平成25年司法試験論文式の感想

問題文は、こちら

事務処理よりも論理に傾斜

全体の印象としては、事務処理、多論点型の問題が減った。
論理重視の問題が多かった。
これは、新司法試験が始まって以来、続いている傾向である。
今回は、特にその傾向が顕著だったように思われる。
当初は、とにかく論点が多く、事例処理に徹するしかないものが多かった。
そのような問題の場合、論証を省略し、規範・当てはめをコンパクトにこなす。
そういう方法論が有効であった。
それが、次第に単一論点を説明させるような問題へと、シフトしてきている。
そのため、論証をコンパクトにして事例処理さえすればよい。
そういうイメージは、修正が必要になっている。
むしろ、基本論点はしっかり論証する。
その理解から、問われている応用を説明する。
そういう論理系の処理が、求められてきている。
かつての旧司法試験の傾向に、近づきつつある。

憲法について

憲法は、難しく考えれば難しくなるが、易しく考えれば易しい。
受かりやすいのは、易しく考えて書くことである。

本問のテーマは、デモ行進の自由と公共営造物(厳密には行政財産)の目的外利用である。
これは、パッと見てわかるだろう。
(パッ見てわからないとすれば、勉強不足である。)
この直感に従って、簡単に構成すべきだった。

デモ行進について、参照すべきは新潟県公安条例事件
それから、東京都公安条例事件である。
泉佐野市市民会館事件は、市民会館の使用について新潟県公安条例事件を引用したものである。)
後は、これを事案に沿って検討していくだけである。

行政財産の目的外利用については、管理権が優先する。
(地自法238条4項、238条の4第7項参照)
この点が、道路や公園と違うところである。
(同法244条1項2項対照。道路や公園がパブリックフォーラムであることの裏返しともいえる。)
従って、裁量論ということになる。
最判平18・2・7を知っていれば、気付き易かっただろう。
後は、裁量の逸脱濫用があるか。
これを、事実を拾って当てはめていけばよい。

このように書くと、とても簡単そうにみえる。
しかし、現場では、上記だけでも時間が足りないくらいだ。
上記以上のことを書こうとすると、簡単に破綻する。
学問の自由や大学の自治との関係、講演者の表現の自由の援用などは、書いていられない。
(これらが出題趣旨に載ってくるとしても、書きにいくべきではない。)
ましてや、部分社会の法理などは、考えるだけでも時間の無駄である。
上記のような問題意識は、当てはめの中で拾うという程度でよい。
以上のような基本的な検討枠組みを踏まえた上で、具体的な検討ができているか。
それが、憲法の評価を分ける。
入り口の人権選択や検討枠組みを外すと、具体的検討をしていても、評価は伸びない。
公法の最低ライン未満者が毎年多いのは、一つには行政法の勉強不足がある。
しかし最大の原因は、本筋を外した場合の極端な憲法の採点方法にある。
ただ、逆に考えれば、本筋を外さなければ、安定してそこそこの点が付く。
その意味では、怖いけれども、基本を押さえれば安定するようになる科目である。

行政法について

行政法は、他の科目と比較して顕著な傾向がある。
それは、誘導が詳細だ、ということである。
誘導に沿って項目を立てていけば、そのまま答案構成になる。

今年は、特にその傾向が強い。
かなり細かいところまで、書くべきことが書いてある。
後は、それに沿って事実と条文を拾うだけの作業である。
だから、簡単かと言えば、そうではない。
時間との戦いがあるからだ。
本問は、誘導で指定された項目が非常に多い。
項目を書き写し、条文と事実と簡単な理由付けを付す。
これだけで、もう時間が足りない。
行政法の知識・理解というよりは、事務処理能力そのものが問われたといってよい。
その意味では、本問の内容的な検討は、あまり意味がない。

民法について

長文の事例であるが、多論点の事例処理型ではない。
どの設問も、ほとんど単一論点を問うような感じになっている。
そのため、趣旨から丁寧に説明することが必要だった。

設問1は、446条2項の趣旨から、Cの電話による追認の有効性を書く。
設問2は、716条の趣旨から、Hの過失をFの過失と同視できるかを書く。
設問3は、必要費償還請求が認められる趣旨から、相殺の期待の程度が違うことを書く。
(公示をみて修繕するわけでなく、本来的に賃貸人の負担であるから賃料との差引決済の期待が強い。)

