折衷的相当因果関係説か危険の現実化説か

1 刑法の因果関係、特に行為後の事情の処理について、折衷的相当因果関係説で書くべきか、それとも、最近の判例の立場とされる危険の現実化説で書くべきか、悩んでいる受験生は多いと思います。司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)では、危険の現実化説を採用しています。現在の司法試験の答案の書き易さを考えるとき、危険の現実化説の方に分があると考えたからです。そこで、今回は、その理由について説明したいと思います。

2 まず、規範の長さです。危険の現実化説は、「行為の危険が結果に現実化した」という最短の規範があります。これに対し、折衷的相当因果関係説では、「行為時において行為者の特に知っていた事情及び一般人が認識し得た事情を基礎に、当該行為から結果が発生することが社会通念上相当か」となり、基礎事情の部分を省略するわけにはいきません。
 司法試験の本試験では、知識や思考力も重要ですが、それ以上に大事なのが、時間管理です。ボールペンで答案に文字を手書きするのは、想像以上に時間のかかる作業です。コンパクトにできる部分は、極力短く書く。これがポイントになります。その観点からしたときに、折衷的相当因果関係説は規範の融通が効きにくいのです。

3 そのことは、当てはめでも言えます。折衷的相当因果関係説では、基礎事情の確定→結果発生の相当性の検討という二段階の作業を省略するのは難しい。したがって、行為者は認識していたか、一般人は認識できたか、それを基礎にして相当か、といったことを、わざわざ書かなければならない。これは、案外手間がかかることです。

4 そして、最も折衷的相当因果関係説にとって不利なのは、当てはめが硬直化しやすいという点です。現在の司法試験は、幅広い事実をうまく拾って評価することが、とりわけ刑法では評価を左右します。しかし、折衷的相当因果関係説では、ほとんどの場合、一般人の予見可能性だけで結論が左右されてしまいます。前記のように、規範や当てはめにかかる分量が多い割には、中身の充実した当てはめは難しいのです。このことは、憲法で安易にLRAの基準を用いる場合と同様の問題です。
 かつての旧試験では、むしろ、そのことがメリットでした。当てはめでさほど頭を使わなくてよいので、素早く事例処理ができる。当てはめよりも、論点をいくつ拾うかの勝負という面があったからです。しかも、問題文も現在の司法試験と比較すれば格段に短く、答案用紙も4頁しかなかったので、当てはめの充実といっても限度があったわけですね。そういったことから、かつての旧試験ではメリットの多かった折衷的相当因果関係説ですが、現在ではそれがデメリットとなってしまっているのです。

5 では、危険の現実化説に欠点はないのかというと、そうではありません。危険の現実化説の最大の欠点は、折衷的相当因果関係説の硬直性とは逆で、融通性が大きすぎる、すなわち、慣れていないと、「何を書いてよいかわからない」ことです。
 一番やってはいけないことは、介在事情があるのに、その評価を全くすることなく、「人を刺してその人が失血死したから、行為の危険が結果に現実化したといえる」などと数行足らずで書いてしまうことです。危険の現実化説の長所は充実した当てはめをしやすいことですが、それだけに当てはめを手抜きすると、折衷的相当因果関係説で書いた場合よりも、むしろ評価を下げる結果になってしまうのです。

6 一つの解決策は、前田三要素説を結合して使う方法です。「介在事情がある場合の危険の現実化の判断に当たっては~」として、前田説にくっつけてしまうわけですね。これは、有力な方法です。現に、再現答案でもこの書き方で上位になっています。ただ、前田説でも、判断基準が曖昧で、当てはめにくいというところはあります。より確実なのは、類型ごとに規範を明確化していくことです。司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)では、判例で問題となった類型を中心に、危険の現実化の判断の下位規範や理由付けの仕方を示しました。危険の現実化説の一般論を提示し、問題文の事例からどの類型であるかを特定した上で、各類型に応じた規範を示して当てはめていけばよいと思います。類型に応じて自然に判例を引用できる点も、前田説に繋げる方法より優れています。現在の司法試験では、受験生が想像している以上に、判例名を引用することによる加点は大きいのです。

7 なお、司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)では、危険の現実化を基準とする理由を論証しないスタイルになっています。これは再現答案等を検討した結果、この点は評価をほとんど左右しない、むしろ、理由付けに充てる文量は下位規範定立や当てはめに回した方が評価を取りやすいという判断からです。仮に折衷的相当因果関係説を採る場合も、従来のように「構成要件は社会通念を基礎とした行為規範であるから」などの理由付けをするよりは、端的に規範を示して構わないとは思います。ただ、前記のとおり、理由付けを節約した分の下位規範や当てはめの充実という選択肢が、折衷的相当因果関係説には乏しい。それが、折衷的相当因果関係説の最大の欠点なのです。

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