平成24年司法試験予備試験論文式民事実務基礎
出題趣旨検討と参考答案

問題文及び出題趣旨は、こちら

事例処理型ではない多論点型

出題形式は、平成23年とほぼ同様だった。
シンプルな設問を、たくさん出してくる。
設問1(1)、(2)、設問2、設問3、設問4(1)、(2)。
合計で、6つの問いに答えることになる。
個々の設問は単発だが、設問の数が多い。
司法試験では珍しい、事例処理型ではない多論点問題である。
理由付けを、丁寧に示す余裕はない。
1問1答に近い感覚で、無駄なく答える必要がある。

実務基礎は、一般の法律科目より、試験時間が長い。
その一方で、解答用紙の枚数は、変わらない。
従って、紙幅不足にならないよう、慎重に構成した上で書き出すべきだった。

賢く配点を取りにいく

設問1(1)は、抗弁事実の主張として必要十分であること。
すなわち、過不足がない理由が問われている。
抗弁事実の記載自体を問わなかったのは、要件事実の暗記で差が付かないようにするためだろう。
逆に言えば、要件事実をさほど勉強していなくても、解答可能なようになっている。

本問のポイントは、解答に当たり留意すべき事項が指定されている点である。

(問題文より引用、下線は筆者)

 上記DからFまでの各事実について,抗弁事実としてそれらの事実を主張する必要があり,かつ,これで足りると考えられる理由を,実体法の定める要件や当該要件についての主張・立証責任の所在に留意しつつ説明しなさい。

(引用終わり)

実体要件と主張立証責任の所在。
これに留意せよ、と書いてある。
このような場合、その事項には確実に配点がある。
だとすれば、これは「留意」するのではなく、答案に「書く」べき事項である。
論文では、配点のある事項を明示してくれることは、ほとんどない。
そこが、論文の難しいところである。
何を書けば点になるのか、いつも迷う。
だからこそ、配点のあることが間違いない事項は、必ず書くべきである。
従って、本問では、相殺の実体要件と主張立証責任。
これは、露骨に項目を立ててでも、必ず書くべきだった。
このことから、他の設問より、本問に紙幅を割いた方が得策だ。
構成段階で、そう判断することになる。
ただ、そうは言っても、2ページまでが限度だろう。

冷静に順序だてて考える

内容的には、難しくない。
相殺の実体要件は、以下のとおりである。

1.相殺適状(505条1項)
(1)互いに同種目的の債務を負担する(自働債権と受働債権の存在)こと(本文)
(2)双方債務が弁済期にあること(本文)
(3)債務の性質上相殺が許されないものでないこと(ただし書)

2.相殺の意思表示(506条1項本文)

3.相殺禁止事由がないこと
(1)相殺禁止特約がないこと(505条2項本文)
(2)509条から511条までの相殺禁止事由に当たらないこと
(3)自働債権に抗弁が付着していないこと

これは、人によっては、もう覚えてしまっているだろう。
覚えていなくても、現場で条文を引けばなんとかなる。

このうち、Yが主張立証責任を負う事実。
それが、抗弁事実として主張すべき事実である。
もっとも、これはゼロから考える必要がない。
問題文に、もう答えが書いてあるからである。

(問題文より引用、下線は筆者)

(1) 別紙【Yの相談内容】の第3段落目の主張を前提とした場合,弁護士Qは,適切な抗弁事実として,次の各事実を主張することになると考えられる。

D Yは,平成22年10月頃,甲建物の屋根の雨漏りを修理したとの事実
E Yは,同月20日,Dの費用として150万円を支出したとの事実
F Yは,Xに対し,平成23年6月2日頃,D及びEに基づく債権と本件未払賃料債権とを相殺するとの意思表示をしたとの事実

 上記DからFまでの各事実について,抗弁事実としてそれらの事実を主張する必要があり,かつ,これで足りると考えられる理由を,実体法の定める要件や当該要件についての主張・立証責任の所在に留意しつつ説明しなさい。

(引用終わり)

抗弁事実としては、DからFまでを主張するのが正解である。
これは、問題文から明らかだ。
だから、後は現場で理由だけ考えれば足りる。

DとEは、必要費を支出したという事実だろう。
雨漏りの修理は、建物の維持、保存のためであって、価値を増加させるものではない。
そして、必要費は、直ちに請求できる(608条1項)。
そうすると、これは自働債権の発生と弁済期到来を意味する。
Fは、相殺の意思表示だとすぐにわかる。
解除前であるという時的要素も、実は重要である。
ただ、これはここで書かなくても、合否には影響しない。
内容的には、設問3のところで説明する。