いずれも、気付いてしまえば簡単だが、気付かないと厳しい。
このような問題の場合は、構成の時間は多めに採るべきだろう。
何も思いつかないのに、見切り発車するのは危険である。
例えば、設問1で延々と要件事実論を書く。
そういった答案は、ほとんど点が付かない。
出題意図に気付くまでは、長めに時間を取って考える。
気付いてしまえば、内容はシンプルだ。
コンパクトに書けば、短時間でも書ききれるだろう。

商法について

商法は、多論点、事例処理型といえる出題だった。
最近の受験生なら、むしろこういう出題の方が、ホッとするのだろう。

設問1は、145条1号以外は、典型論点である。
そして、同号は、第1回の予備試験でも問われている。
平成23年司法試験予備試験論文式商法出題趣旨検討と参考答案参照)
予備と新試験の重複は、当サイトでも再三指摘している。
予備を受ける人は、新試験を検討すべきである。
新試験を受ける人は、予備も検討すべきである。

設問2(1)は、決議取消しを挙げて取消事由を指摘する。
共有株式による議決権行使を無効にした点、議題外提案(304条)辺りが、目立つところだ。
共有株式の権利行使者(106条本文)は持分過半数で決する(最判平9・1・28)。
これは、やや細かい。
とはいえ、判例を知らなくても、現場で考えれば思いついたのではないか。
余裕があれば、裁量棄却についても触れておきたい。

設問2(2)は、決議が取り消された場合を考えるのだろう。
決議取消しにより、総額は6000万円のままであると考える。
そして、直後の取締役会で決定された分配比率で按分する。
差額が、不当利得として返還されることになる。
これは、あり得る考え方だろう。
あるいは、取締役会への報酬決定の委任自体がないことになる。
だから、直後の取締役会の決定も無効だから、全員無給である。
この場合は、全額返還請求できる。
これも、ないわけではないだろう。
委任は無報酬が原則だからである(会社法330条、民法648条1項)。
なお、決議取消しを前提にしない場合には、利益供与も考え得るが、書く意味はあまりなさそうだ。
それから、Aを特別利害関係取締役として、取締役会の方を無効にする構成もある。
Aだけが極端に報酬が高いので、これは考え得る構成だろう。
この場合は、具体的な配分比率も無効となるので、全員無給とする考え方が成り立つ。

設問3の@は、差止請求(210条)である。
Aの支配権確立目的でされたことが、不公正発行に当たるか。
形式上株主割当てであっても実質BCにその機会がないこと。
Aは報酬の引き上げで払込金を捻出していることから、会社の資金調達の意義に乏しいこと。
こういったことを指摘して、不公正発行だと認定するのが筋だろう。
ここでは、主要目的ルール(東京高決平17・3・23)を展開したくなる。
ただ、一般に主要目的ルールが論じられる場面とは、非公開会社、株主割当てという点で異なる。
しかも、大展開するだけの余裕はない。
そういうことから、主要目的ルールを論じるのではなく、端的に事実を指摘して当てはめた方がよい。

Aは、株式発行無効の訴えである。
まずは、@による仮処分命令を無視した場合には無効事由となることを示したい。
それから、不公正発行が無効事由になるかを書く。
余裕がなければ、差止めの機会がある以上無効事由でない、としてもよいだろう。
最判平6・7・14があるからである。
ただ、本問の場合、株主割当てではあるが、実質的にはBCの持株比率が害されている。
そこで、最判平24・4・24と同様の発想で、無効事由とする余地がある。
(上記判例は、司法試験平成24年最新判例ノート(詳細版)に収録していた。)
出題意図は、おそらくこの点にあるのだろう。
気が付いたのであれば、書きたいところである。

民訴法について

民訴は、従来から、最も旧試験に近い傾向を示していた。
設問3を除けば、単一論点の論理問題である。
(設問3は、要件事実の知識問題である。)
旧試験の民訴は、一行問題が多かった。
特に、第1問は、昭和63年度から平成20年度まで、全て一行問題であった。
平成20年度旧司法試験論文出題趣旨民訴法検討参照)
一行問題は、当然理論的な部分を問う問題になりやすい。
民訴は、旧試験時代から、理論重視の性格が強かった。
その傾向が新試験になっても受け継がれ、また近時、強まっているといえる。
旧試験時代の民訴には、定跡があった。
基本知識から書く、ということだ。
例外を問われたら、原則から書く。
配点は、むしろ原則の方にあるからである。
このことは、新司法試験でも、当てはまる。

