平成24年司法試験予備試験論文式刑事実務基礎
出題趣旨検討と参考答案

問題文及び出題趣旨は、こちら

再び犯人性を訊いてきた

第1回予備試験の刑事実務では、犯人性の認定が問われた。
これは、予想外であった。
ただ、当時は、これが傾向として続くのかは疑問だった。
このときは、近接所持の法理が問われていた。
これは、刑事事実認定のテキスト等で、必ず触れられるような事項である。
同様のものとして、殺意や共謀の認定などがある。
それが理由で、犯人性が問われたのではないか。
だとすれば、今後は、必ずしも犯人性がメインにはなりにくい。
殺意や共謀が問われるなら、それは構成要件該当性の問題になるからである。
実際、第1回の予備でも、占有の当てはめが問われていた。
今後事実認定が問われるとしても、構成要件該当性が出やすいのではないか。
また、第1回では、刑事手続が問われなかった。
しかし、コアカリキュラムの刑事実務基礎(PDF)の記述は、大半が刑事手続である。
むしろ、今後はこちらの方が出題されやすいのではないか。
そう予想していた。

ところが、今回もまた、設問1で犯人性を訊いてきた。
しかも、前回以上に複雑な事実関係から、認定させようとしている。
設問2で刑事手続が問われているが、比重はとても小さい。
事例のほとんどは、設問1のためのものである。
すなわち、犯人性の認定をメインで訊いてきた。
前回に引き続き、今回も、予想外の出題だったといえる。

刑事手続についても手を抜かない

今回の出題から、以下のような仮説が考えられる。
刑事実務基礎では、刑法や刑訴との重複を避ける傾向がある。
構成要件該当性の認定は、刑法と重複する。
刑事手続は、刑訴と重複する。
だから、犯人性の認定が問われたのだ。
だとすれば、今後も今回のような傾向が続く。
すなわち、毎年のように犯人性の認定がメインで問われる。
これはこれで、一応ありそうな仮説である。

一方で、以下のような仮説も考えられる。
考査委員は当初、犯人性を続けて出すつもりはなかった。
本当は、刑事手続をメインで出したかった。
しかし、前回の犯人性の認定の出来があまりに悪かった。
そのため、きちんと学習するよう促す意味で、今回は犯人性をメインで出した。
今回、その役割は果たしたので、次回以降は刑事手続もメインにする。
従って、次回以降は、犯人性だけでなく、刑事手続もメインで出題される。
これも、ありそうな仮説である。
考査委員は、予備校の対策の裏をかくのを好む。
今回の出題で、予備校の答練等では、犯人性の認定ばかりが出題されるだろう。
そこで、逆に刑事手続をメインで出す。
考査委員のやりそうなことである。

上記の仮説は、どちらもありそうだ。
そうだとすれば、両方手を抜かずにやるよりない。
今回の出題を受けて、予備校等の対策は、犯人性の認定に偏るだろう。
そのため、刑事手続は手薄になりやすい。
刑訴の学習で、一応刑事手続は学習するが、公判の分野は論文の出題頻度が低い。
そのため、刑訴の学習でも、手薄になりがちだ。
公判前整理手続や、公判審理の手続の手順、趣旨等について、改めて確認しておくべきである。

とにかく最判平22・4・27を挙げる

設問1は、犯人性の認定を訊いている。
甲の自白はなく、直接甲が犯人であるとする目撃証言もない。
従って、直接証拠型ではなく、間接事実型の立証を考えることになる。

この場合に参照すべきは、最判平22・4・27である。

最判平22・4・27より引用、下線は筆者)

 刑事裁判における有罪の認定に当たっては,合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要であるところ,情況証拠によって事実認定をすべき場合であっても,直接証拠によって事実認定をする場合と比べて立証の程度に差があるわけではないが(最高裁平成19年(あ)第398号同年10月16日第一小法廷決定・刑集61巻7号677頁参照),直接証拠がないのであるから,情況証拠によって認められる間接事実中に,被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは,少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要するものというべきである。

(引用終わり)

