その場合に,選挙訴訟が提起された選挙区以外の全ての当選人の当選を無効にすることは,その選挙により選出された議員が全て当初から議員としての資格を有しなかったことになる結果,既にその議員によって組織された参議院の議決を経て成立した法律等の効力についても問題を生じるという明らかに憲法の所期しない結果を生ずるのであって,かかる解釈を採るべきでないことは明らかである(衆議院議員選挙について事情判決の法理を採用した最高裁昭和49年(行ツ)第75号同51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁における多数意見参照)。
 そして,一般に投票価値の平等違反を理由とする選挙無効訴訟にも公職選挙法204条が適用されると解されており,本件訴訟もそれを前提として提起されたものである。同訴訟において選挙無効の判決がなされた場合には,訴訟の対象となった選挙区選挙における当選人が将来に向かってその地位を失うのであって,その議員がその地位を失うまでに参議院議員として関与した法律等の効力には影響を及ぼさないというべきである(前掲昭和51年大法廷判決の多数意見及び最高裁昭和56年(行ツ)第57号同58年11月7日大法廷判決・民集37巻9号1243頁における団藤重光,中村治朗裁判官の反対意見参照)。
 なお,選挙無効判決がなされた選挙区では,その判決によって失職した議員の欠員を補充するための選挙をなす必要があるところ,違憲状態のままではその選挙を施行することができない。しかし,その選挙区の違憲状態を解消するに足る立法上の措置をなすことによって,議員の欠員を補充するための選挙を行うことができるのであり,国会がその選挙に必要とされる法整備を怠るとすれば,そのこと自体の責任もまた政治的に厳しく問われることになるであろう。

6.選挙無効訴訟と当該選挙区における選挙人の権利侵害との関係

 選挙人が提起する選挙無効訴訟は,一般に客観訴訟の具体例と解されている。しかし,選挙無効訴訟であっても,公職選挙法204条に基づく選挙無効訴訟は,当該選挙区の選挙人たる原告が,その選挙区で選挙された当選人の当選の効力を争う訴訟である以上,その請求が認容されるためには,選挙人たる原告が,自らの選挙人としての権利が侵害されたことが必要であるというべきである。
 ところで,選挙区相互間の投票価値の不平等を理由とする選挙無効訴訟は,これ迄は専ら全選挙区相互間の選挙人の投票価値の較差を巡って争われ,選挙当時における各選挙区間の議員1人当たりの選挙人の較差が違憲であるとすれば,その影響は議員定数配分の全体に及び,違憲の範囲は不可分であるから,選挙無効訴訟の提起された選挙区における較差の程度は問題にならないと解する見解が有力であった。
 しかし,公職選挙法204条に基づき選挙人が提訴する選挙無効訴訟は,飽くまで当該選挙において選挙人の権利が,選挙の無効をもって応ずべき程度にまで実質的に侵害されたこと(以下,かかる状態を「実質的侵害」という。)を理由として認められるものであると解すべきであるから,当該選挙区における投票価値の較差が,議員1人当たりの選挙人の数が最も少ない選挙区と対比して憲法上求められる投票価値の平等を侵害するに至っているとまでは評価し得ない程度に止まる場合には,当該選挙人の権利が実質的に侵害されているということはできないものというべきである。
 したがって,かかる場合においては,全国の選挙区間の議員1人当たりの選挙人の数を対比した場合に,その投票価値の平等に著しい較差があって,その選挙を無効と評価すべき場合であっても,原告たる選挙人の属する選挙区における投票価値の較差が些程大きくなく,原告の選挙人として有する投票の権利それ自体が実質的に侵害されているといえない以上,かかる原告の請求は棄却されるべきことになる(なお,前掲昭和51年大法廷判決の岡原昌男裁判官外4名の反対意見は,選挙の効力に関して私見とは異なる立場ではあるが,各選挙区ごとにその較差に応じて選挙の効力を論じているのであって,参照されるべきである。)。
 なお,投票価値の較差を理由とする選挙無効判決の効力について上記のとおりの見解を採った場合,選挙無効の判決がなされるのはその較差が著しい選挙区に限られるところから,その判決により失職する議員数は限定される。それに加えて投票価値の較差の問題が生ずることのない比例代表選挙により選出される議員の総数及び半数の非改選議員の存在と相俟てば,投票価値の較差を理由とする選挙無効の判決がなされても,それによって参議院の機能が不全になるとの事態が生ずることは想定されないのである。
 そこで,本件についてみるに,上告人らの選挙区と議員1人当たりの選挙人の数の最も少ない選挙区との投票価値の較差は,参議院議員選挙法制定時の選挙区間の最大較差1対2.62を大きく上回る1対4.37に及ぶのであって,上告人らの選挙人として有する投票の権利が実質的に侵害されていることは明らかである。