さて、そうすると、上記以外の要件は、主張を要しない。
順番にみていく。
1(1)及び同(2)のうち、受働債権の存在と弁済期到来は請求原因でXが既に主張している。
だから、Yは重ねて主張しなくてよい。

※一般に、受働債権の弁済期は、期限の利益を放棄すれば主張不要だと説明される。
しかし本問では、期限の利益を放棄するまでもなく、既に弁済期到来をXが主張している。

1(3)は、一般に、主張するまでもなく明らかだから主張は不要と説明されている。
本問でいえば、賃料と費用償還だから、性質上相殺を許さない債権ではない。
このことが明らかだから、別途主張する必要はない、ということになる。

※性質上相殺を許さない債権とは、どのようなものか。
例えば、50回分の肩たたき券を相互に発行したとする。
これは、同種目的の債権である。
しかし、これはお互いに肩たたきをしてもらわないと、実益を得られない。
だから、このような債権は、性質上相殺を許さないとされる。

3については、法律要件分類説からは、Xが主張立証すべき事実(再抗弁)である。
従って、Yは主張立証責任を負わないから、抗弁事実として主張を要しない。
(なお、相殺禁止事由のうち事実ではなく法解釈の問題(例えば差押禁止債権該当性)については、そもそも主張を要しない。)

以上から、DからFまでで必要十分であることがわかる。
後は、これをコンパクトに答案で説明すれば足りる。
とはいえ、油断すると、あっという間に2頁くらいになる。
うまく端折って書く必要があった。

問題文から素直に答えを出す

設問1(2)は、【Yの相談内容】に答えが書いてある。

(問題文より引用、下線は筆者)

 また,万が一相殺が認められなかったとしても,私は,Xが甲建物の修理費用を払ってくれるまでは,甲建物を明け渡すつもりはありません

(引用終わり

これをみれば、留置権だとわかる。
費用償還請求で留置できるのは、短答知識である(大判昭14・4・28)。
それを端的に記載するだけの問題だった。

(出題趣旨より引用、下線は筆者)

 設問1は,Yの相談内容に基づき,相殺の抗弁と留置権の抗弁の検討を求めるものである。

(引用終わり)

ここで信頼関係不破壊の抗弁を書いた人は、問題文を読まないか、言い分形式に慣れていない人である。
【Yの相談内容】には、信頼関係について何ら言及がない。
従って、「【Yの相談内容】を前提」とする問題文の趣旨にはそぐわない。
これを書けば、評価を落とす。

同時履行の抗弁を考えた人もいただろう。
しかし、同時履行にはならない。
対価関係にないからである。
賃貸借における対価関係は、賃料と使用収益の間にある(601条)。
賃料の対価として、使用収益をさせてもらう。
使用収益させる対価として、賃料を払ってもらう。
この関係が、賃貸借の双務性の本質である。
しかし、費用償還請求には、そのような関係はない。
明渡しの対価として、費用を償還するのではない。
費用償還の対価として、明け渡してもらうのでもない。
また、賃料債務と、使用収益させる債務は、賃貸借契約によって発生する。
しかし、費用償還請求の発生原因は、必要費又は有益費の支出それ自体である。
賃貸借契約によって、発生するとはいえない。
608条は賃貸借の条文だから、賃貸借によって発生するのではないのか。
そう思うかもしれない。
しかし、そもそも608条は、196条の特則である。
そして、196条は、不当利得の特則とされる。
すなわち、必要費又は有益費に係る価値が物の返還によって利得になる。
だからその部分を返還すべきだ、というのが、そもそもの趣旨である。
そうである以上、608条は償還請求権の発生原因を定める規定ではない。
返還時期等について賃貸借関係に伴う異なる取扱いを定める趣旨に過ぎない。
そうである以上、賃貸借契約を発生原因とする双務的な債権債務とみることはできない。

本問の問題文からも、同時履行とならないことは読み取れる。
仮に、本問の必要費償還請求が賃借人の債務と同時履行の関係にあるとしよう。
そうすると、そもそも支出の時点で、賃料債務と同時履行になるはずである。
だとすれば、賃料不払が債務不履行を構成しない。
従って、必要費の支出さえ主張立証すれば、解除の効果を否定できる。
これは、本問D及びEの主張だけで足りることを意味する。
同時履行の存在効果により、権利主張は要しないからだ。
そうなると、Fの主張まで必要な相殺の抗弁は、過剰主張(a+b)である。

