平成25年司法試験論文民事系第3問設問3の釈明の意味

最高裁判所第一小法廷判決平成9年07月17日(下線及び※注は当サイトによる)

【事案】

 本件訴訟において、上告人は、被上告人らとの間において上告人が第一審判決別紙物件目録三記載の建物(以下「本件建物」という。)の所有権並びに同目録一及び二記載の土地(以下「本件土地」という。)の賃借権を有することの確認等の請求をし、その請求原因として、上告人が、昭和二一年ころに、Dから本件土地を賃借し、その地上に本件建物を建築したとの事実を主張した被上告人らは、これを否認し、本件土地を賃借して本件建物を建築したのは、上告人ではなく、上告人の亡父Eである旨を主張した原審は、(1) 上告人主張の右事実を認めるに足りる証拠はなく、かえって、被上告人らの主張するとおり、本件土地を賃借し、本件建物を建築したのはEであることが認められるとして、(2) その余の点について判断することなく直ちに、上告人の請求を認容した第一審判決を取り消し、上告人の請求をすべて棄却した

【判旨】

1.原審の確定したところによれば、Eは昭和二九年四月五日に死亡し、Eには妻F及び上告人を含む六人の子があったというのである。したがって、原審の認定するとおり、本件土地を賃借し、本件建物を建築したのがEであるとすれば、本件土地の賃借権及び本件建物の所有権はEの遺産であり、これを右七人が相続したことになる。そして、上告人の法定相続分は九分の一であるから、これと異なる遺産分割がされたなどの事実がない限り、上告人は、本件建物の所有権及び本件土地の賃借権の各九分の一の持分を取得したことが明らかである

2.上告人が、本件建物の所有権及び本件土地の賃借権の各九分の一の持分を取得したことを前提として、予備的に右持分の確認等を請求するのであれば、Eが本件土地を賃借し、本件建物を建築したとの事実がその請求原因の一部となり、この事実については上告人が主張立証責任を負担する本件においては、上告人がこの事実を主張せず、かえって被上告人らがこの事実を主張し、上告人はこれを争ったのであるが、原審としては、被上告人らのこの主張に基づいて右事実を確定した以上は、上告人がこれを自己の利益に援用しなかったとしても、適切に釈明権を行使するなどした上でこの事実をしんしゃくし、上告人の請求の一部を認容すべきであるかどうかについて審理判断すべきものと解するのが相当である(最高裁昭和三八年(オ)第一二二七号同四一年九月八日第一小法廷判決・民集二〇巻七号一三一四頁参照)。

3.原審がこのような措置を執ることなく前記のように判断したことには、審理不尽の違法があり、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は、右の趣旨をいうものとして理由がある。したがって、原判決のうち別紙記載の部分は破棄を免れず、右部分につき、被上告人らの抗弁等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととし、右破棄部分以外の原判決は正当であるから、この点に関する上告を棄却することとする。