上記判例は、近時の事実認定に関する判例の中で、最重要のものである。
本問でも、上記事実関係があるか否かが、主要な検討事項となる。
しかし、上記判例を参照できた答案は、皆無だったようだ。
ほとんどの答案が、漫然と間接事実を列挙するにとどまっていた。
そして、最後唐突に、「以上を総合すれば、甲を犯人と認定できる」と断定している。
何を根拠に、そのように判断したのかが、ほとんど示されていない。
グレーを積み重ねれば、クロになる。
そういう書き方をしている人が、ほとんどだった。
その原因は、上記判例を踏まえず、検討の視点を欠いたまま論述したからである。

※上記判例の基準は、犯人性につき「合理的な疑いを差し挟む余地のない程度」を言い換えただけともいえる。
犯人でないとした場合の合理的な説明とは、「合理的な疑い」にほかならないからである。
すなわち、被告人が犯人でなくても、各間接事実は説明可能である。
だとすれば、被告人が犯人ではない合理的疑いがあるということになるだろう。
従って、同趣旨の検討ができていれば、必ずしも上記基準自体を用いる必要はないともいえる。
とはいえ、上記判例が犯人性について基準を具体化した以上、それに沿って検討した方が書きやすいだろう。

なお、上記基準は、飽くまで犯人性の認定に関するものである。
殺意の認定などには、用いるべきでない。

平成23年では、犯人性の認定というより、近接所持の法理を訊いたという感じだった。
そのため、上記判例を書かなくても、近接所持の法理を論述すれば足りた。

※近接所持の法理は、上記判例を財産犯について具体化したものである。
犯行直後に被害品を持っている者がいる。
その者は、どうやって被害品を入手したか、合理的な弁解ができない。
この場合、この者が犯人でないとしたならば、どういう説明が可能か。
犯行直後に、すぐさま犯人から受け取ったのか。
犯人とその者との間に特殊の関係がない限り、それは不合理である。
すなわち、合理的な説明とはいえない。
他に合理的説明の余地がなければ、上記判例に照らし、犯人と認定できる。
上記判例との関係では、そのような法理として理解できる。

しかし、今回は、近接所持以外の間接事実の評価も問われている。
だとすると、上記判例を示した上で、検討しなければならない。
今後、間接事実型の認定が問われた場合には、確実に書けるようにしておきたい。

答案に書く事実を取捨選択する

本問の事例は、かなりの長文である。
そして、様々な事実が挙がっている。
しかし、答案用紙は、4ページしかない。
全ての事実を挙げて、評価する余裕はない。
従って、重要な事実のみを抽出して、答案に書くことになる。
考査委員も、全ての事実の評価を求めているわけではない。
むしろ、必要な事実を抽出できるかを問うている。

(出題趣旨、下線は筆者)

 本問は,【事例】に示された複数の具体的事実の中から,甲が犯人であるか否かを判断するために必要な事実を抽出した上で,各事実が上記判断に有する意味付けを的確に評価して妥当な結論を導くことができるか(設問1),Aの証言に現れた甲の供述が伝聞証拠に該当するか否かなどを検討することにより,本件異議申立ての根拠及び理由の有無を的確に判断して妥当な結論を導くことができるか(設問2),という法律実務に関する基礎的な知識及び能力を問うものである。

例えば、ひったくりの前科は、犯人性とは全く関係がない。
「ひったくりの前科は犯人性を認定する根拠とはならない」などとわざわざ書くのは、紙幅の無駄である。
(ひったくりと住居侵入強盗は犯行態様も異なるから、これを犯人性の根拠とするのは論外である。最判平24・9・7最決平25・2・20参照。)

また、甲が犯人であることと矛盾しない事実は、直接犯人性の根拠とはならない。
例えば、Vの犯行直後の供述における犯人と、甲の体格は似ている。
また、同供述によれば犯人は緑のジャンパー及びサングラスを着用していた。
そして、甲宅からは、緑のジャンパーとサングラスが押収されている。
甲は、緊急逮捕時には赤のジャンパーを着ていたが、Aの供述によれば、一度部屋に入っているから、着替えることができた。
これらは、いずれも甲が犯人であることと矛盾しない事実である。
しかし、矛盾しないというに過ぎない。
甲にアリバイがないということも、同様である。