※同時履行の抗弁は、一般に権利抗弁とされる。
拒まずに履行するという選択肢があるからだ。
これに対し、債務不履行解除の場面では、拒まないという選択肢はない。
解除は一方的な単独行為であり、債務者の意思を問う機会がない。
だから、解除の時点で同時履行の反対債務が未履行であれば、債務者意思に関係なく、解除はできない。
従って、この場面では、権利主張を要しない。
それはすなわち、同時履行関係の存在自体に、一定の効果があることを意味する。
そのために、この場面では、同時履行に存在効果がある、と説明される。
このような存在効果が生じる場面として、他に相殺される場合がある。
この場合も、相殺が一方的な単独行為で、債務者の意思を問う機会がないからである。

本問では、相殺の抗弁が正しい抗弁事実として展開されている。
そうである以上、やはり必要費償還請求は、同時履行でない。
ややマニアックであるが、そのような判断の仕方もあった。

「端的に記載」の意味

問題文には「抗弁の内容を端的に記載」と書いてある。
そのため、以下のように書いた人が、結構いたようだ。

2.設問1(1)

 留置権の抗弁。

いくらなんでも、これではダメだろう。
権利抗弁であることを前提に、記載すべき抗弁の内容を答えるべきである。
「Eの必要費に相当する150万円の支払を受けるまで、甲建物を留置する」くらいは必要だったのではないか。
ただ、要件事実のテキストにも、留置権の抗弁の記載例のあるものは少ない。
結果的に、差が付く要素にはならなかった。
とはいえ、例えば対抗要件の抗弁などは、どのテキストにも大体触れてある。
その場合は、評価を落とす要因になり得るので、注意すべきである。

二段の推定ではない

設問2は、民訴法からの出題である。
本人の署名であれば、228条4項の推定が生じる。
だから、その点を争う趣旨なのか確認する。
これを指摘できるか。
それだけを問う問題だった。

(出題趣旨より引用)

 設問2は,作成者名義の署名がある私文書の成立の真正に関して,民事訴訟法第228条第4項の理解を問うものである。

(引用終わり)

本問の隠れたポイントは、二段の推定を書かない、ということだ。
二段の推定は、押印に関する推定である。

最判昭39・5・12より引用、下線及び※注は筆者)

 民訴三二六条(※現228条4項)に「本人又ハ其ノ代理人ノ署名又ハ捺印アルトキ」というのは、該署名または捺印が、本人またはその代理人の意思に基づいて、真正に成立したときの謂であるが、文書中の印影が本人または代理人の印章によつて顕出された事実が確定された場合には、反証がない限り、該印影は本人または代理人の意思に基づいて成立したものと推定するのが相当であり、右推定がなされる結果、当該文書は、民訴三二六条にいう「本人又ハ其ノ代理人ノ(中略)捺印アルトキ」の要件を充たし、その全体が真正に成立したものと推定されることとなる。

(引用終わり)

従って、署名しかない本問では、問題にはなり得ない。
冷静に考えれば、これはすぐに気付く。
しかし、条件反射で書いてしまった人も、結構いただろう。
そういう人を、ふるい落とす問題といえる。

なお、本人の署名であることは争わないという場合。
その場合に、証拠調べをすることなく228条4項を適用してよいのは、なぜか。
自白は主要事実にしか成立しないという立場からは、これは自白ではない。
厳密には、これは論点である。
当事者拘束力は生じないが、不要証効の限度で自白が成立する。
自白は成立しないが、弁論の全趣旨から本人の署名であると認定してよい。
そういった説明があり得る。
しかし、本問では、そういったことを一々説明する必要はないだろう。
その紙幅の余裕はない。
出題趣旨にも、弁論主義との関係は、全く挙がっていない。

請求原因→抗弁→再抗弁の構造で検討できているか

設問3は、本問では最も難しい。
整理した要件事実と認定事実から、結論となる判決を導く作業をさせる問題である。
このタイプの問題は、旧試験も含めてこれまで一度も出題されたことがない。
そのため、どう考えていけばよいかわからなかった。
そういう人は、多かっただろう。
もっとも、一度理解してしまえば、それほど難しい作業ではない。