設問1は、過去の法律関係の確認の利益に関するものである。
判例との事案の違いが問われている。
しかし、いきなり違うところを列挙して羅列してはいけない。
まず、過去の法律関係の確認の利益に関する基本知識を想起すべきだ。
過去の法律関係は、その後変動するから、確認しても紛争解決に役立たない。
だから、現在の法律関係を抜本的に解決できるような場合に限り、確認の利益が認められる。
上記を踏まえて、本問を考える。
結論は、既に指定されている。
訴訟Tは確認の利益を否定、昭和47年判例は肯定である。
だとすれば、訴訟Tは現在の法律関係の抜本的解決につながらない。
他方、昭和47年判例は、現在の法律関係の抜本的解決につながる。
そういう違いがあるのだろう。
そのような予想を立てた上で、両者を見比べると、答えが見つかるはずである。
上記の枠組みを捉えた上で、それに沿った検討がされていれば、評価されるだろう。
例えば、昭和47年判例は、遺言による権利関係が不明確だと主張されている。
そのような場合、現在の法律関係を前提に訴訟を提起するのが難しい。
誰に対し、どのような訴えをすればよいか、わからないからだ。
先に遺言の効力を確定した方が、抜本的解決になる。
他方、訴訟Tの場合、遺言が有効であればBに甲1が帰属するのが明らかだ。
ならば、現在の甲1の帰属につき、直接Bを相手に訴訟をすればよい。
その中で、遺言の効力を争えば足りるだろう。
そういったことを、指摘することになる。

設問2も、同様に考えればよい。
当事者適格について、基本知識を思い出す。
訴訟物である権利義務の帰属主体(と主張し、主張される者)である。
昭和51年判例では、相続財産の処分権が遺言執行者に帰属するから、相続財産の持分権確認の被告となる。
では、訴訟Uの場合はどうか。
遺言AがEの主張どおり無効である場合、抹消登記義務を負うのはCである。
だとすれば、被告適格はCにある。
昭和51年判例とは、訴訟物で主張された権利義務の帰属主体が異なる、ということになる。
これも、いきなり事案の違いを書くのではなく、基本知識を示し、それに沿って論ずべきである。

設問3は、要件事実を問う問題である。
(1)は、非のみ説を書く。
(2)は、Gの主張には「父」「生前」という上記(1)で示した事実をうかがわせる部分がある。
そこで、それは(1)の事実主張を含む趣旨か。
それを釈明すべきだった、ということを示せばよい。
わかってしまえば単純な問題だが、現場では気付きにくかったかもしれない。

設問4は、平成10年判決を基礎に、逆の論理を示せるかを問う問題である。
単純に平成10年判決をひっくり返せば、答えになる。
平成10年判決は、既判力は及ばないが、信義則上争うことが許されないとする。
本問の場合は、既判力は及ぶが、信義則上争うことができる(あるいは遮断効を主張できない)とすればよい。
平成10年判決の理由付けは、訴訟物は一部だが、実質審理は全体に及ぶという点である。
本問の場合は、訴訟物は所有権全体だが、実質審理は共有持分権の有無には及んでいない。
(共有持分権の取得原因の有無を審理し、排斥したわけではない。)
これが、理由付けとなる。
平成10年判決が信義則を基礎付ける根拠としたのは、請求及び主張の蒸し返し、被告の紛争解決への合理的期待、二重応訴の負担という点である。
ならば、本問の場合は、請求及び主張の蒸し返しとならず、被告に紛争解決の合理的期待がなく、二重応訴の負担もやむを得ないという点になろう。
ここで、後訴に至る訴訟経過を使う。
すなわち、Hは、前訴後も単独所有権を主張したために、Gはやむなく後訴を提起した。
紛争の原因は、むしろHにある。
だとすれば、後訴は前訴の蒸し返しとはいえないし、Hに紛争解決の合理的期待もなく、Hの二重応訴の負担もやむを得ない。
こういったことが、指摘できればよい。
こういう論理性が問われている部分は、知識を書いても点にならない。
シンプルな論理を、明快に答案に示すようにしよう。

刑法について

刑法も、憲法同様、怖い科目である。
難しく解くと、大変な難問となる。
しかし、簡単な構成を採れば、それほど怖くない。
本問は、結果的には、単なる論点組み合わせ問題である。

