平成26年予備試験論文式試験の結果について(4)

1.予備試験の論文を突破した人には、さらに口述試験が待っています。口述は、基本的には落ちない試験です。例年、合格率は9割を超えています。短答や論文のように、「できる人を受からせる」試験ではなく、「不適格者を落とす」試験なのです。その意味で、短答や論文とは位置付けが随分違います。
 口述試験で不合格になると、来年はまた短答からやり直しです。旧司法試験では、翌年のみ再度口述から受験できました。この点は、かなり厳しくなっています。論文までは、低い合格率だからダメでも仕方がないという意味で精神的に楽な部分がありますが、口述になると、「せっかく論文に受かったのに、こんなところで落ちるわけにはいかない」という心理が生じます。そのために、ほとんど落ちない試験であるにもかかわらず、最も恐ろしい試験であると感じさせるのです。

2.口述試験の試験科目は、法律実務基礎科目の民事及び刑事の2科目です。 それぞれの科目について、以下のような基準で採点されることになっています。

 

(「司法試験予備試験口述試験の採点及び合否判定の実施方法・基準について」より引用、太字強調は筆者)

1.採点方針

 法律実務基礎科目の民事及び刑事の採点は次の方針により行い,両者の間に不均衡の生じないよう配慮する。

(1) その成績が一応の水準を超えていると認められる者に対しては,その成績に応じ,

 63点から61点までの各点

(2) その成績が一応の水準に達していると認められる者に対しては,

 60点(基準点)

(3) その成績が一応の水準に達していないと認められる者に対しては,

 59点から57点までの各点

(4) その成績が特に不良であると認められる者に対しては,その成績に応じ,

 56点以下

2.運用

(1) 60点とする割合をおおむね半数程度とし,残る半数程度に61点以上又は59点以下とすることを目安とする。
(2) 61,62点又は58,59点ばかりでなく,63点又は57点以下についても積極的に考慮する。

(引用終わり)

 

 口述では、得点にほとんど差が付かないことが知られています。上記引用部分の2(2)では、「63点又は57点以下についても積極的に考慮する」とは記載されていますが、実際にはまず付かない点数です。さらに言えば、62点と58点も、なかなか付かないと言われています。ですから、大雑把に言えば、半数が60点、残る4分の1が61点、残る4分の1が59点、という感じになっていると思っておけばよいでしょう。

各科目の
得点
評価 受験生全体
に対する割合
59点 一応の水準
に達しない
25%
60点 一応の水準 50%
61点 一応の水準
を超える
25%

3.口述試験の合否は、民事と刑事の合計点で決まります。ただし、どちらか一方でも欠席すると、それだけで不合格です。

 

(「司法試験予備試験口述試験の採点及び合否判定の実施方法・基準について」より引用、太字強調は筆者)

3 合否判定方法

 法律実務基礎科目の民事及び刑事の合計点をもって判定を行う。
 口述試験において法律実務基礎科目の民事及び刑事のいずれかを受験していない場合は,それだけで不合格とする。

(引用終わり)

 

 では、実際の合格点は、どうなっているか。以下は、これまでの合格点の推移です。


(平成)
合格点
23 119
24 119
25 119

 毎年、119点が合格点になっています。前記のとおり、通常は、各科目最低でも59点です。民事と刑事が両方59点だと、118点で不合格になります。しかし、一方の科目で60点を取れば、片方が59点でも119点になりますから、ギリギリセーフ、合格となるのです。ですから、不合格になるのは、民事も刑事も59点を取ってしまった場合だ、と思っておけばよいわけです。
 各科目、概ね4分の1が59点を取るとすると、両方の科目で59点を取る割合は、16分の1、すなわち、6.25%です。ですから、93.75%が、理論的な口述合格率ということになるわけです。
 実際の合格率をみてみましょう。以下は、口述試験の合格率(口述受験者ベース)の推移です。