要件事実とは、何のために整理するのか。
それは、どの順序で証拠調べをする必要があるのか。
それを、確定する作業である。
認定事実は、上記証拠調べの結果である。
従って、要件事実の整理に沿って結果を照合すれば足りる。
すなわち、請求原因→抗弁→再抗弁の順で、検討していけばよい。

(出題趣旨より引用、下線は筆者)

 設問3は,要件事実の整理と事実認定の結果を踏まえて,請求原因・抗弁・再抗弁がそれぞれどのように判断され,どのような主文が導かれるかの検討を求めるものである。その際には,各認定事実が設問1の各抗弁とどのように関係するのかを簡潔に説明することが求められる。

(引用終わり)

まず、請求原因はどうか。
請求原因@からCまでのうち、A及びBに含まれる平成23年4月28日の経過。
これは、顕著な事実であるから、証明を要しない(179条)。
では、その他の点についてのYの認否は、どうか。

(問題文より引用、下線は筆者)

【Yの相談内容】

 X所有の甲建物に関する本件契約の内容や,賃料の未払状況及び賃料支払の催告や解除の意思表示があったことは,Xの言うとおりです

(引用終わり)

いずれも、認めている。
(賃料の未払状況は、弁済が抗弁となるので、認否には含まれない。)
従って、自白が成立する。

次は、抗弁の検討である。
抗弁は、2つあった。
相殺と、留置権である。

まず、相殺から検討してみる。
抗弁事実DからFまでに対する、Xの認否はどうか。

(問題文より引用、下線は筆者)

【Xの相談内容】

 ・・Yは,甲建物を修理したので,その修理費用と本件未払賃料とを対当額で相殺したとか,甲建物の修理費用を支払うまでは甲建物を明け渡さない等と言って,明渡しを拒否しています。Yが甲建物の屋根を修理していたこと自体は認めますが,甲建物はそれほど古いものではありませんので,Yが言うほどの高額の費用が掛かったとは到底思えません。また,Yは,私に対して相殺の意思表示をしたなどと言っていますが,Yから相殺の話が出たのは,同年7月1日に私が解除の意思表示をした後のことです。

(引用終わり)

Dは、認める。
Eは、否認。
Fは、平成23年6月2日頃という意思表示の時点につき否認、その余は認める。
こういうことになる。
そうすると、Eにつき証拠調べが必要となる。
では、Fの相殺の意思表示のされた時点は、どうか。
仮に、解除の後であっても相殺の抗弁が立つなら、証拠調べを要しない。
結論に影響しないからである。
相殺の遡及効(506条2項)からすれば、成り立ちそうな考え方である。
すなわち、遡及効によって、解除の時点では債務不履行はなかったことになる。
(相殺適状は必要費を支出した平成22年10月20日に生じるから、解除の意思表示のされた平成23年7月1日より前である。)
そうすると、たとえ相殺の意思表示が解除の意思表示の後であっても、影響しない。
現場でこのように考えた人も、いただろう。

しかし、そのように後から法律関係をひっくり返すことまで認めてよいのか。
上記の考え方だと、Xが必要費を支払った場合にも、相殺できることになりかねない。
すなわち、Yが必要費を支出した後、Xが償還に応じて弁済する。
ところが、Yが後から相殺した。
この場合、相殺適状時に遡って必要費償還請求権は消滅する。
だから、その後にされたXの弁済は、無効(非債弁済)である。
こうなってしまうだろう。
これは、おかしなことである。
また、508条(時効消滅後の相殺)は、注意規定ということになってしまうだろう。
相殺適状後に自働債権が時効消滅しても、相殺適状時に遡るなら、時効消滅はなかったことになる。
すなわち、508条がなくても、相殺適状後の時効消滅は相殺を妨げないからだ。
これも、おかしな話である。

そもそも、相殺の遡及効の趣旨は、両債権に係る遅延損害金の問題を生じさせない点にある。
遡及効は、その限度で認めればよい。
上記のような、何もかも法律関係を覆滅させる効果はない。
判例も、同様に考えている。

最判昭54・7・10より引用、下線は筆者)

 相殺適状は、原則として、相殺の意思表示がされたときに現存することを要するのであるから、いつたん相殺適状が生じていたとしても、相殺の意思表示がされる前に一方の債権が弁済、代物弁済、更改、相殺等の事由によつて消滅していた場合には相殺は許されない(民法五〇八条はその例外規定である。)、と解するのが相当である。

(引用終わり)