本問で、絶対に検討すべきは、Aの殺害とB車の放火だろう。
まずは、これに絞って検討してみる。

Aの殺害については、出発点は甲による間接正犯である。
仮に、乙が途中で気付かず、計画通りAを焼死させたとしよう。
この場合、争いなく甲は間接正犯だからである。
では、乙の途中知情は、どのように影響するか。
利用者標準説からは、間接正犯の未遂となる。
他方、被利用者標準説からは、そもそも着手がないことになる。
そして、いずれの立場からも、客観的に教唆だったと考えることになる。
そこで、抽象的事実の錯誤の処理となる。
教唆の限度で認めることになるだろう。
(厳密には、教唆の因果性(及びその認識)として十分か疑問はあるが、そういう細かいことは触れない方がよい。)

上記の処理は、答練や演習書ではよくある構成である。
典型論点の組み合わせで、うまく処理できる。
だから、これでよさそうだ、と判断できる。
これ以外の構成は、説明が難しい。
事後的に共謀共同正犯になる、という考え方も、ないわけではない。
しかし、そうすると、典型論点で処理できなくなる。
実力があるのに受かりにくい人は、こういうところで無理をする。
気をつけたい。

乙に関しては、早すぎた構成要件の実現である。
これは最決平16・3・22が出て以来、答練等で頻出の典型論点である。
二つのアプローチがあり得る。
1つは、放火までの一連の行為を1個の実行行為にする方法である。
この場合、上記判例の挙げる密接性が必要だろう。
他方で、第1行為開始時点の危険性や故意は、あまり問われない。
(銃の引き金に手をかける行為だけで死の危険は生じないが、銃で狙いをつけて撃つという実行行為の開始が着手であることと同じ発想である。)
後は、因果関係の錯誤で処理すれば足りる。

もう一つは、第1行為のみが実行行為であるとみる考え方である。
この場合、第2行為との密接関連性は、さほど必要でない。
他方で、第1行為自体に死の危険が認められる必要がある。
本問では、口にガムテープを貼って、山中の悪路を走行する行為に、客観的な死の危険がある。
従って、これが第1行為ということになる。
では、第1行為時の乙に死の認識・認容があるか。
計画性を重視し、因果関係の錯誤の問題としてこれを肯定するのが、普通だろう。
他方で、これは予備の認識に過ぎないとして、過失犯にすることは考えられる。
しかし、その場合、どの過失犯が成立するのか。
車を運転しているから、自動車運転過失致死なのか。
あるいは、業務上過失致死なのか。
重過失致死なのか。
本筋から離れると、こういう面倒な問題に巻き込まれやすい。
素直に因果関係の錯誤を書き、故意を認めればよい。

B車の放火については、自己所有の建造物等以外放火である。
(乙との関係では、甲の同意がある。)
この点については、甲乙は共謀共同正犯ということで問題ないだろう。
あとは、公共の危険の発生、認識の要否について、順次検討すれば足りる。
公共の危険については、最決平15・4・14がある。
この判例は、客体が建造物等でなくてもよいとしたものとして、有名である。
また、車の配置も、本問の事案と似ている。
だから、同様に公共の危険を認めても、合格ラインは超えるだろう。
ただ、上記判例は市街地の駐車場の事案である。
しかも、車だけでなく、ゴミ集積場にまで延焼の危険が及んでいた。
採石場で、しかも車しかない本問の場合に、同様に考えうるか。
厳密には、これは公共の危険を否定すべき事案のように思われる。
とはいえ、本試験現場ではそこまで考えていられない。
むしろ、あっさり肯定した方が、受かりやすいだろう。
公共の危険を肯定すれば、認識の要否まで書けるということもある。

その他の罪としては、監禁があるが、論じる実益はほとんどない。
確かに、可能的自由で足りるかという論点はある。
しかし、わざわざ書きに行くほどでもない。
罪数処理が面倒になるだけである。
本試験の感覚としては、無視してよい、という感じである。
同様に、昏睡させた点についての傷害罪も、敢えて書く必要はないだろう。
また、死体損壊につき不能犯が問題となる。
具体的危険説からは、殺人未遂となり得るだろう。
ただ、これは第1行為のみを殺人の実行行為と考えた場合にしか、問題とならない。
(一連の行為とみるなら抽象的事実の錯誤であるが、これも書く価値は低い。)
そして、明らかにメイン論点ではない。
これを書くくらいなら、殺人と放火をきちんと書いた方がよい。

以上のように、本問は素直に書けば単なる論点組み合わせである。
しかし、本筋を踏み外すと、余計な問題が生じてくる。
構成段階で、無理のない筋を組み立てることができたかが、ポイントだった。

刑訴法について

下線を引いて論ずべき部分を限定するのが、近時の刑訴法の傾向である。
これには、素直に従えばよい。
反面、書くべき論点が限定される分、趣旨から丁寧に論じるようにする必要がある。