7.選挙法改正への国会の動き

 多数意見にて述べるとおり,参議院議長の諮問機関である参議院改革協議会の下に,平成20年6月,従来の専門委員会とは別に改めて専門委員会が設置されて,平成20年12月9日から平成22年5月14日迄に6回の協議が行われた。その専門委員会での検討を踏まえて,上記参議院改革協議会において,同年7月に行われる通常選挙(本件選挙)に係る定数較差是正は見送り,平成25年に施行される参議院議員通常選挙に向けて選挙制度の見直しを行うこととされ,平成23年中に参議院選挙制度改革の公職選挙法改正案を国会に提出するとの工程表が了承された。
 ところで,本件選挙後,上記の選挙制度改革への動きは一旦止まったが,平成22年12月に参議院の正副議長と各会派代表による「選挙制度の改革に関する検討会」が設置され,西岡参議院議長は,同年12月,選挙区選出議員につき全国を9ブロックに分けた選挙制度試案を公表し,また平成23年4月には,その修正案を提案した。
 それらの提案を受けて各党でも種々の案が検討されていたが,西岡議長が死去したことにより,その論議は一旦中断した。そして,平成23年12月7日,平田健二参議院議長就任後初の選挙制度の改革に関する検討会が開催され,同検討会の下に各会派の実務者によって構成される選挙制度協議会が設けられ,平成23年12月14日以降数回の会議が開催された。
 そのような経緯を経て平成24年8月28日に,神奈川県と大阪府の両選挙区の選挙区選出議員を各2名増員し,他方,福島県と岐阜県の両選挙区の選挙区選出議員を各2名減員することを内容とする公職選挙法改正法案が国会に提出されたが,会期内に成立に至らず次の国会に継続審議となった。しかし,同案が成立しても選挙区内の最大較差はなお4.75倍に達しているのであって,上記のとおり当大法廷判決において繰り返し求めてきた選挙制度の抜本的な見直しとは程遠く,平成6年,平成12年及び平成18年の各改正と同様に,当面の弥縫策を更に繰り返すものにすぎないと評さざるを得ない(なお,同法案の附則には,「平成28年に行われる参議院議員の通常選挙に向けて,参議院の在り方,選挙区間における議員1人当たりの人口較差の是正等を考慮しつつ,選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い,結論を得るものとする。」との規定が設けられているが,前記のとおり,平成20年に設置された参議院改革協議会において,平成25年に施行される参議院議員通常選挙に向けて選挙制度の見直しを行うこととされ,その工程表まで作成されながら,それが反故にされて今回の提案に止まっていることからして,上記法案の附則がそのまま国会で可決されたとしても,そのとおりに実行されるかについて,なお疑念が残るといわざるを得ない。)。

8.まとめ

 以上検討したとおり,何らの合理的理由もなく選挙区間における投票価値が4倍を超えるという違憲状態が長期間に亘って継続し,かつ,その解消のための選挙制度の抜本的改正の必要性が最高裁判所大法廷判決によって繰り返し指摘されてきたにもかかわらず,その改正作業に着手することなく施行された本件選挙は,憲法に反する違法な選挙制度の下で施行されたものとして違法であるといわざるを得ない。そして,前回選挙以後も抜本的な選挙制度改革についての具体的な提案が国会に上程されるに至っていないという国会の著しい怠慢は座視するに忍びず,前回の選挙について事情判決によるべきであるとする意見と異なり,本件選挙については選挙無効の判決をなすべきではないかとも思慮される。
 しかし,本件選挙が平成21年大法廷判決から9か月余で施行されたこと,本件選挙に先立って参議院議長の諮問機関である参議院改革協議会の下に設けられた専門委員会において,平成22年5月に制度改革の工程表が示され,平成23年中に参議院議員改革の公職選挙法改正案を国会に上程することが定められるなど参議院選挙制度改革に向けた具体的な方針が提示されていた等の諸事情を考慮すれば,本件選挙については,なお事情判決の法理によって処理するのも已むを得ないものと思料する。
 なお,7項で述べたとおり,本件選挙以後の参議院選挙制度改革に向けた国会の動きは余りに緩慢であり,本件選挙前に目標とされた平成23年中に参議院議員選挙の抜本的改革を内容とする公職選挙法の改正案は上程されぬままに終わり,前述の平成25年参議院議員通常選挙までに上記改革を内容とする選挙制度の改正法案を提出することを目途とするとの工程表は完全に反故にされ,同通常選挙は上記の4増4減という当面の弥縫策を施した上での現行法の枠組みで実施することが提案されている。
 しかし,憲法違反の状態を放置し,司法からの繰り返しての警鐘に対しても何ら真正面から応答しない国会の姿勢をそのまま放置することは,到底認められるものではない。もし平成25年参議院議員通常選挙が上記のとおりの当面の弥縫策(選挙区間の議員1人当たりの最大較差1対4.75)を施した上で,現行法の枠組みの下で行われるならば,当審として選挙無効の判断をもって対処すべきものと考える。

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