このような考え方からは、解除の効果も、同様である。
相殺によって、後から効力を否定されることはない。

最判昭32・3・8より引用、下線は筆者)

 相殺の意思表示は双方の債務が互に相殺をなすに適したる始めに遡つてその効力を生ずることは、民法五〇六条二項の規定するところであるが、この遡及効は相殺の債権債務それ自体に対してであつて、相殺の意思表示以前既に有効になされた契約解除の効力には何らの影響を与えるものではないと解するを相当とする。

(引用終わり)

以上のように考えると、相殺と解除の意思表示の先後。
これが、重要になってくる。
相殺の意思表示が先なら、解除は認めらない。
従って、明渡しを拒める。
他方、解除の意思表示が先なら、相殺しても解除の効力は否定できない。
従って、明渡しは拒めない。
すなわち、抗弁となるか否かの結論を分ける。
本問では、解除の意思表示の時点につき、Yは争っていない。
そうすると、相殺の意思表示の時点につき、証拠調べを要するということになる。

証拠調べの結果は、問題文に示されている。

(問題文より引用、下線は筆者)

 EからGの各事実の有無に関する証拠調べが行われたところ,裁判所は,Eの事実については,Yが甲建物の屋根の修理費用として実際に150万円を支払い,その金額は相当なものである,Fの事実については,相殺の意思表示はXによる本件契約の解除の意思表示の後に行われた,Gの事実については,XはYに屋根の修理費用の一部として30万円を支払ったとの心証を形成するに至った。

(引用終わり)

相殺の意思表示は、解除の意思表示の後だった。
すなわち、抗弁成立に必要な事実のうち、Fの点を欠いている。
従って、相殺の抗弁は、成立しない。

では、留置権の抗弁は、どうか。
留置権の抗弁の抗弁事実は、問題文上明示されていない。
しかし、295条1項をみれば、以下の2つはすぐにわかる。

1.留置すべき物の占有
2.物に関して生じた債権

これに加えて、権利抗弁であることから、権利主張を要する。
ただ、これは設問1(2)で答えたことであるから、重ねて検討する必要はない。

上記1の占有は事実概念であるから、現在の占有を意味する(現占有説)。
占有取得原因(請求原因@の引渡し)では足りない。
もっとも、【Xの言い分】をみても、これを争う趣旨はうかがわれない。
従って、擬制自白としていいだろう。

上記2は権利関係であるから、発生原因事実を主張立証すればよい。
本問では、これはD及びEに当たり、これは重ねて主張立証を要しない。
以上から、留置権の抗弁事実は、認められることになる。

では、再抗弁はどうか。
これは、【Xの言い分】によれば、弁済による留置権消滅である。

(問題文より引用、下線は筆者)

【Xの言い分】

 甲建物はそれほど老朽化しているというわけでもないのですから,雨漏りの修理に150万円も掛かったとは考えられません。Yは修理をしたと言いながら,本件訴えの提起までの間に,私に対し,修理に関する資料を見せたこともありませんでした。そこで,実際に,知り合いの業者に尋ねてみたところ,雨漏りの修理程度であれば,せいぜい,30万円くらいのものだと言っていました。そこで,私は,Yとの紛争を早く解決させたいとの思いから,平成23年8月10日,Yに対して,修理費用として30万円を支払っています

(引用終わり)

Xの主張では、修理費用は30万円であった。
その全額を支払ったから、必要費償還請求権は消滅している。
従って、留置権も消滅した。
これが、再抗弁ということになる。

しかし、認定事実によれば、修理費は150万円。
Xの30万円の支払は、その一部であった。
そうなると、これだけでは留置権は消滅しない。
留置権には、不可分性(296条)があるからである。
だから、主張は失当、となりそうである。

ところが、そうではない。
Yは、賃料と必要費償還請求を相殺している。
従って、120万円分は既に相殺により消滅している。
だとすると、残りは30万円。
これについては、弁済の事実が認められている。
結局、必要費償還請求権は、全て消滅。
附従性から、留置権も消滅する。
従って、再抗弁が成り立つということになる。
結論は、請求棄却となる。