甲が犯人であっても矛盾しないが、甲以外の者が犯人であると考えても矛盾しない。
このような場合に、甲を犯人と認定することはできない。
上記場合には、甲以外の者が犯人であっても合理的に説明できる。
すなわち、甲は犯人でないという合理的疑いが残るからである。
証明すべきは、上記甲以外の者が犯人であると考える余地を否定する事実である。
それは、上記判例の基準にいう事実関係にほかならない。
犯人性と矛盾しない事実は、補足的に指摘する程度でよい。

なお、甲が犯人だとすると矛盾する事実関係。
これを指摘できる場合には、即犯人性否定となる。
問題文中にそのような事実関係があれば、それだけで結論が出る。
ただ、そのような問題は、あまり出ないだろう。

答案でも、上記判例の基準に当てはまりそうな事実関係。
それに絞って、書いていくべきだった。
本問におけるそれは、クレジットカードの所持とレシートの指紋である。

近接所持で決まりそうだが

クレジットカードの所持は、典型的な近接所持の場面である。
近接所持の法理を書いて、簡単に有罪にできそうにもみえる。
ただ、カードは、簡単に処分可能である。
大量の札束の場合と、比較してみるとよい。
運搬、交付、廃棄のいずれの場面でも、目立つだろう。
これに対し、カードは、怪しまれずに運搬、交付、廃棄が容易である。

犯行は、午前11時頃。
甲の所持が確認されたのは、午後3時頃である。
時間的な間隔は、約4時間ということになる。

※厳密には、所持の時点を午後零時まで遡らせるのは可能だろう。
カードは、V名義、利用停止、Vの供述から、被害品と同一であると認められる。
そして、カードは財布に入っていた。
そのことから、甲は財布も所持していたという一応の推認が働く。
これを否定するには、財布からカードを出した後に甲が入手した。
そういう特別の事情がなければならないからだ。
(ただ、それはさほど特別でないから、推認力は弱い。)
そして、Aの供述によれば、甲は帰宅後財布を所持していた。
その財布は、Aが犯罪で得たものと疑ったというのであるから、従来甲が所持していたものではない。
そして、Vの供述によると、少なくともVの財布とみて矛盾しない。
(ただし、矛盾しないだけで、単独で積極的に同一とは推認できない。)
他に、偶然甲がVのカードと別個にV以外の財布を入手したことを合理的に説明しうる事実はない。
だとすれば、午後零時に甲が所持した財布は、犯人の奪った財布と推認できる。
そう考えれば、時間的な間隔は、約1時間にまで短縮する。
ただ、上記の推認は、際どい。
弱い推認を積み重ねているからだ。
一方、甲の所持したカードと犯人の奪ったカードの同一性は、かなり堅い。
15時における甲の所持も、極めて堅い。
だとすれば、そこから直接推認した方が、わかりやすい。
また、答案上も、上記の推認過程+近接所持を書くより、ダイレクトに近接所持を書いた方が書きやすい。
しかも、本問では別ルートのレシートの指紋の方が、強力である。
だから、ここでそんなに頑張る必要もない。
そういうわけで、以下では15時のカード所持からの推認を考えたい。

4時間の間に、カードの所持が犯人から別の誰かに移る。
これは、それなりにありそうだと感じるだろう。
クレジットカードは、使えば足がつく。
だから、犯人は現金だけ抜いて、カードは捨てたかもしれない。
それを、甲が拾う。
何ら不合理なことではない。

ただ、本問では、甲は一貫して黙秘している。
すなわち、合理的な弁解をしていない。
犯人でないのであれば、黙秘せずしゃべるのではないか。
換言すれば、甲が犯人でないとすれば、甲の黙秘を合理的に説明できないのではないか。
そういうことになる。
(このような発想自体が黙秘権侵害ではないかとも思えるが、近接所持の場面では黙秘権侵害ではないと解されている。)
確かに、強盗の疑いがかかっているときにまで、黙秘するのはどうか。
正直にしゃべれば、強盗の罪は回避できる。
その辺に、ひっかかりはある。
しかし、拾った他人のカードを使うのも、犯罪である。
だから、黙ってしゃべらない。
そこには、一定の合理性がある。
本問では、黙秘に至る事情が不明である。
本問の事情だけで不合理とまでは、断定できないだろう。
以上から、カードの近接所持だけで犯人と認定するのは危ない、という感じだ。