【藤井正雄補足意見】

 私は、法廷意見に同調するものであるが、なおこれに若干の意見を補足しておきたい。
 本件は、上告人の建物所有権及び土地賃借権に基づく請求の訴訟において、被上告人らが、上告人の主張した所有権及び賃借権(以下「所有権等」という。)の取得原因事実は否認したが、「上告人の父の所有権等の取得と同人の死亡」という別の取得原因事実を先行的に陳述した場合に、裁判所のとるべき措置に関する。
 ある当事者が訴訟上自己に不利益な事実を陳述したとき、相手方がその陳述を援用すると否とにかかわらず、裁判所はこれを訴訟資料として斟酌すべきであると説かれる。法廷意見の引用する最高裁昭和四一年九月八日判決は、原告の所有権に基づく土地明渡請求訴訟において、原告が、被告に対して土地の使用を許したとの事実を先行して陳述したという事案である。使用貸借は被告側から主張すべき権利障害事由であるが、原告がこれを先行陳述したことにより、自己の請求の有理性(首尾一貫性)を欠如させる結果となっており、被告の援用いかんにかかわらず、請求棄却を免れないことになる。
 これに対して、本件は、被告ら(被上告人ら)が原告(上告人)の主張すべき請求原因事実を先行陳述した場合である。不利益陳述に関するさきの理論は、原告の場合と被告の場合とを区別せず、請求原因についてであろうと抗弁についてであろうと、等しくどちらについても妥当するというのが、一般的な理解のようである。しかし、本件では、被上告人らの陳述した「父の取得、死亡」の事実は、上告人の所有権等の全部を理由あらしめるものではなく、その一部(九分の一の共有又は準共有持分)を基礎づけるに過ぎないのである。そして、(準)共有持分権は、所有権等の割合的一部ではあるけれども、共有物の利用管理等については、単一の所有権等とは異なる種々の制約があり、単純な分量的一部とはいえない。訴訟物としては所有権等の中に包含されているといってよいが、被上告人らが持分権の取得原因事実を先行的に陳述しているからといって、裁判所が、上告人に何らの釈明も求めることなく、直ちに所有権等の分量的一部として共有持分権の限度でこれを認容してよいということにはならないもしそのようなことをしたならば、当事者、殊に被上告人らにとっては、予期しない不意打ちとなるであろう。したがって、相続分の限度での一部認容判決をするためには、裁判所としては、上告人に対し、九分の一の共有持分権の限度の請求としてもこれを維持する意思があるかどうかについて釈明を求めた上、予備的に請求の趣旨を変更させる措置をとるのが普通である裁判所がそのような措置をとらないままで、上告人の所有権等の取得は認められないとする請求棄却の判決をし、これが確定したときは、上告人は目的物の所有権等を有しないとの判断につき既判力が生じるから、上告人が右判決の既判力の標準時以前に生じた所有権等の一部たる共有持分権の取得原因事実、すなわち亡父の遺産の相続の事実を再訴で主張することができないということになる最高裁平成五年(オ)第九二一号同九年三月一四日第二小法廷判決・裁判集民事一八二号登載予定※設問4で問題となる福田反対意見の付された判例である。)。そうした事態はなるべく起こらないことが望ましい。
 しかし、このことは、裁判所が常に当然に釈明義務を負うということを意味するものではない。本件において、上告人は、本件土地建物の所有権等が自己の固有の財産であるとする主張に固執し、一、二審を通じて、遺産の共有持分の限度での請求をする気配を見せていなかったのであり、このようなときに、裁判所が、遺産共有を前提として共有持分権の主張をするかどうかについて釈明を求めてまで、請求の一部を認めてやる義務があるというべきかは一考を要する。相続開始後年月を経て、他の相続人間では格別の紛争もなく、一定の事実状態が形成されてきているような場合だと、裁判所の介入がかえって紛争の拡大を助長する結果となることもあり、事案に応じた慎重な配慮が求められるのである。
 記録によると、父Eが死亡したのは昭和二九年で、本訴が提起されたのはそれから三六年後であり、相続紛争としては今更の感が深い。しかし、上告人は、被上告人らの主張に対する反論としてではあるが、仮に被上告人らのいうように本件土地建物が亡父の遺産であるとするなら遺産分割協議は未了であるということを述べているのであり、遺産とされた場合の法律関係のことも一応念頭にあったことがうかがわれる。のみならず、平成元年の母Fの死亡後に、被上告人B1と同B2、同B3、同B4及びG(一審相被告)の間で、遺産をめぐる紛争が起こっており、本件土地建物の所有権等の帰属は、今なお未解決の状態にある。そうすると、本件においては、父Eの死亡から相当の年月を経ているとはいえ、事態はなお流動的であるので、本件土地建物に関する上告人の相続上の権利の有無について、この際判断を加えておくことを躊躇する理由はないことになり、これを拒んだ場合には上告人の再訴における主張が既判力で妨げられる結果になることをも考慮すると、原審としては、上告人に対し所要の釈明を求めて判断をすべきであったということができる。以上の理由により、上告人の共有持分権に関する部分につき、審理不尽、釈明義務違背があるものと認めるのを相当と考える。

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