(平成)
受験者数 合格者数 合格率
23 122 116 95.08%
24 233 219 93.99%
25 379 351 92.61%

 概ね、93.75%に近い数字で推移していることがわかります。ただ、年々低下傾向にあることは、気になるところです。昨年の数字だと、93.75%を1%以上下回っていますから、58点以下が付いてしまった人が増えていそうだ、と感じさせます。ただ、この程度の数字だと、必ずしもそうとはいえないのかな、というのが、今のところの筆者の感覚です。なぜなら、先ほどの93.75%という数字は、民事と刑事の成績が完全に独立に決まるという前提で算出された数字だからです。口述試験の形式自体に弱い人は、民事も刑事も59点を取りやすいでしょう。また、全体的な知識量が足りない人も、民事と刑事両方で59点を取りやすいはずです。このように、実際には、民事と刑事の成績には一定の相関がある人がいる。そういう人達の存在を考慮する場合には、合格率は93.75%を下回ることになるはずです(※)。ですから、平成25年の程度の数字であれば、まだそれほど心配する必要はないのだろうと思います。

※ 極端な例として、仮に、受験生全員について、民事・刑事の成績が完全に相関する場合を考えると、合格率は75%になります。民事で59点を取る25%の人は、必ず刑事も59点を取りますから、この25%の受験生が不合格になるわけですね。

 

4.以上のことからわかる口述の基本的な戦略は、民事と刑事の両方で失敗しない、ということです。逆に言えば、片方を失敗しても、もう一方で60点を守る。そうすれば、119点で合格できるわけです。ですから、仮に初日の感触がとても悪かったとしても、翌日を普通に乗り切ればよい。このことは、とりわけ精神面の影響の大きい口述では、重要なことだと思います。
 口述試験は、受験後の手応えが非常に悪いことが普通です。ほとんど落ちない試験であるにもかかわらず、ほとんどの人が「落ちた」と思ってしまうのですね。初日にそういう感覚を味わってしまうと、翌日に挽回しようとして無理をしたり、自暴自棄になってしまいがちです。ですが、実際には、翌日も普通に受ければよいのです。

5.ただ、ライバルは、全員論文合格者です。その中で、下位25%に入らないようにする必要があるわけです。そう考えると、60点を守るのは簡単ではありません。また、口述では、とっさのやり取りで評価されます。自分ではきちんと説明したつもりでも、相手には伝わっていないという場合もある。ですから、確実に合格するというのは、実は容易ではありません。これも、口述の怖さの一つです。
 もっとも、これをやったら確実にダメ、というものはあります。まずは、これを避けることが必要です。以下に例を挙げましょう。

(1) まず、基本的なコミュニケーションができない状態に陥ってしまうことです。例えば、考査委員の追及に腹を立てて口論になってしまったり、どう答えて良いかわからなくなって長時間沈黙して何も答えられなくなってしまう、あるいは、ショックで泣き出してしまったりする、というような状態です。こうなってしまうと、59点どころか、例外的にしか付かないはずの58点以下になってしまう可能性があるでしょう。58点以下を取ってしまうと、もう片方の科目で60点を取っても合格できませんから、厳しい状態に追い込まれます。考査委員によっては、かなり辛辣なことを言ってくる場合がありますが、最後まで落ち着いて答えることが大事です。

(2) もう一つは、最初の基本的な質問で長時間つまずいてしまうことです。これは、案外やってしまうものです。試験時間は大体決まっていますから、最初の質問で長時間を費やしてしまうと、ほとんどの場合、考査委員の想定する質問をこなせなくなります。しかも、最初に考査委員の心証を悪くするので、その後の質問でも、本当にわかっているのかを確認するために、スムーズな人にはしないような確認の質問をする必要が出てきます。これで、ますます先の質問に到達しにくくなる。これが、トータルでは大きなマイナスになって、下位25%に入ってしまうというパターンです。
 これを避けるには、最初の考査委員の質問をよく聞いて、落ち着いて答えることです。緊張して、あまり理解せずに答えてしまい、質問と噛み合わずに長引く、ということがあったりします。質問がよく聞き取れなかったときは、聞き返しても構いません。これは最初の質問だけに限りませんが、質問の趣旨をよく理解してから、解答するのが鉄則です。例えば、「採り得る手段は何かありますか?」と訊かれて、何のことだかわからない場合には、黙ってしまうのではなく、「訴訟上の手段でしょうか、それとも、執行の・・・」というように大雑把に趣旨を確認する質問をするのが賢い対応です。それで、「まずは訴訟上の手段から答えてみてもらえますか」という応答をもらえば、随分答えやすくなったりするものです。