理詰めで事実をつなぐ

有罪立証の本命となる証拠は、レシートである。
ただ、簡単に犯人性の根拠となるものではない。
犯行現場で見つかったレシートに甲の指紋があるから、甲が犯人だ。
そんな推認は、してはならない。
論理的に堅い認定を積み重ねて、犯人と甲をつないでいく必要がある。

レシートからは、甲の指紋が検出されている。
このことから、甲がレシートに触れたことがわかる。
これは、間違いのないことである。

では、レシートは、誰がV宅玄関の上がり口に落としたのか。
家人ではないか、と考えるのが自然である。
しかし、レシートが発行されたのは、犯行当日の午前10時45分。
このことは、レシートの記載と防犯ビデオから、堅い。
そして、犯行直後のV及びWの供述では、両者ともレシートは受け取っていないという。
一般に、犯行直後の被害者供述は、記憶も鮮明であるし、事件の解明を希望する立場であるから、信用できる。
本問でも、VとWに嘘をつく理由はない。
これは、真実だと考えてよいだろう。
そうすると、他にレシートを落とす人物はいるか。
臨場した4名の司法警察職員がいる。
しかし、4名とも、Zを利用していないから、レシートを落とすということはない。
Vによれば、当日はV宅に誰も入っていない。
だとすれば、落とす可能性のある人物は、犯人だけである。
従って、レシートを落としたのは、犯人と認定できる。

甲がレシートに触れた。
犯人が、レシートをV宅に落とした。
甲が犯人だとすれば、極めて自然である。
他方、甲が犯人でないとしたならば、合理的な説明は可能か。
Zでレシートが発行されたのは、犯行の約15分前である。
犯行後に甲がレシートに触れる機会はないから、この15分間に、甲が触れたことになる。
この15分間に甲はレシートに触れ、すかさず犯人に手渡したのか。
ちょっと考えられない、と感じるだろう。
(これは、近接所持の応用である。)
この点を捉えて、合理的な説明はできない、としてよいだろう。
すなわち、上記事実関係から、甲を犯人と認定できる。
ここまで書ければ、トップクラスの合格答案となる。

なお、ZとV宅は200mしか離れていないので、風で飛んできた、とも考え得る。
外のゴミが玄関先に風で入ってくることは、実際にはそれなりにあり得ることである。
あるいは、靴の裏に貼り付いて、玄関先に残ることもある。
たまたまZ付近を通った犯人の靴の裏に貼り付いていた、ということも、ないではない。
しかし、さすがにそれは本問の設定をブチ壊すので、考えなくてよいだろう。

弁護の視点から

上記のように、本問では、甲を犯人でないと考えるのは難しそうだ。
ただ、考査委員の意図したものかは不明であるが、犯人性を否定する筋がある。
それは、犯人は甲ではなく、甲の友人だという場合である。

本問で、甲と犯人が無関係の他人と考えると、15分間でレシートに触れることなどあり得ない。
しかし、両者が共犯(またはそれに近い)関係であれば、どうか。
甲はZで犯行用のひもとガムテープを買い、すぐにレシートの入った袋ごと犯人に渡す。
犯人はこれを受け取って、犯行に及んだ。
その後、甲と犯人は合流し、犯人は2万円を、甲は財布とカードを持って別れる。
このようなストーリーは、本問の各間接事実と矛盾しない。
甲が、Aに対し、財布を「友達にもらった」と答えたこととも、整合する。
その後のAに対するアリバイ工作も、甲が犯人でなくても説明がつく。
自分も、強盗幇助及び盗品無償譲受けの罪を犯しているからである。
また、黙秘して合理的弁解をしないことも、上記理由及び友人を庇う趣旨と考えれば、筋が通る。

Vの被害直後の供述からは、犯人は甲と似た体格で、緑のジャンパーとサングラスをしている。
上記筋からは、甲の友人も、偶然甲と似た体格、着用品だった、ということになる。
しかし、甲の友人が同様の体格、格好でも、何ら不合理ではないだろう。
特に、共通の格闘技やスポーツ(ラグビー等)を通した友人であるなら、なおさらである。
また、ジャンパーには特に特徴はないというのだから、たまたま同じ色でも、おかしくはない。