設問1のうち、逮捕@は、3号該当で問題ない。
準現行犯の要件を示して、当てはめるだけである。
逮捕Aは、甲の証跡をもって3号該当といえるかを検討する。
趣旨から否定に考えるのが、一つの無難な筋である。
肯定する場合には、事前に伝達を受けた情報と乙の供述の一致等、他の事実を付加して説明する必要がある。
自信があれば、踏み込んでもよい。
ただ、まとめ切れる自信がなければ、やめておいた方がよいだろう。
そこまで頑張らなくても、合格ラインは超えるからである。

差押えについては、和光大事件の応用である。
逮捕に伴う捜索差押えの趣旨から、説明していけばよいだろう。
携帯の差押えの必要性、連行と逮捕の現場の関係、連行中に落とした物は押収対象に含まれるか。
順番に説明していけばよい。
連行中に落とした物については、元々所持していたことが明らかであれば、認めて問題ないだろう。
連行後の被逮捕者の身体も捜索対象としうる以上、一時的に落とした場合も同様に考え得るからである。

設問2は、伝聞法則を問う問題である。
毎年のように出るが、毎年のように出来が悪い。
しかし、一度理解してしまえば、あまり間違えないようになる。
過去問も含めて、一度徹底的に理解するようにしておこう。

まず、全体について、321条3項準用。
これは、誰もが気付くだろう。

そして、別紙1は、全体としてWの体験した犯行当時の状況の再現である。
(写真は、Wの供述に代わるものであるから、説明部分と併せて供述証拠となる。)
要証事実は、再現どおりの犯行状況の存在=犯罪事実の存在ということになるだろう。
その内容が、本当に犯行当時の状況どおりであるのか。
写真に写っているとおりに、被害者は刺されたのか。
Wの見間違い、記憶違いではないか。
これは、まさに問題となる。
だから、全体として伝聞証拠である。
ただ、別紙1は、本当にWの言ったとおりに再現したものなのか。
その点について、Wの署名・押印による確認がない。
すなわち、321条1項柱書の要件を欠く。
従って、3号要件を検討するまでもなく、証拠能力は否定される。
Wの証人尋問が必要だ、ということになる。
なお、証人尋問において別紙1の写真を示して引用させた上で、調書に添付することは違法でない(最判平23・9・14)。
証人尋問が必要になっても、写真が無駄になるわけではない。

仮に、検察官の立証趣旨が、「犯行再現状況」であったらどうか。
その場合、犯行状況を立証するつもりはないが、どう再現したかは立証したい。
そういう意味になる。
その場合は、Wの体験した犯行当時の状況どおりであるかは、問題にならない。
とにかく、このように再現をしたという事実。
それだけを立証したいのだ、ということになる。
こんなものは、犯罪事実の立証にはおよそ意味がない。
本来、関連性を否定して却下すべきである。
ところが、第1審、第2審共に、証拠採用して犯罪事実認定の基礎にしてしまった。
それは、再現どおりの犯罪事実の存在を要証事実と考えているにほかならない。
だとすれば、伝聞例外要件が必要である。
そのような検討をしたのが、最決平17・9・27の場合である。
本問の場合を、これと混同した人が、案外多かったようだ。

別紙2の写真は、まさにこのように見える、という映像自体を証拠とするものである。
従って、供述証拠に当たらない。
供述証拠でない以上、伝聞証拠ではない。

その下のWの発言には、性質の異なる二つの発言がある。
犯行当時の事実を再現している部分は、伝聞証拠である。
すなわち、Wが犯行当時立っていた場所を指示する部分。
これは、Wが犯行当時体験した事実の再現である。
従って、他の証拠からWの立ち位置が明らかな場合を除き、伝聞法則の適用がある。
そして、録取の正確性がWの署名・押印で担保されていないから、321条1項柱書の要件を欠く。
従って、この部分には証拠能力が認められない。
他方、その位置からの見え方については、実況見分当時の事実関係を述べているに過ぎない。
「このように」というのは、発言当時のWにとっては、現在の事実のことを言っている。
すなわち、現場指示である。
だから、この部分は非伝聞である。

それから、Pによる「本職も・・」という部分。
これは、撮影の動機を示すに過ぎない。
(よく見えたから撮影したという趣旨であって、よく見えた事実を当該発言から立証する趣旨ではない。)
従って、この部分も、非伝聞である。

以上から、Wの犯行当時の立ち位置を示す部分以外は、証拠能力が認められることになる。

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