平成26年司法試験論文式公法系第1問参考答案

第1.設問1

1.職業活動の自由の保障及びその制約

 職業選択の自由を定める憲法22条1項は、職業活動の自由も保障する(薬事法事件判例参照)。C社は、本条例4条の基準を充足しなければ自然保護地域におけるタクシー事業ができない。従って、本条例は、C社の職業活動の自由を制約する。

2.制約の違憲性

(1)一般に、職業の許可制は、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定するためには、重要な公共の利益のための必要かつ合理的な措置であることを要し、それが自由な職業活動がもたらす社会公共に対する弊害を防止するための消極的、警察的措置である場合には、職業の自由に対するより緩やかな制限である職業活動の内容及び態様による制約によっては上記目的が十分に達成できないと認められることを要する。このことは、許可制の採用自体のみならず、個々の許可条件についても要求される(薬事法事件判例参照)。

(2)本条例は、自然保護地域における自由なタクシー運行を認めると交通事故の発生や自然環境の破壊という社会公共に対する弊害が生じることから、これを制限しようとするものである。交通事故の防止及び自然環境の保全は、いずれも重要な公共の利益ということができる。

(3)しかし、上記のような消極的、警察的措置として規定された4条の運行許可基準は、以下のとおり、職業活動の内容及び態様による制約によっては上記目的が十分に達成できないと認めることはできない。

ア.車種に関する要件(同条1号)について

 同条1号柱書は、タクシーの車種を電気自動車のみに限っている。これは排ガスによる原生林の損傷防止のためである。しかし、より安価なハイブリッド車を用いる等、排ガス抑制の手段は電気自動車に限られない。仮に排ガスによる原生林損傷のおそれが生じた場合には、個別に行政指導や事業停止命令等の手段も採り得るから、職業活動の内容及び態様による制約によっても、その目的を十分に達することができる。

イ.営業所及び運転者に関する要件(同条2号及び3号)について

 同条2号及び3号は、自然保護地域の道路に不慣れなタクシー運転者による交通事故防止を目的とするものと考えられる。しかし、交通事故防止のための一般的な規制は、既に存在している。また、事故を生じさせるおそれのある事業者に対する行政指導や事業停止命令等、職業活動の内容及び態様による制約によっても、その目的を十分に達成することができる。

(4)以上から、運行許可基準を定める本条例4条は、職業活動の自由に対する制約として憲法が許容する限度を超えている。

3.結論

 よって、本条例4条は憲法22条1項に違反する。

第2.設問2

1.合憲性判断の枠組みについて

(1)被告側の反論

 本条例は、新規参入の抑制によりタクシー事業の健全な発達を図るという社会経済政策的目的を有するから、違憲となるのは、著しく不合理であることが明白な場合に限られる(小売市場事件判例参照)。

(2)私見

 確かに、本条例制定時の状況をみると、C社の新規参入の動きに対し、B市タクシー事業者の団体による反対運動があり、その主張の一つとして、C社の新規参入によるタクシー事業の健全な発達の阻害という点が挙げられている。しかし、本条例1条は、タクシーによる輸送の安全並びに自然保護及び観光客の安心・安全を図ることによる観光振興をその目的として規定し、上記のような政策的目的は掲げられていない。また、C社の新規参入に反対する理由には輸送の安全も含まれていた。さらに、自然保護地域における路線バス及びタクシー以外の車両の通行が禁止された当初の理由が、タクシー事業の保護ではなく、専ら輸送の安全及び自然環境の保護にあったと認められることをも併せ考慮すると、その規制目的の主たるものは、自由なタクシー運行による弊害の防止という消極的、警察的目的と考えられる。タクシー事業の健全な発達という政策的目的が制定に当たり全く考慮されなかったとはいえないとしても、それは飽くまで副次的・補充的目的にとどまる。
 そうである以上、小売市場事件判例の趣旨は、本条例には妥当しない。
 以上から、この点に関する被告側の反論は、採用できない。

2.職業活動の内容及び態様による制約による目的達成の可否について

(1)車種に関する要件(4条1号)について

ア.被告側の反論

 排ガスを一切排出しない電気自動車にのみ運行を許可する方法であれば、排ガス抑制の目的を確実に達しうる。これと同等の効果を発揮できる他に選びうる手段は存在しない。

イ.私見

(ア)確かに、電気自動車を許可要件とすれば確実に排ガス抑制を達成できる。しかし、問題は、そのような予防的措置を採ることによる職業の自由に対する制約が、その必要性と均衡するかという点である。