(3) それから、「法曹としてこの人は大丈夫なのか?」という疑念を抱かせる受け応えをしてしまう場合です。冒頭に述べたように、口述は、「不適格者を落とす」試験です。ペーパーでは見ることのできない欠陥のありそうな人は、低い点を付ける。ただ、口述は極度に緊張していますし、とっさのやり取りが続きますから、普通の人でもうっかりやってしまうことがあります。
 注意したいポイントの一つに、撤回があります。口述では、間違いに気付いた時点で、「先ほどの○○という答えは撤回して、××と考えます」というように撤回することが可能です。この撤回をどの程度使うか、これを誤ると、下位25%に入りやすくなります。極端な2つの例を挙げましょう。一つは、間違いに気付いたのに、頑なに撤回しないケースです。考査委員は、受験生が間違ったことを言うと、その問題点を指摘して、暗に撤回を促します。ところが、考査委員の批判を論破してやろうとして、頑なに撤回しない。そういう人は、法曹として問題があると評価されて、低い点を付けられてしまうわけです。もう一つの例は、逆に安易に撤回を繰り返すケースです。考査委員は、受験生が正しいことを言っていても、本当に理解しているかを試すために、敢えて、「本当に?でもそれじゃ○○でおかしいんじゃないの?」などと言ってきたりします。これを安易に撤回のサインと考えて撤回すると、かえって心証を悪くする(口述用語で、「泥船」(乗ると沈む誘導の意)などと言われます)。撤回した後に、さらに「え?撤回するの?でも、それじゃ××じゃないの?」と言われて、さらに撤回したりすると、危険です。撤回を撤回するというのは、基本的にNGだと思っておいた方がよいでしょう。ですから、最初に撤回するときは、慎重に考えてからやるべきです。難しいのは、上記の撤回を促す質問と、本当に理解しているかを試す質問のどちらかを判断するにはどうしたらよいかです。基本的には、撤回を促す場合には、考査委員の質問に素直に答えると、自分の前の解答が誤っていたことに自然に気付くことができるようになっています。自分で気付いた時点で、撤回すれば足りるでしょう。また、撤回を促す場合は、何度も執拗に言って来る場合が多いです。用意した次の質問に行く前提として、正しい結論を導く必要があったりするからです。ですから、何度か抵抗してみて、それでも執拗に言ってくるようなら、撤回を考えるという感覚でよいのだろうと思います。間違っても、考査委員を論破してやろう、などと思わないことです。
 もう一つ、嘘を付かない、ということがあります。そんなことする訳ないだろうと思うかもしれませんが、とっさにやってしまうことがあるものです。一番よくあるのは、自信満々に間違いを答えるという場合です。自信がない場合は、自信がなさそうに、「○○だと思いますが・・・」くらいにしておいた方がよい。それだと突っ込まれやすいのではないかと思うかもしれません。もちろんそうなのですが、堂々と間違えを言うよりは、突っ込まれた後に誘導に乗った方が安全なのです。「類似の事案の判例は知っていますか」と問われて、いいえと答えるとマズいと思い、とっさに「知っています」と断言する。しかし、「じゃあどういう判示だったか言ってみて」と問われて全然答えられない。これも、危ない対応です。それから、法文絡みで嘘を付いてしまうことがあるようです。法文は、試験室の机上に置いてありますが、勝手に見ることはできません。見たい時に、考査委員に「法文を見てもよろしいでしょうか」と一言断ってから見ます。ところが、法文を見ていても、うまく見つけられないことがある。そんなときに、時間がかかっているので焦ってしまうからか、法文でまだ条文を確かめてもいないのに、適当に答えてしまったりする人がいるようです。考査委員に「ちゃんと条文確認した?」と言われて、とっさに「はい」などと即答してしまうと、心証は相当悪くなります。基本的に、自分から法文を見るのは、どの辺りの条文をみればよいかわかっている場合にするべきです。よくわからないからとりあえず法文を見る、というのは、上記のような事態になりやすいだけでなく、無駄に時間をロスすることが多いので、避けるべきでしょう。逆に、わからないのに、頑なに法文を見ないという人もいるようです。知識を試されているから、法文を見たら評価が下がる、という強迫観念から、そのような対応をしてしまうのかもしれませんが、かえって考査委員に「この人は大丈夫か?」という疑いを抱かせてしまいます。特に、考査委員の方から、「法文で確認してみて」と言ってくる場合には、素直に従うべきです。「いえ、見なくても答えられますから」などと抵抗するのは、とても危険な態度です。
 後は、訊かれたことだけに端的に答える、ということでしょう。訊かれてもいないことを延々と話すようでは、「大丈夫か」と思われます。問いに対しては、まずは結論だけを答える。理由は、「なぜそう考えるのですか」と訊かれてから答えれば足ります。