このように、甲が犯人でないとしても、合理的に説明できる。
もっとも、本問では、そのような友人の存在を示唆する事実がほとんどない。
唯一、甲のAに対する「友人にもらった」という発言だけである。
従って、弁護する側からすれば、上記条件に当てはまるような友人の存在。
これを示す主張・立証活動が必要となってくる。

捜査の視点から

他方で、本問では、当然なされるべき捜査が尽くされていない。
それがために、上記友人の存在を否定できない事実関係になっている。

一つは、甲の交友関係である。
携帯の発着信などから、そのような友人とのやり取りの有無をチェックする。
その結果によっては、別の実行犯が浮上する可能性がある。

もう一つは、犯行動機である。
Aは、甲のアリバイ工作を暴露するなど、捜査に協力的であり、その供述は信用できる。
甲が黙秘している以上、Aから犯行動機を聞き取るべきであった。
(Aが犯罪で得たと疑った理由として、前科以外にも何かあるはずである。)
甲は、Uに勤務しており、強盗まで犯すほど金に困っていたという事情もうかがわれない。
(強盗は、軽い気持ちでできるような犯罪ではない。)
甲に動機が乏しければ、他に主犯となる友人等がいるはずである。
(幇助や盗品譲受けは、軽い気持ちで犯しうる犯罪である。)
その点を、もっと詰めるべきであった。

最後に、2万円の行方である。
財布には、カードの他に、2万円も入っていた。
本問では、2万円がどうなったのか、記述がない。
仮に甲宅で押収された財布に2万円が入っていたとする。
このことは、財布と被害品の同一性を示す要素となる。
ところが、その点に関する記述がない。
そうである以上、財布には2万円は入っていなかったのかもしれない。
だとしたら、どこで使ったのか。
甲が帰宅したのは午後零時である。
犯行から1時間の間に、2万円を使い切ったのか。
2万円は、ちょっとした飲み食いでなくなる金額ではない。
そうすると、他の者に分配した可能性が出てくる。

本問では、細かくみると、以上のような基本的な捜査の不備がある。
それを考えると、厳密には甲の犯人性は認められない。
それが、正解のようにも思われる。
とはいえ、実際の試験現場では、そこまでは考えていられないだろう。
参考答案も、犯人性を肯定する筋で書いている。

ドアノブの指紋について

V宅の玄関ドアノブからは、甲の指紋が検出されている。
しかし、これは外側のドアノブから採取されたものである(事例2第2段落)。
だとすれば、これは2日前に宅配で訪れた際に付着した可能性を否定できない。
しかも、犯行の際、Vは自ら玄関ドアを開けている(事例1第1段落)。
犯行時に甲の指紋がドアノブに付くのは、むしろ不自然である。
また、V宅内部からは、指紋が検出されていない。
これは、犯人が手袋を付けていた可能性を示唆する。

※もっとも、手袋を付けていたと断定はできない。
財布やタンスは、通常凹凸があったり、汗を吸いやすい材質(布、革、木材等)である。
そのような場合には、指紋は残りにくいからである。
逆に、指紋が残り易いのは、凹凸がなく、汗を吸わない材質だ。
わかりやすいのは、スマホの液晶画面である。
使っていると、肉眼でも確認できるほど指紋が付く。
また、窓ガラスなども、はっきり指紋が残るのがわかるだろう。

仮に手袋をしていれば、ドアノブの指紋は、むしろ犯人のものではないことを意味する。
以上のとおり、ドアノブの指紋は、犯人性の根拠とはならない。
これを重視して甲の犯人性を認めれば、評価を下げるだろう。

犯行に用いられた刃物について

犯人は、Vを刃物で脅している。
そして、甲宅からは、4本の刃物が押収されている。
しかし、これらは、いずれも犯人性の根拠とはなりえない。

Vの供述(事例6(2))では、そのうち1本につき、断言はできないが、犯行に用いられた可能性はあるとする。
しかし、これだけでは、可能性があるというに過ぎない。
また、Aの供述(事例4(3))によれば、4本とも甲は持ち出していない。
甲がAの妻であるということを重視し、上記供述の信用性を否定するのは、考え得る。
しかし、Aは甲のアリバイ工作を暴露するなど、甲を庇う姿勢にはない。
だとすれば、Aの供述は、むしろ信用できる。
そう考えれば、4本の刃物は、いずれも犯行に用いられたものではない。
そう認定する方が、自然である。
従って、甲宅で押収された刃物が犯行に用いられたものと簡単に認定し、甲の犯人性の根拠にすれば、評価を落とすだろう。