再抗弁において相殺を考慮してよいのか。
疑問に思うかもしれない。
まず、Yの抗弁として主張された相殺を、Yに不利な場面で使ってよいのか。
これは、主張共通の場面であり、認められる。
弁論主義は、裁判所と当事者の訴訟資料提出責任の分担の問題である。
当事者によって提出された以上は、裁判所がこれをどう評価するか。
それは裁判所の自由心証の問題である。
従って、提出した当事者の有利にも不利にも用いられる。
次に、相殺の抗弁が認められなかった以上、相殺の効力は生じないのではないのか。
これは、訴訟上の形成権の法的性質論である。
新併存説によれば、抗弁として認められなければ、私法上の効力も生じない。
そうなりそうである。
しかし、これは訴訟上の行使の場合である。
本問は、明らかに訴外で行使した場合だ。

(問題文より引用)

【Yの相談内容】

 ・・Xは,図図しくも,平成23年4月になって未払分の賃料の支払を求めてきたものですから,しばらく無視していたものの,余りにもうるさいので,最終的には,知人のアドバイスを受けて,同年6月2日頃,Xに対し,甲建物の修理費用と本件未払賃料とを相殺すると言ってやりました

(引用終わり)

だから、訴訟上の形成権行使の問題ではない。
相殺の私法上の効力は、抗弁の成否によって妨げられることはない。
ここで誤解してしまい、引換給付と答えた人が多かったようだ。

以上のことを、整理してコンパクトに答案に書く。
なかなかに、しんどい作業である。
正確に答えた人は、ほとんどいない。
そもそも、検討の枠組みを捉えられている人が、皆無に近かった。
難しすぎて、差が付かなかった。
結果的には、適当に短く書いた人が、得をしたという感じだ。
ただ、今後同じような設問が出た場合には、検討の枠組み。
すなわち、請求原因、抗弁、再抗弁という順序で検討する。
これを守っていれば、他の人と差を付けることができるだろう。

法曹倫理は現場思考で短くまとめる

昨年に続いて、今年も法曹倫理が出題された。
守秘義務に関する出題である。
もっとも、全く勉強していなくても、十分対応できた。

問題文をみたときに、「共同法律事務所」とある。
添付されている弁護士職務基本規程の目次をみると、第7章に「共同事務所における規律」がある。
これをみれば、56条の問題だ、と気付くことができた。

あとは、「秘密」と「正当な理由」を当てはめて終わりである。
ただ、本問は小問が2つある。
また、設問1と3で、結構紙幅を奪われる。
そのため、ほとんど何も書けない。
本来は、趣旨→規範→当てはめの順で丁寧に書きたい。
しかし、その余裕はない。
いきなり当てはめになっても、やむを得ないだろう。
実戦的には、設問3を捨てて短く書く。
そして、設問4を趣旨から丁寧に書く。
そういう作戦も、有効だった。
その場合は、趣旨と規範を現場で考え、当てはめていけばよい。
例えば、「弁護士の信頼確保」を趣旨とする。
その上で、「一般に開示すれば依頼者の信頼を損ねる事項」を、秘密の意義とする。
さらに、「信頼確保の要請を考慮してもやむを得ない場合」を正当な理由の規範とする。
趣旨とリンクさせるのが、ポイントである。
この程度であれば、簡単に思いつくだろう。

本問は、法曹倫理をそれなりに勉強していても、差が付かない。
テキスト等にあまり記述のないところが、問われているからである。
守秘義務自体は、どのテキストにも記述がある。
しかし「正当な理由」については、依頼者の承諾や依頼者に訴えられた場合。
この当たりが、典型例として書いてある。
しかし、本問のような場合は、どうなのか。
手がかりになる基準すら、あまり触れられていない。
結局は、現場思考ということになってしまう。
平成23年もそうだったが、勉強しても成果につながらない。
法曹倫理は、そういう科目になっている。

なお、弁護士法23条は、厳密には直接関係がない。

(弁護士法23条)

 弁護士又は弁護士であつた者は、その職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負う。但し、法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。

大いに関係があるじゃないか。
そう思うかもしれない。
しかし、上記の「職務上」とは、弁護士自身の職務を指す。
従って、本問のような共同事務所の他の弁護士の職務に関して知った秘密は含まない。
弁護士職務基本規程56条は、これを拡張した規定である。

(弁護士職務基本規程56条)

 所属弁護士は、他の所属弁護士の依頼者について執務上知り得た秘密を正当な理由なく他に漏らし、又は利用してはならない。その共同事務所の所属弁護士でなくなった後も、同様とする。

「職務上」と「執務上」を使い分けている。
自分の職務上知り得た秘密でなく、「執務上」知り得た他の所属弁護士の依頼者の秘密。
これについても、守秘義務を負う。
「職務上」ではなく、「執務上」とされているのは、そのような趣旨である。
従って、本条に違反しても、直ちに弁護士法23条違反とはならない。
もっとも、出題趣旨には、弁護士法23条にも留意せよとある。