6.以上のようなポイントを抑えていれば、後は運次第なところもあります。正直なところ、考査委員との相性などで、なぜかよくわからないが、不合格になってしまう、ということもあるようです。しかし、それはそれで仕方がありません。もっとも、上記の基本的なポイントをクリアしていれば、ほとんど合格する試験ですから、過度に神経質になる必要はないと思います。
 とはいえ、試験当日までにある程度、確認しておいた方がよい知識があります。口述では、手続関係が訊かれやすい、という傾向があります。昨年は、実体法がむしろメインだったのですが、実体法なら論文までの学習で、何とか対応できるものです。しかし、民事の執行・保全や、刑事の刑事訴訟規則の条文などは、これまで全く勉強したことがない、というレベルの人も結構いると思います。執行・保全については、どのような場合に、どのような手段を用いるのかといった制度の概略だけでも知っておく。刑事訴訟規則については、一度、全体を素読しておくとよいでしょう。具体的に内容を挙げられなくても、「えーと・・それは規則に条文があったと思いますが・・」まで答えられれば、「君が言いたいのは○○条だね。法文で確認してみて」などと、考査委員から答えに近いヒントをもらえることが多いでしょう。また、口述では、条文番号を訊かれる場合がよくあります。基本的な条文については、何条か答えられるようにしておくとよいと思います。ただ、これも条文番号を答えられないからアウト、というわけではありません。わからない場合は、「おそらく○○条辺りだと思うのですが・・」と答えて、場合によっては法文で確認すれば足りると思います。ですから、条文番号を覚えることに、それほど神経を遣う必要はないだろうと思います。それから、毎年、法曹倫理が訊かれています。ただ、これは弁護士職務基本規程を一度素読しておくくらいで十分でしょう。

7.試験会場では、試験開始の順番によって随分待たされることがあります。当日は、待ち時間に確認する教材を用意しておいた方がよいでしょう。電子機器は使用できないので、普段タブレットなどで学習している人は、注意する必要があります。また、午前の人は、試験が終わっても午後の人が入場するまで会場から出ることができません初日に午前の時間になった人は、翌日用の教材も用意しておいた方がよいと思います。

8.現在の司法試験には、口述試験はありません。いわば、口述試験は予備試験受験生だけに受験を許された特権ともいえます。考査委員とあれだけの緊張感の中で受け応えをする機会は、そうそうあるものではありません。試験開始まで会場で待っている時間も含め、日常普段では体験できない異常な雰囲気ですが、周囲の緊張感に飲まれてしまわないように、貴重な経験を楽しむくらいの余裕をもって試験に臨みたいものです。

戻る