なお、上記のことは、甲の犯人性を否定するものではない。
刃物は、甲宅以外からでも調達可能だし、犯行後遺棄すれば足りるからである。
もっとも、このことは、甲の犯人性と矛盾しないということに過ぎない。
前記のとおり、甲の犯人性を積極的に基礎付けるものではない。
結局、甲の犯人性を否定も肯定もしない、重要でない事実、ということになる。

甲のアリバイ工作について

Aの供述によると、甲は、Aにアリバイ工作を依頼している。
Aの供述を信用できるとするなら、上記は事実として認定し得る。
この事実から、安易に甲の犯人性を推認できるとした人が、多かったようだ。

しかし、冷静に考えれば、関連性は薄いことがわかるだろう。
ここから推認できるのは、朝から午後零時までの行動を警察に隠したい、という程度のことだ。
それは、甲がV宅に押し入った実行犯である、という事実以外でも成り立ちうる。
前記のとおり、甲以外の実行犯と共犯的関係にある場合も考えられる。
また、本問の犯行と無関係に、警察に露見すると困ることをやっていたのかもしれない。
そうである以上、このことを過度に重視して犯人性を認定するのは、誤りである。

基本である伝聞法則を丁寧に書く

設問2は、甲の供述の伝聞該当性を訊いている。
それは、Bの「伝聞証拠を含むものであるから」というところからわかる。
(Aの証言は公判廷供述であるから、これを伝聞証拠と書いてはならない。)
だとすれば、刑訴と同じように、伝聞法則の趣旨から、丁寧に書けばよい。

(出題趣旨より引用、下線は筆者)

 Aの証言に現れた甲の供述が伝聞証拠に該当するか否かなどを検討することにより,本件異議申立ての根拠及び理由の有無を的確に判断して妥当な結論を導くことができるか(設問2),という法律実務に関する基礎的な知識及び能力を問うものである。

(引用終わり)

ところが、刑訴なら書けるのに、本問では書けなかった。
そういう人が、多かったようだ。
1つには、設問1で時間が足りなくなった。
それはあるだろう。
しかし、もう一つには、実務基礎という科目の名前に惑わされた。
そういうことも、あったのではないか。
何か実務的なことを書かないと、点が来ないのではないか。
そういう疑念から、いつもの論述ができなくなったようである。

結果的には、刑訴と同じように、伝聞法則の趣旨から書いた人は、評価されている。
A供述中の甲の発言は、体験した事実の再現ではない。
Aに対する虚偽供述(アリバイ工作)の依頼に過ぎない。
だとすれば、甲の発言内容の真実性は問題とならない。
従って、非伝聞であると処理すればよかった。
普通に刑訴だと思って書けば、問題がなかった。

なお、「条文を挙げつつ」という特別注文が付いている。
これは、伝聞法則関係の条文という趣旨ではない。
異議申立て関係の条文を指している。

(出題趣旨より引用、下線は筆者)

 Aの証言に現れた甲の供述が伝聞証拠に該当するか否かなどを検討することにより,本件異議申立ての根拠及び理由の有無を的確に判断して妥当な結論を導くことができるか(設問2),という法律実務に関する基礎的な知識及び能力を問うものである。

(引用終わり)

刑訴法309条1項、規則205条から207条までが、関係する条文である。
これは、実務基礎らしいところである。
この辺りの細かい規則なども、訊いてくる。
普段の刑訴の学習でも、規則まで意識して学習しておきたい。
また、直前期には、一度目を通しておくとよいだろう。

もっとも、規則を挙げたかどうかは、それほど大きな差にはなっていないようだ。
従って、無理をして規則を覚えようとする必要はない。
飽くまで、できる範囲で確認する程度でよいだろう。

それから、関連条文を全て挙げる必要はない。
自分の採る結論に必要な限度で、摘示できれば足りる。
紙幅を考慮すれば、その程度が限界だろう。
優先順位としては、やはり伝聞法則の方である。