(イ)電気自動車は未だ一般に広く流通する車種ではなく、通常のタクシー事業に用いられる一般的車種と比較して格段に高額であるし、D社のみが製造・販売しているという希少性をも考慮すると、電気自動車を車種に関する要件とすることは、実質上自然保護地域におけるタクシー事業を困難にするものであるから、職業の自由に対する大きな制約となる。

(ウ)そこで、上記制約の重大性を考慮してもなお、電気自動車以外の車種を一切許さないとする手段を採るべき必要性について検討する。
 排ガスによる原生林の損傷は、主として観光客が増えて交通量が増加したことによる。すなわち、自家用車による交通量の増大が直接の原因であった。そうだとすれば、その後、自然保護地域における路線バス及びタクシー以外の車両が通行禁止になったから、自家用車による排ガスの増加というおそれは、既に解消したといえる。他方、路線バス及びタクシーのみによっても、原生林の損傷等の弊害が生じたとする事情はうかがわれない。仮にそのような事実が生じたとしても、路線バス及びタクシー事業者には個別の行政指導等の行政的措置も可能である。
 以上を考慮すると、職業の自由に対する重大な制約を及ぼすことを正当化し得るほどの必要性は、認められない。

(エ)よって、この点に関する被告側の反論は、採用できない。

(2)営業所及び運転者に関する要件(同条2号及び3号)について

ア.被告側の反論

 新規参入によってタクシー事業者の収入が減少して過酷な運転業務を強いられ、不慣れなタクシー運転者による交通事故が発生することにより、輸送の安全が脅かされるから、新規参入を制限する営業所及び運転者に関する要件は必要であり、職業活動の内容及び態様による制約ではその目的を達することができない。

イ.私見

(ア)道路交通の一般的な安全性については、道交法、道路運送法等の規制があることから、一般的規制に加えて、さらに営業所及び運転者に関する許可要件を定める必要性が、職業の自由に対する制約の重大性と均衡するかという観点から検討する。

(イ)営業所に関する要件(2号)は、新規参入する者との関係でみると、自然保護地域でのタクシー運行ができないにもかかわらず、5年以上B市内に営業所を継続して設置しなければならない。これは事業の採算上合理性を有しないから、実質上新規参入を全く許さない規制といえる。
 また、運転者に関する要件は、新たに運転者となろうとする者との関係でみると、自然保護地域での運行ができないにもかかわらず、10年以上にわたりB市内に営業所を置くタクシー事業者に雇用され、又はB市内に営業所を置いて個人タクシー事業を経営しなければならない(3号ロ)。自然保護地域での運行ができない者が、B市内において新たに雇用されたり、新たに個人タクシー事業を経営することは、実際には考えられない。しかも、上記を満たしてもなお、試験に不合格となり、又は過去10年に一度でも事故又は違反があれば、許可を受けられない(同号イハ)。従って、実質的には、新規のタクシー運転者の参入を全く許さない規制といえる。
 以上のとおり、営業所及び運転者に関する許可の要件は、実質上新規参入を全く許さないという点で、職業の自由に対する極めて重大な制約であるということができる。

(ウ)他方、営業所及び運転者に関する許可の要件を採用すべき必要性を考慮すると、過去に多発した交通事故のほとんどが、道路に不慣れな自家用車が原因であったと認められる一方、タクシー運転者による交通事故のおそれをうかがわせる事情は認められない。
 また、新規参入によりタクシー事業者の収入が減少し、過酷な運転業務を強いられることは、観念的には考え得るものの、安全性を維持できないほどの過酷な運転業務をタクシー運転者に課すことは、本条例の規制を待つまでもなく、既に各種規制によって許されず、にもかかわらず、現実に上記事態に至ると認めるに足りる事情もない。従って、新規参入を規制しなければ輸送の安全が直ちに脅かされると認めることはできない。
 そして、一般観光客とは異なり、タクシー事業者は道路運送法上、行政の規制に服するから、万が一事故が発生した場合には、A県における許可の取消対象ともなり得る。従って、タクシー事業者においても、運転者の研修の充実等自発的に事故防止の措置を採ることが期待でき、これを怠る場合にも、個別に行政指導等の行政的措置は可能である。他方で、上記を踏まえてもなお交通事故を防止し得ない特別の事情はうかがわれない。
 以上を考慮すると、営業所及び運転者に関する許可の要件を採用すべき必要性に乏しく、職業の自由に対する極めて重大な制約となることとの均衡を欠いている。

(エ)よって、この点に関する被告側の反論は、採用できない。

3.結論

 以上のとおり、被告側の反論はいずれも採用できないから、原告主張のとおり、本条例4条は憲法22条1項に違反する。

以上

戻る