平成25年司法試験論文式刑事系第1問参考答案

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第1.乙の罪責

1.Aの死について殺人罪(199条)の成否を検討する。

(1)実行行為は何か。乙は、Aをトランク内に閉じ込めたままB車の運転を再開して採石場へ向かい、B車を炎上させた。上記一連の行為は、分けて考えることができない。採石場に向かうだけでは計画は完遂できないし、確実かつ容易にB車を炎上させるにはひとけのない採石場への移動が不可欠であり、一連の行為は密接不可分だからである。そして、採石場に到着すればB車を炎上させるに当たり何らの障害もなかったから、運転再開によりAの生命の危険は具体的なものとなった。従って、運転再開時に実行の着手が認められる。
 よって、上記一連の行為は、全体として1個の実行行為と解すべきである。

(2)では、因果関係はあるか。実行行為がなければ、Aは車酔いに陥ることもなかったから、条件関係はある。
 相当因果関係はどうか。乙は、自らAの口を塞いだのであり、Aの口が塞がれていることを当然認識していた。また、乙は採石場には数回訪れたことがあったから、山中が悪路であることも認識していたと認められる。従って、上記各事実を判断の基礎事情として考慮すべきである。そして、口を塞がれたAをトランクに閉じ込めた状態で山中の悪路を走行すれば、車酔いによってAがおう吐し、窒息死に至ることは社会通念上相当である。
 よって、相当因果関係もある。

(3)乙は、運転のみでAが死ぬとは思っていなかったが、実行行為にはB車を炎上させることも含むから、これによりAが死亡することは認識、認容していた。もっとも、乙の認識はB車の炎上による焼死であったが、実際には運転による窒息死であった。因果関係の認識を欠くのではないか。
 因果関係の錯誤は、相当因果関係の枠内にとどまる限り故意を阻却しない。なぜなら、その限りで同一規範に直面しているからである。
 本問では、焼死も窒息死も、実行行為から生じることが社会通念上相当である以上、錯誤は相当因果関係の枠内にとどまっている。よって、故意は阻却されない。

(4)以上から、殺人罪が成立する。

2.甲所有のB車を甲の同意の下に炎上させた点につき、自己所有建造物等以外放火罪(110条2項)の成否を検討する。

(1)乙は、ガソリン10リットルをB車の車内及び外側のボディーに満遍なくまいた上で、火の付いた新聞紙をB車の方に投げ付けた。これはB車を独立して燃焼させ得る行為であるから、放火の実行行為である。

(2)上記(1)の新聞紙の火は、乙がまいたガソリンに引火し、B車全体が炎に包まれて炎上した。従って、上記アの放火によりB車を独立燃焼状態に至らせ、もって焼損したといえる。

(3)では、公共の危険は認められるか。当時天候は晴れで、北西に向かって毎秒約2メートルの風が吹いていた。B車の北側約5メートルの地点に駐車されたC所有の車には、荷台にベニア板3枚が積まれていたから、B車が燃え上がれば荷台のベニア板に引火し、Cの車へ延焼するおそれがあった。しかも、C所有の車と、D所有の車、E所有の車との間隔はそれぞれ約1メートルしかなく、順次D、Eの車へと延焼する危険すらあった。
 しかし、市街地内の駐車場とは異なり、本件駐車場は周囲に岩ばかりの採石現場しかなく、他に延焼の危険はない。上記C、D及びEの車に対する延焼の危険は、特定少数者の財産に対する危険に過ぎない。公共の危険とは、不特定又は多数人の生命、身体又は財産に対する危険をいうから、本問では、公共の危険は認めることができない。

(4)よって、自己所有建造物等以外放火罪は成立しない。なお、同罪の未遂は不可罰である(112条反対解釈)。

3.Aの死体を炎上させて損壊した点について、死体損壊罪(190条)の成否を検討する。

(1)客観的には、同罪の構成要件に該当する。

(2)もっとも、乙はB車に点火した時には、Aは生存していると誤信していた。従って、殺人の故意で死体損壊を実現したことになる。
 異なる構成要件間の錯誤は、重なり合う限度で同一の規範に直面したといえるから、その限度で故意を認めることができる。しかし、殺人と死体損壊は保護法益を異にするから、重なり合いは認められない。従って、乙には死体損壊の故意がない。

(3)よって、死体損壊罪は成立しない。

4.以上から、乙は殺人の罪責のみを負う。

第2.甲の罪責

1.Aの死につき、殺人罪の成否を検討する。

(1)甲は、乙にトランク内のAを秘したまま、B車を燃やすよう指示した。この時点において、乙にはA殺害について規範的障害がないから、殺人との関係では甲の道具である。
 上記指示により、乙がB車に火を付けてAを死亡させるに至る因果の流れが設定される。その後、甲は何らの行為も必要としない。従って、上記指示は、Aの生命に対する具体的危険を生じさせるから、間接正犯による実行の着手と評価すべきである。

(2)もっとも、乙はその後Aに気付いた。にもかかわらず、乙はそのまま甲の指示を実行し、Aは窒息死した。Aの死と甲の指示との間に因果関係はあるか。
 甲の指示がなければ乙が甲の指示を実行することはなかったから、条件関係はある。
 では、相当因果関係はあるか。甲は、乙の知情及び乙が知情後なお指示を実行することを予見していなかったが、乙が何らかの理由でトランクを開ければ容易にAに気付くし、組長の指示である以上末端組員である乙が知情後に指示を実行することはあり得ることであるから、一般人は乙の知情及び乙が知情後なお指示を実行することを予見できる。従って、上記各事情は判断の基礎として考慮すべきである。しかし、乙がAの口を塞ぐことまでは、行為時において甲はもちろん、一般人も予見することはできない。従って、上記事情は、判断の基礎とすべきでない。そうすると、甲の指示を乙が知情後になお実行したとしても、Aが焼死することはあっても、Aが窒息死することは社会通念上相当でない。よって、相当因果関係は認められない。

(3)よって、殺人未遂罪(203条)が成立するにとどまる。

(4)もっとも、甲の指示は、乙にAを殺害する犯意を生じさせたから、客観的には殺人の教唆(61条1項)に当たる。すなわち、甲は間接正犯の故意で教唆を実現した。間接正犯と教唆は他人を介して犯罪を実現する点で共通しているから、犯情の軽い教唆の限度で重なり合いがある。従って、甲は、教唆の限度で同一の規範に直面した以上、教唆の故意がある。

(5)よって、殺人教唆が成立する。

2.乙を介してB車を炎上させた点については、前記第1の2(3)のとおり、公共の危険が発生していないから、自己所有建造物等以外放火罪の共同正犯(60条)は成立しない。

3.以上から、甲には殺人未遂及び殺人教唆が成立するが、殺人未遂は重い殺人教唆に吸収される。
 よって、甲は、殺人教唆の罪責のみを負う。

以上

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