なお、本問の異議は、証拠決定に対するものではない。
従って、不相当を理由にすることもできる(規則205条1項本文、ただし書「決定に対しては」対照)。
もっとも、Bの主張は伝聞法則違反であり、違法の主張であるから、結論を左右しない。
法令違反しか主張できないと書いた人が結構いたようなので、多少注意を要する。
(とはいえ、評価にはほとんど影響していないようだ。)

【参考答案】

第1.設問1

1.刑事裁判における有罪認定には合理的な疑いを差し挟む余地がない程度の立証が必要であり、情況証拠によって犯人性を認定する場合には、認定できる間接事実中に被告人が犯人でなければ合理的に説明できない(あるいは、少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれる必要がある。
 そこで、上記事実関係の有無を検討する。

2.被害品の所持

(1)甲は、犯行現場のV宅と同一市内のSにおいて、犯行から約4時間経過後に、V名義のクレジットカード(以下単に「カード」という。)を所持していた。Vの名義及び利用停止の状況から、カードは犯人がV宅の居間から持ち去った財布在中の被害品と認められる。所持の理由につき、甲は黙秘して合理的な弁解をしない。

(2)確かに、甲が犯人でなければ、犯行後いかにして犯人からカードを入手したのかにつき、疑問を生じさせる。
 しかし、カードはその形状から、処分容易な物品である。犯人が遺棄したカードを甲が拾うことも、4時間程度の時間的間隔があれば十分生じうる。カードは金銭と異なり、暗証番号や名義の同一性が要求されることから、足が付くことを嫌った犯人が犯行後に遺棄することも不合理とはいえない。

(3)以上から、甲が犯人でなくても、カードの所持を合理的に説明できるから、当該事実から直ちに甲が犯人であるとは認定できない。

3.遺留品の指紋

(1)領置されたレシート(以下単に「レシート」という。)は、犯行直後にV宅玄関の上がり口で発見された。レシートは犯行15分前に発行され、V及びWの受け取ったものではなく、臨場したKら4名も発行元のZを利用したことはなかった。従って、レシートを落とした者は、レシートが発行されて以降、上記6名以外にV宅を訪れた者としか考えられない。
 犯行直後の被害者のものとして信用できるVの供述によれば、当日は被害に遭うまでV宅に誰も入っていない。従って、上記6名以外にV宅に入ったのは、犯人だけである。
 以上から、レシートを落としたのは、犯人である。

(2)レシートには、甲の指紋が検出された。これは、甲がレシートに触れたことを示す。甲が犯人でないとすると、触れる可能性のある機会は、レシート発行から犯行までのわずか約15分だけである。しかも、最終的にレシートをV宅に落としたのは犯人であるから、甲は、上記約15分の間にレシートに触れ、その後に犯人にレシートを交付したことになるが、そのような事実経過は、本問で明らかな事実関係からは合理的に説明できない。

4.なお、緊急逮捕時の甲の着用品が、被害直後のV供述に基づく犯人の着用品と異なる。しかし、甲の部屋からは犯人の着用品とみて矛盾しない緑のジャンパー及びサングラスが押収されており、犯行から約4時間の間に帰宅し、自室で着替えることは可能であったから、犯人性を否定する事実とはいえない。

5.以上のとおり、本問で明らかな間接事実中には、レシートから検出された甲の指紋という甲が犯人でなければ合理的に説明できない事実関係が含まれるから、甲を犯人と認定できる。

第2.設問2

1.結論

 異議を棄却する(刑訴法309条1項、刑訴規則205条1項本文、同条の5)。

2.理由

 伝聞法則の趣旨(320条1項)は、供述証拠は知覚、記憶した事実を再現する過程において誤りが生じやすく、反対尋問による吟味を要するところ、公判廷外供述にはその機会がないことから、証拠能力を原則として否定する点にある。従って、伝聞証拠とは、供述内容の真実性が問題となる公判廷外供述を内容とする証拠をいう。
 本問で、Aの証言における甲の供述は、甲の体験した事実の再現ではなく、Aへの依頼の意思表示であって、甲がAに虚偽供述依頼をした事実が要証事実である。そうすると、甲の供述内容の真実性は問題とならない。
 よって、Aの証言は伝聞証拠を含まないから、異議には理由がない。

以上

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