(出題趣旨より引用、下線は筆者)

 設問4は,弁護士倫理の問題であり,弁護士職務基本規程第56条と弁護士法第23条に留意して検討することが求められる。

これは、小問(2)との関係である。
小問(2)では、既に弁護士登録を抹消している。
すなわち、「弁護士」ではない。
にもかかわらず、規程56条の守秘義務を負うのか。
同条後段は、次のように規定している。

(弁護士職務基本規程56条)

 所属弁護士は、他の所属弁護士の依頼者について執務上知り得た秘密を正当な理由なく他に漏らし、又は利用してはならない。その共同事務所の所属弁護士でなくなった後も、同様とする

共同事務所を辞めても、守秘義務は負う。
そのことは、明らかである。
だが、さらに進んで弁護士ですらなくなった場合は、どうか。
その点は、はっきりしない。
ここで、弁護士法23条を参照するわけである。

(弁護士法23条)

 弁護士又は弁護士であつた者は、その職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負う。但し、法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。

同条は、弁護士でなくなっても、守秘義務を負う旨明記している。
その趣旨は、弁護士でなくなった後でも、秘密を漏らせば弁護士に対する信頼が害される点にあるだろう。
このことは、規程56条の場合も同様ではないか。
だとすれば、「所属弁護士でなくなった後」には、弁護士でなくなった場合も含まれる。
そう解釈することが可能である。
上記のような意味で、弁護士法23条を援用すべきである。
もっとも、実際には、上記のようなことは、ほとんど評価に影響はない。
普通に弁護士法23条にも違反すると書いても、評価を下げることはなかったようだ。

当てはめのポイントとしては、2つある。
一つは、秘密開示の必要性の差異である。
小問(1)は、契約書の検討を依頼されている。
これは、契約書の文言等に不備がないかが主な内容となる。
R社の信用状況を調査し、報告するという内容ではない。
これに対し、小問(2)は、保証の諾否を取締役会で検討する場面である。
この場合は、R社の信用状況も、当然検討の対象となるだろう。
(代表)取締役の忠実義務からすれば、黙ってT社に損害を生じさせるのは、いかがなものか。
上記の違いを強調して、小問(1)は規程56条に違反し、小問(2)は「正当な理由」がある。
そういう考え方は、あり得るところである。
他方、小問(2)も同様だ、と考える方向性もある。
取締役は、確かに忠実義務を負っている。
しかし、それは守秘義務に係る秘密の開示まで要求するものか。
そうではないだろう。
一見すると、知っていて黙っているのは背信的なようにも思える。
ただ、特殊な関係によって知り得た秘密を基礎に経営判断をするというのは、普通ではない。
T社としては、Aの知り得た秘密によらずとも、R社の信用調査をするのは、当然のことである。
通常の信用調査によってR社が倒産しそうだとわかれば、保証には応じないだろう。
Aの秘密開示がなければ、T社の利益が直ちに害される、という状況ではない。
そういうことからすれば、なお守秘義務が守られるべきだ。
そう考えれば、正当の理由はない、ということになるだろう。
このような忠実義務と守秘義務の関係が、もう一つのポイントだった。

実際のところ、小問(2)は、これだけではまだ正当な理由ありとはいえないと思う。
R社が積極的隠蔽工作や帳簿の虚偽記載をし、それが明白に犯罪に該当する。
そういった事情があれば、正当な理由が認められそうである。
しかし、本問ではそこまでの事情はない。
とはいえ、試験の評価としては、結論はどちらでもよいだろう。

合否を分けるのは

本問は、設問3が極端に難しい。
マトモに解答できた人は、ほとんどいなかった。
そのため、ここでは差が付きにくい。
他方、設問2と4は、大体誰もが同じようなことを書く。
これも、逆の意味で差が付かない。
そのため、差が付いたのは、設問1だった。
特に、実体要件と主張立証責任の所在。
これを、きちんと答案に示したか。
これが、合否を分けるポイントとなっている。
民訴でも指摘したが、問題文を的確に読むこと。
それによって、どこに配点があるかを把握する。
そして、そこだけは絶対にきちんと書く。
これは、単に基本書等を読んでいても、身に付かない。
また、予備校の答練でも、本試験ほど露骨なものは少ない。
過去問を分析して、そういう出題傾向を知っておく必要がある。
勉強量には自信があるのに、なぜか成績が伸びない。
そういう人は、上記の観点から、問題文の読み方を考え直してみるとよい。

【参考答案】

第1.設問1

1.小問(1)

(1)相殺の実体要件

 相殺適状(民法505条1項)、相殺禁止事由(同条2項本文、509条から511条まで)の不存在及び相殺の意思表示(民法506条1項前段)である。

(2)各要件の主張立証責任

 主張立証責任の分配は、法規の規定の仕方を基本とする(法律要件分類説)から、相殺適状及び相殺の意思表示につき、相殺の効果を主張するYが主張立証責任を負い、相殺禁止事由の存在のうち事実主張を要するものは、Xが主張立証責任を負う。

(3)DからFまでの主張で必要十分である理由

 雨漏りの修理費用は、建物の維持、保存の費用であるから必要費である。その償還義務の弁済期は、支出により直ちに到来する(民法608条1項)。また、受働債権の存在及び弁済期到来は、請求原因において既に主張されている。そうすると、D及びEは、相殺適状を基礎付ける事実である。そして、Fは相殺の意思表示を基礎付ける事実である。なお、Cにおいて解除の主張が既に顕れており、解除の効力を否定するためには相殺の意思表示が解除の意思表示の前であることを要する(判例)から、相殺の意思表示が平成23年6月2日頃された旨のFの記載は、単に特定のための時的因子ではなく、解除の意思表示よりも前であることを示すために必要な時的要素である。
 そうすると、DからFまでは、Yが主張責任を負う事実として過不足がないから、主張すべき抗弁事実として必要かつこれで足りる。

2.小問(2)

 被告は、Eに係る必要費相当額150万円の金員の支払を受けるまで、甲建物を留置する。

第2.設問2

1.署名が丙川のものであることを争う趣旨か否か、否認理由を確認すべきである(民訴規則145条)。

2.なぜなら、Xがこれを争うなら民訴法228条4項の適用を求めるYにおいて、署名を丙川がした事実を立証すべきことになるのに対し、Xがこれを認めて争わない場合には、民訴法228条4項の適用により本件領収書の成立の真正が推定される結果、Xにおいて署名以外の部分の偽造等を主張立証して推定を覆すことを要するからである。

第3.設問3

1.結論

 原告の請求を棄却する。

2.理由

(1)請求原因事実

 いずれもYの自白が成立し、又は顕著な事実である(民訴法179条)。

(2)抗弁事実

ア.相殺の抗弁

 解除の意思表示の後に相殺の意思表示がされたとの認定事実から、Fの時的要素を欠く。

イ.留置権の抗弁

 抗弁事実のうち、Yの現占有についてはXが争うことを明らかにせず(民訴法159条1項本文)、Dの事実に自白が成立し、Eの事実を認定できることから、占有物に関して生じた債権の発生原因事実が認められる。

(3)再抗弁(留置権の抗弁に対して)

 Xによる30万円の支払の主張は、留置権消滅をいうものであるが、修理代金は150万円であったと認定できるから、これは一部支払に過ぎない。
 一般に、留置権の不可分性(民法296条)から、被担保債権の一部支払のみでは主張として失当であるが、本問では既に相殺の意思表示が顕れている(事実F)から、これと併せて考慮すると、必要費償還請求権は全て消滅することになり、留置権も消滅する(附従性)。

(4)以上から、上記1の結論となる。

第4.設問4

1.小問(1)

 Aの助言は、弁護士職務基本規程56条前段に違反する。
 なぜなら、他の所属弁護士Bの依頼者であるR社の経営状況は同社の信用に関わるから、同条所定の秘密に当たり、Sの依頼は契約書の検討であって信用調査ではなく、Aが敢えてR社の信用状況につき助言する必要もない以上、秘密を開示する正当な理由はないからである。

2.小問(2)

 Aの発言は、弁護士職務基本規程56条に違反する。
 なぜなら、同条後段には弁護士登録抹消の場合をも含む(弁護士法23条「弁護士であった者」参照)と解されるから、Aはなお所属弁護士と同様の守秘義務を負い、他方でAはT社の代表取締役でもあるが、取締役に期待されるのは一般的な経営能力であって守秘義務に係る秘密開示ではない以上、忠実義務(会社法355条)との抵触は生じないから、秘密を開示する正当な利益はないからである。

以上

戻る